忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
翌日はダルディッシャムさまからの血術の講義から始まった。
体で覚える前に、知識として理解してから取り組んだ方が効率がいいそう。
昨日と同じ訓練場で、口頭で説明されていく。
ラウは隣で、フォーレは今日はジーナさまがいらっしゃらないから私の膝に乗って同じく講義を受けてる。
聞かなくてもいいと言ったのに、「フェリに関わることで知らなくていいことなんかない」とラウはいい、フォーレは「みんなと一緒がいい」とのこと。
侍女の方が持ってきてくれたペニエを栗鼠みたいに食べてる。
「血術は精霊術とは異なり、自分の血力を元に術を行使する。魔術と言われるものと根っこは似ているな。あちらも体内のオドを魔法に転換して術を行使するんだ。発動条件も似ている。言葉、魔力、イメージ。魔術は口頭魔術だけではなく魔方陣による行使も可能だ」
「血術は魔方陣による行使は難しいのですか?」
対面に座るダルディッシャムさまが眼鏡をくいっとあげた。
最近老眼らしい。
「血は鮮度が大事でな。どうしても効力が落ちる。それに魔方陣が有用なのは、制作者と実行者がそれぞれ別でも機能するところだ。血術は他人の血では発動しない。そのため、その時その場所で自分が発動するのが一番効率が良いとなって、陣の研究は頓挫しているのが現状だな」
「そうなのですね」
「血術の多くは補助系だな。祝福、治癒、解呪、結界、能力の向上。この中で使ったことがあると思うものは?」
「祝福と能力の向上は使ったことがあります。血術でも治癒ができるのですね。それに解呪と祝福はどう違うのでしょうか?」
「忌み子は呪いを振りまく存在だ。それによって存在を歪められたモノも同様。対抗するには祝福で相殺するしかない。だが、呪いを打ち消す以外に祝福を与えることはできる。今この場にいる者たちにもな。できるだろう?」
「はい」
「やって見せてくれ。あとはこれを」
ダルディッシャムさまから差し出されたのは、鈍色の指輪。
「どういうつもりですか?」
ラウの声のトーンが下がった。
威嚇する犬のよう。
「他意はない。術を使うたびにナイフを出したのでは不便であろう? この指輪には小型の刃が付けられていてな。すぐに血を流せる。試してみよ」
指輪は親指サイズで、ラウが親指だとしても左手に付けないで!というので、右手に嵌めた。なるほど。縁のところに突起があり、押し込むと隠し刃がでてきた。
これなら片手で手のひらを切れそう。
刃が小さいこともあって思いっきり刃を立てると、思いのほか深く切れてしまった・・。
ばっくりと肉が裂け、赤い血肉が見える。
やっちゃった、と思っている間に傷は転移して、ラウのすべすべの手がざっくり裂けた。私の時よりは小さいから、他にナウシーさんに転移したりしてるんだろうな。ごめんね、ナウシーさん。
「ごめん。ラウ。切りすぎた」
「大丈夫よ。すぐ治せるし。それより祝福かけてよ」
「ええ」
昨日ダルディッシャムさまから教わったとおりに体内を血力で満たし、テーブルの血液を媒体に血力を祝福へと昇華させる。
「この屋敷の者たちに祝福を。疲労の回復、体力、筋力、知力の向上を」
練り上げた血力を言葉に乗せて、みんなの能力が向上するイメージを添える。
ダルディッシャムさまには肩こりと眼精疲労。部屋で給仕をしてくれている侍女さんたちには足のむくみ。このお屋敷で接した人には具体的にイメージがわくけど、それ以外の人はなおざりになっちゃうわね。ラウとフォーレは家族だからつい気持ちが寄っちゃう。
「おお。なかなかだな」
「うんうん。これこれ」
「ほわほわして気持ちがいいもー」
「私たちもですか!? 足が軽くなってます~」
それぞれ喜んでいただけたみたいでよかった。
「まともな指導者がいなかったにもかかわらずこの威力・・・。血術の訓練に氣の訓練を取り入れるべきか・・・」
ダルディッシャムさまは何やらぶつぶつと仰ってる。
気を取り直した王太后さまが眼鏡をくいっとあげたけど、眉をしかめて外されてしまった。
「祝福が効き過ぎて眼鏡が合わないな。まあいい。祝福はこうして掛けられるが、解呪は呪われていない者に掛けることはできない。具体的には精霊が人を呪うこともあるし、人が人を呪うこともある。手元に現物ないから見せることはできないが、まあそのうち出くわすこともあるだろう。発動は常に言葉、血、イメージだ。お前ならすぐこなせるだろう。
あとは治癒か。治癒とは言っても、生き物には自然治癒力が備わってるのは分かるか? 術など掛けなくても放っておけば治るだろう? 血術では自然治癒力の能力の向上だな。これを指す。威力は弱いし、はっきり言って使い物にならん。四精の治癒術に頼った方がいい」
「はい・・・」
どうして説明してきたのかしら。知らなくても済んだ話なのに。
「残りは結界か。これはいいぞ。相手を唯一殺せるしな」
もの凄い物騒なことをおっしゃる・・・。
「結界を見たことはあるか?」
ラウが結界を張ってた行為自体は見たことがあるけれど、結界としての発動物はみたことがない。ムームのところでもなんとなく感じ取れても、目にすることはなかった。
「見たことはありません。なんとなく感じ取れたことはありますけど」
「身近に使い手がいなければ、そんなものだろうな。結」
ダルディッシャムさまが一言呟いただけで、テーブル上に茶器を覆うくらいの正方形の箱が現れた。
「触ってみよ」
深紅の薔薇を薄めたような色味の箱は軽く、中は伽藍堂のようで何もない。つるりとして硝子のようで、陶器よりは手触りが軽い。
「形、大きさは好きなように変えられる。特性もつけられるぞ。外界との一切の接続を絶つ結界や、音だけを通過させるもの、視覚だけを通過させるもの、もちろん誰を通して通さないかもだ。これを使って人を殺すことができる。どうやるか分かるか?」
「この結界で、ですか」
大きさは変えられると言った。人を入れるとして、どうやって殺す?
「何日も発動し続けられるとしたら、餓死とかでしょうか?」
「それも一案であるな」
王太后さまはすっかり冷めたお茶を口にされた。
他にか・・・。
「棒状にして喉に突き刺すとかですか?」
「んふっ、なるほど。こちらが高速展開できれば、それも可能かもしれんな」
違うのね。
何かしら?
ああ!
「結界を作成するときに相手の体が横断するように作成するんですね? 腹あたりを一網打尽で切断できますものね?」
風だったらエアカッター、水だったらウォーターカッターのようなものかしら。
「いやいや、それは無理だ。結界の種類にもよるが、生成時に障害物があった場合はそこは穴が空くぞ。人体を切断するほどの結界を展開するなど聞いたことがない」
そうねえ、とラウも考え込んだ様子で口元に指を当ててる。
「ポーリンガム森林で結界を張ったでしょ? あれは人は通過できて、魔物は通さない仕様だったんだけど、もし魔物が結界線上にいたとしても殺せるほどの威力は出なかったわね。中に入ってくるか、外に出るか、移動は自由だったと思う」
「でも、ことばと血とイメージ。何でもできるって仰いましたよね?」
ダルディッシャムさまが扇をぱちん、と高らかに鳴らした。
「面白い!やってみようではないか!」
え? ほんとに?
人はどうするの? と思っていると、顔に出てたみたい。
「こんなところで人を殺せるわけなかろう。人を用意するにはそれなりの手順が必要だからな。家畜を用意してもいいが、煉瓦でいいか。20個ほど持ってきてくれ」
ダルディッシャムの言に侍女の方たちが、どこからか用意してくれた。
部屋の床に5個並べさせて、指を少し切ると宣言された。
「結!」
ちょうど結界が煉瓦の中心を通るように張られたけど、ダルディッシャムさまの眉間にしわが寄った。
「ぐっ、固いな」
言われると同時に、煉瓦に大きくひびが入った。
「殺すまではいかないが、重症にはさせられそうだな。だが、血力を大量に使うぞ? これならまだ別の方が安易だ。見ていろ」
またしても侍女さんたちに煉瓦を5個並べさせると、今度は普通に5個を内包する形で結界を張られた。
これでどうやって壊すのかしら?
不思議に思って見ていると、結界がだんだんと小さくなってきた。煉瓦同士が密集し、とうとう逃げ場がなくなるとひびが入り大きく崩れた。
「結界は構築した後も形や大きさを変えやすい。やはり生成が力を使うからな。一度安定させた後の方が楽だと思うぞ」
え? これを人にやろうとされてました?
「実際にこれを人で使われたことはあったのでしょうか?」
「あるぞ。大量に殺した。やらなければやられる」
目に宿る光が、一線を退いたとしても今なお輝く。
為政者としての覚悟がある。
この方は戦争が起これば躊躇なく力を発揮されるだろう。
一方、私はどうだろう?
ほんとうに守りたいものはここにいる二人だけ。
どこで暮らしたっていい根無し草だ。
「私にはとても使えません」
ダルディッシャムさまが、からりと笑われた。
「なに、殺すことに使わなくてもいい。結界で覆えば精霊術は無効、物理に関しても訓練次第でかなり強固なものができる。敵に敵いそうになく、逃げられないときは、助けが来るまで自分や大事な者を結界で覆えばいい。有用だろう?」
そう言われるとそうね。
「はい。頑張ります」
「昨日教えた訓練方法は家でも試したか?」
「はい。少しずつですが、体内の回路が太くなった気がします」
今まで氣の訓練では線で捉えていたが、もっと太くイメージして高速で回転させると氣や血力が高まりやすいと言われた。
昨日は夕食時も入浴時も寝る間際まで血力を練っていた。
「毎日やれ。血力が練り上げられて威力が高まる」
「はい」
このあとはいろいろな結界の特性や、張り方のコツを教えていただいた。