クライムとデートさせるの楽しい
──幾度も艶めかしい水音がザナックの唇からこぼれる。
「んっ、んっ……あい、んず……さま……んん、止まっ……ふぁ」
触れるだけのキスを降らせて、時折舌先だけを絡めたり彼の口内を弄んだ。
「っ……はぁ、はぁ」
解放されたザナックは、短く深呼吸しながら、俺の胸に傾いて縋り付く。やはり愛おしくて、くしゃりと緩んだ金色の髪に歯を優しく当てた。
「撫でてください……」
骨の手のひらに、ザナックが擦り寄って来る。
「ああ、むしろ撫でさせてくれ」
滑らかな髪に指が通った。
「んふ」と満足気な息が彼の鼻から漏れた。
「撫でられるの、好きか?」
「……はい」
恥ずかしげに答えた彼は耳をほんのり赤くしていた。
その後──すぐに俺達はナザリックに帰り、デミウルゴスとアルベドからの報告を受け、いつも通りの仕事に移る。ザナックは部屋に戻る前に、最後に小さく手を振ってくれた。
午前七時。
執務室に控えめなノックが響き渡る。
「入れ」
「失礼します。アインズ様」
扉がパタンと閉まり、肩まで伸びた金髪をひとつにまとめたザナックが入口に佇む。
(可愛い……結構伸びてきたし、髪留めも買って付けたいな……)
「先刻もご報告しましたが、街に出かけて参ります。今丁度出発するところでしたので……その、お声掛けしようと」
ザナックは一瞬だけ目を逸らした。きっと、クライムと同行する事を気にしているんだろう。それは当然だ。前に俺が騒いだ一件があるからな。思い出すと恥ずかしい。彼はピシッと姿勢が良いまま立ち、俺は執務机に腕を置き、椅子に腰掛けた状態で固まる。
少しだけ沈黙が続いた。
「……そうか、気を付けて行って来るんだぞ」
「はい……! それは、もう……承知しています」
「ああ、うん」
会話は終わった。要件も済んだはずだ。だが、ザナックは何かを期待したような目で俺を見つめ、頬を染めている。
(可愛い……じゃなくて、なんだろう? 何か忘れてることがあるのかな?)
「ザナック……行かないのか?」
「あ……! その、アレをされると思って…………」
「……アレとは?」
(どれ?)
「痕を…………」
そう言って、彼は襟元を掴んで白い肌を見せた。
(ぐはっっ……)
今ここで、キスマークをつけろと!?
いや、前に暴走した時につけたけどさ。
「外出前に…………貴方に安心して頂きたくて……………………というのは建前で、俺が……欲しいんです」
「じゃあ…………おいで」
俺が手を広げると、ザナックは恭しく膝に乗ってくる。太ももがもっちりしていて、大腿骨を優しく包み込まれた。
(いい匂いがする)
スンッと少しだけ嗅いでおいた。
「動かないでくれ」
灰色のクラバットを緩め、シャツのボタンをふたつ外した。
「…………」
彼と目が合う。
とろりと蕩けた翠玉の瞳。人差し指で触れると、彼の肌は熱を帯びていた。
「体、熱いな」
「っ……すみません…………部屋に来る前から、期待していたからすこし……興奮してるかもしれません」
「そうか、そんな事を言われると……俺も────」
「あっ、ひ、ああ…………」
ぐっ……と冷たい歯を皮膚に押し付けると、彼は仰け反り、白い喉元を晒した。
「……興奮してしまうな」
続けて、二、三箇所歯痕を残していく。
「ぁ、ンっ……はぁ…………あ、い……んずさま」
「…………綺麗に付けられたな」
赤くくっきりとした歯形。指でなぞると、ぴくりと肩が揺れた。
「じゃあ閉めよう」
こく、と頷いた彼の襟を閉め、クラバットを結い直してやるとまん丸で柔らかい頬が擦り寄ってきた。
「どうした? 甘えたいのか」
「……いえ」
と言いつつ、ザナックは俺の親指の先にちゅっ……と吸い付きキスを続ける。
「アインズ様……好きです」
消え入るような囁き声。
「俺も君が好きだ」
彼の背に手を回して、その唇を奪った。
「んっ」
口を付けたまま、数分間。ザナックは抵抗することなく、離れると嬉しそうに目を細めていた。
「…………行ってきます」
─────『クライム視点』
アインズ・ウール・ゴウン魔導国の街は、以前よりも様々な種族が入り乱れ、人々の笑顔も増えて活気付いていた。人間という生き物は、強いものだ。彼らの笑顔の要因は、今私の隣を歩くお方……ザナック様にもあるかもしれない。
「あら、ザナック様! お出かけですか?」
ザナック様は元王国民にとって希望のような象徴になっているのかもしれない。本人に聞いてみても、よく分からないらしい。だけど、悪魔化したラナー様だったらこの効果は得られ無かっただろう。人間の、一生懸命生きているザナック様だからこそ。
「あぁ、まぁ……久しぶりに運動がてらに。だが、その……俺は、何度も言うが王子じゃあ無くなったんです、だから様付けはしなくていいんですよ」
「分かっていますよ、ザナック様とお呼びしたいからザナック様と呼んでいるのよ! それに! 外交補佐の偉いお仕事頑張ってるんでしょう?」
「ええ、まぁ……」
「ザナック様のおかげで私、種族の違うお友達が出来たのよ。ずっと独りで寂しかったけど、趣味があうお友達が出来て嬉しかったの」
「え? それは……」
「いいから、私の焼いたお菓子持ってって!」
「いや……俺はダイエット……」
────────
「……強引だな」
素朴な焼き菓子を頬張り、ザナック様が呟いた。その横顔はとても嬉しそうに見えた。
「ザナック様、そろそろ休憩しませんか?」
「……そうだな」
私とザナック様はすぐ近くの軽食屋に入った。カウンター席に寄ると、ザナック様は無言で椅子に手を置いて数秒固まった。そしてどうにか足をかけようとしたり、座ろうとしている。そのもたつく様子が少しだけ可哀想に見えてきたところで耐えきれず私は声をかけた。
「……ザナック様、」
他の店に行こうかと提案しようとしたが、ザナック様にキッ……と睨まれた。
「……足が短くて悪かったな」
既にプライドに傷をつけてしまったようで、涙目のザナック様は口を引き結んだ。
「私がお手伝いしましょうか」
「…………頼む」
「失礼します」
ザナック様がそっと腕を上げたので、その隙間に手を差し入れて背中まで回し、持ち上げてストンと椅子に乗せた。
「…………」
「は……?」
ザナック様はわなわなと肩を震わせる。
「……お前、手引っ張るとか……じゃ、ないのかよ」
顔を真っ赤にしたザナック様が目を見開いている。
手…………?
「っ! 申し訳ありません……!」
持ち上げ易いサイズ感だったからつい……。なんて、言ってしまったらもう彼の怒りは爆発してしまいそうだった。ザナック様は既にプライドがズタズタになったのか頭を抱えて居た。
ここで朝食をとった私達は再び街を歩く。因みに、椅子から降りる時も手をお貸しした。
──『……おい、ラナーには言うなよ』
脅し付きで。
「ザナック様、この後はどちらに?」
「特には無い。が……住宅街を見回りつつ帰路につこう」
ザナック様は住民と挨拶を交わしつつ進んで行く。ただの気まぐれなのか、それとも意識してなのか、ザナック様はよく視線を巡らせている。こうやって身近な所から国を観察しているのだろうか。住民達はわざわざ窓から顔を出して手を振っている。彼には何か特別な能力は無い、けど。人を惹きつける努力は出来る人だ。彼の事をちゃんと見ていると、彼自身の魅力にも気付ける……とラナー様が言っていた。
「私が知らないだけなのか……」
「ふぐぇっ……!」
突然、どてんっと音を立て、私の視界から消えるザナック様。片手をつき、地面に横たわっていて、駆け寄ると、ズボンに不自然なラインが浮かんでいた。どう見ても女性物の下着……
見なかった事にしよう。
「大丈夫ですか!?」
「……あぁ、問題ない。」
顔を上げたザナック様の頬に、傷が付き、血が出ていた。
「って、大丈夫では無いじゃないですか! 頬に傷が……」
「ん? まぁ……これくらいすぐ自然に治る」
「大げさだな」と笑うが、太ももを擦りむいたようで血が垂れてきている。
「申し訳ございません……私がお守り出来ず……」
「おい……俺が勝手に転んだだけなんだから、そんなに大げさに言うなよ…………俺が恥ずかしいだろ」
このまま彼を帰せば、私は間違いなく呼び出しをくらうだろう。それはどうでもいい、だが…………。
「うぐっ、う、…………べぇくしっ! …………寒いから帰るぞ」
ズズッと鼻をすすりながら、ザナック様は私の手、正確には腕を雑に掴んで引いて歩き出す。
「お詫び…………とは少し違いますが、」
肩に掛けた上着を脱ぎ、ザナック様に見せた。
「これをお使い下さい。私は鎧を着けていますし、何より寒さには慣れていますので」
「…………悪いな」
「失礼します」
ザナック様の体に上着を掛けると、ご自身で前のボタンをとめ、裾を持ってひらひらと振られている。
「長い………………いや、丁度いい。ありがとう、クライム」
そんなふうに目を見てお礼を言われた。私の中には、まだ過去の彼の影がある。今の彼と接する度に、それは打ち砕かれ塗り替えられていく。
(こんな事で驚いていてはな……)
「ほら、ついてこい」
ふんっ、と鼻を鳴らして彼は先を行く。やはり彼は変わったんじゃ無い。ただ、見えていなかった部分が見えただけで。
「はい、ザナック様」