忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
私は町の人たちともめた後、大好きなラウ湖に向かった。
刺されていたし、もう助からないだろなと思ったから。
森の奥のラウ湖はいつもひっそりとして私を受け入れてくれたけど、その日ばかりは違った。
鳥の鳴き声がせず、多くの生き物が息を潜めている気配がした。
ラウ湖に近づくほどに空気が重くなったような気がしたけど、どんどんと進むと水辺には頭からローブをまとった人物と、穴狐がいた。
ローブの人物は自分の血を地に臥した穴狐に与えていた。
「変われ、変われ、変われ。全部呪って全部殺せ。山も川も町も全部だ。全部死ぬに値する」
声の様子から少年のようだ。
血を与えられた穴狐はぐったりとして身じろぎもしない。男が与えた血は赤いはずなのに、穴狐の四肢が黒く変色していく。
『助けて! いやっ! 変わりたくない! いや、いやぁぁぁぁあああ!』
穴狐?
口も開いてないし、身動き一つしないのに?
『こんなの! こんな姿望んでない! わたくしは! わたくしはぁああ!』
でも穴狐から聞こえた気がして、私は駆け出したんだ。
この森も町もおじい様から託されたものだから。助けられる命があるなら。
ここには剣も弓もない。
気配を消すような技も使えない。
ただまっすぐに飛び込もうとしたが、背後からの急な衝撃に体が吹っ飛んだ。
あまりの痛さに涙が浮かぶ。
うつ伏せに倒れ込んだところに頭を踏みつけられた。
穴狐をいじめている人じゃない。
もう一人いたんだ。
「なんだ呪い子か。死にかけだが、、助かるか?」
低くかすれた年かさの男性の声だ。
「そいつも呪い子なのか!」
ローブの少年がうれしげにこちらを向いたが、穴狐の悲鳴は止まないままだ。
「あなた、やめて。きつね嫌がってる」
話し合いで引いてくれるといいと期待を込めたが、やはりーーー。
「あ? 嫌がってる? ぴくりとも動いてねーけど?」
少年に狐の悲鳴は聞こえてない?
「面白いな! 実に面白い! 呪い子なのに精霊の声が聞こえるとは。こいつも連れて帰るか」
頭から靴がどけられ、襟首を捕まれて年かさの男性の眼前につり上げられた。
顔色が悪すぎて何歳なのか年齢も想像つかない。二十代とも五十代ともとれるけど、病気なのか隈がひどい。死に神のような風貌だ。
狐も私も連れて行かれたらただでは済まされないと察した。
「さっさと成らせろ。この子が死んでしまうからな」
わかってる、とローブの少年が穴狐に血を与えながら呪詛を吐く。
「怖がれ! 恐れろ! どうして自分がこんな目にと、恨めよ! 弱いおまえが悪いんだ! 弱いヤツは奪われる! 殴られたって仕方ない。弱いおまえが悪いんだからな! くく、憎め憎め。自分を恨め。周囲を憎め、呪え、自分を呪え。全部を黒く染めろ。変われ変われ!」
『いやっ!成らない!成りたくない!それくらいならいっそ死んでしまいたいのにぃ!いやっいやっいいいやあああ』
狐の声がぎんぎんと頭に響く。
「この声が聞こえるか? 不思議だな」
死に神の男が顎に手を当てながらしげしげとこちらを眺めてくる。
血が少ないのかもしれない。
目の前がチカチカしてよく見えない。
昔誰かに聞いたかしら?
それとも物語?
自然と口をついた。
「あなたにすべてをーーーーーーーーーーーー」
なんて言ったかしら?
あなたが私の代わりに生きてくれたらいい、そんな風なことを言ったような・・・。
「フェリさま、思い出した?」
女性は不安そうに尋ねてくる。
「ええ。穴狐のことは。でもあなたのことは本当に記憶にないのだけれど・・・?」
女性の頬がぷくーーと膨れた。
「わたしが穴狐! フェリさま助けた!」
「え?」
「わたしがあなぎつね!」
「え?」
「だから、わたしが穴狐だったの!」
「・・・・・・あなた、人間に見えるけど?」
「フェリさまがわたしを人間にした!」
「エーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?! そんな覚えないんだけど?」
ちょっと待って。驚きすぎて息が切れる。
はぁはぁ。
「まあ、ほんとはちがうけど」
「ちょっともう! 冗談にしたってひどいわ!」
からかわれたと知って、きっとにらむと、女性がオロオロしだした。
「冗談、ちがう。ええとね、わたし湖いた精霊。あの悪いやつらに呪われた。狐の子使って」
とつとつと女性が説明してくれた。
「精霊、この世界体ない。だから狐の子に精霊を入れようとしてた。そこでフェリさま助けてくれた」
精霊を動物に取り憑かせようとしていたということだろうか。
家にある書物は結構読んだつもりだったが、そんな事例は載っていなかった。
「そんなこと可能なの?」
「わたしもびっくり。たぶんフェリさま来なかったら、魔物?成ったと思う。わたし無くなりそう。怖かった」
「そう・・・」
いまいち納得できないが、異常な状況だったとは思う。
「狐から魔物に成りかけていたのに、どうして人間に? 私は助けた記憶ないんだけど」
なぜか急に女性がどやった。
「フェリさまの血と言葉もらった。精霊、フェリさまの血は光。言葉は恩寵。フェリさま言った。血くれると。なりたい自分、望む姿なっていい。わたし、フェリさま同じ人間なりたかった。フェリさまお話したかった。うれしい!うれしい!とってもうれしい!」
瞳がきらきらと輝くばかりか、周囲も輝いて見える。
話はわかったけれど、私は神の恵みからもれた呪い子だ。
彼女の言うことが本当かどうか、判断がつかない。
「あなたが嘘をついているようにも見えないけど、本当かどうかもわからないわ・・・」
「せつめい、むつかしい。体作られたばかり。言葉もうまくでない。いつか? こんど? 話すがんばる」
「わかったわ」
「うん!ご飯にしよ!」
女性が手に持っていた椀(しかもうちのお椀)から一口口に含み、ぐぐっと迫ってきた。
そうだった。家族の話をしていたんだった。
「あなたはこういうのは平気なの? もと精霊だから感性が違うのかしら・・・?」
私の質問に回答する気はないようで、さらに迫ってきた。
飲まないとこれ以上は話さないと決めているよう。
ああ、もう!
なし崩し的に唇を奪われる。
すぐにスープが口に流れ込んでくるわけではなく、こぼれないよう角度を調整され、ぐりぐりと押しつけるように接合される。
荒れたところもなく、ふんわりと柔らかくぷにぷに。
こちらが口を開くまでずっとぐりぐりされて、根負けして開いたところでそっと流された。
しかも少しこぼれたところをペロリと舐めらるオマケつき。
「フェリさま、おいしい?」
歓喜と不安が入り交じった難易度の高い表情で見つめてくる。拳一つ分くらいの近距離で。
顔、真っ赤じゃないかしら・・・。
そう思うとますます赤面してしまいそう。
「ええ。おいしいわ」
味などわからなかった。
「ふへへ。よかった。フェリさまと体くっつくの、嫌ないよ。うれしい。すき」
誰かに好意を向けられたことがないから、接し方がわからない。
私が彼女を作ったというのは本当なの?
呪い子の私が、彼女の害になることはない?
不安ばかり募るけれど、彼女の前から逃げる術もない。
一度したからって慣れたわけではないけれど、その後も何度も飲まされてしまった。