忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
私だって戦況を正確に把握してるわけじゃない。
「膠着してるって思ってるけど、合ってる?」
「ええ。決め手がないのよね。わたしの攻撃も効かないけど、魔狼の攻撃もわたしにはあまり効かないわ」
「なんなら効くの?・・・て愚問ね」
人間と違って大人しくしてくれるわけじゃない。
「ラウの時、私どうやって血をあげたの? ほんとに覚えないんだけど」
「わたしはあの地の精霊だったから、少しくらい離れててもフェリの血を享受できたの。でもこの魔狼は違う。直接与えないと駄目だと思う」
小声でこそこそと話し合ってる間に魔狼がストーンバレットを放ちながら飛びかかってきた。
ラウは素早く飛び離れ、後衛の術士が結界を張り、タンクは盾を構える。
「私邪魔でしょ?」
「フェリが狙われてるんだから、これがベスト」
離してくれるつもりはないみたい。
「一回、魔狼の上にジャンプしてみてくれる? 飛び越す感じで良いから」
「わかったわ・・・。切りすぎないでね」
私の手にあるナイフを見て不安そうに言ってきた。
「大丈夫よ。来たわ」
魔狼がこちらに目がけて迫ってくる。
私が左腕を切りつけると、ラウが悲鳴を上げた。
「切りすぎよ!」
文句を言いながらも近くの木の枝に飛び乗り、反動をつけてジャンプしてくれた。注文通りの軌跡。
気持ちと血とことば。
何滴か魔狼にしたたり、黒い靄がわっと広がった。が、それだけだ。魔狼も体に寄ってくる羽虫を払うように体をふるっただけ。
「効いてるのかしら?」
「数滴だったものね。もっといるのかも・・・、て、だめ! やっぱりみんなで一度退こう?」
「退いてどうするの? 策は?」
「わからないけど、こんなの嫌だ」
私の流れる血を見つめるラウの瞳が、不安で心配げなものから、うっとりとしたものに代わる。
「飲みたい?」
「飲みたくないときなんかない」
私が小枝で怪我をしたり、指がささ剥けて血が出た以来、飲ませていないので久しぶりかも。
「どうぞ」
気持ちと血とことば。
ラウが私の傷口に舌を這わせたところを見計らって声をかけた。
「ラウの怪我が早く治りますように。私の血がラウの助けになりますように。祝福を与えられますように」
言葉を重ねるごとに気持ちを重ねる。
すき。
だいすき。
ズゥン、と全身が震えるような圧を感じた。
舐めるようだった舌の動きが、傷口に吸い付いて血をすすって飲み出した。
ちりちりとしてちょっと痛い。
「もっと飲みたい?」
もっと切り裂くくらい何でもないけど?
ラウが傷口の端から端まで丹念に舐め、すすり、ちゅぱっとようやく顔を上げた。
「だめ。これ以上は。おかしくなっちゃう」
ラウの光彩が宝石のように輝き、魔狼が放ったストーンバレットを完璧にアイスランスで相殺した。
ん? 太くなってない? ランスって言うより杭だったけど?
「ごめん、フェリ。今自制効かないから、ここで待ってて」
「う、うん」
「あの犬しつけてくるから。誰にも負ける気がしない。フェリの力、みてて」
にこ、ていうには凄みがある笑みを浮かべて、ラウが地を蹴った。
早すぎて目で追えない。
次に目で終えたのは、魔狼の脇腹に回し蹴りを食らわせているところだった。
さきほどとは威力が段違いで、蹴られた魔狼が樹に当たって、え? 止まらないの?
威力が消せずに、二本の目の樹にまた当たって、ようやく止まった。そこにラウが追い打ちをかける。脇腹を上から地面に向かってたたきつけるように何度も殴り、頭にかかと落としを食らわせる。
ぐったりしている魔狼の尻尾を掴んで、振り回したあげくに地面にたたきつけた。
え~~、強くなりすぎでは?
びっくりして見ていると、こっちきて!とラウからお声がかかった。
駆け寄ると、ラウが口に手を突っ込んで、無理矢理上顎を持ち上げた。自力で閉じられないようにアイスランスを三本中に打ち固定する。ついでに四肢も杭を打たれて、地面に貼り付けにされた。
ちょっと魔狼かわいそう。
「血、あげて。こんな奴にフェリの血をあげるなんて、ほんとに嫌なんだけど!!!」
「・・・うん」
さっき切ったところはラウが舐めてしまって、出血は止まってしまっている。
新しく切りつけて(それもラウは嫌そうに眺めていた)、魔狼の口に流し込んだ。
「あなたの中から悪意がなくなりますように」
ラウが穴狐の姿で泣いて嫌がっていたのを思い出す。
かわいそうに。
この子もそんな目に遭ったんだ。
「こんな姿になりたくなかったよね。苦しかったよね。助けてあげられなくてごめんね」
憎め憎めと言っていた年若いローブ姿の男が思い浮かんだ。
「誰かを憎まなくて良い。恐れなくて良い。あなたは精霊だったのでしょう? 世界を構成する尊い存在だわ。思い出して。こんな悪意は消し去りましょう?」
話しかけ続けると、魔狼から声が漏れてきた。
『苦しかった』
『嫌だった』
『助けて。助けて』
「助けるわ。口に入れたの、飲み込める? ラウ、アイスランス消して」
「う”ーー」
いやいやながらも消してくれた。
「フェリ、一歩下がって。四肢は縫い止めてるから飛びかかっては来ないかもだけど、噛みつかれる可能性はあるから」
ラウの心配を余所に、魔狼は素直に私の血を飲み込んだ。
魔狼のあちこちから黒煙が立ち上がった。
『もっと! もっとほしい!』
「図々しい犬ね! こっちの言いつけ通りにしないとまた口の中に杭打つから」
がぱっと開けた口を急に閉じないようにラウが抑えてくれている。
私はまた血を口の中に注いだ。
「大丈夫よ。あなたはあなたに戻れるわ。どうして見も知らない人の悪意通りに動かないといけないの? あなたはあなたの気持ちで生きていい」
生木を燃やしたかのように黒煙が黙々と上がり、魔狼が苦しそうにのた打った。
『ああ! 無理。できない!』
『やれって! 憎めって! 黒く染めてこいって』
『くるしいぃ!! 痛いい!!』
すんなりと浄化される黒煙がある一方で、魔狼の肉体にしがみつこうとする黒煙もある。
浄化されようとしている悪意が、魔狼にしつこくしがみついているんだわ。
魔狼の瞳から涙があふれてきて、私は思わず一抱えもある頭に抱きついた。
「かわいそうに。もっと簡単に助けてあげられたらよかったのに。ごめんね」
『もっと!!もっと飲みたい!』
今度は腕をもっと深く傷つける。
どっぱりと血が出てすべて注いだ。
「フェリ!!!!」
ラウが真っ青な顔で、こっちも泣きそうになっている。
これで足りるかしら?
「あなたがあなたの意思で生きられますように。あなたの生が光り輝くものでありますように」
祈り、願う。
ぼふん、黒煙があたりを包み、警戒してラウが私を抱きしめる。
風が黒煙をつれて中空に散って消えてしまうと、中から小さな子犬が現れた。真っ白な子犬だ。
「わん!」
「え”ーーー」
ラウが心底嫌そうな顔をしている。
「魔狼は、このわんちゃんになったの?」
「うん。そうみたい」
真っ白で利発そうで可愛い。わんわんと足下に擦り寄ってくる。
「よかったぁ。これで一件落着ね」
あれ? オーガキングはどうしたかしら? オーク戦は大丈夫?
いろんな事が気になったのに、視界が暗んでよく見えない。ちりちりと首筋が熱くて冷や汗が止まらない。
「ラウ・・・」
ごめんなさい。立ってられないかも。