※この作品はR-18です。

魔法界事件簿   作:闇祓い局の男

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錬金術師によって生み出された半分不死鳥の魔法使いロビウスは、自分の生涯を振り返る
時は19世紀───

※物語は独立しています

<事前鑑賞推奨作品(優先順)>
『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
『ホグワーツレガシー(ゲーム)』


【外伝】ロビウス・イェレンガルドと不死鳥の涙

 

 これは魔法界でもあまり知られていない物語。

 

 不死鳥の涙はどんな傷も癒すことで知られています。でもそれは、決して手に入りやすいものではありませんでした。

 

 昔、とある錬金術師は思いつきました。不死鳥を捕まえて涙を採り続ければより多くの人を救える。しかし、不死鳥は飼うことが難しいといわれています。だからといい動物を捕まえて閉じ込め、さらには涙を流させるようなことをするなんて、この錬金術師にはできませんでした。

 ある日、錬金術師はひらめきました。

 

「不死鳥と人を合体した不死人間を作って、それを子供として育て、感動する物語を聞かせて涙を採ろう」

 

 錬金術師はすぐに実験をはじめました。自分の体の一部と不死鳥の一部を使って、食べることも寝ることも忘れてひたすら不死人間を作ることに集中しました。

 長い年月が経ち、クリスタルの槽の中に男の子と女の子の双子が産まれました。双子の両腕には美しい真紅色の翼が生えているではありませんか。二人の子供は大事に育てられました。

 子供たちが物語を聞けるくらい大きくなった頃に、涙を採り始めました。この涙は多くのお癒者さまに届けられ、たくさんの人々の怪我を治すことができました────

 

 

 

 

 

 1872年6月

 黄ばんだ濃いスモッグに包まれるロンドンは、石の地面を走る馬車の音や大勢の大人子供を含む労働者で賑わっている。二階の窓際のテーブルを挟んで向かい合うように座る10歳の双子は、外の誰とも目が合うことはなく、普通の通行人はこの屋敷がそこにあることすら気づかなかった。

 兄のロビウスが妹のレンダに小皿の薬液を飲ませると、レンダの身体中を覆っていた真紅の羽が縮んで消え、オレンジ色の髪が少し濃くなった。ロビウスはレンダの悲しげな表情を見て机の上の彼女の拳にそっと手を置く。

 

「大丈夫?」

 

 ロビウスが聞くと、レンダは黙って頷いた。

 

「ゆっくりしな」

 

「ありがとう」

 

 レンダはそう言うと立ち上がり、ベッドに移動して崩れるように布団の上へ倒れる。

 そのときふたつの足音が近づいてきた。双子はその聞き慣れた足音が嫌いだった。

 

「人の純度が高いほど泣かすのは容易い」

 

 男の声が聞こえると、両開きの扉が大きく開いて二人の影が部屋に伸びる。

 

「レンダ来るんだ、生産量がまだ許容できない。ああ、もう飲んでしまったか。税金対策だからいいが」

 

 男が言うとレンダはふらふらと上半身を起こすが、それを止めるようにロビウスが前に出た。ふたりの父親である背の高い男と、その男の胸にまで届きそうな背の高い屋敷しもべ妖精が立っていた。

 

「俺がやります」

 

 ロビウスがそう言うと、なんと父親は彼の顔をひっぱたく。

 

「出しゃばるなロビウス、何度言えばわかる男の涙は女に比べて質が低い」

 

「でもレンダはもう……」

 

 そのときレンダの手がロビウスの肩に乗った。

 

「いいの。私まだ泣けそうでしょ? 無駄に流す前に、人々の役に立ちたい」

 

 レンダはそう言うと、父を見上げる。父はその頬を引っ掴んだ。

 

「なんだ、レンダ。皮肉のつもりか? これは使命だ、さぁ行こうか」

 

 父はレンダの頬を勢いよく放す。

 そうして、レンダは父としもべ妖精の後に着いて行った。もう何千と見たその後ろ姿にロビウスは毎度同じくらいの無力感を覚えた。

 

 

 

 ある日の朝、双子は一階の広いリビングで父が二通の封筒を片手に怒鳴っているところを見た。

 

「二人の存在は知られていないはずだったよなアディ? 対策はしたと聞いたが?」

 

「申し訳ございませんフィリップ様……魔法省の戸籍登録は回避できましたが、ホグワーツの入学候補者選出は独立したシステムで個人情報を取得しておりまして……」

 

 背の高い屋敷しもべ妖精が貫禄のある声で応えた。

 

「そこまでわかっておいて、なぜそっちの対策をしなかった!!!」

 

「対策していたつもりでございます……しかし受け入れ羽根ペンは……」

 

「つもりではダメだ、なぜ他の子供でテストしなかった!!! それでも研究者たる私のしもべなのか?」

 

「アディめのミスでした、原因の追求に努め、必ずしっかりした対策を……」

 

「もう遅い!!!」

 

 父は二通の封筒を大きな長机に投げつけ、後ろで縛った長い黒髪をかきあげる。

 

「私の商売が破綻するではないか!!! 論文もまだ途中だ学会になんと言えばいい? 行かせるわけにはいかん!!!」

 

「もちろんでございます、そのお手紙は燃やしてしまいましょう」

 

 背の高いしもべ妖精はそう言うと、机から封筒を取って暖炉の方へ向かった。

 父が怒りの形相のまま振り向くと、廊下から覗く双子と目が合った。

 

「おはようレンダ、ロビウス。朝食はもう少し待ってくれ」

 

 彼は少し表情を緩めてそう言うと、首に下げられたアスコットタイを結びながら廊下へ出ていった。

 二通の手紙はそのあとも届いた。父親はそれらを見つける度に廃棄したが、やがて自ら探し出して破り捨てるようになり、双子に読まれまいと目を血走らせる日々を送った。逆に双子は手紙探しという新しい遊びを楽しんだ。それは意外なところから見つかることもあり、父親が新しく買った分厚い本に挟まっているのはよくあることで、時には卵を割って中からその羊皮紙が現れることもあった。そのどれもが、どこからともなく現れた屋敷しもべ妖精のアディによって横から奪い取られた。

 双子は古い本にまで手紙が挟まってないか探すようになったが、もちろん元々屋敷にあった本に入っているはずはなかった。ある日、上質なフロックコート姿にダービーハットを被った父親がローブを片手に、いつも迎えに来る四人掛けの高級馬車に乗って屋敷を出た。彼がいない隙に双子がまた古い本を漁っているとき、レンダはある本を見つけた。

 

「『イェレンガルドの秘術』……なんだと思う?」

 

 レンダは本を開けようとしたが、開かない。

 

「貸して」

 

 ロビウスも本を開こうとしたが、無理だった。するとそこにアディが現れる。

 

「その本にはイェレンガルド家にのみ伝わる秘伝の魔術の数々が記されております。そして、その本はイェレンガルドの血を引く者しか閲覧することができません」

 

 アディの言葉にロビウスは首を傾げた。

 

「俺とレンダもイェレンガルドだ」

 

「どうでしょう」

 

 アディはそう言うと、『イェレンガルドの秘術』を持ってパッと消えてしまった。

 レンダは、回収された本が乗っていた本の山の一番上にある表紙を見た。彼女は一瞬でその文字に目を惹かれる。

 

「『不死鳥の能力とその仕組み』錬金術師フィル・イェレンガルド著。父さんが書いた本か」

 

 レンダの肩から覗くロビウスはそう言うと、隣に座って本を見る。レンダが本を開くとそこには長くて難しい言葉がたくさん並び、2人はまともに読む気にならず適当に次へと捲っては、絵のあるページで止まったりした。

 

「不死鳥の能力は傷を治す涙だけじゃないんだって。普通じゃ持てない重い荷物を持って飛んだり、炎に包まれて『姿くらまし』をしたりできるみたい。姿くらましって?」

 

 とレンダ。

 

「姿を完全に消すことだよ、さっきアディがやったやつ。逆に出現することを『姿現し』って言うんだ」

 

「あ、聞いたことある」

 

「俺たちもこんなことができたらいいのにね」

 

「ね。他にも、不死鳥の歌には善良な人々の勇気を高め、悪に仕える人々の心に恐怖を植え付ける効果があるんだって。これ私もやりたい」

 

 そのとき父親が近づいてくる足音がした。双子は急いで本を元の埃まみれな棚に戻すと、身を潜めて父親が通り過ぎるのを待った。

 

 

 

 翌日、長机に並んだ朝食のパンを千切りながら父親が口を開いた。

 

「昨日も言ったが今日は姉が来る。大人しくしているんだ」

 

「はい」「はい」

 

 双子が答える。

 

「その間今日はこれを勉強しなさい」

 

 そう言って父親が長机に置いた数冊の本は、どれも双子が手紙探しのときに目を通していた。『不死鳥の能力とその仕組み』もそこにあった。

 本の内容をほとんど暗記していた双子は、父親がその姉と別室にいる間の時間を広いリビングで自由に過ごした。ロビウスは椅子に座ってぼうっとしながら腕に生えてきた赤い羽を抜き、レンダは暖炉に焼け残った手紙の破片を一生懸命回収している。彼女はそれを取ろうと手を伸ばしたとき、暖炉に"奥"があることに気づいた。

 

「どうした」

 

 突然背後から声をかけられ、レンダはキャッと叫ぶ。振り返ってそこにいたのはロビウスだった。

 

「ごめんごめん。なにこれ、いつもこんなのあった?」

 

 ロビウスが屈んで暖炉の奥に手を伸ばすと、冷たい空気が流れ出てくるのを感じた。そして、その"奥"にあるものを見つけたロビウスは目を輝かせて中に入った。

 

「レンダ! 手紙だ!」

 

 手紙を手にしたロビウスの嬉しそうな顔に釣られ、レンダも暖炉の中に入ると向こう側の部屋に出た。壁が舗装されず煉瓦が露出した空間は地下に続く階段になっている。

 ロビウスは分厚い羊皮紙の封筒を破って手紙を出した。

 

『親愛なるイェレンガルド殿。このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたことを、心よりお喜び申し上げます────』

 

 双子は夢中になって手紙を二枚目の教材リストまで何度にも渡り読んだ。

 

「7月31日必着のふくろう便を送れば入学できるってこと?」

 

 とレンダ。

 

「どうやって送るのかな。父さんがふくろうを貸してくれるとは思えないし、誰かに頼るしかない」

 

「まって、まって。もう行くって決めたの?」

「ずっとここにいたいのかレンダ?」

 

 そのとき、冷たい空気に乗って今まで聴いたことのない歌声が微かに流れてきた。どこか嘆き声のようにも感じられるそれは、確かに外から聴こえてきた歌のはずが、まるで頭の中で流れているようにも感じた。

 双子はそれが聴こえる方へ向かって階段を降りていく。すると、突き当たりに鉄のドアが現れた。ドアには『歌に注意』と書かれた看板の横にイヤーマフが掛かっていた。

 ロビウスがドアノブに触れるとあまりの冷たさに手を引っ込めるが、一瞬レンダと目を合わせると、ロビウスはまたドアノブに手をかけて一気に押し開けた。

 あの歌声はもう聞こえなかった。冷たい部屋は奥から蒸気機関が動く音がし、その手前に並ぶ棚には大小さまざまなガラス瓶が置かれていた。ロビウスはそのひとつを見て息を飲む。

 

「人の赤ちゃん……いや魔法生物か?」

 

 他の瓶も見てみると、人のようで人でない胎児や赤ん坊がホルマリン漬けにされていた。中には鳥のように見える個体もある。レンダも同じものを見て気持ち悪そうに眉をひそめた。

 ロビウスは棚から目を離すと、機械音の方へ向かう。鉄と真鍮で出来た歯車だらけの機械が冷たい蒸気で作動していて、その上には真紅の羽をもつやつれた女性のようなものが仰向けに固定されたいた。頭と胴体は人だが、手足は左右まばらな長さで所々鳥のような形をしていたり、髪の毛の代わりに羽が生えていたりする、人間と不死鳥を取って付けたような生き物だった。機械から伸びるチューブがその生き物の両目に刺さっていて、別のチューブの先には透明な液体が溜まる大きなガラス瓶があった。

 レンダが隣に立っていることに気づいたのはしばらくして我に返ってからだった。ロビウスが機械から目を離せないレンダをそっと抱きしめると、彼女は機械の生き物を見たまま涙を流しはじめた。いつも摘出されているときよりも長く泣いた。

 

「ホグワーツへ逃げよう」

 

 

 

 1872年7月

 屋敷をひとりの男が訪ねてきた。名をエリエザー・フィグといった。黒髪に、口髭を綺麗に剃ったサイドバーンが特徴的な彼は、落ち着きながらもどこか陽気な男だった。

 

「それにしてもイェレンガルドさん、ご立派なお屋敷ですな。錬金術に精通しながらここまで成功されている方はそう多くはありません」

 

 暖炉の上に飾られた双子の父の肖像画を見てフィグ氏が言う。肖像画の男は彼を睨んだ。

 

「私の妻も研究者でしてね、私も一時期参加していました」

 とフィグ氏。

 

「ほう、奥様はどのような分野を研究されているのですか」

 

 双子の父、フィリップはやっと口を開いた。

 

「錬金術と通じるものがあるかはわかりませんが、古代の魔術について調査しております」

 

「古代の魔術といっても、色々あるでしょう。錬金術もその歴史はとても古く、起源は古代ギリシャや古代エジプトにまで遡る」

 

「妻が特に興味を持ったのは、主にこの地で発展したといわれる古代魔術でございます。現代魔術のルーツになったケルト文化以前に培われたものです」

 

「なるほど、それは私の……」

 

 フィリップが口を止めたのは、廊下で双子が盗み聞きしている気配を感じたからだった。彼は杖を抜く。

 

「ホメナム・レベリオ(人現れよ)」

 すると双子が応接間に引きずり込まれた。それを見たフィグ氏は立ち上がって双子に頭を下げる。

 

「こんにちは」

 

「……盗み聞きとは。勉強はどうした」

 

 ご立腹のフィリップに、双子は怯えながら恐る恐る立ち上がる。

 

「まあまあ、子供は好奇心旺盛な方が健全ですよ」

 

 この言葉だけで双子にはフィグ氏が救世主のように思えた。

 

「……こちら、フィグさん。私の研究を本に取り上げたいということで来られた。今はなにをされているのでしたっけ?」

 

 フィリップが双子に紹介しながらフィグ氏をみる見る。

 

「ああ、今は魔法論の教鞭をとっております。ホグワーツで」

 

 とフィグ氏。すると、明らかにフィリップの表情が険しくなった。

 

「ホグワーツ……」

 

「お子さん方もそろそろご入学の時期とお見受けします」

 

 フィグ氏が笑顔で双子を見ると、双子も笑顔になった。本当に救世主だった。

 そう思ったのはつかの間、フィリップはよく喋るフィグ氏を適当にあしらって帰したその日の晩から、双子の部屋に屋敷しもべ妖精のアディを置くようになった。双子が目を覚ましても、アディは椅子から動かず二人を部屋から出さない。アディがいっぱいになった陶器のおまるを持って出ていき、入れ替わりでフィリップがレンダの涙の摘出に来るときだけ、部屋のドアが空いた。そのあとフィリップがいつもの高級馬車に乗って出かけるところを二階の窓から見送ると、アディによる監視生活が始まる。

 ある日の晩、窓には激しい雨が打ちつけられていた。アディは異臭を放ちはじめていた。

 ロビウスはベッドに入って時々雷に光る窓の外を眺めている。すると、空遠くから何かが接近しているのを見た。その影はだんだん大きくなり、ついにガラスと壁を突き破って見えない何かに引かれる馬車が突っ込んできた。レンダは叫びながら飛び起き、アディは地面に倒れてまるで見えない何かに潰されているかのように暴れながら動けずにいた。馬車を操っていた御者は杖を抜いてアディに呪文を当て気絶させる。馬車のドアが開くと、そこにはフィグ氏がいた。

 

「君たち乗るんだ!」

 

「そうはさせるか! インカーセラス(拘束)!」

 

 突然ドアを突き破って現れたフィリップは杖を降り、御者の首を鎖で縛り上げてシャンデリアに繋いで吊るす。そして双子に杖を向けてクルッと回し、するとそれぞれの布団が双子を包んでベッドに押さえつけた。

 

「ボンバーダ(爆破)!」

 

 続けてフィリップが馬車に向けて唱えると空中で呪文が炸裂し、肉片が飛び散るような音がした。彼はこの呪文を何度も放ち、グロテスクな音と動物の悲鳴がどこからか響き、ついに馬車も粉々になった。フィグ氏は馬車から飛び降りるとロビウスを包む布団を確保し、杖をレンダが包まれた布団にかざす。するとレンダは呼び寄せられ、フィグ氏が双子を掴んで地面に引きずり降ろすと、二人は布団から解放された。

 

「インカーセラス(拘束)!」

 

 フィリップが続けて唱えると飛んでいった鎖がフィグ氏に巻きつく。双子は状況が良くないことだけは察した。

 

「『漏れ鍋』に行くのだ!」

 

 身動きが取れず倒れたフィグ氏は二人にそう伝えると、杖を投げる。

 

「それを頭上に掲げなさい! 行け!」

 

 ロビウスは杖を拾ってレンダを引っ張ると、破壊された壁から飛び降りた。天井の高い屋敷の二階から落ちた二人だが、不思議なことに地面にぶつかる前に一度止まってから着地したため、怪我はなかった。豪雨と水溜まりに全身びしょ濡れの二人はふらふらと立ち上がる。

 

「レンダ! 行くぞ!」

 

 ロビウスはレンダの手を引っ張り、雨が降る真夜中に19世紀のロンドンを駆け出した。

 パジャマ姿の双子は裏路地を走り続けた。ロビウスが振り向くと、フィリップが杖先から赤い火花を散らしながら追ってきていた。

 

「待ぁてぇぇぇ!!!」

 

 怒鳴るフィリップが杖を力強く振り下ろすと、青い雷の鞭が双子の間を通って石の地面に大きな亀裂を作った。レンダが転んだのに気づいたロビウスは立ち上がれない彼女の腕を掴んで引っ張るが、なかなか動けず体を伸ばされるだけの彼女を見て手を離す。そして向かってくるフィリップにフィグ氏の杖を向けた。

 

「来るんじゃねええええ!!!」

 

 すると杖先から衝撃波が放たれ、反動でロビウスも押し倒されるが、フィリップを派手に吹き飛ばした。

 

「立つんだ! 行くぞ!」

 

 ロビウスはレンダを引き起こすと裏路地から静かな大通りに出る。そして杖を高々と掲げた。

 しばらく杖を上げていても何も起きず、双子は怖くなって後ろを振り向く。倒れていたフィリップが地面を張って落ちた杖を掴み、鬼の形相で二人を睨んでいる。そのとき、どこからかボイラーの騒音が聞こえ、煙を吹く煙突を後部に備えた派手な紫色の四角い蒸気馬車が大通りに現れた。街中でよく見る馬車の倍はあるこれは馬に引かれていないが、先程フィグ氏が乗ってきた馬車が見えない何かに引かれていたのに対し、これは車体に搭載された蒸気機関によって単独で駆動しているようだった。

 蒸気馬車の先頭に飛び出た操縦席にいる御者の男が双子を見下ろす。男は紫色のインバネスローブを着てフードを被り雨を凌いでいた。

 

「『ナイト・バス』がお迎えに上がりました! 迷子の魔法使い、魔女たちの緊急お助けバスでぇす! 地上であればどんな場所でもお連れいたしましょう! ご乗車くださぁい!」

 

 御者が陽気な口調で喋り終える頃には、双子は蒸気馬車によじ登って後ろから御者の肩を叩いた。

 

「早く出して! あいつが来る!」

 

 ロビウスが叫びながら指さす方を見た御者は、その先にいるふらついたフィリップがこちらに杖を向けていることに気づいた。

 

「ボンバーダ(爆破)!」

 

 フィリップが唱えると同時に御者も杖を振る。

 

「プロテゴ・トタラム(すべてを護れ)!」

 

 すると蒸気馬車の手前で爆発が起き、爆風は向こうに返っていった。無傷の蒸気馬車はすぐにバーンと大きな音を立てて勢いのある初速で走り出す。双子は後ろによろめいて客室の地面に倒れた。

 

「なんだぁあいつ! 魔法警察部隊を呼んでやる!」

 

 御者が外れかけたフードを被りながら大声で言う。

 

「クソ、雨で視界が悪い」

 

 御者が杖をひとふりすると、目の前の雨がある程度の距離だけ道を開けてくれた。それだけでなく、ぶつかりそうになったガス灯まで蒸気馬車を避けた。

 

「あいつはなんだ!」

 

 と御者。

 

「僕たちがホグワーツに行くのを止めようとしてる悪者です!」

 

「親父さんか?」

 

「あんなの父さんじゃない」

 

「こんなひどい雨の中逃げてきたんだからさぞ酷い大人なんだろね! この視界じゃ豆のスープが充満してるときの方がマシさ!」

 

 御者は印象そのままによく喋る男だった。

 

「豆のスープ?」

 

 ロビウスが反応してあげる。

 

「黄色いスモッグをマグルはそう呼ぶのさ! それより坊や! 宛はあるのかい!」

 

「俺たちホグワーツに行きたいんです!」

 

 ロビウスがレンダの肩を腕に包みながら返す。

 

「冗談はよせよハイランド地方だぜ!」

 

「地上ならどこでも連れてくんじゃないのかよ!」

 

「それに今はまだ入れないだろ? 変なこと言うならその辺で降ろすよ!」

 

「漏れ鍋!」

 

 レンダが大声で言った。

 

「ほほう漏れ鍋かあ! ダイアゴン横丁にでも用かい!」

 

「ダイアなに?」

 

 とロビウス。

 

「なに、ダイアゴン横丁を知らんと! あんたたちホグワーツの新入生でしょう! 教材はまだ買ってないのかい!」

 

「お金ないので買えるかもわからないです。このバスってお金かかります?」

 

「10シックルさ! まてよ、なに? 金がねぇ?」

 

「ごめんなさい……お願い、その辺で降ろしたりしないで」

 

 ロビウスは御者の背中を見るが、しばらく返信がない。双子は目を合わせ、レンダが口を開きかけたとき、御者のため息が聞こえた。

 

「……どうせ行政の予算で動いてる馬車だ気にすんな! 今回だけだよ!」

 

 御者の言葉に双子はまた目を合わせると笑顔になる。

 

「ありがとう……!」

 

 

 

 1872年9月

 双子は漏れ鍋の二階にある個室からトランクを持って現れた。ロビウスはツイードのジャケットにニッカーボッカーズを履き、レンダは同じツイードのツーピースドレスを着ていた。

 二人が重い荷物を持って広いダイニングまで降りると、ローブに身を包んだフィグ氏が待っていた。

「忘れ物はないかな。教科書、杖、ローブ、大鍋、望遠鏡……」

 

「大丈夫です」

 

 ロビウスが言った。

 フィグ氏は頷くと、カウンターでグラスを拭く店主の老父と目を合わせる。

 

「お世話になりましたハンウェルさん」

 

「こちらこそ、二人には助けられたよ。労働力はいつでも歓迎さ」

 

 店主にそういう言われるとフィグ氏は笑顔を返し、双子を連れて漏れ鍋を出た。三人は外で待っていた馬車に乗ってキングス・クロス駅まで向かった。

 

 

○

 

 

 馬車が走り去る後ろ姿は、他の景色を飲み込んで水に滲んだインクのように消え去り、短い髭を蓄えた長い銀髪のロビウス老人が憂いの篩から顔を出した。老人は痩せ細り、足元には白い毛や真紅の羽根が抜け落ちている。

 

「早かったね」

 

 後ろで古いウィンザーチェアに腰掛けた40代くらいの男性が、日刊予言者新聞の見出しを見ながら言う。『エンフィールドのポルターガイスト事件、魔法省も調査難航』と書かれていた。

 ロビウス老人は着ていた白いローブをびしょびしょに濡らしたが、気にせず篩の中を眺め続けた。

 

「体勢が辛くてね……」

 

「歳も歳だ、無理しないで。ねぇ、ユニバーサルブルームズ社が倒産したって知ってる?」

 

 男性は新聞の二面を見ていた。

 

「いいや。でもあそこの箒は人気が低迷してたよ」

 

「不景気だしな。死喰い人はそこら中にいるし、マグル界でさえ高インフレ高失業……」

 

「もう少し見てもいいかな、ミナス」

 

 と、憂いの篩を指す老人。

 

「まあ、父さんが満足するまでどうぞ」

 

「……満足はしないだろうな」

 

 ロビウス老人はまた篩に頭を入れた。

 景色はホグワーツ。グリフィンドールのローブに身を包む双子は、頑張って勝ち取った学校生活があまりに以前の環境と異なるため慣れなかった。でもフィリップの家庭教育の影響もあり、授業態度と課題への取り組みは模範的で、二人とも学力はトップだった。ゆえに、二人はつまらないガリ勉として見られながら一年目を終えた。

 

○

 

 

 1873年7月

 はじめてホグワーツからロンドンに帰ってきた双子は、キングスクロス駅を出てすぐに見えたフィリップの前で立ちすくんでいた。安い馬車の前に立つフィリップはこれとなく笑顔で、嬉しそうな理由が理解できるせいで恐怖を感じるロビウスと、それがただ不気味で仕方ないレンダは、両手のトランクの重さを忘れていた。

 

「もうアズカバンを出たんですか」

 

 ロビウスが強気で言う。

 

「子供の頃の私に似て生意気だな、まあいい。それも恋しかったよ」

 

 フィリップの笑みは消えなかった。双子はそんな彼がさらに気味悪く思え、それどころか、レンダは涙を流し始めた。

 

「おっとおっと! 勿体ない!」

 

 フィリップはローブの裏から杖と小瓶を出すと、レンダに近づく。そのとき、ロビウスが両手のトランクを落として杖を抜き、その前に立った。足を止めたフィリップはそんなロビウスを見て笑う。

 

「マグルの面前で魔法を使う気か? やってみろ。ほら!」

 

 そう言って両腕を広げながら近づくフィリップに、ロビウスは杖を向けることができなかった。

 

「どうしたロビィ、早く魔法を使ってくれ……!」

 

 そのときロビウスはフィリップの股間を思いきり蹴飛ばした。続けて前屈みになったフィリップの頭に拾ったトランクを打ちつけ、彼が地面に倒れるとロビウスはレンダの手を引いて一目散に駆け出す。駅前の小さな坂を降りてロビウスは、杖を高く掲げた。でも『ナイト・バス』が来る前に杖はロビウスの手を勝手に離れてフィリップのポケットへ入る。双子の後ろに立って顔に影をつくるフィリップは笑いながら鋭い目をしていた。

 

 

 

 屋敷の玄関に放り込まれた双子は、姿勢よく立って出迎えた背の高い屋敷しもべ妖精のアディを見上げた。アディが指を鳴らすと二人は操り人形のように立たされ、くるりと玄関扉の方を向かされる。扉に杖を向けて鍵をかけたフィリップは振り返って二人と目を合わせた。

 

「お前らクソガキのせいで私は学会の信用が落ちた、マーリン勲章が目前だったというのに」

 

「あそう、良かったじゃん」

 

 反抗的なロビウスの態度に、フィリップは杖を立てる。

 

「後先考えて発言するべきだよロビィ──感情任せに口を開くと痛い目を見る!」

 

 フィリップが杖を振るとロビウスの首に鎖が巻き付き、鎖の先は後ろの壁に刺さって中に引き込まれ、苦しそうなロビウスは引っ張られて壁に吊るし上げられた。

 

「君たちは──もう二度と屋敷を出れないよ」

 

 そう言ってフィリップは涙を我慢するレンダの腕を掴み、リビングに引っ張って行った。

 残されたアディは、壁に吊るされるロビウスの前に立った。首の鎖が消えるとロビウスは廊下に崩れ落ち、その様子を見てアディは無表情のまま彼の頬を撫でる。

 

「わたくしめもあなたのような子供が嫌いでございます」

 

 アディはそのままロビウスを連れて寝室に姿現しした。去年馬車が突っ込んで壊された壁はゴブリン製の鉄板で修復され、窓はなくなり、そして部屋中に吐き気を催す悪臭が充満していた。

 

「ロビウス・イェレンガルド、残りの人生をここで永遠に過ごすのです」

 

 アディが指を鳴らすと、高い鉄壁の上の方についた縦幅の狭い小窓が金属の擦れる音を立てて開き、太い格子の間から埃まみれの部屋に月光が差し込む。その光に意地悪なアディの表情が照らされ、彼は姿くらましで消えた。

 ロビウスは悪臭の根源らしき絨毯に手をついたまま、次の考えを巡らせるために今感じている絶望感に順応しようとした。

 酷い日々がはじまった。変身用の薬が与えられなくなったロビウスは次第に真紅の羽に覆われ、白目のない黒い目に赤毛の髪といった本来の姿へ戻っていった。

 陶器のおまるはろくに掃除されないまま、アディが姿現しで中身だけ処理しに来る有様。一緒に持ってくる食事は明らかにフィリップの食べ残しで、それらをまとめたものが一日一食しか与えられなかった。レンダはずっと戻らなかった。

 ロビウスはあらゆる脱出手段を検討したが、通気口は子供でも通るのが難しいほど狭く、なんとか破壊した木のドアも向こうは煉瓦で塞がれていた。外に出る手段はもうひとつしかない。

 その日の夜、いつものようにアディが冷たい食事を持って現れると、ロビウスはすぐに食事のトレーに近づいた。フォークを手に取るとおまるを回収しようとするアディの首を掴んで胸に思い切り突き刺した。アディはヒューヒューと息を鳴らしながら暴れる。

 

「外に出ろ、治療が必要だろ?」

 

 するとアディはロビウスに掴まれたまま姿くらましをした。二人は寒い地下室に現れ、不気味な標本の詰まった瓶が並ぶ棚にぶつかりロビウスの真紅の羽根が散る。蒸気機関の装置が動く音がして、それを弄っていたイヤーマフを付けるフィリップが二人に気づくと杖を向けてきた。

 

「なにをしているアディ!」

 

「フ、フィリップ様……」

 

 アディが自身の胸に刺さるフォークを指す。

 

「あいつの杖を奪え! さもないとフォークを抜く、お前は出血多量で死ぬ」

 

 ロビウスが言うと、アディは指を鳴らしてフィリップの杖を飛ばし空中で取る。

 

「よくも俺に逆らったな!」

 

 フィリップが怒鳴った。

 ロビウスはアディの手からフィリップの杖を奪うと、蒸気機関の装置を見る。女性の頭と体に所々鳥のような形をもつ生き物はまだその台の上にいて、相変わらず目からチューブが伸びて機械と繋がれているが、隣にはなんとレンダも同じように固定されていた。彼女も真紅の羽に覆われた本来の姿をしていた。

 

「すまないアディ」

 

 ロビウスはアディの胸からフォークを引き抜くとフィリップに杖を向けたまま棚の向こうに迂回してレンダの方へ近づき、その途中で棚に体当たりして倒そうと試みた。棚は傾いたところでフィリップに止められるが、瓶が次々と落ちて割れ、そこらじゅうにホルマリンが撒かれた。

 

「殺すぞロビウス!!!」

 

 フィリップは怒りの形相でロビウスに近づこうとしたが、瓶から出てきた奇形児たちが突然動き出し、フィリップに襲いかかる。

 ロビウスはすぐレンダを装置から外そうとするが、手足がしっかり固定され、機械から伸びる二本のチューブは装着したゴーグルと繋がっていた。そこに奪ったフィリップの杖を向ける。

 

「アロホモラ!(開け)」

 

 すると固定具が外れレンダは起き上がった。

 

「ロビウス?」

 

 レンダが手探りにロビウスの腕を触った。ロビウスは彼女の頭からゴーグルを外すと頬に手を当てて目を合わせる。目はロビウスと違い、黒い瞳以外は赤かった。

 

「そう俺だ、逃げるよ」

 

 そう言ってレンダの手を引くが、奇形児たちに喰われるフィリップが前に立ちはだかった。身体中に噛みつかれイヤーマフを取られたが、その奇形児たちを素手で剥がしながら双子に近づく。それを見たロビウスが隣の台に固定される生き物の右手を握ると、それはロビウスのいるだろう方を向いた。

 

「姉さん、助けて。父さんはイヤーマフが外れた」

 

 すると生き物は嘆くように歌いはじめた。まるで頭の中を流れるような不思議な声に双子はエネルギーをもらうような気がした。それとは逆に、フィリップは突然後ずさりながら情けない声をあげて地面に崩れ落ちる。

 

「ぁああ......フィロメラ、やめろ、やめろおおおお!!!」

 

 彼は突然正気を失い、完全に倒れて奇形児たちの群れに覆い隠された。

 

「ありがとう、姉さん」

 

 ロビウスはその生き物の固定具にも杖を向けたが、生き物は噛み付くように威嚇してきて、顎で出口を指す。

 

「一緒に逃げよう」

 

 ロビウスがそう言うも、生き物は首を振るだけだった。そして目に繋がるチューブとの間から血が滴るのを見て、ロビウスは杖を下ろす。

 

「ごめん......」

 

 双子は機械から離れると出口に向かう。途中で足元に倒れていた屋敷しもべ妖精のアディは目を開けたまま死んでいた。

 階段を登って暖炉の中からリビングに出ると、双子は駆け足で廊下に出る。ロビウスは杖を正面玄関のドアに向けた。

 

「アロホモラ!(扉よ開け)」

 

 ドアが開き、ついに二人は外へ飛び出した────

 地面に倒れた双子は木の床に敷かれた絨毯を見る。違和感を覚えた双子は辺りを見ると、そこは裏口から入った廊下だった。裏口のドアを振り返ると、その向こうには正面玄関が見え、さらにその奥にはなんと床に倒れる自分達の真紅色の姿がある。この空間は、正面玄関と裏口が繋がって無限に続いていた。

 

「嘘……嘘よ……」

 

 レンダは立ち上がって永遠と続く廊下と自分自身の背中を眺める。振り返った先にも、自分自身の背中があった。その背中を追うように彼女は裏口を通って正面玄関に抜け、地面に座ったままのロビウスの元に戻ってきた。

 

「なんの魔法よこれ!」

 

 レンダが屋敷中に声を響かせる。

 すると、フィリップが奇形児の頭を持ってリビングから現れた。長髪は解けて部分的にちぎれ、服はズタズタに裂かれ血まみれだった。

 

「検知不可能連続呪文。面白いだろ」

 

 フィリップは鷲掴みにしていた小さな頭を双子の方に投げる。それは燃え上がって灰になった。

 ロビウスも立ち上がると、レンダと手を繋いでフィリップを睨みながら杖を向けた。

 

「近づくな!」

 

 警告するロビウスだが、フィリップは笑いながらボロボロのアスコットタイを取るとシャツの付け襟も外して投げ捨て、杖を向けるロビウスの前まで近づいた。

 

「どうした、なにかしてみろ。私をどうにかできたところでこの先君たちはなにもできないがな」

 

 そして血まみれの手でロビウスの手から杖を奪う。フィリップが杖をひと振りすると、レンダは服を剥がされそれに手足を縛られた。

 

「そこにいなさい。これからはもっと楽しくなるよ」

 

 レンダにそう言ったフィリップは、ロビウスの腕を掴むと二階へ連れていく。ロビウスはもうなにをすればいいのかわからず放心状態だった。

 寝室の入口を塞ぐ煉瓦をフィリップが杖で叩くと、煉瓦が開いて中へ入れた。ロビウスは悪臭を放つ絨毯が赤黒く染まっていることにはじめて気がついた。

 

「おまるの交換とご飯は三日に一回。いい子にしてたら、一日一回に戻してあげるよ」

 

 フィリップはそう言うと寝室を出て杖を振り、煉瓦の壁を再び閉鎖した。

 

 

 

 3年後……

 1876年7月

 真紅色のロビウスは毎日することもなく、部屋の隅で悲しげな鼻歌を交えながら、伸びきった赤毛を三つ編みにしたり毛糸で編み物をして過ごした。

 真夜中、ロビウスは下の階の廊下から何度も響く爆発音に目を覚ました。それが止んだかと思うと、今度はすぐ近くで爆発音が聞こえ、二回目で入口を塞ぐ煉瓦が穴を開けた。飛んできた煉瓦を頭に受けたロビウスは地面に倒れ、入ってきた男がすぐ駆けつける。長い茶髪とあごひげを蓄えた男が痩せ細ったロビウスの頭を支えた。

 

「すまないロビウス、助けに来た。私は闇祓いだ」

 

 ロビウスはその闇祓いの腕の中で意識を失った。

 

 

 

 1876年9月

 三年間の授業過程を飛ばして5年生になった双子は、2年生からやり直すか検討された。既に5年生の授業が始まっていることと、双子がなんとか授業内容に着いていけていることから、双子はこのまま5年生として学生生活を送ることを希望した。それは、かつての友人たちが双子にとって浅い関係であったにも関わらず、みんな明るく迎えてくれたこともあって、彼らと離れたくなかったことが大きかった。でも、談話室で会えるのだから結局何年生でもそこまで変わらないということには、二人は気づかなかった。とにかく二人は疲れていて、友人たちと勉強している最中は嫌なことを忘れることができた。 

 双子の姿は、1年生のときから魔法薬学の教師が独学で変身用の薬を作ってくれていたおかげで、人間の姿を保つことができた。

 

 

 

 1877年7月

 双子は最悪なニュースを聞かされた。フィリップ・イェレンガルドは三年前に二人の親権を正式に得ていたというのだ。このニュースは、今学期が終わったらフィリップの屋敷へ帰らなければならないということを意味していた。

 もう7月だというのに、今になってそんなことを聞かされた双子は校長室で放心状態だった。ロビウスを救出した闇祓いもそこにいて、彼はそんな双子の前に屈む。

 

「ギリギリまで手は尽くした。もちろんのこと、魔法法執行部は常にフィリップ・イェレンガルドをマークしている。君たちの安全は......」

 

「安全なわけない! 暖炉の奥の隠し部屋が見つけられないあんたらが頼りになるわけがないだろ!」

 

 とロビウス。

 

「それが本当なら、その部屋を隠すのに使われている魔術はとても高度だ。今神秘部にも捜査協力を依頼しているところだが、難しい」

 

「だろ? だから頼りにならない。俺たちをここに残せばいいだけの話だろ!」

「言いたいこともわかるが、それは複雑な事情で難しい。フィリップ・イェレンガルドには君たちの親権があり、そして悔しいことに彼は影響力がある」

 

 二人は口論に夢中になり、レンダの呼吸が荒くなりはじめたことに気づかない。

 

「アズカバンにぶちこまれたあいつの影響力は地の底じゃないのか?」

 

「4年前はそうだったかもしれないが、彼は今多くの献金や癒学界の支持を得て政界にも力を持つようになったといわれている。君たちを3年も待たせてしまったのは、そんな影響力のある彼が権利を主張したせいでウィゼンガモットが令状を認めなかったからだ」

 

「シャープさん、あなた俺たちが子供だからって適当なこと言ってるんじゃないか? ホグワーツに戻らず閉じ込められた生徒を助けられなかっただって?」

 

「君は勘違いの激しい子供の典型だな、大人を舐めているようでは痛い目を見るのも時間の問題だ」

 

「もう散々大人から痛い目を見せられた」

「では学べ。私は事実しか言っていないし、生意気な君と妹のために全力を尽くしている。フィリップ・イェレンガルドは君たちがホグワーツに戻りたくないと言っていると、そう主張した。君たちを救い出せたのは、一昨年に未成年魔法使いが学校外で魔法を使うことを取り締まる法律ができたからだ。ロビウスが『不死鳥の嘆き』を使ったことで魔法不適正使用取締局が調査命令を下した。運が良かったな」

 

 そのとき、レンダが倒れた。気絶したようだった。

 

 

 

 1877年8月

 イェレンガルドの屋敷にいる双子は、ゴブリン製の鉄壁が外されて窓が戻った綺麗な寝室の、窓際のテーブルを挟んで向かい合って座っていた。もうすぐ17歳になる二人にはこの部屋も前より小さく感じた。窓の外には常にふくろうや猫が巡回していて、闇祓いによるとそれらは監視任務にあたる動物もどきの魔法使いとのことだった。

 

「父さんが俺たちにあんなことをしたのが嘘だったみたいに感じる。この部屋はあまりにも昔の状態と同じだ」

 

 ロビウスは小皿の薬を飲みながら視線だけレンダに向ける。彼女は小皿に手をつけず、体に真紅の羽が生えたままだった。

 

「ホグワーツは思ってたのと違った……」

 

 ふとレンダが言う。

 

「それは俺も思った。結局、皆俺たちを監視してる気がする。大人は特に」

 

「幸せってどうやったら手に入るんだろうね」

 

 レンダは腕の羽を触りはじめた。

 

「幸せ?」

 

「他の子を見てると、幸せって家族や友達が持ってきてくれるみたいでしょ。彼らには愛がある」

 

「……誰かに委ねちゃいけないんじゃない?」

 

 ロビウスは、羽をさするレンダの腕に手を置く。それでもレンダはロビウスと目を合わせなかった。

 幸いこの屋敷に滞在する1ヶ月ちょっとの間、双子がフィリップと顔を合わせる機会は三回程度で済んだ。

 

 

 

 1878年2月

 双子はホグワーツの校庭にて姿現しの試験に向けた練習を受けに来ていた。各生徒は自分が姿現しする先に設定された地面の輪っかと向き合っている。

 練習が始まると、突然レンダが燃え上がって消えた。と思ったらレンダが見ていた輪の中に火が上がり、そこに彼女が現れた。炎に包まれたにしては平気そうであったが、もちろん周りの目は彼女に集中する。指導官でさえ唖然としていたがロビウスはその現象がなにかすぐに理解した。不死鳥は炎に包まれながら姿現しをおこなうことができるとされ、レンダはその能力を発揮してしまったのだ。この日ロビウスは姿くらましの練習にわざと失敗し、一度も姿をくらまさずホグワーツに戻ってレンダを探した。

 この事件をきっかけに双子がなにか普通でないと噂されるようになったのは、最初はレンダだけの話が飛び交っていたものが、弟のロビウスも同じだろうという憶測でいつしか一緒にされるようになったものだった。それは正解だった。

 双子は全生徒に注目され、時には尾行されることもあった。友人だと思っていた人たちも、元々は変わった境遇の双子を面白がっていたにすぎず、誰も護ってはくれない。二人が逃げるように校内を歩き回ると、着いてくる生徒は痺れを切らした二人が炎に包まれて消えるのではないかとしつこく追い続けた。

 

「学校内で姿くらましはできないのに」

 

 とレンダが言うが、ロビウスは首を振る。

 

「俺らの姿くらましは魔法使いのそれとは違うみたい」

 

「え、試したの?」

 

 レンダの問いに、ロビウスは首を縦に振った。

 ある日、レンダがひとりでいつものように追っ手から逃げていると、見たことのない大きな扉を見つけた。彼女は考える間もなくそこに逃げ込み扉に耳を当てるが、外の音は途中で聞こえなくなった。振り返って部屋を見渡すと、そこには大量の家具や置物、箒、絵画など色んな物が辺り一面に山積みにされていて、そんな光景が果てしなく広がっている。この空間には誰もいない、そして誰か来ることもないとわかると、レンダはタイミングを見つけてロビウスをここに案内した。

 

「ここ、俺たちしか知らないのか?」

 

 と、古い机に置かれた燭台を触るロビウス。

 

「そのはず。きっと私たちのために開けたのよ」

 

「すごいな……」

 

 ロビウスは布のかかった大きななにかを見る。それに手をかけると思いきり布を引っ張り、すると古い装飾鏡が現れた。彼はそこに掘られた文字に目を細める。

 

「すつうを、みぞの、のろここ……何語だ?」

 

 ロビウスはふと鏡越しにレンダを見た。彼女は鏡に映る自分をずっと見ていた。

 

 

 

 1879年6月

 7年生。双子にとってホグワーツ最後の1年だった。

 ロビウスはメモ書きを片手にホグワーツの展望台へ向かっていた。すると、同じグリフィンドールの女子が二人降りてきて、ロビウスを見るなり二人は彼のローブの袖を引っ張る。

 

「レンダが飛び降りようとしてる!」

 

 ロビウスはそれを聞くと一緒に階段を駆け上がり、天文台を見渡す。柵に外を向いて寄りかかるレンダを見つけると、ロビウスは杖を抜いた。

 

「レンダ」

 

 ロビウスが呼びかけると、レンダは首を横に向けて彼を見る。

 

「二人にして!」

 

 レンダが言った。二人の女子生徒は困惑していたが、ロビウスは二人に頷いて階段を戻るように促す。二人がいなくなると、ロビウスはメモ書きを見せながらレンダに近づいた。

 

「どうしたの、突然こんなところまで呼び出して」

 

「私、怖い。帰るのも怖いけど、そうじゃないの。どこにいても居場所がない、生きてる気がしない」

 

「大丈夫、俺がいるだろ」

 

「そのあなたが遠く感じるのはなぜ?」

 

 レンダの言うことがロビウスにはわからず、返せない。レンダは続ける。

 

「好きだった物語があるの。『イェレンの静けさ』、あなたも知ってるでしょ」

 

「よく覚えてない」

 

「『毛だらけ心臓の魔法戦士』は?」

「それはわかるよ、吟遊詩人ビードルの物語」

 

「そう。その物語に共感する人なんてほとんどいないっていうでしょ。みんな心臓を手放したくなる気持ちがわからないのね、抑えてきた心を取り戻したときのどうしようもない気持ちの暴走も」

 

「彼が闇の魔術で心臓を手放した理由はもっと論理的じゃなかった?」

 

「ほんとにそれだけだったと思う? 私はなにかあったと思うの。そうでなきゃ心臓を外に出すなんて普通できない」

 

「なるほど。レンダにはなにかあったの?」

 

 すると、彼女は初めてロビウスと目を合わせた。それは感情が入り交じってるようで、同時に虚無のようでもある、明らかに負のメッセージを持つ眼差しだった。

 

「ほら、だからあなたが遠く感じるの」

 

 それにもロビウスはなにも返さなかった。

 

「ホグワーツの中に居場所なんてなかったけど、少なくともホグワーツそのものはまだ私の居ていい場所だった」

「それがもうすぐ終わるのが怖いのか」

 

「毎年夏休みが近づく度に不安と恐怖を感じていたの! でも、もうホグワーツにも頼りたくない、すべてから解放されたい」

 

「すべて」

 

 ロビウスが繰り返すとレンダは彼を睨む。

 

「すべて!!!」

 

「どうやって生きるんだ、先生の薬がなければ僕らは人の姿をしていられない。父さんからもらうつもりか」

 

「……なぜ人になりたいの?」

 

「いや別に、人の形をしてるほうがなにかと便利じゃないか」

 

 それを聞いたレンダは、崩れた前髪を吹くように笑う。

 

「ひとつ聞きたいことがあるの。私たちにだけ開く隠し部屋にあった鏡、あそこにあなたは何を見たの?」

 

「鏡? どうした、さっきから話の筋が見えない」

 

「いいから答えて!」

 

「そりゃ、物が山積みの部屋と、俺たちが映ってた。鏡なんだから当たり前でしょ」

 

「……わからないの。私にはあの鏡は、私ひとりしか映ってなかった」

「なにそれ、不吉なこと言わないでよ」

 

「鏡の私はありのままだった。赤い羽に覆われて、大きな翼を持ってる」

 

「どういうこと?」

 

「どういうことかはわならない。でも、私はあの私が羨ましい。間違ってたのかも……この生活が終わるのが嫌なんじゃない、いっそ全部終わってほしいの。この身体を全部燃やし尽くして、新しい私となって静かに生きたい」

 

 レンダはロビウスを真っ直ぐ見ながら柵伝いに一歩下がる。

 

「だから飛び降りるの?」

 

「いいえ、姿をくらます。二度とみんなの前には現れない。あなたの前にも」

「……それがレンダが落ち着いて考えた末の答えなら、いいんじゃない」

 

 ロビウスの答えを聞いて、レンダはしばらく彼の顔をじっと見たまま黙っていた。なにか言おうとしてもすぐには声にならず、そしてやっと口を開く。

「ロビウスらしいね。私は落ち着いてるよ。私は今、この人生で一番落ち着いてる」

 

 すると彼女は、炎に包まれた。その目は赤く染まり、悲しげだが涙はない。彼女が炎と共に消えると、真紅の羽根が一枚だけそこに落ちた。

 

 

 1879年7月

 レンダが消えて以降届くようになったフィリップのしつこい手紙は、校長先生だけでなくロビウスの元にも来ていた。ロビウスはその最後の一枚を廊下の石柱松明に放ると、例の隠し部屋に入る。そこら中に物が山積みにされる部屋のとある場所に、ゆりかごが置かれていた。その中には、真紅の羽が生えてきたばかりの男の子の赤ん坊がいた。ゆりかごを布で覆うと、それを持ったロビウスは帰りの列車に乗るため、友人たちと合流しに向かった。

 

 

 

 1879年8月

 屋敷に帰ったロビウスはあの寒い地下室に足を運んだ。機械の台に固定されたやつれた生き物は、人の頭に生えていた真紅の羽が抜けはじめている。鳥のような左手を握っても反応はなかった。

 

「帰ったよ、姉さん」

 

 声をかけられてやっと気づいた生き物は、ロビウスの方を向く。本来目のある部分は機械とチューブで繋がれているためロビウスを見ることはできないが、生き物は口角を上げてみせた。

 

「レンダは逃げたよ。俺たちをこの地獄に残して。でもいいと思うんだ、あいつが自由に羽ばたいてくれた方が俺たちも嬉しいはずだよな」

 

 それを聞いて生き物は首を傾げる。

 

「わからないんだよね。こういうとき普通の人は悲しくもなるでしょ。でも今の俺はなぜか、嬉しいのか、悲しいのか、わからない。ただいつもと違うということだけが確か」

 

 ロビウスは生き物の肩に手を置く。

 

「姉さんもずっとこんなことしなくていいと思う」

 

 すると、生き物は震え始めた。口元を見れば泣いているとわかる。

 

「燃えなくてもいい」

 

 ロビウスがそう言うと、生き物はわずかに頷いてみせる。そして生き物は見えもしない天井を見上げ、そのまま動かなくなった。ロビウスはその肩に額を乗せて鳥のような手を強く握りしめる。そして頭を上げると、杖を抜いてこの冷たい部屋から出ていった。

 その晩、屋敷は大火事になった。

 

 

 

 1891年

 この日は、ホグワーツにてフィグ教授の追悼式がおこなわれた。

 ロビウスは30歳になり、息子のミナスもホグワーツに入学して一年目の終わりも目前だった。彼は隣に座るガールフレンドと共にスリザリン寮のローブを着ている。

 帰りの列車が来るのをホグズミード駅で待っている親子は、ベンチに座って地面を眺めている。すると親子の前に上質な背広にローブ姿の男が二人、向かって見下ろしてきた。ひとりがバッジを出す。

 

「魔法法執行部です。ロビウス・イェレンガルドとその息子のミナスですね」

 

 するとミナスとガールフレンドがゆっくり顔を上げ、その後にロビウスも続いた。

 

「あ、どうも」

 

 とロビウス。

 

「お父上のフィリップさんが目を覚ましました。あなたを訴えるそうです」

 

「親父.....10年越しに目を覚ました?」

 

「12年になります」

 

「あんたら民事不介入でしょう」

 

「フィリップさんは屋敷の火事で中毒になり昏睡状態に、現在は意識を取り戻しましたが後遺症も見られます。彼は、あの火事はあなたが故意に起こしたものだと主張しています」

 

「なるほど刑事事件になったのか。当時も言ったけどあれは実験で生まれた不死鳥人間の発火による……」

 

「発言は法廷でお願いします。杖を渡してください」

 

「わかった。懲戒尋問までは日数があるよな、息子に親父の医療記録を調べさせてほしい」

 

 ロビウスは杖を抜くと闇祓いに渡す。

 

「は? 僕?」

 

 ミナスは厄介そうにしかめっ面をした。

 

「頼むよ、俺は身柄を拘束される」

 

「その依頼は聖マンゴまでお願いします。親族であることを証明する必要があると思いますが」

 

 闇祓いは杖を受け取ると、ロビウスの両腕を拘束呪文で縛った。

 

 

 

 暗い石造りの法廷は円状に並ぶ椅子の段に囲まれ、そこに梅色のローブを着た魔法使いや魔女達が座っていた。真ん中にある椅子にロビウスは座らされ、両腕は鎖で肘掛と接続された。

 

「大きくなったな、ロビウス。隣にいるのは息子か?」

 

 車椅子のフィリップは顔の左半分に醜い火傷が出来ていた。それをロビウスが黙って見ていると、フィリップが自分の顔を指して笑う。

 

「癒者は治療できないとさ、呪いの火によって焼けたからだ。不死鳥の涙は私が眠っている間に在庫を切らした」

 

 すると、尋問官席の男性がガベルを叩く。

 

「静粛に。懲戒尋問をはじめる。1891年7月13日、被告ロビウス・イェレンガルド。罪状は1879年8月に起きた火災事件時における放火及び傷害。被告人供述をどうぞ」

 

 ロビウスは両腕を繋がれた鎖から、視線を尋問官に向けた。

 

「当時も言った通りあれは不死鳥人間の発火による事故です。もし誰かに責任があるのでしたら、それは燃えた本人か、管理不足の父、フィリップ本人です」

 

「彼は証人ですか?」

 

 尋問官がミナスを指すと、彼はロビウスを見てキョトンとする。

 

「息子です。当時その場にいましたが、まだ乳幼児だったので証人にはならないと思います。一応、当時の鑑識記録はそちらにあると思います」

 

 ロビウスが答えると尋問官は書記と小声でなにやら話し合い、そしてまたロビウスを見た。

 

「では検察側の主張に入りますが、まずこちらの証人として、申告者であるフィリップ・ヘルメス・オーケン・イェレンガルドを当法廷に召喚します」

 

 尋問官が目を合わせた車椅子のフィリップは、軽く頭を下げた。

 

「検察側証人、供述をお願いします」

 

 尋問官が言うと、フィリップが口を開いた。

 

「癒者はこの傷を悪霊の火によるものと断定した。明らかに魔法使いが意図して放火した。そして、あの屋敷にいた魔法使いは私の他にロビウスと、まだ赤ん坊のミナスしかいなかった」

 

「被告人、反論はありますか」

 と尋問官。

 

「それは当時の検証結果と違いますよね」

 

 ロビウスが言う。

 

「不死鳥人間が燃えたと証言したらしいが、それは嘘だろ?」

 

「嘘じゃない。現場検証で放火でないことは認められたはずです」

 

「不死鳥人間が燃えたという証言を法執行部は信じたのか?」

 

「そう」

 

「笑えるな。不死鳥の炎がどんなものかろくにわかってない法執行部の分析に信憑性があるか? 今でさえ、魔法省による魔法生物への理解は著しく乏しい」

 

「父さ……フィリップ・イェレンガルドさん、あなたの傷の原因が悪霊の火だと診断した癒者を証人として呼ばなかった理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 

「彼は忙しい」

 

「不死鳥の涙の生産を成功させたことにはじまり癒学会で顔が効くようになったあなたが、10年も眠らされ……失礼、12年も眠らされたのに、尽力してくれないと」

 

「そうだ。癒者は患者の命を優先しなければならない、意識を取り戻した私よりそっちが大事だろう」

 

「あなたはまだ完治していないでしょう。後遺症があると聞いてますが、聞くところによると、部分的に記憶がないのだとか」

 

「あの癒者私の記録を見せたのか? ああ通院している。もちろん呼べるなら来てもらった」

 

「せめて手紙でも送ってもらえばよかったでしょうに。そもそも記憶障害者の証言を法廷で有効としていいのですか?」

 

「揚げ足取りかロビウス、そういうお前の記憶はしっかり鮮明と見た。尋問官! 被告人に対し、当時の記憶の提出を求める」

 

「記憶は改変が可能なため証拠として扱えません」

 と尋問官。

 

「私の記憶も提出しよう、照合してほしい」

 

「……それであれば認めます」

 

 と尋問官。

 

「記憶障害者の記憶を?」

 

 ロビウスが言う。

 

「両者の記憶に共通する部分は証拠として信憑性があります」

 

「なるほど。いいのか、俺の記憶を提出しても。それなら俺は全て見せるつもりだよ」

 

 ロビウスがそう言うと、フィリップは急いで尋問官を見る。

 

「今回の証拠以上の提出は不要だ」

 

「本件の事情に大きく影響するものであれば認めます。それも両者の記憶が必要になりますが」

 

 と尋問官。

 

「ええ、大きく影響しますね」

 

 ロビウスがそう返すと、尋問官は職員に手で合図した。職員がひとり出てくると、杖を抜いてロビウスの頭に突き立てる。

 そのときフィリップが大きく両手を挙げた。

 

「私が嘘をついた! 屋敷が燃えたのは不死鳥人間の発火が原因で間違いない!」

 

 彼の発言に法廷はざわつく。尋問官は真っ直ぐフィリップを見続けた。

 

「その発言に間違いはないですか。ロビウス・イェレンガルドの発言は記憶の提出を中断する理由をあなたに与えるためものと思われ、明らかにあなたにとって都合が悪い故に嘘をついているかのように受け取れますが……」

 

「いいや本当だ! たしかに都合は悪いが、プライベートな話まで見せる必要はない。今回私は、私的な事情でロビウスを貶めたかったからこんなことをした。ロビウス、私の負けだ」

 

「法廷で嘘をついたと認めるのですね」

 

「ああ、その罪は償う」

 

 フィリップに少し笑顔が見えた。ロビウスはそれを逃さなかった。

 

「それだけじゃないです。閉廷後、記憶を別件として提出します」

 

 ロビウスが尋問官にそう言うと、突然フィリップが車椅子から立ち上がって杖を抜いた。彼はロビウスたちに向けて鎖を飛ばしたが、記憶を抜こうとした職員が杖を振ると、鎖は弾き返され勢いよく回転しながらフィリップの足に当たり、ドスッと重い音が響く。彼は地面に倒れ、膝の関節が変な方向に向いていた。

 ロビウスは平静を保ちながら、倒れるフィリップから尋問官の方へ視線を移す。

「引き続き私は無罪を主張します。本件について自分からの供述は以上です」

 

「では、挙手による採決をはじめます」

 

 尋問官はそう言って、フィリップを車椅子に拘束する職員たちからロビウスの方に向き直った。

 

「被告人の有罪に賛成の者」

 

 すると、梅色のローブの人たちの中から数人の手が挙がった。

 

「では、被告人の無罪に賛成の者」

 

 今度は、ほとんどの人の手が挙がった。

 

「無罪賛成に過半数以上の票が入ったため、被告人を無罪放免とする」

 

 尋問官がガベルを叩いた。梅色のローブの人たちは立ち上がって法廷を後にする。

 フィリップは自身を車椅子に縛り付けるロープを杖も持たずに解除させると、地面に崩れ落ちてロビウスの方へ這っていこうとした。そのとき職員たちががまた杖を振り上げたが、ロビウスが手を挙げて止めさせる。

 

「二度と俺たちの前に現れないで。それなら訴えは起こさないから」

 

 ロビウスの条件を聞いてフィリップは焼け痕のついた醜い顔で唸りながら、くらげのように曲がった足を引きずり、食いしばりながら笑った。

 

「クソガキが……」

 

 法廷は静まり返った。

 

「さぁ行こうか、自由になろう」

 

 ロビウスがそう言いながらミナスを手招きした。親子は地面のフィリップを見下ろす。

 

「ありがとう父さん。さよなら」

 

 ロビウスはボソッとそう言うと、息子を両腕で包み炎を上げる。法廷にいたフィリップを除く全員が何事かと警戒したが、その頃には親子は炎と共に消えていた。みんなが唖然とした。

 

○

 

 

 ロビウス老人は憂いの篩から崩れ落ちた。

 

「父さん、無理しないで」

 

 40代のミナスがロビウス老人の腕に手を添える。

 

「無理する価値しかない……記憶が消えるかもしれないんだ」

 

「でも父さん、僕は消えなかった」

 

「いいや気づいてないだけだ!」

 

 ロビウス老人はふらつきながら天蓋付きのベッド伝いに小さなタンスへ向かうと、そこにあったレンダの写真の下に置かれた真紅色の羽根を取る。飛んでいかないように黒い石と紐で縛り付けられていた。

 

「俺がミナスにこれを渡したとき、お前はこれになにも感じなかった」

 

「これ、覚えてるよ。父さんの妹の羽根」

 

「ほら覚えてない!」

 

 ロビウス老人は泣いているようだった。

 

「ごめん、覚えているつもりだった」

 

「いや違う、責めてるわけじゃない。これは、恐怖から流してる涙だよ。忘れるのが怖い……」

 

 ロビウス老人はタンスにある小瓶を取ると、中身を飲み干した。

 

 

○

 

 

 1916年

 連合軍とドイツ軍が戦う戦線は辺り一面灰色だった。45歳になるロビウスは英国陸軍の制服を身にまとい、首から深紅の羽根が付いたネックレスを下げている。彼は羊皮紙を片手に悪臭の漂う塹壕の中を大股で歩いていた。

 

「テセウス・スキャマンダー!」

 

 ロビウスが叫ぶと、疲弊した若い男性が振り向いて立ち上がる。彼はマグルの兵士の腐敗した足に薬をかけているところだった。

 

「なんだ」

 

 テセウスと呼ばれた若い男性が返した。

 

「大臣直々の帰投命令だ、おまえたちの行為はエバーモンド法に反する」

 

 そのとき、近くにいたライフルを肩に下げる二人の兵士が杖を抜いてロビウスに突きつける。マグルだと思っていたロビウスは不意をつかれた。

 

「やめろ」

 

 テセウスが二人の兵士に言うと、彼らは杖を下ろす。ロビウスは羊皮紙を広げて大臣のサイン入り命令書であることを見せた。

 

「知っているだろうが、この戦いに魔法使い又は魔女が介入することは禁じられている。これは国際魔法使い機密保持法違反を防止する目的でイギリス魔法省が2年前にとった措置だ、全員今すぐ帰投しなさい」

 

 ロビウスが言うと、兵士がひとり鼻で笑う。テセウスは命令書に目もくれずロビウスを真っ直ぐ見たまま近づいてきた。

 

「ここはイギリスじゃない」

 

 と、また別の体調が悪そうなマグル兵士に違う薬を飲ませるテセウス。兵士は両耳から煙を吹きながら顔色が改善した。

 

「帰る場所がなくなるぞ」

 

 とロビウス。

 

「私たちはドイツ側の魔法使いが機密保持法を犯しかねない作戦を計画しているという情報を掴んだ。これはそれを防ぐ作戦の一環なんだ」

 

「それなら今すぐ帰投し、報告しなさい。情報が事実ならあとは国際魔法使い連盟が対処する」

 

「それでは手遅れになりかねない。それに……」

 

 テセウスは周りを指さした。多くのマグル兵士が病に苦しみ、中には動かない者もいる。

 

「彼らを見捨てるわけにはいかない。これが罪だというなら、私は帰って潔く罰を引き受ける。クラウチ、一緒に。マッキンタイアは引き続き衛生処理を」

 テセウスの意思は固く、クラウチと呼ばれた兵士と共に塹壕の中を歩いていき、マッキンタイアはポーチを開けながら顔色の悪いマグル兵士たちのところへ戻った。残されたロビウスはすぐテセウスらの後を追う。

 

「もうひとつ聞きたいことがある、ミナスという男を知ってるか? ミナス・イェレンガルド」

 

「なぜ聞く、弟か」

 

 と歩き続けるテセウス。

 

「息子だ」

 

「目的は彼か。悪いが力にはなれない忙しいものでね」

 

「知ってるんだな」

 

 するとテセウスは足を止めてロビウスと向き合う。クラウチは一瞬振り返ったがそのまま歩いて行った。

「ミナスも任務中だ、邪魔させるわけにはいかない」

 

 テセウスはそう言うとロビウスが返す前にまた歩きはじめた。

 

「俺はおまえらを連れ帰るよう命令されている!」

 

「では共に帰ろう」

 

 テセウスは振り向きもせず返した。

 ロビウスの説得も虚しく、翌日、戦線の魔法使いたちは、マグルが互いに砲撃を繰り返す雨の中、鉄条網の間を走り抜ける兵士たちに続いた。テセウスらも塹壕から出ようと上がるとき、後ろからロビウスがコートの裾を掴んだ。

 

「お前らの行動が生むリスクを考えたことはあるか?」

 

 そう言うロビウスをテセウスは見下ろし、登りかけたハシゴを降りる。

 

「行動しないことのリスクも考えた上での判断だ。罰を受ける覚悟はある」

 

 とテセウス。

 

「せめてミナスの場所だけでも教えてくれ」

 

「それは諦めろ」

 

 そのとき塹壕の上からクラウチがこちらを覗き込んできた。

 

「おい、キャベツ野郎どもがそこまで来ている」

 

 彼は向き合う二人を見て塹壕に降りると、ロビウスをテセウスから引き離し、土嚢の壁に押し付ける。

 

「ここは戦場だ、邪魔するやつは敵と見なす。わかったかオッサン」

 

 そう言うクラウチの目を、ロビウスは黙って見た。睨んでいるわけではないが、クラウチはその顔を見て不愉快そうに鼻で笑う。

 

「帰らないなら手伝え。そのときは仲間だ」

 

 クラウチはライフルを担ぎ直すと塹壕から出ようとハシゴに足をかけた。ちょうどそのとき、上から現れたドイツ兵がこちらにライフルを向けてきた。テセウスが保護呪文を張るが、相手が引き金を絞る方が速く、弾はロビウスの胸に入る。

 

「エクスペリアームス(武器よ去れ)!!!」

 

 クラウチが唱えると送弾中のドイツ兵の手からライフルが飛ばされ、続けてテセウスが杖から失神呪文を放ちその兵士を気絶させた。その兵士の後ろからマッキンタイアが現れ、塹壕に滑り込む。

 

「もうそこまで来てるぞ。敵陣に乗り込んだ友軍がガス爆弾にやられた、最近のマグルの武器は頭おかしい」

 

 マッキンタイアは少し動揺していて、ロビウスが被弾したことに気づくまで少しかかった。

 クラウチは、弾を受けて塹壕にもたれかかり苦痛に唸るロビウスの頭を支える。

 

「頼む助けてくれ、嫌だ……」

 

 ロビウスはバッグを取ろうとしたが、テセウスがその腕を下ろさせた。

 

「ハナハッカ・エキスを出せマッキンタイア」

 

 テセウスは杖をロビウスの胸の銃創に向ける。

 

「アクシオ(来い)」

 

 何も起きなかった。

 

「貫通したな。マッキンタイア! ハナハッカ!」

 

 テセウスが再度強く言うとマッキンタイアは急いで小瓶を出し、それをロビウスの銃創にかけた。クラウチはロビウスに対してシーッと息を吐いておとなしくするよう促す。

 

「衝撃でぐちゃぐちゃになった肺が再生するが、食らったときよりはマシさ」

 

 クラウチの言葉はなんの気休めにもならなかった。傷口から緑がかった煙が発生し、そして被弾時ほどではなけれども痛みが伴いロビウスは唸る。最終的に傷は痕を残して塞がった。

 ロビウスが痛みに適応しようとするのも束の間、今度は数人のドイツ兵が地上から塹壕を見下ろして火炎放射器を放った。クラウチは炎を浴びると同時に姿くらましをし、テセウスもあと二人を連れてクラウチに続き別の塹壕に姿現しするが、マッキンタイアも頭から炎を浴びていた。炎を払おうと全身を叩く二人にテセウスが杖を向ける。

 

「アグアメンティ(水よ)!」

 

 テセウスは杖から水を出して消火を試みようとしたが消化されず、ロビウスも二人に杖を向ける。

 

「テルジオ(拭え)」

 

 するとクラウチとマッキンタイアの身体中に染み付いた燃料油が全て地面に流れ落ち、彼らは燃える地面から逃げるようにテセウスの杖先から噴き出る水の下へ飛び込んだが、丸焼けで呼吸も辛そうだった。

 

「ハナハッカは……足りてるのか?」

 

 ロビウスがは肩から下げていた革のバックを降ろしながら言った。

 

「正直、少ない」

 

 とテセウス。

 

「だと思った」

 

 ロビウスはバックから小瓶が包まれたロールケースを出す。

「ハナハッカを持ってきたのか?」

 

 テセウスはロビウスの作業を見ていた。ロールケースに並んだ大量の小瓶のひとつが取り出されると、杖先を瓶の下にかざして火をつけはじめる。

 

「これを吸うんだ。まず肺を再生させるけど、痛みは焼けたときよりはマシだよ」

 

 ロビウスの言葉にクラウチはヒューヒューと苦しそうに笑いながら前屈みになり、小瓶の中で沸騰する薬を吸い込んだ。すぐにクラウチは銃床の焼けたライフルを立てて立ち上がろうとしたが、焼けた身体が悲鳴をあげてそれをマッキンタイアの足に落とした。

 

「テセウス! マッキンタイアの息がない!」

 

 ロビウスが叫ぶ。するとクラウチが地面を這いながらマッキンタイアの横に来て、黒く爛れた手で彼に触れた。

 

「マッキンタイア……起きろ……起きろよ!」

 

「ちょっとどいて」

 

 ロビウスはクラウチを退けてマッキンタイアの焼け付いた硬い口を開かせると、喉に小瓶の薬を流し込む。

 

「なんだそれ……効くのか?」

 

 とクラウチ。

 

「あなたには効いたでしょ。生きていれば傷跡も残さず再生するはず」

 

 だが、マッキンタイアに変化はなかった。

 

「ちくしょう!」

 

 クラウチはマッキンタイアの胸を殴る。

 

「すまない、間に合わなかった」

 

 ぬかるんだ地面に座り込んだロビウスが、クラウチの背中に手を当てながら言った。

 

「マグルの方が先にドラゴンを戦線投入してくるとは」

 

 テセウスがぼそっと呟く。

 

「先に? ドラゴンを使う計画があったのか?」

 

 ロビウスが顔を上げた。

 

「ごめん忘れてくれ。聞いていいのかわからないけど、その薬、なんなんだ」

 

 テセウスが指した空の小瓶を見て、ロビウスはそれを投げ捨てる。そのとき、小瓶が落ちた先に別の兵士が立っていることに気づいた。英国陸軍の制服を着た彼は、ミナスだった。

「不死鳥の涙だよ……」

 

 ロビウスはミナスと目を合わせたまま、テセウスにそう返した。ミナスはすぐ塹壕を歩いて去り、ロビウスは急いで後を追う。

 

「ミナス!」

 

 ロビウスが呼んでもミナスは足を止めない。

 

「ミナス待て! ここに来ることを奥さんが許したのか?」

 

「着いてくるな!」

 

 ミナスは見向きもせず怒鳴った。ロビウスは肩を掴むと無理矢理足を止めさせ、ミナスは振り返ると同時にロビウスを殴る。ロビウスは泥濘む地面に崩れ落ちた。

 

「これを付けるな」

 

 ミナスは屈んでロビウスのネックレスに付いた羽根に人差し指を立てる。

 

「お前の母さんの羽根だ」

 

「そして親父の妹の羽根だ! 気持ち悪いんだよ」

 ミナスはそう吐き捨てると、立ち上がって泥だらけのロビウスを置いていった。ロビウスは倒れたままその背中を黙って追うことしかできなかった。

 

 

 

 1919年

 聖マンゴ魔法疾患傷害病院のとある病室は朝から荒れていた。ひとりの患者が暴れて病室を飛び出すと、彼は廊下の上の方をなにか恐ろしいものでもいるかのように警戒しながら走り、時々全身になにか着いているかのようにそれらを払おうとする。ライムグリーンのローブを着た癒者と看護婦が彼を止めようと手を伸ばしたとき、男は癒者を殴って看護婦から杖を奪った。

 

「エクスペリアームス(武器よ去れ)! 近寄るなキャベツ野郎!」

 

 男の呪文で癒者はさらに吹き飛ばされ、男は病院のフロントまで走った。そこで体の大きな看護師に捕まるが、男は彼に杖を突きつける。

 

「離れろ!!!」

 

 看護師は大人しく彼を放すと、両手を上げてゆっくり後ずさる。男は自分を囲む従事者や患者に杖を向けて自分に近づけないようにした。

 

「俺を家に返せ!!!」

 

 そのときフロントの暖炉から緑の炎が湧き上がり、男はそれを見ると突然地面に崩れ落ち、また全身を払いながら暖炉から離れようとする。緑の炎はその中からロビウスを召喚した。彼はベージュのアルスターコートとフェドラハットでマグルのような装いをしていて、手にスーツケースを持っている。

 

「クラウチ!」

 

 ロビウスが早歩きで男に近づく。

 

「近寄るなもう十分だろ俺はもう丸焦げだ!」

 

 男は杖をロビウスに向ける。

 

「クラウチ! 武器を置け!」

 

 再度ロビウスに名を呼ばれ、男は彼がかつての戦友であることを認識すると、杖をゆっくり下ろして地面に置いた。

 

「よし起きるんだ」

 

 ロビウスはクラウチを立たせる。

 

「休め」

 

「フルガーリ(閃光)!」

 

 突如今放たれた呪文は、先程クラウチに吹き飛ばされた癒者が放ったものだった。クラウチは両手を光る魔法の紐に縛られる。

 

「バーナバス・クラウチ!」

 

 癒者が怒りの形相でクラウチに近づくが、その間にロビウスが立った。彼は紫色の手帳を出して癒者に見せる。

 

「帰還魔法兵士福祉局です」

 

「そんな部署聞いたことありませんね」

 

「終戦後、臨時設立されました。クラウチ氏が入院したと聞いて訪問しましたが、タイミングが良かったみたいですね」

 

 ロビウスは、痩せこけて目に濃いクマがあるクラウチがふらふらするのを腕を掴んで支えるが、クラウチはその手を振りほどいた。周りの人々はまだ彼から目を離さない。

 

「なぜ彼の行動に異変が起きたのですか」

 

 とロビウス。癒者は杖をしまうとクラウチを見た。

 

「シェルショックですよ。フランスから還った人に見られるのですが、一般的に砲弾の衝撃波が原因といわれています。でも彼の場合近くに着弾はなかったので、焼かれた際に煙を吸ったことが原因と考えています」

 

「肺は沸騰させた不死鳥の涙を吸わせて再生させたはずです」

 

「でも脳は再生させませんでしたよね」

 

「ここで再生させなかったんですか?」

 

「しましたが、恐らく時間が経ちすぎていました。ここまでが限界です」

 

「他に原因があるのでは? 精神的な障害の可能性もあるでしょう」

 

「そうだとすれば根本的に彼が弱い人間であることが原因です。それは魔法でも治せません」

 

 そう言うと癒者は拘束されたクラウチに杖を向けて彼を自分の方へ『呼び寄せ』た。

 

「では、治療は断念して帰すと?」

 

 ロビウスが言うと、癒者は一瞬笑う。

 

「彼に帰る場所なんかありませんよ。誰が引き取るんです? 親族は兄のクラウチ議員だけですが、ここにバーナバスを入れたのは彼ですよ」

 

「いえ、局が引き取ります」

 

「ではクラウチ議員に……」

 

 そのとき、ロビウスは癒者に杖を振った。すると癒者は手足をまっすぐ伸ばして硬直し、倒れる。

 

「わお、やるな」

 

 とクラウチ。

 

「行くぞ」

 

 ロビウスは杖をしまうと、拘束が解けたクラウチの腕を掴んで引っ張ると暖炉に向かう。

 

「やめろやめろ、火は嫌だ火は嫌だあああああ!!!」

 

 クラウチが喚く中、二人は暖炉の中で緑の炎に包まれて消えた。

 二人が現れた先は古い屋敷の暖炉で、ロビウスは暴れるクラウチの手を引っ張りながらホコリだらけの床に置いてあるバケツに片足を突っ込んだ。するとバケツと一緒に二人は吸い込まれ、今度は野原に放り出された。

 

「マッキンタイア……死ぬな…… 」

 全身を掻きむしるようにもがくクラウチ。ロビウスはそんな彼の肩に手を置いた。

 

「バーナバスここはイギリスだフランスじゃない。大丈夫、武器を下ろして休め」

 

 するとクラウチは次第に落ち着き、くしゃくしゃになった前髪の間からロビウスを見上げた。

 

「最初からポートキーで良かっただろ!!!」

 

 クラウチが怒鳴る。

 

「跡をつけられると困るから経由した。闇祓いに追われてる」

 

「なんで? それなら、俺を巻き込むなよ!」

 

「よくわかんないけど、俺は反逆行為をしたらしい。あんたも本来ならあそこに永遠に隔離されることになってた。だから逃げるんだよ」

 

「魔法省に務めてんじゃなかったのか?」

 

「いや?」

 

「じゃあなんだよ、帰還魔法兵士なんとか局って」

 

「ああ、デタラメ言った」

 

「クソ……やってんな」

 

「とりあえず帰る場所がないから、マグルのパブに泊まるよ」

 

 ロビウスは落ちたスーツケースを拾い上げると、ひとりで草原を歩きだして未舗装の道路に出る。その後ろをクラウチが距離をとったまま着いてきた。

 やがて木々に囲まれた石造りのパブが見えてきた。建物の裏手に小さな厩舎があり、二頭の大きな馬が繋がれ、それぞれに黒革の馬具が取り付けられていた。

 二人がパブに入ると、店主と客の視線が一気に集中する。ロビウスはマグルにも馴染むベージュの長いコートを着て帽子を被っているが、クラウチは聖マンゴの患者衣のままで寒そうにしていた。そんな二人から断固目を離さなかったのは、黒い制服を着た二人の男性警官だった。バッジの付いた高いヘルメットが目立つ警官二人は、カウンター席から立ち上がってロビウスたちに近づく。

 

「こんにちは」

 

 とひとりの警官。

 

「どうも」

 

 ロビウスは軽く返すとパブの女性店主と目を合わせた。するとその警官がロビウスの肩に手を置く。

 

「ちょっといいかな」

 

「なんですか」

 

 ロビウスは右手を左袖の中に忍ばせながら警官と目を合わせる。クラウチはこの状況にため息を着いた。

 

「どこから来た」

 

「ロンドンです」

 

 ロビウスが警官の質問に答える。

 

「彼は病院でも脱走したのかな?」

 

 警官はクラウチを見る。

 

「彼はまあ、そんなところです。お二人はフランスには行かれました?」

 

「行ったとも。なぜ」

 

「私も彼も行きました。1916年に。彼は退役後シェルショックで入院していましたが、退院できる状態になっても政治家の兄が圧力をかけて、病院に閉じ込めていたんです」

 

 ロビウスの説明に、警官二人はクラウチと目を合わせる。

 

「……俺の友人にも同じ症状のやつがいる。その兄もフランスに?」

 

「いえ行きませんでした。シェルショックの弟を恥に思った兄は彼に不当な扱いをしたんです」

 

 すると、警官らは一歩下がった。

 

「酷い兄貴だな。あの戦いの過酷さを知りもせずそんな仕打ちができるとは。だが、それは作り話かもしれない」

 

「本当ですよ、友人として救い出せるのは自分しかいないと思ったんです。これは当時の写真です」

 

 ロビウスはコートの裏ポケットに腕を肘まで突っ込むと、中から一枚のモノクロ写真を出して警官に見せる。

 

「すごい、動いてるぞこの写真」

 

 二人の警官は受け取った写真を見て驚き、クラウチはロビウスの失態に呆れたように天井を見る。それに気づいたロビウスは袖から杖を抜いていた。

 

「オブリビエイト(忘れよ)」

 

 すると警官らは呆然とし、周りの客らも最初からロビウスたちに気づいていなかったかのように各々の会話を始めた。

 ロビウスは警官の手から写真を取り返すとコートの裏ポケットに戻す。

 

「いえいえ、こちらこそお手間をかけさせてしまい申し訳ありません。それでは」

 

 警官にそう言い残したロビウスはカウンターの女店主のところへ移動した。

 

「宿の空きあります?」

 

 女店主はロビウスをじっと睨むと、壁に掛けてある鍵を取ってカウンターに置く。

 

「3シリング。2人分の朝食付きなら5シリング」

 

「夕飯も付けてほしい」

 

「あいよ7シリングね。2階3号室。暖はここでとりな、燃料が高いから」

 

 ロビウスは外側のポケットに手を入れ硬貨を出すと、それを数えてカウンターに置き、鍵を取った。

 

「ありがとう」

 

 ロビウスとクラウチはそのまま階段を登った。

 

 

 

 聖マンゴ魔法障害疾患病院のフロントの暖炉が緑色の炎を上げた。そこから現れた二人の男は長いコートを着ていて、ひとりはフェドラハットを、もうひとりはキャスケット帽を被っている。ハットの男はバッジを受付の女性に見せた。

 

「闇祓いだ、通報を受けて来た。暴走した患者と逃げた男について知りたい」

 

 受付の女性は頷くと、小さな紙に羽根ペンでなにか書いて近くのフクロウに咥えさせた。

 

 

 

 その日の夜、ロビウスとクラウチはパブの宿でベッドの間に置かれた鋳鉄製のガスストーブに足を向けていた。その小さな椅子のようなストーブにクラウチは興味津々だった。

 

「これなら問題ないでしょ、火は見えないし」

 

 ロビウスが使われない暖炉を見ながら言った。

 

「お前の私物か?」

 

 とクラウチ。

 

「そう。魔法は使ってないよ」

 

「マグル製なのか?」

 

「数年前から見るようになったかな。煙突は時期に魔法族の移動手段でしかなくなるかもね」

 

「移動キーだけでいい、炎は勘弁だ」

 

 

 

 ある日、ロビウスとクラウチは長期旅行に出かけたマグルの家で生活していた。その家は部屋中が電気で灯されていて、このマグル技術の進歩に二人はもはや慣れてきていた。

 突然、なにかが戸を叩くような音がした。ロビウスとクラウチは杖を抜くと玄関に向かい、ステンド窓から外の影をうかがうが、何も見えない。クラウチがゆっくりドアを開けると、隙間から硬貨が数枚飛んで入ってきて、ラックにかけられたロビウスのコートのポケットに滑り込んだ。ロビウスはそのポケットに手を入れて硬貨を取る。

 

「7シリング……見つかった」

 

「カネ無くしてたのか?」

 

 とクラウチ。

 

「違う闇祓いに見つかった!」

 

 ロビウスはすぐリビングに向かって荷物を取りに行くが、そこには既に長いコートを着た男が二人立っていた。ひとりはフェドラハットを、もうひとりはキャスケット帽を被っている。ロビウスは二人と目が合った瞬間に振り返ってクラウチの腕を掴んだ。

 

「すまん目を瞑って」

 

 そう言ってロビウスはクラウチごと全身を姿くらましの炎で包むが、ハットの男がロビウスの反対の腕を掴んだ。

 

「どこへ行く?」

 

 ハットの男が言う。ロビウスは掴まれた腕を見ると諦めて全身の炎を収め、クラウチはうなされながら地面に倒れた。ロビウスの腕には鎖が巻かれ、袖に忍ばせていた杖も没収された。

 

「見事な演出だ、その炎」

 

 これは別の男の声だった。二人の闇祓いの間から襟先の丸いアルスターコートを着た男が現れた。

 

「トラバース久しぶり」

 

 とロビウス。

 

「イェレンガルド。そして、バーナバス・クラウチ」

 

 トラバースと呼ばれた男は地面でもがくクラウチを見下ろす。

 

「拘留中に逃亡するとはなイェレンガルド。省内で姿現しはできないはずだがどうやって」

 

「そもそも不当な拘留だった」

 

 ロビウスが返す。

 

「先の大戦で英雄テセウス・スキャマンダーの任務を妨害した」

 

「帰還命令書は探したのか? 何度も言うけどあれは省の遣いで行った」

 

「調べたが、そんな記録はなかった」

 

「どうせ部下にやらせたんでしょ、大臣直々の命令書があるはずだ。テセウスと話せばわかるがなんで彼を呼ばなかった」

 

「彼は忙しい。大臣直々といえば、君を指名手配したのはエバーモンド大臣だ」

 

 それを聞いたロビウスは一瞬固まる。

 

「そういうこと……世論を味方につけるための手のひら返しというわけか」

 

「裏切り、者め……!」

 

 地面のクラウチが食ってかかるが、トラバースは彼を見下ろしたまま懐の中から羊皮紙を出す。

 

「クラウチ、君は自由の身だ。英雄だからな。聖マンゴから出て良いと君の兄上から言伝を預かった」

 

 トラバースが投げた羊皮紙はクラウチの顔に落ち、クラウチは唾と一緒にそれを吹き飛ばした。

 

「……パフスケインにケツ穴掘らせとけ」

 

「兄上からはもう一つ言伝がある。全て許す、と」

 

 それを聞いたクラウチは突然冷静になる。そして、ゆっくりロビウスの方を向いた。

 

「ロビウス……一旦帰りたい」

 

「それでいい」

 

 トラバースは満足そうにして、ロビウスの方を向く。そして杖を振ると、ロビウスの鎖で巻かれた両腕の手首に金属の輪がついた。

「アドモニターだ、これで君が魔法を使えば私に知らされる。次脱獄したら後悔することになる」

 

「魔法省も落ちたものだな」

 

 ロビウスは腕輪を見ながら鼻で笑う。

「諦めろ、これで終わりだ」

 

 トラバースは杖をしまうとロビウスの腕を掴み、姿くらましで連行した。

 

 

 

 1925年11月

 ミナスの一家はロンドン郊外に暮らしていた。

 壁棚に飾られる写真のうちのひとつに、学生時代のスリザリン寮ローブを着たミナスとハッフルパフ寮ローブを着た奥さんが写っていた。二人が笑いかけてくるその写真が入れられた額縁のガラスに、少女の顔が壁のガス灯に照らされて映る。彼女はその額の隣に、しわくちゃになった手紙を綺麗に伸ばして置いた。

 

『親愛なるイェレンガルド殿。

本日午後7時43分、非魔法族の居住地区にて貴殿によるオパグノの呪いの使用が検知されました。当件は1875年制定の未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令C項及び、国際魔法使い機密保持法第13条に違反した疑いがあるため、貴殿は魔法省の懲戒尋問へ出席するものとします。尋問は11月30日午前9時から、魔法省地下10階にておこなわれます。くれぐれも遅れることのないようお願い申し上げます。

敬具

魔法省 魔法不適正使用取締局 ジナイダ・レダ』

 

 少女が満足気に壁棚を見ていると、リビングから父親のミナスの声が聞こえた。

 

「退学になって正解だ」

 

「あの子の未来がこれで消えたのよ」

 

 お母さんの声だ。

 

「近所の男に自分を襲わせたんだぞ、あの子はどこかおかしい。危うく死ぬところだった」

 

「死んでもやりなおせるわ! でも社会の評価は変わらないの!」

 

「君はなんて母親だ! 何度も言ったがあの子に不死鳥の能力はない、生まれてこの方羽の一本も生えなかった。仮に能力があったとして、だからと言って死んでもいいというのか?」

 

「そういうつもりじゃ……感情的になったわごめんなさい」

 

「僕だって再生できるかは未知数だ、なにせ不死鳥人間が死んだ例はまだない。僕でさえ死ぬのは怖いんだ」

 

「それは嘘よ。でなきゃフランスになんて行くはずがないわ。しかも家族を置いて」

 

「再生できたとしても記憶は引き継がれないかもしれない。記憶がなければそれは僕といえるのか? 僕の息子と言った方が正しいかも」

 

 そのとき、リビングに娘が入ってきた。

 

「不死鳥は燃焼日のあと飼い主を忘れるの?」

 

 と娘。革のソファに座っていた夫婦は彼女を見上げた。

 

「いつからいたの」

 

 妻が聞くが、ミナスが遮るように口を開く。

 

「いい質問だね。不死鳥についてもなんとも言えない。覚えてる可能性もあるし、忘れながら覚えてるとも考えられる。鳥の頭の中はわからない」

 

「なにを言ってるの、そもそも不死鳥を飼い慣らすなんてできないでしょ」

 

 と妻。

 

「今のは思考実験だよ」

 

「そうでしょうね。ほら自分の部屋に戻ってなさい」

 

 妻が階段を指しながら娘に言う。

 

「なんで? いつまでも子供扱いしないでよ」

 

「その主張は行動が伴ってからしなさい」

 

 とミナス。

 

「そっちの扱いが変わらないのに行動が変わると思ってるの?」

 

「誰のせいでこんな話をしてると思ってる!」

 

 ミナスが怒鳴ると、娘は黙って2階へ向かった。妻はミナスの拳に手を添える。

 

「あなたの人生は長いかもしれない。私たちは負担にしかならないわ」

 

 ミナスはその手を眺めてから、妻の目を見た。

 

「そんなことない。もし僕が再生して、記憶があってもなくても、家族として迎えてほしい」

 

「それで、あなたはそれを永遠に続けるの? 私たちの子孫の誕生と死をずっと傍で見守るの?」

 

「そうだ」

 

「それで記憶があったら耐えられるの? 慣れるつもり?」

 

「慣れないかもな。慣れることができたとしたら、その僕はきっと心が死んでいる」

 

「でしょ」

 

「それでなにが言いたい」

 

「……あなたは私たちに執着しちゃいけないと思うの。家族を持つことがそもそも間違いよ、だって死なないのに次世代を残す必要がある?」

 

「なんてことを言う」

 

「私間違ってる?」

 

「ああ、間違ってる。君はまるで心が死んだようだ」

 

 ミナスは妻の手を退けて立ち上がり、リビングを出て2階へ行った。妻は少し俯くと、気まずそうに顔を上げて窓の外の男性と目を合わせた。

 

 

 

 1927年

 ロビウスの父、フィリップ・イェレンガルドの火傷痕がついた顔はすっかり老け込んでいた。彼がロビウスの前に現れたの36年前の法廷以来で、ロビウスも白髪の中年になっていた。

 ロビウスが住むロンドン郊外の家にフィリップが訪れ、フェドラハットの下に隠れていたその顔を見たとき、ロビウスは動けなくなった。

 この家はもう48歳になる息子のミナスがひとりで住んでいた。ロビウスがアズカバンから戻る前にはミナスとその奥さん、娘の三人家族写真が沢山飾られていたが、今その壁はボロボロの壁紙だけが残されている。

 玄関前に突然現れたフィリップ老人を前に、硬直する中年ロビウス。その背中を見て怪しんだミナスは誰が来たのか気になって近づくが、フィリップの声を聞いて足を止めた。

 

「お前も──アズカバンを経験したようだね、ロビウス」

 

 年老いた彼は帽子を取りながらゆっくり話す。

 

「どういう風の吹き回しかな。二度と現れないと約束したはずだよね」

 

 ロビウスが冷たい声で返した。

 

「いいや。現れたら訴えると、脅されただけだ。でも話を聞いて欲しい、私は反省した」

 

「帰れ。そもそもどうやってここを見つけた」

 

「ほんとは、レンダを探していた。情報を集めていたら、不死鳥人間の話が、耳に入ってね。君だった」

 

 フィリップは帽子を持つ方とは反対の手に持っていたスーツケースを玄関前に置く。

 

「レンダを……?」

 

 ロビウスにとってとても興味深く、同時に不愉快な報告だった。目の前の老人が過去にしてきたことを思い出しながら、そいつが今レンダを探しているという事実を、受け入れることができない。

 

「私がこれまで集めた、レンダに関する情報を──共有してもいい」

 

 老人が言うと、ロビウスは表情ひとつ変えず、というより表情が変わらないように気をつけながら、彼を家に招いた。老人はスーツケースを持ち上げると玄関に入り、またそれを置く。そして壁にもたれかかった。

 

「何年いたロビウス」

 

「何年?」

 

 ロビウスは睨んでくるミナスと目を合わせないようにした。

 

「アズカバンにだよ」

 

「……7年」

 

「なぜ姿現しで逃げずに、刑期を全うした?」

 

「腕に検知装置を付けられたから逃げても無駄だった。これでも本来は終身刑だった」

 

「なるほどかわいそうに」

 

 フィリップ老人は壁から離れるとコートを脱いだ。

 

「でもあの環境で全てが変わった。アズカバンで俺の姿を人間に保つ薬は提供されない、つまり俺は少しずつ赤い羽に覆われた真の姿を取り戻すことになった。俺はそれを利用し、囚人の一部を信奉者にした」

 

「神になったのは知ってる、新聞は読んだ。なぜ終身刑が7年で出れた?」

 

「見たか。エバーモンドが退任して三年経った頃、俺の姿の話はシャバにも出回った。それを聞きつけた記者がアズカバンまで来たから、魔法省の仕打ちを含む俺の境遇を聞かせたんだ。それで魔法省は渋々俺を出したってわけ。結局、誰も助けに来なかったからね」

 

「ミナスは──助けなかったのか? 親父を」

 

 フィリップ老人がミナスを見ると、彼は下に目を逸らした。フィリップは帽子とコートをラックにかける。

 

「本当はね、ここには革命へ誘いにきた。ロビウス。私たちは──歴史的な瞬間に──立ち会っているのだ」

 

「レンダの話は嘘か?」

 

「いいや、その話もしよう」

 

「革命ってグリンデルバルドのことじゃないよな」

 

 ロビウスが言うと、フィリップは頷きながら指をさしてきた。

 

「勘が鋭い」

 

「嘘だろ帰ってくれ」

 

「思想を、押し付けに来たわけでは──ない。ただ、家族でセッションをしてみたい。好奇心だよ」

 

 するとそこでミナスがため息をつく。

 

「今になって家族ごっこがしたくなったか?」

 

 ミナスはそう言ってキッチンへ姿を消した。ロビウスとフィリップ老人は彼の背中を見送ると、互いに目を合わせる。

 

「……仕方ない」

 

 と老人。

 

「今日はどこから」

 

 ロビウスが聞く。

 

「今朝は、パブで目覚めた。ずっと旅をしている」

 

「じゃあ泊まってくか? ミナスは嫌がるだろうが」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「俺はどっちでもいい。勘違いすんな家族として迎えたわけじゃない、あんたはただの来客だと思ってる」

 

「わかっている、わかっている。ありがとう」

 

 

 

 翌日、ロビウスは早朝に胸騒ぎがして目が覚めた。2階の寝室を全て回っても誰も見えず、1階に降りるとリビングでフィリップ老人の背中がが見えた。キッチンやトイレを探してもミナスの姿はない。仕方なくリビングに戻ったロビウスはフィリップのうしろで立ち止まった。二人の間に、なにか大きなものが焼けたような灰の山があった。

 

「ミナスを見てない?」

 

 そのとき、赤ん坊の泣き声が聞こえた。ロビウスは不思議に思って目を細める。

 

「ここにいる」

 

 そう言ってフィリップ老人は自身が抱える、毛布に包まれた赤ん坊をロビウスに見せた。ロビウスは一瞬放心状態になり、やがて赤ん坊の方へ手を伸ばす。

 

「どういうことだ……」

 

「ずっと試してみたかったんだ」

 

「ミナスを殺したのか!」

 

「そう怒るな。見ろ、元気に生きている──真の不死だ。私の姉のやつは、私を結婚できない哀れな男みたいに、言った。でも、原始的な有性生殖しかできない姉と、その子孫は、カスだ。私は、ニコラス・フラメルより優れた錬金術師として、知られるだろう」

 

「黙れ。殺す」

 

 ロビウスが低くそう言うと目が真っ黒に染まった。

 

「アクシオ(来い)」

 

 ロビウスはフィリップの手から赤ん坊を『呼び寄せ』ると、フィリップを蹴り倒す。赤ん坊は泣き出すが、ロビウスはそれを聞いてさらに怒りの眼差しをフィリップへ向けた。大泣きする赤ん坊を椅子に置き、そして父親の首を片手で掴んで軽々と持ち上げ壁に押し付ける。それでもフィリップは笑っていた。ロビウスは彼を振り回して地面に叩きつけた。

 

「なにがおかしい」

 

「それ……は……投影だ……本物は……隠した」

 

 息苦しそうにフィリップ老人が声を吐くと、ロビウスは赤ん坊になったミナスの方を振り向く。するとそれは腐敗するように膨れながら緑に変色し、破裂して外側から消滅した。衝撃的な光景に動揺すると同時に、ロビウスの怒りはさらに強まった。小さな深紅の羽が首元から顔にかけて生えてくる。

 

「いつのまに開心術を覚えたか。さすが。それで? 本物はどこだクソジジイ」

 

 ロビウスはフィリップ老人の顔面を掴むと引きずり回して机の上にぶん投げた。そこに置かれていた花瓶や燭台が飛ばされ、陶器が割れる音が響く。

 

「私……が……止めなければ……ミナスは、苦しむことになる…………生きたまま、少しずつ……バラされる……永遠に」

 

 フィリップは狭い喉からまだ笑い声を上げ、仰向けになった状態で机からはみ出た頭をダラリと下ろし、逆さまのロビウスと目を合わせた。

 

「お前……は……私に従う……そうだろ?」

 

 笑い続けるフィリップ老人に近づくロビウス。フィリップの上着の懐から見える一枚の写真に気づいたロビウスはそれを手に取った。大きな鳥籠に閉じ込められた赤ん坊が、吸血鬼の夫婦に挟まれて泣いていた。

 

「なにが目的だ」

 

「研究の……再開」

 

 フィリップ老人の唾液が彼の鼻と目に入る。

 ロビウスの手にあった写真は消えていた。

 

 1928年

 車椅子に座って傾いた頭を肩に任せるフィリップ老人は、首から下が動かない。彼の向かいのソファに座っているボウタイを付けた男性は、コートの胸ポケットを撫でていた。

 

「カイロの国際錬金術会議にはご出席されたのですか?」

 

 男性が言う。

 

「招待されなかった。当時私は12年の昏睡状態から覚めたばかりで、脳のダメージから記憶も不完全であった。治療が優先され、研究内容について議論する余裕などなかったのだ」

 

「それは残念ですね。ではこれから聞かせて頂ける内容は、まだ公表されていない研究ということですか?」

 

「成果だけは知れている。聞いたことがあるであろう、不死鳥人間による涙の生産だよ」

 

「噂には聞いています、あなたがそれで成功していた頃僕はまだ生まれていませんでしたが」

 

「その造り方を、公表する。これは君にとっても、大変興味深いはずだ。ロビウス!」

 

 フィリップ老人が隣の部屋に向けて叫ぶと、ドアが開く。そこには中年のロビウスが立っていた。ブレイシーズをぶら下げたズボンを履いているだけで、上半身裸のロビウスは全身に真紅色の羽が生えている。

 

「……噂は本当だったんですね」

 

 男性が言う。

 

「私は、彼らから涙を摘出していた」

 

「……彼はあなたのご子息ですか?」

 

「そうともいえる。血の呪いの原理を用いて、人間と不死鳥を合成し、生み出した」

 

「つまりこの身体は先天的なもの」

 

「その通り」

 

「血の呪いということは、人間の姿に戻ることもできるんですね。だから彼は今まで人目につかなかった」

 

「少し違う、彼は元の姿に戻れなくなったマレディクタスと一緒だ。人間の姿を保つには変身術を用いなければならない。その間不死鳥独自の能力のほとんどは失われるが、人間として生きるには、問題ない」

 

「そういうことですか。最初に"彼ら"とおっしゃいましたが、他にもいるんですか? この……」

 

「双子の妹がいた」

 

「彼女は今どこに?」

 

 男性の質問に、フィリップ老人は一瞬喉を詰まらせる。

 

「質問が多い、スキャマンダーくん」

 

 答えをはぐらかすフィリップは男性から目を逸らした。男性は目を逸らしながら口を開く。

 

「すみません、これを世間に公表するのは気が乗りません」

「いずれ、私がする。どちらを選んでも構わないが、断るのであれば、この革新的な発表に魔法生物学者として協力できる機会を──逃すことになる」

 

「とても興味はありますが、その前に確認しておきたいことがあります。そもそもここまでのことができるあなたは博識と存じますが、どうしてこの期に及んで僕が必要になるのでしょうか」

 

「私の専門は錬金術で、細胞学と遺伝学の知識はあるが、情報が少ない魔法生物の生態や機能の面では、知識が浅い」

 

「つまりあなたの知識はマグルの学問に基づいていますよね、僕の知識と相性が悪いかと……」

 

「学問のなかで相性なんてものがあるのは、人文科学だろう。自然科学はそこに実在するものの法則や理論を確立させたもので、すべてに整合性がとれていなければならない。もしそこで、相性の悪さを目の当たりにしたなら──それはなにかが間違っている。魔法だって、そこにある現象だから、学術的には自然科学に分類される。どの種族が研究しているかなんて関係あるかい? つまり君の知識と私の知識は、新たな発見の、第一歩なのだよ」

 

「マグルの学問は正しい答えを得るまでに大幅な回り道をする傾向があります。時には魔法学的な研究の足を引っ張ることも」

 

「魔法族は結果論的だ。原理の解明をあまりしないから、するべき回り道をしていないにすぎない」

 

「面白い見解ですね。そちらにもお詳しいとは、てっきり噂からあなたはマグルを敵視しているものかと思っていました」

 

「ああ──しているとも。寧ろ君が私に聞きたいのは、それじゃないか? 私の思想」

 

 フィリップ老人は倒れた頭でしばらく男性と目線を交わすと、話を続ける。

 

「ここ数年マグルの学問の進化はとてつもない。魔法族よりも、世界の本質に近づいている。去年フランスの集会に、君もいたね。グリンデルバルドが見せてくれた未来を覚えているだろう、航空機の進化や大量破壊兵器は、こうしてる間にも現実味を増している」

 

「どうでしょう、彼が見せた未来は偏っていて捏造も疑われています。現状を見るからにマグルが脅威になるという話は、プロパガンダの側面を持っているので慎重に扱うべきかと思います」

 

「プロパガンダ──いや、私は目の前で見てきた。例えば、細胞同士は相互作用によって構造化する特性があるが、それを私は60年前に観測していた。ところが、マグルも20年前に、同じものを見つけた。彼らがこれに気づくのは、もう数世紀先だろうと思っていた矢先にだ。マグルが私のように人工的に生き物を造る未来でさえ、そう遠くはない。私には恐怖だよ」

 

「新たな発見が脅威になる可能性は魔法族も同じです。マグルに限定して恐れるのは、あなたの偏った思想が彼らを攻撃する理由を探しているからでは?」

 

「もちろん魔法族も一緒だ。だから、新たな発見が"多い"マグルが恐ろしいのだ」

 

「魔法族のポテンシャルを考えるとマグルが少し多くのことを知ったとしても、脅威になると言うのは大袈裟に思えます」

 

「それはまさに、魔法族の弱点の現れ──高慢さだ。マグルをよく知らないからそう言える。克服せねば、いずれ滅びかねない。中立は、なにかを生み出す力に劣る。大事なのはどちらに偏るか、自分で決めることだ。私は、魔法族の味方になることを選んだ」

 

「それは安易に決めていいものでもありません。すみません、どちらにしても僕はあなたに協力することはできない」

 

「そうか……残念だよ、スキャマンダーくん。今回はご縁がなかったが、また話せると嬉しい」

 

「そうですね、イェレンガルドさん」

 

 男性は立ち上がり、ソファの隣に置いていたトランクを持って応接間を出ようとする。その前にロビウスがシャツを着ながら入ってきた。

 

「お送りします」

 

「必要ない」

 

 フィリップがナイフを刺すように言った。それでも男性は、ロビウスに微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

 ロビウスは男性を送って玄関から出ると、マグルに姿を見られていないか確認する。敷地内は魔法によってマグルから存在が隠されているため、誰も気づくことはなかった。

 

「お兄さんとせぶせんせで一緒に戦った」

 

 ロビウスがすぐ口を開くがとても早く、男性は一瞬固まって斜め下を見ながら耳を傾けた。

 

「えっと……なんて?」

 

「お兄さんのテセウスに伝えてほしい、彼は戦友なんだ。助けてくれ……」

 

 そのとき玄関のドアがひとりでに開き、廊下の奥から車椅子のフィリップ老人が倒れた頭でこちらを見ていた。ロビウスは口を閉じる。

 

「彼に困らされているの?」

 

 男性が聞いてくるが、ロビウスは首を横に振った。

 

「仕事に困っていて、ぜひ闇祓いに推薦してもらいたい。力になれると思うんだ」

 

「それは……テセウスに直接言ってほしいな。闇祓い局は魔法省の地下2階にあるよ」

 

 男性はそう言うと、去ってしまった。

 残されたロビウスは赤い羽に覆われた顔の黒い目で玄関の奥を見る。廊下の向こうの車椅子にもたれて動かない老人は、ゆっくりと倒れた頭を起こした。そしてスっと車椅子から立ち上がり、気づいたらロビウスの目と鼻の先に瞬間移動した。心臓発作でも起こしそうになったロビウスは一歩下がろうと思いきや、身体が金縛りのように動かない。

 

「困っているのかい」

 

 目の前の老人が引きつった笑みを浮かべ、顔の醜い焼け跡は溶けはじめ、そこから膿が漏れる。どこからか赤ん坊の鳴き声が聞こえた。ロビウスは声のする方を探すと、老人の後ろの廊下の真ん中に大きな鳥籠があり、中に赤ん坊がいた。籠の入口は開いていて、赤ん坊はそこから出るとリビングへと姿を消す。ロビウスは後を追おうとしたがまだ身体は動かない。

 

「ミナス!」

 

 ロビウスの声は届かない。すると階段から吸血鬼の夫婦が降りてきた。夫婦はそのままリビングへと向かう。

 

「困ってない……困ってないと言ってるだろ!」

 

 ロビウスが叫ぶ。気づけば鳥籠は消え、フィリップ老人も目の前からいなくなっていた。ロビウスは全身の羽が汗で濡れてシャツにまで滲みていた。廊下の奥には、車椅子に座って傾いた頭を肩に任せる、身体の動かないフィリップ老人がいた。

 

 

 

 ロビウスはしばらく眠ることができなかった。

 ある日、家に突然老婆が訪ねてきた。車椅子のフィリップ老人は彼女をリビングのソファに座らせ、その向かいに人間の姿のロビウスが立っている。

 

「私の姉の、ジナイダ」

 

 フィリップが老婆を紹介する。

 

「やあロビウス、最近は神になったんだって? それより、よくもあたしのアディを殺してくれたね」

 

 ジナイダ老婆がそう言うと、ロビウスは少し左上に視線をやる。

 

「アデ......アディああ、あのノッポ。そんな昔の話が出るとは思いませんでしたが、フォークで一突きでしたよ」

 

「なんだこいつ、あんたにそっくりじゃないか」

 

 ジナイダがフィリップ老人を見ながら言う。ロビウスは腹が立ったときの笑顔を見せた。

 

「おばさんは似てないね」

 

「あたしゃ父親似なのよ、フィリップには母親の血しか流れていない。こいつは名ばかりでイェレンガルドの血は一滴もないわけさ」

 

 ジナイダは杖でフィリップのやせ細った太ももを突いたが、彼は気づいていない。

 

「この手紙、心当たりはあるか?」

 

 フィリップは動かない頭で机に置かれた手紙を見た。ジナイダはその手紙を取ると、読み上げる。

 

「フィリップ・イェレンガルド殿。最終通告。ロビウスの解放及び『イェレンガルドの秘術』の提出を求める。従わない場合、身の安全が脅かされることになるだろう。ーR」

 

 ジナイダは手紙を机に放ると椅子に深く座り直し、フィリップ老人を見る。

 

「ロビウスはなんて?」

 

「知らないと。嘘だと思っている」

 

「開心術を覚えたんじゃなかったのかいフィリップ」

 

「不安定なんだ。視たものが、彼の記憶なのか、想像なのか、わからない」

 

「まさかこの『R』があたしだと思ってるんじゃなかろうねぇ?」

 

「君でなくとも、レダ一家の誰かかもしれん。この手紙で7通目だ」

 

「ああ、送り主は俺の信奉者だよ。あなたは僕を監禁しているからみんなご立腹だ」

 

 ロビウスが口を開き、ジナイダとフィリップ老人は目を合わせる。

 

「答えたじゃない。あたしはお役御免ね」

 

「待てジナイダ。この筆跡はお前のものだ」

 

 フィリップがそう言うと、老婆は再び手紙に目を通す。そして、腹から大笑いした。ロビウスもフィリップもはなにがなんだかわからないまま老婆を見た。

 

「これが、あたしの字だと思ってたのかい? 可笑しいわほんと、これは自動筆記羽ペンの字よ。あたしはあんたに手紙を送るときもその既製品のペンを使うの、一度使ったらもう手なんか動かなくなるわ」

 

 そう言ってジナイダはまた大笑いした。

 

「あんたは、やっぱり神を気取っているのかい?」

 

 とジナイダはロビウスを見る。

 

「近いかもね。不死鳥人間だもん」

 

 ロビウスが答えた。

 

「それだとしたら、こいつも神?」

 

 ジナイダがフィリップ老人を指す。

 

「なんで。こいつは僕を造ったかもしれないけど、ただの魔法使いにすぎない」

 

「え、知らんのかい?」

 

 ジナイダは背筋を伸ばしてフィリップとロビウスを交互に見た。

 

「なに、どういうこと?」

 

 ロビウスはそこではじめてフィリップを見た。彼は気まずそうに口角を上げ、ロビウスと目を合わせる。

 

「ミナスは──お前の息子だと、思うか?」

 

 フィリップ老人がゆっくり話しはじめると、ロビウスは一瞬考える。

 

「突然なんの話」

 

「私が何者か、教えようとしているだけだ。ミナスはお前の、息子だと?」

 

「他に誰が?」

 

 とロビウスが言うと、フィリップは嫌味ぽく笑う。

 

「私」

 

 そのときジナイダが立ち上がった。

 

「あたしこれ以上聞かない方がよさそうね、おさらばするわ」

 

「座れジナイダ」

 

 フィリップに言われ、老婆は溜息をつきながら重力まかせにソファに戻った。

 

「……レンダを快楽に利用したのか」

 

 ロビウスはフィリップ老人と正面を向く。

 

「君だってそうだろう」

 

 とフィリップ。

 

「違う」

 

「違う? じゃあなんだ? 愛か? それはあくまで利用価値に対する感じ方のひとつ。原理は共通だ、やりたいからやるだけ。献身でさえも理屈は同じ、自己満足にすぎない」

 

「この際その話は論点じゃない。それより、あんたが言ったとこが正しければ、不死鳥の特性を人間に付与するために血の呪いを応用した。つまりこれは同性にしか遺伝しないから、不死鳥人間として生まれたミナスの父親は俺しかありえない」

 

「男の不死鳥人間が、なぜお前ひとりだけだと思うのだ?」

 

「他に誰が、あんたか?……まさか」

 

 困惑するロビウス。身体の動かないフィリップ老人は着ているスモーキングジャケットの懐を見ると、そこから杖がひとりでに浮いてフィリップのこめかみに突き立てられた。

 

「レベリオ(現れよ)」

 

 フィリップが唱えると、彼の目が真っ黒に染まった。不死鳥の目だ。

 

「ありえない、後天的になったと……?」

 

「後天的になった者もいる。だが、私はこの体で生まれた」

 

 杖がフィリップの懐に帰ると、黒い目は人間の目に戻った。

 

「おっかしいわ、今の今まで知らなかったのかい?」

 

 ジナイダが言った。ロビウスは彼女に見向きもせずフィリップを見続けた。

 

「先天的ならあなたは僕らと同じだ、ありえない。それじゃ誰があんたを作ったというんだ」

 

「フィロメラだよ。私は彼女の助手、だった」

 

「誰、聞いたこともない」

 

「でも、君は彼女に会ってるうえに、彼女の著書を読んでいる。錬金術師フィル・イェレンガルド、あれは私じゃない」

 

「フィロメラ……会ったことがあると?」

 

「フィルは私を造ったあと、後天的に不死鳥人間になる実験をはじめた。でも彼女はその被験者になってくれる人を、見つけることができなかった──好奇心旺盛な私は、痺れを切らし、彼女で実験した」

 

「そんな個体は見た覚えがない」

 

「そうか? 実験は半分失敗したが、彼女はずっと生きた。君が屋敷を燃やす直前まで」

 

 フィリップは起き上がらない頭で目だけロビウスを見上げ、ロビウスの驚いた顔を見て満足気に笑った。ロビウスは確かに、あの冷たい地下の蒸気機関に括り付けられた、人間と不死鳥を取って付けたような生き物を思い出していた。

 

「姉さんだと思っていたが、母さんだったのか」

 

 とロビウス。

 

「いや、お前らを作ったのは、紛れもなくこの私だ。つまり──彼女は祖母ということになる」

 

 それを聞いてロビウスはジナイダも見る。

 

「あなたも不死鳥人間なのか」

 

「いいやあたしはただの魔女さ。フィロメラ・イェレンガルドの子宮から産まれた」

 

 ジナイダは目も合わせず着ているニットの飛び出た毛を引き抜きながら答えた。

 

「そうか……」

 

 ロビウスが唖然としているところを見たジナイダは、鼻で笑う。

 

「言っとくけど、母さんはマトモな人じゃなかった。母親として、いや人として酷い魔女だったよ。あたしを不死鳥人間にしようとしたんだからね。フィリップはそんなあたしを救ってくれたのさ」

 

「ほう、覚えていたとは」

 

 フィリップが言った。

 

「あの女が機械に括り付けられたのは当然の報いよ」

 

「彼女が姿現しで逃げなかったのはどうして」

 

 とロビウス。

 

「右側頭葉を麻痺させた。位置や形を認識する能力が失われれば、姿現しはできない」

 

 フィリップが視線を右側に向けながら答えた。

 

「脳を、いじったと……」

 

「どれだけ魔術に優れようと、それを制御するのは結局脳だ。私は君より神に近い芸当ができるのだよロビウス、君は私の劣化版にすぎない。こんなものをよこす信者共も私を知ったらなんと言うだろう?」

 

 フィリップは手紙を見る。

 

「なんだフィリップ、あんた母親に似ただけなのか。あんたも僕らを実験動物としてしか見ていない」

 

「……まあ、そうかもな」

 

「俺らが子供の頃にあんたもアズカバンに入れられてたけど、なんで逃げなかった。あんたも不死鳥人間なら姿くらましができたはずでしょ」

 

「自主的に出なかった。脱獄しても──社会的評価が、下がるだけだとわかっていた」

 

「評価か。僕とレンダを作ったのも社会の評価を気にしたからか。醜い姿に変えたフィロメラを機械に括り付けて涙を摘出していたとは言えないもんな」

 

「違う。それならお前とレンダを、ホグワーツに入れた。目的は色々あった。より質の良い涙を採る方法や、不死の追求など。特に、女性の不死鳥人間が、ほしかった。学術的な根拠はないが、女性の涙の方が、質が高いと信じられている。そっちの方が売れたにすぎない」

 

 そのとき、ジナイダがしわくちゃの手を挙げた。

 

「はい、はい。なんで今になってこんな話をしてるんだい? あんたら普段会話とかしないの?」

 

「しないね。極力顔も見たくない」

 

 ロビウスが答えると、ジナイダはフィリップ老人の傾いた顔と醜い火傷を見て「無理もないね」と呟いた。

 

「そういえばこの手紙で思い出したけど、『イェレンガルドの秘術』はどうするのさ?」

 

 とジナイダ。するとロビウスの顔が上がった。

 

「知ってるのか」

 

 ロビウスが言うが、突然フィリップ老人に睨まれるとロビウスは廊下へ吹き飛ばされた。

 

「お前を呼んだのは、その件についても、話し合いたかったからだ。あれの所有権について、議論せねば」

 

 フィリップはジナイダにそう言うと、ロビウスが弾き出された入口を見る。するとドアがひとりでに勢いよく閉まった。

 

 

 

 半地下は寒くロビウスは毛布に包まっていた。突然階段上のドアが開くと、ジナイダが降りてくる。彼女は部屋の隅でうずくまるロビウスを見つけると、距離を取ったまま小さな窓を見た。

 

「あんた息子が人質に取られてることは知ってるよ」

 

 ジナイダがそう言った途端、ロビウスは立ち上がって彼女の耳を引っ掴んだ。彼女は痛そうに屈み込む。

 

「吸血鬼の夫婦は、どこだ」

 

「あたしゃ、味方さ……あんたを護ってきた側だよ……」

 

 それを聞くとロビウスは耳を放す。

 

「それで?」

 

「居場所は知らない、あいつあたしも信用してないのよ!」

 

「俺もあなたを信用していない」

 

 ロビウスが手を上げると、ジナイダは怯んだ。

 

「待って! あんたがガキの頃、三年くらい屋敷に閉じ込められてただろ? そんときあんたが魔法を使ったことを検知して報告したのは、他ならぬあたしさ」

 

「……助ける気があったならアディを使えば良かったんじゃないか? あのしもべ妖精の主人はあんただったんだろ」

 

「そんなことしたらあたしが仕組んだってバレるじゃないか。あんたたちに命かけるほど退屈な人生は送ってないもんでね」

 

「じゃあなぜ今は協力する」

 

「あんたを助けるのはあたしじゃない」

 

 するとジナイダは両手を肩の高さまで上げたまま、ゆっくり立ち上がった。そして小さな窓を開ける。そこから黒革のロングコートを着た中年男性が頑張って入ってきた。窓から差す光で男性に影ができていたため、ロビウスは近づいて顔を確認する。

 

「バーナバス?」

 

「待たせなたロビウス」

 

 中年のバーナバス・クラウチだった。

 

「本物か?」

 

「ああ本物だ。お前の救出を手伝ってやる」

 

「ありがたいけど、その前に、俺は奴からミナスを取り返さなければいけない。さもないと、ミナスは永遠に苦しめられる」

 

「あんたは悪人の口を割らすのに有利な能力を持っているではないか」

 

 とジナイダ。

 

「俺を闇祓いかなにかと勘違いしてないか?」

 

「いいや。あんたはその能力をガキの頃使った。それで私はあんたが学校外で魔法を使ったことを検知したんだ」

 

「……『不死鳥の嘆き』か」

 

「なんの話だ?」

 

 とクラウチ。

 

「でも意図してやったわけじゃない」

 

 ロビウスが言うと、ジナイダは笑う。

 

「その姿では能力が抑制されるからねぇ。全てをさらけ出しな、そして嘆くんだ。今は嘆くにふさわしいだろう?」

 

「それができたとして、あいつの『投影』も防げるか?」

 

「それはなんだい」

 

「厄介なことに、奴は開心術を偏った方法で利用する。視ることには長けないけれど、幻覚を見せて惑わしてくる」

 

「基本、開心術は精神状態が良くなきゃマトモに機能しないはずさ。中途半端で悪いけど、あたしゃそろそろ退散するよトイレは済んだ。それと、暴れるのはあたしが帰ったあとにしてくれ」

 

 ジナイダはそう言うと、そそくさと階段を登って行った。残された二人の間には少し沈黙が流れる。

 

「遅かったな」

 

 先に沈黙を破ったのはロビウスだった。

 

「わかってる、アズカバンに7年いたんだよな。でも俺も復讐で忙しかった」

 

「復讐?」

 

「兄貴を殺した」

 

「兄はバーナバスを英雄扱いしてくれたんじゃないのか?」

 

「あいつは俺を政治利用したかっただけだ。元々、俺はマグルの女性を孕ませて血を穢したとして家から追放されてた。そんな俺を泊めてくれたのがマッキンタイアだった」

 

 クラウチは埃を被った机に腰掛ける。ロビウスも毛布に包まった。

 

「それは、残念だった」

 

「でも兄貴は純血女との間に子供ができたから俺のことは許されるようになった。ロビウスと最後に別れて闇祓いに連れられたあと、それを知ったんだ。でもそれで終わらなかった」

 

「終わらなかった?」

 

「後にその子供はブラック家の嫁をもらったが、それをきっかけに兄の思想は変わっちまったんだ。ここまで完璧だから俺の息子の存在が邪魔で許せなくなったらしい。で息子を殺した。最初と矛盾してるよな。とにかく、それで俺は復讐のため兄貴を殺した」

 

「……なるほどね。お互い大変だったんだな」

 

 ロビウスは彼が協力しに来てくれたことをわかっているが、長話がはじまってから再び頼むタイミングを見失っていた。もはや、このまま永遠に毛布の中でじっとしていたいかもしれないと思った。

 

「まだ俺の犯行とはバレてない。ジナイダが完璧に手引きしてくれたから」

 

 クラウチも腰掛けた机から動かなかった。

 

「彼女とは長い付き合いなのか?」

 

「仕事を依頼したのは兄貴の件が初さ。マッキンタイアの紹介で昔から知ってはいたが、それまで必要としなかった」

 

「彼女は魔法不適正使用取締局じゃないの?」

 

「副業で仲介をしてる。片付け屋を手配してもらった」

 

「え、つまりこれ手数料かかる?」

 

「これはあの女の趣味だよ。なんだ手数料があったら渋るのか?」

 

「いや、やるよ」

 

「だよな。計画考えるぞ」

 

 クラウチは机から降りた。

 

 

 

 廊下を歩くロビウスの歩調は速く力強かった。その一歩一歩に過去の辛い記憶の重みが乗っている。フィリップに奴隷のように扱われた幼少期、よく考えるとその理不尽はほとんどレンダが被ったように思える。彼女がロビウスの隣から去った理由についてあれこれ考える日々を送るも、いまだに答えは出ない。なんとなく、それもフィリップのせいな気がしている。ミナスも一つ目の人生をフィリップに奪われ、その挙句囚われている。ロビウス自身も。なにもかも、あの男が悪い。なぜ自分は今更行動する気になったのか不思議だった。

 ロビウスの怒りに満ちた目は黒く染まり、深紅の羽が首元から顔へと生えてくる。歩く速度がどんどん増してロビウスは走り出し、全身に湧き上がった火が一瞬のうちに爆発的な炎に変わって彼は姿をくらました。

 天井の高い広い書斎で机に向かうフィリップ老人は、ふと異変を感じて浮かせていた羽根ペンを机に降ろす。そして懐から杖を浮遊させたその瞬間、机の上空で爆発が起きた。その中から現れたロビウスの威嚇するように広げた両腕の炎はまるで巨大な翼だった。フィリップは爆風で車椅子ごと後ろの本棚に吹き飛ばされ、その上に炎に包まれたロビウスが乗る。ロビウスは不死鳥のような美しく甲高い歌声を詠唱するが、炎を上げたフィリップに車椅子ごと姿くらましされた。そして後ろの書斎入口に炎と現れる。

 

「わかっているのか──あの吸血鬼夫婦は、私との連絡が途絶えれば、ミナスを喰う。無限の、食糧として」

 

「夫婦がどこか言え」

 

 振り返ったロビウスは大きな書斎机を軽々と片手でどかし、フィリップとの距離を詰める。

 

「正気でも──失ったか?」

 

 車椅子を後退させるフィリップ老人。

 

「いいや、正気を失うのはあんただ」

 

 ロビウスは再び歌声を上げる。それは嘆きというより叫びに近く、音色は美しさより恐ろしさを増し、フィリップ老人は目に恐怖を浮かべた。そこにクラウチがドアを解錠呪文で破って現れ、後ろからフィリップの首に杖を突き立てる。

 

「吸血鬼はどこだ爺さん」

 

 クラウチは怯える老人を見て、唇を舐めながら大きく見開いた目で圧をかけた。すると、フィリップ老人の顔の焼け跡が溶けて膿を出し始める────開心術にかかってしまった。

 本が大量に暴れて部屋中を飛び回りはじめたかと思うと、それらは燃えながら地面に落ちた。ふと見るとそこは、ロビウスが子供時代を過ごしたあの屋敷のリビングだった。四方に火柱が立ち、それらは不死鳥の形になって全てを灼熱に包む。まだ老いる前の黒い長髪を結んだフィリップが杖を振るうが敵わず、半身を焼かれながら暖炉へ吹き飛ばされた。その様子を長机の上に立って見下ろしていたのは、17歳の若きロビウスだった。彼は杖を片手に、燃えるフィリップを笑う。

 

「またこの光景を見せてくれるのか!」

 

 ロビウス青年が杖を振るとフィリップを焼く炎はさらに強くなる。それを隣で見ていたクラウチは机から落ちてうずくまった。

 

「ここはフランスじゃない……ここはフランスじゃない……」

 

「バーナバス! そうだここはフランスじゃない! これは俺がかつて放った火だ、お前に悪さはさせない!」

 

 机の上の青年が言う。

 すると、クラウチは口を抑えてゆっくり深呼吸した。彼は全身の震えが収まるのを待ち、そして地面に手を着き上半身を起こす。机の反対側の暖炉前で、英国陸軍の制服を着たマッキンタイアが燃えていた。

 

「マッキンタイア……すまない……」

 

「こいつはフィリップだ! 燃えるゴミだ!」

 

 青年は杖を振り回し、フィリップを焼く火が屋敷を崩す炎と共に踊る。クラウチもそれがマッキンタイアでないことに気づいた。

 

「ロビウスか? ここはどこだ!」

 

 クラウチが青年を見上げた。

 

「こいつの悪夢の中だ!」

 

 とロビウス青年。

 

「『不死鳥の嘆き』とやらで恐怖心を与えて開心術を使えなくさせたんじゃないのか!」

 

「いいや、ひとつ大事なことを忘れてた。恐怖は魔法を発動させる原始的な源そのものだよ、魔法族が能力を自覚する多くのきっかけが負の感情。見ろ、こいつは怯えながらせめてもと俺たちをその感情に引きずり込んだ!」

 

 ロビウス青年が向ける杖の先で派手に焼かれるフィリップは、苦痛に悶え苦しむ。現実世界でトランス状態のロビウスは『嘆き』続けていた。

 

「抵抗を続けるんだバーナバス! でないと飲み込まれる!」

 

 青年の助言に、クラウチははたと気づいて自分の右手を見た。

 

「そうか、現実だと俺はまだあの書斎にいるんだな。まかせろ」

 

 トランス状態のクラウチは、フィリップ老人の首に突き立てる杖の感触に集中する。

 

「インペリオ(服従せよ)!」

 

 彼の呪文が老人に浸透していく。するとロビウスとクラウチの意識が完全に戻り、書斎は静寂に包まれた。

 車椅子にもたれる老人は大人しく、どこかウトウトしていた。

 

「お手柄。計画とは違うけど、どうやった?」

 

 とロビウス。

 

「秘密だ。俺は最初からこのつもりだった。なんとなくだけどよ、今ならこいつミナスの居場所吐くと思うな」

 

 クラウチが老人の頬を杖で突いても、抵抗してくる様子はなかった。

 ロビウスがフィリップ老人に近づくと、なんと老人の全身に真紅の羽が生えてきた。焼け跡部分だけ禿げていて、黒い目も少し白濁しているが、紛れもなくロビウスと同じ不死鳥人間だった。

 

「変身薬の効果が切れたんだ」

 

 ロビウスはフィリップ老人と目を合わせる。

 

「お前らは一体……なんだ」

 

 クラウチは二人の真紅色をした人間から目が離せなかった。

 

「不思議だよな。とんでもない授かりものだよ。でも、これのせいで俺の人生は静けさを失った」

 

 自分の腕の羽と、フィリップ老人の羽を見比べるロビウス。

 

「吸血鬼の夫婦はどこだ」

 

「そんな夫婦は、いない」

 

 とフィリップ老人。

 

「とぼけるな!」

 

 ロビウスが怒鳴るが、クラウチは冷静に周りを見ていた。

 

「待てロビウス、ミナスってあんたの息子じゃなくて孫か?」

 

「いや、息子だ。孫娘は母親と出て行った……そうだ大事なことを言うの忘れてた。訳あってミナスは今赤ん坊の姿をしてる」

 

「やっぱり。彼本当のことを言ってると思う」

 

「なに?」

 

「吸血鬼の夫婦の話は嘘だ。ミナスはずっとここにいた。見えていなかっただけ」

 

 クラウチが目線をやった先をロビウスも見る。書斎に似合わない金属の格子で囲われたベッドが本棚と書斎机に挟まれて変形していて、その中にいた赤ん坊がこちらを睨んでいた。

 そのとき突然窓を破ってコートの男が四人突入して杖を向けてきた。同時に飛ばされた赤い光線を二人が避けるとそれは車椅子のフィリップ老人に当たり、老人は意識を失う。

 

「なぜ闇祓いが?」

 

 ロビウスはクラウチの脇に手を回して炎を上げ、二人で赤ん坊のミナスの上に姿現しすると、またすぐ炎を上げて三人で消え去った。

 

 

○

 

 

 それからまた長い年月が過ぎた──

 

 1978年9月3日

 ロビウス老人は天蓋付きの大きなベッドで仰向けになっている。布団には大量の抜け毛や羽根が散っていた。

 

「もう……遅いよな」

 

 手に持つ小瓶を見る老人が言うと、隣の椅子に座っていた40代のミナスが顔を上げる。

 

「ああ、ついに今日も終わりが近づいてるね。どうしたのまた死ぬのが怖くなった?」

 

「かもしれん。来世は……静かに生きたい」

 

 老人は小瓶をミナスに渡す。ラベルには『発火遅れ薬』と書かれていた。

 

「来世か。面白いね、たしかに僕たちは来世を体験できる。だからチャンスはどの種族よりもある。きっと静かに生きられるよ」

 

「記憶が残ればな。あるいは……」

 

 ロビウス老人は息子の手元を見るのがやっとだった。

 そのとき部屋のドアが開き、ローブを着た魔法使いたちが入ってきて二人を囲った。するとミナスが立ち上がる。

 

「無礼者、今日がなんの日かわかっているだろ」

 

 ミナスが言うと、フードで顔が見えない魔法使いたちのうちのひとりが前に進み出てきた。

 

「ロビウス。燃焼日とはわかっているが、どうしても大事な知らせが」

 

 しゃがれた声は老いたクラウチだった。彼はひとりの青年を前に引っ張ると、ロビウスのベッドの前に膝をつかせる。ロビウスは頑張って上半身を引き上げてまくらにもたれ掛かり、青年を見た。

 

「なんだ」

 

 とロビウス。すると青年は嫌な笑みを浮かべて老人の顔を見上げた。

 

「老けたなロビウス」

 

 青年が言った。クラウチは彼の頭を殴る。

 

「失礼した。彼は……」

 

「フィリップ・イェレンガルド──私の父」

 

 ロビウス老人は、かつての父であるフィリップ青年が息を荒らげながら頭を上げると目を合わせる。

 

「記憶は、あるのか?」

 

 質問するロビウスを、青年は無視して辺りを見回した。

 

「……これがお前のカルトか」

 

「記憶はあるんだね。これは、秘密結社だ」

 

 真っ直ぐ視線を送るロビウスに、青年は細めた目で返す。

「てっきり宗教団体かと思ったよ」

 

「なぜ服従の呪文を使わない、バーナバス?」

 

 ロビウス老人がクラウチ老人に聞くが、先にフィリップ青年が口を開いた。

 

「私は未成年だ、私に使った呪文は『におい』によって魔法省に報告される。ここの場所も」

 

「なるほど。あの本はどこだ」

 

「まだ探していたのか」

 

 フィリップ青年が嘲笑うように言うと、クラウチがまた彼を殴る。青年はその勢いと痛みに伏せたが、同時に笑っていた。

 

「なぜ、赤ちゃんミナスの居場所を私に喋らせたときに聞かなかった? 忘れてたのか? マヌケだな」

 

「本はどこだ!」

 

 今度はミナスが怒鳴った。

 

「『イェレンガルドの秘術』がそんなに欲しいか。一体何を知りたい?」

 

 すると、ロビウスが杖を取ってフィリップ青年に向けた。青年は宙に浮かび、ゆっくりロビウスの元へ寄っていく。

 

「魔法を使ったね」

 

 とフィリップ青年。

 

「近くで見たかった。火傷は、なくなったね。でも、幼くても、あんたはあんた」

 

「役人に燃えるところを見せる気か?」

 

「許されざる呪文を使えば、腐った魔法省でも、飛んでくるだろう。だが、ここは社交クラブの建物だ。浮遊呪文くらい、使われても気にしまい」

 

「そうかい」

 

「我々は、愛から解放される術を、求めている。我々の求めるものに、必要不可欠な術」

 

「我々?」

 

「不死を、追求する者」

 

「お前に元々愛があるのか? 受けたことも、与えたこともないと思っていた」

 

「本がどこか言え!」

 

 ミナスが怒鳴った。

 

「落ち着け、ミナス。本は正当にイェレンガルドの血を継ぐ者が代々伝えることになった。私もロビウスもフィロメラのクローンにすぎない、彼女の夫であるイェレンガルドの血は流れていないから本を開けることすらできない」

 

「……本はレダ家か」

 

 とロビウス老人。

 

「なぜ愛からの解放とやらに固執している?」

 

「聞いてどうする」

 

「私が納得すれば、本を手に入れてやらなくもない。私は好奇心旺盛だ」

 

「まだ、遊ぶつもりか」

 

「本が欲しいんでしょ?」

 

 そのときクラウチ老人がまた拳を振り上げたが、ロビウス老人が手を挙げて止めさせる。

 

「いいだろう……結論から言うと、不死にとって、愛は病だ」

 

「不死でなくともそう言う奴はそう言う。愛を病とするかはその人次第じゃないのか?」

 

「不死の、長い人生を想定すると病だ」

 

「そうか? 愛は多くの人間に大きなエネルギーをもたらすが、それは人生が延びると無効になると?」

 

「愛は、万人にいずれ訪れる孤独をより辛いものにする。人生とは、自分が期待したものが、自分から離れる連続だ。忠実に従った主に、闇祓いをけしかけられることもあれば、愛した人が羽根を一枚残して去ることも──あった」

 

 それを聞いたフィリップ青年の首がピクリと動いた。ロビウスは続ける。

 

「私はこれらを総じて、利用価値による行動だったと弁えている。愛とは利用価値に対する感じ方のひとつにすぎないと──かつてあなたは言った。この考えは余計な執着を生まない。私が記憶を失くすことに、恐れを抱く理由はね──この悟りを、忘れたくないから。あらゆる幻想に惑わされることなく、来世を静かに生きるための知恵が、ここに詰まっている」

 

 ロビウス老人はやせ細って関節が浮き彫りになる指を、自分の頭に指した。青年は黙って老人の瞳を見ていた。

 

「永遠の命を求めるのであれば──永遠の幸福が伴わなければ、それに価値はない。だが、それが繁殖生物のために設計された愛に、依存してはならない。不死にとっての幸福とは、静けさの中にこそ、あるのだ」

 

「なるほど。君たちがどうやって愛から解放されようとしているかわかった。『イェレンの静けさ』、『毛だらけ心臓の魔法戦士』、これらから着想を得たんだね……」

 

「そう、レンダが好きだった物語に出てくる、心臓を取り出す闇の魔術。その術があれば、記憶がなくなっても、最初から愛そのものを取り除ける」

 

「なぜ架空の魔術といわれるそれが『イェレンガルドの秘術』に載っていると思うのだ?」

 

「辻褄が合う。イェレンガルド家に伝わる物語に、心臓を取り出す闇の魔術が、描写されている」

 

「でもロビウス、君はもう手遅れに見える。今にも炎を上げそうだ」

 

「ああ、この老人に、そんな魔術は必要ない。だが、次のバージョンの私はまた──若い時期を迎える」

 

「僕と結社のメンバーはすぐにでもその魔術をおこなうつもりだ」

 

 とミナス。空中のフィリップ青年はローブの者たちを見回した。

 

「こいつらも不死なのか?」

 

「まだ違う」

 

 とロビウス老人。

 

「まだ……? ロビウス笑わせるな、私の偉業を真似するつもりか。お前にできるというのか?」

 

「そこで、あなたが必要になった」

 

 それを聞いて青年は一瞬口を閉じる。そして笑みを見せた。

 

「……君たちはただの秘密結社じゃないね。不死を追うとはやはりどこかカルト要素を感じる」

 

「彼らは、不死になる準備を、している。そのためには本と、あなたの知識が必要だ。あなたには利用価値があり、ここには学者も、沢山いる」

 

 ロビウス老人のまさかの誘いに、フィリップ青年は眉を上げる。

 

「君は産まれる前からずっと私の好奇心をくすぐってくれるよ、ロビウス。いいだろう! 条件がある、研究部門の指揮は私が……」

 

 青年は両腕を広げながら要望を話し始めたが、ロビウスはそれを聞いていないかのようにクラウチと目を合わせる。

 

「バーナバス頼む」

 

 ロビウス老人に言われ、クラウチ老人はフィリップ青年の後頭部に呪文を撃った。青年は空中で気絶し、頭と手足がぶらりと脱力した。そこに杖を向けたミナスは彼を誘導して地面に横たえさせる。

 

「記憶を取ったら涙摘出装置に繋げ。右脳の抑制を忘れるな。だが、意識は保たせろ」

 

 ミナスが指示すると、クラウチと他二人のローブの者が青年を杖で宙に浮かせ、部屋の外へ連れて出ていった。

 

「永遠に苦しむがよい──フィリップ・イェレンガルド」

 

 ロビウス老人は青年が連れ去られるところを最後まで見届けると、頭を枕に沈めてひと息ついた。それでも老人の目はまだ心ここに在らずだった。その様子を見て、ミナスがベッドの隣の椅子に座って足を組む。

 

「実は母さんのことを覚えていると言ったら? レンダのことを覚えている」

 

「え?」

 

 ロビウス老人はミナスを見た。ミナスはロビウス老人の耳元に顔を近づけて囁くように続ける。

 

「記憶はあるんだ。たしかに部分的に思い出せないこともあるけど、それは普通に生きていても起こりうる。永く生きるならなおさらね。でも、印象的なものは覚えている」

 

「待て、なぜ今になって……今まで、嘘を?」

 

「忘れている方が安心するかと思った。僕はそのことについて父さんに酷いことを言ったから」

 

「あぁ……なるほど……」

 

「どうしたの? まだなにか不安? 大事な記憶はなくならないってわかったんだよ?」

 

 ミナスはロビウス老人から断固目を離さない。

 

「そ、そうだな……安心だ……」

 

 老人のどこか晴れない反応を見て、ミナスは椅子にもたれかかるとため息をついた。

 

「やっぱりね。あなたが燃焼日を先延ばしにしたのは記憶を失うことを恐れたわけではない」

 

「なんの、話だ」

 

「目的はレンダだ」

 

 すると、ロビウス老人の少し泳いでいた目がぴたりと止まった。

 

「図星か。あなたは彼女をずっと待っているんだね。彼女はあなたの実年齢はわかるけれど、死ぬタイミングは予想できない。だから一度燃えてしまったらもうどんな姿かわからない。そうなる前に見つけてほしいんだ」

 

 ロビウスは唖然とした。ミナスは続ける。

 

「あなたは僕にも利用価値以上のものを感じているね。だから、あなたをアズカバンから救わなかった本来利用価値のない僕を、今も傍に置いている」

 

「待って、待って……なにを言う」

 

「違うのか?」

 

 そう言われると老人は再び黙った。

 

「ほらね──つまり、あなたが心臓を取り出したらきっと僕を突き放す。そうなる前に、僕があなたを突き放す」

 

「……最初からそのつもりだったのか、ミナス……どうやら、お前に闇の魔術は、必要ないみたいだ……お前の心は──もう死んでいる」

 

 そう言われミナスは一瞬固まる。

 

「それなら僕はこの組織にふさわしい。でも、思ったんだ。もしかしてこの組織はレンダに見つけてほしいというあなたのメッセージなんじゃないかって。彼女が不死を目指す組織の存在を耳にしたら、きっとそれがあなただと確信して、探すだろうと期待していた。もしそうなら、そんなの僕たちに対する冒涜だ」

 

 ミナスは目を離さない。老人は喋らない。

 

「やっぱり。あなたは組織にふさわしくない」

 

「……そうかもな」

 

 老人はゆっくり周りの人たちを見回し、ベッドの天蓋に視線を移す。また唖然としているが、なぜか涙が頬を蔦ってきた。

 

「なぜ人生はこうも騒がしい」

 

「きっと静かになるよ。あとは僕が継ぐから」

 

 ミナスの言葉は、ロビウス老人にとってなんの気休めにもならなかった。もっとも、ミナスは気休めのつもりでは言っていない。彼が老人を見るその目は、蔑みと哀れみが込められていた。

 

「……さよならだな……」

 

 老人はミナスの後ろにある窓をぼうっと眺めた。外に広がるロンドンの夜景は視界を遮るスモッグもなく澄んでいる。ちょうど、派手な紫色をした三階建てのバスがマグルの自動車の間を抜けて走り去った。

 ロビウス老人の皮膚が内側から熱を帯びるように光を放ちはじめた。それは炎となって彼の全身を包む。ベッドへと移った火は大きくなり、ミナスとローブの者たちが杖を向けて炎の広がりを抑えるが、金属の寝台を残して全てが真っ黒になり、部屋中に灰が舞った。

 ──灰の中には男の子の赤ん坊がいた。

 

 

 

 

 

 2020年

 魔法省地下2階

 調査補佐のフェリックス・ヘイズは研究室の机に並ぶ、ノクターン横丁のナイトクラブから押収された小瓶の数々のうちひとつを手に取って見ていた。そこに貼られたテープには文字が書かれている。

 

「『不死鳥の涙』か……」




【人物紹介】

〈ロビウス・イェレンガルド Robius Yllengard〉
不死鳥人間
グリフィンドール寮出身

〈レンダ・イェレンガルド Renda Yllengard〉
不死鳥人間
ロビウスの双子の妹
グリフィンドール寮

〈ミナス・イェレンガルド Minas Yllengard〉
不死鳥人間
ロビウスが連れる息子
スリザリン寮出身

〈フィリップ・ヘルメス・オーケン・イェレンガルド Philip Hermes Orken Yllengard〉
不死鳥人間
双子を作り出した錬金術師
レイブンクロー寮出身

〈フィロメラ・フォーリー・"フィル"・イェレンガルド Philomela Fawly "Phil" Yllengard〉
フィリップを造り出した女錬金術師
実験により唯一後天的に不死鳥人間にされ、地下の涙摘出装置に繋がれる
レイブンクロー寮出身

〈ジナイダ・レダ=イェレンガルド Zinaida Reda-Yllengard〉
フィロメラのひとり娘、事実上フィリップの姉
魔法不適正使用取締局
スリザリン寮出身

〈アディ Adi〉
イェレンガルド家に仕える背の高い屋敷しもべ妖精
主人はジナイダ

〈エリエザー・フィグ Eleazar Fig(ホグワーツレガシー)〉
イェレンガルドの双子をホグワーツへ導いた教授
ホグワーツで魔法論の教鞭をとる
グリフィンドール寮出身

〈イソップ・シャープ Aesop Sharp(ホグワーツレガシー)〉
1876年7月にイェレンガルドの双子を屋敷から救出した闇祓い
スリザリン寮出身

〈トーキル・トラバース Torquil Travers(映画)〉
1919年にロビウスを逮捕しに来た闇祓いたちを引き連れた男

〈テセウス・スキャマンダー Theseus Scamander(映画)〉
西部戦線でマグルの援護をしていた魔法使い
ハッフルパフ寮出身

〈ニュートン・アルテミス・フィド・"ニュート"・スキャマンダー Newton Artemis Fido "Newt" Scamander(原作)〉
テセウスの弟
フィリップ・イェレンガルドに不死人間の研究に協力してくれないかと誘われる
ハッフルパフ寮出身

〈バーナバス・クラウチ Barnabas Crouch〉
西部戦線でテセウス・スキャマンダーと共にマグルの援護をしていた魔法使い
退役後はシェルショック(現代ではPTSDの症状とされる)により聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院していた

〈マッキンタイア MacIntyre〉
西部戦線でテセウス・スキャマンダーと共にマグルの援護をしていた魔法使い

〈アーチャー・エバーモンド Archer Evermonde(ポッターモア)〉
1912〜1923年の魔法大臣
第一次世界大戦中、魔法族が戦争に介入することを禁じた『エバーモンド法』を作った

〈ハンウェル Hanwell〉
1872年当時の漏れ鍋の店主
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