忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
彼女と仲良くするためには、いくつかのルールがある。
一つ、ほかの誰かがいるときは話しかけないこと
一つ、家には誰にも見つからないように行くこと
一つ、借りた本をダージリウス以外の誰にも見つからないこと
また注意深く町の人の話を聞いて、わかったことがある。
彼女が呪い子と言われ、恐れられていること。
町の人も彼女もお互いにお互いを避けていること。
そのくせ困ったことがあると彼女を頼るのだ。今回のように。
曇天の元、戸外の作業机で薬をすりつぶしているすり鉢にじと目を向けると、彼女はうっすらと口元を緩めた。
「靴屋のお爺さんがね。腰やっちゃったんだって」
わたしは携帯している棒で地面をひっかく。
『教会に頼めばいいじゃん』
各教会には司祭がいて、司祭は精霊術士が務めると町の人が言っていた。治癒術が使える者が司祭になるのだそう。
だから怪我をしたらとりあえず教会に行ってみんな治してもらうのだと。
これを知ったとき、どうしてダージリウスは左腕を治してもらわなかったのか尋ねた。
「俺は信者じゃないからな。入信する必要があるんだ」
入信すればよかったじゃないと伝えたが、教会が嫌いなんだ、の一点張りだった。
ほんとに養父は変わり者過ぎる。それで隻腕になってしまうなんて。
「治癒術で治してもらっても慢性的な痛みだから、すぐ痛んじゃうって」
彼女は粘り気がでるまですり潰すと、木椀に移し、乾かないようにぬらしたさらしをかけて蓋をした。
薬の準備が終わった後は、まな板やらすり鉢など道具をたらいで洗い出したので手伝う。
「ありがとう」
微笑んでくれたのがうれしくて、こちらもにっこり返しておいた。
少し照れる様子もかわいい。
町の人から彼女がどう思われていようと、彼女はかわいい。
茶色の髪は少し灰色がかっていて、落ち着きのある彼女にとても似合っている。身だしなみもきちんとしており、寝癖や口の周りに食べかすがついているのを見たことはない。全体的にしっかりしているのだ。
2つは上のお姉さんなのかと思ったが、同い年だという。
ほんとびっくりした。
わたしや町の子供たちのように、はしゃいでいるところもみたことないし。
最初は遠い距離で扱われていたが、最近は近寄っても小言を言われなくなったし、素直に感謝してくれる。
他の人といるところをあまりみかけないけど、ほかでもこの笑顔を振りまいていると思うと、ちょっと嫉妬する。
洗い終わった道具を屋内に運び込もうと戸口を開けると、中から狐が出てきた。
この家はなぜか野生動物がよく入り込む。
ソファの上には兎が三羽丸まっていた。
(ごはんを分けてあげちゃうのも理由の一つだと思うけど・・・)
普通は野生の動物に餌付けをしようと思ってもなかなか難しい。警戒して近寄ってこないものなのに。
先日は狐と兎がケンカもせずにくつろいでいてびっくりしたが、蛇と蛙のときは捕食されないかとドキドキして見守った。心配をよそに家内ではその活動は見られなかった。
家から出たあとの事はわからないけど。
両生類は興味ないけど、もふもふの生き物は好きだ。
触らせてくれたらいいのにな~。
彼女には撫でられるくせに、わたしが近づこうものなら、一目散に逃げられちゃう。
しかたないので、近寄らずせめて目で愛でる。
それにしても、野生動物にはノミやマダニがよく付着しているので、家内を
ダージに言ったら不思議がっていた。
道具をダイニングテーブルに乗せると、キッチンにはささやかな食料とクッキーが乗っていた。
食料のほうのパンは半分にちぎれている。
動物たちに分けたんだろうな。
クッキー食べながら本の感想言い合いたいな。
暖炉でくすぶっている火に薪をくべ、鍋をかけて勝手にお茶の準備をしていると、庭先から戻ってきた彼女が申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめんなさい。もう届けに行かないといけなくて。本は好きなのを持って行っていいから」
わたしが頷いたのを確認すると、彼女は作ったばかりの薬を手に出かけて行ってしまった。
よっぽど腰痛むって言ったのかな。
残念だけど、家主がいないのに勝手にお茶を飲みながらクッキーを食べるのは失礼すぎる。
くべた薪を端にのけ、暖炉から鍋を外して本を片手に納戸に向かう。
少しほこりっぽい納戸はいろんな物がごちゃごちゃと置いてある。ロープや板木、壺やら革の鎧、穴の開いた革靴、リュート、弓、小麦や少しの根菜類も置いてある。
その一角に本棚があり、40冊ほどの本が整然と並んでいる中、ぽっかりと一冊分空いているところに持ってきた本を返す。
本は定期的に入れ替えてくれていて、どうやら領主の館の下働きの人が持ってきてくれているよう。
『不便だから居間の棚に置いた方がいいんじゃない?』
進言してみたこともあったが、彼女はうっすらと微笑むだけで話は流されてしまった。
彼女といると、こういうことはままある。
一人暮らしにしては部屋は3つもあるし、うちと比べてもずいぶんと立派だ。
『誰かと暮らしていたの?』
『食料とか本はお城の下働きの人が持ってきてくれるよね? なんで?』
一般常識や教養の範囲内のことは過剰に教えてくれるくせに、彼女に関わることは流されてしまう。
気にはなったが、話す気になれば彼女から話してくれるだろうし、言っても言わなくても彼女が彼女であることに変わりはないから平気だ。
今回は「シドーデルの冒険」を借りていこう。
1冊手に取ると、彼女と同じように家をでた。
翌日、本はまだ読み終わっていなかったが、クッキーにありつきたくて家の手伝いが終わった午後の時間に彼女の家を訪ねた。
戸外で細々とした作業をしていることが多い彼女だが、今日は姿はない。
代わりに脚が折れた椅子が家の外壁に寄せられていた。
(頑丈な椅子っぽかったのに?)
戸口をノックし、返事を待たずに家に上がり込んだ。
ダイニングテーブルの天板の側面に大きな傷がある。
熊でも暴れた?
とたんに彼女が心配になったが、急に声をかけられた。
「ああ、あなたね」
彼女は珍しく窓辺の椅子に腰掛けていて、膝には開かれた本が置いてある。
雨の日でもないのに、こうして読書しているのは珍しい。
近づいて背表紙を見せてもらうと、動物の生態の本だった。
室内にいるときは地面に文字を書いて意思疎通するのが難しい。そんなときは彼女の手のひらに文字を書く。
いつも通り、左手のひらに書こうと腕を引っ張ると、彼女の体がびくっと震えた。
「・・・なんでもないの。今日はこっちがいいかな」
苦笑いを浮かべた彼女が右手を差し出してきた。
『左手怪我した? 湿布の匂いがする』
「なんでもないの。ちょっと転んでしまって」
転んだくらいで椅子の脚が折れるわけがない。
『外の椅子壊れてる』
指摘すると、つかんでいた手を取り上げられてしまった(彼女のだけど)。
「恥ずかしいからこの話はおしまいね」
普段通りの笑顔だが、彼女の身辺を聞いたときと同じピリッとした空気。
これ以上突っ込めなくてとっさに頷いた。
けど、彼女の左腕だけじゃなくてお腹のあたりにも精霊たちがたくさんくっついていたのは何でだろ・・・?