忌み子のわたし、精霊に愛されてました。知らなかったの!見えないんだもん! 作:さとう_2701
姉は青狼からもらった蜂蜜は飲まなかった。
「タムシンさんのところのお姉さん、出産で里帰りしているのですって? お姉さんに飲ませてあげて」
「・・本当にいいの?」
青狼からもらった大事な蜂蜜ではなかったの?
姉さんに飲んで欲しくてわざわざ取ってきてたみたいだったけれど?
言葉は飲み込んだ。
「システィナのお姉さんになる人だし、お腹の赤ちゃんにも栄養が必要でしょ?」
にこにこと隈のある顔で言う。
「全部はいらないし、姉さんが半分食べたら? 姉さんの方が顔色酷いよ」
「・・・そうよね。じゃあ、少しだけ」
木匙で1杯だけ小皿に取り分ける姉に、何でも無いように尋ねた。
「ねえ、眷属って何だっけ? 聞いたことある気がするんだけど、忘れちゃって」
「ああ、父さまのね。父さまの友人みたいな方よ。今は遠くでお仕事されてると聞いたわ。母さまがいたころはこの家にもたくさんいらっしゃったのだけれどね」
「眷属って普通の人でも作れるものなの?」
「定義によると思うわ。獣が群れで暮らすときに、仲間に入れることを眷属という言い方もすると聞いたけれど、家にいた眷属の人に聞いたときは、父さまか母さましか眷属にはできないと聞いたわ。特別なことなのだって。どうしたの、急に? 誰かに何か言われた?」
「ううん。急にふとこの前思い出して、なんだったかなぁって気になったの」
「そう。もしかしたらあなたが幼いときに会話に出たかも知れないわね」
姉はこれ以上話をしたくなさそうだったし、私も話を纏めるのに時間が必要だった。
蜂蜜を手に家を後にする。
眷属にできるのは母か父だけ。
母はいない。
当然、眷属にしたがっているのは父になる。
眷属にならなければ殺す?
姉が嘘を吐くはずもないし、決定的な情報が不足している。
私はタムシンに蜂蜜を渡した後、先日の雑木林でヴォルフの名を大声で叫んだ。
「ヴォルフー!!」
すぐに青い巨大が姿を現した。
「お前に俺の名は許しておらん! 勝手に呼ぶな!」
「姉さんには許してるのに?」
「何も知らん人間が。あれは女神アートリアがもたらした世界最大の福音だぞ」
「姉さんが福音? 女神アートリア?」
母の名前はアートリアで、精霊術が使えて美人だったとは聞いたけれど、女神? 褒めすぎじゃない?
私の質問には答えず、狼は一方的に質問してきた。
「して、何用だ娘」
「この前の眷属の話ってどういうこと? ならないと殺すって?」
日が雲に陰って、夕暮れまでにはまだ時間があるのに、あたりが一気に暗さを増した。狼の瞳が鋭さを増す。
「知ってどうする? 男の方が大事なんだろう?」
「タムシンも大事だけど、姉さんも大事なのよ。何かあるなら知っておきたい。どうして父さんは姉さんを眷属にしたいの?」
狼は私を呆れたような眼差しで見やってくる。
「普通は眷属になりたいと願い出るものなのだ。力や生き様に共感し、主の手足となって働きたいということだ。無理矢理眷属にしたいなどと馬鹿馬鹿しいにも程がある」
「姉さんは成れなかったって・・・」
「あの男の手足となって働きたくない、ということだ。当然のことだな」
確かに、幼い頃はまだましだったが、近年は団らんとはほど遠い家族になった。父は怒り、姉は萎縮しつつも反抗し、私は他の家に行くようになった。
「今だって炊事洗濯をしているのは姉さんだし、本当に父さんが殺すって言ったの?」
「あいつはそういう男だな。ジーンがお前に言わないだけだ。ヤツは外面はいいからな」
「信じられない」
「信じてもらわなくて結構。お前はそのまま過ごせばいい」
狼はまたふと消え去った。去り際に「二度と俺の名を呼ぶな。次は殺す」と警告を残して。
私は姉にも父にも聞けぬまま、よく二人を観察するようにした。
ご飯はきちんと食べろ、外には出るなと絡むのは父からで、小言も姉が心配だからだろう。そう思うと本当に殺すと言ったのか、違和感を覚える。
一方、姉は極力父とは関わらないようにしていた。機織りに励むのは父と同じ空間にいたくないから。用事が無ければ母屋にはこない。
兎や鳥などに下処理も姉がしているが、血抜きをしているときなどは、自分が抜かれているかのように顔面が蒼白で、鳥をスープにしたときはスープすら口にしなかった。徹底的に肉を避けてる。
姉さんは10日に一度ほど青狼と雑木林で会っているようだった。
私は狩りなどの仕事がなければ極力こっそり後を付けた。
私の婚礼衣装がもうすぐできそうなこと。
ヴォルフが果物を持ってきたこと。
他愛のない会話ばかりだったけれど、一度だけいつまでも心に残る話を耳にした。
「タウラント様に女神に現状をお伝えしてもらえないか聞いてみたのだ。だが、神同士は不可侵でそれはならんと断られた。すまん」
「いえ。私の方こそ、もし母さまに今の状況が伝わったら、お叱りを受けるかも知れません。知られるのは怖いです。だからいいんです。・・・・そんなに遠くありません。本当に来てくれますか?」
「無論だ。いつでもそばにいる」
「ありがとうございます」
婚礼も5日後に迫った夜、姉に機織り小屋に呼ばれた。
「もうタムシンさんのご両親が用意してくださっているかも知れないのだけれど、もし良かったら」
手渡された衣装は、シンプルだけれど飾り縫いがあちこちに施されていて、何より精霊たちの加護がこれでもかと付与されていた。
「もっと力になってあげたかったのだけど。不出来な姉でごめんなさい。幸せになってね」
痩せて骨と皮ばかりの手。カサカサの唇。病人のような顔色。
姉はきっと最期のつもりで私に話をしていると直感した。
「大事に着るわ。姉さん、ありがとう」
その日の夜は遅くまで機織り機の音が止むことは無かった。
父は部屋で寝ているはず。
私は部屋で姉の様子をうかがっていた。
もう明け方も近い時間に、ようやく機織り小屋から姉が出てきた。まっすぐに雑木林に向かう。
姉が縫ってくれた衣装を胸に抱えたままこっそりと後を追った。姉と繋がれる物を一つでも手に持っていたかった。
川辺にはあの青狼がいた。
「まだ呼んでないのに」
姉さんが、ふふと笑う。
「きっと今日だと思ったのだ」
「大当たりね」
「本当にもういいのか?」
「ええ。もういいの。もう一刻も無理なの」
「じゃあいくぞ」
青狼はいつぞや姉が手渡した首輪を外して地面に置いた。
「変化」
唱えると首輪は姉の見た目そっくりになった。
一方で姉は忽然と姿を消した。
だが、その仕組みを私は半ば理解していた。この前果物を持ってきたときと同じだ。ストレージに姉を仕舞い込んだのだ。
青狼が大きく跳躍するのを私は追った。
どうしてかなど、あのときのことは説明が付かない。
婚礼まではまだ4日ある。事が済めば戻ればいいと思っていたし、いくら姉の偽物を置いたとしても、結界の外に出たことを父さんが気がつかないものか。
攫われた姉を取り戻す時、父さんは青狼を殺そうとするだろう。姉のためにも止めてあげたかった。
青狼の脚は速く、瞬く間に引き離された。
これでは父さんも追いつけないかも知れない。
そう思いながら追っていると、夜も明けた頃、遠方の野原で両者が対峙していた。
父さん!? いつの間に?
青狼は頭を低くし、いつでも襲いかかれる体勢を取ってる。
「娘を返せ。ばか犬が」
「あれはお前のものではない。ジーン自らが俺といることを望んだのだ。譲るか」
「何を勘違いしている? あれはアートリアから譲り受けた俺のものだ。例えジーンがそう望んだのだとしても、支配権は俺にある。ジーンをどこへやった? 大人しく渡せば殺すだけで許してやる」
遠見と遠耳で見聞きしていたはずなのに、急に視界がぶれたと思うと、父さんに羽交い締めにされていた。首には剣が突きつけられている。
「これでもか?」
青狼は、ぐうとうなり声を上げながらも身動きしない。
「その娘に危害を加えられようと俺の知ったことではない。俺にその手は通じんぞ」
「ふん。やっぱり殺すか。どいつもこいつも。システィナを殺すと脅したのに、眷属にならないのもけしからん」
姉さんじゃなくて、私!?
剣身が首に食い込みそうになったとき、胸に抱いた姉手製の婚礼衣装が発光した。バチン、と父の手を弾き、私は慌てて距離を取った。
「なんだと?」
「あれはジーンの加護だ。お前ごときが破れるか」
「きさま、苦しんで死にたいようだな。一刀では殺さんから覚悟しろ」
今まで父が村の人たち相手に見せていた精霊術じゃない。
得体の知れない一方的な攻撃。父の攻撃は見えず、青狼の攻撃は全く当たらない。
そんな最中、青狼から風精経由で「逃げろ」と伝言が入った。時間を稼ぐから、一刻も早くこの男の領域から出ろと。
だけど、私だけ逃げて姉さんは?
青狼が負けたら姉さんはどうなるの?
そんなにグズグズしていたつもりもない。それなのに、青狼はどんどんと傷ついて立っているのがやっとになった。
「ふん! 効かぬな! 俺を殺さねばジーンは出てこんぞ!」
「言うとおりにしてやろう。このクソ犬が。死んでから探ってやる。ストームエッジ!」
嵐となった風の刃が青狼を襲うが、これを青狼は遠吠え一つで消し去った。
「ほんとにやる気があるのか!? 生ぬるい攻撃だな」
「くそ! 精霊術だと霊獣の方が格が上とはな。神力しか効かぬか」
そういった直後には青狼の腹が二つに裂かれ、首も胴と別れた。
「クソ犬め。ジーンはどこだ?」
青狼の遺体に近寄った父目掛けて、狼の生首が飛んだ。
父は泡を食ったように生首をはじき飛ばし、飛ばされた先は、狼自身の二つに裂けた腹の上。
生首はそのまま自身の腹に噛みついた。
「は、はは。本当に畜生だな。これが霊獣とは信じられん愚か者だ」
がじがじと執拗に自身をかみ砕く青狼は真っ赤に染まり、赤狼と化す中、ぶわっと姉さんの気が広がって消えた。
「は? 貴様、何を―――」
「炎陽」
赤狼がさらに赤い炎に包まれた。
「ジーンは渡さぬ。肉のかけら、屍肉の一片もお前には渡したくないと言った。俺は約束を守る。畜生はどっちだ。これ以上娘を食べれずに残念か? 下郎が」
『速く逃げろ!』
風精経由で罵倒され、私は慌てて飛翔した。
父の領域以外とはどこなのか。それすらも知らないのに。
風精が衣装を纏えといってきた。
飛翔術のスピードがぐんと増す。持ち抱えるより数倍早い。
これなら逃げ切れるかも知れない。
しばらく飛ぶと、いきなり目の前に父が現れた。
飛翔術じゃない。
さっき父は神力と言っていた。違う系統の力のよう。
「あの犬の所為でジーンを採り損なった。お前もあの犬のことを知っていて、俺に黙っていたな?」
「私を殺すと言って、姉さんを脅していたの?」
「脅すだなんて心外だな。親子だぞ。躾だ。ジーンがいなくなってはお前ももう用済みだ。お前も愛し子として生まれてくれれば良かったのに。残念だ」
父が切りつけてきたが、今度も姉さんの衣装が弾いてくれた。
「その加護もいつまで持つか。くく。試してみようではないか」
どこに逃げても父に先回りされる。三度、四度と切りつけられて、五度目に衣装に刃が通った。
「もうそろそろ終いか。アートリアが帰ってきたらまた家族を作ればいいさ」
父の刃が迫ったとき、黒い巨体が目の前を通り過ぎた。父を巻き込んで地上へと落下していく。
「システィナ! こっちだ!」
見たこともない男性だ。
「誰?」
「誰だっていい! 早く!」
男に腕を掴まれてぐんぐんと飛翔する。雲を突き抜けて陽光を背に北に向かう。
飛びながら男が早口で説明してくれた。
「オーウェルの眷属をしていたウェルダンという。先日霊獣の青狼が来て、アートリア様の娘が大変だと伝言をもらったんだ。まさかと耳を疑ったよ。本当にこんなことになるなんて。もうすぐオーウェルの領域を出る。そうすれば簡単には転移してこないはずだ」
そう言って飛んだ先には海が広がっていた。
「あの海の向こうだ」
そう言って指さしてくれた先に父が現れた。
「ウェルダン、残念だよ」
「ええ。私もです」
次の瞬間、ウェルダンの首が飛んだ。
父が迫ってきたのも、刃を振るったのももちろん見えなかった。
「鬼ごっこは終わりだ、システィナ」
私も首を切られる!
恐怖に心臓がせり上がってくる。
私はただ飛んだ。まっすぐに海に向かって。
六刃目は背中が切れた。七刃目は脚。それでも飛んだ。
逃げろとヴォルフが言った。
姉は幸せになってね、と言った。
死ねない!
こんなところで!
「十まで持つかな?」
まるで兎でも狩るかのような気軽さで父が剣を振るってくる。
父の領域外まであともう少し!
風術を振り絞って飛ぶ私の前に父が現れ、正面から切りつけられた。
加護は消え失せ、血が飛び散った。
「残念。八までか」
地面へと逆さまに落ちる私に、急に浮力がかかった。
狼だ。私を丁重に咥えてくれている。ヴォルフと同じ青色の。
上を見れば、何十頭もの狼が父に襲いかかっていた。
私を咥えた青狼は一散に中空を駆けた。何頭もの狼たちが地上へと散っていく。
「くそっ! この貴様ら!」
父の罵声も遠く、私は海上へと運ばれた。
それでも青狼は足を止めない。
最終的に私は機械と煙が支配するテーナロウ王国へと運ばれた。
「俺たち霊獣が住む国は人が暮らすには不向きだからな。シシー殿に話を通しておいた。シシー殿ならばあの男からも守ってくれるだろう」
青狼が言ってくれたとおり、シシー様は私を受け入れてくれた。
そして一目見るなり言ったのだ。
「あんたの姉さん、いくつだったんだ?」
「今年で26になるわ」
「おまえさんは?」
「15になる」
「そうか・・・・。女神アートリアも男を見る目がないねえ」
今ならわたしもそう思う。
「いくら神が侵犯禁止といえど、やっちゃいけない道理はあるんだよ。11の娘に子どもを産ませるなんてね」
最初、ぴんとこなかった。
11などまだまだ子ども。
どこの誰がそんな酷いことを、と。
シシー様の手が優しく伸び、ぼろぼろの婚礼衣装を手に取った。ゆっくりと両手で撫でてくれる。
「あんたを守ったんだ。傷も治っているだろう?・・・・愛されていたんだねえ」
衣装は破れてしまっているが、父につけられた傷はいつの間にか完治していた。
愛されていた?
姉さんに?
もちろん愛されていた。実感がある。
パズルのピースがつぎつぎとはまっていく。
「私が姉さんの・・・・?」
嘘でしょ?
「アートリア様とはお会いしたことがあるからね。その血が流れてるのは分かるが少し薄い。狼たちも同じ見立てだよ」
私を運んでくれた狼もそう言った。
「わからんのか? 匂いを嗅げばすぐ分かるだろう。お前はジーン殿の娘だ。本当に人間は愚鈍だな」
そう言われて返す言葉もなかった。
「我はもう行く。あとはシシー殿頼むぞ。その子の安全は、人間の友ジーン殿と親友の願いなのだ」
「ああ。アートリア様の孫とあっちゃ、雑には扱えないよ。任せておきな」
父オーウェルはあの後、霊獣たちの神タウタラント様によって討伐された。
ヴォルフは神同士は不可侵だから助けてもらえないと言っていたのだけれど、神族会議で神罰が決定し、タウラント様が手を下すことになったのだ。
なぜ執拗に父が姉さんを欲したのか。
姉さんが何をされていたのかを知ったのは本当に全部終わってから。
シシー様とタウラント様が説明してくださった。
父と母アートリアが神であること。
神力。
愛し子。
姉さんが希少であること。
「遺体すら貪りたいとは、親として、またこの世界の導き手としても不適格であろう。姉さんの気持ちももっともだ。青狼は姉さんが亡くなるまで待ってあげたかったろうに、オーウェルの所為で噛み殺す羽目になったんだろうね。
オーウェルが時を止めても、姉さんの血肉だけを取捨できないように、自分の血肉とぐちゃぐちゃに混ぜたんだ。その上で業火で焼いた。オーウェルも姉さんの遺体に手出しできなかったろう」
悔しかった。
愚鈍な自分が。
「神は死んでも転生してくるが、姉さんがどこぞに産まれてくるかは分からない。出会う確率など隕石同士がぶつかるくらい稀なことだ。もう大丈夫だろう」
シシー様も太鼓判を押してくれ、私はシシー様の元で眷属となり修行に励んだ。
1500年経ち、当時の王族がテラニード王国へ外交へ向かうため、使節団の一員としてシシー様も同席されることになった。私も千年ぶりの故郷だからと特別に同伴を許された。
1500年経ったら何もかもが違う。当時はテラニード王国なんてなかったし、森も切り開かれてなかった。
王都は姉さんと青狼が燃えて亡くなった跡地に建設されていた。思い出に何一つ重なることのない、広く敷設された石畳に堅牢な石造りの王宮。
そこで姉が精霊を人にしたというリーとマグに出会った。
王宮で彼らに会ったのは偶然だけど、二人からは姉さんの気配がしたからすぐに分かった。
ふたりから話を聞いて、問題は解決していなかったと知った。