忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
リーが提供してくれた夕食は素晴らしく美味しくて、フェリもいつもよりは食べてくれた。
接触はキスだけに留めて、フェリとフォーレと3人で眠っていると結界に合図があった。
システィナね。
「お姉さまはお休みになっていますか?」
「ええ。ほら」
毛布を上げると、すやすやと眠るフェリの顔が見えたはず。フェリは眠るときもだらしない顔をしないのよ。(わたしと違ってよだれを垂らさないの!)
「良かったです。では手短にいきましょう」
「分かったわ」
わたしの身代わりをウォーターマットで作成してそっと入れ替わった。
うんうん。起きてないわね!
結界の外にはリーとヤーグ。
ヤーグは何かあったときの見張りだそう。
わたしたちは少し離れた場所で結界を張った。リーが張ってくれたわ。光は通すけど、音は聞こえないってヤツね。わたしが完全にフェリから目を離すわけないじゃない。
システィナが鞄から取り出したのは、盾のサイズくらいの分厚い板。
「ここに手のひらを乗せて、とっておきの映像を思い浮かべるの。一回見本見せるわね」
地面に置くと、システィナは迷い無く手のひらを中央に乗せた。
彼女の体から光術の気配が立ち上るの。
「シシー様のお作りになる機械の素晴らしいところは神気を必要としないところよ。見てて」
盾みたいな板がシスティナの光術によってぱあっと一瞬耀く。
光がなくなると、盾の下の溝のところから紙が出てきた。
両手を広げたくらいのサイズで、そこには赤みがかった金髪に紺青の瞳をした二十代の女性が写っていた。
背景には黄色い花が咲き乱れ、女性の頭には少し歪な花冠が乗っている。
慈愛と呼べる微笑みを浮かべている彼女の服は装飾のない白のローブで、顔色はいまのフェリと同じように疲れているように見える。
「これがジーン様ですか?」
リーの問いにシスティナが頷いた。
「ええ。家に帰ればお姉さまはいつも笑顔で迎え入れてくれたわ。これは野原で花冠を作った時の思い出。お姉さまは指先が器用で、私の頭には綺麗な花冠が乗ってるわ。写ってないけどね。お姉さまのは雑でしょう?私は細かいのは苦手だったの。それでも嬉しいと喜んでくれたわ」
「フェリらしいわ。フェリがジーンの頃、どんな風だったのかもっと聞きたい!」
もしわたしがフェリのことを聞かれたら、嬉しくてたくさん話してしまうと思う。だから、システィナも喜んで話してくれると思ったのに、喜びとは程遠い堅い表情を向けられた。
「ええ、もちろん。それもあって呼んだの。お姉さまは言わないだろうから、ずっと生きると決めたラウラに知っておいて欲しいのよ。…でもその前にあなたたちも、お姉さまのとっておきの記憶を出しなさい。私は今日をどれほど楽しみにしていたか! 特にリーには期待しているわ」
「もちろんです! 記憶を紙に写し取って頂けるなど、なんと画期的なアイテム! シシー様は素晴らしい機士ですね。私の選りすぐりのジーン様コレクション、何百枚とお出しできますよ!」
それはそれでリーどうなの・・・・。
リーが転写機(盾の名前)で印刷し続ける傍ら、システィナが当時の話をしてくれた。
ほんとうにオーウェルがクソ野郎だって分かって、改めて腸が煮えくり返って仕方なかった。
私が物心ついた頃、家には姉と父しかいなくて、みんなの家にいるような母はいなかった。
私を育ててくれたのは姉のジーンで、育児炊事掃除、繕い物の他、家事の手が空けば機織りもやっていた。
食料品や服、日用品に至るまで買い物は父の担当で、姉はずっと家にいたわ。
こういってはなんだけれど、私は姉の愛情を一身に受けてすくすくと育った。
小さい頃は風邪をひきやすかった私の看病を面倒がったりしなかったし、私も手伝う!と言っても、遊びに行っておいでと家事は姉が担ってくれた。
その所為か、私は友人たちとよく外遊びをし、逆に姉は家に引きこもることが多かった。
私は父のオーウェルと同じで精霊術が使えたから、10にもなると大人と一緒に狩りに行くようになった。
そうすると、姉の悪口も耳に入るようになった。
お高く止まってる。
口下手で愛想が悪い。
父親や私と違って精霊術の才能がなくて残念だったなって。
――精霊術の才能がない。
姉は精霊が見えないけれど、好かれているのは姉の方だった。
いつも精霊たちが纏いついて、見えないのをいいことに乗ったり、引っ張ったり。
姉の姿が見えないなと思った時は、精霊の多い方に向かえば間違いがなかった。
父に聞いたら、この土地が豊かなのは姉のお陰なのだと言う。
いるだけで精霊たちが集まってきて、実り豊かになったのだと。
姉が誕生してから、この付近では凶作もなく飢饉に襲われたこともない。
精霊術で地面を均し、森で獲物を狩るのも大事なことだけど、雨が降り、大地が潤うことの方が大事だと。
村人には教えるな、と言われた。
どうせ見えないし、人々は思ったよりも強欲で何をするかわからないからと。
私はその言葉の真偽はわからないまま、言われた通りに公言したりはしなかった。家族だけの秘密。
残念だったなと言われて、言い返したいけど、できない。
姉も父から、過剰に村人と接触しないように言いつけられているから、硬い表情なだけなのに。
私の前ではこんなに笑ってくれるのに。
悔しく思っていたある日。
私が10になったんだから、嫁に出したらいいだろうと酒席で父が絡まれていた。
確かに15にもなれば男も女も世帯を持つ者が多く、姉はもう22になっていた。
私だって、私のせいで姉が行き遅れてしまった責任を感じていた。
私が7つのときにも同じことがあったのだけれど、システィナがまだ子供だからと、父が結婚の申し込みをはね除けていたから。
今回、父は何と返すのだろうと、耳をそばだてていると、
「最近調子が悪そうだからな。嫁がせることは考えていない。お前の家に嫁がせたら苦労しそうだからというわけではないが、家で養生させておきたいからな」と。
確かに、最近の姉は具合が悪そうな日が増えた。
寝込むほどではないけど、顔色がすぐれず隈がある。食事はもともと肉を食べない人だったけれど、量自体が減った。
季節の変わり目だから。
夏バテかな。
そう言って、もう秋。
確かに父が言う通り長引いてる。
「そうなのか? そりゃ心配だな。仕事のし過ぎじゃないのか? よく反物を売りにくるって聞いたぞ」
「まあな。ほとほどにしろと言ってるんだが面白いらしい。やめろと言っても聞かないんだ。もう一回言ってみるさ」
「ああ! ぜひそう言ってやってくれよ!」
父が言葉通り姉に伝えたかは知らない。少なくとも私は耳にしていないし、姉の機織りの時間はますます増えていくだけだった。
反物を売りに行く途中姉が絡まれたのをきっかけに、父は姉に売りに行くのを禁じた。
売りに行くのは、父か私。糸や材料を買うのは私だ。
私は姉が家に閉じ籠るのを不安に思いながらも、大人の男たちと一緒に狩りにでたり、道路や水路の工事なども手伝うようになった。
数年が経ち、姉はますます痩せた。腕が細く力仕事など到底できそうもないほどに。
私が物心つく頃から肉を一切口にしなかったけれど、痩せているのはその所為だと言って父が無理やり食べさせたことがあった。
姉は嫌がっていたけれど、結局は食べさせられ、お腹が痛いと言って夜半には吐いていた。
その頃から、いえ、その前から父は姉に苛ついていたように思う。
私は父の心配も最もだと思ったし、休むよう注意しても聞かない姉が悪いとさえ思っていた。
私は3つ上のタムシンと婚約し、15になったら結婚することになった。家での空気は悪く、タムシンの家族がよくしてくれることもあって、家に寄りつかなくなっていた。
春の終わりの暑い日だった。
薄手の服を取りに行こうと家に向かうと、裏手の雑木林に出かける姉を見かけた。
背負い篭を背負っているから、野草か薪でも拾いに行くのだろう。
特段変わった様子もなかったけれど、姉は急に体調が悪くなるときがある。
何もなければ帰ればいいし。
少しだけ後を追ってみることにした。
林に入っても姉は野草や小枝には見向きもせずに、一心に奥に向かっていく。
薪拾いに来たんじゃなかったの?
誰かと逢瀬でもするのだろうか。
でも家の周囲に父が結界を張っていて、そこから出ようものなら烈火のごとく怒られるはず。
何年か前に怒られるのを見たし、出て行くとも思えないけど・・。
どこに向かっているのだろうと興味をそそられて、さらに後を追う。
姉は結界の境界線でもある川まで来ると、背負い篭を地面に下ろした。
屈んで手酌で川水で喉を潤し、木陰に腰を下ろした。
姉にしては歩いた方だろうし、疲れたのだろうな。
涼やかな風が渡ってなかなかに気持ちがいい。
付近には誰の気配もしないし、ただこの風を浴びに来ただけかも知れない。私も外出した方がいいってアドバイスしていたし、その通りにしただけなのかも。
引きこもりの姉を少しだけ見直して、もう帰ろうかと思ったとき、姉が背負い篭から白い布地を取り出した。
一抱えもある量だ。これが入っていたから野草も枝も拾わなかったのだ。
姉は幼い子どもでも撫でるように、慎重に指先で撫でている。
おもむろに突風が吹いた。
木々がざあと揺れ、草花が舞う。
一瞬後、姉の隣に巨大な青い狼の姿があった。
魔物!?
とっさに駆けだしたが、姉が狼に話しかけたのを見て慌てて足を止めた。
「ヴォルフ!」
知り合いなの!?
「作ってくれたのか!」
狼は嬉しそうに尻尾をぶんぶん振り回してる。
「だって、あなたが作ってくれってしつこいから」
「言うに決まっている。人形ばかりずるいからな」
「知ってたの?」
「この辺の精霊たちはおしゃべりだからな。何でも教えてくれるぞ」
「いいわね。私もおしゃべりしてみたい」
姉が本当に羨ましそうに溜息を吐いたので、私はびっくりした。
精霊のことをそんな風に思ってたなんて、言ってくれたことはなかったから。
「おしゃべりしたいなら俺の住処にくるといい。仲間は全員歓迎する」
「ふふ。本当にね。この前は大勢で来るからびっくりしたんだから」
「また連れてきていいか?」
「もちろんよ。楽しかったわ」
ああ。姉のこんな風な弾んだ声を聞いたのは何年ぶりか。
胸がぎゅうっと締め付けられた。
「早く着けてくれ」
巨体が姉に前に侍る。魔物じゃない。見るからに高貴そうな存在。
姉は狼に乗りかかるようにして持ってきた布を広げ、首にかけると今度は体を起こしてもらって前で留めていた。
「できたわ」
「くくっ! これはすごい! 加護つきだぞ!」
「そうなの? よく分からないけど、喜んでもらえて良かった」
姉は木の根元にまた腰を下ろすと、嬉しそうに駆け回ってる狼を眺めているようだった。
一回りして戻ってきた狼は犬のように姉の前にお座りした。
「今日は俺も良いものを持ってきたんだ」
急に姉の前にドスンと重い音のする茶色い丸いものが現れた。
「蜂の巣?」
姉の戸惑っている声。
「食べるのは好きじゃないって言っていただろう? 中には蜂が溜め込んだ蜜が入っている。湯に溶かして飲むんだそうだ。俺はあまり好きじゃないが、教えてくれたヤツは巣ごとかじるって言っていたな。ジーンの好きそうなものを仲間に聞いて回ったんだ。どうだ、食べられそうか?」
「あ・・、ありがとう」
「ふふん、どうってことないぞ。汁物とか葉物は食べられるって言っていただろう? 俺たちは草は食わないからな。それは分からなかったが、次は果物をとってきてやる」
「ありがとう。でも前も言ったとおり何もいらないわ。ヴォルフが会いに来てくれるだけで嬉しいから」
「施されてばかりというのは、俺の気が済まぬ」
「何も施してないって言ってるじゃない」
「お前の歌声は何ヶ月分もの肉に相当すると言っている」
「歌声はお腹を満たしたりはできないわ。でも賛辞として受け取っておくわね」
「ああ。今日も歌ってくれ。お前の歌声が何より好きなんだ」
姉が気ままに何曲も歌っていく。
幼い頃に聞いた懐かしい歌ばかり。
あの頃、姉が世界一美しいとどうして思っていたのか、今はっきりと思い出した。
世界に光が舞っていた。
きらきらきらきらと、どの精霊も輝きに満ち、きゃっきゃと戯れながら踊り、姉と一緒に歌っている。
だからこのあたりだけ地力が強いのだ。
木々も草木も勢いがあり、きらきらと陽光を弾いている。
私は立ち去りもせず、物陰に隠れて歌声を堪能した。
精霊力が満ちあふれていた。
「ねえ、ヴォルフ。どうやったら眷属になれるの?」
眷属・・? 耳慣れない言葉だ。でもどこかで聞いたような。
青狼は目を剥いて姉を凝視したかと思うと、仰のいて笑い出した。
「ジーンは俺を笑い死にさせる気か!」
「本気で聞いてるんだけど・・」
はあ、と笑いを収めて向けられた顔は剣呑な雰囲気を孕んでいた。
「やっぱり殺してやろう。今更眷属などなれるはずもない」
「そうなの?」
「眷属とは、主とともにどこまでも供すると腹をくくらねば成れぬ。敬意が必要だ。少しの翻意もあっては成れぬ。持てるか? あの男に」
「でも、成れなければ殺すと・・」
心底狼は呆れた様子だった。
「本当に馬鹿な男だ。許せん」
「ヴォルフ。約束覚えてくれてる?」
「無論だ。俺は約束を違えたりせぬ。今履行してやろうか?」
「ううん。まだもう少し後がいい。システィナが今度嫁ぐの。せめて婚礼衣装を用意してあげたくて、まだ縫い途中だから」
「そうか。その気になったら俺を呼べ。いつでも来てやる」
「うん。ありがとう。ヴォルフが約束してくれたから、まだ生きてられる。まだもう少し頑張れるって思えるの。・・・・システィナ喜んでくれるかな」
「さあ。俺は人ではないから詳しくは分からんが、仲間が仲間のために用意したものを喜ばんヤツはクズだと教わったぞ。お前が手塩に掛けて育てたんだろう? 喜ぶんじゃないのか?」
姉がなんて言ったのか、返事は聞こえなかった。
表情も背後にいたから見えなかった。
姉が衣装を用意してくれていたなんて知らなかった。
タムシンの親からは、私の父から支度金をたくさん渡されたようで、衣装もこれで用意してくれと頼まれたと聞いていた。
婚礼衣装は通常生家側―私の母が用意するのが普通だけれど、母は不在だし姉は体調を崩しているし、まさか姉さんに用意してくれないの? とは聞けなかった。
直接聞けば良かった。
「俺はもう行く。またな、ジーン」
「ええ。またね、ヴォルフ」
現れたときと同じように突風が吹くと、次の瞬間には青狼は消え失せていた。
私は蜂の巣が重くてなかなか持ち上げられない姉を見つめたまま、今の話を反芻した。
姉を殺すと言った男は誰か。
眷属とは何だったか。
姉が狼とした約束は何か。
食べるのが好きではなくなったのはいつからか。
知らなかったこと、見えてなかったこと。
胸がざわざわとして立ち尽くしていると、背後から呼びかけられた。
『おい』
びっくりして振り向くと先ほどの青狼の気配がする。姿は見えないから、なんらか術を使っているのだろう。
『お前はジーンが好きか?』
突然の問いかけ。
もちろん好きだけれど、一言では言い表せない。不満も苛立ちもあるから。
『・・・・そうか』
狼の方から怒りと失望の声とともに気配が薄れていって、急いで言い返した。
「好きだと言ったら何かあるの?」
気配が戻ってきた。
『ジーンを助ける手伝いをして欲しい』
「姉さんを?」
『ああ。だが、ジーンを助けるためには、あの男とは番には成れない』
番って言い方・・。獣だしね。
「タムシンとの結婚を諦めろって?」
『ジーンとそのタムシンとやらとどっちが大事なのだ?』
「タムシンだけど?」
『・・・・・・・・・・・』
青狼の気配が秒でなくなった。