約5割はAIによるアイマスクなヒロピンを 作:総武文芸部
春の柔らかな日差しが、大学のカフェテリアの窓から差し込んでいた。
学生たちのざわめきと食器の音の中で、清水優奈は友人たちと並んで座っている。白いブラウスにベージュのスカートという、控えめな装いのまま、彼女の瞳は穏やかだった。
友人たちの談笑に混じり、向こうのテーブルでは男子学生たちが小声で盛り上がっている。
「なあ、聞いたか? この前またアクエリアが街でさ」
「マジで? あのアイドルみたいに可愛いやつだよな?」
その声は興奮気味で、どうやらスマホで検索して写真を確認する者までいるようだ。魔法戦士アクエリアの名は、もはや一部の大学生たちにとって、アイドルのような憧れをもって語られていた。
しかし、別のテーブルでは女子学生たちがひそひそと囁く。
「でもさ、アクエリアが出るとき、魔族が襲ってくるって噂じゃない?」
「じゃあ、やらせなんじゃない?」
「あの子がいるとこに、必ず事件が起こるとか?」
まるで疫病神のような扱いであり、そんな噂は真実でないと言い切りたいところだが。
優奈が持つ光属性の魔力は、魔族にとっては珍しい。敗北後に捕まってしまい、魔力を機械によって吸われ、研究された経験もある。その時は、なんとか変身アイテムを取り戻し、データも残らないようにした。
(もしかすると、わたくしの日常を狙ってくるかもしれません)
そんな不安を打ち明けることもなく、優奈は友人たちとの談笑にほほえみを返し続けた。アクエリアの正体だとは知らないが、親しい友人たちは、アクエリアを正義のヒロインとして擁護してくれている。
「アクエリアって頼れる正義の味方のことだよね?」
「私たちのピンチにも駆けつけてくれそう!」
「ええ、きっとそうですわ」
この街は魔素が豊富であり、強力な魔族が出没しやすいからこそだ。優奈は何年も戦い続けている。たとえ何度か敗北し、どれだけ女性としての屈辱すら味わおうと、何度も立ち上がってきている。
(やはり友人の皆さんと、この街の平和くらいは、わたくしが守ってみせますわ)
胸の奥では、昨日の氷の魔族との敗北を思い出す。悔しさと共に、静かに、しかし確実な決意が芽生えている。一度の敗北など、乗り越えてみせると奮起していた。
だが、孤独の戦いが続いていることも事実だ。魔法戦士アクエリアとして、誰も知らないところで戦い続ける重圧は、心の片隅で小さく重くのしかかる。
夕方、大学の講義を終えた学生たちが帰宅を急ぐ通りだった。
夕日に照らされる歩道を、優奈は一人で静かに歩いていた。友人たちのようにサークル活動には参加しない。なぜなら夜の時間帯こそ、魔族が活発になるからだ。
「そんな……!」
これで三日連続の戦いだ。本来、ここまでの頻度ではない。一週間に一度戦うかどうかだったはずなのに。
空気が震え、土の匂いと共に、異質な気配が漂ってくる。この街の魔素が濃くなっているのか、魔族たちが人間界に多数来るようになっているのか。
低く狡猾な笑い声が聞こえた。通りの角には、老魔術師のような姿をした女魔族が立っている。土属性の魔力が彼女から放たれ、周囲の地面をわずかに隆起させていた。
どうやらアスファルトに囲まれた街中より、この大学付近を好んでいるらしい。
すでに人々は恐怖に駆られ、逃げ惑っている。女子学生の悲鳴、男子学生の驚きの声が混ざり合う。
優奈は急いで物陰に身を隠した。本来はもっと慎重になるべきだが。
「……誰にも見られませんように」
ロングスカートのポケットから、水色のアイマスクを取り出す。指先で持って、そっと目元に当てると、私服は光にほどけるように消えていった。
瞬間的に光と水の魔力光が身体を覆って、魔法戦士アクエリアがそこに立っていた。
白いグローブ、白いロングブーツ、肩を露出したワンピースドレスに、上着としてボレロを羽織る。胸元にはラベンダーなリボンとサファイアのようなブローチが輝いている。髪型はサイドポニーに結ばれて、防御と機動性を両立した、完成された姿だ。
「早く逃げてくださいまし!」
その声と姿に安心したように、人々は散り散りになって逃げていく。
だが、木々に隠れるようにして、男子学生たちはスマートフォンを構える。
「お、おお……!」
「アクエリアだ!」
彼らにむかって、アクエリアは腕を振り、鋭く叱責する。
「命が惜しくないの!?」
冷静で力強い声音に、学生たちは一瞬たじろぐ。しかし距離を保ったままで、悪く言えば野次馬である。アクエリアが有名になるほど、どの場所でも増えていく存在だった。また1人、また1人と、ギャラリーは増えていってしまう。
老魔術師の女魔族は、口元に薄く笑みを浮かべる。
すでに有象無象よりも、アクエリアそのものに興味を示しているらしい。
「こりゃあ珍しい、光属性の魔力持ちか。どう倒して捕獲してやろうかね」
魔力を持つ人々の捕獲を目的として、わざわざ実力を発揮しきれない人間界に来ているらしい。つまり研究者タイプだろう。
フォンテーヌは過去、魔族に捕えられて研究された、そんな忌まわしい記憶が頭をよぎるが、フォンテーヌは軽く首を振る。
「わたくしは、魔法戦士アクエリア。この街の人々を脅かす魔族は、退治させていただきますわ!」
胸を張り、堂々とポーズを取る。
そんな凛とした姿は人々を安心させてくれるかのようだ。
「あたしゃ、テラニアだよ。さあ、かかってきな」
「参りますわ」
アクエリアは水属性魔法を主体に、飛び跳ねながら攻撃を展開した。小石を水流で弾き、砂の攻撃を無力化する。
光の刃を手元から放ち、テラニアの動きを牽制する。だが土の防御に、あまり有効打にはなっていなかった。
「なら、水の刃で!」
威力があまり出ないので、普段はめったに水属性魔法は攻撃として使ってこなかったが。
アクエリアの声と共に、水の刃が複数放たれた。どうやらテラニアを包む土を、泥にしてしまえば、敵は上手く操作できないらしい。
「ちぃ! 相性がよくないねぇ! それに魔素が足りないったらありゃしない」
人間界での戦いに慣れていない魔族は多い。
それがアクエリアが勝利を重ねてきた理由でもある。中には適応した実力者もいたが、狡猾な手段を取られる前に、アクエリアは決めきるつもりでいた。
そんな戦いを、ギャラリーたちは安全な距離から見守る。スマホを構える男子学生たちは、驚きつつも興奮している。
「すげ……まるで魔法少女みたいだぞ……」
「写真撮っとこうぜ、伝説になるかも!」
どうしてもそれを耳にしてしまって、アクエリアは振り返ることなく、鋭い声を浴びせる。
「皆さん、もっと距離を取るのです!」
そう叫びながらも、アクエリアは巧みに身を翻した。
テラニアは土塊を形成し、連続攻撃を仕掛けてくるが、水属性魔法で防ぎつつ反撃する。跳躍、回転、光と水の連携だ。
戦場は短時間で激しい攻防に包まれた。
(…このままでは被害が出てしまうかも…チャンスを見つけて決着をつけてみせますわ……!)
アクエリアの瞳は揺るがない。アクエリアとして、守るべき人々と戦う自分を再確認する。冷静さを失わず、しかし全身の神経は戦闘に集中していた。
そんな激しい戦闘の最中に、通りの端から小さな気配たちが新たに近づいていた。150cmほどの背丈に、セミロングの茶髪を揺らしながら、そんな女子大生も恐る恐る様子をうかがっている。
「愛梨、もっと来なよ!」
「ほら、あれがアクエリア!」
「前に話した正義のヒロインだよ!」
「そ、そうだねぇ……」
友人たちに引っ張られるように、渋々でありながらも春野愛梨は近づいてきた。
魔法戦士アクエリアが目の前で戦っている。話には聞いていたが、見れば見るほど非現実的な戦いだ。できればさっさと逃げたい、そんな気持ちは表情の裏に隠されていた。
アクエリアは目を細め、彼女たちの姿を見た。明らかに年下に見える女子学生たちだ。しかしそれは関係なく、街を守る戦いの渦中で、誰も見捨てることなどできない。
「皆さん、もっと離れて! 安全な場所に逃げるのです!」
アクエリアの声が響いた。
それを聞いて愛梨は、戦いの邪魔になってそうだと思う。
だが、愛梨と呼ばれた女子の友人たちは、わずかに躊躇いながらも、お互いの顔を見合っているだけだ。他にも木々の裏に隠れてスマホを向けている男子学生たちもいて、まるでドラマの撮影を見にきたかのようなテンションである。
アクエリアは何度も水の刃が飛ばし、土の防御を払い除けようとする。必殺技である光属性魔法のホーリートルネードを有効的に直撃させるためには、まず土の防御を何とかしなければならなかった。
「もう1人、いい人間がいるねぇ」
そして今まで防御に徹していたテラニアは、狡猾に笑った。
土の腕が伸びていき、それは愛梨という女子学生の腹周りを掴む。
「えっ!? なんで!?」
「「「愛梨!?」」」
愛梨の友人たちは咄嗟に手を伸ばそうとするが、持ち上げられるように愛梨の身体が宙に浮かせられていった。
「くっ、なんてことを!」
怒気を含んだ声が夕暮れ時に響いた。
攻撃を中断したアクエリアは、振り向いてそちらに意識を向けた。しかし、もしも水属性魔法で、土の腕を破壊すれば、愛梨は落ちてしまうだろう。
「ちょっ! だれかぁ!?」
いまだ非現実的な展開を受け入れられず、愛梨はまず驚きながら、本能的に助けを求めてしまう。
「わたくしが、絶対に助けてみせますわ!」
アクエリアは、土の腕を追いかけていく。一瞬目を離している間に、テラニアは土の防御を残してどこかへ向かっていた。
そうしてテラニアは巧みに愛梨を引き寄せたまま、アクエリアを戦場から離れた場所へ誘導していく。
そんな場所には、工事現場内部が選ばれた。
砂や土、小石の積まれた危険な空間だった。全方位をパネルのようなもので囲まれていて、砂埃が漂っている。
「なんで…こんなことに……」
愛梨の足は土に絡め取られ、人質として確実に捕らえられていた。足を動かしてみても、ビクともしない。今の彼女が頼れるのは、魔法少女アクエリアだけだった。
愛梨自身も両足を動かして何とか脱出は試みているが。
アクエリアは、この場所にたどり着いてから、すぐにテラニアへの攻撃を再開している。しかし、あえてテラニアが場所を変えただけはある。
工事現場の環境は、大学付近の街路樹の比ではない。
土属性魔法による攻撃の激しさは増して、水属性魔法だけでは防ぎきれていなかった。土塊が飛び、砂嵐が巻き起こる。何度か土の打撃を背中に受けて、変身コスチュームの自動防御が発動してしまい、魔力の消耗は激しい。
アクエリアは、この場所では全方向からの攻撃を受け続けていた。
「ですが、絶対に諦めません。あなたを助けてみせますわ」
そう言って、安心させるように頷いてみせた。
その声は、愛梨には届いたようで、少し安心した表情を見せる。
「ふむ、何か秘策でもあるのかねぇ」
テラニアの低い声の呟きだった。
「痛っ!? 足が!?」
「どうしたのですか! まさかテラニアが!」
愛梨の小さな両足は土に押さえつけられているようであり、少しずつ痛みを感じている。我慢できないほどではないようだが、それはあくまで手加減されているからであろう。
アクエリアは急いで、愛梨のところに向かおうとするが。
「おっと、アクエリア、そこで立ち止まりな」
「…わかりましたわ」
テラニアの命令に従い、その場で立ち止まったアクエリアは頷いた。
助けることもできず、しかもこれで回避すら許されなくなった。
「くっ……どうすれば……きゃっ!?」
アクエリアは咄嗟に防御用の水属性魔法を展開して、前方からの攻撃は防ぐ。だが、背中に向かってくる土の拳に直撃してしまう。それが何度も続き、まるでサンドバッグのように耐えている。
変身コスチュームの自動防御機能も働いているおかげで、多少の痛みで済んでいるだけだ。魔力はどんどん削られていってしまう。
「ほらほら、動くんじゃないよ」
「ぁぐ………わかってますわ」
アクエリアは、いまだ凛とした決意が瞳に光っている。どれだけ劣勢だろうと、人質を救うことに躊躇はないようであった。
「なんで戦わないの! アクエリア!」
愛梨の声が、戦場に響いた。必死さと恐怖が混ざった叫びだ。
「当然、あなたを守るためですわ!」
アクエリアは安心させるように頷いて答えた。そんな誰にも揺るがない決意がそこにあった。
その間も攻撃は繰り返され、それでもアクエリアは必殺技ホーリートルネードの機会を探す。光属性魔法の集中攻撃で一撃を与えようと考え、狙いを定めていた。
「……こうなったら」
そのためにも、危険かもしれないが。
魔力をこれ以上消費させないために、変身コスチュームの自動防御の機能を、意図的にオフにした。
人質を取られている状況で勝機は残すためとはいえだ。
この判断はアクエリアを更に追い詰めることとなる。
変身コスチュームの自動防御がなければ、実質的に生身の身体で魔族の攻撃を受けてしまう。
「きゃあああ!? ……がふっ!?」
たった1回の攻撃にも耐えられず、背中の衝撃に悲鳴を上げ、アクエリアは前方からの攻撃に対しても、防御の余裕などない。地面に吹き飛ばされて、仰向けに倒れてしまった。
アクエリアはこういう経験が何度かあるが、ほとんどの人が、このたった1回の痛みによって、心が折れてしまうことだろう。
(……なんとか…最後の一撃で…状況を変えてみせますわ)
そんなアクエリアの諦めない姿勢は、自然と出てしまうもので、何かの狙いに気づかれる弱点でもあった。
しかしテラニアも狡猾だ。
彼女は愛梨を見据え、圧力をかける。
「ほ~ら、アクエリア? 小娘の足がどうなってもいいのかねぇ?」
「うっ…ほんとごめん…アクエリア……」
愛梨の苦痛と謝罪の声が小さく響いた。
砂に絡め取られた足が押さえつけられ、痛みを感じさせている。
「絶対に…助けて……ぐぅ……」
アクエリアはもはや守ることもできず、再び追撃を何度も受ける。もはや拷問のような光景であった。
「ぁぐぅ……ぅう……もうこれ以上は…わたくしの身体が…」
アクエリアは仰向けに倒れ込んだまま、土属性の追撃に何度も何度もさらされている。
いたぶるために手加減されているとはいえ、ほぼ女子大生としての防御力で攻撃を受けている状態だ。
それはアクエリアの生身の身体にダメージを与えていく。今の変身コスチュームは、まるでただの布のように意味もなく、どんどん土で汚されていく。
「はぁ…はぁ……」
しかし魔法戦士として、決して諦めない。
それは魔族テラニアを倒すことと、愛梨を救うこと、その両立である。
そして万が一の時のことも考えて、アクエリアは愛梨の姿を見据えた。
「その……わたくしはどうなっても構いません……あの子は助けていただけますでしょうか」
そんな決意の言葉に、テラニアは小さく笑った。
「いいやぁ。あの小娘も、どうやらなかなかの魔力のようでねぇ」
その瞬間、確かにテラニアは、視線をアクエリアから逸らした。
「じゃ、じゃあ! 私だけで…も……」
「馬鹿言うんじゃないよ。2人揃って実験体さね」
愛梨はアクエリアを助けたい気持ちは確かだが、その正義感は恐怖で打ち消されてしまった。どちらにせよテラニアは、アクエリアも愛梨も、逃がすつもりはないだろう。
「……いいの…ですよ…きゃっ……ぐっ……」
アクエリアは、愛梨の恐怖も肯定した。
いまだ孤高の変身ヒロインと、人質となった女子大生の、ピンチは続いていた。
テラニアは、もうアクエリアが抵抗できないと過信してきている。だから、土属性魔法による自動攻撃に任せて、愛梨に意識を向けている。
それがチャンスとなる。