貞操逆転開拓村の種付け司祭 作:ユリイカ
結局、ディーダはカブトワリタケを見つけることができなかった。
「やっぱりもっと奥の方に行かないとダメだな」
何故か存在自体は確信している様子で、彼女はさっぱりと諦める。非力な男であるソラを連れていることもあり、そもそも今回は本格的な捜索を行っていたわけでもないようだった。
そうして二人は帰路に就く。森を歩くこともほとんど初めてと言っていいソラは、既に疲れを滲ませていた。ディーダに遅れまいと必死に追いかけながらも、どことなく足元がおぼつかない。
「少し休むか?」
「いえ。まだ大丈夫です」
ディーダは重たい戦斧を担ぎながらも涼しい顔だ。そんな彼女に対抗心を燃やすように、ソラは荷物を背負い直す。鬼人族に体力で敵うはずがないというのに、不思議な少年だった。
だが、そんな気概があるところもいい。とディーダが前を向いて再び歩き出そうとした時だった。
「ああっ!
「どうした!?」
背後で少年が叫ぶ。すわ魔獣の襲撃かとディーダは斧を取り出し身構える。ソラは森の奥を指差し、切迫した表情で、
「人が倒れてます!」
「人? あ、おい、待て!」
言うや否や、彼は猛然と走り出す。それまでの疲弊も忘れたかのような、弾かれたような勢いだ。虚を突かれたディーダは一歩遅れながらも追いかける。
今の時間、魔の森の奥まで入っているハロモ村の者はいないはずだった。交代で見張りをしている斥候たちも、このあたりにはいない。その場合、森の中で誰を見るというのか。
「魔獣かもしれない! 止まれ!」
「でも――!」
ディーダの制止も聞かず、ソラは茂みの奥で倒れている人影へと近づく。
それは目を閉じて昏倒した女だった。淡い緑の髪は長く、周囲に乱雑に広がっている。シミひとつない白い陶器のような肌と精緻な顔立ちにソラは思わずドキリとするが、すぐにその狼狽も吹き飛んだ。髪の隙間から耳が飛び出ているのだ。
「お前、勝手に走るなって――ソラ! そいつから離れろ!」
遅れて追いついたディーダが声を張り上げる。彼女は斧を振り上げ、横たわる女に向かって、
「待ってください!」
振り下ろそうとした刃の前にソラが立ちはだかる。ディーダは目を細め、剣呑な表情で彼と対峙する。
「退け。そいつは――」
「エルフ、ですよね」
力なく倒れる女の耳は細く尖っていた。人間族のような丸みはなく、鬼人族のような木の葉型でもない。水平に伸びる特徴的な形は隠せるものではなかった。
古くから魔の森に住み、自然と共に生きる幻想種。その性格は孤高で排他的。外部からの干渉を拒み、この森に入るハロモ村の者たちも幾度となく矢を向けられたという。
「そいつはこの森の原住民だ。下手に関わると村が被害に遭う」
「でも……こんなところに放置できません」
歴戦の冒険者であるディーダでさえ、森の中に潜むエルフを見つけられた試しはない。どこからともなく矢を射かけられ、肝を冷やした。彼女たちの拒絶は固く、態度は冷淡そのものだ。ディーダを含め、村人たちにエルフに好印象を抱く者は絶無であった。
だが、ソラはそんな彼女に異を唱える。
「いくらエルフと言っても、ここで倒れていたら魔獣に襲われてしまう。みすみす見殺しになんてできない」
「こいつらだって森の種族だ。これは自然の摂理ってやつだろ」
「でも、僕は星光教の司祭として、助けたい」
ディーダは怒りにも似た熱を腹の奥底に感じていた。
自分よりも遥かに弱い、吹けば飛ぶような少年が、臆することなく真正面から対峙しているのだ。そんな経験は彼女の人生のなかで一度たりともない。男といえば鬼人族と見るや肩を縮め、媚びへつらうものばかり。おどおどと顔色を窺い、愛想笑いをするだけの存在だった。しかしソラはそんな男たちとはまるで違う。
ベッドの上で鬼人族を屈服させる絶倫と技巧には驚かされたが、真にディーダの心を揺さぶったのは、真っ直ぐに見返してくる瞳の力強さだった。
「荷物はお前が持てよ」
「うん。……ありがとう、ディーダ」
「コイツを喰った魔獣が村まで来る可能性もあるからな。それを避けるための非常策だ」
一応の折り合いを付けながら、彼女は細身の女を持ち上げる。外見以上にずっしりと重く感じて驚くが、気絶して脱力している人は土袋のようなものだ。それに、彼女は四肢こそ細く、腰回りもすらりと引き締まっているが、胸は立派なものが付いている。
周囲に散らばった矢と弓を拾い集めていたソラの目の前でぼろんとたわわな果実が揺れて、彼は赤面しながら顔を逸らしていた。
「オラ、行くぞ」
「う、うんっ」
その反応に理由のない苛立ちを抱きながら、ディーダは歩き出す。その背後を、ソラも矢筒を抱えながら追いかけた。