忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
ムームと住んでいる森を出、街道を外れて野原を北上し、ポーリンガム森林まではあと半分ほど。
このあたりは本当に何にもなくて、冬を目前に枯れた草と緩やかな丘陵が続く。
私は目が覚めてからもぼんやりと壮大な景色を眺めていた。
私が生まれ育ったところは森が近く、行っても行ってもただの原野の光景は見たことがなかったから。
しばらくして太陽がすっかり中天へと登ると、走り通しのラウにお昼ご飯を進言した。
食後、私はお茶を飲み、ラウとわんちゃんがクッキーを食べている。
なおポジションはいつものラウの足の間。腕がお腹に回って、ほかほかと温かいし、甘い匂いがすぐ隣から漂ってくる。
美味しそうに食べているふたりを微笑ましく見ていると、わんちゃんが急に吠えだした。
「わん、わんわんわん」
つぶらな瞳で何かを訴えているようだけれど…?
「わんちゃんがなんて言ってるかわかる?」
「……えぇ」
その間はなんだろう?
「なんて?」
「犬も名前が欲しいって」
なるほど。ラウも名前つけた頃うれしがってたものね。
「どんな名前がいいかしら? 私わんちゃんのこと何も知らないのよね。どこに住んでたとか、どんな精霊だったか聞かせてくれるかしら?」
面倒くさそうにしながらもラウが仲介をしてくれた。
聞き出したところ、わんちゃんは北の森のさらに奥、隣国との国境線であるキグナム山脈の麓のディフォレシー森林からやってきたらしい。わんちゃんは土精とのこと。
「名前はディフォレシー森林からとって、えぇと、ディフとか?」
「わん!わんわん」
何やら抗議している模様。
「フェリ、犬は女の子なの。もっと可愛い名前がいいって」
「そうなのね。じゃあ、レシー? フォーレはどうかしら?」
「わんわんわんわん!」」
わんちゃんは器用にそのばでくるくる回った。
「フォーレがいいって」
「ふふ。わかったわ。ディフォーレね。ちょっと長いから、フォーレでいいかしら」
「わん!!」
嬉しそうにしてくれて何よりだわ。
私も嬉しい。
「う”ーーーー」
「どうしたの? ラウ?」
「わたしだって、名前もらった嬉しさはわかるわ。とってとっても嬉しかったもの。でもわたし以外の精霊がフェリに名前つけてもらったのがくやしくて」
お腹に回っていた手にぎゅっと力がこもる。
「プティにも名前つけたでしょう?」
「プティは実体ないし、わたしたちは昔から知り合いで仲良しだったもの。急にぽっと出のヤツに~!て思っちゃう。自分でも心が狭いってわかってるけど、体できてから気持ちも引きずられるっていうか、前はこんなに執着することなかったのに。なんか嫌だな。素直に喜んであげられない自分にもがっかりする」
素直に気持ちを吐露してくれるラウに唇を寄せた。
「私がキスするのはラウだけだから。嫉妬してくれるのね。ふふ。私もバンドラガルの冒険者のみんなに嫉妬したりするし、落ち込む気持ちも分かるわ。どうしたらいいんでしょうね?」
その気持ちの処し方はまだ私もわからない。
ラウに寄り添うしかできなくて、ラウの頭を引き寄せてさらに口づけた。
ポーリンガム森林には黒い靄を警戒している冒険者たちと、なぜか神官のラーフローの姿があった。
神官様も靄を浄化する方法を探っているみたい。
「無理よ。ただの術士には悪意は祓えない。魔狼と戦ったのはあのあたりだから、もし浄化するにも彼らが邪魔ね。フェリも自分の血の気配分からないでしょ?」
「うん」
ラウの指す地点までは100mはある。
「プティはまだ来てないんでしょう? 彼らが眠るまで待ちましょう。それに、ラウ昨日の夜寝ずに走ったでしょ。夜まで休みましょ?」
離れた地点に障壁を張る。地精のわんちゃんも冒険者たちに気がつかれないよう隠蔽術で協力してくれたみたい。
早めの夕食をとり、横になる。
あの・・・、毛布かぶってるからって、わんちゃんもそこにいるのよ。
数日飲めなかったからって言われても、数日分の唾液を保管してるわけじゃないの。
そんなに欲しがられても、普段の量しか出ないから!
でないの!!!
やっとラウが寝たのを確認すると、私はテント代わりの障壁を出た。
隅で丸まっていたフォーレも、どこにいくの?と軽く首をかしげながら着いてきた。
日は木々の向こう側へと沈み、夜の帷が東の空から広がってくる。
「やってみたかったことがあるの」
フォーレに話しかけ、危ないかも知れないから離れているよう伝えた。
靄は樹の幹や葉、地面とところ構わず広がっている。風で飛び散る性質はなく、隣接したところからゆっくりと浸食していくみたい。
手を浸してみる。治療していたときは急いでいたから、あまり感じ取れなかったけど。
ーさみしい
ーさむい
ーお腹いっぱいごはんたべたい
ー友だちがほしい
ーみんなに友だちになってほしい
こえを感じ取ってみるに、黒い靄の主人は女の子のよう。
孤独と空腹、だれかにそばにいて欲しいという願い。
「忌み子はそのようなことを願ってはならん!」
「お前はこの地の皆の助けとなるために産まれ、生かされているのだ。お前に与えられる食事も教育も訓練も、この地に住む者の物だ」
私はおじいさまにそう教わった。命もその地に住む者の物だと。
その子には誰も何も与えなかったのかしら?
ラウ湖であった男の子も?
私以外の忌み子はどんな風に過ごしていたのかしら?
そいつも呪い子なのか、ローブ姿の少年は言った。
しかも嬉しそうに。
血を与えラウを呪おうとしていた。
私は逆にこの血で魔狼を祓った。
キーワードは、忌み子、血、気持ち。
気持ち一つで、幸いにも呪いにもなるということなのかしら?
もしそうだとしたら、なんて危うい存在かしら。
ーお前のせいで!
ーお前がいたから爺さんが死んだんだ!
ーお前の呪いでダージリウスさんが亡くなったんだ!
胸がぎゅっとする。
息がうまくつけなくって、その場に膝をついた。
「くーーん」
フォーレが鼻先をくっつけてくる。心配そうに見上げてくるが、かまってあげられる余裕がない。
すっかり癒えたはずの刺された痕が痛んで、脂汗がにじみ出る。
「はあっ」
体を起こしていられなくて、地面の上に横になった。
少し息しやすいかも?
でも胸が塞いで、重苦しい。
ーお前なんかいなければ!
ー この地から去れ!災いしかもたらさない死に神が!
「フェリ!!」
障壁から飛び出してきたラウに抱きかかえられた。
「大丈夫?」
緑青の瞳に見つめられるだけで、心が凪ぐ。
「・・・ラウ」
我ながら甘えた声が出ちゃった。
身に馴染むその背に腕を回す。
「ぎゅってして」
いつもより強めにぎゅっとしてくれて、胸にわだかまる苦しさが和らいだ。
「どうしたの?」
優しい声が耳に響いて、彼女の温もりが身に染みる。
泣きたいわけじゃないのに、どうしてか涙が止まらない。
「フェリ」
ぺろり、とラウに涙を舐めとられた。
「ふふ。涙は久しぶり」
「もう。なんで嬉しそうなの?
「わんわんわんわんわんわん!」
フォーレが何か訴えてる。
「指先見て、だって」
指先を眺めると、小さな黒い靄が付着していた。
私には付かないと思っていたけれど、そうでもないのね。
「悪意は負の感情と結び付きやすいの」
「そういうことね」
だから最近は思い出さないようなことも思い出したのね。
指先を払うと風に乗って黒い靄が消えた。
浄化しなくても少しなら消せるみたい。
「フェリ、プティ戻ってきたわ。結界内に戻りましょ」
プティの持ってきた話は、この地の領主にその力はない、と言うものだったわ。
領主は国王に救援要請をだしたとか。
国王は癒し手を擁しているのかも知れないわね。
でもいつ来るか分からない癒し手は待てない。
夜、人間たちが寝静まってから決行することにしたわ。