貞操逆転開拓村の種付け司祭 作:ユリイカ
泥濘のなかに沈んでいた意識は、遠くに響く獣の吠え声に呼び起こされる。まるで火を突きつけられたかのような、悲鳴まじりの声。だが、そのどこかに艶のある悦びのようなものも感じられる。混濁した思考ではその些細な機微まで感じとることはできないが、違和感が耳の奥にざらりとした感触を残していた。
ミルティーシアは身を捩る。
全身が重たく、倦怠感に包み込まれていた。
「――ぉ゛っ♡ いぐっ♡ ――うっ♡」
自分はいったい、何をしていただろうか。徐々に思考が巡り始め、記憶が鮮明に輪郭を作っていく。
森の中。葉の匂い。枝を踏み折る音。
「んぉおお゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!!♡」
そう、魔獣の咆哮。
森の中に暮らし、幼少期から弓の名手として名を馳せてきた。だからこその慢心があったのだろう。ミルティーシアはいつものように、単身で狩りに出かけていた。ほんの気の迷いもあり、普段の狩場から離れた別の場所へと足を向けた。
思えばそれが間違いだった。
「いぎぃいいっ♡ んぐっ、おっ♡ も、もうイってるからぁ♡ おぉ゛っ♡ おぐぅっ♡ ゴンゴンすりゅにゃぁあっ♡」
そこで出会ったのは、全く未知の魔獣だった。
魔力を込めた矢も通さぬ分厚い鱗で身を包み、爛々と赤く輝く眼でこちらを見下ろしていた。それが腕を振り下ろすたび、魔樹が飴細工のように砕け倒れていた。黒々とした爪が地面を抉り、灼熱の炎を口から吐き出していた。
手に負えないと判断したのは、遅かった。荷物を投げ捨てて、必死の遁走をした。
「いゃぁあっ♡ もうイくの嫌だぁあっ♡ んんっ♡ んじゅっ♡ んんんっ♡」
喉が焼けるような痛みを耐えながら、走り続けた。自分がどこにいるのか、里がどこにあるのか、考える余裕もなかった。背後を振り返ることすらできない。背中に黒い爪が突きつけられているような恐怖が常に迫っていた。
ギシギシと異様な音がして、世界が揺れていた。何かが破裂するような音と共に、生ぬるい飛沫が飛んでくる。
「ぷぁっ♡ お゛っ、んぉ♡ お前、ヤってる時は容赦なさすぎるだろ♡ こんなに射精しやがって♡」
――人の声だ。
「ぐっ、うぅ……っ!」
霞がかっていた思考が晴れる。鈍っていた危機感が警鐘を鳴らしはじめた。
慌てて身を起こそうとしたミルティーシアは、視界がぐるりと回るような違和感に呻く。
「お、おい、アイツ目が覚めたみたいだぞ!」
「はぁ……はぁ……。うぅ……」
「あたしのおっぱいしゃぶってる場合かよ。と、とりあえず拭くものを――んぉおっ♡ おま、まだヤり足りないのか!?♡ ま、待てって――んんっ♡」
ドタバタと激しい物音。
なんとか脱さなければ、とミルティーシアは被りを振る。だが、疲弊し切った体は思うように動かない。それでも無理に体を動かし、手を伸ばした。
「きゃあっ!?」
「あ、あぶないっ!」
地面を突こうとした手が空を掴む。支えのないまま倒れ込む彼女は、激突する寸前に細い腕に抱き抱えられる。
エルフのものとは違う、慣れない匂い。ふらつく視界で見上げると、そこには――
「だ、大丈夫ですか? お怪我は……なさそうですね」
「は、はひ」
全身がしっとりと汗ばんで、どこか呼吸の荒い、紅顔の美少年が立っていた。華奢な体を包む服はまるで急いで着たかのように乱れ、蠱惑的な鎖骨がちらりと覗いている。何よりも、彼の胸板にゼロ距離で密着した鼻先が、芳しい香りを感じ取る。
女しかいないエルフ族から放たれることのない生々しい香り。思わず生唾を飲み込んでしまうような、本能を直接貫く匂い。
「あの……?」
気が付けば、ミルティーシアは少年の背中にまで腕を回し、縋り付くように抱きしめていた。男の匂いを鼻いっぱいに吸い込むように深呼吸を繰り返し、酔いしれる。困惑の声にはっと正気を取り戻して離れる時も、名残惜しく唇を噛んでしまった。
「すみませんっ! その、えっと……結婚してくださいっ!」
エルフの里に"男"がやってきたのは、もう何十年も前のことだという。その時の"祭り"で生まれたミルティーシアは、そもそも存在を確認したことすらなかった。結果、どうなるか。
数十年ものの処女を拗らせながらも若々しい性欲を蓄積させたエルフは理性を失い、開口一番のプロポーズへと至るのだった。