忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
”何”と問うということは、人ではないのね。
こちらを襲う気があるのなら、話しかけずにとっくに殺ってる。
でも、この子はそれをしなかった。
それに・・・・・・なんだろう。悪い感じがしない? 敵意のある人はそれこそわかるんだけど、むしろ好感すら持ってくれてるような・・・?
「ラウ、下ろして」
「でも!」
「たぶん大丈夫よ。あなた、お肉食べたいの?」
『うん!』
思えば声もどこか薄い膜を通したような声ね。
「レイハスさん、取り分けてあげてくれますか?」
「あ、ああ」
「ラウ、椅子もう一個つくってあげて」
『ぼく、フェリの隣がいいな』
「ぜったい嫌!」
ラウに下ろさせ、しぶしぶながらも椅子を用意させる(場所だけは私の隣はダメ!!と譲らなかったため、ラウの隣)と、素直に男の子は座った。耳が長い。エルフ? 初めて見るから確証が持てないわ。
「セリスさん、スープとパンも出してあげてください」
「はーい」
男の子の目の前には、美味しそうに盛り付けられた料理がすぐに供された。
『いっただっきまーーす!』
もの凄く食べっぷりがいい。一週間何も食べてないみたいな。量もすごく食べるわね。
『おかわり!』
レイハスさんが切り分けたお肉を皿によそい、セリスさんがスープのおかわりを出す。
「すごいも! こちより食べるも!」
「ずっと飲まず食わずだったのかしら・・・? あなた、急に食べるとお腹痛くするわよ?」
注意しても『大丈夫~』と取り合ってもらえない。
結局男の子は大人の男3人前は平らげて、ようやく満足したみたい。
『お腹いっぱーーーーーい。こんなに美味しいのは久しぶりだなぁ。分けてくれてありがとうね』
「いえ。どういたしまして。私ももらったものだし」
『食後のお茶飲みたいな』
「おまえ図々しいわね!」
ラウが怒ってるのに、『あはは、ケチだなぁ!』と男の子は笑ったまま。
「お茶もご用意していただけますか?」
ユスフさんにご依頼すると、笑顔で承ってくれた。
男の子はお茶を飲んで一息吐くと、やっと私たちに接触してきた理由を述べた。
『実は、フェリにこのダンジョンの浄化を頼みたくてさ』
「浄化、ですか?」
とくに瘴気や悪意に汚染されている気はしなかったのだけれど。
『良く感じてみて。悪意あるでしょ?』
「ありますか?」
よく分からない。目を閉じて感覚を掘り下げる。
水の流れる音。反響する岩山。モンスターたちが生活する小さな音。
この階層は川の水底が光っているから、他の階層に比べて陰鬱な雰囲気が少ないくらいなのに。
悪意?
『違う。そうじゃないよ。しょうがないな、少し手伝ってあげるよ。手出して』
男の子から伸ばされた小さな手は、私と彼の間に座るラウの眼前へと伸ばされた。
「フェリ、ほんとにこんな子の手を握るの?」
「うーーん、たぶん大丈夫だと思うから」
「なにそれ~~~。何かあったらどうするの?」
『何にもしないってばぁ。ぼくって信用ないなぁ』
「急に現れておいて、当たり前でしょ!」
ラウと言い合ってる間に男の子の手に手を重ねた。
瞬間、今まで見えていなかったものが目に飛び込んできた。
建物の外から、中に入ったような。扉をくぐり抜ける感覚。
むわっと纏わり付く古ぼけた悪意。
ホロビ・・・シ・・・・・・スベテ・・・・・
・・・キエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ・・・・・
・・・イヤダ・・クルシィ・・・・
いろんな声が重なって聞こえる。
体の皮膚から怨嗟が入り込みそうな気になって、嫌悪で鳥肌が立った。いつの間にか全身が悪意に包まれて、逃れようがない。
体、動かない・・・・・・!!
椅子に座っていたはずなのに、平衡感覚が分からない。
自分が立ってるのか座ってるのか。
ぎゅうぎゅうと悪意に押しつぶされそうになって、目の前がはじけた。
「フェリ!!! フェリ!!!!! 全然大丈夫じゃないじゃない!!!!」
『ごめんごめん。フェリの感性が思った以上だったんだって。こうも一瞬で入り込めるとはね~』
気がつくと、私はちゃんと椅子に座っていたし、悪意に押しつぶされそうになってもいない。
でも分かる。すぐそこに悪意がある。
「フェリ! 良かった! 一瞬意識失ってたの。何にもしないって言ったくせに!!」
『ほんとにごめんて~』
男の子は気軽くヘラヘラしてる。
『で、どう? やってくれる?』
全身悪意に包まれた所為か、まだ動悸がしてくらくらする。
「フェリ」
脂汗をラウが拭ってくれるのに身を任せて、考えてみる。
悪意はまるで硝子窓の向こうにあるかのように感じられる。
私が今まで平気だったのは硝子の向こうを気にしていなかったから。
一枚隔てた向こうを覗かされたらさすがに分かるし、浄化もできそうではあるけれど・・・。
「悪意の量がありすぎます。たぶん、血を全部使っても足りる気がしません」
男の子は食後のデザートのパウンドケーキをもりもり食べながら、へらへらと言った。
『全部なんて言ってないよ。少しでいいんだ。フェリの負担にならないくらいで。たぶんそれでも数百年分は浄化できると思うんだよね』
「数百年分の悪意?」
聞きとがめたレイハスさんが男の子に詰め寄る。
『そうそう。ここは他の世界の悪意を浄化するために作られたんだ。悪意をモンスターの形に変えて君たちみたいな冒険者に討伐してもらって浄化してるって事ね。でも愛し子がいるなら直接浄化してもらった方が遙かに早いからさ』
「他の世界?」
今度はセリスさんが突っ込んだ。
『世界がこの世界だけのはずないでしょ? いろんな世界があって関わり合って成り立ってんの』
「あなたはこの世界の管理者なのですか? 神様?」
ユスフさんの問いに、男の子は首を左右に振った。
『神なんて恐れ多い。一般職員だよ~』
一般職員ってなに?
『断ってくれてもいいよ~。してくれたらいいな~ってだけのお願いだから。もちろんお肉分のお代は払うよ。30層あたりの鉱石でいいよね?』
「それはいいんだけど、ちょっと待って」
すごく気になることがある。
「他の世界の悪意って言ったよね? どうして他の世界の悪意をこの世界で浄化しないといけないの? その世界の癒し手はどうなったの?」
『フェリはいいところに気がつくねえ。どうしてだと思う?』
レイハスさんが口を開いた。
「・・・滅んだのですね?」
『ご明察~』
男の子がぱちぱちと拍手する。
「十年前、我が国でも滅びかけたことがありましたから」
「そうなの?」
侍女3人組に目を配ったけど、だれも私と視線を合わせてはくれなかった。
箝口令が敷かれてるのかも知れないわね。
『それで、どう? やってくれる?』
「はい。多少なりともお力になりたいと思います」
『やったぁ。助かるなぁ。無理はしなくていいからね』
「はい」
体調を鑑みれば、一晩休んで明日執り行った方がいいと思う。
さっき悪意に晒された所為で、まだ鼓動が早いし、指先も震えてる。
でも気がついてしまったからには、ここで一晩を過ごすのは辛いかも。
窓の外からじっと家の中を見られているような感じなのだもの。
「結界消した方がいい?」
ラウが気を遣ってくれる。
「ううん。大丈夫よ。このままでできるから」
ラウの水術の結界はこの界のもの。扉の向こうまで影響を与えるものじゃない。
血とことば、イメージ。
効率をあげるためには、相手のことを知る必要があるけど、さっきみたいに扉を開ける必要はない。
窓からよく見ればいい。
距離を置かないとこちらも引きずり込まれるから。
意識を潜らせようとしたけれど、ぞくりと悪寒がして、それ以上近寄れない。潜れない。
やはり明日にしてもらう?
でも今日できないのに、明日できるかしら?
どうしようと視線をさまよわせると、ラウと目が合った。
「大丈夫?」
すっと手を握ってくれて、それだけで心に火が灯ったよう。
そうだった。
今は頼ってもいいんだった。
「ラウ、ぎゅ、てしていて?」
見上げて頼めば、迷惑がるどころか、ラウは破顔した。
「もちろん。離さないから」
後ろからぎゅっと抱きしめてくれる。
背中も、前に回された腕のおかげでお腹も温かい。
「うん」
体に馴染んだ体温。
柔らかさ、重さ。質感。匂い。
跳ねた鼓動も落ち着きを取り戻した。
何かあれば彼女が引っ張り上げてくれる。
完全に信じることができるから。
意識を潜らせ、ぎりぎりまで窓枠まで近づく。
・・・シネシネシネシネ・・・シネ・・・シネシネシ・・・・・・・・
・・・コロス・・・コロシテ・・・コロ・・・ス・・・・・・ロシテ・・・
・・クルシィ・・・・クルシ・・・・・・・クルシィ・・・・・
界を隔てても、思考は変わらないのね。
死んでしまえ。苦しい。消えろ。
他害と他責と、負の感情であふれてる。
その世界の癒し手は間に合わなかったの? それとも飲み込まれちゃった?
とっても重くて苦しいから、そうなってしまうのも分かる気がする。
あなたたちの苦しみが少しでも軽くなりますように。
血を地面に滴らせながら声を上げた。
「おやすみなさい、仔猫たち。
おやすみなさい、仔羊たち。
おやすみなさい、こどもたち。
今日はよい風。よい夜。よい月よ。
ラベンダーの香りに包まれて、良い風。良い夜。良い月よ。
おやすみさい、仔猫たち。
おやすみなさい、仔羊たち。
おやすみなさい、こどもたち」
もう苦しまなくていいから。
もう眠っていいから。
最初は音階がずれてしまって、2回目にトライする。
3回目からはラウも、4回目からはフォーレと侍女さんたちも歌ってくれた。
ロンダルディア国民なら誰しもが知ってる子守歌。
私も小さい頃にタニアに歌ってもらった。
みんなが優しく明日を迎えられますように。