忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
ダアァァアン!!
家に帰った途端、私は扉に両手を縫い付けられた。
フォーレはびっくりしてバスケットに飛び込むと毛布をかぶっちゃった。
「フェリ。フェリはわたしと結婚してる。わたしが嫌がることはするべきじゃない。そうでしょう?」
声は努めて冷静で、低い。
けれど、私をつかむ両手にぎりぎりと力が込められてきて、ラウがどれだけ怒り心頭なのか知らしめた。
考える時間はたくさんあった。
帰宅途中も不機嫌で全然しゃべらなかったから、シェラとのことを怒ってるんだろうな、て思ってた。
血は指先からでも飲めるし、実際昨日までそうしてた。
でも、どうしてハグはダメなの? フォーレとだってしてるのに?
どうして肩から飲ませちゃダメなの? ナウシーさんだって同じようなところから舐めてたのに?
キスして欲しいって言われたら、もちろん断ってた。
どこまでラウラの意に沿う必要があるの?
「ラウの言うことを聞かない私のことは嫌いになる?」
「わたしがフェリのことを嫌いになるわけがないでしょう」
「私の血が好きだから?」
「当然」
「私がただの普通の人だったら好きにはなってくれないものね」
「その話は無意味よ。フェリは愛し子としてわたしの目の前にいるんだから。普通の人なんて仮定はしたって仕方ない。それよりシェラロッテのことよ!」
ぎりぎりとさらに手首を握り締められた。
ラウの指の一本一本が食い込んで本当に痛い。
獣のように低くうなられた。
「今後あんな風に血をあげるのは止めて。指先からだって嫌なのに、与えるのを許してるのよ? それをハグつきだなんて! 何回思い出しても
そう・・・・・・。
血をあげるのは許可制だったのね・・・。
つかまれた手が泣きそうに痛いけど、痛いって言って、話を逸らしたと思われたら嫌だ。
それよりも胸が苦しくて痛い。
ラウラの言うとおりにした方が良いのかしら?
それがいい妻? いいお嫁さん?
心がどっちつかずでいると、足がふわりと温もった。
「そしたらこちはいなかったも! 殺されてたも!」
殺気すら感じられる視線を浴びて、フォーレががたがたと足を揺らし飛びついてきた。
懸命にしがみついて見上げてくる大きな瞳には畏怖に負けない決意がみえた。心の天秤がようやく傾きを得る。
「誰に血をあげるかは私が決める。それにシェラとのことは友人としてのハグよ。怒られる理由はないわ」
「はぁあ!!!?」
声を荒げたラウがつかむ手は、瞬間大きく力が込められて――――。
ゴリっと私の手首はにぶい音を立てた。
「・・・・え?」
ラウが困惑しながらそっと手を離すと、私の両手首は変に潰れてだらんと力なく垂れ下がった。
折れてるというか、複雑骨折かしら。
見る間にも、赤黒く腫れ上がりラウへと転移していく。
潰された衝撃はあっても、強烈に痺れてたからまだ冷静でいられたと思う。
転移されるラウやナウシーさんはどうかしら? 痛いかな?
「ごめん。痛い、よね?」
なにが起こったか信じられないまま、私の両手と自分の両手を交互に見てるラウラに話しかけた。
「・・・・・・・え?・・・わたし・・・・・・。うそ・・・」
真っ青になって狼狽えてるところは初めて見る。
そんな顔しなくたっていいのに。
精霊は人間よりも上位の存在で、私のことは”血”だけが大事で、血袋って思っていたっておかしくないのに。
所有”物”としてじゃなくて、私のこともちゃんと大事にしてくれてるんだって思えて、さっき傷つけられた胸がすこし癒やされる。
「大丈夫よ。ナウシーさんが治癒術掛けてくれてるみたい」
徐々に元に戻ってるから安心して。
「あ・・・あ・・・、・・わ、わたしも! ・・・・・・・・・あ、あれ?」
あせって上手くできないなんてことあるのね。
人間みたい。
「大丈夫。ほら、もう治ったわ。今度ナウシーさんにお礼言わなきゃね」
元に戻ったんだから何でもない、と両手を見せながら言ったけど、この世の終わりみたいな顔から、ぜんぜん戻らない。
「フェリ・・・フェリ! フェリを傷つけるなんて!」
その場に座り込んでしまった。
フォーレが私の両手をしげしげ眺めてくる。
「フェリさまはおてて大丈夫も?」
「ええ。契約してたから、すぐ治してもらえたわ」
「治って良かったも。でも、フェリさま傷つけて! プティとムーム殿に言いつけるも!」
きっと睨みつけて(ぜんぜん怖くない)キャンキャンと吠えてくれるのはありがたいけれど、私の妻なのよ。あんまり責めないであげて。
「フォーレ。さっきはありがとうね。本当に大好き」
抱き寄せて頬にキスする。
「でも今はラウとお話しさせてもらえるかな? 今度は落ち着いて話せると思うの」
「フェリさまがそう言うなら・・・・・・。ラウラと戦闘になってもこちはフェリさまに付くも!」
「ふふ。ありがとう。でも戦闘になる前に和平交渉するから大丈夫よ。いただいたお菓子があるから食べてていいわ。夕飯は後にするから」
「わかったも! 食べて待ってるも!」
フォーレがダイニングテーブルに着いたのを見届けると、私はラウラの手を引いてベッドに座らせた。結界も張らせる。もしかしたらフォーレの教育上良くない話もでるかもしれないから。
ベッドに腰掛けてまだ自分の両手を見ているラウラの顔をつかんであげさせた。
「フェリ・・・・・・」
真っ青な表情に、瞳からは涙が零れそうにたゆたって、きらきらと輝いてる。
そっとキスした。
「ごめんね。私の不注意でラウやナウシーさんに痛い思いさせちゃった」
「違うわ! わたしの所為でしょ! なんでこんな・・・・」
両手をぎゅっと握りしめ、ラウの顔はくしゃっと崩れて、結局涙が伝ってしまった。
「はやく痛いって言えば良かった。そうしたらこんなに傷つけなかったのに。ごめんね」
後悔で押しつぶされそうな顔させずに済んだのに。
手が痛いって言ったら、話をそらしたと思われるんじゃないかって思ってしまって。
「わたしが傷つけたのに・・」
泣き顔も綺麗で、涙が朝露みたいに見えて、つい唇を寄せた。
「涙ってほんとにしょっぱいのね」
「フェリ・・・」
いつも開かれてる彼女の手のひらは固く握られたまま。腕も縮こまって、私を入れてくれる余地がない。
だから今日は私が彼女を受け入れる。
膝立ちでベッドに乗り上げると、彼女の頭を胸に包んだ。
「ごめんね。痛いって言えば、ラウは離してくれたでしょ?」
「もっ・・・もちろんっ!」
声が震えてる。彼女の吐息は温かいのに、涙が冷たい。
「傷つけて、ごめん。・・・ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
さめざめと謝る彼女の声は小雨のよう。
かたかたと震える肩に腕を回した。
「大丈夫。痺れてて痛くなかったから。私よりも今度ナウシーさんにお礼を言って? きっと急でびっくりしたと思うから」
「・・うん」
「怒ってないわ。私もごめんね。ねえ、ぎゅってして?」
いまだ縮こまったままの両腕を開いて欲しくておねだりすると、おそるおそる背中に腕が回された。
触れるだけで全然力は込められてない。
もっと力一杯抱きしめられるのが好きなのに。
「ラウ。さっきの話だけれど、私はラウの伴侶として逸脱した行為だとは思ってないわ。ハグは友人とだってするし、肩から血をあげたって良いでしょ、て思ってる。私にとってシェラは、おじい様との約束を守るハイエヴァーの唯一だし、頼れる友人よ。ラウがハグも血をあげるのも嫌がっているのは分かってるけど、どうにか仲良くしてもらえない? もちろん私の意見だけを押し通すつもりはないから。ラウが何を嫌がってるのか、理由を聞かせてもらっていい?」
どちらかが我慢するのはおかしいと思うから。
どこかで妥協点を見つけられると良いのだけれど。
両腕に力を込めるのはまだ怖いみたいで、顔だけ私の薄い胸にぐりぐり押しつけてくる。
「フェリに誰かが近づくのが嫌なの。男でも女でも。みんな嫌! ハグなんてしないで!」
まるで子どもみたいな言い分ね。理由を聞いているのに。
「シェラは友人よ? それ以上なりようがないし、何もしないしさせないわ。それでも嫌なの? ラウに全部あげてるのに?」
ラウはぴたりと動きを止めると、もごもごと言い出した。
「フェリがわたしに全部くれているのはわかってるわ。だからね、フェリの全部がわたしのでしょう? 血もフェリの体温も」
「言いたいことは分かるけれど、結婚するときに言ったわよね? シェラとの接触は続けるわよって?」
「うっ・・・・・・、そうだけど・・・。だけどやっぱり嫌だったの・・・」
ほつりと言葉を溢すと、また力を込めてしまうのが怖いのか、せっかく背中に回されていた腕が、ラウの胸元に収まってしまう。
なにが嫌なのか、根源的なところを知りたかったのに。
私はもう少し掘り下げてみることにした。
「フォーレとはハグしてもキスしても、シェラほど嫌がらないじゃない? どうしてシェラだけそんなに嫌がるの? 初めて会ったときから当たりきついよね? 手紙の件が原因かなって思ってたんだけど、それにしては長いよね。私はとっくに許してるんだし」
「フォーレは良いわよ。イヌだもの」
いえ・・・、おおかみ・・・。
「シェラロッテは・・・・・・」
どう言おうか悩んでるみたい。
私はただ静かに待った。ラウの髪がすべすべで気持ちいい。そっとなでなでする。
「シェラロッテは、フェリのことが好きだもの。だから嫌なの」
「・・・ええ?」
私のことが好きって言うのは以前聞いたわ。でも結婚したいとかそういうのじゃないって言ってたし、友愛のやつよ? フォーレと一緒じゃない?
そのことを伝えたんだけど、頑として譲らない。
「フェリが勘違いしてる。シェラロッテはフェリの体狙ってる」
言い方・・・。
んー、でも昨日の視線は確かに友愛っぽくはなかった。ラウに向けられてるみたいな・・・。
まさかね。
「女の子が好きな女の子なんてそうそういないわよ?」
「そうね。一般的にはそうなのかもしれない。でもフェリには血があるのよ? この血を飲んで虜にならないヒトはいないと思うの」
確かにみんな美味しそうに飲むけれど。
「顔も体も可愛くて、性格も良くて、血も美味しくて。好きにならない方がおかしいでしょ」
「じゃあ、100歩譲って、シェラが私のことを好きだとするでしょう? でもどうしようもなくない? 私はこれ以上何もさせないって言ってるし、それに貴族と養子縁組したんだから、シェラは貴族なの。そのうち貴族と結婚させられるわよ? 」
「フェリがそう言ってくれるのは嬉しいけど、結婚云々の話はまったく関係ないと思うのだけれど?」
「どうして?」
「貴族なんてうわべだけの結婚をするのでしょ? 好きな人は別に作るものだと聞いたわ」
誰によ! またプティ?!
「貴族にとっては不貞行為は醜聞よ。おいそれとできることじゃないはずだけど?」
「王太后さまとジーナさま、好き勝手やってるじゃない? あれだって不貞行為でしょ?」
身近に変な例があったわね。
「一応寝室は別々だと思うけど?」
「一緒に寝てるわよ? 知らなかったの?」
知らないことにしておきたかったの!
「王太后さまは先王さまが身罷られて独り身なのよ。だからご結婚なさってるとは言っても事情が違うと思うけれど」
「ふうん。そういうものなの? 今度プティに他のサンプルないか聞いておくわ」
・・・大丈夫かしら?
貴族ってこうあるべきって私の一方的な考えで話したし、プティに探られたら浮気し放題な展開もあり得る。
「えっとね、だから、どんなサンプルをあげられても、私とシェラはそんなことにはならないってしか言いようがないのだけれど?」
「ええ。フェリにはその気はないと分かってるけど、私の大事な嫁に気があるヤツがハグしてるの。嫌なのよ!」
ああ、なるほど。
ようやく腑に落ちたわ。
私はずっとシェラは友人だと思ってたけど、ラウは違ったのね。
確かにラウラには、私にとってのシェラみたいな存在はいないけれど、もしいたとしたら嫌かも知れない。
でもこの話も100歩譲った見解だからね?
シェラが普通に友愛の可能性あるし。
でもラウラにはそんな風に見えていたのね。
「ラウ、嫌な気持ちにさせてごめんね」
「わたしも、フェリのこと傷つけてごめんなさい」
今後どうしていくか。
その話をする前に、私はダイニングテーブルを振り返った。
椅子に腰掛け一人しょんぼりとクッキーを口に運ぶフォーレが見える。
少し時間経っちゃったものね。お腹すいたでしょう。
「続きはあとにしましょう。 夕飯作らなきゃ。フォーレのお腹がなっちゃうわ」
「ええ。フェリ、大好き。ありがとう」
ようやく上を向いた表情はいつもの落ち着いた彼女のもので、ようやく胸が落ち着いた。
ラウが少しだけ恥ずかしげに瞼を閉じるから、私は彼女の目元に唇を寄せて、涙を吸い取った。
吐息を感じるほどの近さで目が合うと、どちらともなく顔を寄せた。
控えめなキス。
これはこれで嫌いじゃないけれど、本当は深いのが好き。
でも今は時間がないから。好きなものは後に取っておきましょう。
いつも賑やかで楽しい家だけど、今日はいつもよりは静かでしんみりしてて。
ラウの元気がない分、フォーレが盛り上げてくれた。