忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
「ノキス! すごいぞ!」
仲良し気取りのサーノットが布団を捲りあげてきた。
西陽が瞼を刺す。
ぼくはしぶしぶ顔をあげた。
「どうしたんだ?」
わかってる。愛し子だろ。
興奮した様子のサーノットは子犬のように足をぴょんぴょんと跳ねさせてる。
騒ぐと先生に怒られるぞ。
「愛し子だよ! どこからか愛し子が来たんだって! 精霊たちも大騒ぎだよ! すごいね!」
「そうだな」
確かにあの女は精霊のお気に入りだ。
精霊たちが大はしゃぎしてる。あちこち飛び回って、少し賢い者はぼくを警戒してる。
こんなはずではなかった。
あの女はぼくに傅き、血肉を捧げるはずだった。ぼくは神力を回復して、ずっとぼくの結界に閉じ込めておけるはずだったのに・・・。
ナイフについたジーンの血からは女神の気配がした。その所為だ。
だが、その影響も大きなものではないな。
もう少し押せばぼくのことも思い出しそうだ。
ジーンが結界さえ解けば、次こそ捕らえて隔絶しよう。
そう何日も張ってはいられないだろうしな。持って2日か3日か。
ぼくはここでジーンの力が尽きるのを待てばいい。
そう思えば、眼前の獲物をいつ手にできるか待たされるのも悪くない。
ついにんまり笑ってしまったのをサーノットに見られた。
「具合悪いって言ってたのに、平気そうだね?」
そうだった。病気のフリをしていたんだった。
「少し良くなってきたんだよ。何かあればまた教えてよ」
ぼくは寄宿舎のベッドで頭から毛布を被り直した。
翌日、朝食を終えて外遊びの時間。
生前の記憶があるぼくにとっては実にくだらない時間ではあるが、この場を抜け出しても咎められないのは助かる。
ものすごいスピードでここに迫ってくる者がある。
昨日見たジーンの近くにいた者だな。
さて、どうなるか。
ぼくは昨日、物置に使われてる部屋に転移した。ジーンはそのままそこで結界を張り続けている。寄宿舎の教師らがジーンに接触したようだが、結界を解いてないところを見ると、懐柔は失敗したんだろう。
まあ、解いた瞬間にまたぼくが転移させるからな。そのことを察しているのかもしれないが。
既知の者が接触したら、流石にジーンも結界を解くだろう。
だが、女神の気配が邪魔だ。
ぼくを認識せず、思い出せないのでは支配できないではないか。
まあ、しばらく捕食してやればジーンも自分の立場を思い出すだろう。
既知の女が到達し、ジーンに接触する瞬間をぼくは待った。
一晩経ったけれど、ラウはまだこない。
ここの教師だという人たちがきて、食事や休んだらどうかとか、いろいろ話かけてくるけれど、私は無視した。
あの男の子は姿を見せていない。
目の前から一瞬で消え去った。走るでもない。飛ぶでもない。物語で読んだ瞬間移動みたいに。
人が来たらまずいからと、この場を離れたということは、この教師たちは少なくても仲間ではないのでしょう。
あの男の子の姿は見えないけど、なんとなく感じるの。こっちを伺ってる気がする。
結界を解いたらまた訳のわからないことをされそう。
私はつるりとした結婚指輪を撫でた。血で汚れてしまった指はもう乾いてるから、指輪が汚れる心配はない。
青く煌めく指輪がちゃんと指にあることが、こんなにも心の拠り所になるなんて思わなかった。
指輪はラウラが死亡すれば消え失せる。
ある、ということは生きているということ。
生きているのに、ここに来られないのはどうしてか?
向こうも誰かと戦闘してる?
ラウが負けるところは少しも想像できないけど、手こずっているのかも。
少しだけ周囲を血術で探ってみたけど、見知った気配はなかったし、他の愛し子によってここが結界で覆われているわけでもなさそう。
他の愛し子の血術はラウラの術を無効にしちゃうから、指輪に付与されてる発信機能も効果がなくなっちゃうの。でも、それでもなさそうなの。
状況がわからない。
どうしたらいいの?
血力を練り上げて結界の維持を意識する。
結界を失ったら、間違いなく切り刻まれる。
あの男の子と青年の能力が瞬間移動であるとしたら、ラウラに勝機はあるかしら?
移動してくるだけだったらラウラに敗北はない。
私だって突き飛ばせたくらいだから、負けるはずはない。
そう思うのに不安なのはどうして?
朝日が差してもまだ彼女は来てくれなくて、だいぶ日も昇ったころ、ようやく待望の瞬間が訪れた。
どおおおおおおん!
急な爆音に私は顔を上げた。
窓があった壁が吹き飛んで、積んであった資材も飛散する中、待ち望んでいた人が逆光を背に来てくれた!!
「フェリ!!」
汗は流れ、髪を振り乱してるけど、どこも怪我はしてなさそう。土埃の舞う中、爛々と緑青の瞳は輝いてる。
「何者だ!」
教師という大人たちがラウラの排除に向けて駆け寄っていく中、急に静止した。
空中に踏み出した不安定な姿勢のままに。
「待ってたよ。さあ、こいつを殺されたくなければ、結界を解け」
「ラウ!!」
男の子はまたいつの間にか現れ、虚空に浮いたままラウの首元にナイフを突きつけてる。
教師の人と同じようにラウも全く身動きしない。
まばたきすら。。
「まったく、無知というのは罪深いな」
男の子は大袈裟にため息をついた。
「このまま首を落とされたくなければ、さっさと解け」
ナイフの先端がラウの首筋にめり込み、傷をつけていく。
ラウラも職員たちも身じろぎ一つしない。
音もしない。
男の子と私だけを取り残して、すべてが止まってる。
風に舞う土埃ですら。
この子の能力は瞬間移動だけじゃない…!
このままでは本当にラウを傷つけられてしまうかもしれない。
私は大人しく結界を解いた。
それなのに、男の子はナイフを外さない。
「来いよ。調教し直してやる」
話が違う!
「さきにナイフを仕舞って」
「お前の躾の方が先だ。ほら、どうなってもいいのか? ただの脅しだと思うか?」
くふ、と笑ったかと思うと、首を傷つけていたナイフをおもむろにラウラの肩口に深く突き刺した。鮮血が溢れ出て、服を真っ赤に染めていく。
「やめて!!ラウを傷つけないで!!」
傷つけられたというのに、ラウは全く身動ぎする気配もない。
もう言うとおりにするしか…。
「しのごの言わずに早く来い」
この空間で昨日みたいに切られたら、ラウラはどうなる? 転移するの?
しなければいい・・・。
致命傷は転移しない。
そのまま私だけが死ねれば…!
祈りながら震える足を叱咤し、乾いた血溜まりを踏み越え、私は男の子の眼前に立った。
ナイフは再びラウラの首筋に向けられてる。
時が止まった空間のようなのに、血は止まらず服を赤く染め続ける。
早く治療しないと失血死してしまうかもしれない。
本当にどうなっているの?
事象が理解の範疇を超えてる。
超えているなら、知ればいい。
その答えが私の中にあるというなら!
男の子がナイフを握っているのとは反対の空いた手で私の頭蓋を鷲掴みにしてきた。
「さあ、ジーン。思い出せ」
音がまるで水中にいるかのようにたわんで聞こえ、胃は動転し、眩暈に襲われた。
過去がフラッシュバックする。
三千年に渡る記憶。
母がいて。
妹がいて。
オーウェルがいて…。
生まれ変わって生を受け、そして死ぬ。
腕を引きちぎられ、足をもがれ、腑を裂かれ、捕まえた昆虫を可愛がるように、オーウェルの手が伸びる。
オーウェルが私に固執する意味。
「思い出したか?」
くく、と老獪な笑いを漏らすオーウェルに、私は怯えた表情を見せた。
「女神も余興を考えてくれるものだ」
ラウラに向けられていたナイフが私を裂かんと向けられたその時。
「結!」
私はオーウェルを薄いルビー色を放つ結界内に閉じ込めた。
「なに!?」
オーウェルの両眉が驚きに飛び上がった。この表情を彼にさせることができたのは、本当に久しぶりで胸がすく。
彼が喚くのと同時に世界が時を取り戻した。
風とともに埃が舞う。
「フェリ!」
荒い呼吸のままにラウが私に抱きついてくる。
「ラウ! 早く治療して!」
「え!? いつの間に!?」
ラウラは自分の怪我にびっくりしていたけど、素直に治癒を行ってくれた。
「ジーン! 結界を解け! 酷い目に合わせるぞ!」
オーウェルがどんどんと結界を叩いて喚いているけれど、私の結界を解けないのはわかってる。
オーウェルなどよりラウラの方が大事。
「ラウ、大丈夫? すごく血が出てたし。気持ち悪くない? 座って休んでて?」
ここは雑多に汚れているから、ほかの部屋がいいかもしれない。
「何言ってるの!! フェリこそ昨日切られて! びっくりしたんだからね! ほんとに・・・ほんとに無事でいてくれて良かった! 一緒に綺麗にするから、じっとして?」
半泣きのラウラが自身と私にクリーンを掛けてくれたから、突っ張っていた皮膚と服が綺麗になった。
「ありがとう」
「ふざけるな! ふざけるな!! どうして思い出したのに、ぼくの言うことを聞かないんだ! 有り得ないだろ!」
まだ喚いているオーウェルに、教師たちは進退に惑い判断がつきかねているよう。
オーウェルに与し、邪魔しない限りは放置しておきましょう。
「オーウェル。どうしてか解ってるでしょう?」
ヨルロン・ダンジョンで渡された女神の腕輪はすっかり私の体に溶け込んでいる。
「女神の力? 神同士はお互い不可侵だ。お前はぼくに捧げられた供物なんだぞ。それを今更取り上げる権利は女神だってないはずだ!」
「あなたが勝手に供物と思っていただけで、母さまはそう思っていらっしゃらなかったということでしょう。・・・ようやくまともに話ができますね・・・・・・」
感慨深い。
ようやく! ようやくようやく!!
もう従わなくていい。
心のままに思考し、自分の意思で体が動かせる。
「もうあなたには未来永劫従わない」
「そんなことしてみろ。この結界が解けた瞬間にその女を殺してやる。お前の周りにいる者全員残らずだ! 今なら許してやる。結界を解いて、跪け!ジーン!」
確かに昨日から結界を張り続けているから、そう長時間は張っていられない。
「まだ解ってないみたいね。あなたの言うとおり、それほど結界は張ってられないわ。でもあなたを殺すには十分なの」
言い終えるや否や結界のサイズを半分にする。
「くっ!」
狭い範囲に閉じ込められたオーウェルに初めて焦りが浮かんだ。
「待て! 本当にぼくを殺す気か? ぼくはお前の父だぞ!」
「それが? 貴方は私をずっと食い物にしてきたでしょう?」
本当に言葉通りに。
「いいだろう。殺せ。来世で覚えていろ!」
胸を反らせたオーウェルは偉そうに腕を組んだ。
一瞬視界が暗んだ。
高揚する心と、報復に委縮する心。
過去に受けた報復の苛烈さが脳裏をかすめるが、それ以上の興奮が臓腑を支配する。
もう従わない!
従わなくていい!
殺せ殺せ殺せ! 復讐しろ!
心のままに私が結界を縮小しようとすると、壊れたままの壁から猫が飛び込んできた。
「ナア!」
オーウェルを守るように立ち塞がられた。
「リー?」
今なら解る。
猫の姿をしているけれど、あなた、私が精霊人にしたリーでしょう?
リーがぐにゃりとヒト型に転じた。
「思い出されてしまいましたか・・・・」
白くまっすぐな長髪と青い瞳の配色は猫の頃と変わらない。精霊人は性別がないけど、その流麗な立ち振る舞いからリーはよく女性と間違われていたわね。
「どうしてオーウェルをかばうの? この数百年で状況が変わったの?」
「状況は転じました。女神に直訴が叶ったのです。本来なら、ガカーヤカム・ダンジョンにてもう一つの腕輪をお渡しできるはずでした。本当にこの男は鼻が利く。今管理者がこの地に向かっています。殺害はその後が宜しいかと」
「・・・リーがそう言うならそうしましょう。管理人はいつ頃いらっしゃるの?」
リーがひざまずき、深く頭を垂れた。
「明日中には」
「明日・・・・・・」
持つかしら?
女神の腕輪はオーウェルの支配の楔から解き放つ力は宿してあったけれど、そもそもの血力を増強するような加護はなかった。
数千年の決着が明日ですべて着くというなら、がんばるしかない。
「フェリ・・・?」
ラウラが不安そうな顔で見つめてくる。
「ほんとにフェリ?」
「不安にさせてごめんね。少しだけ昔のことを思い出したの」
「そうなの? 別人みたい」
不安が拭えない様子のラウラに、私は首に腕を回して引き寄せた。彼女の胸に顔をうずめる。
—殺す殺す殺す・・・。
胸の内を暴れる衝動はいままでの私にはなかったもの。
ラウラが不安がるのも無理はない。
「・・・ごめんなさい」
今すぐに殺してしまいたい...!
こうして近くにいるのも嫌。
かといって目を離すのも不安でたまらないの。
「フェリ」
ラウラが優しくおでこにキスしてくれた。
「手、震えてる。フェリだって信じる。今回何にも分からなさすぎる! 後で説明してくれる?」
普段通りの包み込むような瞳を向けてくれるから、ようやく「いつもの私」を取り戻せた気がする。
「うん。ありがとう。ラウ」