忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
薄い水色の膜は、寒い日に湖に張った氷のよう。
闇夜でも星明かりで煌めいて、丹念に刺繍したレースカーテンのようにも見える。
空が白んでくると一層輝いて、この瞬間、胸が高鳴る。
まるで宝石箱の中にいるような幻想的な光景。
すべての精霊術士が同じ事をができるのかわからないけれど、ラウラの作り出す精霊術は美しいと思う。
精霊界がきれいなものであふれていたから、感性も秀でているのかも。
夜が払暁で追い払われる瞬間が一番美しい。
刻々と変わる空と煌めく氷の障壁と。
勝手に流星タイムと名付けてここ数日楽しんでいる。
煌めきの時間が終わるとつい隣にある顔を盗み見た。
長いまつげ。整った鼻梁。柔らかい唇。健康そうな肌に豊満な胸。髪も髪油を使ってないないのに艶やかだ。
美人、と思う。
簡素な貫頭衣などに包まれている肢体がかわいそう。丈も短いし。似合う服着せてあげたいな。
小麦粉とバターと蜂蜜、もし手に入れば卵や牛乳もあれば美味しいものを作ってあげられるかもしれない。
甘いもの喜ぶかな。
あの子のときみたいに。
町の人々とのいざこざと刺傷の痛みがよぎった。
あの子も術士だった。
すぐに王都に召し抱えられた。
ラウもすぐに・・・。
術士は好待遇と聞く。
きっとの今の世捨て人のような生活よりは何倍もいいはず。
私が助けた?からとなついてくれているけれど、私以外の人と付き合いができれば、そちらを優先するのではないかしら。
私は左手の平を掲げてみた。
ざらついた指先はあかぎれこそないものの、親指以外力なく曲がったままだ。
感覚もなく、曲げようと思っても曲がらず、押されても分からない。
刺された後遺症か、左手先の感覚がなくなってしまった。
毎日動かす練習をしているけれど、可動域が広がった感覚もない。
片手が使えないというのは思いのほか不便で、雑巾も絞れないし、簡単な家事も何倍も時間がかかる。
ラウラもムームも嫌な顔一つせずに請け負ってくれるけれど、自分が嫌なのだ。
生きているだけで誰かに迷惑をかけるということが。
ムームはあの地に縛られているそうでどこかに行くということもなさそうだけど、ラウラは違う。どこにでも行けるし、何にでもなれる。
町について、今すぐとは言わないけれど、ある程度町の人たちとも交流ができたら。
「私の役目も終わりかも」
この鬱陶しい胸の痛みも、ラウがいなくなったら消えてくれるのかな。
そろそろ日が高くなってきた。
朝食の用意をしようと、私はぬくぬくの彼女の腕から抜け出した。
術士がいると、野営とは思えないほど旅が快適だ。
水精術で張ってくれた障壁はテントの代わりで、獣と冷気と夜露から守ってくれている。
寝床に関しても例のふにゃふにゃのスライムみたいなマットを展開してくれるので節々も傷まない。
これに慣れちゃったら、堕落一直線ね。
ますますラウラといることに不安になる。
焚き火に薪を追加して、昨日残しておいたスープを温める。
あとは干した魚でも齧れば十分かな。
すっかり空も明るいし、スープも温まったところでラウラを起こす。
「そろそろ起きて」
精神体のときと比べて、肉体は疲れるのかもしれない。ラウラの寝起きは悪い。
「ねぇ、起きて」
何度か起こしたけど、起きないからもういいか、と諦めた。
急ぐ旅でもないし、帰宅が数日ずれたって。
私が勝手に出歩かないよう、障壁は私が触ると壊れる仕様にしているそうなので、障壁内で柔軟体操を行い、精神統一も行う。
戦技を使うには氣の扱いが必要で、毎人鍛錬するようおじい様から言われていた。
全身を巡るよう氣を練るのだけれど、怪我をして以来左手だけはうまくできない。そこが治ればラウの手を煩わせることも減るのに。
いつか元通りになると言ってくれるけれど、一生このままかもしれない。
それならそれで戦い方を変えないと…。
「どうして椀を二つ入れてきたはずなのに、一つしかないの?」
もう何度もした問答で、何度言い合っても納得しかねる。
「だってフェリお椀持てないから。一つあれば十分でしょ?」
「右手で持ちます。具はその後すくって食べればいい」
ラウがにこっと笑った。
「でもここには1つしかない。はい、あーん♡」
私はつい右手を握りしめた。
「だからって、交互に飲む必要ある? あなたが飲み終わった後に貸してもらえればそれで飲むわ」
「いや♡。はい、あーん♡して?」
何で即答・・・。
いや♡ってなに?
口を閉じたままでいると、いいの?とラウが悪い顔をした。
「前みたいに口移しで飲ませるけど?」
「いいわけないでしょう」
しぶしぶ口を開けるとラウが匙を差し出してきたので、そっと飲み込んだ。
一昨日はあんまり触れないようになんて思ったから胸元に溢してしまって、ラウに舐められたのだ。
同じ轍は踏まない。
「そろそろ町に着くと思うの。少し身ぎれいにしてから行った方がいいと思うから、小屋にいた時みたいにお水出してくれない? それか近くに水場があればそこでいいけど」
「夏でもない限り人間には川の水は冷たすぎるわ! このあとお風呂にしよ♡」
「お風呂って桶にお湯ためるものでしょう? そんな大きな桶持ってきてないけれど」
「この床に敷いてるマットと障壁でお風呂の代わりは作れるわ! まあ術力は使うんだけどね。でもすぐに補充できるから大丈夫。早く食べて入りましょう!」
何で鼻息荒いの?
朝食を食べた後、障壁の中にさらにお風呂代わりの障壁を張り、ラウがお湯を張ってくれた。
もともと水精なのに、どうしてお湯が出せるのか、と尋ねたことがある。
「人間って六精の力が宿ってるのね。火水土風光闇。人になったときに水以外の力も使えるようになったの。水みたいな威力はでないんだけど、多少ね。だからお湯も出せるようになったし、土系の精霊術で地面掘ったりしてたでしょ?」
とのこと。
精霊から見ると人間ってそうなのね。
「フェリ、はいろ」
ラウが下着を脱いで先にお風呂に入った。
女同士だし、恥ずかしがる必要もないのかもしれないけれど、私は恥ずかしい。
小屋だと屋内だから光量も少ないし、それほど見えないのだけれど、今はほとんど透明な障壁で外部と遮られているだけで、彼女の肢体が丸見えなの。
逆に言えば、私の体も見えるということで・・・。
「マットつるつるして滑るから気をつけてね」
ラウはなにも思うところはないようで、普段と変わらずに注意だけしてくる。
私も気にしないようにしよう。
「ええ」
服を脱ぐと、膝上くらいの障壁を乗り越えてマットに足裏をつけようとしたが、もともとがつるんつるんで作ってある。
「うわっ!」
転びそうになったところで、ラウが私の脇の下に手を入れて持ち上げた。
まるで子どもの抱っこ・・・。
「始めからこうしてあげればよかったね」
「ううっ。なんでラウは滑らないの?」
「水がわたしに不利になることなんてないよ。水精だよ?」
ふふ、と笑いながら足の間に座らされた。胸まで浸かれて、スープの具になったみたい。
「こんなにお湯入れて疲れない?」
ラウの体調を心配したけど、本人はけろりとしてにこにこしている。
「小屋に戻ってもお風呂はこれにしようね♡ きもちいいー」
「ちょっ!」
ラウは私のお腹に腕を回したままさらに身をお湯に沈め、私まで肩まで浸からされた。
体が完全にラウに乗ってる。
浮力があるから、ラウは重たくはないのかもしれないけれど、直接胸が背中にあたる。・・・あたる。
「ラウ、近すぎない?」
「あはは。もっと小さく作ればよかったね」
「何を言ってるのかわからないわ・・・」
「明るいからフェリの体よく見えてしあわせ。嬉しい」
「・・・それは、どうも」
13歳にしては小さいかもしれない。胸も身長も全然大きくならないし。大人としての兆候も全くない。
ラウは幼児体型が好きなのかしら。
ラウの好みに自分の体が沿うのであれば、私も嬉しい。少しだけ自分の体が好きになれる。
ラウの手が私の体を撫でていく。
「この傷は?」
「レッドベアと戦ったときのものね。避け損ねて爪を引っかけたの」
「ここは?」
「おじい様と訓練していて斬れてしまったの。すごく血がでて、いつも泰然としたおじい様が動転したのを覚えているわ」
「ここは?」
鳩尾に手が這った。うっすらとした切り傷。
「ここは・・・」
「言いたくない?」
「そういうわけじゃないけど。聞いても気分がいいわけじゃないと思うから」
「知りたい」
傷跡を撫でながら、勝手にうなじに口づけられた。
「舐めちゃだめ」
「キスだもん。早く話して」
もっとしちゃうよ?と言外の圧力を受けて、望み通り口にした。
「妹に切られたの。私は妹に嫌われていたから。妹だけじゃないけど」
せっかく話したのに、ラウは反応せず左腕に手を伸ばした。
「ここは?」
手首から肘までをいくつもの切り傷が等間隔に並んでいる。みみずが何匹も並んでいるようで気持ち悪いかも。
ラウラはみみずは平気なのか、ぷっくりとした傷跡を親指の腹で撫でていく。
「町に来た術士から忌み子の研究がしたいから血を提供してほしいと言われたの。研究がはかどったのかは私には教えてはもらえなかったけど」
ラウの抱きしめる力が強くなった。
「フェリ、あのね、何回も言うけどね、フェリが流した血のすべてが精霊にとっては光なの。あなたが流したとき、あなたには見えていないだろうけど精霊たちはあなたの血に群がって糧としていた。わたしはあなたが湖に来てくれるときがすごく楽しみだったし、あなたの呼気やあなたからしみ出す生気を感じ取れるだけで幸福だった。今もそれは変わらなくて、フェリに触れられるのが本当に嬉しいの。フェリがくれたこの体も大好き。フェリと同じ血が流れてると思うと、頭がおかしくなっちゃいそうなくらい。大好き、フェリ。だいすき」
「・・・うん」
精霊術の効かない忌み子が精霊にとって幸いだなんて誰が想像しただろう。
この体質がラウにとって幸いなら、私にとっても喜ばしい。
もしかして、と思って聞いてみた。
「今でも血を飲みたいって思ったりしてる?」
「うん。飲みたい。フェリの血、ほしい」
「いいけど?」
ポシェットにナイフが入ってる。いつでも斬ってあげるのに。早く言ってくれたらいいのになと思いながら、体を起こそうとすると、だめ、とラウに止められた。
「フェリの血は本当に大事。気軽にあげちゃだめ。それにフェリが傷つくのは嫌」
「それだと血をあげられないわ」
「だから、キスで我慢してるでしょ?」
それは知らなかった。
髪をかき上げ、うなじに何度もキスをされる。
「あ、今舐めたでしょう! キスで我慢してるって言えば、キスしていいと思ったの!?」
ラウの作戦勝ちでたくさんキスされてしまった。