元暗殺者の七転人生 作:京谷ぜんきまるpixiv
「レイラ・アルシオン。父上が病に伏している間、お前の出仕を禁ずる。しばらく自宅にて待機せよ」
「……承知いたしました」
戦乱が続く大陸の中で、最強国家と謳われるようになったザフラール王国。
その荘厳な謁見の間で、レイラは第一王子レジャス・ザフラールの命を静かに受けた。
胸の奥では、深い溜息が落ちる。
(大陸平定のために尽くしてきた結果が……これ、か)
一礼し、レイラは王城を後にした。
× × ×
レイラ・アルシオンは、金髪碧眼の美貌と、戦士としての威容を兼ね備えた女武将だ。
だがその“表の顔”とは別にレイラには“裏の顔”があった。
暗殺、隠密、諜報、破壊工作――
裏の任務に必要な技術・知恵をすべてつぎ込み、ザフラールのジャビル王直属の影として働いてきた。
いくつもの偽名を使い、諜報組織を築き上げ、密約交渉から暗殺までこなしてきた。
その手腕はレジャスも認めるところではあった。
しかし、ジャビルは嫡男であるレジャスにも洩らさぬ秘密をレイラには打ち明け、相談役として彼女を重用してきた。
さらにレイラは治癒の技にも長けていたため、「癒やし手役」として、たびたび父王の寝室に召されてもいた。
そのためレジャスの母親である王妃も、彼の取り巻きの貴族連中も、
「けしからぬ女ですよ」
と、しきりに訴える。
さらに王直属とはいえ、レイラは世継ぎであるレジャスの命令にも従わないことも多かった。
結局はあらぬ誤解と嫉妬なのだが……。
レジャスはレイラを“父に取り入った悪女”と以前から忌み嫌っていたのだ。
× × ×
居館に戻ったレイラは、部下と使用人たちに館を離れるよう命じた。
本来ならもっと多くの者がいたが、すでに彼女の指示で王都から退避させている。
レイラは静かに荷をまとめた。
その夜。
ザフラール兵が館を包囲した。
寄せ手の兵が館の中に攻め入ったときには、すでに館内は無人だった。
「レイラを取り逃がしたとあっては王子の怒りを買うぞ! 街は封鎖してある。しらみつぶしに探せ!」
兵を指揮していた隊長が血相を変えて檄を飛ばすが、彼らのほとんどは実力不足の低レベルの士卒だ。
非常にレベルの高い戦士であるレイラの武勇は彼等が一番よく知っている。
剣を振り回し、お互いがたてる物音に怯えながら部屋を荒らし回る姿は、ただただ滑稽でしかなかった。
――そのころ、レイラは追っ手達が想像だにしない場所にいた。
× × ×
変装を済ませたレイラは、王城の奥深く、ジャビル王の寝室へと潜入していた。
「王、このような形で参じたことをお許しください……本来なら、王子の命でお会いすることも許されておりませんが、最後にお顔だけでもと」
……レイラはレジャス王子が自分を暗殺しようとしたことは言わなかった。
「おお、レイラ。わざわざ来てくれたか」
王がやつれた身を起こそうとするのを、レイラはそっと制した。
今の彼女は体のラインが露わになる隠密服姿だった。
レイラはこれまでずっとそうしてきたように、服の上着を脱ぎ、肌を露わにしてジャビルに寄り添い、癒やしの光を放つ手を彼の胸に当てた。
ジャビルは大きく息を吸ってレイラの裸身から発している精気をその甘い体香と共に身の内に取り込んだ。
「ああ……心地よい。そちの治癒スキルと
だが、傷や体力を快復させる治癒魔法やスキルでは病を治療することは出来なかった。
元々虚弱だったジャビル王の体は病でさらに弱り、もはや苦痛を和らげることしかできない。
それほどにジャビル王の病状は深刻だった。
「王よ……レジャス王子は、あなたの後を継ぎ、南大陸を統一できるでしょうか」
「ふ……無理であろうな。余の夢は、ここで尽きる。定命者の儚い夢よ。もうよい」
そう言ってジャビルはレイラの手を弱々しく握った後、彼女を見つめた。
「だが、レイラ。お前はまだ生きられる。新しい人生を切り開け」
「……ありがたきお言葉です」
レイラは王の手にそっと口づけし、立ち上がって着衣の乱れを直した。
「おさらばです。ジャビル様」
深く一礼し、部屋を出ようとしたその時――
「レイラ……最後にひとつだけ教えてくれ。 レイラという名もまた偽名であろう? 本当の名は、何という?」
レイラは静かに振り返った。
「……アルパイスです。アルパイス・テスタード。 それが、アルシオン家にさらわれる前の……私の本当の名前です」
「いい名だ」
ジャビル王は目を閉じた。
次に目を開けたとき、レイラ――いや、アルパイスの姿はもうなかった。
(そちがいてくれたから、余は今日まで生きてこられた……さらばじゃ)
ジャビルは薄く微笑むと、再びその目を閉じた……。
× × ×
王城を脱したアルパイスは王都内の家屋の屋根から屋根へと飛び移って移動していた。
戦士・暗殺者として非常に高いレベルに達している彼女にとっては、常人ならば落下死しかねないような危険な移動も朝飯前だった。
そのまま街を取り囲む街壁を飛び越え、夜の闇に溶け込む――。
直後、アルパイスは自分に近づく気配を感じて身構えた。
だが現れた姿を見て構えを解く。
「ラーシャか。落ち合う場所が違うぞ」
「ミリアに言われて残ってたんだよ。アイザートリアの隠れ家まで護衛しろってさ」
「必要ないんだがな」
「あたしもそう思った。でもまあいいじゃないか」
ラーシャの陽気さに釣られて、アルパイスの表情も少しだけ緩む。
「レジャス王子の動きは思ったよりも早かったな。王が亡くなるまで待っていてくれると思っていたのだが、思い違いであったようだ」
「しょーがないさ。王子はあんたをめっちゃ嫌ってるからね」
「なんでだろうな……」
ラーシャはケラケラと笑った。
「そりゃあ、あんたは王様以外の命令を聞かないし、敵とかをポンポン味方に引き入れたりするからだろ。例えばあたしとか」
「それで問題を起きたことなど無いのに」
「いや~、だからじゃねーの? あんたを恐れてんだよ――あんたみたいな女が、いつか国を乗っ取るんじゃないかって」
アルパイスは小さく息を吐いた。
胸中にはまだジャビル王への忠誠、ザフラール王国の行く末への想いが渦巻いている……。
会話を交わしながら、アルパイスとラーシャは疾駆し、どんどんザフラールの王都から遠ざかっていった。
アルパイスは、ラーシャと初めて出会ったときの事を思い出しながら、これまでの事を思い返し始めた。