忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
わたしが初めて彼女を見かけたのは、7歳の時だ。
母を一昨年に亡くし、人とふれあうことを恐れ、縮こまって過ごしていた。
家族はわたしと養父ダージリウスのふたりきり。
養父は寡黙な大男で、口をきかない私を咎めるでもなく、しぃんとした静けさに暖炉の火の爆ぜる音だけが響くような家だった。
逆に静かでいいと思っていたかもしれない。
家業は木こりで家の周りに広がる森で木材を切り出しては、町に売りに行って糊口をしのぐ。
養父ダージリウスは真面目な男だったと思う。酒も博打もやらず、なにかに無駄遣いするでもない。
唯一の趣味は斧やナイフ、大ぶりの剣の手入れだった。
つばを外して布で拭いたり、たまに砥石で研いだり。
いつも寡黙で無表情な養父が、うっすらと笑みながら手入れをしているのを見るのは好きだった。
母が死んでからしゃべることを止めたわたしがすることは、食事や洗濯を気まぐれに行うくらいの手伝いだ。
桶を片手に山道を歩く。
暑い夏の盛りが過ぎ、草木たちも色褪せてきた初秋は風も涼しく、散歩にはちょうどよい季候だ。
水汲みは行きはよいが、帰りがつらい。
さわさわと微かに音のする小川へと向かうと、川の向こうにちらりと白い何かが見えた。
よく目をこらすと、白い貫頭衣を着た人物が本を片手に森を歩く姿を見つけた。
結びもせずに背中に流しっぱなしの明るい茶色の髪は、木漏れ日を受けてきらきらと輝き、蝶々くらいの大きさの、多くの精霊が彼女を取り巻いていた。
え!?
それも淡い翠や青、黄色、白といったと色とりどりの精霊たちだ。
彼女の周りを嬉しそうに飛び回り、頭や肩に乗り、風に揺れる髪の毛先や袖口に、にこにことまとわりついている。
こんな人は見たことがない。
いや、一人だけいた。母だ。
母も同じように精霊に好かれる人だった。
びっくりしている間にその人は森の奥へと消えてしまった。
その残滓ですら、きらきらと輝いて見える。
その日、わたしは気がついたら、水桶を手に家に着いていた。ちゃんと水も入っている。
彼女のことを考えている間に家に帰ってきてしまったらしい。
寝ても覚めても彼女のことばかりになった。
森の中で本を持ってなにをしていたのか。
わたしと同じくらいに見えたが、幾つなのか。
どこに住んでいるのか。
名前は?
特に気になるのは本だ。
どんな本を読んでたんだろ?
街の子たちのほとんどは文字が読めないのだ。
うちは母が読み書きできた上に、養父もできる。
本も数冊置いてあるが、傭兵学?や地理などの本で、難しくて面白くない。世の中には物語という面白い本もある、と養父が言っていた。
もしかしたら彼女があの日読んでいた本は、物語かもしれない。
あの子と本の話してみたいな。でも話かけるの怖い。怪我させたらどうしよう。
会ってみたい。
怖い。
話してみたい。
怖い。
勇気が出ないまま、毎日が過ぎていく。
次に会えたらどっちにするか決めよう!
冬が来て、
春が来て、
夏が来て、
秋が来て、
・・・冬が来てしまった。
一年が経っちゃった・・・。
3日に一回だった担当の水汲みを毎日にしてみた。
行く時間が悪いのかと、早朝から日暮まで時間を変えて試してみた。
自分的にいろいろと工夫してみたのだ。
でも会えない。
水汲みで真っ赤にかじかんだ手に、はぁとぬくい息を吐きかけた。
関わるなってことなのかも。
わたしみたいな人間が誰かに関わるなんていけないことだったんだ。
精霊か聖霊の類で人間じゃなかったから、あんなに精霊に好かれていたのかも。
昨夜降った雪を踏み分け、煙突からゆるく煙がのぼる家へとのんびり帰る。
養父は、年越しの祝いに肉が食べたいと言って森へ狩りに入っている。
今日は兎か狐は食べられるかも。
肉は食卓にのぼるが、干し肉である事が多い。
新鮮な肉はご馳走だ。
うきうきと足を運んだ時、森から大きな音が聞こえた。
鳥たちが木々から飛び立ち、地面すらも揺れる。
ズシーン!!
バキバキバキバキ!
振動のあとに木々が折れたような音が耳をつんざいた。
ダージ大丈夫かな? 小さな獲物じゃなさそう。
心配はあるが、子どもで非力なわたしが行ったところで邪魔になるだけだろうと、気持ちを落ち着けた。
煖炉の火を強めスープでも作ろうと湯を沸かし、野菜を小さくカットする。
ダージリウスが帰ってきたのは、スープもしっかりできあがった一刻も後だった。
一抱えもある大きな肉の塊を縄に吊るし、ホクホク顔だが腕に包帯を巻いている。
それよりも目を惹いたのは、3羽の精霊が周りを飛び回っていたからだけど、ダージリウスは勘違いして口を開いた。
「これか?ちょっと掠っただけだ」
とブロック肉と一緒に腕を掲げてくれた。
本当に大したことはないらしい。
養父ダージリウスの腕は右腕しかない。
それすらなくなってしまったら、なんとしてもわたしが働いてダージリウスを養うしかないので、ほっと息が出てしまう。
一人で狩りに行ったと思っていたけど・・・。
包帯を巻いてくれる人がいたということだ。
今日のダージリウスは口が軽いらしく、勝手に答えてくれる。
「町を抜けた西に羊飼っている家があるんだ。そこのやつがレッドベアとやり合っててな。手伝ったら肉のところをくれた。毛皮は向こうが持って行った」
わたしは暖炉の灰を適当に均して火かき棒で文字を書いた。
『女の子もいた?』
ダージリウスが瞠目したのを見逃さなかった。
『知り合い? 仲いいの?』
「ばっ、そんなわけないだろう!」
でも知ってはいるみたい。
『名前は?』
『どこに住んでるの?』
「あの方と話をしてみたいのか?」
こくりと頷く。
灰を見つめたダージリウスは、苦虫をかみつぶしたような顔をして首を左右に振った。
「あの方は、誰かと過ごすのは好まれない」
饒舌ターンは終わり、いつもの寡黙な養父に戻ってしまった。
彼は寡黙な上に、頑なだ。これ以上はどれほどしつこく問いただしても教えてくれないだろう。
ダージが連れて帰ってきた精霊がわたしに擦り寄ってきた。
精霊は見えはするが、触れないし会話は成立しない。
彼?彼女?らが何を言っているかわからないし、こちらが伝えたいことも伝わらないみたい。
精霊たちに問えたらよかったのに。
それでも胸はドキドキとして、興奮しているのが自分でもわかった。
彼女は精霊でも聖霊でもない。実在するんだ!
会えるし、話せる!
精霊たちを通して、彼女を身近に感じる。
もう恐れは感じなかった。
ただ会ってみたい!
わたしの引きこもり生活は、ここに幕を下ろした。