約5割はAIによるアイマスクなヒロピンを 作:総武文芸部
大学での講義と課題を終え、清水優奈は夜の街を歩いていた。
いくつか用事もあって、すっかり夜遅くなっていた。街灯の光が淡く伸び、すっかり温かくなった春なのに、夜の冷気は肌寒かった。
ふと、空気が凍りつくような感覚が指先を伝う。
強大な氷の魔力だ。ただならぬものが、この街の外れの廃工場から広がっている。
優奈は立ち止まり、周囲を見回す。人通りはほとんどない。
しかし直感的に、これは戦うべき相手だと理解した。もしあの場所にいる魔族が街で暴れ出せば、被害は相当のものとなるだろう。
「……参りますわ」
優奈が水色のアイマスクを顔に当てると、それは黒い紐によって自動的に頭の後ろで結ばれて、目元を隠すように固定される。そして彼女の身体は魔力の奔流に包み込まれる。
私服は光の粒子へとほどけ、光と水を纏うようなリボンが優奈の身体を包み込んでいく。
瞬間的に、白と水色を基調とした変身コスチュームへと変わった。白いグローブが腕を覆い、白いロングブーツが足元を固める。肩を大胆に露出したワンピース型の衣装は、動きを妨げないためのものだ。
肌色のタイツが太ももの素肌を隠し、真っ白な上着であるボレロを羽織る。胸元にはラベンダーのリボンの上の青いブローチが輝く。紺色の髪は水色のリボンでサイドポニーに結ばれ、凛とした印象を添えていた。
そうして変身を終え、魔法戦士アクエリアは廃工場へと足を向けた。鉄錆の匂いと、壊れた建材の陰に潜む静寂だ。
だが、内部には確実に氷の魔力が渦巻いている。
入口をくぐると、広大な工場内部は冷気に包まれ、足元の水滴が薄く凍って光っていた。
そして、そこに立っていたのは、武人の風格を持つ魔族、すでに氷の双剣を握っている男の影だ。氷の魔力が周囲に張り巡らされ、空間そのものを凍結させる力を感じた。
「我が名は、バルティス、よき闘争を」
相手はゆっくりと名乗った。双剣を構えながら、冷たい笑みを浮かべている。
その一言で、廃工場内の空気はさらに凍りついたようだった。
低く響く声に、アクエリアは構えを取りつつ答える。
「わたくしは、魔法戦士アクエリア。この街の平和を守る者ですわ」
まずアクエリアは、いつも通り水属性魔法で牽制を試みた。小さな水の流れを生み出して、相手の動きを封じようとする。だが、流れた水は瞬く間に凍り、細い氷柱となって跳ね返ってきてしまう。
「なっ……!」
焦りの色が、アクエリアの目に浮かぶ。水属性魔法の相性がとことん悪い。これでは防御手段が制限され、光属性魔法だけで戦わねばならない。
バルティスが双剣を振るうたび、氷の力が足元に広がり、廃工場の床は滑りやすくなっていく。回避しながら、アクエリアは光属性魔法の閃光の刃で牽制しつつ、間合いを保つ。
双剣を振るって防いでいるからには、有効打にはなるはずだ。
(……油断できませんわ。ここで倒れるわけには……!)
彼女の心臓が速まる。戦闘経験が冷静さを支えているが、氷の双剣が空中を斬るたび、状況は緊迫していく。
アクエリアは、必殺技を放つための隙を狙いながらも、強敵の前に徐々に追い詰められていっていた。
光属性魔法で牽制しているが、氷の双剣はすり抜けるように接近し、何度も掠める。
変身コスチュームの自動防御が発動し、衝撃や切り裂きを防げている。だが、その防御の度に、魔力は消費されていく。魔力残量が気になりながら、アクエリアは再び閃光を放った。
「……くっ…強すぎますわ!」
氷の双剣はいくらでも造り出せるらしい。
それが投げられたことによって、アクエリアは自動防御があるのに、それが貫通されるほど、かなりの衝撃を受けてしまった。
「きゃあ!?」
完全に倒れ込むことはなかったが、痛みで思わず膝をついてしまう。肌色のタイツを身に着けているとはいえ、冷たい地面は彼女の体温を奪っていく。
アクエリアは白い息を吐きながら、体勢を整えようとする。
(やはり水属性魔法を使わないことには……勝ち目がありませんわ……!)
床に散らばる瓦礫と凍った水面が滑りやすく、移動もままならなくなっている。水属性魔法は凍らされてしまい、牽制にすら使えないだろうが、だからこそ何かチャンスを掴むために必要だと考え直した。
防御と回避だけで精一杯の状況が続く。
バルティスは双剣を再び造り出し、無理な追撃はしてこなかった。距離を取ったまま、アクエリアの様子を見るように立つ。
その余裕に、アクエリアは息を吐き、しかし悔しそうに呟いた。
「…手加減されてますわね」
その言葉は小さく、だがはっきりと自分に言い聞かせるものだった。おそらくバルティスは、アクエリアの狙いに気づいている。これほどの危機的状況で、アクエリアの決して諦めない瞳が、きっとそれを伝えてしまっている。
この相手には、やはり必殺技である『ホーリートルネード』が必要な強敵だ。
せめてアクエリアの総魔力量の3割を使わなければ、必殺技『ホーリートルネード』は安定して放てない。勝つためには、あの大技を確実に当てるチャンスを探していくしかない。
再びアクエリアは立ち上がって、構えて立ち向かう。
氷の双剣が横一文字に振られ、またも自動防御が発動する。魔力を削られながらも、アクエリアはそのまま光の魔法で閃光の束を放った。
バルティスは素早く氷の刃でそれを受け流す。
それがわずかな隙だ。
「やっ!」
わずかな隙をついて、光を纏ったキックを放った。
しかし回避されてしまう。
アクエリアのできるギリギリの行動であり、1度きりの博打であったが。
(手加減してくれているうちに…自動防御を囮にして……それでもダメですの……?)
反撃を受ける前に、1度距離を取る。
焦りと緊張の中、アクエリアは呼吸を整え、次の隙を探した。必殺技に必要な魔力を最低限温存しつつ、自分の体力の限界と魔力残量を計算する。
廃工場の壁に反射する光と影。冷気で霧のように漂う空気。
双剣の煌きが何度も迫り、アクエリアは防御の連続で徐々に追い込まれていく。
しかし、バルティスは決して致命的な一撃は放たない。そんな手加減があるからこそ、アクエリアは戦闘を継続できている。焦りながらも、必死に立ち向かう。
アクエリアは冷気に耐えながら、氷の双剣の攻撃を観察した。
もう魔力残量は半分未満で、変身コスチュームの自動防御が発動するたびに、胸元のブローチから吸い取られる魔力が減っていっていた。
アクエリアは立ち上がり、残り少ない魔力を振り絞り、光と水の魔法を連鎖させて前方に飛び出した。消費の少ない水属性魔法も牽制として攻めていく。
氷の双剣をかいくぐり、跳躍、転回、閃光と連続攻撃を重ねた。廃工場の梁や瓦礫を利用し、バルティスの注意を分散させる。
そして、ついに決定的なチャンスを見つける。
バルティスが双剣を振り上げた瞬間、片手がわずかに遅れたのだ。
「いきますわ! ホーリートルネード!」
胸元の水色のブローチに触れ、魔力を一気に解放する。
光の奔流が両手から放たれ、バルティスの身体に直撃する。そんな光の竜巻によって、バルティスは一歩ずつ後退していく。
だが彼は、氷の魔力を勢いよく放って、ホーリートルネードを打ち破ってみせた。
「ふむ、それがお前の全力か」
「そんな……」
アクエリアの必殺技は直撃したものの、浄化や撃退には至らなかった。最低限の3割だけでは足りず、もっと大量の魔力を込める必要があったのだ。
そして唖然としているうちに、バルティスの氷双剣による剣技が直撃してしまう。
「きゃああっ!?」
とても強力な一撃だった。
なんとか変身コスチュームの自動防御は発動していた。だが残り1割ほどだった魔力を、完全に失う結果となってしまった。
「うぅ……」
その後ろ向きに弾かれるような衝撃と、魔力がほとんど尽きた体を支えきれず、背中を軽くぶつけた。もう魔力はほとんど残っておらず、冷気のせいで全身が震える。
それでも魔法戦士アクエリアとして諦めず、なんとか身体をゆっくりと起こしたが。
「……まずい…ですわ……」
変身コスチュームは、静かに光の泡のように消えていってしまう。
そうして一瞬のうちに、私服のブラウスとスカートに戻っていた。長い紺色の髪を結んでいたリボンも消えてしまい、氷が付着する髪に結んでいた名残りがある。
しかし髪が結ばれている感覚がなくなったことで、魔力切れで変身解除されたことをますます感じさせる。
幸い、まだ水色のアイマスクはそのまま身に着けていて、魔法戦士アクエリアだと認識されている。だから清水優奈の素顔はバレないはずだ。
「…くっ……」
決して諦めない瞳で、バルティスの姿を見上げた。
しかし冷気によって唇は震えてしまい、今は無力な女子大生の清水優奈でしかない。この私服には、変身コスチュームのように自動防御などはない。ますます周りの冷気が、体温を奪っていく。
優奈の小さな身体の震えは、きっとそのせいだろう。
冷や汗が頬を流れ、背中にも汗が流れていることを感じた。
氷が溶けて水になっていくことによって、上品なブラウスは透けてきているようで、純白でレースの下着が見えてきてしまっている。だが優奈に恥じらう余裕はなく、恐怖に飲み込まれそうなほど、彼女は命の危機なのだ。
敗北は初めてではない。
拷問され、辱しめられ、女性として鳴かされたこともある。
たとえ今までは逆転して、何度立ち上がってきたとしても、どうしても優奈は過去を思い出して、弱気な姿を見せてしまう。
大学の友人たちを同じ目に合わせないためにも、誰にも決して相談できず、優奈は孤独に何年も戦い続けてきた。
「その…どうか……」
そうだ、街の平和を守る魔法戦士アクエリアとして、ここで命を落とすわけにはいかない。そう優奈は、自分に言い聞かせた。
プライドよりも、たとえ命乞いをしてでも、この場を乗り越えなければならない。
しかしバルティスは、背を向けた。
「な、なぜ…とどめを…刺さないのです…?」
優奈の声はかすれ、震えている。
必死にバルティスを見上げた。
「人間界は魔素が薄い。だから修行のために来た」
静かに告げられたその言葉だった。
「お前を殺す目的はない」
魔族がわざわざ人間界に来るのは、悪しき目的があるが、目の前の魔族は今までの者たちとは違っていたらしい。とはいえ、この敗北の結果で見逃されるのは、ただ運がよかっただけだろう。
もしも凶悪な魔族であったのなら、どんな屈辱を受けていたか。清水優奈は、敗北によって何度もそういう経験をしてきていた。
変身解除後も痛めつけられたり、変身能力や光属性の魔力を解析されたり、思い出したくないほどに1人の女性として弄ばれたり。
今までどんな魔族にも最終的には逆転して、今ここにいるが。
目の前の魔族は、勝ち目が全く感じられないほどの強敵だった。
「そう…でしたのね……」
優奈は呼吸を整えながら、震える手で二の腕を抱えて、ゆっくりと頷く。
全力を尽くしたが勝てなかったこと、そんな悔しさだ。
見逃してもらえることに、感謝するのは違うだろう。
再び魔法戦士として立ち上がるために、優奈は宣言する。
「次は…負けませんわ……」
恐怖を覆い隠すように、そんな決意を見せた。
いまだ周囲には氷の破片が散乱し、冷気で身体が震えているが、それでもだ。
「……強くなっておけ」
そう言って、バルティスは何事もなかったかのように、ゆっくりと背を向けて去っていく。彼の足取りには、容赦も執着もなかった。
優奈は座り込んだまま、アイマスクに触れて強敵の背中を見送る。そんなアイマスクがあることが、アクエリアとしての最後の支えだった。
寒さに耐えながらも、目の奥には消えない決意が光る。
(…次こそ、必ず……!)
冷気に包まれた廃工場の闇の中、アクエリアは静かに立ち上がった。敗北の余韻の中で、もっと正義のヒロインとして強くなること、そして人々を害する魔族との戦いへの決意を胸に刻んでいた。