忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
温泉宿のテルニサで熱い夜を過ごした後、わたしたちは次の宿場町のイードウナを目指していた。
明後日にはガカーヤカム・ダンジョンに着く。
お肉などはダルがくれて、水精術で冷凍しているけれど、甘いお菓子はイードウナの町で購入するとのこと。
ちょうどお昼に着くそうなので、昼食後に買いに行く運びになってる。
窓の外は曇りで午後は雨が降りそう。
フェリはわたしに寄りかかってよく眠ってる。
かわいい♡ キスしちゃいたいな♡
ごほん、とお向かいのレイハス。
「無茶は感心しません。食事はもちろんですが、睡眠もちゃんと取るようにしてください」
「だってフェリが可愛すぎるんだもの」
「フェリシア様の所為になさらないでください」
物おじせずに言ってくれるところがレイハスのいいところね。
分かってるのだけど、ほんとにフェリが可愛すぎるのだもの。
「気をつけるように気をつけるわ」
プティだったら「嘘くせぇ〜」と揶揄われそうなところだけど、レイハスからは真面目に「そうしてください」と小言を言われた。
お昼を取って、ヴァンの案内で菓子店へと向かう。王都でパンケーキのふわふわみたいなのを買ってきてあるとの事だったけど、イードウナの町には木の実をふんだんに使ったヤルドーラパイというのがあるらしい。
カスタードクリームとパイ生地の相性がいいとのことで、老舗のお店に向かう。
どんよりと重たい雲は今にも降り出しそう。
「フェリ、急ご」
「ええ」
まだ足元が危ないからね。腰のくびれに手を回して歩く。
「寝過ぎて頭おもい…」
「いや、疲労だと思う」
セリスがフェリの独り言に突っ込んでる。
ヨルナは商店街の端の車止めで待機してくれるし、買ったらすぐに戻りましょう。
歩いて――――。
歩いていたのに――――――――――。
手が宙を切った。
「え?」
今抱きしめていたはずの温もりがない。
足下はただの石畳。
疲れて地面に倒れ込んだわけじゃない。
「フェリ?」
行き交う通行人。
石造りの家々の間の路地。
全部見渡す。
そのどこにもフェリがいない。
360度どこにも。
水精術の結界の応用で、水盆に水を一滴投じるかのごとく辺り一帯を探査する。
フェリの血力の反応はない。
指輪からの反応は…。
遥か遠方――――、北東にある!
それも二呼吸する間に消えた。
「待って!ラウラ様!」
後方にセリスの声が聞こえるけど、構っていられない。
全力で走る。
理由もなにも分からない。
ただ指輪の反応があったというだけ。
寄る辺がそこにしかないのなら辿り着くしかない。
大地を蹴って、川を越え、山ですら一息に飛び越える。
後ろからセリスたちが追いかけてきてるのを感じる。
だが、すぐ後ろにはあの猫だ。存外に早い。
このまま走っても着くのは明日の昼頃になりそう。
身体強化を最大まで施して走っていると、急に胸元が裂けた。
肺まで達する損傷にたたらを踏む。
血が吹き出し、服が真紅に染まる。
水術は光術と違って、威力の高い治癒はない。リジェネ系とは親和性が高いが、それでもハイヒールを施す。
ナウシーも治癒してくれているのだろう。
傷はすぐに塞がったが、瞋恚に身が焦げそう。
フェリを傷つけられた!
指輪が再び繋がった!
フェリが血術で結界を張ったのも感じられた。
さっきと同じところだ。移動はしてない。
許さない…。
ぜったいに許さない!!
時は少し遡る。
みんなと菓子店に行こうとしていたの。
隣にはラウがいて、向かいからは幼児を抱っこした身なりの良さそうな青年が歩いてきてた。
幼児がおもむろに手を出してきて、腕に触れたと思ったら、景色が一変していた。
薄暗い室内。
埃っぽい匂いに窓から差し込む薄陽。
あたりには荷物が整理して置かれている。
外じゃない。
通行人もいない。
ラウもみんなもいない。
目の前には幼児を抱えたままの青年が、困った顔で立っている。
「オーウェル様・・・・。連れてきちゃってどうするんです?」
オーウェルと呼ばれた幼児は青年から降りると、両足で床に立った。
年齢は3歳ほどに見える。
茶髪で黒い瞳。どこにでもいそうな風体なのに、瞳に宿る色だけが異彩を放っている。
「やっと! やっと会えたんだぞ! 連れてこないでどうするんだ! この愚か者が! やった! ほんとうに久しぶりだな、ジーン」
掴まれた腕から、王太后さまから受けたよりも何倍も酷い、こちらの内部を蹂躙するような共感性を感じて慌てて抗術で争った。
男の子の片眉が訝しげにあがる。
「ジーン? なんだ? ぼくだぞ?」
「誰ですか?・・・・あなたなんて知りません」
体内で嵐が巡ってる。意識が飛びそう。
でもここで気を失ったら何をされるかわからない。
「知らない? おまえの体も心もぼくの物だというのにか?」
手を引かれ、よろけたところで胸元に激痛が走った。
男の子の手にはいつの間にかナイフが握られ、胸元をざっくりと切られていた。
殺意も何も感じ取れなかった。
呼吸でもするかのような、全く気負いのない動作。
「いいから黙って差し出せ。ぼくはお腹が減っているんだ」
まるで虫でも見るかのような瞳。
「ごぁ…」
息できない!
再度刺されそうになって、私は男の子を突き飛ばした。
大量の血をたよりに血力を放じる。
「げづ!」
後から後から血が溢れてくる。
息できなくて苦しい!
がふっ、ごほ、と咳が止まらない。
でも徐々に傷が癒えてきた。
転移したのね。
自分の血溜まりに這いつくばりながら、男の子を見上げる。
血術の結界を壊す力はないみたい。
「どうしてぼくの力が効かないんだ!! あり得ない!」
結界に両手でしがみつき、壊そうとする。
「ふざけるな! ぼくに従え! ジーン!」
ジーンなんて知らない!
そう思うのに、脳裏を見知らぬ光景が瞬く。
腹を裂かれ、臓腑を抉り取られる。
貪り食う見知らぬ男。
肋骨を折られ、生の肉をそのまま齧られ――。
眼窩にめり込む指は私の眼玉をとりだして―――。
だめ!
これ以上みたらだめ!
体が恐怖に震える。
血力が練れなくなる。
結界を壊されたら、間違いなく食べられる!
ガタガタと歯の根が合わなくなる。
「ジーン!」
男の子の恫喝に涙が滲む。
どうしよう・・・。
だめだ。
結界を維持できない・・・・・・!
「思い出したか? 結界を解け。殺しはしない。ちょっと齧るくらいだ。解ってるだろ?」
ナイフを掲げると、刃に着いた私の血をれろぉと舐められた。
全身が総毛立つ。
あんなことされたら死ぬ。
死んでしまう。
私が死ぬ前にラウやナウシーさんが身代わりになっちゃう。
それはだめ!
ふと、血溜まりについた手がきらりと光った。
ラウラがくれた結婚指輪だ。
勇気づけるように蒼く輝いて見えた。
大丈夫だって。
絶対行くって。
私はただ待てばいい。
私は指輪を握りしめて、ただラウラを想った。
「オーウェル様、まずいですって。人が来ます。一旦退きましょう」
「なんだと!? ここで諦めろって言うのか!?」
くそが。なぜジーンはぼくの言うことを聞かないんだ!
「そんなことを論じてる暇はありません。愛し子への傷害は死罪ですよ? 早く転移してください! 精霊術では足がつきます!」
すぐ目の前にいるっていのに!
「くそっ!」
仕方なしにぼくは転移した。