忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
雪もだいぶ溶け、日のあたりの良いところは春の息吹が顔をだす。
私は木の根元にクマニラを見つけ、ナイフで切り取り、腰に下げた篭に入れた。
篭にはフキノトウとアスパラガスが入っている。あとは、たき付けに使う松ぼっくりと木切れ。
この森は本当に豊かだ。細い獣道がいくつもあり、ぬかるんだ道には動物たちの小さい足跡がついている。
人も入ってこない森の奥。
沢の流れる音が遠くに聞こえ、春を喜ぶ鳥の声が耳に響く。
木漏れ日は優しくあわく降り注いで、私はつい木々の隙間から見える開けた場所に目を向けた。
そこももちろん日は優しく遍く照らされている。
何もないただの草地だ。杭も石もない。
深い安堵と羨望を覚える。
あのまま死ねていたら、自分の遺体もそこに加えられていた。
穴を掘って埋めてもらえて、数年後には土に返る。
何も残さず、墓石すらなく。自分が生きた痕跡など残らない。
あのころ深く願った理想の最期。
この頃の私は何をすべきか本当にわからない。
本当にこのまま生きていいのかな。
そのとき遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
「フェリ~~~~~~~!!どこ~~~~~~~」
「ここーーーー」
少し声を張ると彼女の視線がまっすぐにこちらを捉えた。
まるで飛ぶように距離を縮めて駆け寄ってくる。
「一人で出かけないでってあれほど言ってるのに」
さま付けは止めてもらった。そんな大層な人でもないし。
「大丈夫よ。少し体を動かしたいの。それに風精に声かけたよ。出かけてくるって伝えてって」
彼女の頬がぷくっと膨れた。
何百年も生きてきただろうに、彼女は素直に感情を現す。
「最近プティたちひどいんだよ! フェリのこと全然教えてくれないの! 自分で探せばいいじゃないって」
「文字にすれば良かったかな? 玄関をでたところの地面にでも書いてくればよかったね」
彼女の頬がますます膨らんだ。
「フェリもいじわる。わたしが文字読むの苦手だって知ってるくせに!」
文字は練習中だが、言葉は一足飛びに上達した。
「読めたら便利だからね」
「フェリが読めるから、わたしは読めなくてもいいもの」
「私がいつでもラウのそばにいられるわけじゃないと思うけど」
ラウとは彼女のことだ。あなただと石人形のことかわからないし、名前をつけて欲しいとねだられた。
ラウ湖からとってラウラリーエ。普段はラウやラウラと呼んでいる。
付けたばかりの頃は呼ばれただけで、体中の骨が砕けたみたいにぐにゃぐにゃになって喜んでくれていたけれど、最近ようやくなれてくれた。
ちなみに石人形の名前はムーム。ムームを生成した忌み子がつけたのだって。生成されたばかりの頃うまく話せなくて、ムーとしか話せなかったからだそう。
ラウがまた抱きついてきた。
身体的接触が多いのはいつものこと。
彼女のふかふかの胸に、私の棒の体がうまる。
いつも思うけど痛くないかな。
「ずっと一緒にいる。離れたりしないから」
ラウラの温もりに浸りながら、考えてしまう。
ずっと一緒にいるなんて可能なのかな?
いつまで?
私の周りにいてくれた数少ない人もいなくなってしまった。
誰も残らない。
悲しい思いをするくらいなら、最初から誰もいらないんじゃ?
「フェリ、また悪いこと考えてる」
ラウラに言われて顔を上げた。
「悪いこと? 考えてないよ」
自衛を考えることが悪いことなわけない。
「フェリ、私にくっつかれるの嫌い?」
「嫌いではないけど」
「けど?」
「体調崩したりしないかなぁって心配はしてる。あと私の体ごつごつして痛くないかなぁとか」
ラウラの眉尻が下がった。
「フェリに触ったり舐めたりしても具合わるくならないって信じてくれない・・・。それに、わたしが栄養のある食べもの獲って来れないから・・・。もっとフェリの役に立ちたいのに」
抱擁をといて、背中に手を回される。
「魚獲ってきたよ。たべよ?」
小屋に戻るとムームが魚に棒を突き刺して、暖炉に並べていた。
魚の下処理は水辺でラウラが済ませてきたらしく、内臓は全て取り除かれている。
取りすぎないように伝えているから、魚は四匹だけだが、サイズが大きい。顔くらいある。
「大きいの獲ってきたから、明日まではもつよね?」
「ええ。明後日くらいまでもちそう」
焼いて、スープにして、干物にもできれば、天候が荒れたときに備えられる。
焼き魚に塩を振っていたムームが塩壺を掲げた。
「塩の残りが少なくなってきましたぞ」
ここにある調味料も寝具も私の家から持ってきたものだ。
ここは暖炉はあるものの倉庫としてしか使われておらず、大きな家具類以外の家財はラウラがうちから運び込んでくれたらしい。
おかげで荷物で溢れかえっており、仕舞うスペースもない。
塩以外のラウラが運搬してくれた小麦粉や根菜類、乾燥ハーブなどもとっくにストックは切れている。
塩でどうにかやり過ごしてきたが、ラウラにもっとまともなものを食べさせてあげたい。
「フェリは手を洗って待ってて。スープはわたしが作るから」
腰に下げていた篭をとられると、ぐいぐいと押しやられた。
食器くらい用意しよう。
手を洗ってからテーブルの上を片付けて、木箱から食器を取り出して並べる。
ムームは食べられないので、ラウラと私の分だけだ。
焼き魚のようすをムームと見て、どの野菜をスープに入れるかラウラと相談する。
煮えるまで少し時間がある。
少しだけ座って待とう。
椅子に腰掛けると思ったよりも疲れていたようで、体が沈み込むよう。
「フェリ、できたよ」
にこにことラウラに肩を揺さぶられて、びっくりした。
体に毛布が掛かっている。
「寝てた?」
「うん。思ったより疲れてるんだよ。体だって治ったばっかりだしね。ほんとはもっと寝させてあげたかったけど、ご飯できたから。たべよ?」
「ごめんなさい。ラウラとムームばかり働かせてしま…っ!」
不意にキスされた。
「それ、言ったらだめって言ったよ? 次からキスするって言ってあったでしょ?」
かぁぁぁ、と顔に瞬時に血が集まるのを感じる。
「っだからって!!」
「何回も言ってるのに、分からず屋のフェリが悪い。わたしもムームもフェリのために働くの嬉しいの。わたしの作ったものをフェリが食べてくれるんだよ? すごく嬉しい」
「私よりラウのが頑張ってるから。私もできることしたいのに」
「味付けだって、魚の下処理だって、野菜の切り方だってフェリが教えてくれたんだよ? 最初に作ったスープはプティがの言うとおりつくったら味が薄かったしね」
プティはラウラについてきている風精らしい。
私には見えないけれど、水精のラウラたちとは違って、風精は好奇心旺盛で人の暮らしをのぞき見るのが好きで、最初の頃のスープはプティに教わったとのこと。
味はまあ、味見ができないのだからあんなものだと思うけれど。
食卓にはすでに焼き魚やスープが並べられていて、賑やかに食事が始まった。
いつも話題は多岐にわたる。
獲物の捕り方だったり、血抜きの仕方、毛皮のはぎ方、料理のこと、ムームの昔語りや精霊界のこと。
今日も魚を捕りに行った川の話を聞きながら食べていたのだけれど、急にラウラが話題を変えた。
「やっぱり、フェリにパンとかミルクとかもっと栄養のあるもの食べさせたい。塩も残り少ないなら手に入れたいし。町に行こうと思う。もちろんハイエヴァーとは違う町だけど・・・」
最後が尻切れになったのは、私を連れて行くか置いていくか悩んでいるから、かな。
「町は好きじゃないけど、狩りをして獲った獲物をどこで換金すればいいか分からないでしょ? 着いていくわ」
私もラウにおいしいものを食べさせたいって思っていたから。以心伝心で少し気持ちがふわふわする。
ここから近い町をムームに尋ねる。
「北西のバンドラですかなぁ」
ムームはこの地の墓守だ。
呪い子がいない間は眠りにつくらしい。
なお前回は300年前に休眠したらしく、昔の話を聞くのは面白い。
「バンドラガルね。120年くらい前にバンドラとラガルが併合されたの。森を抜けるまで何日くらいかかるの?」
「通常ですと4日ほどかと。ラウラにおぶされば1日あれば着くですじゃ」
それは振り落とされる気がするし、荷物持てないのでは?
「いえ・・・歩いて行くわ。換金する獲物と旅の用意が必要ね」
歯磨きを終えて暖炉の前のマットに横たわる。
ぷるんとした手触りだが、手に染みてくることはない。
これは寝心地を改善するラウラの精霊術。足首ほどの高さで、横たわれば心地よく体を包んでくれる。
家財は運び込んでもらったが、大きな家具類は難しい。ベッドも無論のこと。
この精霊術でできたぷるぷるのスライムはベッドの代わり。
心地よい、があまり好きじゃないけれど、床で寝たラウラが体を痛そうにしていたから、嫌だとも言えなくて。
「フェリ~~~」
後ろからラウラが抱きついてきた。
彼女の柔らかな胸が背に当たる。
寝るときに正面から抱きつかれるのは、さすがに面映ゆいから禁止にしている。
「獲物獲ってくるからね」
「ええ。気をつけてね」
「大丈夫。術も使えるしね」
「ええ」
わかっている。
私が行ってもラウラの足手まといにしかならない。
体はすっかりいいのにな。
ふわふわとして芯がない。
原因はわかっている。
自分が空っぽだから。
なんにもない空洞だから。
背中から温もりが染みこんでくる。
だれも浴していいと言ってはくれなかった。そんな資格はないと責められたから。
私自身も納得してそうありたいと願ったのに。
あたたかくて。
指先までぬくもってしまいそうで。
胸が苦しくて、涙がじんわりと浮かぶ。
涙がこぼれそうになって、ぐいっと体を上向かせられた。
「こぼれちゃう」
微笑んだラウラの顔が近づいてくる。
ちゅ、と吸い取られた後、まぶたに残った涙さえ丁寧に舐めとられた。
「胸痛い?」
微かにうなづく。
「ごめんね」
禁止と言ったのに、申し訳なさそうなフリをして正面から抱き込んでくる。
「ぜんぜん悪いと思ってない」
表情が不埒だ。
「思ってるよ。 離してあげられなくてごめんね? て」
これなら顔が見えないからいいでしょ? と胸に顔を押し込められた。
「息ができない」
「できてるでしょ。でも少し緩めてあげるね」
暖炉の火もラウラの胸の中もあたたかいのに。
ぽっかりと空いた穴が痛む。
それは見えないくせに胸にあるとわかるのだ。
こんな風にすーすーすることは知らなかったし、実際に胸が痛くなるなんて知らなかった。
涙があとからあとからわいて止まらない。
「服、ぬれちゃう・・・」
「服なんて乾いちゃうし気にしないけど、フェリの涙もったいないから、ね?」
また舐められた。
ああ。また・・・。子どもみたいにあやされて。
悲しいのに、すこしだけふんわりとして・・・。
でもやっぱりラウラに何かあったらどうしようって不安で。
胸の中がぐちゃぐちゃで苦しくて、ただただ涙が出る。
ラウラが寝入った後、私はそっとその腕から抜け出した。
暖炉の火が弱くなっていたから薪を足そう。
太い薪を1本だけ足して、私はまた眠れなくて外に出た。
空気が冷たくて身震いする。
月明かりもなく、どんよりとした星空。
ぬくんだ風だけが季節が春になったと教えてくれる。
本は結構読んだつもりだったけれど、こういう場合どうしたらいいなんて書いてなかったな。
外に置いてあった木箱に腰掛けてぼんやりと墓地を眺める。
ラウラから離れても、どっちにしろ胸は痛くて。
どうしたらいいのか本当にもう…。
なにもない私はラウの好きな形になるしかない。
痛いまま。