ミラーボールが輝くストリップショーの内部。ステージ上で妖艶な踊りを披露する全裸の女性達が、ファッションショーよろしくフロアの中央に伸びた花道を艶やかに進行する。会場に集った紳士淑女の視線を間近に受けながら、彼女達は気高いプロ意識でその洗練された身体を見せ付けていたものだ。
スタンディングバーの形式で、佇立しながらステージの様子を遠目に眺めていく。その空間を下品に思う事は決して無く、むしろ高揚感すら覚えていたことは確かだ。自分は片手にグラスを持ち、カクテルを喉に流し込みながら彼女達のパフォーマンスを観賞していた。すると、次にもこちらへ歩み寄る気配と共に一人の凛々しい女性から声を掛けられた。
「貴方の事は、
本名を呼ばれた自分は、咄嗟に声の主へと視線を投げ掛ける。テーブルを挟んだ向かい側にいたのは、身長179cmの高さを誇る絶世の美女だった。膝まで伸ばした乳白色の長髪を分厚く束ねたポニーテールにして、ハリとツヤで潤った健康的な色白の肌が神秘的な雰囲気を演出する。大人びた黒色の瞳は凛々しくも力強い光を放ち、彼女の左目にある泣きぼくろがセクシーな雰囲気を助長させていた。
黒色のライダースジャケットと、ボタンを二つ外してタックインした赤色の襟付きシャツ、黒色のバイクパンツに膝丈まである黒色のブーツという格好をしていたクールビューティーの彼女。特筆すべきはその美貌であり、例えるならば『神話の絵画に登場する女神』が如き存在感を放っていた。彼女という人物を目撃すれば、忽ちと周囲の生物は見惚れること請け合いだろう。身長175cmの自分が圧倒される思いで立ち尽くす中、彼女は軽く腕組みをした佇まいでステージに目を向けながら言葉を続けてきた。
「人体が司る究極の美。特に女体美と呼ばれる有機体の色気に、私は身も心も魅了されてしまった」
「えっと……?」
「気付けば、私は女性のみを愛する性質を有していた。それを世間一般では、同性愛者と呼ぶのでしょうね」
女性は堂々たる面持ちでこちらに振り返り、凛とした眼差しを向けながら自己紹介を行ってきた。
「私の名はユノ、お見知りおきを」
「は、初めまして。柏島歓喜です」
「貴方の振る舞いを見ていれば解るわ。とても実直な性質の持ち主ね。さすがは“彼”の息子さん」
「彼の、息子さん……。あの、ユノさんは親父と何か関係が……?」
「私は、彼に全てを捧げた人間よ。人生も、命運も、この命さえも。――彼は探偵業で築き上げた人脈を駆使して秘密結社『シンクディープ』を創設し、今や日本の裏社会きってのフィクサーとして多大な影響力を持つに至った。名は、
「その結果、俺は裏社会の
「貴方のお父様は、貴方の身を案じていたわ。同時にして、我が子の将来を、希望を、自らの手で破滅させてしまった罪悪感にも駆られている」
「生まれた時から親戚にずっと預けたままにして、一度として俺に会おうとしなかった親父が、今更になってそんな罪悪感を持つものでしょうか?」
「貴方を巻き込まないために、彼は貴方から距離を置いていた。これも、我が子である貴方を何よりも大切に想っていたから。彼にとっても、苦渋の決断だった。私はそう聞き及んでいるわ」
ユノは自分の事のように胸を痛めていた。表に出られない親父の代わりとして、それらを弁明しているようにも感じられた。自分は複雑な心境で眉をひそめながらも、ユノに訴え掛けたところで仕方ないと考えて話題を切り替えていく。
「……親父に呼ばれてこの店に案内されたんですけど、親父の関係で住む場所も心の拠り所も全てを無くした俺は一体ここで何をすればいいのでしょうか?」
「今回、柏島くんを招待したのは他でもないわ。貴方に第二の人生を歩んでもらいたく、その計画を進めるためのミーティングを行うために貴方を招いた次第よ」
「第二の人生?」
自分が聞き返すと、ユノは「詳しくは外で話しましょう」と口にして歩き出す。彼女の催促を受けて自分はグラスをテーブルに置くと、そのまま店外に出て、店の裏側にある路地へと場所を移した。
西暦2030年。日本、東京。夜、某所。歓楽街のど真ん中でネオンの輝きが下品に煌めく喧騒の中、路地裏の静けさが束の間の休息になる。ユノは胸ポケットから電子タバコを取り出してそれを吸い、絵になる凛々しい佇まいで煙を吐き出しながら一服していくと、次にも落ち着いた調子で何気無く会話を切り出した。
「ここは歓楽街『
「つまりここは、実質的な親父の家、か。俺ももう22歳ですけど、この歳になって初めて親父の家に入りましたよ」
「貴方を龍明に招き入れる未来を、彼は望んでなどいなかった。柏島くんにはごく一般的な人間社会をカタギとして真っ当に生きていてもらいたいと、彼はそう願っていたものですから」
「親父の気持ちは分かりましたよ。結局、俺は仕方のない犠牲だったんです」
どうしても卑屈な返しをしてしまう自分自身に、苛立ちを隠せなかった。理屈と感情が結びつかないもどかしさに葛藤する最中、ユノはこちらの言葉を全て受け止めるように神妙な様子で向かい合ってくる。
「貴方のお父様は、柏島くんの生活、安全、未来を何よりも優先されている。そして、彼がそれを渇望するのならば、私もまたそれを望みましょう。貴方の傍にはお父様がおり、そして私もいる。私の願いは、彼ひいては彼のご子息の安泰。彼に望みがあるならば、私は命を懸けてでもそれに尽くしてみせるわ」
「ユノさんは、親父の事をそんなに慕っていらっしゃるんですね」
「柏島くん、これは貴方も例外ではないの。私は貴方の苦労に同情できるような立場ではないけれども、これまでの貴方の苦労が報われるよう力を尽くすことならば、貴方が望む限りに最善を尽くしましょう。これが、我々にできる貴方への贖罪。今、その覚悟を貴方に提示してみせるわ」
そう言うなり、ユノはこちらを壁際に押し付けた。壁ドンの形で圧迫された自分が困惑していく手前で、彼女は右手を下げるなりこちらの股間を触り出してくる。
突然の出来事で、脳は混乱していた。断片的な言葉しか出せず、ただただユノの行為をやめさせようとする自分。だが、彼女は真っ直ぐな眼差しを向けながら揺らぎない調子でその言葉を口にした。
「この生涯において、男性器に触れたのは今回が初めてよ」
「え? え……? どうして、そんな……」
「私は同性である女性のみを愛する性質。しかし、柏島くんに覚悟を示すためであるならば、この身を捧げることも厭わない。貴方が被った不幸を和らげ、より良い未来に希望を抱いてもらうため。柏島くんへの贖罪として、私の全てを貴方に捧げるわ」
「わ、分かりました! 分かりましたので、一旦やめてください!」
「貴方がそれを望むのならば、私は貴方の言葉に従いましょう」
ユノはこちらから離れ、凛々しいサマで佇立した。突拍子のない出来事に未だ思考がぐるぐる錯乱する中、それでも絶世の美女に対する興奮を覚えて勃起した息子を沈めるよう気持ちを落ち着けながら自分は返答したものだ。
「えっと……っとりあえず、ユノさんの言う第二の人生について、もう少し詳しい話を伺えればと思っています。それに伴って、まずは落ち着ける場所に移動して、そこでゆっくり話をしませんか? こちらの希望としては、住まいを何とかしたいです。前に住んでいたアパートは、裏社会からの圧力を受けて大家さんから追い出されてしまいましたから。お仕事に関しても、親戚から長年と教わり続けてきた格闘術の心得があるので、荒事もこなせます。親父の罪滅ぼしとかユノさんの覚悟とかはまた別に、第二の人生を始めるための下地を整える計画から話を進めたいんです。そのためにも、親父やユノさん方のご助力が必要です。自分は不束者ですが、どうかよろしくお願いします」