貞操逆転開拓村の種付け司祭 作:ユリイカ
ディーダとソラは慎重な足取りで魔の森の奥へと分け入っていく。半年ほど村人たちが足繁く通っているわりに、森の中は鬱蒼とした緑ばかりだ。陽の光もほとんど差し込まない樹木の足元にも蔦や低木が密集し、異様な空気を醸し出している。
「あんまり離れるなよ。襲いかかってくる蔦もあるからな」
「は、はい……」
慣れた足取りで進むディーダにピッタリとくっつきながら、ソラは声をこわばらせる。彼の手足にはきつく縛られ圧迫された跡がくっきりと残り。全身にねっとりとした粘液が付いている。
ディーダの忠告も、今の彼には強烈に突き刺さる。今しがた食人植物の魔物に襲われてあやうく溶かされかけたのだから。
鋭い戦斧が的確に蔦を断ち切ってくれなければ、今頃ソラはドロドロの液体になっていたことだろう。
「浅いところは安全って話だったんじゃ」
「比較的安全だろ。B級冒険者くらいなら問題なく歩けるはずさ」
「僕はF級冒険者ですらないんですが」
S級冒険者と一介の男子神官ではフィジカルがまったく違いすぎる。なす術なくツタに絡み取られて持ち上げられ、溶解液の詰まった袋のなかに投げ込まれそうになったのを思い出して、ソラは青い顔でぶるりと震えた。
「くっそ、可愛いな……」
そんな彼の動きを気配で察して、思わず襲い掛かりそうになるのをディーダは必死に抑える。S級冒険者として、こんな魔の森の奥で理性を失うわけにはいかない。
「それで、どこまで歩くんですか?」
迷いなく前を進むディーダに、不安げな声が寄せられる。
森の案内という話だったが、もう随分と歩き続けている。村人たちが世話をしているという薬草畑も確認したし、魚が釣れるという沢も越えてきた。気が付けば、周りはすっかり暗くなり、じっとりと湿った空気に満ちていた。
「ついでだからちょっと探し物をな」
「探し物?」
意外な返答に、ソラは首を傾げる。
ディーダは頷き、手で小ぶりな丸を持ち上げるような動きをしてみせた。
「これくらいの、赤いキノコだ。ソラなら知ってるんじゃないかと思ってな」
「赤いキノコ……。今までもいくつか見ましたし、珍しくもないと思いますよ?」
ここまでの道中、倒木に生えるキノコも度々見てきた。しかしディーダはそれらにはさほど強い反応も示していなかったはずだ。
「もっとデカくて立派なキノコさ。カブトワリタケって知らないか?」
「聞いたことがないですね……。薬草辞典は持ってきているので、後で調べておきます」
「なんでも、鬼人族を超える伝説の戦闘民族が戦の前に食べてたキノコらしくてな。これを食べたら相手が被ってる兜ごと真っ二つにできるくらい強くなれるんだとよ」
「へー。ディーダさん、まだ強くなりたいんですね」
「当たり前だろ!」
むん、と力こぶを作って見せるディーダ。S級に到達しようと、彼女はひたむきに強さを追い求め続けていた。今朝もソラの説教が始まる前から起きだして、夜明け前の村の中で鍛錬に汗を流していたのだ。
「魔の森には人類領では珍しい魔獣や植物も多いからな。きっとカブトワリタケもあるはずなんだ」
「そういえば、村の薬屋さんにも見たことのないものがいっぱいありましたね」
ソラは昨夜の宴で酒を飲みすぎた村人を介抱していた時のことを思い出す。呆れ顔の薬師と共に薬屋へと向かい、そこの品揃えに驚きを覚えたのだ。
「魔の森で取れる薬草は大事な収入源だからな。聖都にも各地の開拓村から珍しいもんが持ち込まれてるはずだぞ?」
「あはは。あいにく、教会での修行ではそういったものとは縁もなく……」
園路はるばる、それこそ馬車を使っても一月以上もかけて運ばれる商品はかなりの値段が付けられる。質素倹約を旨とする素朴な生活を送っていたソラにはぴんとこない話だった。
「教会での修行ねえ。司祭ってどんなことしてるんだ?」
ソラが市井の感覚に馴染んでいないのと同様に、ディーダも祈りの道での暮らしを想像できない。興味本位で尋ねてみると、ソラは意外なほど深く悩み始めた。
「そうですね……。基本的には、祈りと読書、ですね。朝起きてから祈って、聖典を読んで、それぞれの考えを共有しながら議論して、祈って、読んで、少し食事も取ります」
「……あたしなら1日で脱走するな」
「あはは」
この暮らしが万人に受け入れられるとは、ソラも思っていない。実際のところ、耐えかねて塀を越える者も珍しくはない。だが星光教は誰にでも開かれ、寛容を美徳とする考えだ。去った者を追いかけるということもない。
「そ、それじゃあ……ソッチの方は誰に教えてもらったんだ?」
「ソッチというのは……。ああ、種付けですね」
「おまっ。堂々と言うんじゃねえよ! 恥ずかしくないのか!」
「これも僕の務めのひとつですから」
聞いた方が口ごもってしまうなか、他に誰もいない森の中というのが幸いした。ディーダが大きなため息と共に視線を送ると、ソラは斜め上を向いて記憶を巡らせる。
「座学、と言ったらいいんでしょうか。そういう指南書があるんですよ」
「指南書ぉ? ただのエロ本じゃねえのか?」
「ち、違いますよ!」
眉を吊り上げるディーダ。
ソラは慌てて首を横に振る。
「教会の高僧たちによって連綿と書き綴られてきた叡智の結晶ですよ!」
「エッチの結晶ねえ。ババァ共の妄想なんじゃないか?」
「失礼な! ……多少は時代に合わない記述もありますけど、それを読み解くのも修行なんです」
タコと少年が絡みあい、溢れ出た露を畑に撒くことで媚薬が作られる、などという意味不明な記述も多々あったことを思い出しつつ、それを記憶の奥底に押し戻す。
そんなソラを、ディーダは疑わしげに見下ろしていた。
「実技の方はどうなんだよ。あたしをあんだけメチャクチャにしたんだ。童貞じゃないんだろ」
「ど、童貞ですよっ!」
「はぁ!?」
今度こそ顔を真っ赤にして叫ぶ少年にディーダは目を見張る。
自分が童貞に負かされるはずがない。あの日の彼の腰の動きは、鬼気迫るものがあったのだ。きっと教会では修行と称して星光教の高位職の女たちがソラのような美少年を食い散らしてきたのだろう。そう確信していた。
だが、目の前で目を伏せる少年からは、嘘の匂いがしなかった。
「本当に修行中は誰ともヤってなかったのか?」
「星光教の聖職者は妊娠もできませんから。というか、僕のいた修道院には男しかいなかったです」
「そんな……バカな……」
愕然とするディーダ。
いよいよ童貞の少年に不様な敗北を見せたという現実が突きつけられて、羞恥心で身体が燃える。
「ほ、本当に女とは会ったことがないのか? この際、模型でもいいぞ」
「模型って……。本当に会ってませんでしたよ。――強いて言うなら、たまに教主様が視察にこられるくらいですかね」
「教主!? そいつから直々に――」
ソラはむっとして、ディーダを睨む。
「教主様は偉大なるお方です。祈りの道へ真摯に打ち込む姿は、僕の目標です。そもそも、僕も遠巻きにお見かけする程度で、直接話したこともありません」
「そ、そうか……。すまない」
少々過熱していた、とディーダはしゅんとする。
しおらしい彼女を見て、ソラはゆるく笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。それだけ、僕の修行の成果が出ているってことですから。まあ、あの時は必死で、自分でもほとんど何も考えられていなかったんですけど」
「……やっぱエロすぎる。ソラ、帰ったらセックスするぞ」
「せ、セックスって!? た、種付けと言ってください!」
かぁああ、と急激に茹蛸のような赤みを帯びる少年。慌てて捲し立てる彼の言葉に、どんな違いがあるんだと首を傾げながら、ディーダは思わず彼を抱きしめて胸元に小さな頭を包み込んだ。