※この作品はR-18です。

魔法界事件簿   作:闇祓い局の男

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ホグワーツの戦いから約20年後を描く、英国闇祓いの魔法界事件簿


オーラー・オフィサーと闇の事件簿

 男が車の窓を滴る小雨をぼうっと眺めることができるようになったのはつい最近のことだ。背が高いアジア系の彼は、その隣でハンドルを握る茶髪の男の下手な運転を見ないようにする。いくら魔法で障害物の方が避けてくれるといえど、乗り慣れていない者としてはとても怖い光景だったからだ。

 

「カリム、神秘部から移動してきた新人の話は聞いた?」

 

 茶髪の彼が口を開くと運転はいっそう雑になる。こちらに気づきもしないマグルの一家が、近くの信号機と一緒にこの車を避けた。

 

「調査部に来たフェリックス・ヘイズか。彼危ないものを作るのが好きで、向こうでは厄介者だったらしい。執行部長が目をつけて引き抜いた」

 

 カリムが言った。

 

「そんなやつ調査部に入れるってことは特殊装備担当でもやらせるつもりか? コードネームを付けるならきっとQだな」

 

「またマグルの物語の話か。あ、そこ止めて」

 

 車はカリムが指示した地点より10メートルも手前で急停車した。2人は目的地の家に停る青と蛍光色に塗られた車と、門に立つびしょ濡れなマグルの警官を見る。

 

「事故惨事部はなにやってんだ」

 

 2人は雨の中車を降りると、IDを取り出して指で擦る。すると、そこにあった情報がぐにゃりと混ざって違う情報を写し出した。

 

「MI5です」

 

 カリムがIDを見せると、警官は不思議そうに眉を寄せてそれを凝視する。

 

「何用でこちらに……」

 

 警官が最後まで喋る間もなく、彼は突然膝から崩れて眠り込んだ。門の向こうから杖を持った細身なヒスパニック系の女性が出てくると、カリムらと目が合った。

 

「あらごめんなさい、早かったね。どっちがどっち?」

 

「僕は闇祓い局のイムです。こっちは魔法不適正使用取締局のアシュクロフト」

 

 カリムが答える。

 

「おっけい。私は魔法事故惨事部のスキナー。現場は中よ」

 

 そう言ってスキナーはまた門を通った。

 

「外じゃないのはわかるよ」

 

 アシュクロフトがIDをポケットに入れながら呟く。

 カリムは門に連なる煉瓦の壁沿いになにかを見つける。杖を抜いてそれをすくい上げると、透明な紙のようなものが焼けて消えた。

 2人は彼女のあとを追い、煉瓦造りの伝統的な家に入る。玄関からアンティークの家具たちに迎えられ、リビングでは倒れて動かない男も待っていた。

 

「被害者は杖以外なにも盗られてない。通報者は彼の奥さんのマグルで、彼女は彼が魔法使い……」

 

「魔法使いだと知らなかった。聞いてます 」

 

 カリムが言った。

 

「あらそ。じゃ私は外でおねんねしてる職務怠慢くんを片付けてるね」

 

 彼女は杖を指でくるくる回しながら家を出ていった。

 カリムはさっそく杖を男の死体の周りにかざす。

 

「争った形跡や外傷等はなし。死の呪いか」

 

 アシュクロフトは死体の袖を捲る。前腕に骸骨の口から蛇が出ている絵が刻まれていた。

 

「まただよ、刑期を終えた元死喰い人」

 

「アパレ・ヴェスティジウム(足跡現れよ)」

 

 カリムは杖の先を咥えて周りに吹く。すると金色の粉が舞い、地面に足跡として付着した。

 

「27センチの細い足、これも同じ。レベリオ(現像)」

 

 カリムの詠唱で、足跡から犯人像が浮かび上がった。細身で背が高く、やつれた顔に肩まで伸びた焦げ茶の髪を垂らす男性。30代そこらだろう。

 

「またそいつか。連続殺人事件だな」

 

 アシュクロフトはやれやれとため息をつき、男の像をしっかり見据えると、杖を自分のこめかみに当てて記憶を引っ張り出し小瓶に入れた。小瓶には『証拠』と書かれたシールが貼られていて、アシュクロフトはポケットから浮いてきた万年筆を取るとそこに『犯人像』と加える。

 

「それコピー送って。明らかに元死喰い人を狙ってるな、気持ちはわからなくもないけど」

 

「カリムがさっき壁沿いに見たもの、保護呪文の欠片だよな。こいつは狙われてることを知ってたのか?」

 

「どっちにしろ、犯人は家に常時張るような保護呪文を破れるほどの魔法使いということになる」

 

 カリムとアシュクロフトが家を出る頃には、惨事部の人が増えていた。

 

「スキナーさん、終わりました。片付けていいですよ」

 

 カリムが言った。

 

「死体はどちらに送ればいい?」

 

 スキナーさんの問いに2人は同時に自分の局の名前を挙げた。2人は睨み合う。

 

「決闘でもいいから早く決めて」

 

「取締局に死体は必要ないだろ」

 

 カリムが言うとアシュクロフトは被せ気味に口を開いた。

 

「あんたらはただの執行部隊だろ、捜査はこっちが行う。犯人は国際魔法使い機密保持法違反の疑いがあるからな」

 

「犯人逮捕に向けた捜査も闇祓いの職務の一貫だ」

 

「おお分かり合えないようだな」

 

 2人の言い合いを見てスキナーは鼻で笑う。

 

「そのくだりいつもやってるの? じゃあとりあえず執行部に持ってくから、あとは自由にして」

 

 スキナーが家の中に消えると、カリムとアシュクロフトはまた目を合わせて互いを睨んだ。

 帰り道の運転はよりいっそう雑だった。むしろアシュクロフトは丁寧に道を走る必要がないことに気づき、開き直って人々や建物に突っ込んでいるようにも見える。

 

「なんだ文句あんのか? 俺だって姿現しで移動したいよ」

 

 とアシュクロフト。

 

「もう20世紀じゃないんだ、マグルが都会にはびこらせた監視カメラの前にでも姿現ししてみ……」

 

 カリムが途中まで言うと、アシュクロフトがハンドルを叩きながら「はいはい」と呆れた声を出す。

 

「そんくらい知ってるよ、俺は不適正使用取締局だぞ。あんたら闇祓いがバカスカ姿現しして取り締まったのは俺らだ」

 

「後始末したのは事故参事部でしょ。彼らとバチバチしてるのはこれがきっかけだもん」

 

「俺らの仕事も増えたんだよ!」

 

「僕に怒るなよ。どのみち僕は注意欠如症を診断されて姿現しの許可が降りてない」

 

「じゃあ運転を覚えろ」

 

 アシュクロフトはその後もブツブツ文句を言っていた。そう言うお前は運転を覚えた結果これなのか? とカリムは思った。

 

             

 

 

 豪華絢爛に装飾された上品で薄暗い部屋とは不釣り合いに、痩せこけた背の高い男が立っていた。肩まで伸びた焦げ茶色の髪が薄汚い長いコートの肩に張り付いている。

 男は杖を構えて辺りを見回し誰もいないことを確認すると、部屋中を歩き回り、天蓋付きの大きなベッドの横にあるカーテンの影に隠れた。

 何時間そこにいたのかしっかり覚えているほど、男の感覚はずっとはっきりしていた。屋敷に誰かが帰ってきたのも音ですぐわかり、長髪ブロンドの男が部屋に入ってきたとき、隅の男は迷わず杖を彼に向けた。

 

「ペトリフィカス・トタルス(石になれ)」

 

 ブロンドの男は硬直して倒れる。隅の男は影から現れ、窓から見える灰色の空が彼の乾燥した肌を照らした。

 

「ルシウス・マルフォイ……元死喰い人……僕を見ろ」

 

 男はルシウスの目を覗き込む。

 

「君は……アズカバンにすら、入らなかったんだね。それじゃあ……すぐには楽にさせられないよ。クルーシ……」

そ

 そのとき、男の手から杖が吹き飛んだ。驚いて振り向くと、ルシウスと同じブロンド長髪の男が杖を向けて立っている。

 

「君は……息子さんだね」

 

「父上から離れろ。どうやって入った」

 

「……邪魔」

 

 男はコートのポケットからもう1本杖を出した。ルシウスの息子はまた杖を振るが、男は保護呪文でそれを交わし、さらに攻撃をしかける。息子は吹き飛ばされるが、壁に当たる寸前でぴたりと止まったためダメージはなかった。

 

「サーペンソーティア(蛇よ)」

 

 息子の詠唱で、下がる杖先から3匹の大蛇がボトリと落ちて現れた。それらは男に襲いかかり、男は近づけまいと一生懸命攻撃をしかける。ルシウスの息子はその隙に男へ接近し、男の攻撃をフェンシングの如く交わして杖を突き出し失神呪文を放つ。赤い閃光を受けて男は意識を失った。

 

             

 

 

 カリムはガラス越しに尋問室の容疑者を見ている。元死喰い人連続殺人犯があっさり捕まったことに驚いていた。

 

「こいつ全然喋んないよ。法執行部長が直々に捕まえたってほんと?」

 

 とカリムは隣の茶髪をポニーテールに結ぶ男に言った。

 

「長官は引き取りに行っただけで、民間人が捕まえたらしいよ。襲われたところを逆に捕まえたとか」

 

 ポニーテールの男が答えた。

 

「おぉ、元死喰い人が私人逮捕したわけか。面白い」

 

「そ。彼は前科記録なしだったから初犯かな。所持していた杖は全部被害者のものと登録が一致した。それらは僕が開発中の忠誠心強制転換装置の実験台にするんだ」

 

「フェリックス、それ許可降りてるの?」

 

「もちろん! ここは神秘部よりやりやすいよ!」

 

 そう言うと彼はカリムに手を振り、鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。

 カリムは尋問室に入った。どこの部屋もお馴染みの黒色の煉瓦造りだ。男は両手を背中に組んで縛りつけの呪文で拘束されている。

 

「仕切り直そう。改めてこんにちは、僕はイム。そうそう、僕にはマグルの物語が好きな友達がいるんだ」

 

 カリムは机を挟んで男と向かい合うように椅子に座る。

 

「彼の話によると、マグルの執行部は尋問するときに、いい尋問官と悪い尋問官を使い分けるそうでね。さっきの僕はいい尋問官だった」

 

 カリムの杖を持った手が机に置かれ、男は目でそれを追う。

 

「今は違うかも」

 

「闇祓いに許されざる呪文が許されたのは……昔の話だ」

 

 男は初めて口を聞いた。

 

「この期に及んでそんなものは使わないよ」

 

 カリムが杖を上げると、男の身体が浮いて仰向けになる。そして彼の首に杖を当てた。

 

「共犯者はどこ。高度な保護呪文破りがいるはずだ、お前を被害者の家に入れるとこまで手助けしてるのはわかってる」

 

 男は口を閉じていた。

 

「仕方ない。手始めに、フラグレート(焼印)」

 

 男の首にバツ印の焼き跡が現れた。彼はその痛みにもがくが、口は開かない。

 

「まだやる?」

 

「磔の呪文の……足元にも及ばないね」

 

 むしろ男は笑みを浮かべた。カリムも笑みを浮かべる。そして杖先を男の胸に置いた。

 

「アグアメンティ(水よ)」

 

 一瞬、なにも起きていないかのように思えた。そのとき、男は咳と共に水を吐き出す。仰向けなため口から出た水がまた鼻から入り、彼はまたもがく。

 

「たしかにクルーシオに勝る苦痛を与えるのは難しい。でも、それに勝る恐怖ならいくらか心当たりがあってね。水はそのひとつ」

 

 それでも男は笑っていた。

 

「そうだよな……お前らは恐怖をよく知ってる……ここが闇の帝王の手に落ちたとき、お前らなにをしてたっけ」

 

「さぁ、子供だった。話をそらすな」

 

「じゃあお前らの上司や親はなにをしてた? 恐怖に屈し、ただ縮こまっていただけだ」

 

「それなら今も暗黒時代のはずだよ。また肺に水を……」

「ポッターが闇の帝王の急所を潰して回っていたことを……ほとんどの人間は知ってたのか? いいや。つまり何の希望もないくせにただ神に祈っていただけだ!」

 

 男はむしろ活きがよくなっていた。

 

「貴様らも同罪だあ!!! 僕の両親を殺すのに加担したようなものだ!!! そうさ両親は穢れた血だった!!! 天下の魔法使い様の世界では穢れてるのさ!!! 僕を見ろ!!! あのとき大人たちが恐怖にただ怯えていたから、僕はこうなった」

 

 カリムは彼の主張に少し圧倒され、黙っていた。

 

「……共犯者がどこにいるのか教えろと……言ったね」

 

 男の言葉にカリムは頷く。

 

「言う気になったか」

 

「安心して、向こうから来るよ。ばいばい」

 

 男が仰向けのままカリムに手を振ると、その瞬間彼の腹の上に屋敷しもべ妖精のポブが姿現しした。カリムは全てを察して杖を構えるが、ポブが指を鳴らすと杖は手から飛ばされる。そしてポブは男を連れて姿くらましした。

 カリムは静けさの中でただ立ち尽くした。

 

             

 

 狭い部屋の壁紙は剥がれかけ、電気は通っていなかった。古いタンスとベッドだけが置かれていて、背の高い男は地面に座ってそのベッドにもたれかかっている。

 

「ポブ、なんですぐ助けてくれなかったの。マルフォイの館で僕はペンダントを触ったんだよ」

 

 男は焦げ茶の長い前髪の間から前に立つポブを見た。返事はない。

 

「ポブ、次は許さないよ」

 

 するとポブは黙ってベッドの金属パイプを握り、そこに勢いよく頭を打ちつける。何度も、何度も。その音を聞きながら男はベッドに横になり、すぐ眠りについた。

 

             

 

 

「ごめんなさい、お客様の個人情報はお渡しできません」

 

 小柄な中年女性は机の本を見たまま言う。ずっと文字に目を走らせる彼女を、カリムは窓越しに困った顔で眺めた。窓口の上には『屋敷しもべ妖精転勤室』と書かれた真鍮のプレートが貼られている。

 

「死んでる人だけでいいんです」

 

「生きてていようといまいと関係ありません」

 

 そのとき、カリムの横に入ってきたアシュクロフトがバッジを窓に押し当てた。

 

「おいマヌケ、これが見えるか。こちとら魔法法執行部様だぞ立場をわきまえろ」

 

「では令状をお持ちになって再度お越しください」

 

 女性の対応に苛立ちを隠せないアシュクロフトを、カリムは引っ張って向いの壁まで連れていった。

 

「なにしてんの」

 

 カリムが聞いた。

 

「お前と同じだよ連続殺人犯を逃がした下僕虫を探してる」

 

「君は元妖精カルテルの男を訪ねるんじゃなかったのか?」

 

「訪ねたよ。面白いことに、"元"じゃないかもしれない」

 

 それを聞いてカリムはゆっくりアシュクロフトから手を離す。

 

「なにがわかったの」

 

「非正規の下僕虫を飼ってたから、てきとうな理由つけて逮捕してきた。でもそいつ閉心術が強力なもんで苦労してるのよ。それより、俺はこんなに動いたけどカリムはずっとあの窓口に張り付いてたのかい?」

 

「まさか、フェリックスの長話聞きながら昼飯食ってた」

 

「おおそれはお疲れさん。鼻呪いかけていい?」

 

 アシュクロフトが突き出した杖をカリムは掴んで下ろす。

 

「つまり、カルテルの男はここにいるの?」

 

「いるよ。そこで、カリムくんに例のチートアイテムを持ってきてほしいのだよ」

 

 アシュクロフトは万遍の笑みだが、カリムはめんどくさそうに目を逸らす。それは無理もなく、大失態を犯したばかりのカリムは上に頼み事できるような精神状態ではない。でももちろん、それを挽回するにはやるしかなかった。

 

 カリムは上司の前にいるにも関わらず、やれやれと暗い天井を見つめていた。

 

「令状も使用許可も降りなかったが、だからとまた野蛮な手に出たらもう庇えない。これは日頃の行いの結果だ、容疑者を拷問した挙句に逃がすとはマヌケにも程がある。局長もご立腹だ」

 

 と上司が言うと、カリムは地面を見る。

 

「申し訳ありません」

 

「このことが外に知れたら、日刊予言者の一面を飾ることになっても文句は言えまい。さぁ行きたまえ」

 

 カリムは頭を下げると部屋を出た。

 上司の男はカリムがいなくなると、椅子から立ち上がって暖炉に向かった。彼は暖炉のアーチりもたれかかって消えかけた火を眺め、ため息をつく。

 

「ダーウェント先生、イムが再発したかもしれない」

 

 

 黒煉瓦の薄暗い事務室に戻ったカリムは、自分のデスクエリアに入ると上司から渡された警告書の入った封筒を机の上に投げた。すると、それはひょいと浮かんで喋り出す。

 

「カリム・イム殿。警告……」

 

 周りに聞かれることを恐れたカリムはすぐ封筒を机に叩きつけ、手の下でもごもご喋り続ける封筒に杖を向け囁くように唱える。

 

「シレンシオ・マキシマ(二度と喋んな)!」

 

 ちょうどそのタイミングでフェリックスがやってきた。カリムは手の中でもぞもぞ動く封筒をそのままクシャクシャにし、ゴミ箱に投げる。

 

「できたできたできた」

 

 フェリックスは嬉しそうに、腕時計を黒い机に置いた。カリムはそれに興味を持てる気分ではなかったが、とりあえず手に取ってみる。

 

「マグルの時計だ、違法だろ」

 

「ぅるさいな説明を聞いてよ。それは記憶装置を備えたポートキーで……」

 

「悪いけど仕事がある」

 

 カリムはそう言うと時計を机に置き、デスクの引き出しから大きなケースを取ると、それをコートのポケットに入れながら事務所を出た。

 

「ねぇそれ、僕のケースじゃね……」

 

 ぽつんと残されたフェリックスは頭を搔く。そしてちらっと、カリムのゴミ箱を見た。

 

 

「遅いじゃないか」

 

 尋問室に先にいたアシュクロフトは、やたら整った黒髪のスーツを着た男と机を挟んで向かい合って座っていた。男は手を後ろで拘束されている。

 

「悪い、真実薬の使用許可は降りなかった」

 

「なんで?」

 

「開心術師がいるのに必要ないだろってことらしい」

 

 整った髪の男は万遍の笑みでアシュクロフトをまっすぐ見た。

 

「またそんなことを、誰でも開心できたら苦労しない。なにそれ?」

 

「これ? チオペンタールナトリウム。いわゆる、マグルの真実薬」

 

 カリムはポケットから出した大きなケースを机に開き、注射器と小瓶を取り出していた。整った髪の男から笑みが消える。

 

「マグ、そんなんでこいつ吐くのか?」

 

「そこまでは期待してないよ、半眠状態にしたら閉心術を弱められると思って。そのあとはお前の仕事。注射するからこいつの袖めくって」

 

 整った髪の男は焦った表情で注射器とカリムを交互に見る。アシュクロフトは男の左横にまわると腕を抑え袖をめくった。

 

「見ろよこの手の痕、破れぬ誓いだ」

 

「もっと捲って。ありがとう……そうだ娘さん、また入院したんだって?」

 

 注射される男は苦し紛れの笑みを浮かべ、冗談はよしてよと言わんばかりにアシュクロフトとカリムを交互に見た。

 

「フェリックスが言ったんだな、あいつ余計なことを。インペリオの後遺症が悪化したんだ。ほんとは自分の意思でやったんじゃないかって思い始めてる」

 

「PTSDだね、グレンジャー先生が心配するだろうに」

「娘はグレンジャーを嫌ってた」

 

「でも彼女は特に娘さんを心配してた」

 

 そのとき、整った髪の男が頭をふらつかせはじめた。

 

「お、ウトウトしてやがるぞ」

 

「効いてきたね。始めて」

 

 アシュクロフトは杖を男のこめかみにぐいと突きつけた。

 

「さぁ洗いざらい視せてもらおうか。レジリメンス(開心)」

 

 すると男は白目を剥いて口をだらっと開ける。

 カリムは向いの椅子に座ると、注射器の針を外して手の平から浮遊呪文で宙に浮かせて遊んだ。

 

「ちくしょう! このクソ変態野郎が!」

 

 突然キレたアシュクロフトは男の脚を蹴る。男はぐらついて椅子から倒れそうになり、カリムが手をかざすと浮遊呪文で支えられて元に戻った。

 

「なに」

 

「いや聞かない方がいい、この異常者め気持ち悪いもん視せやがって。人間とできないからって……ああこりゃ悪夢に見るだろうな」

 

 男はとろけた目でアシュクロフトを見る。

 

「それで、視たのはその気持ち悪いのだけ?」

 

「やはりしもべ妖精の違法売買に関わってる。でも今回の連続殺人犯に売った記憶はこいつにない」

 

「収穫なしか。でも妖精カルテルが復活した事実は重大ニュースだな」

 

 カリムは注射器と小瓶をケースに戻すと、それをコートに戻して尋問室を出た。その隣を歩くアシュクロフトはまだ唸っている。

 

「ゔぅ身の毛がよだつ……」

 

「やっぱり殺人犯は正規の屋敷しもべ妖精を連れてるのかも」

 

 ふとカリムが言った。

 

「そうであってほしいな。見つけるのが比較的楽になる」

 

 アシュクロフトはイライラ振り回していた杖を懐に戻す。

 

「そうだ、別の記録をあたろう。97年から98年の間に殺された夫婦で裕福だった家の記録を探せばいい」

 

「いや、あの時代に殺された人の記録は不備が多すぎて正確じゃない。でも……当時はラジオ局が行方不明者のリストを作ってた、そこから割り出す方がいい」

 

「ほほう。なんでそんなこと知ってるの」

 

「親が聞いてた。友達の名前も流れていまだに戻って来ない」

 

 アシュクロフトの言葉に一瞬沈黙が流れる。

 

「そうか……どこの放送?」

 

「さあな。まずはWWNから当たろう」

 

 アシュクロフトは日が暮れる前にホグズミードへ向かったが、WWN(魔法ラジオネットワーク)に入ると数分としないうちに出てきた。手には住所が記載された羊皮紙が握られ、名前も書かれている。

 

『リー・ジョーダン』

 

 彼はその男性を訪ねるために姿くらましした。

 翌日の正午、くたくたのアシュクロフトはカリムと合流して資料保管室へ向かった。

 

「予定より遅くなったね、なにかあった?」

 

 とカリム。

 

「リストを持っていたのは公共のラジオ局じゃなかった。当時それを公開したのは海賊版の放送で、その司会を務めた民間人を訪ねてたんだよ」

 

「誰?」

 

「ジョーダンさん」

 

「知らないな。とにかくお疲れ、ありがとう」

 

「んじゃかぼちゃジュース奢ってくれ。よし仕事にかかるぞ。まずは、レナード一家。4人が行方不明」

 

 資料の棚をひとつひとつ見ていくアシュクロフトに、カリムはやれやれと首を振る。

 

「こういう捜査はじめてだろ。楽な方法を教えてあげる。ルーモス(光よ)、レナード」

 

 カリムが杖先の光を投げると、光は棚の間を移動して『レナード』を探しはじめた。

 

「なにそれ便利、いつ発明されたの」

 

「知らないけど昔からあるよ。みんな使ってる」

 

 この地味な作業は半日に渡り続いた。カリムの集中力が切れ始めると、資料を探す光も消えかかってくる。

 

「この日の行方不明者は比較的少ないな。これは? ジェイソンと、アリソン・デンブライト」

 

 まだまだ元気そうなアシュクロフトだった。

 

「はいはい、デンブライト」

 

 カリムが唱え、光はだるそうにゆらゆらと移動した。アシュクロフトは弱々しい光が指したファイルに手をかざすと、ファイルが自分から降りてきてその手に収まる。

 

「デンブライト証券……これだ。デンブライト夫妻。夫のジェイソンはこの組織の社長だぜ」

 

 アシュクロフトが見つけた本は、ある会社の資料だった。

 

「なんだその組織。主な業種は、マグルとの外界為替取引? マグル界と経済的交流はないだろ機密保持法違反だ」

 

 カリムが目を凝らして言う。

 

「じゃあマグル生まれはどうやって教科書を買うためにポンドをガリオンへ換金すんだ?」

 

「……魔法だろ」

 

「おいマグルみてぇなこと言うな」

 

 今度は光が別の資料を指していた。カリムはそれを取ると、光が入っていったページをめくる。

 

「見つけた。マクゴナガル校長が、このときはまだ校長じゃないけど、ホグワーツから姿を消した生徒をリストアップしてたみたい。ラトウィッジ・デンブライトは当時レイブンクロー寮の2年生で、両親が行方不明になった翌日に彼も姿を消した。容疑者候補だな」

 

「いやこいつで間違いない。見ろよ、親父そっくりだ」

 

 アシュクロフトはデンブライト証券の資料に入っていた写真をカリムに見せる。笑顔で軽く会釈しているジェイソン・デンブライト社長は、焦げ茶色の髪に細身で背が高く、連続殺人犯とそっくりだった。

 

             

 

 ラトウィッジ・デンブライトはベッドに座っている。ポブが出した料理は冷めていた。

 

「ポブ、庭に行きたい」

 

 ラトウィッジが言うと屋敷しもべ妖精のポブがドアを開けて部屋に入り、彼の腕を掴んで姿くらましした。

 現れたのは手入れのされていない庭園だった。石の道が交差する庭の中心には大きな石の台があり、窪みに憂いの篩があった。ラトウィッジはその中の液体を覗くと、こめかみに杖を当て、記憶を引っ張り出して器に入れる。液体の中に黒いもやが広がり、ある少女の顔がそこに映し出された。

 

「ただいま」

 

 彼はそこに頭を入れた。

 

             

 

 カリムは食堂を見回した。新聞を読みながら朝食にフィッシュ&チップスをちまちま食べるアシュクロフトを見つけると、その向かいに座る。ふと新聞を見ると、『マグルフォン使用増加。機密保持法違反で逮捕者多発』の文字が目に入った。

 

「最近はマグル製品ブームなのか? デンブライトの押収品にもイヤホンを紐に使ったペンダントがあった。マグルマニアなら "イヤホン" はわかるよね」

 

 カリムが言うと、アシュクロフトから気の抜けた「ああ」が帰ってきた。

 

「なんで魔法界にフォンが流通してるの?」

 

 カリムが聞くと、アシュクロフトは新聞をひっくり返してその記事を見る。

 

「ああこれ、売人がいるんだよ」

 

「捕まえた?」

 

「いや捕まえられない。魔法のかかってないマグル製品を取り締まる法律がないもんでね」

 

 アシュクロフトは新聞をテーブルに置くと魚にがっつく。

 

「でも魔法界で電子機器は正常に動かない。なにかいじってるはずだよ」

 

「俺が押収したマグルフォンは、貼られてたシールに無線電信を補助する魔法がかかってた。剥がせばいいってわけさ」

 

「ムセンデンシン?」

 

「映画を見ろ。ところでデンブライトの件は進展あったのか?」

 

「まだ気にしてるの? 取締局はもう担当を外れたでしょ」

 

「気にはなるだろ。犯人がマグルの前で魔法を使ったのは事実だしな」

 

「でもそっちの手柄にはならんよ。しもべ妖精がどうやってデンブライトのいる尋問室を当てたのかはわからなかった。匂いでも着いてたんだと思うけど」

 

「あの会社の資料にあったデンブライトの住所は行ってないのか?」

 

「もちろん行った。夫妻が生きてた頃はロンドンのセントジョンズウッドに住んでたらしいけど、尋ねたら今はマグルの一家がいた。でも手ぶらで帰ったわけじゃないよ」

 

 カリムはそう言うとポケットに手を入れて1枚のガリオン金貨を机に出した。手には火傷の跡があり、アシュクロフトはそれを横目で見つつ金貨を手に取る。

 

「これがどうした」

 

「この金貨、ただの金貨だった」

 

「うん、ただのガリオン金貨に見える」

 

 アシュクロフトは金貨を机に置く。

 

「違うそうじゃない。これはその家で見つけたんだけど、普通僕らの通貨はマグル界で流通しないようにゴブリンが魔法をかけてる。でもこれはそれが巧みに解かれた」

 

「それがどうした」

 

「マグル界でゴールドがいくらか今朝調べてきた。現在1gあたり約63ポンド、12ガリオン以上の価値になる。たった1gでだぞ? つまりガリオン1枚の価値がマグル界を経由すると何十倍にもなるわけだ」

 

「なるほど、それで得たマグルのカネをグリンゴッツでまたガリオンに換金すれば永遠に増え続けるわけか。デンブライトはどうやって金貨の呪文を解いたんだ?」

 

「少なくともホグワーツを2年で中退してる男にできる芸当ではないよね」

 

「ほう、つまりまた誰かが協力してるわけか、少なくとも今度は屋敷しもべ妖精ではない。金貨に追跡呪文は試したか?」

 

「もちろん試したけど、マグルの玄関に戻っただけだったよ」

 

「難航してるな。じゃあ金貨の呪文を解ける人物を探すところからか?」

 

「そうだね。あぁまたノクターン横丁に行くのか……」

 

 そのとき、食堂に駆け足で入ってきた男がいた。彼はトレーを持った女性にぶつかって皿を全てひっくり返すが、彼が杖を振ると地面にぶち撒けられたご飯たちは綺麗に元のトレーへ戻る。女性は一見美味しそうなそのご飯を、便器を覗くような目で見た。

 

「死因は! 死の呪文じゃなかったよ!」

 

「ちょ、一旦深呼吸しようフェリックス」

 

 カリムは立ち上がるとフェリックスの肩を叩きながら、こちらを睨む女性に頭を下げた。

 

 検死室に来る頃にはフェリックスは比較的落ち着いていた。この部屋も相変わらず黒レンガで薄暗い。

 

「なんで突然検死結果を疑ったんだい」

 

 カリムが近くのソファに座りながら言った。

 

「あ、先に謝っておくね。カリムのゴミ箱の封筒を見た」

 

「は?」

 

「拷問はよくないよ。特に、肺に水を使うのは死ぬリスクがある。でも、それを見て思ったんだ。もし肺の機能が止められたんだとしたら死の呪文と区別はつきにくい」

 

 フェリックスは解剖台の上にある布のかかった死体の胸をぽんぽんと叩く。検死報告より、あの警告書にそこまで詳細なことが書かれていたことにカリムは驚き、封筒を黙らせて良かったと思った。

 

「と言うと」

 

 カリムが続きを促す。

 

「この一連の被害者はみんな死の呪文で殺されたにしては、扁桃体が直前まで極度の緊張状態だった。そしてその原因に、脳が必要とする酸素レベルが明らかに低かったことも考えられる」

 

「へぇ。ん、どうやったらそんなことがわかるの」

 

「神秘部の技術で部外秘だから言えないけど、カリムも現場から足跡を復元してそこにいた人を再現させる術を使うでしょ。それをミクロレベルでおこなうようなもので呪文のベースはだいたい同じだよ」

 

 フェリックスそう言いながら死体に被る布を取り払った。

 

「でも、体の外にも中にも跡はなかった。肺の機能を止めるようなことはされてない」

 

「カリムは死の呪文と窒息死の違いをどう区別してる?」

 

 彼の質問にカリムは一瞬口を閉じる。

 

「窒息なら口になにか押さえつけられたとか、喉になにか詰まっていたとかいう気道が塞がった痕跡が残るはず。もちろん、アグアメンティで肺に水を入れられたりとかも」

 

「それが盲点なんだな。物理的なやり方だけが全てではないんだよ」

 

 そういうと、フェリックスは別の机に移動した。庭小人の入ったガラスケースがある。カリムはそれを覗いた。

 

「実演でもしてくれるのか?」

 

 その質問にフェリックスはうんと呟くと庭小人に杖を向ける。

 

「アレスト・モメンタム(動きよ止まれ)」

 

 すると庭小人はおとなしくなり、呼吸が弱くなった。やがてぐったりしたところで、フェリックスは集中を切る。

 

「リナベイト(蘇生せよ)」

 

 彼は庭小人を回復させると、杖を両手で持って得意げにカリムを見た。

 

「今のアレスト・モメンタムは……通常の使い方ではなかったね」

 

 カリムは不思議そうに庭小人を見た。

 

「そう。普通はこの呪文、体の動きを止めるときとかに使われることが多いんだよね。でもそれを、心肺機能に限定して使うと今のようになる。やり続けたら死ぬってわけよ」

 

「つまり、あの死体には減速呪文の痕跡があったの?」

 

 カリムが聞くとフェリックスは解剖台の死体に杖を向ける。

 

「心肺に不自然な運動エネルギーが働いていたことは確認したよ。力学属性のチャームであることは間違いないね。レベリオ(現れよ)」

 

 すると死体の上に金の粉が舞い、臓器の形が現れた。それぞれの粉は常に波を打ちながら移動していて、特に心臓は動きが著しかった。

 

「これ、アパレ系統の出現術?」

 

「そう、力学測定結果を観測できるようにした再現体で、それぞれの波が現してるのはエネルギーの流れなんだ。ほら見て、心臓と肺に突然違う波が現れた。そして他の動きを阻害してる」

 

「なるほどそれが減速呪文か、大したテクニックだな。でも、2年生で中退した人がその呪文を使えると思うか?」

 

「どうなんだろ、そんなに難しくはないと思うけどね。この件でなにか参考になった?」

 

 その質問にカリムは少し壁を眺めたが、首を振った。

 

「禁じられた呪文を使ってないと証明したところで、デンブライトの罪が軽くなるだけだ」

 

 それを聞いたフェリックスは少し残念そうに眉を下げた。

 ちょうどカリムが暖炉に目を向けたときだった。そこからアシュクロフトの声がした。

 

「おいカリム!! しもべ掘り野郎が釈放されただと!? ふざけんなよ!!」

 

 部屋にいる2人は目を合わせ、お互いに首を傾げる。

 

「しもべ掘……妖精カルテルの男? 釈放されたってのは初めて聞いた」

 

 カリムはそう言って暖炉に近づく。微かに火の灯った灰がアシュクロフトの顔になっていた。

 

「証拠不十分だとさ。俺が開心したのに!」

 

「ああ、最近は複数人の開心報告しか証拠として扱ってくれないんだ。昔内容をでっち上げた闇祓いがいたもんでね」

 

「じゃあ複数人でやればいいだろ!」

 

「それがさ、未承諾者に対する開心術の使用が最近は人権侵害として問題視される傾向があって、上はなるべく開心術を使わせたくないみたい」

 

「は? は!? じゃあなんであのとき真実薬の行使を認めなかったんだ? 開心術師の俺がいたから使わせなかったんだろ!?」

 

「ごめんそれは、本当は僕が手荒い真似ばかりするせいで、上の信用がなくなったのが原因なんだよ」

 

「なに!? 部下が信用できないならそもそも捜査させんなよ! それじゃただの捜査妨害じゃねぇか闇祓い局の上層は脳ミソ乾いてんのか?」

 

 アシュクロフトの怒りが自分ではなく上司に向いたことに、カリムはどこか安心した。かなり利己的な安心感だ。

 

「どっちにしても、取締局の管轄ではないんだからアシュクロフトは気にしなくてもいいんじゃないの?」

 

「じゃあお前がちゃんと尻尾掴めよ!」

 

 そう言ってアシュクロフトの顔は暖炉から消えた。

 カリムはすっと顔を上げると、フェリックスと目を合わせて肩をすくめる。

 

「マーリンの髭だな」

 

 カリムが呟いた。

 

 今日の午後、カリムはノクターン横丁に現れた。執行部のバッジをウエストコートのポケットにチラつかせながら歩いていると、周りの魔法使いや魔女たちはなるべく彼と目を合わせないようにした。

 

「あ、フレッチャーさん」

 

 カリムが、一生懸命目をそらす背の低い禿げた男に声をかけた。彼は今気づいたと言わんばかりにカリムを見て驚いたふりをする。

 

「お、イムさん! こんなところで会えるとは奇遇だな」

 

 フレッチャーがへこへこしながら言う。

 

「変だな、僕はこんなところで会った記憶しかない」

 

「冗談きついですぜ。ところでここには何用で?」

 

「ちょうどいい、あなたに聞きたいことがあるんですよ。この辺で、ゴブリンの呪いを破ることを得意とする商売人とか、知らないですかね 」

 

「ああ〜、それはあまりお安くない情報だねえ」

 

 するとカリムは彼の喉に杖をつきつけた。フレッチャーは両手を上げる。

 

「おお旦那、落ち着こうぜ。お役所の方には日頃から守ってもらってるし、特別にタダに近い……いやタダでお教えてやらんでもない」

 

 ヘラヘラ笑いながらフレッチャーはそう言った。そのときカリムは、彼の手にある数枚の四角い板を見た。

 

「それマグルフォン?」

 

 カリムが聞くとフレッチャーはそれをジャケットの裏ポケットに入れる。

 

「壊れてる、使えない」

 

「アクシオ(来い)」

 

 カリムの詠唱でフレッチャーのポケットからフォンが1枚飛び出しカリムの手に収まった。いじくりまわすと、フォンの表面が光る。ひっくり返して裏面を見ると黒いシールが貼られていて、カリムはそれを剥がそうとしたが固く、替わりに杖を向けた。

 

「フィニート・インカンターテム(呪文よ終われ)」

 

 すると、フォンの光る表面が荒れ始める。新聞で問題になっていたマグルフォンそのものだ。カリムはちらっとフレッチャーを見ると、彼は荒れたフォンを見てため息をついた。

 

「安くねぇのに……」

 

「これどこで?」

 

「それがまさに、おたくが今探してる女から手に入れたんだよ」

 

「女? 案内して」

 

 カリムがフォンを返しながら言うと、フレッチャーは嫌々手を伸ばす。

 

「あんたが闇祓いってこと言わないでくれたら嬉しいんだが……」

 

「おけい」

 

 するとフレッチャーは安堵の笑みを浮かべてカリムの左手を掴み、それと同時に2人は姿くらましをする。予期していなかったカリムは突然ぐちゃぐちゃに入り交じり高速で過ぎていく景色に押し込められた。やっと姿現しすると、カリムは木の床にはじき出されて左腕が裂けた。

 

「フレッチャー!!!」

 

 カリムは自分の腕を見て叫ぶ。

 

「え、イムさんマジかよ」

 

 フレッチャーは腕の裂けた肉を見ておどおどする。

 

「しっかり掴めよアホ! 僕は注意欠陥症だ!」

 

「知らねぇよ……どうすりゃいい」

 

 そのとき、近くの木の扉が開いた。ここはまるで叫びの屋敷のような古い建物の中だった。開いた扉から、カリムと同い年くらいの30代そこらの女性がこちらに杖を向けて出てくる。

 

「マンダンガス、私は客と直接やり取りはしない」

 

「あ、ゴブリンの呪い破りに興味があるみたいでさ、でも、今こんなんになっちまってよ……」

 

 とフレッチャーが言うと、女性は横たわったままのカリムの近くまで寄って様子を見る。

 

「ああ任せな、バラけたばかりならなんとかなる」

 

 彼女はカリムの前に屈むと、避けた腕に杖を向けて聞いた事もない歌うような詠唱をはじめた。裂けた断面がくっつき、5分としないうちに傷跡は完全に消えた。カリムは唖然とする。

 

「ヴェスティス・レパロ(服よ直れ)。はじめまして、お客さん」

 

 彼女は裂けた服も修復すると、そのポケットに手を突っ込み、魔法法執行部のバッジを引っ張り出した。それを見てフレッチャーは唾を飲む。

 

「別にいいよ、私は違法行為はしてないと胸を張って言えるからね。私が呪い破りだよ、よろしく」

 

 彼女が差し出した手をカリムは申し訳なさそうに断ると、自分で立ち上がりバッジを返してもらった。

 呪い破りの女性は手を下ろすと、出てきた扉に戻る。カリムとフレッチャーは後に続いて部屋に入った。先程のボロボロな内装と違ってしっかり壁紙が貼られてカーペットが敷かれ、ガラス棚が並んでいる。部屋の真ん中には大きな机があり、色んな器具が置かれていた。

 

「なんで金貨の呪文を解けるのに、それをマグルに売って稼がないんですか」

 

 カリムが机にある大量のマグルフォンを眺めながら言った。

 

「私は違法行為はしない、ゴブリンの呪文を解くだけなら合法だ」

 

 女性は暖炉に杖を向けて火を強めると、机に並ぶ椅子のうちひとつに座る。

 

「グレーゾーンかな。どっちにしろ、客が違法行為に手を染めるとわかっていて協力したんですね」

 

「いや? 彼らはゴブリン製の箱を持ってきてかかってる呪いを全部解けって言うだけだよ。私は商売だからそれに従うだけ」

 

 ちょうどそのとき暖炉の火が緑色に変わり、そこから見覚えのある男が現れた。

 

「私の手帳……あ」

 

 やたら整った黒髪にスーツを着たその男は、カリムを見るとさらっと杖を抜く。カリムも咄嗟に杖を抜くが、相手が唱える方が早かった。

 

「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

 男が唱えるとカリムの手から杖が飛ばされるが、カリムは袖からもう1本杖を抜く。

 

「インカーセラス(縛れ)」

 

 すると男の首に現れた縄がギュッと締まる。

 

「アセンディオ(上がれ)」

 

 カリムが続けて唱えると、縄の先が宙を浮いて男を引っ張り上げ、男は吊るし首になって杖を落とした。

 

「バックアップウェポンを常備するマグル式戦術が役に立つとは。アシュクロフトに感謝しなきゃ」

 

 そう言いながらカリムは飛ばされた杖を拾う。

 

「ちょっと、やりすぎじゃねえのか?」

 

 フレッチャーは、首の縄を掴んで足をバタつかせる男の方を向きながら、横目でカリムを見た。

 

「こいつとの関係は?」

 

 カリムは女性に聞くが、彼女は答える前に吊るし首になる男に杖を向けた。

 

「エマンシパレ(縄解き)」

 

 その呪文で男の首の縄が解け、彼は地面に膝を着いて崩れ落ちると下品な咳をしながら杖を拾おうとする。彼女はその前に杖を蹴飛ばした。

 

「私の仲介人だよ。違法な屋敷しもべ妖精売買に関わってることは知ってたから、切ろうと思ってた。それにしてもあんた過激だねほんとに闇祓い?」

 

 女性は宙の縄を掴むと男の手に投げつけて杖を振る。すると縄は男の腕に巻きついた。

 カリムは、ゼーゼーと荒い息をしながらこちらを睨む男を見る。そのときやっと、自分がしたことを客観的に理解した。

 

「あぁ、たしかにやりすぎた。最近たまにこうなるんですよ……すみません」

 

 カリムの発言に、女性は眉を片方上げる。

 

「カウンセリングを受けた方がいいよ。それで、こいつどうするの。なんの罪で逮捕する?」

 

「今は逮捕できない。だから締め上げてやろうと……やっぱ僕おかしいな」

 

 近くの椅子に腰掛けたカリムは、2本の杖を袖と懐のホルスターに戻した。

 

「それで、私には元々なんの用? 違法な金貨を売ってるから逮捕しに来たの? 私は箱の呪いを解いてるだけだよ」

 

「そのゴブリン製の箱を持ってきた客を知りたい」

 

「何人かいるね。直接合わないから顔は知らないし名前も知らない」

 

「なになら知ってるんですか」

 

「待ち合わせ場所しか知らないね。この男がゴブリン製の箱の仲介を担当してた」

 

 女性がカルテルの男の尻を蹴る。

 

「じゃあそいつを使う。どう呼び出すんですか?」

 

「向こうから来るのを待つしかないよ。待ち合わせ場所にあるパフスケイン像の目を正しく触るとこの男に通知される」

 

「じゃあ、それまでお前には生きててもらう」

 

 カリムはそう言うと男の胸ぐらを掴んで立たせた。

 

「できる?」

 

 男は高速で首を縦に振ると、カリムに杖を振られ、縄が解ける代わりに両手首に金属の輪ががっちりはまる。

 

「それはアドモニターといって、魔法を使ったら検知される。今後の行動は慎重に。それじゃお邪魔しました。あと、このマグルフォン流通させるのやめてください」

 

 カリムは部屋を出ようとしたが、途中で足を止めるとフレッチャーの方を振り返る。

 

「すみません外まで案内してほしいです。姿くらましはなしで」

 

 フレッチャーはめんどくさそうにため息をつくと、カリムの元へ向かった。

 

             

 

 石の台にもたれかかって地面に座るラトウィッジ・デンブライトは、低い視線から見る庭園の光景が新鮮であることに気づいた。一瞬そんなことを考えるが、憂いの篩で見た記憶の余韻に引き戻され、彼はまた空を見上げてふけった。

 

「名前くらい、教えてほしかったな」

 

 ラトウィッジは地面に並べた3本の杖を見下ろす。

 

「もう、こいつらしかないのか……僕に忠誠心がない……」

 

 すると屋敷しもべ妖精のポブが姿現しした。彼が自分のなにもついてない腕を指でつつくと、ラトウィッジはなにか思い出して立ち上がる。

 

「時間か。行こう」

 

             

 

 ダイアゴン横丁にて、大勢の男女が魔法法執行部職員たちによって拘束されていた。この騒動の中で踏まれる『ホグワーツの制服からジャケットが消えたのはなぜ?』の看板をカリムは見下ろした。

 

「たしかになんで消えたの? ジャケットがある方がかっこいいのに。そっちが良かった」

「マグルが地球を暖めてるからだ! 奴らは害だ!」

 

 連行される女が叫ぶ。

 

「はいはい、行きますよー」

 

 女は執行部職員に引っ張られて姿くらましした。

 カリムは辺りに散らばるチラシを拾う。『コロナ病はマグルを減らす救世主』と書かれていて、ウイルスの進化を助ける闇の魔術を行う集会の勧誘が内容に書かれていた。

 

「反マグル主義者どもめ」

 

 カリムの上司が紙や看板で荒れた辺りを見渡して言った。

 カリムは地面に落ちている1メートル四方の箱が視界に入る。それに近づくと、上司が止めに入った。

 

「そこにまね妖怪ボガートが入ってる」

 

「まだ解放されてなくて良かったです」

 

「奴らのパフォーマンスの一貫だよ、ボガートが奴らの前で銃を持ったマグルに変身するのを大衆に見せつける」

 

「なるほど」

 

 カリムはそう言って箱から離れるが、連行される信奉者のひとりが暴れると箱に手をかざして叫んだ。

 

「システム・アペーリオ(箱よ開け)!」

 

 その信奉者は執行部職員によって失神呪文を受けて気絶し、付き添い姿くらましで連行された。でも信奉者が放った呪文は効いたようで、箱は四方に展開し、中から白髪の男が出てきて上司に杖を向ける。

「ヤックスリー……」

 

 上司の杖を持つ手が震えていた。彼のそんな姿を初めて見たカリムは、この男が何者なのか気になる。白髪の男は次にカリムを見た。奴は姿を変え始めたかと思うと、なんと、若い頃のカリム自身に変身した。90年代のレイブンクローの制服を身にまとい、不穏な笑みを浮かべてこちらに杖を向けている。カリムの心拍数が跳ね上がる。

 

「僕の意思でやったんだよ。クルーシオ」

 

 目の前の若いカリムはカリムに杖を向けて唱えた。そこに上司が割って入り、若いカリムは再び白髪の男になる。

 

「まだ穢れた血が流れるのを恐れるか? 研修期間はもうすぐ終わる」

 

 白髪の男が笑いながら言う。上司は杖を力強く握ると、その男に向けた。

 

「リディクラス!」

 

 すると辺りに散っていたチラシが男の身体中に張り付き、ミイラのように包んで身動きを取れなくさせる。上司はそのまま前に進むと、男はだんだん小さくなり再び箱に閉じ込められた。

 

「お互い……なにも見なかったことにしよう」

 

 上司が崩れるように箱に腰掛けながら言った。

 

 魔法法執行部は逮捕されたデモ隊の構成員で溢れかえっていて、留置所はいっぱいになりさらなる拡大呪文が必要な状態だった。

 尋問室の様子をカリムはガラス越しに見ていた。構成員の男は背筋を伸ばして真っ直ぐ前の捜査官と向き合っている。

 

「デモは違法じゃない」

 

「ボガートを意図的に放つ準備をしていた」

 

 捜査官の背中が言った。

 

「それのどこが違法なんだよ」

 

 男は堂々としていた。

 捜査官は現場から回収された紙を見る。

 

「暴力を助長するチラシも撒いたね。『コロナ病はマグルを減らす救世主』、ひでぇな」

 

「だからどこが、違法、な、ん、だ?」

 

「君たちは急進派の一味? それともグリンデルバルドの信奉者か? 奴は20年前に死んだだろ」

 

「不当な逮捕に抗議する!!! 俺たちは権利があってあそこに立っていたんだ!!!」

 

 捜査官は少し首を振ると、立ち上がって尋問室を出た。彼はカリムのいる監視室に入るとため息をつき、ちらっとカリムの横顔を見る。

 

「次行こ、次。あいつはダメ。昔は真実薬も使い放題だったのに今じゃ材料調達でさえ手続きが必要ときた。まあ予算管理が見直されたから魔法省の貯えが増えたのだろうけど、やりずらいんだよ」

 

 彼はポケットから出した丸いガムを口に投げた。カリムは黙ったままガラスの向こうの構成員を見続けている。

 

「どうかした?」

 

 彼が言うと、カリムは我に返った。

 

「ごめん、なに?」

 

「どうした、ボガートはそんなに恐ろしいものへ変身したのか?」

 

 それを聞いてカリムは彼と目を合わせたまま固まる。

 

「おい、大丈夫か? 今日は休んだ方がいいんじゃない?」

 

「あ、そうだ。アシュクロフトが待ってる」

 

 カリムは突然そう言って監視室を出た。残された捜査官はやれやれと首を振りながら、ガラスの向こうを見て舌打ちした。

 縦横無尽に動くエレベーターに揺られながらカリムはアルスターコートを着て、袖の杖を確認する。駐車場に着くと、フォールディングシャッターが開くと同時に痺れを切らしたアシュクロフトが視界に現れた。カリムはエレベーターに乗ったまま彼と目を合わせる。

 

「ごめん、連中クソ爆弾をかましやがって……」

 

「黙れ虚言癖とっとと来い」

 

 アシュクロフトはイライラしながら駐車場を戻り、カリムはその後ろをポカンとした顔のまま着いていった。

 魔法使いの運転が一向に上手くならない理由に、障害物の方から避けてしまう魔法の補助が関係しているのではないかとカリムは考える。アシュクロフトは相変わらず素晴らしいドライビングテクニックを披露してくれた。

 

「……マグルによる第二次世界大戦をその10年以上前から予知してたらしい」

 

 アシュクロフトは喋るのをやめてふとカリムを見る。

 

「ごめん、なんて?」

 

 助手席のカリムはアシュクロフトが話していたことにやっと気づいた。

 

「グリンデルバルドは第二次世界大戦をその10年以上前から予知してたんだ」

 

「そうなんだ、魔法史は寝てた」

 

「レイブンクローだったのに?」

 

「出たよ、その偏見」

 

 カリムの姿勢は少しづつ崩れ、だんだん頭が下がっていく。

 

「ちなみにグリンデルバルドは魔法史じゃ出てこない。教科書の著者がグリンデルバルドの親族だったらしく、黒歴史だから載せなかったって話だよ」

 

「そうかい」

 

「お前闇祓いなのに過激だし、レイブンクローなのに授業中寝てたのな」

 

「そういうアシュクロフトはなんで魔法不適正使用取締局に入ったの? カルテルの男を捕まえる熱意とか見てると闇祓いになるべきだったと思うけど」

 

 会話に参加する気になったカリムは座り直した。

 

「機密保持法が破られるといかに悲惨なことが起きるかわかってるからだ。カリムは、なんでこの法律があると思う?」

 

「マグルから魔法界を守るためでしょ」

 

「そう、一般的にはそう言われてる。でも学会では今、逆のことが唱えられているんだ」

 

「ん、魔法使いからマグルを守るの? 迫害される立場が入れ替わるってこと? 人口比率的に無理があるよ」

 

 カリムは疑う目でアシュクロフトを見た。

 

「違うそういうベクトルではない。意外にもこれは経済的側面の話なんだ。マグルはこれまで文明を発展させてきたけど、もし魔法が公になったとしたらその多くは必要なくなる。物流や交通その他、それらに必要とされてきた人材など多くが消える」

 

「それはまるで魔法使いがマグルのために働いてるように聞こえるけど、そんなことにはならないでしょうよ」

 

「いやそうなる。顧客が増えるなら魔法使いもマグルに目を向けるし、マグルの経営者は多数のマグル労働者を解雇して少数の魔法使いを雇う。それ以前に多くの企業はたったひとつの魔術に代替されて消えていくと言われてる」

 

「なるほど……論破されるのは不快だな。つまり、マグルが大量に餓死するわけか」

 

 カリムの姿勢がまた崩れはじめる。

 

「わかっただろ、魔法界からマグルを守る法なんだ」

 

「いや、両者から両者を守る法だね。だって、もしそんな世界が訪れたら必然的に戦争になる」

 

「おぉ、確かに。そうつまり、俺たち取締局は戦争を防ぐための第一線にいるわけだ」

 

「尊敬するよ。そう聞くと闇祓いなんかよりずっと重要な任務を担ってるね」

 

「どうかな、重要度はどこに着眼点を置くかによって変わる。ところでカリムはなんで闇祓いになったのさ」

 

 アシュクロフトは少し調子に乗っていた。彼の質問にカリムは答えようとしたが、出てこなかった。普通に答えられそうだったのに、口にしようとすると何を言おうとしたのか全くわからない。

 

「気づいたら……なってたのかな」

 

 カリムがぼそっと答えると、アシュクロフトは鼻で笑う。

 

「たいそう優秀な生徒だったんでしょうね」

 

「だいぶ偏ってたと思う。O.W.L.落第した科目あったし」

 

「局長脅して闇祓いにでもなった? お前ならやりそうだけどな」

 

「当時の局長って、闇の帝王を破った男じゃないか。彼を脅して屈服させられるなら僕は今頃魔法大臣だ」

 

 目的地までの途中に閉店したデパート『パージ&ダウズ商店』へ寄ると、車を道端に停めた。ここは魔法使いたちにとっては別名、聖マンゴ魔法疾患傷害病院で知られている。

 

「こんな古い車、マグルにとっちゃ珍しいだろうな」

 

 アシュクロフトは通りすがりの子供が車に唾を吐くのを見る。

 

「すみません公用車なんですけど」

 

 カリムは既にその子供の母親に話しかけていた。とんがり帽子にローブを身にまとっていて、明らかに魔女だ。

 

「公用なに? あ、この鉄塊は公の機関が所有されてたんですね、申し訳ございません」

 

 母親の言葉に子供はカリムを見ながら笑った。カリムはしゃがんで子供と目線の高さを合わせると、笑みを浮かべる。

 

「醜いお子さんですね。親が親なら子も子と言いますか」

 

「なんてこと! マグル臭いわ消えなさい! 私たちの高貴な血の前に二度と現れないでちょうだい!」

 

 母親は発狂してカリムを蹴るが、逆に彼女が押し返されて倒れる。カリムは立ちながら杖を抜くと母親に向けた。

 

「あなたは血ばかりですね。他に価値がないから血筋にこだわるのでしょう」

 

 そのときアシュクロフトが急いでカリムの杖を持つ手を抑える。

 

「気は確かか!? 申し訳ございません奥様」

 

 アシュクロフトは倒れる奥さんに手を貸すが、彼女はそれを払って息子の手を引っ張った。

 

「あんたたち上司に言いつけてやるわ! どこの連中よ!」

 

「魔法省の魔法法執行部です、ほんとに申し訳ございません」

 

「身分証見せなさいよ! 覚悟しなさい汚職執行官ども!」

 

 アシュクロフトは身分証を出して珍しく丁寧に対応する。その間カリムはただ立っているだけで、その様子を子供は気味悪げに母親の影から見ていた。

 その親子が病院に入っていくところを見送った2人は、自分らが入るタイミングを考えていた。

 

「きっと精神の病気で来たんだ。統計的に純血主義者はみんな病んでる」

 

 カリムがぼそっと言うと、アシュクロフトはそれを横目で睨む。

 

「お前のせいで俺たちアズカバンの看守に送られるかもな」

 

「ほんとそれは嫌だ。まじで吸魂鬼にやらせとけよ、あいつらは好き好んであそこにいたんだからさ」

 

 カリムはイライラしながら病院に入り、アシュクロフトも後を追った。

 2人は階段を登って4階に来ると、先を行くカリムをアシュクロフトが袖を引っ張って止める。

 

「そっちは通らない方がいい、ナルシストな胡散臭いオッサンがしつこくサインを書いてくる」

 

 アシュクロフトは、今度は自分が先導してひとつのドアの前まで来た。木のドアに金文字で『サイモス・J・ダーウェント』と書かれている。アシュクロフトが戸を叩くと、背の高い白髪の中年男性が顔を出した。

 

「おお、アシュクロフトさんと、イムさん。お入りなさい」

 

 この男は、サイモス・ダーウェント癒師だ。カリムは彼に世話になっていることだけは覚えていた。

 

「えっと、お世話になってます……?」

 

 カリムが微妙な挨拶をすると、ダーウェント癒師はさっそくカリムの目に光る杖先を向けた。

 

「再発したと、あなたの上司から聞いておりますよ」

 

「再発? なんの話ですか」

 

 カリムは眩しそうに癒師の杖先を睨む。 

 

「記憶が戻ったわけではないのに、再発したのですね。具体的にどういう症状が出たのですか?」

 

 ダーウェント癒師はどんどん話を続ける。カリムにはなんの話をしているのかさっぱりわからなかった。

 

「攻撃性が増しました。容疑者を拷問したり、ついさっきも民間人に杖を向けました」

 

 アシュクロフトが言う。

 

「そうですか。良くありませんね。それと、娘さんも良くないです」

 

 癒師はそう言うと、ドアを開けて部屋を出た。2人は癒師に着いていくと、病室に案内される。そこの患者はみんなベッドの上で浮いていて、とても異様な光景だった。アシュクロフトの娘もそこにいた。

 

「先生これ……どういうことですか?」

 

 アシュクロフトが癒師に聞く。

 

「自傷行為が目立ったので鎮静化しておりました」

 

 癒師が指を鳴らすと、彼女はゆっくりベッドに降りて目を覚ます。そして父の顔を見るとすぐさま涙を流しはじめた。

 

「ごめんなさい……私が妹を殺したのに!」

 

 第一声そう言った彼女は、なんと自分の顔を手で覆って目に指を入れようとする。

 

「インペディメンタ(妨害せよ)」

 

 ダーウェント癒師が唱えると彼女は顔から手を離し両腕を広げ、また宙を浮いて動けなくなった。

 アシュクロフトは言葉が出なかった。呼吸を荒らげ、絶望に打ちひしがれている。

 

「服従の呪文は若い人にはダメージを残しやすいのです。やはり忘却治療が……」

 

 なぜか癒師は、カリムをちらちら見る。

 

「それでどこまでの記憶が消えるんですか?」

 

 アシュクロフトの声には焦りが混じっていた。

 

「それは開心術師が診て私と共有した際に判断します」

 

「じゃあ判断してください」

 

「……わかりました」

 

 癒師はそう言うと奥の部屋に消える。

 

「まって」

 

 突然カリムが出した声に、アシュクロフトはすこしビクッと引く。

 

「まって、忘却治療ってなに。もしかして僕にその治療してる?」

 

 それに対して反応はなく、ただ沈黙が続いた。するとカリムは痺れを切らしたように杖を抜き、アシュクロフトに向けると娘のベッドシーツが彼の首を絞める。

 

「アセンディオ(上がれ)」

 

 アシュクロフトの首を絞め上げるシーツはゆっくり登っていき、彼は顔を真っ青にするが姿をくらました。カリムの背後に現れたアシュクロフトは失神呪文を撃つ。カリムは空いた左手で保護呪文を作りそれを弾き、そして杖先から青い雷のムチを放ちアシュクロフトに振りかぶった。アシュクロフトはそのムチを杖先でキャッチして繋ぐと引っ張り、カリムの手から杖が引き離されたのを確認すると、先程自分の首を絞めたシーツを操ってカリムの頭に巻く。カリムが袖から2本目の杖を抜こうとするが、手の内を知っているアシュクロフトはそれも武装解除させた。

 

「インペディメンタ(妨害せよ)!」

 

 病室に戻ってきたダーウェント癒師が唱えた。カリムとアシュクロフトは互いに吹き飛ばされて両側の壁に押し付けられる。

 

「病院ですぞ! なにを考えておられる!」

 

 癒師は顔にシーツが巻かれたカリムに杖を向けひと振りすると、シーツは顔から離れる。

 

「僕になにをした!!!」

 

 叫ぶカリムに癒師は人差し指を立て、指を鳴らす。カリムとアシュクロフトは壁に押し付けられる力から自由になった。

 

「カリムよく聞け……」

 

 アシュクロフトが杖先を下げつつ警戒しながら言う。

 

「ああちゃんと聞いてやる、逆に焦らすんじゃねぇぞ」

 

 カリムの言葉にアシュクロフトは一瞬癒師と目を合わせた。

 

「カリム、お前はここの人たちと同じ病気だ」

 

 そう言われたカリムは、ベッドの上で浮いている周りの患者たちを見回した。ダーウェント癒師がカリムの前に立つ。

 

「これで4度目の自己紹介になりますが、私はサイモス・ダーウェント。主に精神治療を担っていて、あなたの主治癒です」

 

 カリムは少しづつ後ずさりし始めた。

 

「僕は……なんで、治療を受けてるんですか」

 

「1998年の4月、当時学生だったあなたはあの戦時下で服従の呪文を受けました。その後遺症が2年前に現れたのです」

 

「アシュクロフトの娘さんと同じ症状?」

 

「原因は同じですが、娘さんは当時の服従された自分を拒むことで今の症状が出ています。しかしあなたの場合は、服従時の状態がむしろ馴染んできてしまっている」

 

 癒師は戻ってきた際に持ってきた箱を開ける。小瓶が入っていて、そのうちひとつを取り出すとカリムに渡した。捜査中の記憶を記録として残すために同じものをカリムらも持ち歩いている。

 

「いや、今は重要な捜査を担当してるから記憶を消されるわけにはいかないです」

 

 カリムが小瓶を返しながら言った。

 

「今回の理由には正当性がありますね。しかし、その捜査自体に支障をきたす可能性を、あなたの症状は大いに秘めています。どうするかはあなたの選択次第ですが」

 

「記憶を消されたら確実に捜査に支障が出ます。消さない方がリスクが低いのは明らかなので、アシュクロフトの娘さんの件が終わったらここから出て行きます」

 

 すると、アシュクロフトが杖をしまいながら近づいてくる。

 

「今日来たのはカリムを診てもらうためだったんだ。治療をおこなわないなら、もう行こう」

 

 それを聞いてカリムは2人を交互に見ると、頷いて部屋を後にしようとする。が、足を止めてダーウェント癒師に向かった。

 

「僕の記憶はどこかに保管されてるんですか?」

 

 癒師は返事をしなかった。でもないのであればそうと言うはずで、つまりどこかに保管されているということがわかる。カリムは口だけ動かして「なるほど」と言うと、扉を引いて出ていった。

 車のボンネットに、1羽の茶色いフクロウが手紙を咥えて待っていた。アシュクロフトはそれを取ると封筒を破って手紙を読む。

 

「なにそれ」

 

 カリムが聞くと、アシュクロフトはそれを渡した。

 

「この車の貸し出しで聖マンゴの寄り道は予定外だから、安否の確認が来ただけ」

 

「追跡されてるの?」

 

「そりゃ、省の所有物だからな」

 

 アシュクロフトはカリムから手紙を奪うと、取り出した万年筆でボンネットに置いた手紙になにか書き、破れた封筒に戻すとフクロウに咥えさせる。

 

「この鳥僕らより勤務年数上らしいよ。上司うっすうっす」

 カリムが右手でフクロウの頭をぽんぽん叩くと、フクロウはその手の火傷を見て気持ち悪そうに首を引き、逃げるように飛び立った。カリムは手を掻く。

 

「そういえば俺、さっき闇祓いのお前に勝ったよな」

 

 アシュクロフトが思い出したように言うと、カリムは笑う。

 

「あのとき僕の理性は完全に消えてたわけじゃないんだよ」

 

「苦しい言い訳だ」

 

 そう言うと2人は車に乗り込んだ。

 

「ひとつ言っておく、俺はお前にとって心理的な抑制装置のはずだった。でもさっきお前は直接俺を攻撃したから、その時点で俺の存在が果たす抑制が効かなくなってる」

 

 アシュクロフトが話すと、カリムは外の景色をみたまま「ダーウェント慰師の指示か」と呟く。

 

「だから、このあとティンバーレイク氏に会うけど、もしそこでお前がまた理性を失ったら俺は躊躇しない」

 

「じゃあなんで僕をひとりでノクターン横丁に行かせたんだ?」

 

「この件を取締局は知らない。だから俺がどうしても外れることはあるけれど、フェリックスが代わりになるはずだった。多分あいつど忘れしやがった」

 

 それに対しカリムは迷惑そうに笑うと「なるほど」とだけ言った。

 2人が次に向かったのは田舎の一軒家だった。古い石レンガの家で、ちょうど女性が部屋の灯りをつけカーテンを閉めていた。2人は低い門を開けて玄関まで来ると、カリムが戸を叩く。

 

「こんばんは、本日アポを取っていた魔法法執行部の者です」

 

 するとドアが開いて先程窓から見えた女性が姿を出す。

 

「こんばんは、お待ちしておりました。主人は二階にいますので、ご案内いたします」

 

 女性は腰の低い対応で2人を迎えた。

 階段には多くの額が飾られ、そのひとつからここが4人家族であることがわかった。写真の人はカリムとアシュクロフトを見て笑顔を送る。

 ひとつの部屋の前に来ると、女性は戸を叩いてゆっくり開けた。彼女は自分だけ通れる隙間から中を伺う。

 

「魔法省の方が来られたよ」

 

 すると向こうから椅子を引く音がし、ドアが完全に開くと旦那さんであろう人物が現れた。本棚に囲まれた書斎が背景に見える。

 

「こんばんは、どうぞ入ってください。紅茶でも入れましょうか」

 

 50から60代であろう彼は背が高く髭を整えてテーラードジャケットを羽織っていた。ツヤのある茶色の長い杖を持っている。

 

「いえ、手短にしたいので。ありがとうございます」

 

 アシュクロフトがそう言うと、カリムは開きかけた口を閉じて彼を睨んだ。

 

「デンブライト証券取締役のマサイアス・ティンバーレイクです」

 

「魔法不適切使用取締局のアシュクロフトと、こっちが闇祓いのイムです。えーと、現在16時45分。マサイアス・ティンバーレイク、国際魔法使い機密保持法違反で逮捕します」

 

 アシュクロフトが腕時計を見ながら杖を振るとティンバーレイク氏の手から杖が飛び、カリムも彼に杖を向ける。

 

「ブラキアビンド(拘束)、レビコーパス(身体浮遊)」

 

 するとティンバーレイク氏は見えないなにかに両腕を縛られ、身体が宙を浮いた。

 

「え、えっと、どういうことですか? 僕の杖傷ついてたら弁償してくださいね!」

 

「苦情は魔法法執行部にお願いします」

 

 カリムはそう言うと彼を運ぼうと振り返るが、なんと先程の女性が二連散弾銃を持って戻ってきたところだった。

 

「動かないでください。杖を捨ててください。少しでも腕を動かしたら撃ちます。防げる自信があるならご自由にどうぞ」

 

 彼女が警告したその瞬間、アシュクロフトが銃口を掴んで照準をずらした。彼女は発砲し、後ろの本棚に大きな痕をつけて紙が散る。激しい耳鳴りの中アシュクロフトは銃を奪い取り、銃身下の先台を外すと銃身を機関部から外して地面に捨てた。カリムはマグルの武器をサラッと分解したアシュクロフトを見て唖然としていた。

 

「危ねぇ!!!」

 

 宙を浮くティンバーレイク氏が叫ぶ。

 

「あなたたちに夫を攫う権利はないです! 警察に通報します!」

 

 騒ぐ女性にカリムが杖を向けると、彼女は口が消えて鼻から唸ることしかできなくなった。アシュクロフトが彼女の前に立つ。

 

「ティンバーレイク夫人、あなたも魔法界に籍があるので魔法使い機密保持法が適応されます。言動には気をつけるようお願いいたします」

 

 そう言われると、女性は恐る恐る後ずさりした。

 カリムとアシュクロフトは浮遊するティンバーレイク氏を車まで引っ張ると、後部座席に乗せて連行した。

 

 アシュクロフトは尋問室の机にデンブライト証券の資料を広げた。向かいのティンバーレイク氏は拘束された両手でそれを寄せる。

 

「あの散弾銃が合法所持なら、あの家はマグル界に記録がありますね」

 

 アシュクロフトが質問すると、ティンバーレイク氏は背もたれに寄りかかる。

 

「そうですが」

 

「つまり家はマグル製品に該当するため、魔法をかけることが違法になります」

 

「ちょっとまてください、家ですよ?」

 

「認めるんですね。この法は魔法がかかった物がマグルの手に渡ることを防止する目的で制定されました。マグルの手に渡りかねない不動産も同様に取り締まると法解釈がされた判例があります」

 

「でも、そんなの誰でもやってるでしょう」

 

「マグルの不動産に魔法使いの部屋などを隠す場合など、その場所の存在がマグル界の記録にないなら法的に問題ありませんが、あなたの家は違います」

 

「てか、銃を見る前に逮捕したじゃないですか! ほんとは違う理由で捕まえたんじゃないんですか?」

 

「いえ、あなたの家がマグルの不動産であるにも関わらず魔法がかけられていることはデンブライト証券の資料を探ってわかりましたので、私が直々に逮捕に向かったわけです」

 

「あぁマーリンの髭だ……じゃあ、闇祓いがいるのはなぜですか?」ぬ

 

 ティンバーレイク氏が言うと、カリムは革表紙のメモ帳を開いて口を開く。

 

「僕はあなたの罪に興味はありません。ラトウィッジ・デンブライトについてお伺いさせていただきます」

 

「ラトウィッジ……ジェイソン・デンブライトさんの息子?」

 

「元死喰い人を殺してまわっているので逮捕に協力してほしいんです。協力していただけたらある程度減刑してもらえるよう手回しできます」

 

「元死喰い人連続殺人事件ですか、新聞には載ってないですよね」

 

「死喰い人殺しは昔からありますし、彼らを恨んでる人たちを助長しないよう情報規制してます。ラトウィッジ・デンブライトの居場所などの情報があれば提供していただけると嬉しいです。彼と面識はありますか?」

 

「あの頃は彼も子供でしたからねえ、挨拶したことでさえあったかなかったか。どれくらい減刑されるんですか?」

 

「それは僕の一存では決められません」

 

「そもそもそんなことできるんですか?」

 

「協力の報奨としてウィゼンガモットに減刑を交渉する形になります。なので、もしラトゥィッジの居場所に心当たりがあれは教えていただきたいです。ロンドンの家とノルウェーの別荘は調査済みなので、他に隠れ家にできそうだったり……」

 

「そのノルウェーの土地にはマグルの建築家がデザインした家があったと思います。私も昔何度かお邪魔させていただきました。でも実は他に、元々あった記録にない古い屋敷があるんです。そちらには気づかれましたか?」

 

 彼の質問にカリムは口を閉じ、姿勢を正すと首筋をさする。

 

「なるほど、深い森だったから見落とした。他に情報はありますか?」

 

 その質問に、ティンバーレイク氏は拘束された手を広げてなにも知らないという顔をした。

 

「ありがとうございますティンバーレイクさん」

 

 カリムはメモ帳をポケットにしまうと立ち上がり、部屋を出た。するとそこに上司が待っていた。彼はどこかやつれているように見える。

 

「イム、一緒に来て。聖マンゴで民間人に杖を向けた件について話があるそうだ」

 

「誰が?」

 

「ボスたちだよ。公聴会室で待ってる」

 

 

 

 円形の部屋には憂いの篩が置かれた丸い机があり、そこを魔法法執行部の上層の方々が囲って待っていた。カリムが入ってくると、みんな冷たい視線を送る。

 

「イムくん、座って」

 

 真ん中に腰掛ける法執行部長に言われると、カリムは椅子に座った。その隣に上司も座る。

 

「大変ご迷惑をおかけしていることは自覚しております。これには訳があって……」

 

 カリムが途中まで言うと、部長が手を挙げた。

 

「訳がなんであっても、良からぬ行動を繰り返したことは事実だ。それについて話し合った結果、君を停職処分とすることにした」

 

「しかし部長……」

 

 今度は上司が言いかけるが、部長は丸メガネに憂いの篩を反射させて話を続ける。

 

「イムくんの行動が過去に受けた服従の呪文によるものであることは報告を受けている。でも、それは彼を放っておいていい理由にはならない」

 

 憂いの篩には、誰かの記憶が映る。尋問室に撒かれた金粉で、カリムがラトゥィッジを拷問する様子が再現されている場面だった。

 

「彼は適切な治療の元でなら十分に働けると……」

 

「それはわかるけど、民間人から苦情が出た以上こちらもなにかしなければいけない。わかってくれるね?」

 

「それは理解できますが、責任の所在は彼だけではなく……」

 

「イムくんの行動は精神疾患によるものだね。とっくに服従の呪文は解けている。これはイムくん自身の問題だ」

 

「……間違いないです」

 

 カリムが呟く。

 そのとき突然部屋のドアが開いた。なぜかアシュクロフトが入ってくる。

 

「申し訳ございません、失礼します」

 

 アシュクロフトはここのメンツと重い空気を察して外に出た。

 みんなの視線が部長に戻ると、彼は口を開く。

 

「死喰い人連続殺人の件は別の捜査官が引き継ぐ。イムくんは情報をまとめて提出するように。バッジと箒は返却し、以降、君は聖マンゴで療養してもらうこととする」

 

 カリムは理解できないという顔で部長を睨むが、これは感情的な部分で、理性では仕方のない結果だとわかっていた。ポケットに手を突っ込むとバッジを取り出し、机に置くと立ち上がる。

 

「失礼します」

 

 カリムが部屋を出るとアシュクロフトが待っていたが、目も合わせず通り過ぎたカリムを見て追いかける。

 

「しもべ掘り野郎が腕輪を外した」

 

「知らん、僕は停職になった」

 

「……俺のせいだな」

 

 アシュクロフトがカーブする廊下を歩き続けるカリムに言う。

 

「なんの話」

 

 振り向きもしないカリムが返す。

 

「お前がおかしくなるきっかけを、俺がつくってしまった」

 

 するとカリムは足を止め、アシュクロフトと向かい合った。

 

「なんの話?」

 

「娘をあんなにした奴を、カリムは殺してくれた。でもそれからだ、お前がおかしくなり始めたのは」

 

 それを聞いたカリムはまた歩き出す。

 

「全然話がわからない。そのうち聞くよ」

 

 アシュクロフトはまたその後を追う。

 

「娘が服従の呪文をかけられた事件を担当したのはカリム、お前だ! 犯人は娘にとてつもなく卑劣なことをさせた。許されざる呪文がかわいく見えるような呪いを元妻にかけさせたんだ。だから、俺は、カリムに奴を殺させてくれと頼んだ……でも、なにかのスイッチが入ったのか、カリムが殺した」

 

「なんで? 僕になんの利益がある」

 

「元妻にかけられた呪いがあまりにも非道で、しかもそれを娘にさせるなんて下劣にも程があるからだ。あのときのカリムは明らかに感情的だった、その右手の火傷はそのときできた」

 

「被害者は次女さんじゃなかったっけ」

 

 カリムは右手を少しピクリとさせるが、足は止めない。

 

「とにかく俺が悪いんだ、なるべく早くカリムを復職させられるように務める」

 

 するとカリムはまた足を止めた。

 

「やっぱりカルテルの男追うか。車出してほしい」

 

 突然そう言ったカリムを見てアシュクロフトは目を細める。カリムの表情を読もうとするが、なにを考えているのかわからない。でも、なにか考えているのはわかった。

 

「停職中だろ? なに企んでる」

 

「給料が出ないだけで私人逮捕はできる。今逃げてるやつ捕まえるのが先だろ」

 

「そんなにキャリアが大事なら最初から手荒い真似すんなよ。悪いけど俺はまだティンバーレイクの件でやることがある」

 

「じゃあフェリックスに頼むよ。あいつも僕の抑制装置なんだろ?」

 

 カリムはそう言うと、アシュクロフトの肩を叩いてその場を去った。

 

「アベンジグイム(追跡せよ)」

 

 カリムが呪文をかけた注射器のケースは、宙を浮いてカリムを誘導した。ケースは持ち主を探して魔法省中を飛び回り、売店までたどり着く。フェリックスはそこで紅茶を買っていて、彼のポケットにケースが入った。

 

「やっほフェリックス、車出してほしい」

 

「え? いいけど、行先次第ではこっちの方が早いよ」

 

 フェリックスは紅茶の入った紙コップを持つ左手の袖をめくると、見覚えのあるマグルの腕時計があった。

 

「記憶装置内蔵のポートキー。登録されてる複数の場所に行けるんだ」

 

「屋敷しもべ妖精カルテルの男の家に寄りたい。その時計にそこもプログラムされてるなら嬉しいんだけど」

 

「されてないね。おけ、車出すよ」

 

 2人は歩き出すとエレベーターに向かった。

 

 カリムは思った、アシュクロフトの運転は上手い方だったのかもしれないと。フェリックスの操縦はふらふらして酔いそうだった。カリムは途中から代わって自分で運転しようと試み、助手席で杖を持ったまま天井に腕を突っ張るフェリックスの怯えた表情を見て笑う。

 

「案外簡単だね! マグルの連中は運転とろいなぁなんでもっと出さないんだ?」

 

「わかった、わかったから。前見て運転して」

 

 フェリックスは時々杖を前に向けてなにか唱えようと口をパクパクさせるが、何事も起きないとまた腕を天井に突っ張った。

 テラスハウスが並ぶ通りの道端に車を停めると、カリムは降りて杖を手の上に浮かべる。それが指す方向へ向かうと、一軒の家にたどり着いた。短い階段を登って深緑に塗られた木のドアに近づくと、杖をかざす。

 

「レベリオ(現れよ)」

 

 なにも起きない。カリムは杖を懐に戻すと、ドアを叩いた。少し待っても反応はなく、もう一度ドアを叩くと、隣の弓形出窓を覗く。レースカーテン越しに、カルテルの男が慌てて荷物をまとめている様子が見えた。

 

「ちくしょ、アロホモラ!……アベルト!……デパルソ(除け)!」

 

 2種類の解錠呪文が効かなかったため、カリムはドアを吹き飛ばしてフェリックスと中に突入した。逃げようと廊下を走る男の足に拘束呪文をかけると、男は転んでトランクケースを落とし、そのまま杖を抜いて抵抗しようとしたがフェリックスに武装解除させられた。

 

「もうバレたんですか? 早すぎないですか?」

 

 男は這いながらオドオド後ずさりする。

 

「アドモニターを外しに着たよ〜停職になったから上司に嫌がらせしようと思ってね〜」

 

 カリムは男の腕に杖を向けるが、報告通りそこには着けたはずの腕輪がなかった。

 

「なんだ、取ったんだ。言ってよここまで来ないで済んだのに」

 

 すると男は苦笑いしてトランクケースに手を伸ばす。カリムはひょいと手を振ってそのケースを吹き飛ばした。

 

「ところでなんで取ったの? 大変だったでしょうに」

 

 カリムが杖を振ると男のマフラーが首を絞める。

 

「っがっ……またこれかょ……」

 

 男は首のマフラーを引っ張るが、カリムの詠唱でマフラーに引き上げられて吊るし首になる。そのまま2階への階段に投げ出されると、マフラーは次に足へ絡まり男を逆さまにした。そのとき、フェリックスがカリムの前に立つ。

 

「カリム、停職になったの?」

 

「あれ言ってなかったっけ」

 

「まじで言ってんの? レラシオ(放せ)」

 

 フェリックスが唱えると、男は頭から階段に落ちた。

 

「な、なんで解放した!? 私人逮捕はできるぞ? なんならお前が捕まえればいい」

 

 カリムが怒る。

 

「ある程度の暴力は闇祓いだから黙認されることはあっても、非番なら責任は全部カリム自身に降りかかるんだよ?」

 

「僕の心配どうも。ああ、逃げるよ」

 

 カリムはフェリックスの横から頭を出し、杖とトランクケースを拾う男を見た。フェリックスはポケットから銀色の金属の卵を出して投げると、それは機械音と共に割れ、中から青い羽に覆われた肉の塊が飛び出して男の足に絡まる。すると男は引きずり込まれてフェリックスの前に姿現しした。男はまた逃げようと走り出すが、足に絡まった羽の塊がまた彼をフェリックスの前に姿現しさせる。男は荷物を捨てて両手を上げた。

 

「降参します……なんですかこれ!」

 

 男は塊がくっついた足を振る。

 

「逃亡者捕獲装置です。ディリコールを遺伝子操作して作りました」

 

 男とカリムは同時にその羽の塊を見たあと、正気を疑う目でフェリックスを見た。

 

「と、取ってください気持ち悪い! なんでも話しますから!」

 

「話したら取ってあげますよ」

 

 フェリックスが割れた金属の卵を拾いながら言う。彼はそれを組み立てはじめた。

 

「わ、わかりました、腕輪を外したのは、お客様の信用を失いたくなかったからです!」

 

「と言うと?」

 

 カリムが聞く。

 

「これからお客様と会うのです……なんならもう会ってるはずの時間です」

 

「どこ」

 

「聖マンゴ魔法疾患傷害病院です」

 

 男の答えにカリムとフェリックスは目を合わせると、2人は男を引きずって車に押し込んだ。

 

「足のこれ取ってくださいよ!」

 

「終わったら取ります」

 

 フェリックスはそう言うと車を出し、酔うような運転をはじめた。

 

 カリムとフェリックスはカルテルの男にこっそり杖を突きつけながら聖マンゴに入った。3人はフロントの大きな暖炉の前で足を止める。

 

「お客様は、いないです。私が来なかったので警戒されて逃げたのでしょう」

 

 男が言う。するとカリムは杖の先を咥えた。

 

「アパレ・ヴェスティジウム(足跡現れよ)」

 

 カリムが吹くと金の粉が舞い、大量の足跡が現れた。それらは少しづつ減っていき、とある足跡からラトウィッジ・デンブライトの姿が再現される。

 

「見つけた」

 

 カリムはその足跡を追いはじめる。フェリックスは杖を振ると男が吹き飛ばされて壁の中に入り、その壁に男は絵として閉じ込められた。

 

「え、戻ってきますよね!」

 

 絵の男が壁の向こうから言うが、フェリックスは無視してカリムを追った。

 足跡は4階にあるダーウェント癒師の病室まで続いていた。2人は杖を構えたまま中に入り、部屋を抜けて奥のドアを開けると、薄暗い部屋がある。そこには大量の小瓶が詰まったガラス棚が図書館のように並んでいた。

 

「すっごいな、これ全部記憶?」

 

 フェリックスが棚を覗く。

 

「ルーモス(光よ)」

 

 カリムが杖先から投げた光は、ふらふらと棚の間をさまよった。すると、光が一瞬地面にあるなにかを照らした。カリムがそこに杖を向けると光は引き返してそれを照らし、地面に横たわる男が現れた。ダーウェント癒師だった。彼の隣にかがむと杖をかざして状態を確認する。

 

「心肺停止、外傷なし。レベリオ(現れよ)」

 

 足跡に唱えるとそこから人の形が浮かび上がり、ラトウィッジ容疑者の姿が横たわる慰師を見下ろしていた。

 

「デンブライト、なんでここにいた?」

 

 すると、浮かび上がる彼は突然カリムと目を合わせた。金粉で再現されたラトウィッジ容疑者を突き抜けて、なんと本物のラトウィッジ容疑者がカリムらに杖を向けて現れたのだ。

 

「イムさん……まさか、あなたも通院していたとはね」

 

「エクスペリアームス(武装解除)!」

 

 フェリックスがすぐ唱えたが、ラトウィッジは保護呪文でかわすと窓に杖を向ける。

 

「ペリキュラム(救援信号)」

 

 彼の杖から赤い閃光が放たれ、ガラスを突き破ると外で花火となって爆発した。すると屋敷しもべ妖精のポブが姿現しして3人の間に現れる。すぐ妖精に杖を向けたカリムは相手が指を鳴らすより先に妨害呪文で身体を浮かせた。

 

「ラトウィッジ・デンブライト、殺人及び国際……」

 

「これ、な〜んだ」

 

 ラトウィッジは杖を向けるカリムに小瓶を見せる。ラベルには、『1998 カリム・イム No.6』と書かれていた。

 

「僕の名前も知らないはずだろ」

 カリムが言う。

「数日前、病室に争った形跡があったから、先生に質問したんだ。僕がここに通ってることが君たちにバレたのかと思って、脅して吐かせたけど、あなたたちが喧嘩しただけだったんだね。その話を深く聞き出すうちに、この副産物が見つかった」

 

 小瓶を軽く振りながら、ラトウィッジはそれに杖を向ける。

 

「癒師を殺す必要はなかっただろ」

 

「ううん、彼の腕を見て。あなたの記憶を見てたとき、ダーウェント先生の腕に闇の印があるのが映ったんだ。彼はずっと僕に黙ってた」

 

「動機はわかった。とりあえずその小瓶と杖を置いて、両手を頭の後ろに回せ」

 

「嫌だ。ちなみに、残りの小瓶は、遠くに隠したよ」

 

 ラトウィッジが指す屋敷しもべ妖精をカリムは見た。

 

「小瓶を引き換えに逃げる魂胆か、でも逮捕する」

 

「君の心の病気について知りたくないの?」

 

「どうせ小瓶はノルウェーの別荘だろ」

 

「……さすが、闇祓いさん。そうだ、隣にいるのはフェリックスくんだね? 髪型わかりやすいね」

 

 カリムは茶髪ポニーテールのフェリックスと目を合わせる。

 

「お前の記憶もここにあるの?」

 カリムがフェリックスに聞くが、ラトウィッジが首を振った。

 

「違うよ、彼も君の記憶に出てきたんだ」

 

「そんなわけ、こいつは神秘部から転属になったばかりで知り合って日が浅い」

 

「ということは、今も彼は、無言者ムーブかましてる。カリムの過去を知ってるのに黙ってるんだよ」

 

 カリムはまたフェリックスを見た。フェリックスはカリムを見なかった。

 

「フェリックス、あとでじっくり聞こう」

 

 そのときだった、ラトウィッジがポブに杖を振るとポブは解放され、彼はその手に触れようとした。カリムはそれに気づくとすぐ手を伸ばし、ポブの腕をがっちり掴んで引き離そうとしたが、遅かった。3人は渦を巻いて空間に吸い込まれるように消え、フェリックスが慰師の死体と残された。

 3人はぐちゃぐちゃに入り乱れる景色の中を漂い、その中でもカリムは必死に2人に集中していた。何度か姿現しをしたが、すぐにくらましてはまた現れ、カリムを引き離そうとラトウィッジが呪文を放つもカリムはそれを防いだ。この断続的な姿くらましは長距離移動していることを示していた。この戦いがしばらく続き、狭い部屋に姿現しすると、もうくらますことはなかった。ここの壁紙は剥がれかけ、古いタンスとベッドだけが置かれている。

 

「ペトリフィカストタルス(石になれ)!」

 

 ラトウィッジはすぐカリムに呪いを放つが、カリムは杖を振ってそれをはじくと呪いを撃ち返す。でもラトウィッジの逃げ足の方が早かった。

 ふと、カリムは両足を見下ろして全身に手を当てる。四股が無事に着いてることを確認すると、ポブと一緒に部屋を出たラトウィッジを追いかけた。

 カリムが部屋の外を見たとき、ここが大きな古い屋敷だと気づく。ティンバーレイク氏が言っていたノルウェーの屋敷だ。

 2人が大階段を降りて大きな玄関から外に出るところで、カリムは2階から飛び降りた。クッション呪文で衝撃を緩和し、手入れのされてない庭に出るとポブに妨害呪文をかけ、ラトウィッジに追いついて飛びかかる。共に倒れたラトウィッジは庭の真ん中にある石の台に杖を向けていた。

 

「レダクト(粉砕)!」

 

 すると、石台に置いてあった複数の小瓶が粉々に割れた。カリムはそれを見て目を大きく見開きながらラトウィッジを睨むと、彼の杖をはたき飛ばして胸ぐらを掴む。

 

「あれは僕の記憶か!!! 僕の記憶だな!!!」

 

 ラトウィッジは泣いているのか笑っているのかわからない表情で「そうだよ」と呟く。

 

「ここまできて切り札を破壊すとは……なにがしたい?」

 

「悪いけど、こうするしかない。でもあなたの記憶はしっかりバックアップされてるよ、ここに」

 

 ラトウィッジは自分の頭を指す。

 

「貴様……」

 

 カリムは杖を向けようとしたが、ラトウィッジに腕を抑えられた。それを振り解き間合いを取ろうとするが、相手も立ち上がりながら寄ってきた。手を掴まれると捻られ、カリムは杖を落とす。ラトウィッジはカリムの脚を蹴り、体制が崩れたカリムはラトウィッジを掴むと2人で倒れた。憂いの篩がある石の台にもたれかかり、カリムはそのままラトウィッジを押さえつけようとしたが、相手はその脇の下をすり抜けるとカリムの頭を掴んで石の台に押し付ける。そのときカリムの顔が憂いの篩に入った。カリムは身体が落ちるような感覚と共に見えていた辺りの景色が変わり、煙が少しづつ形を作ってホグワーツの見慣れた風景が現れる……

 

 まだ幼いラトウィッジ少年は、同じレイブンクロー生のグループと一緒に談笑しながら廊下を歩いていた。夕日が彼らを照らしている。

 

「まてよ、デンブライトも来るのか?」

 

 1人が嫌味たらしい笑みを浮かべながら横目でラトウィッジを見ると、彼も笑みを浮かべる。

 

「どうしよう。スラグクラブは家柄も重視されるって話だからな」

 

 もう1人がいたずらげに言った。

 

「おいまた仲間外れかよ」

 

 ラトウィッジが言うとみんな笑う。

 

「でも私たちまだ1年生だよ、相手にしてもらえるかな」

 

「おいスキナー、逆に考えろ。この歳で入れたら敵なしだぜ」

 

 場面は黒い煙にぼやけて消え、また別の場所が現れた。ホグワーツの中庭でラトウィッジ少年は倒れ、蜂刺しの呪いで顔が膨れ上がっている。

 おぼつかない足取りで寮へ向かうラトウィッジは、濡れて重くなったローブから水が常に流れ、歩いた跡がはっきり残る。彼は廊下の途中で足を止めると、隅にある石のベンチに腰掛けた。向かいのベンチにスリザリン生の女の子が同じくびしょ濡れで座っていることに、少年は座ってから気づいた。

 

「おおっと、びしょ濡れの穢れた血だ! どれだけ洗っても血は清められないのに!」

 

 ポルターガイストのピーブズだ。奴は愉快そうに宙を舞いながら女の子を見下ろしている。煽ってくるゴーストを無視して天井を眺める彼女は、耳から紐を垂らしていた。マグルが使う音楽を聞く機械だ。

 

「耳からマグル汚染注入中? いっぱい取り込んで劣化促進!」

 

 いくら煽っても反応しない女の子に、ピーブズは飽きた。そして振り返るとラトウィッジと目が合う。

 

「わ、それ顔かい? トロールの糞かと思ったよ!」

 

 ラトウィッジも動じなかった。ただこのゴーストと目を合わせ続け、微動だにしない。ピーブズはこっちにも飽きたようで、愉快な笑い声を上げながら天井の向こうに消えた。

 

「なに聞いてるの?」

 

 ラトウィッジは女の子に話しかけるが、彼女には聞こえていなかった。でも話しかけられたことには気づいたようで、耳から紐を取ると少年を見る。

 

「ひどい顔。仕返しはしたの?」

 

 女の子が言うと、ラトウィッジは目を逸らした。

 また場面が変わった。ラトウィッジらレイブンクロー生は隊列を作って大階段を降りていた。翌年の、セブルス・スネイプが校長に就任したあとの光景だ。

 

「うわっ、近づくなよ下層民。ここは能力に優れたレイブンクロー寮だぞ、恥ずかしくないの?」

 

 寮ではみんなのラトウィッジへの当たりが強くなっていた。

 

「スリザリンにでも転寮してくれ、あいつらも能力主義だけど、俺たちはわざわざ建前にするまでもなく能力があるのは当たり前なんだ。ランク下げてくれデンブライト」

 

「よく入ってこれるよね。あ、これは二つの意味ね。誰かが開けた隙間を抜けてきてんだろうけど、ここに居ようと思える神経も理解できないよ」

 

 ルームメイトも彼を嫌悪するようになり、あるとき、部屋にいるなと怒鳴られた。ラトウィッジはついに、校則を破って勝手に寮を出た。

 城を見回る死喰い人に見つからないようこっそり展望台へ着いたラトウィッジは、そこにひとりの生徒がいることに驚いた。暗い曇り空を背景に、耳から紐を垂らすスリザリンの女の子が立っている。

 

「なにしてるの!」

 

 辺りを警戒しながら、ラトウィッジは女の子に小声で叫ぶ。

 

「あんたがここに来る夢を視たんだ」

 

 女の子が耳の紐を取りながら言った。

 

「君予言者なの? マグル生まれなのに? あ、悪気はないんだ」

 

「いいよ。慣れてる。ダンブルドア先生は……ここで殺されたんだね」

 

 女の子は展望台の柵から身を乗り出して下を見る。

 

「なあ寮に戻ろう、見つかったらカロー兄弟になにされるかわからない」

 

「大丈夫だよ、私には視えてるから。来て」

 

 突然女の子はラトウィッジの手を取るとなんと展望台から飛び降りた。

 気がつくと中庭にいた。落ちたときに意識を失ったようだ。

 

「なんで気絶するの? 見てほしかったのに」

 

 隣で座っている女の子が言った。

 

「や、やめよろ!」

 

「減速呪文を覚えたから披露したかったんだ。君はまだ2年生だからそんな呪文知りもしないでしょ」

 

 女の子は立ち上がる。

 

「あんたが虐められてる理由わかる? その自信なさげな態度が人の鼻につくんだよ」

 

 それを言われたラトウィッジは自覚があったのだろう、血を貶されるより落ち込んだ。

 

「ごめんね、寮に帰ろう」

 

 彼女がそう言うと、ラトウィッジも立ち上がる。

 

「ねぇ、もう1回やってよ。今度は気絶したりしない」

 

 ラトウィッジはなるべく余裕そうな態度を見せた。

 

「君わかりやすいね。じゃあ、また登る?」

 

 2人は目を合わせると、少し笑った。こっそり城に戻ると足音を立てないように階段を走る。展望台にたどり着くまでの道のりを半分も登らないうちに2人は息を切らし、階段に手をついて座った。

 

「ねえ、僕が気絶するのは、視えてなかったの?」

 

 ラトウィッジが言う。

 

「実はあんまし制御できてないんだ」

 

 彼女が言ったそのとき、階段を登る誰かの足音が聞こえた。2人はすっと立ち上がると急いで階段を登り、近くの部屋に駆け込む。そこで息を潜めていると、女の子はずっと窓を見ていた。それに気づいたラトウィッジに、彼女は目を合わせて笑みを浮かべる。

 

「ここから飛び降りようか」

 

 女の子にまた手を引かれ、2人は窓を開けると部屋のドアが開くと同時に飛び降りた。また意識が飛ぶかと思ったが耐えた。

 

「アレスト・モメンタム!」

 

 彼女が叫ぶように唱えると、2人は屋根の上にぶつかる手前で静止した。屋根に足を着くと、女の子はもう走り出している。

 

「逃げるよ!」

 

 明らかに良くない状況なのに、彼女は楽しそうだった。曇り空が割れてオレンジ色の日光が城を照らす。2人は屋根の上をローブをはためかせながら疾走した。

 この落下遊びは少年にとって唯一の楽しみになった。女の子はラトウィッジが気まぐれで天文台に上がっても、毎度そのタイミングをわかっていた。ホグワーツの屋根の上はもちろん、生徒が下手に外へ出れなくなった今は庭も静かで自由な世界だった。彼女が杖から出した鳥を追いかけてクィディッチのシーカーごっこをしたり、屋根の上でマグルの音楽を聴いたり、減速呪文を練習したりと、遊びのバリエーションも増えていく。少年の展望台へ駆ける足取りは毎回早くなった。でもあるとき、女の子は展望台にいなかった。

 

「今日もデートかい」

 

 ラトウィッジは声の方を振り返る。ここの副校長であり、死喰い人のアミカス・カローが影から現れた。彼は何かをラトウィッジの足元に投げる。

 

「あのガキはもういないぜ」

 

 足元に落ちたそれを、ラトウィッジは拾った。彼女がいつも耳から下げていた紐だ。

 

「お前の両親も、魔法省に連れていかれたよ。なんで俺が知ってるかって?」

 

 カローはすっと杖を取り出す。

 ラトウィッジは、とっさに駆け出すと柵を越えて飛び降りた。カローは一瞬驚くが、すぐに笑う。

 

「アレスト! モメンタム!」

 

 無事屋根の上に着地したラトウィッジは一目散に走った。上からなにかが猛スピードで迫ってきて、追いつかれる前に少年はまた飛び降りる。ラトウィッジは減速呪文を唱えようとしたが、彼は黒い煙に掴まれて拐われた。

 ラトウィッジ少年は黒いレンガの部屋で椅子に座らされていた。すると、ひとりの若い男性が部屋に入ってくる。

 

「来て」

 

 地下9階の法廷に連れられたラトウィッジ少年は、そこに自分の両親も立たされていることに気づく。

 高い声の咳払いが聞こえ、ラトウィッジは尋問官席にいるピンクの服を着た太った女を見た。彼女は笑みを浮かべて彼と目を合わせる。

 

「ラトウィッジ・ネイサン・デンブライト。ジェイソンとアリソン・デンブライトの息子で、マグルの生まれね」

 

 ピンクの女が言う。

 

「ち、違います、マグル生まれは両親で、僕は……」

 

「嘘をおっしゃい。ご両親のお仕事は魔法使い機密保持法に違反するのに摘発されていなかった。つまり、マグルが経営しているから合法だったのよ」

 

 すると、父のジェイソンが前に出る。

 

「しっかり魔法省に認可されたから経営できたんです。記録を見てください」

 

「私たちも暇じゃないの」

 

「それはつまり、事実確認を怠って偏見で判断するということですか。暇かどうか以前にあなたの能力に疑問を感じざるを得ない」

 

「あら、その態度は反乱分子の可能性があるわね」

 

 ピンクの女は隣にいた白髪の男に目で合図すると、彼は若い男性と一緒にデンブライト夫妻を連れて法廷を出た。ラトウィッジ少年はその後を追う。

 

「お願いです正しい判断をしてください!」

 

 ラトウィッジ少年が後ろからそう言うが、2人の男はなにも言わなかった。

 一家3人は黒レンガの何もない部屋に連れられた。白髪の男は若い男性のポケットから杖を抜くと彼に持たせる。

 

「やれ。いつまでも研修生だと思うな」

 

 白髪の男が言うと、若い男性はデンブライト夫妻に杖を向ける。

 

「……できません」

 

「悪いな、よく聞こえなかった。もう一度言え」

 

 白髪の男は若い男性に耳を傾ける。

 

「殺す意味が、わかりません……」

 

 男性がそう答えると、白髪の男は彼を蹴飛ばした。

 

「肝っ玉の小さい小僧だ、そんなで闇祓いになれると思うのか? 立て!」

 

「ごめんなさい……でも後悔はしたくない……」

 

 弱気の男性にイライラする白髪の男は、彼の首根っこを掴む。

 

「まだ穢れた血が流れるのを恐れるか? 研修期間はもうすぐ終わる」

 

 男の言葉に、若い男性はデンブライト夫妻を見てふらつきながら立ち上がる。そして杖を2人に向けた。

 

「そうだ、やれ」

 

「ア゙バダケダブラア゙ア゙ア゙!!!」

 

 男性は叫びながら杖先を白髪の男に振った。緑の光線が放たれるが、男はそれを避けて男性に掴みかかり、左腕で首を固めて右手で男性の杖を持つ腕を掴む。そして無理矢理デンブライト夫妻に向け直させた。

 

「もう一度唱えろ。やれ!」

 

「いやだ!!!」

 

「抗っても無駄だ。先程お前が放った死の呪いは、まだ2人を殺せる。言ってる意味がわからないだろう? わかりたくなければ自分でやれ! どっちにしろ2人は死ぬ、それならお前の名誉が高まる道を選ぶべきだろ?」

 

「失せろヤックスリー!!!」

 

「そうか、仕方ない。プライオア・インカンタート(直前呪文)」

 

 すると若い男性の杖が再び緑の光線を放った。それはデンブライト夫人に当たり、彼女は倒れて動かなくなる。ラトウィッジ少年はそれを見て泣き叫んだ。若い男性は震えながら杖を落とし、その彼を押し倒して白髪の男は杖をジェイソン・デンブライトに向ける。

 

「アバダケダブラ」

 

 ラトウィッジの叫びがさらに大きくなる。

 白髪の男は地面に崩れる若い男性の髪を掴んだ。

 

「どうだ、お前が装填した呪いであの女は死んだ。あっさりしてるだろ? やってみると簡単なもんだ」

 

 男は薄ら笑いを浮かべながら、今度は泣き叫ぶラトウィッジ少年を見る。赤い顔と充血した目が男を睨んで大口を開けて叫んでいる。

 そのとき、別の落ち着いた声が響いた。

 

「僕の幸せは常に奪われてきた。誰も助けてはくれなかった」

 

 ラトウィッジ容疑者の声だ。同時にラトウィッジ少年の叫び声が遠のく。

 また煙の中から、ホグワーツの制服姿のラトウィッジ少年が現れた。彼が石像の裏で縮こまっているとき、その像の表側にダンブルドア校長がもたれかかる。

 

「ひとりになりたいときは、こんなところより高い場所がお勧めじゃぞ」

 

 校長の声を無視して、反対側にいる少年は顔を伏せた。

 煙に飲まれてまた場面が変わる。辺りは大勢の人が集まっているがとても静かだった。もう日が暮れ、口から蛇が出る骸骨の雲に見下ろされている。校長が殺されたこの夜、みんなが杖を掲げる中、少年はただ立って横たわる校長を見るだけだった。その光景を最後に、カリムは憂いの篩から頭を出した。

 

「僕がひとりでいること自体が問題だと、ダンブルドアはわからなかったんだ」

 

 背後にいたラトウィッジ容疑者の、強い怒りが伝わる。

 

「この女の子は? 君を孤独から助けてくれたんじゃないのか」

 

 カリムは振り向いてラトウィッジと向き合う。

 

「結局彼女も奪われた! この辛さがわかるか? 僕がひとりだったから、僕はあの塔に登り、あの子はカローに捕まり、そして僕も捕まり、僕が法廷に立ったから父が反抗して両親は殺された!」

 

「なるほど、その話長そうだな」

 

 そう言うとカリムは袖から抜いた杖をラトウィッジに振った。ラトウィッジは飛んできたものを杖で弾き、跳ね返った呪文は近くのベンチに当たって縄が巻き付く。ラトウィッジは杖を大きく振って周囲に球体の保護呪文を張った。

 

「僕たちはわかりあえる! お願いだ、話を聞いて」

 

 ラトウィッジの声が保護呪文越しにかすんで聞こえる。

 

「興味ないて、お前は犯罪者だろ」

 

 カリムが保護呪文に攻撃すると、ラトウィッジを囲む透明な球体は当たった箇所から焼け落ちていった。その様子を中から見る彼はカリムを睨むと、崩れていく保護呪文を突き破って2人の間合いを詰め始める。それを見たカリムは後ずさりしながら攻撃を加え、ラトウィッジはそれを杖を振って弾いていく。

 

「ルーモス・ソレム(太陽の光よ)」

 

 カリムは連続した攻撃の中でこの呪文を唱えた。杖の先から強烈な光が放たれ、それを直視したラトウィッジは目を覆ってよろける。

 

「マフリアート(耳塞ぎ)」

 

 立て続けにカリムが唱えると、ラトウィッジは顔の側面を抑えながらふらふら辺りを警戒した。彼は今、視覚と聴覚を奪われて混乱しきっている。その様子をカリムはどこか楽しんで見ているようだった。

 

「おい、デンブライト。どうした? 大丈夫〜?」

 

 カリムは杖を袖に戻しながらふらふらするラトウィッジに近づくと、彼を蹴飛ばして転ばせる。そしてその手から直接杖をもぎ取ると庭園の奥に投げ捨てた。ラトウィッジは手探りでカリムに掴みかかり、顔面を殴る。カリムは怒り任せに杖を相手の喉に突き立てたが、敵の杖の位置を理解したラトウィッジはそれを掴んで奪うとカリムの胸に当てた。

 

「アレスト・モメンタム(動きよ止まれ)」

 

 ラトウィッジお得意の殺害手段だ。なにをされたのかすぐ理解したカリムは、自分の鼓動が徐々に弱まり、息も吸えなくなる前に杖を握って先を自分の胸からそらせる。するとラトウィッジは杖から衝撃波を放ち、飛ばされたカリムが憂いの篩に頭を打って石の地面に倒れた。ラトウィッジはすぐ距離を詰めながら杖を構えるが、カリムはなぜか笑う。

 

「女の子が教えてくれた呪文を、殺人の武器にするとはな」

 

 カリムの言葉に、ラトウィッジは足を止めた。

 

「そうだ……これは僕と彼女の復讐だから……」

 

「思い込みもいいところだ」

 

 カリムはバカにするように笑った。するとラトウィッジは杖を下ろす。

 

「君もあの戦争のせいで、深い傷を負ってるんだろ。僕たちは仲間になれるはずだ」

 

「知らんがな。あんたは殺人犯で僕は闇祓いだ」

 

 カリムがゆっくり上半身を起こすと、先程落とした杖に手が触れた。

 

「なんでわからない、僕たちは同じ被害者だ。戦争はまだ終わってないんだよ!」

 

 ラトウィッジの主張は強くなる。

 

「それはあんただけだよ」

 

 カリムは杖を掴むと、石台に手をついて立ち上がった。

 ラトウィッジは呆れたように笑う。

 

「お前の中にいる悪魔は消えたのか? まだいるなら、戦争は続いてる。死喰い人が、お前の中でまだ生きてる。その心に刻まれた闇の印はそのままでいいのか!」

 

「その辺にしろ」

「お前がそうなった原因を僕は知ってる。いや、僕しか知らない。仲間になれば君の失われた記憶を……」

 

 ラトウィッジが最後まで言う前に、カリムが杖を向けた。ラトウィッジは苦しそうに首を抑えてもがく。カリムはウエストコートの懐中時計を見た。

 

「19時13分。ラトウィッジ・デンブライト、殺人及び国際魔法使い機密保持法違反の容疑で逮捕する。ブラキアビンド(拘束)、レビコーパス(身体浮遊)」

 

 カリムの詠唱でラトウィッジは手足を見えないなにかで縛られ、宙を浮いた。

 ちょうどそのとき、屋敷の中から男たちがぞろぞろと現れた。みんな分厚いコートを着ている。ひとりの背の高い男性がカリムの前に来ると、手帳を見せた。

 

「ノルウェー魔法省です。そちらの魔法省から通達があり、彼の身柄をこちらで一時的に拘束します」

 

 男性の北欧訛りの英語に、カリムは軽く頭を下げて引き下がった。ラトウィッジは彼らの杖に操られて連れていかれる。するとラトウィッジが叫ぶ。

 

「僕の戦争はまだ終わってないんだ!!! お前が逃げるのは勝手だ!!! でも僕はこの戦いを終わらせる!!! 終わらせる!!!」

 

 明らかにカリムに向けて言うもので、職員たちはカリムをちらちら見た。

 

「ダーウェント慰師はあんまり優秀じゃなかったみたいだね」

 

 カリムが近くに立っていた職員に言うが、もちろん通じていなかった。

 

 あれから数日が経過した。地下の魔法省に並ぶ暖炉から現れたカリムは、上から降りてきた赤い電話ボックスに潰されかけて朝から不機嫌だった。そういうハプニングが好きな性格ではあったが、降りてきた青年3人が指さして笑ってきたため、カリムは3人の指に引き伸ばし呪文をかけて三つ編みにしてやった。

 エレベーターに乗ると、ちょうど法執行部長と一緒になった。カリムは彼の丸眼鏡越しに緑の瞳を見て挨拶する。

 

「復帰おめでとう」

 

 部長が言う。

 

「ありがとうございます。たった数日の停職でしたが、良かったのでしょうか」

 

「前にも言ったけど、僕たちは苦情を入れられたから対処したにすぎない。そのあとはこっちの好きにしていいでしょ?」

 

 彼がそう言うと、2人で悪い笑みを浮かべた。

 

「でも仕事を評価しただけで、拷問を許したわけではないよ。次やったら君をアズカバンの看守に送らなきゃいけなくなる」

 

 それを聞いてカリムは眉をひそめる。

 

「わかってます」

 

「通院はしてるんだよね?」

 

 部長の問いに、カリムは黙って頭を縦に振った。それ以降、2人の会話はなかった。

 その日、イギリスに送還されたラトウィッジ・デンブライトはカリムに護送されて魔法省を歩いていた。

 

「あのさ……マルフォイがアズカバンに行かなかったのはなんで?」

 

 ラトウィッジが沈黙を破る。

 

「終戦時彼は死喰い人から抜けてた。それだけ」

 

 カリムが答える。2人はエレベーターに乗り込むと、中にフェリックスが乗っていた。シャッターが閉じる。カリムはフェリックスに挨拶するが、ラトウィッジが話を続けて遮る。

 

「足を洗ったら許されるの? なにそれ? じゃあ僕ももう死喰い人を殺さないと誓えば釈放される?」

 

「あんたは自分の意思で実行したでしょう」

 とカリム。

 エレベーターが動き出すと、ラトウィッジは転びかけた。

 

「マルフォイは違うのかい? 組織的な犯罪は組織から抜けたら見逃す決まりなの? そんなわけないよね。簡単な話だよ、魔法省は闇の帝王を破ったあともマルフォイから汚いカネを受け取っていたんだ」

 

 彼の言葉にカリムとフェリックスは一瞬目を合わせる。沈黙の間、ラトウィッジが長い前髪の間から笑みを浮かべていると、また口を開いた。

 

「君たちもそういうカネを受け取ったりするの? イムさんなんか時々理性が飛んでるみたいだし受け取ってそう」

 

 ラトウィッジがそう言うと同時に、エレベーターが止まってシャッターが開き、「神秘部です」とアナウンスが入る。

 

「わかってないな。お前を殺すのは構わないけど汚いカネは死んでも受け取らない」

 

 カリムはそう言ってラトウィッジの腕を掴み、エレベーターを降りた。なぜかフェリックスも着いてくる。

 

「フェリックスも法廷に?」

 

「いや、ちょっと神秘部に用事があってね」

 

 フェリックスがその場を離れようとしたとき、ラトウィッジが突然声を出した。

 

「そうだ、君は……他のインペリオ患者と違って、平然としている。なんでか気にならない? 僕はね、ある仮説にたどり着いたんだ」

 

 ラトウィッジはカリムを見ていた。カリムはフェリックスに行っていいよと手で合図し歩き続けるが、フェリックスも興味ありげに着いてきた。

 

「次僕の話をしたら焼印を増やす」

 

 カリムが言う。

 

「ほんとにやりそうだから怖い。僕が思うに、あなたはあのときインペリオによって服従させられたんじゃない……解き放たれたんだ」

 

 ラトウィッジはそう言うと、カリムはドアの前で立ち止まり、しばらく彼を無表情のまま見つめ続けた。そして静かに杖を抜く。フェリックスか急いでカリムの肩に手を置いて落ち着くよう促し、ラトウィッジはそれを見て笑う。

 

「そろそろ……本当の自分を受け入れたら? カローは、君の本性を見抜いてたのかもね」

「……この先はお前だけで行く」

 

 カリムが言うと、ラトウィッジはまた笑う。

 

「傍聴もできないの? 魔法省って、下心が見え見えだよね」

 

「あんたの未来に興味はない、傍聴なんてできてもしないね」

 

 そう言ってカリムが杖を振ると、ドアが開いた。

 

             

 

 ラトウィッジは椅子に座ると、法廷を見回す。

 

「ここなつかしいなぁ」

 

 彼は次に法廷を囲む梅色ローブの人たちを見る。

 尋問官席にいる丸眼鏡の男性がガベルを叩いた。

 

「懲戒尋問、11月18日。被告、ラトウィッジ・ネイサン・デンブライト。住所不定。尋問官、ハリー・ジェームズ・ポッター魔法法執行部長。罪状は連続殺人と、マグルの前で魔法を使ったことによる国際魔法使い機密保持法違反。被告人は、これを否定しますか」

 

 部長の問いかけに、ラトウィッジは少し沈黙を作ってから口を開く。

 

「……まだ、時代遅れなウィゼンガモットが司法権を握ってるんだね。そんなじゃ……いつまで経っても公正な裁判なんか行われるわけがない」

 

「被告人、質問に答えなさい」

 

「魔法省も乗っ取られた過去があるというのに、相変わらず権力分立されてない古い統治システムみたいだし……」

 

「被告人、否定しないのですか」

 

「……否定したらなにか変わるの? 僕が殺した証拠しかないのに」

 

「そうですか。では、すぐにウィゼンガモット法廷のみなさんによる判決に移ります」

 

 部長の言葉を聞いて、ラトウィッジは鼻で笑い「なにこの茶番」とつぶやいた。すると、ウィゼンガモットのひとりの女性が口を開く。

 

「被告人の有罪に賛成の者」

 

 彼女の声に法廷の多くの人が手を挙げた。

 

「被告人の無罪に賛成の者」

 

 誰の手も上がらなかった。ラトウィッジは部長にほらねと目配せする。

 

「有罪とします。量刑は魔法法の条文に従い、アズカバン終身刑を科します」

 

 部長はガベルを叩いた。

 ラトウィッジは、下を向いて笑いながら首を振っていた。

 

             

 

 ガラス棚が並んだ部屋の真ん中の大きな机には、色んな器具が置かれていた。ゴブリン呪い破りの女性は日記帳の上に羽根ペンを走らせている。

 突然暖炉の火が強まり、緑色に変わるとコートの男が現れる。女性は彼を見ると構えた杖を下ろした。

 

「闇祓いさん」

 

「お久しぶりです」

 

 カリムはポケットからイヤホンを取り出すと、机に置く。彼女はそれを見ると一瞬固まり、やがて手に取った。

 

「これをどこで?」

 

「ある男が持ってました」

 

「私に渡すようにでも言われたの?」

 

「残念ながら違います。僕は憂いの篩で男の記憶からとある女の子との物語を見ました。女の子は音楽プレーヤーを使ってたけど、ホグワーツじゃ普通なら動かない」

 

「ああそれで、電子機器を使えるようにできる私がその女の子だと確信したのね。彼は死んだの?」

 

「いえ、逮捕しました」

 

「なるほどそっちね。じゃあこれ押収品? 私に渡していいものなの?」

 

「奴はもうシャバの空気を吸わない」

 

「それは残念……」

 

「あのとき、なぜ展望台で彼を待ってたんですか」

 

 カリムが聞くと、彼女はイヤホンを机に戻す。

 

「ダンブルドア先生が生前私に言ったの、孤独な人にとって高い場所は居心地がいいものだって。全てを下に置くことで安らぎを得る。彼が展望台に上がる夢を見たとき、ふと先生のその言葉が浮かんでね」

 

「彼がそこにいて心地がいいなら、放っておけばよかったのでは?」

 

「先生のメッセージはそういうことじゃなかったと思う。実は私その前にも、夕方の展望台でひとりふける先輩の夢を視たけど、放っておいたら彼は死喰い人を城に入れたの。その後悔もあったのかな。結局今回も防げなかったみたいだけど」

 

 彼女は椅子に座るとイヤホンの端子を人差し指で転がした。

 

「あなたはできることを全てやったと思います。では、仕事があるので失礼します」

 

 最初の言葉はカリムの仕事柄言う機会が多かった。彼が暖炉に向かうと、ふと彼女が口を開く。

 

「そういえば闇祓いさん、カウンセリングは受けたの?」

 

 カリムは立ち止まる。

 

「僕には必要ありませんよ」

 

 彼はそう言うと、暖炉に入って緑の炎と共に消えた。




【人物紹介】

〈アリウス・アーレン・アシュクロフト Arius Arlen Ashcroft〉
魔法不適正使用取締局
茶髪の男性
グリフィンドール寮出身

〈カリム・レダ・イム Karim Reda Yim〉
魔法警察部隊 → 闇祓い局
アジア系の男性
レイブンクロー寮出身

〈フェリックス・ヘイズ Felix Haies〉
神秘部 → 闇祓い局調査部
茶髪ポニーテールの男性
レイブンクロー寮出身

〈アイデン・オリバンダー(カリムの上司) Aiden Ollivander〉
闇祓い局
カリムの主任闇祓い
レイブンクロー寮出身

〈ハリー・ジェームズ・ポッター Harry James Potter(原作)〉
魔法法執行部長
グリフィンドール寮出身

〈スキナー Skinner〉
魔法事故惨事部
ヒスパニック系の女性で、よく杖をくるくる回している
グリフィンドール寮出身

〈ラトウィッジ・ネイサン・デンブライト Lutwidge Nathan Denbright〉
細身で背が高く、やつれた顔に肩まで伸びた焦げ茶の髪
連続殺人の罪でアズカバンに投獄
レイブンクロー寮出身

〈ジェイソン・デンブライト Jason Denbright(映画)〉
ラトウィッジの父
デンブライト証券創立者

〈アリソン・デンブライト Alison Dembright(映画)〉
ラトウィッジの母
デンブライト証券 → レイエス&ノット社

〈ポブ Pob〉
ラトウィッジに着いている屋敷しもべ妖精

〈マサイアス・ティンバーレイク Mathias Timberlake〉
デンブライト証券取締役
背が高く髭を整えたマグル生まれの中年男性
グリフィンドール寮出身

〈サイモス・ダーウェント Simos Derwent〉
聖マンゴ魔法疾患障害病院精神療法師
カリムの主治癒

〈アシュクロフトの娘〉
聖マンゴ魔法疾患障害病院入院
グリフィンドール寮所属

〈ヘルマン・ヘンドラベルク(しもべ掘り野郎) Hermann Handleberg〉
しもべ妖精売買カルテル

〈呪い破りの女〉
呪い破り、マグル製品の魔法最適化に長ける
学生時代にひとりぼっちのラトウィッジと遊んだマグル生まれの予言者
スリザリン寮出身

〈マンダンガス・フレッチャー Mundungus Fletcher(原作)〉
売人
カリムを呪い破りの女の元へ案内した

〈ルシウス・マルフォイ Lucius Malfoy(原作)〉
ラトウィッジに襲われた元死喰い人
スリザリン寮出身

〈マルフォイの息子(原作)〉
元死喰い人
ラトウィッジを捕らえて魔法法執行部に引き渡した
スリザリン寮出身

〈コーバン・ヤックスリー Corban Yaxley(原作)〉
元魔法法執行部長(死喰い人)
アズカバンに投獄
アイデンの元上司

〈ドローレス・ジェーン・アンブリッジ Dolores Jane Umbridge(原作)〉
元魔法大臣上級次官
アズカバンに投獄


〈リー・ジョーダン Lee Jordan(原作)〉
アシュクロフトが情報提供を求めて会いに行ったとされる男性

〈ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー Hermione Gean Granger(原作)〉
闇の魔術に対する防衛術教授
グリフィンドール寮出身


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