忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
「フェリが契約したくないっていうから、マスナと契約するのも良いわね」
ラウの声が聞こえて、ぐっとこみ上げてくるものがあったけど、ねじ伏せて堪えた。
おじい様は他人に感情を読ませるな、と仰った。
心を殺せ。
何も感じなくなれば良い。
深呼吸を二度ついて、醜態をさらすのは防げた。
と思ったのに・・・。
「やったぁ~。うれしい! じゃあ早速契約しましょうよ!」
マスナの豊満な胸がラウの腕に沈み込んでる。
ラウの視線がマスナの谷間に向かっていて・・・。
もう無理。
「お手洗い行ってくる」
席を立つと絡んだままだったシェラも付いてきた。
「場所わかんないでしょ? ついて行ったげる」
今は一人になりたかったのだけれど、仕方ないわね。
「・・・ありがとう」
通路で二人きりになると、シェラがますます密着してきた。
「ラウラリーエがマスナと契約するんだったら、フェリシア、私と契約しない?」
「ラウとマスナが契約することと、私とシェラが契約することは全く違うけど?」
「そうだよねえ。はぁ~あ」
「どうしてそんなに契約したいの? マスナが言ってた祝福が欲しいの?」
「イルヴァング様はそうして欲しそうだけどね。わたしは祝福はどうだっていいの。フェリシアのね、もっと近くにいたいの。過多症のことは抜きにしてもよ? 誰よりも近くにいたいの。フェリシアの怪我をわたしが治してあげられるの、嬉しいし」
顔を赤らめるシェラはいつもよりも可愛く見える。
「死ぬかも知れないのに?」
「うん。フェリシアの近くにいられるなら、等価と思えるよ。何回も言ってるけど、ハイエヴァーにフェリシアだけ残して王都に行ったの、後悔しているんだ。大きくなったらフェリシアを迎えに行こうなんて、勝手に未来に期待して。明日のことだって本当は分からないのにね。だから、今できることがあるならやりたいの」
おどけた表情の多い彼女が、少し真剣なまなざしをするだけで、心臓が跳ねた。その表情ずるい。
「フェリシアのこと守りたいの。契約してくれない?」
決心が揺らぎそうになる。
でも、しないと決めたのは二人を失わないためだから。
「ごめんなさい。怖いの。もし契約して治癒が間に合わなかったらって。私の所為でシェラを失ったらって」
断られてるのに、シェラの顔は喜色に染まった。
「そ、そうなの? そっかぁ。わたしもフェリシアを守りたいように、フェリシアもわたしのこと大事に思ってくれてるんだね」
大事? 大事とも少し違う気がするけれど。
「私も私のできる限り最善を尽くしたいと思うの。それが契約をしない、だから。そんな風に言ってもらえて嬉しいけど、ごめんなさい」
「ううん。いいの。フェリシアの考えてることが分かって嬉しい。でも気が変わったらいつでも言ってね。待ってるから」
「ええ。ありがとう」
トイレへ行ってテラスへと戻る道すがら、ラウとマスナの顔を想像して気が重くなった。
もう契約したのかな。
こんなすぐにできるとも聞いてないけど、時間がかかるっても聞いてないし。
「フェリシア、今日はもう休む? 体調悪そうだけど」
シェラが寄り添ってくれる。
通りがかったメイドさんに部屋を案内されそうになったけど、断った。
だって、あんな場面を一晩中見せられることになるかもしれないし。
「うちに帰るわ」
「え? 今日からここに泊まるんじゃないの?」
シェラがびっくりしてる。
「私は泊まるって言ってない。ラウとフォーレはここにいたいようだけど」
「帰るなら送っていくよ? イルヴァング様もそろそろお仕事終わるだろうし」
「ありがとう」
今日はずっとシェラにお礼ばかり言ってるわね。
部屋の用意は二人分だけで良いとメイドさんに伝えて帰路についた。
シェラに家に泊まっていかないかと誘われたけれど、断って帰宅した。
火の気も
ずっとこれが普通だった。
おじい様がいなくなってから、ずっとひとり。
ラウが私といてくれたのは愛し子だから。
その優位性が崩れたら?
いつかこうなるのは分かっていた。
ラウがいなくなって、シェラが一緒にいようって言ってくれたからって、すぐにそんな気にはなれない。
シェラだって過多症が治れば、私のことは要らないと言ってくるかもしれないし。
ラウには一年間大事にしてもらった。
それで十分なはずなのに、どうして泣けてくるんだろう。
泣いたって良いことはない。泣けばおじい様にビンタされたし、声を上げるなと怒られた。
契約すると言えば、ラウはまだそばにいてくれたんだろうか。
優しいからいてくれたかも知れない。
でももう私から栄養を補給する必要もないのに?
私だけがあげられるモノはもうない。それに、他の子の方がラウの好みに合致してる。
ぐるぐるぐるぐると考えが止まらない。
冷えた部屋からは、数日しか暮らしてないのに、一緒に食べた夕食の美味しさや、ベッドでの暖かさが思い出されて・・・。
「あーーーー!! もう運動しよう!」
動きやすいパンツスタイルの冒険者用の服に着替えると、部屋を飛び出した。町中だと誰かにぶつかってしまうかも知れないから、外がいい。
夜は閉まってしまう城門もギリギリ開いていて、入場しようとしている荷馬車に隠れるようにして外に出た。
この容姿だと子どもに間違われて声を掛けられやすいから気を付けないと。人気のない方へと気配を消しながらこっそりと移動する。
ただ、地面には薄く雪が積もってるから、足跡は点々と付いちゃうわね。
欠けた月は煌々と雪原を照らして、大地には私一人。
故郷と違って山が遠く、平野が続くこの付近は走りやすそうに見える。
どっちに向かって走ろうか?
そんなことを考えなくても体が動いた。
風下に向かって駆け出す。
手を大きく振って、足の蹴り出しに気を付けて。氣を巡らせて。
どんどん走る。
何も考えたくない。
いつか失うと分かっていたのに、悲しんでしまう自分の心も。
番いたいと言ってくれたのに、番う前に他の人を選んでしまうラウへの罵倒も。
私以外のみんなが嬉しそうにしていて。
-あなた、故郷で何やったの?そんなに嫌われるって。
マスナの嘲笑が耳から離れなくて。
ぜんぶぜんぶ置き去りにしてどこまでも駆けていきたい。
息が苦しくても。
手足がしびれても。
走って、走って、走った。
何かの草に躓いて盛大に転んで見上げた空は、出発したときの星空と変わらない。
すごく走った気がするのに、大地に降り積もった雪も、ちかちかと輝る星も変わらずそこに在って。
私なんかいてもいなくても、何も世界は変わらなくて。
安心して大声を上げた。
無駄だって分かってる。
現状も何も変わらない。
胸に空いた穴がさみしいんだって、わかったから。
ただただ大声を上げて泣いた。