忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
第45話 訓練初日
翌日早速ダルディッシャムさまの邸宅に向かった。
昨日借家に戻ったからラウラ、フォーレと徒歩で。
シェラは今日は学校があるし、ナウシーさんは地方の教会勤務から王都勤務になった。
私が滞在してる間に引き継ぎは済んだらしく、今日が初日と言っていた。
王都勤務は花形らしく、その点も契約した効果が早くも現れたとナウシー家のみなさんが喜んでいたけど、たまたまでしょう。
貴族街を徒歩は目立つかなと思ったけれど、これから仕事に向かう者、用事なのか下働きの者も多く、そんなことはなかった。
2月半ばはまだまだ寒くて、くるぶしまで積もった雪を踏みしめて歩く。
雪道は慣れてるから、雪で転ぶようなことはないけど。昨日の今日だからね。跳ねるように歩くフォーレと手を繋ぐ。
「楽しいの? 雪ももう慣れたでしょう?」
「嬉しいも! フェリさま元気なったし、人間の体も思う通りに動いて楽しいも!」
はしゃいだ声を聞いて私も嬉しくなる。
やっぱり家は落ち着くわね。
急に声掛けられることもないし、着替えを手伝いたいとか、入浴を手伝いたいと侍女たちから迫られることもないし。
ちょっと困ったことはあったけれど、概ね予想の範囲内だったわ。
「馬車がくるわ。フォーレ、もっと端によって」
腰にまわっていたラウラの手に力がこもった。腰骨がぐりっと押される。
「わかったも」
素直につめるフォーレと対照的に、私はラウを睨んだ。
それだけで手が腰から背中へ移動する。
「ごめんね。つい。ついだから! 怒らないで!」
怒ってはいないけど、気をつけてほしい。
変な声でたらどうするの?
昨日の今日でまだ体が変なのに。
「明るいし、外だし、本当に気をつけて」
私の言外の思いを余すことなく察したラウラが喜色を浮かべた。
「ええ。気をつけるわ。フェリのかわいい顔見られたら嫌だもの」
今度は外套のうえから肩を抱かれる。
足を踏んでやろうと思ったけれど、腰や足が強ばって転びそうになっちゃった。
「危ないわよ、フェリ」
誰の所為だと思って! 昨日あんなに止めてっていったのに、全然止めてくれなかったのそっちじゃない。
「ごめんね」
本当に反省した様子でしゅーーーんとされると、強く出られないじゃない。
「嬉しくなりすぎちゃって、フェリの声聞こえてなかったの。本当にごめんね。でもまたさせてくれる?」
そんなにラウにとって嬉しかったのなら良かった。
がっかりされるかも知れない、て思ったりもしたから。
でも結婚したんだし、やっぱり私の体がみすぼらしくて嫌って思うかも知れないじゃない?
それなら早い方が良いって思ったの。
「ええ。そのうちね。でも止めてっていったら止めて?」
「・・・わかった。たぶん」
「たぶん ?」
「だってぇ。約束できないもの。気を付けてみるけど理性飛んでるから、ちゃんとできるかは約束できかねるわ。回数重ねたら、慣れて理性飛ばないようになるかも知れないけど」
「何の話だも?」
フォーレが見上げてくる。
朝からなんて話をしていたのかしら・・・。
「何でもないのよ。ラウとはまた今度話をするから大丈夫よ。さ、行きましょう」
ラウを急かし、フォーレと繋いだ手をブンブンしながら向かった。
ダルディッシャムさまの邸宅に到着すると、侍女の方が一階の部屋まで案内してくれた。
「来たな」
ダルディッシャムさまが昨日と変わらず飾らない口調で迎えてくれる。
「こちらへ」
隣にはジーナさまがいらっしゃって、側へ寄るよう手招かれた。
部屋の床は硬い石材が敷き詰められており、絨毯などは敷かれていない。
暖炉の火は入っているけれど、マントルピースには長剣が二本打ち合うように飾られ、壁には武器棚があり、剣や斧、短剣や盾などが整然と並べてある。
客間ではなく訓練場のようね。
全面が壁ではなく、中庭に面した部分は曇りのない一枚硝子が嵌められ、雪が積もった中庭が一望できる。
呼ばれたのは、部屋の中央の席。テーブルには一振りの長剣が置かれてある。
深い藍色の鞘に銀の蔦が這っている。意匠が見事で、特にナックルガードが美しい。細身だけれど、レイピアではなくきちんとした長剣だ。女性向けの剣なのかしら?
実用品にしては華奢で高そうだものね。それか飾り用の剣なのかと思っていると、ダルディッシャム様がすらりと剣を抜いた。白を通り越して刀身は青く見える。
「フェリシアに似合いそうなのを見繕った。遠慮する必要はない。武器庫で眠っていた私の剣だ。フェリシアが使わなければ武器庫に戻るだけだから、使えば剣も喜ぶだろう」
「剣がですか?」
「ああ。そのうち剣の気持ちも分かるようになる」
万物に精霊は宿っているけれど、私が?
「お前の得物が弓なのは承知しているが、血術と相性がいいとは言えなくてな。お前にはこの剣と契約してもらう」
「剣とですか?」
「そうだ。人や獣以外も契約できる。これらは拒否権がないからな。承諾を得る必要はない」
「銘はなんと?」
「ラエスメリア」
ダルディッシャムさまが剣を手渡してきて、とっさに受け取ったけれど重くて剣先が床に当たってしまった。
見れば見るほど銘品だ。惜しみなく手間をかけられた彫金。刀身から伝わる冴え冴えとした気配。
「これは・・・変わった鋼ですね?」
「気の強い女だっからな。その女の毛髪が入っている。娘の代わりに連れて行ってくれと、鍛治士の父親に渡されたのだが、私には既に契約した武器があってな。また最初から契約を刻んでいくとなると、いまの剣と同じように使える頃には寿命でな」
「大事な輩《ともがら》の剣なのに、良いのですか?」
「もちろん。主の命に従わぬ騎士などおらぬ。私が託すのだ。必ずやお前を守るだろう」
「まあ、妬けますわね」
ジーナさまがちゃちゃを入れるが、ダルディッシャムさまは、ふ、と微笑むのみ。
「では、有り難く頂戴したいと思いますが・・・」
いかんせん重い。
重くて持ち上がらない。
氣で身体強化をしようとしたところでダルディッシャムさまから声がかかった。
「そのままでいい。契約しろ、フェリシア。同化が終われば、自分の腕のように重さを感じなくなるぞ。まあ数ヶ月はかかるだろうがな。夜も抱いて寝ると早く同化するぞ」
せっかくのアドバイスだが、隣にいたラウラがくい気味に口を挟んできた。
「残念だけど、夜は空いてないの」
こんなところで思わせぶりに変なこと言わないで!
「ああ、そうか。ならまあ三ヶ月くらいかな」
ダルディッシャムさまは驚くでもなく、普通に返してくる。
昨日の共感性の話を思い出した。
「昨日全部見たのですか?」
他人の秘め事まですべて見たというのかしら?
昨夜が一番酷かったから、それを見られてないのは安心だけど。
「ああ。まあ大分な。お前が印象的に思っている記憶ほど拾いやすい。逆に言えば、お前が覚えていないようなことは術でも拾いにくいということだ。だから先日の指輪の話は真っ先に読み取れてしまったよ。すまんな」
そんな気軽に謝られても。
「いい指輪だと褒めただろう? 本当に付与魔法が素晴らしいと思ってな。ラウラには付与魔法以外でもいろいろと聞きたいとジーナとも話になった。後で伺っても?」
「もちろん構わないわ。フェリに敵対しない限り」
「約束しよう」
ジーナさまも「約束いたしますわ」と追従した。
「契約を終えたら、抗術を教えようと思っている。記憶を読まれるのは嫌だろうからな。さあ」
ナイフを差し出されたけど、なんて言って契約すればいいの?
「ええと、人とは違いますし、何を与えたらいいのですか?」
「結局は物だからな。お前が剣に何を望むのか宣言すればいい」
そうは言われても・・・。何を望むか?
弓を使っていたときは、一撃で急所に当たるよう願って矢を射たけれど。
剣…。
この体では剣は重すぎて振れない。故に短剣や弓矢を使ってきたけれど、手足のように振えるのならば悪くない。
私を守る、か・・・。
きっとダルディッシャムさまをお守りになって亡くなったのよね。
死してなお、主を守る。
騎士の本懐であり、未練なんてなさそうだけれど。
せっかく巡り会ったのだから。
ダルディッシャムさまからナイフを借り受けると、手のひらをざっくりと切りつけた。いまの私だと半端な傷はすぐ転移してしまって血を流せないから。
そのまま柄を握り込む。
「フェリといいます。王太后さまの騎士だったラエスメリアさん、私と契約してください。あなたがそうであったように私も大事な人を守りたいの。私が大事に思う人を守れるよう力を貸してください」
柄から鍔、刀身へと血が伝っていく中、すぅと剣に吸い込まれた。
「契約は終了だな。ラエスメリアはお前を主と認めた。剣は持って帰って毎日血をやるといい。次は抗術だな」
剣をテーブルに戻すと、椅子に座るよう促された。
ダルディッシャムさまと向かい合うように座る。ラウはもちろん隣に椅子を運んできて座るし、ジーナさまはフォーレを膝に抱っこして嬉しそうにしてる。
「以前離宮で他の愛し子たちと会っただろう? その時は触れたりしなかったか?」
「あの時は、シェラロッテがいたし、触れるようなことはしませんでした」
「そうか。触れていれば違いがわかるかと思ったのだが。愛し子同士といえど、他人の記憶は読み取ろうと思わなければ、読めたりせん。まあ読み取れてしまう場合もあるがな。分かりやすく私の血力を侵食させる。まずは感じ取れ。感じ取れれば、排除するように自分の血力を高めて……飲み込みが早いな」
触れられたばかりの手をパン、と軽い衝撃音とともに弾いてしまった。
昨日のことは読み取られたくないと思ったら、やりすぎてしまったわ。
「弾くのも手ではある。相手の血力が明らかに自分より上で、精神攻撃をされそうな時などはな。だが、自分が読み取りたいときはそうはいかん。相手の血力や抗術を掻い潜って読む必要がある。ほら、もう一度だ」
ダルディッシャムさまは至って平然と手を差し出してくる。
それは記憶を読まれてもいいわけではなくて、絶対に読まれないと確信しているから。
昨日のことは本当に読まれたくない。
知っているのはラウラだけでいい。
「ひとりで練習しておきますから」
断ったのに、食い下がってこられた。
「昨日ほとんど読んでしまったのに、何を今更恥ずかしがる必要がある?」
呆れられても嫌なものは嫌!
自分でだってよく触らないところで、覚悟はしてたけれど、でも、あんな・・・あんな・・・・・・・・・///////。
思い出すと恥ずかしくて、涙目になる。
隣からすっと手が伸びた。ラウだ。
しっとりとした手が重ねられた。
「王太后さま。読まれたくないってフェリが言ってる。それ以上はやめて。練習させておくから」
「ふむ。ラウラがそういうなら、今日のところはやめておこう。だが、この訓練を等閑《なおざり》にすると、闇落ちし易くなる。大事な訓練なのでな。しっかりすること。そのうち試験するからな」
「分かりました」
昨日の醜態を知られずに済んで、ほっと安堵した。
「でも困ったな。左手の調子を治すと言っていただろう? 触れねばできぬぞ?」
「今日でなくてもよいです。十年くらいかかると思っていたので」
「まあ、そうだな。一度にしなくてもな。ではこの後は血術の訓練をするぞ」
そのあとは血力の修得、高め方や練り方などを教わった。
氣とあまり変わらないというか、気をつけないと血力と氣が混じっちゃうのよね。
氣は生命力から発する。お腹の奥の丹田を意識すると汲み取りやすいのだけれど、血力はもう少し上、心臓の下あたりかしら。
ダルディッシャムさまのお話だとここに魂があるからだそうだけど、本当かしら?
血力を感じ取り集めて練り上げる。血力は氣と同じく血管に乗せて体内を巡らせるから、つい氣が混じってしまうわ。
「氣が入り込んでいても、術として昇華したときに問題がなければいい。問題が発生したら調整すれば良い。実際私も混ざるしな」
からからとお笑いになる。
いいのね。
ダルディッシャムさまは合理的で気が合うわね。
ジーナさまは教会で職務があるとのことで中座したが、昼食をごちそうになり初日の訓練は終わった。
「訓練のある日はここで昼食をとれ。あと早めに休むようにな。フェリシアに足りていないのは栄養と休息だ。体にもう少し肉が付いたら剣術などの訓練もしていこう。まあ三ヶ月後くらいからか? 剣との同調が済んだくらいがいいだろうな」
簡単に今後の方向性も示唆してくれる。
「承知しました」
何故かおやつや晩ご飯用にと篭を手渡されて家に帰されたが、ちゃんとした物を食べてないと判断されたのでしょうね。分厚い肉はもちろん、焼き菓子やこの季節に林檎まで入っているわ。
「うれしいも!」
フォーレは早速ラウが入れてくれたお茶と焼き菓子のアップルパイを食べてる。頬にいっぱい詰め込んで栗鼠みたいでかわいい。
半年に一度は浄化を手伝うと約束しているし、訓練も手を抜けないわね。
昼食を食べたら特訓しなきゃ。
「フェリ、訓練もほどほどにして早めに休みましょ?」
「わかってるわ。私だって今日は疲れてるもの。こういう日が続くと思うけれど、ラウはつまらなくない? 見てるだけだし」
「つまらないわけないわ。フェリがいるんだもの。それに丁度いいからフォーレも鍛えようかしらね」
「んぇ!!?」
フォーレまで訓練は飛び火した。