貞操逆転開拓村の種付け司祭 作:ユリイカ
顔を赤くして狼狽えるディーダに、ソラは首を傾げる。自分はそんなに妙な格好をしているだろうか。改めて全身を見直しても、特に違和感のようなものはない。
いつものゆったりとした聖衣から着替えた彼は、一般に軽鎧と称されるような革製の防具を麻服の上から装着していた。胸や手足に硬い革を当てがい、柔らかく鞣したベルトできつく締め付けている。これならば激しく動いてもそうそう外れることはないだろう。
たしかに聖衣と比べると、少し身体のラインが見えるようなところもあるが……。
「エロすぎるだろ! そんな、胸元まで締め付けて……。もうちょっと恥じらいをだな!」
「ええ……」
露出度で言えば断然ディーダのビキニアーマーの方が上である。なにせ、彼女は局部とばるんと突き出した胸の先端以外が隠れていない。三角形の鉄をつなぐのも、細い紐のようなものだけだ。
ほとんど全裸に近い装いだがなぜか動きにくそうに思えるのは、色々と盛大に揺れているからだろう。
「ディーダさんに言われるなんて」
「男と女で比べるんじゃねえよ。あたしがビキニアーマーなのは普通だろ!」
口を尖らせて納得のいかない顔をしているソラに対して、ディーダは叫ぶ。
この世界において正しいのは、圧倒的に女冒険者の方であった。
そもそも鬼人族であるディーダは、身体の強度からしてソラとは違う。魔物の鋭い牙や爪も、彼女の強靭な筋肉や骨には歯が立たない。それに、彼女が扱う身体強化魔法――女性だけが体得できる魔法を発揮するには、肌を晒すほうが効率が良いのだ。外界に満ちているマナを取り込み、身体に浸透させることで、よりその効力を高められる。
「男はどうせ前に出るわけじゃないんだ。もっと軽装でもいいんだぞ」
「でも、せっかく買ったのに……」
「聖都のエロババアに騙されただけだろ!」
男用の鎧など、この世界にあるはずもない。
戦いとは女だけに許された行為なのである。
ソラが着ているベルト式の革防具も、本来なら女が素肌に巻きつけて、食い込むくらいにキツく縛り上げるためのものだ。ソラが買わされたのはひとえに無知の故であり、売りつけた商人の下心が透けて見える。
「とにかくいつもの聖衣で問題ない。というか、アレの方が下手すりゃ頑丈だろ」
「た、確かに!」
はっとする少年を見てディーダは何度目かも分からぬため息をついた。星光教の男性司祭に与えられる聖衣には、強力な魔法障壁が施されている。生半可な魔獣では擦り傷すら与えられないほどのものだ。
それもこれも、星光教の女たちが、男を傷つけてなるものかと尋常ではない気迫で魔力を込めている賜物である。
結局、ソラはウキウキで取り出した革防具を泣く泣く納め、いつもの聖衣へと戻った。
朝から前途多難だと頭を抱えながらも、ディーダはようやく出発の段を踏むのだった。
「魔の森は厄介だが、浅い場所なら比較的安全だ。強い魔獣はあらかた狩ったし、他の奴らは奥に引きこもって滅多に出てこないからな」
ハロモ村を経って半刻も歩かぬうちに、森の入り口が現れる。太い幹が行手を阻み、鬱蒼と茂った枝葉が空からの光を閉ざす暗い森の中へと踏み入りながら、ディーダは語る。
「昨日出てきたブレイズウルフは?」
「ま、たまには中から出てくる奴もいる。あいつもこの森の中じゃ下っ端もいいとこだけどな」
さっき言ったばかりの言葉を自分で否定しながらも、ディーダはからりとしている。
ソラは村人総出で対処したブレイズウルフでさえパワーバランスの下層に位置するという事実を、容易には飲み込めなかった。
「案外静かだろう。だからといって、一人で森の中に入ろうなんて思うなよ」
「わ、分かってますよ。僕は何も、戦えませんから」
男が一人で魔の森に入るなど、自殺と同義である。今はディーダに恐れをなして物陰に潜んでいる魔獣でさえ、彼は太刀打ちできない。一歩踏み込んで三秒後には、無惨な姿を晒している。
「死ぬならまだいい。お前みたいな男は、奴らにとっても貴重な種だからな」
「うぐっ」
鬼人族や獣人族に女しかいないように、魔獣たちもほぼ全てが雌だ。彼女たちも虎視眈々と、子孫を残すための機会を狙っている。魔獣が子を増やすには、原始的な魔法とも言われる手段で自身を複製するか、考えなしに踏み込んできた人間の男を使うほかない。
魔獣に種を捧げることになった男の末路は、悲惨そのものである。
「それに、森には魔獣以外にも厄介な奴がいる」
「厄介なやつ?」
魔の森は前人未到の秘境。そこには未知の魔獣が跳梁跋扈しているという話は既知のものだ。だが、半年間毎日のように森の内部を探っていたディーダは、それ以外の存在についても痕跡を見つけていた。
「原住民ってやつだな。あたしら人類領との関わりはないが、それなりに知性がある」
「知性……。異種族の人類が、この森に住んでいるってことですか」
人間を筆頭に、獣人や鬼人たちひとまとめにしたのが人類。彼女たちが住む生活圏を人類領と称する。当然ながら魔の森は人類領の外に位置する秘境だが、そこに人類がいないと決定されたわけではない。
人類領に住む人類と接点を持たない人類が、そこにいる可能性は常にあるのだ。
「たまに見慣れない足跡が残ってることがある。奴ら随分周到で、滅多に見つけられないけどな」
今もどこかで見ているかもしれない。ディーダは周囲を油断なく見渡しながら言う。
「気を付けろよ。人間が暮らせるような森じゃねえ。住んでる奴らも化け物だ」
大魔獣と呼ばれるような災害じみた存在が闊歩する森に人間は住めるはずがない。ならばここに住む人類は、鬼人族にも匹敵するような戦闘能力を持っている。
その事実に、ソラは思わず生唾を飲み込んだ。
「それって……」
彼は村の外に出ても肌身離さず持ち続けている聖典を、ぎゅっと握りしめてディーダを見上げる。
「やっぱり星光教のことを広めないといけないですよね!」
期待と決意のこもった力強い声であった。
予想外の反応に、ディーダは思わず転けそうになる。
「お前……。もうちょっと危機感持った方がいいんじゃないか?」
「そう言われましても。ディーダさんが守ってくれるんですよね」
屈託のない笑み。疑うことを知らない童貞のような無垢な表情に、ディーダは思わずくらりと来る。今すぐこの場で押し倒したい衝動に駆られるが、流石にそこまで能天気ではいられない。
――村に帰ったら絶対犯してやる。そんな決意を固めるしかない。
「魔の森にまでは、ポラリスの言葉も届いていないはず。この暗い森のなかで暮らす人々も、きっと光を求めているに違いありません。これもきっと僕に与えられた使命なんですよ!」
「お前……結構な信仰心だなぁ」
「もちろん。司祭ですから!」
曇りのない瞳であった。
ディーダはポリポリと頬を掻き、危機感の薄い少年をどう守るべきか、早速頭を悩ませるのだった。