約5割はAIによるアイマスクなヒロピンを 作:総武文芸部
数週間が経過していた。
その間、街では大きな混乱は起こることなく、しかし確実に異変が発生し、そして収束していった。
掲示板やニュースサイトの片隅などでは。
「再び、原因不明の現象が収束」
「正義のヒロイン、魔法戦士アクエリアの活躍」
「魔法"少女"ルミナ、小さくてかわいい」
といった見出しであちこちに情報が出回っている。
断定的な表現は避けられ、あくまで噂話の域を出ない扱いだが、それでもこの街では確かにルミナの名前も知られ始めていた。
しかし全国的には半身半疑である。なぜならアイマスクによる認識阻害によって、彼女たちの顔が判別しづらいからだ。
何年も活動し続けているアクエリアも、ここ最近で動画が出回っているルミナも、『やらせ』ではないかと言われている。
そうして誰にも感謝されることなく、正体も知られないまま。
それでも、この街に寄り付く魔族は1週間に1体ほどの頻度で、確実に浄化されていた。夜の路地、人気のない公園、廃ビルの屋上など、戦いの舞台はあちこちであり、その戦いの痕跡だけは残ったままだ。
とはいえ、ここまでのことを本人たちは全く気にしていない。
戦いは命がけであり、アクエリアは街の平和を守る正義感に溢れ、そんな彼女をルミナが手伝う。
魔法戦士ルミナも戦いに慣れてきていたが、まだまだ新米として、魔法戦士アクエリアと一緒に戦うことを心掛けている。
彼女も相棒と視線を交わすだけで、次の動きがわかるようにはなっていた。言葉も合図もなく、左右を入れ替え、前後を交代し、必殺技を放つチャンスを共有する。積み重ねている経験が、更に2人の間に信頼を築いていた。
その関係は、戦いの場だけに留まらない。
休みの日になると、愛梨と優奈は自然と一緒に過ごすことが増えていた。特別な予定があるわけではない。
ただ街を歩き、大学の図書館に一緒に行ったり、カフェに寄ったり、他愛のない話をする。
魔法戦士ではなく、ただの女子大生としての時間だ。それは秘密を共有する友人として、想像以上に大切なものになりつつあった。
そして今日も、そんな穏やかな1日だった。
街の中心部は人通りが多く、ショーウィンドウには季節の新作が並んでいる。気温も温かくなってきていて夏も近い。
愛梨と優奈は並んで歩きながら、立ち止まってはガラス越しに服を眺めていた。
「かわいらしい桜色ですし、似合いそうですわね」
「え、スカート? んー……」
愛梨は困ったように視線を逸らした。今日の彼女もデニムパンツに、動きやすいトップスという、いつも通りの服装だ。
「わたし、ズボンの方が落ち着くんだよね。ロングスカートだけど……ちょっと恥ずかしいかな。わたし小さいし……」
照れたように言う愛梨に、優奈はふっと微笑む。
「そうでしたのね。しっかりしている愛梨さんに似合うとは思いますけれど」
優奈はそう言ってから、愛梨の耳元で小声で伝える。
「それに、変身したときは、ワンピースドレスですわよ」
「だって…その…戦う時に動きやすくて……お揃いだから…」
愛梨は照れたように頬をかいた。
優奈は何度か、まばたきして、頬はとても緩んでいた。
それからもしばらく歩いたあと、二人は雑貨店に立ち寄る。棚に並んだハンカチの中から、愛梨は淡いピンク色のものを手に取る。
「これ、かわいいな」
「こちらもステキですわよ」
優奈が選んだのは、水色を基調にした落ち着いたデザインだった。色合いは違うが、どこか似た雰囲気の2枚を見比べて、2人で顔を見合わせる。
「お揃いだね」
「ですわね。買いましょうか」
それは魔法戦士としてではなく、日常を生きるための小さな買い物だった。
それから店を出て、再び街を歩き始めたときだった。
遠くから、悲鳴が聞こえ始める。
ざわり、と空気が変わる。
優奈が足を止め、視線を上げる。
「……あちらから魔族の魔力ですわね」
「え? あー、ほんとだ……」
愛梨もすぐに気づいた。
その視線の先には、デパートがある方角だった。しかも黒い煙が立ち上っていて、焦げたような匂いが、風に乗って届いてくる。
「火事…? あれも魔族がやってるの……?」
愛梨が今まで戦ってきた魔族より、本格的に街へ被害を出しているパターンだった。もし消防車が駆け付けたとしても、根源となっている炎魔族を撃退しなければ、二次被害が起きるだけだろう。
「被害が大きくなる前に、急がねばなりませんね」
「そ、そうだけど……あれ見てよ」
人々が騒ぎながら、こちらに向かって逃げてきている。それはもうパニックだ。
なんとか2人は、その流れに逆らうように向かっていかなければならない。しかし、戦いにいかない理由ではない。
愛梨も、焦っている表情の優奈に頷くが。
「あ、どうしよ……これ」
だが、愛梨は視線を落とす。肩に掛けているお出かけ用のポーチとか、さっき買ったばかりのハンカチだとか、迷ったように呟く。
この混乱のうちなら、そのまま置いていき、解決したら回収することもできる。以前までの優奈ならそうしていた。
優奈は少し考えてから、落ち着いた声で言った。
「そこのお店のロッカーを使うといたしましょう」
「……え?」
戦うことと、日常を守ること、その両立を優奈は自然に選んでいた。
「すぐ近くですから、急ぎますわよ」
「ん!」
ロッカーに荷物を預けてから、再び走り出す。
しかしデパートまでは思った以上に距離があり、人々の混乱も多い。到着する頃には、炎の熱気が肌を刺すほどになっている。
意外なことに、無造作に燃え広がってはいなかった。明らかに魔族がそのデパートだけを選んで燃やしている。多くの人々がデパートから出てきているようであり、まるで追い出したかのようだ。
そんな燃えるデパートの近くで、愛梨と優奈の2人は物陰に身を潜めた。
周囲を確認し、誰にも見られていないことを確かめてから、優奈が小さく頷く。村内合図に愛梨も頷いた。
それぞれ、変身アイテムである布製のアイマスクをポケットから出して身に着ける。
次の瞬間、2人の姿は光に包まれた。
それぞれ淡い桜色、淡い水色を基調にしたコスチュームとなる。ワンピースドレス型の装束に、足は白いロングブーツ、手のひらにはグローブ、太ももは肌色で薄地のタイツで守る。そして胸元には、ルビーやサファイアのような輝きを宿したブローチが煌めく。
そんな彼女たちは、魔法戦士ルミナ、魔法戦士アクエリア。
2人は並び立って、燃え盛るデパートの前に飛び出した。
デパートの火事は、ただ無秩序に燃え広がっているようには見えなかった。炎は建物の外壁を舐めながら、一定の範囲を保ち、まるで目に見えない境界線を描いているかのようだった。熱気は強烈だが、風向きは不自然なほど一定で、火の粉も外へは広がらない。
そこへ、魔法戦士ルミナと魔法戦士アクエリアが姿を現す。
人々の間に、どよめきと歓声が広がった。
「来てくれぞ!」
「魔法戦士たちだ!」
「ということは、これも悪の組織のせいか!」
「そっちの子も、頼んだぞ!」
安心と期待が入り混じった視線が2人に注がれる。まあ今回も同時に、遠巻きにスマホを構える者たちもいた。現実感の薄さが、恐怖よりも好奇心を先立たせている。
アクエリアは一歩前に出て、落ち着いた声で呼びかけた。
「皆さん早く逃げるのです。今は、わざと燃え広がらないようにされているだけ、ここは危険ですわ」
それに頷いた人々は、慌てて逃げていって。
「そちらの方々も、撮影は後にしてくださいませ。命が最優先ですわよ」
その言葉に押されるように、残っている人々はお互いの顔を見合わせてから、距離を取り始める。
「まったく、人質にされても知らないから……」
ルミナは小さくため息をついた。彼女自身も変身能力を得る前に経験があって、その時の無力感と、アクエリアへの申し訳なさは、いまだに忘れられない。
そんなルミナの肩に、アクエリアはそっと手のひらを置いた。
「だからこそ、踏み込むといたましょう」
アクエリアの言葉に、ルミナは頷く。そして2人は並んで、炎の境界へと足を踏み入れた。
背後からは消防車のサイレンが聞こえてくる。その音は心強いはずなのに、炎の領域に入った途端、遠ざかっていくように感じられた。
次の瞬間だった。
ごう、と低い音を立てて、背後の炎が揺らいだ。
振り返ったルミナの目に映ったのは、出口が塞がれた光景だった。まるで扉が閉じたかのように、炎の壁が立ちはだかっている。
「え……? ちょ、ちょっと……!」
つまり逃げ道がなくなった。しかも明らかに意図的な炎の動きだった。思わず声を上げたルミナとは対照的に、アクエリアは静かに前を見据えている。
「落ち着きましょう。ここはもう戦場なのです。それに、想定の範囲ですわ」
しかし、その環境はアクエリアにとって決して有利ではなかった。熱風が全身を包み込み、体温がじわじわと上昇していく。
彼女の額には汗が滲み、呼吸も重くなる。火属性の適性を持つルミナとは違い、水と光を扱うアクエリアにとって、この炎の領域は確実に体力を削る空間だった。
つまり今回の炎魔族は、アクエリアの弱点を知っていて、ここに閉じ込めようとしている。
「えと、大丈夫?」
「……逃げそびれた方々は、いないようですね」
周囲に人の気配は完全になかった。どうやら、わざわざ人々を追い出してまで、このデパートを戦場に選びたかったらしい。つまり今回の魔族はアクエリアを狙ってきている。
2人は警戒しながら、ひとつ、またひとつ、上の階へと進んだ。
あえて上の階にいるのは、アクエリアの体力を消耗させるためなのだろう。
そこには、待ち構えていた存在がいた。
赤いドレスを纏い、優雅に炎の中に立つ女だ。そんな炎魔族の表情には、まるで女王のような余裕が浮かんでいる。
「ようやく来たね、魔法戦士アクエリア」
名指しされた瞬間、空気が張り詰めた。
「アタシはローズ、そしてわざわざ人間界に目的は、あんたさ」
ローズの声には、明確な悪意が込められていた。彼女が語るには、アクエリアへの復讐らしい。かつて姉が敗れ、光魔法によって浄化されたことへの恨みなのだと。
「……そうなの?」
ルミナは不安そうに、隣のアクエリアを見る。
「確かに、その通りですわ。」
アクエリアは頷き、まっすぐローズを見返した。アクエリアは、かつて炎魔族と戦ったことがある。その時は河川敷に誘導して、水魔法が扱いやすく有利な場所で、そしてとどめの必殺技で倒した。
「ですが、あの時もこの街でこのような災害を引き起こしたからこそ、見過ごすわけにはいきませんでしたわ」
アクエリアの内心では、自分の過去の因縁が、ルミナと、街の人々を巻き込んでしまっていることへの痛みが渦巻いていた。それでも、迷いは表に出さない。
「ふん、そっちの魔法戦士は、子飼いかい?」
ローズからは嘲るような視線が、ルミナに向けられた。
「いいえ。大切な相棒ですわ」
「……もう子どもじゃないし」
ルミナは一歩前に出て、アクエリアと並び立つ。
水魔法の使い手にとって不利な環境ではあるが、当時とは違って、今は2人なのだ。アクエリアは、隣にいるルミナから勇気を貰えているようだった。
「なら、2人まとめてかかってきな」
ローズは笑い、炎でできた鞭を生み出して、それを地面で振るって音を立てた。どうやら向こうから攻めてくることはないらしい。
アクエリアがますます体力を消耗する前に、決着を付けなければならない。
「ルミナ、この環境下ではあなたが頼りですわ」
「任せてアクエリア! サポートよろしくね!」
ルミナが先陣をきって、炎を纏った拳で突っ込んだ。その動きを、アクエリアの水属性魔法が支援する。それがいつもの連携でもある。
しかし、この場所では勝手が違った。
「くっ…思った以上に……」
水の魔法は発動直後に蒸発していき、想像以上に効果が鈍かった。それでもアクエリアはテクニックで補おうとするが、魔族の魔力量で構築された炎の領域そのものを消すことなどもできない。
「どうしたアクエリア! 子飼いに任せて、高みの見物かい!?」
「きゃっ!」
ルミナも、まだまだ近接戦闘などの経験が浅い。
彼女が主体とする拳では、鞭とのリーチの差に苦戦していた。
「このままじゃ……!」
ルミナは感覚的に鞭を避けているが、余裕はなかった。何度か受けてしまって変身コスチュームの自動防御が発動する。それなりに火属性への耐性があるが、生まれながらにして炎属性魔法を扱っているローズの魔力の質は違いすぎた。
でもルミナの諦めない攻めは、決して無意味ではない。
「子飼いなどではありません! 相棒として信頼しておりますわ!」
「ちっ」
ローズが、アクエリアの放つ光の刃をギリギリで回避する。やはり光属性は有効だった。ルミナが攻めて、アクエリアが的確に狙撃する。
ローズは光属性魔法の脅威を知っているからこそ、回避主体に動く。
「闇属性も使えれば、簡単に潰せるんだけどねぇ!」
ローズは悪態をつきながら、遠距離から炎の鞭を振るう。魔界と違って、人間界でその属性を扱えるのは、相当の強者のみだ。
「逃がさない!」
踏み込んだルミナが追撃に出た瞬間、ローズは彼女の腕を強く掴んで、その拳を止める。
「えぇ!? またこれ!?」
痛みはなく、思わず身体が火照ってしまうような感覚だ。触れたところから、炎の魔力が吸い取られていく。しかも水魔族リヴィア以上に、急激に吸われていくような感覚だ。それは炎属性の使い手同士の戦いだからこそだった。
「こりゃあいい。足りない魔素の代わりになりそうだ」
「ルミナから離れるのです!」
すぐにアクエリアが光の刃を放った。
ローズは舌打ちして距離を取る。
「しかし人間ってのは、魔力が少ないねぇ。まあ足しにはなったか」
ローズは吸収した魔力を使ったらしく、周りを囲んでいる炎の領域が更に強まった。
「この! わたしから勝手に奪っておいて!」
「どこまでも、わたくしたちを逃がしたくないのでしょうか……まさか!」
次の瞬間、無数の火炎弾が飛び出してくる。
アクエリアは咄嗟にルミナに近づいて、自分を覆うように水の障壁を展開する。しかし炎の領域では満足に機能しないで、すぐに砕け散っていく。
更に領域から、背中を狙うような火炎弾が放たれ、ルミナとアクエリアに直撃した。
「きゃっ……!」
「きゃああああ……!」
2人は吹き飛ばされ、床を転がった。自動防御が発動し、致命傷は免れた。
ルミナはすぐに立ち上がれる。しかし、隣で倒れていたアクエリアのコスチュームは、背中を中心にして焼け焦げていて、自動防御でもダメージを軽減しきれていなかった。
「大丈夫!? アクエリア!」
「なんとか……ですが、全方位からの攻撃、というわけですわね」
アクエリアは立ち上がり、とりあえずルミナは安心した様子を見せる。しかし凛とした表情のままだが、冷や汗をかいていた。
「早めに決着をつけなければ……くっ…」
「このままじゃ、アクエリアの魔力が尽きちゃう!」
アクエリアは再び水の障壁を全方位に展開し続けて、自分とルミナを守りながら、チャンスを見つけようとする。だが火炎弾はあちこちから迫り続ける。炎の領域に溜め込まれている魔力は相当らしく、永遠に燃え盛っているかのようだ。
「なんだい、そこから一歩も動けないか」
「はぁ…はぁ…そんなことは……」
「わたしが引きつけるから! きゃっ!?」
ある程度は炎耐性のあるルミナだが、水の障壁から出ようとすれば、遠距離から迫るローズの鞭に叩かれて、怯むように戻されてしまう。
ローズは煽るような笑みを浮かべながら、決して近づいてくる様子を見せない。アクエリアやルミナが狙っている光属性魔法の必殺技が、明らかに警戒されている。
「……そうだ、これなら!」
ルミナは水の障壁から腕を出して、前方だけに炎属性魔法で障壁を展開してみる。これで前に進んでいこうという思いつきだった。
「それは……!」
アクエリアの焦りは、すぐさま現実となる。
その炎の障壁はローズに掌握されて、それが爆発するかのように、水の障壁ごとルミナやアクエリアの身体を吹き飛ばした。2人は悲鳴を上げる。そして、そこに火炎弾の追撃が迫っていく。
「きゃ…ぁぐ……ぅ……」
「……え、まさかアクエリアにだけ!?」
ルミナが気づいたように、明らかにアクエリアだけを狙って放たれている。アクエリアは最小限の水の障壁で、的確に防御をするが、背中側を狙われれば全く防げない。やがて防ぎきれなくなって連続で受けてしまう。
「きゃああああ……!」
「アクエリア!!」
火炎弾が収まった頃には、さすがに炎の領域の勢いも多少収まっていた。しかしアクエリアのダメージが明らかに大きく、自動防御でコスチュームが耐えきれていない。彼女の魔力量も残り4割くらいしか残っていなかった。
「ごめん…わたし……」
「挑戦することは、いいことですわ。失敗して学ぶものなのですよ」
そんな言葉は、心からのものだった。
ルミナとアクエリアは、敵であるローズを見ながら、ゆっくりと立ち上がる。とても不利な状況だが決して1人ではなく、相棒がいるから勇気が湧く。
まだまだ2人の魔法戦士のピンチは続く。