ラミアのスマートフォンから目覚ましの音が鳴り、自分は現実に引き戻されるよう覚醒する。視界が新居の天井を映し出す光景の最中、両隣でもぞもぞと動く二つの存在は直にも同様に目覚めて瞼を持ち上げてきた。
左隣にいるラミアは、紫色のつなぎパジャマを着用した姿で目覚ましを止めた。彼女は上体を起こし、小さな口を開いて欠伸しながら可憐な瞳をこちらに向けてくる。
「どーも、おはよーございます」
「おはよう、ラミア」
「カンキさんは素直に起きてくれるから有難いですねー。メーさんは朝に弱いので、起こすのがいちいちメンドーなんです。メーさん、朝なので起きてくださーい」
ラミアの呼び掛けに対して、こちらの右隣で眠るメーは顔を埋めて抵抗した。彼女はボリューム多めなツインテールを解いており、ウェーブがかかった地毛の長髪をベッドに散らかしている。白色のTシャツに紺色のドルフィンパンツという格好をしているメーが気だるげに唸ると、ラミアは呆れた様子で淡泊にその言葉を投げ掛けた。
「早く起きないと、カンキさんのチューで無理やり起こされちゃいますよー」
「んぅ~……チューで起こして……」
「だ、そーです。カンキさん、メーさんにおはようのチューをお願いします」
そう言って、ラミアはベッドの上をのしのし歩いてから下りた。洗面所へとトコトコ歩き去る彼女を自分は見送りつつ、今も隣で横になるメーへと振り向いていく。
彼女は、挑発的な眼差しをこちらに投げ掛けていた。期待に満ちた表情からは揶揄いの意図を見受けられる。小悪魔的な存在に自分は若干動揺するが、直にも受けて立つと言わんばかりにメーの顔へと吸い込まれていき、被さるように姿勢を下げながらおはようのキスをした。
彼女の平たくも柔らかい唇が触れ合う。メーは口付けの直後にも
「やっぱ一日の最初は、王子様の目覚めのキスしか勝たんわ~。おはよ、カンキくん。アタシのこと、起こしてくれてありがと!」
新居に移ってから一日目の朝。ラミアとメーも同居する不思議な生活の開幕は、彼女らのルーティンから始まった。二人との朝食を済ませると、ラミアとメーはシャワーやスキンケア、着替えや化粧などに取り組んでいく。その間、自分は自分で支給された仕事服を着込んでいき、収納にあった姿見に全身を映しながら所感を思い浮かべた。
膨れ上がるシルエットが印象的である、前開きでフード付きの水色パーカー。黒色のYシャツをタックインして、黒色のスラックスとダークブラウンのビジネスシューズ風スニーカーという一式で佇んでいく。両手首には銀色のプロテクターを着用し、彼女らの催促でシャツのボタンを二つ外した。そうして覗いた鎖骨や胸筋、袖を捲り上げた際の筋肉なんかの肌色を露出させていくと、途端にしてラミアとメーの二人がすり寄ってきて、どこか本能をくすぐられる恍惚な様子でボディタッチしながら喋り出してくる。
「イイですねー。似合ってますよー、カンキさん。ウチらを護衛する用心棒としてサマになってますねー」
「いいじゃんいいじゃん! てかカンキくんって、実はめっちゃ良い身体してるよね。やば、ちょっと濡れたかも」
纏わりつくよう全身に触れてくる二人を、自分は「二人も準備しなきゃ」と言って引き剥がした。彼女らは不平な表情を見せてきたが、理性で物事を考える二人はすぐにも自身らの身支度へと戻ってそれらを済ませていく。
ラミアは猫耳が付いた黒色キャスケットを被り、黒色のポンチョに白色のブラウス、黒色のフリルミニスカートに黒色のオーバーニーを着込む。メーは髪をボリューム多めのツインテールにまとめ、Aラインシルエットの紺色ロングコートに、へそ出しでノースリーブの白色キャミソール、アイボリーのワイドパンツを着用して準備を完了した。メイクもバッチリ、彼女達は紛れもない美人コンビだ。自分らは用意を済ませると玄関に移り、ラミアは黒色の厚底ブーツ、メーはベージュのハイヒールサンダルを履いて部屋を後にした。
歓楽街『
直にも歓楽街『龍明』の表通りに合流する。数ある繁華街の中でも特に真新しいこの通りは、午前中という明るい時刻であっても煌めきを絶やさない華やかな町並みだった。道路は主にレンガのタイルで構成されており、建物は西洋風の造りが目立っている。全体的な構造こそは歌舞伎町に近しいが、あちらは現代日本の文明を象る一方で、歓楽街『龍明』は中世に紛れ込んだような異文化の雰囲気を醸し出していた。
洗練された建物は異世界を想起させ、装飾や空気感が大人の空間を演出する。総じて、日本列島に発生した異次元への入口かのような、踏み入ることが禁忌とされる秘密の楽園、異質が極まる摩訶不思議な領域だった。
自分が景色を見渡しながら感嘆していると、直にも目的地に到着する。ラミアとメーに促された建物へと視線を投げ掛けると、そこには交差点に面する形でお洒落な飲食店が存在していた。
丸みを帯びた文字で『ダイニング&カフェ
カランカラン。来店の合図を知らせる鈴の音が軽やかに響き渡る。同時にして、従業員と思われるタキシード姿の美女達から注目を浴びせられ、自分は困惑してしまった。後から入ってきたラミアとメーが何気無い様子で入店する最中、店の奥からはタキシード姿の長身美女がこちらに向かって歩み寄ってきたものだ。
初日に出会った、ユノと名乗る人物だった。膝辺りまで伸ばした乳白色の長髪を分厚く束ねたポニーテールにして、ハリとツヤがある健康的な色白の肌と、落ち着きのある黒色の瞳、イケメン寄りの顔つきに左目の泣きぼくろが印象的である彼女。神話の絵画に登場する女神が如き美貌と、黄金比率のプロポーションを誇る至上のクールビューティーは、179cmからなる視点でこちらを見下ろしながら、とても穏やか且つ誠実な態度で凛々しく言葉を投げ掛けてくる。
「柏島くん、貴方の来訪を心から待ち望んでいたわ」
「ど、どうも。ユノさん」
「ここは、貴方のお父様がオーナーを務めるダイニングバー
「秘密結社、シンクディープ……」
「数日に渡るミーティング及びテストの結果を考慮した上で、柏島くん、貴方を秘密結社のエージェントとして招き入れたいと我々は考えているの。最終決断は貴方の是非に問われているわ。私は貴方の意思を尊重し、そして貴方の声に従いましょう。さぁ、答えを聞かせてちょうだい」
「ちょ、ちょっと待ってください! 話が急すぎてよく分からないです!」
もはや忠誠の域に達しているユノの言動に、自分はパニックになりながら返答する。この様子を見かねてか、ラミアとメーが助太刀に入るよう会話に参加してきた。
「ユノさん、カンキさんには秘密結社とそのエージェントの存在を匂わせていただけで、ミーティングという建前が実はカンキさんの能力を測るテスト期間だったコトは、まだご本人にお伝えしておりませんでした」
「ユノさんって、ボスや息子さんのことになると盲目的になりますよねー。まぁ、それがある意味でユノさんらしいんですけど。でもでも、アタシらの目から見てもカンキくんは合格ですよ。優しいですし、力持ちですし」
「ラミア、メー、貴女達の協力には感謝をしているわ。特に貴女達は諸事情で脅威に晒されている身分でもある以上、柏島くんの護衛は必須とも言えるでしょう。安全と安息のために、引き続き彼に同行するように。それが、ラヴさんからのお達しよ」
「ボスも、ムスコさんであるカンキさんには全幅の信頼を置いてるんですねー。だからこそ、ウチらは安心できるというモノですよ」
「外部の人間は誰も信用できない状況だったからね~。無条件で信用できる人が傍に居てくれると、そりゃあ有難いよねってカンジ」
ラミア、メー、ユノの三人がこちらに視線を向けてくる。ラミアとメーからは期待の眼差しで見つめられ、ユノからは力強い誠意が伝わってきたため、自分は半ば空気に流される形で頷いたものだ。
「その、俺の力が必要なら手を貸しますよ。秘密結社のエージェントというものも、ラミアやメーといった彼女達の助けになるのでしたら務めたいと思います」
「柏島くん、貴方の決断に心からの感謝を示しましょう。ありがとう。時には苦痛や困難に直面する瞬間も訪れるかもしれない。しかし、柏島くん。同じくエージェントとして活動する私が、貴方の救済となることをここに誓うわ。共に苦難へと立ち向かい、ラヴさんひいては貴方のお父様が目指す理想の実現を果たしましょう」
「えっと、よろしくお願いします……」
ユノの独特な喋りに翻弄されながらも、自分は肯定して己が宿命を受け入れていく。この時にも自分は、親父こと
秘密結社シンクディープのエージェントとなった第一の任務は、間もなくとユノの口から言い渡された。彼女はまずラミアとメーへと振り向きながら指示を出していく。
「貴女達は制服に着替えて、開店準備に取り掛かりなさい。柏島くんなら大丈夫よ、今夜にも彼と合流できるように計らいましょう」
「どーも。そーいうワケですから、カンキさん。また夜にお会いしましょー」
「あーあ、仕事だる~。カンキくんとの宅飲みをモチベにいっちょ頑張りますか~」
それぞれが言葉を投げ掛け、二人は店の奥へと向かっていく。そんな彼女らの背中を見送る最中にも、ユノは凛々しい面持ちでこちらに向き直りながら喋り出してきた。
「柏島くん。早速だけれども、貴方には“もう一人の女性キャスト”と合流してもらいましょうか」
「もう一人の女性キャスト、ですか?」
「白鳥レダという女性キャストが秘密結社シンクディープに在籍していて、彼女の迎えを今から貴方にお願いしたいの。詳細は追って連絡するから、まずは単独で活動している彼女の下に向かってもらえるかしら」
ユノの指示を受けてダイニング&カフェ
歓楽街『龍明』を出て、東京の街を横断すること40分。ホームレスや空き家などが見受けられる寂れた住宅街に踏み入れると、直にも合流地点の近くにある路地裏から男女の会話が聞こえてきた。
「ね~ぇ、レダちゃん。今日も俺らと熱い夜を過ごそうぜぇ?」
「うふふ、今日はダーメ。もう先客がいるから、また今度ね?」
「そんなつれないこと言わないでさぁ、俺らと遊んだ方が絶対に楽しいって!」
「今日はわたしじゃないオンナで我慢してちょうだい? それとも、わたし以外のオンナじゃ満足できなくなっちゃった? これからお仕事だから、そろそろ前を退いてもらえるかしら」
「や~だね、レダちゃんが今日もいいよって言ってくれるまで行かせないから」
レダという名前を聞き、自分は路地裏を覗き込んでいく。すると、そこには5名の不良に囲まれている艶やかな女性を発見した。彼女は165cmの背丈であり、胸元まで伸ばしたもみあげが印象的である
白衣を想起させる厚手の黒色ロングコートを揺らめかせ、ローズピンクのウエストベルト付きマイクロミニワンピースと黒色のニーハイソックス、黒色のハイヒールロングブーツに黒色のドクターバッグという一式を纏う女性。彼女は誘惑的な微笑を貼り付けながら周囲を見渡していくと、ふとこちらの姿を捉えるなり不良達をくぐり抜けながら駆け寄ってきたものだ。
「あら! カンキく~ん!」
「えっと、白鳥レダさんですか?」
「そうよ~! わたしは白鳥レダ。よろしくね、柏島歓喜くん」
レダと名乗った女性はこちらに接近するなり、いやらしい手つきでボディタッチを行ってきた。淫魔の如き色気を振り撒く彼女は“餌”へとすり寄って、豊満な乳房が織り成す魅惑の谷間を意図的に覗き込ませながら密着してくる。こちらの腰へと回した手は筋肉質なそれを愛撫するように卑しく撫で掛けて、セクシーな印象を助長する褐色肌で男性の欲望を煽ぐメスの表情を浮かべながら、レダは余裕綽々といった具合に微笑みかけてきた。
あまりにもセンシティブな存在感に、自分は性欲を上回る衝撃を受けてこの場に立ち尽くした。こんなにも性的な人物が存在していいのか。失礼ながらもレダの第一印象は、ファンタジーに登場するサキュバスそのものだと感じられた。だからこそ、レダという魅惑的な女性を他の男が放っておくわけがなかったのだ。
5名の不良達が、こちらへと近付いてくる。敵対心を丸出しにした眼光は威圧と嫉妬に染まっていて、今にも牙を剥いて襲い掛かりそうだった。自分はレダを背後に移動させながら、けん制の眼差しを投げ掛けていく。
「おいおいおい、レダちゃん。まさかこいつが先客? いくらオトコ好きのレダちゃんでも、これは趣味が悪いよ。こんな無個性を選ぶんだったらさ、俺らを選んだ方が強い遺伝子を受け継げるぜ?」
「口を挟むようで悪いけれど、彼女はあんた達に立ち塞がられて困っているように見えた。彼女を困らせることが、あんた達なりのコミュニケーションなのか?」
「あ? お前には話し掛けてねぇんだよゴミ。いいからそのオンナを寄越せ。じゃねぇと病院送りになるぞ?」
不良の一人が、こちらを軽くどついてくる。挑発的に押し退けてくるそれを数回と受けながらも、自分は一歩も動くことなくレダの前に立ち塞がった。直にもしびれを切らした男の一人が、右拳を握り締めるなり冗談交じりのパンチを繰り出してくる。軽いジャブとして打ち込んだそれに動揺すると思ったのだろう。だが、迫る拳が鼻先で寸止めされてもなお、自分はレダの前に佇んで微塵も動じることはなかった。
自分の中に確信があった。ここまで彼らは攻撃を仕掛けてこないという確固たる直感。だが、強気なこちらの態度を不服に思った連中は、次にも本格的な攻撃を打ち込んでくるだろう。その瞬間こそが、開戦の合図。
不良の一人が、「カッコつけてんじゃねぇぞ!」と右ストレートを放ってきた。こちらの顔面めがけて飛んできた拳を視認するなり、自分は反射的に構えを取って高速の右拳を突き出した。
互いの腕が交差する、クロスカウンター。こちらの顔と右肩の間を通り抜けた相手の拳とは相反して、こちらの拳には決定的な手応えと共に後方へと吹き飛ぶ相手方の姿が視界に映り出す。咄嗟の出来事に一同が沈黙する中、不良の一人が「殺せ!!!」と叫び上げると同時に4人の集団は扇状に広がりながら襲い掛かってきたものだ。
一人が飛び掛かってくる様子を見て、こちらは数歩と踏み込んで一気に距離を詰めた。瞬間的に詰めたこちらは相手の顔面に狙いをつけ、引き締めた脇でジャブ、ストレート、ジャブの三発を打ち込んでいく。これを受けて怯んだ相手の胸倉を掴んでいくと、相手の顔面に向かって右拳で一発、二発と殴り付けて、三発目で思い切り殴り飛ばして地面に転がした。
続けて背後から不良が迫り、大振りの右ストレートを繰り出してくる。それに対して自分は右腕をかざしながら左回転に振り返り、その勢いのままにラリアットの要領で相手の右腕を引っ掛けることで強引に張り倒した。ラリアットの衝撃で相手は浮き上がり、後頭部から地面に落下していく。そこへ追撃の踏み付けを相手の顔面に叩き込み、側頭部を蹴り飛ばすことで相手は路地裏の地面をゴロゴロと転がっていった。
直後にも、こちらの左右から挟み撃ちの形で二人が迫ってきた。これを自分は姿勢を屈めることで回避し、相手方は互いに空ぶった拳を相方に打ち込む形で双方共に怯んでいく。その隙に自分は片方の不良を足払いして仰向けに転がし、佇立しているもう片方の不良の胸倉を掴み、背負い投げの要領で倒れ込んでいる不良めがけて勢いよく投げ落とす。背負い投げされた不良は脳天から落ち、仰向けに転がっていた不良は相方の脳天を顔面に受け、互いにその場で気絶した。
襲い掛かってきた4名の不良が、それぞれ地面に倒れ込んでいく。だが、最初にクロスカウンターを叩き込んだ不良が逆上しながら起き上がってくると、どこからともなくコンバットナイフを取り出してこちらに駆け寄ってきた。思わずレダが「カンキくん!」と悲鳴混じりに声を上げていく最中、自分は迫るナイフの軌道を見極めながら自身の右腕を振り払った。
キィンッ! と住宅街に鳴り響いた金属音。迸る衝撃でナイフを手放した不良が見た光景は、こちらの右手首に装着された銀色のプロテクターによって得物を敢え無く弾かれた結末だった。
両手首に装着しているプロテクターは、相手の武器に対応するための代物だった。自分は不良へと踏み込んで渾身の右アッパーを顎にぶちかます。筋肉をバネにした躊躇いのない一撃は、生身の相手を数秒間だけ浮き上がらせた。
地面に落下した不良は、白目を剥きながら気を失った。意識がある他2名も戦意を喪失しながらこちらに慄く手前、自分はレダの背中に手を添えながら彼女の無事を確認し、レダの安全を配慮しつつ足早に路地裏から立ち去った。