※この作品はR-18です。

乳牛メイドのホルスタイン あの、かけがえのない日々のこと   作:馬門戒明/輪島ライ

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第6話 愛情の甘い味

 24歳になった坊ちゃまは上級学校を卒業し、上級学校に併設された学術院で研究者として働いていた。

 

 人間族、亜人を問わず人体の身体の仕組みを解明するために創立された学術院に研究者として勤務することは幼い頃からの坊ちゃまの目標で、彼が遊びたい盛りの頃から真面目に勉学に励んできたのはただ単に水準の高い上級学校に進学するためではなく、その先を見据えてのことだった。

 

 

 そして48歳になった私は毎朝自宅から研究所まで坊ちゃまに付き添って歩き、坊ちゃまが仕事を終える夕方には待ち合わせて一緒に自宅に帰る日々を送っていた。

 

 今日も坊ちゃまは隣を歩く私と話しながら、両手で2本の杖をついて平坦な道をゆっくりと歩いている。

 

 

「今日は天気がいいですね。坊ちゃま、最近研究は順調ですか?」

「うん、新しい論文がもうすぐ雑誌に載るんだ。基礎の基礎の研究だけど、誰かにいつか引用してもらえればいいなって思ってる」

「それは素晴らしいですね。私には学問のことは分かりませんけど、坊ちゃまの論文は辞書を引きながら読ませて頂きます」

 

 一歩一歩を必死で踏み出しながら道を歩く坊ちゃまと、私は何事もないかのように恋人同士の距離感で会話を続ける。

 

 48歳の私の外見はちょうど人間族の24歳ぐらいで、出会ってから18年の歳月で私はようやく坊ちゃまと同じ年頃の外見になっていた。

 

 メイド服さえ着ていなければ、私と坊ちゃまを見て恋人同士でないと思う人はほとんどいないだろう。

 

 

 立派な男性に成長し、お洒落な帽子と紳士服を身にまとった坊ちゃまと肩を並べて歩けることが、私は嬉しかった。

 

 坊ちゃまが若手研究者として日夜実験を行い、学会発表で表彰されている姿をその目で見た時は胸が一杯になった。

 

 

 そして私が付き添っていないと転んだ時に起き上がることさえできなくなった坊ちゃまの姿に、私はいつも自宅で家事をしながら涙を流していた。

 

 

「それじゃ、今日も行ってくるね。もし家で何かあったらすぐ電話してね」

「承知いたしました。ご無理のないようにしてくださいませ」

「お2人さんいつも熱いね、素敵な旦那様は俺が友人代表としてエスコートいたしますよっと」

 

 坊ちゃまを研究所の入口まで送り届けると、私は彼の同僚の男性研究者に付き添いを任せる。

 

 研究所では私は坊ちゃまの妻として認識されていて、よく軽口を言ってくれる坊ちゃまの男友達に私はいつも心が温かくなるのを感じていた。

 

 

 普段はこのまま自宅に戻るけれど、今日は月に1度の面談の日だった。

 

 私は研究所に併設された病院にメイド服姿のまま入り、その一角にある診察室のドアを時間通りに3回叩いた。

 

 そこでは坊ちゃまの遠い親戚であるという年配の男性医師が椅子に座って待っていて、彼は坊ちゃまの研究の指導教官の一人でもあった。

 

 

「先生、今日もよろしくお願いいたします」

「よく来てくださいました。こちらこそいつも彼の介護をお任せしたきりで申し訳ございません」

「介護だなんて。私は従者ですから、坊ちゃまのお世話をするのは当然のことです」

 

 私は医師が口にした介護という言葉を直視しないようにして、診察室の椅子に腰掛けた。

 

 ここは病める人々を治療する病院だけれど、私が今ここに座っているのは私自身の健康の相談をするためではない。

 

 男性医師は手元にある分厚い診療録に目を通しながら、私にいつも通りの質問を投げかけていく。

 

 

「それで、早速お聞きしたいのですが……食事の方は、今はいかがですか? 先日より軟菜食に切り替えましたが……」

「主食も柔らかめにして、どうにか食べられています。ただ、軟菜食になってもむせ返ることは食事中に数回あります」

「そうですか。いずれは完全流動食になりますが、ともかく口から食べられるうちはそうして頂くのが一番です。どの臓器も使わなければ衰えていきますからね」

「先生、坊ちゃまは……あとどのくらい生きられるのですか?」

 

 まだ男性医師は質問を終えていないのに、私は我慢できなくなって最も聞きたいことを口に出してしまった。

 

 

「ホルスタインさん、まず生きているということをどう定義するかを考えましょう。近年は人工呼吸器の進化が著しいですから、彼は自発呼吸が満足にできなくなっても心臓を動かし続けてある程度長期間生存することはできます。……ですが、いずれは呼吸筋が完全に止まって死に至りますし、その前に会話もままならなくなるでしょう」

「……」

 

 坊ちゃまが、いずれ死に至る。

 

 それは私が一番考えたくない、真剣に考える度にいつも狂いそうな思いに囚われる現実だった。

 

 

「この都市では積極的安楽死は認められていませんが、医師の許可のもと尊厳を持って自然な死を迎える選択肢は認められています。私は主治医として彼の意思を尊重しますし、彼が意思を示すのが難しくなれば家族であるあなたの意思を最優先に考えます。もちろん、同居されていない当主様のご意見などよりもあなたの意思を尊重します。当然彼の母親の意見などよりもです」

「先生……」

「人間族か亜人かは、家族としての意思決定の重さには何一つ関係しません。彼はあなたを事実上の妻であると公言していますし、当主様もそれを認めておられます。ですから……」

 

 男性医師はそこまで話すとため息をつき、言葉を続けた。

 

 

「今のうちに、彼がまだ正常に会話できる間に、最期の時のことを相談しておいてください。ただ……」

「……うっ、ううっ……」

 

 椅子に腰掛けたまま、先ほどから涙を流していた私は既に号泣していた。

 

 

 坊ちゃまはいずれ死を迎える。

 

 それはもう遠い未来の話ではなく、死を迎える前には私と会話すらできなくなる日がやって来る。

 

 

 私はそれを理解した上で、坊ちゃまに自らの死に方について決断してもらう必要がある。

 

 こんな残酷な役割は、学のない半亜人の従者である私にはあまりにも重すぎる。

 

 

 私がもし半亜人でなくとも、従者でなかったとしてもそれは同じことだろう。

 

 坊ちゃまのただ一人の恋人であり、ただ一人の家族になった以上、そうありたいと望んだ以上、私には彼の運命を引き受ける義務がある。

 

 

「ホルスタインさん、どうぞ涙を拭いてください。……ただし、ただしです」

「……」

 

 男性医師は柔らかい材質のちり紙を私に差し出し、涙を拭わせながら続ける。

 

 

「あなたが事前に最期の時の話をしておくことが、必ず彼のためになるとは限りません。今は将来にあえて向き合わず、彼が意思を示せなくなった時に初めて決断されるのでもよいのです。……ですが、それはあなたに彼の最期の全てを決断させることにもなります。こればかりは、医師の立場では何が最もよいとご提案することはできません」

「……はい」

「本当に申し訳ない。あなたに負担をかけたくないと言いながら、私は結局あなたに全てを委ねている。……これが、現在の医学の限界です」

 

 肩を落とした男性医師の姿を見て、私は坊ちゃまの病状に心を苦しめているのは私や当主だけではないということを改めて理解した。

 

 研究者としての上司であるということや遠い親戚であるということを抜きにしても、坊ちゃまは本当に素晴らしい医師に出会えたのだと思った。

 

 

 

 

 それから日々は冷酷に過ぎていって、坊ちゃまは27歳になっていた。

 

 数か月前から坊ちゃまはついに歩行器を使っても歩けなくなって、私は毎日彼を車椅子に載せて研究所まで送迎していた。

 

 

 こんな状態になっても坊ちゃまは研究を続けていて、それは坊ちゃまがこの世に生きた証を残そうとしている姿だった。

 

 自分の死を避けることはできなくても、いずれ誰かの生命を救うための手がかりを見つけたい。

 

 衰弱していく身体で日夜研究に取り組む坊ちゃまに、同僚や上司をはじめとした研究所の職員たちは親身に寄り添ってくれていた。

 

 

 その日も坊ちゃまは自宅に戻ってすぐに1階の布団に横になって、私は坊ちゃまの口元に小さな匙(さじ)で流動食を運んでいた。

 

 

「坊ちゃま、今日は季節の野菜を市場で買ってきました。味付けが薄かったらおっしゃってください」

「うん、美味しいよホルスタイン。……本当に、いつもありがとう」

 

 坊ちゃまは最近では少し長く言葉を紡いだだけでも疲労が隠せなくなって、私はそんな坊ちゃまの前で絶対に涙を見せないようにする苦しみを味わい続けていた。

 

 

 それでも、坊ちゃまと同じ空間にいられるだけで私は幸せだった。

 

 もはや贅沢なことは何も望まず、今はただ一時でも長く坊ちゃまの隣にいたいと思った。

 

 

 坊ちゃまと最後に身体を重ねたのは彼の25歳の誕生日の時で、それを最後に私は坊ちゃまの精液を膣内に受け入れることはなくなっていた。

 

 今の坊ちゃまは射精をするだけでも疲労で動けなくなる状態で、主治医からも生命に関わるため今後射精はさせないようにと言われていた。

 

 

 それでも坊ちゃまは私の身体を求めてくれて、今でも夜は毎日のように裸で隣り合って眠っていた。

 

 坊ちゃまは既に私の乳房を揉むこともできなくなっていて、自分の横に仰向けに寝転んでいる私の乳頭に手を伸ばして指で優しくこすったり、私の乳房に横顔を押し付けたりして少しでも私を悦ばせようとしてくれていた。

 

 かつての激しい愛撫や雄々しい竿での抽送(ちゅうそう)の快感を懐かしく思いながらも、私は坊ちゃまとどんな形でも愛し合えればそれだけで満足だった。

 

 

 そして、坊ちゃまの意識がはっきりしているうちに少しでも喜びを感じてもらおうと、私は密かに準備を重ねてきていた。

 

 

「坊ちゃま、今日は私から坊ちゃまにご褒美があります。どうか受け取って頂けませんか?」

「ご褒美……? どうしたのホルスタイン、いきなり服を脱いで……」

 

 私は布団に寝ている坊ちゃまの前で正座をすると、メイド服の上半身を脱いで半裸になった。

 

 そして坊ちゃまの身体に沿うように全身を布団の上に横たえると、彼の口元に左の乳頭が来るように豊かな乳房を差し出す。

 

 

「坊ちゃま、私の乳を吸ってみてください。ご無理のない範囲で、なるべく強くです」

「いいの? ありがとう、じゃあ……」

 

 介護生活に入っても坊ちゃまに乳を吸わせてあげることは何度もあったけど、一度の射精が生命に差し支える状態になった坊ちゃまを過度に興奮させないよう最近は控えていた。

 

 そんな中で、坊ちゃまは久しぶりに私の乳頭に吸い付くと驚いた表情をした。

 

 

「甘い。……ホルスタイン、母乳が……?」

「ええ、これは私の母乳です。坊ちゃまに味わって頂きたくて、母乳を出せるようにしてきたのです」

「でも、赤ちゃんもいないのに。それにホルスタインは……」

「もちろん私は妊娠などしておりませんよ。坊ちゃまはご存じないかも知れませんが、誘発授乳といって女性は乳房に継続的に刺激を加えることで妊娠していなくとも母乳を分泌できるようになります。そのことを先生から教えて頂いて、知人の女性の施術師さんを紹介して頂けたのです」

 

 坊ちゃまとの性生活を可能な範囲で継続する方法を相談した私に、主治医は産婦人科関連の学会で以前から研究が進められていた誘発授乳という施術を教えてくれた。

 

 

 これは本来は何らかの事情で我が子に授乳できなかったり、養子を貰ったりした女性が妊娠を経ずして母乳を分泌させ子供に飲ませるための特殊な医療行為だった。

 

 しかし私は死に瀕する坊ちゃまとの愛情を深めるためにその施術を受けることを決め、坊ちゃまの主治医も特例で誘発授乳の施術許可書を書いてくれた。

 

 

 私は坊ちゃまには内緒で年配の女性の施術師が経営する施設に定期的に通い、母乳を出せるようにするために吸引器などの器具も用いた施術を受けて自宅でも自分で誘発を続けていた。

 

 種族が乳牛(ホルスタイン)であり人間族の女性よりも乳腺が発達している私は比較的短期間の誘発で母乳を出せるようになって、今日はついに坊ちゃまに母乳を飲ませてあげることができたのだった。

 

 

「ホルスタイン、美味しいよ。実は小さい頃から、ホルスタインの母乳を飲んでみたかったんだ……」

「後天的に誘発された乳汁ですが、栄養素は通常の母乳と大きく変わらないそうです。これから何度でも私の母乳を飲んで、栄養素を摂ってください」

「ありがとう。……ごめんね、もう勃たなくなっちゃって。でも、ホルスタインのことはあの世に行っても忘れないよ」

「坊ちゃま……」

 

 私の乳首に吸い付き、母乳を飲みながら乳頭を舌の先で刺激しても、もはや坊ちゃまの男根が屹立(きつりつ)することはなかった。

 

 彼の全身全霊をかけた愛撫で私がどれだけ快感を味わっても、私はもう坊ちゃまに同じだけの感謝を伝えることができない。

 

 それでも坊ちゃまを少しでも悦ばせてあげられたなら、それ以上望むことは何もないと思った。

 

 

 忠実な従者である乳牛(ホルスタイン)の半亜人として、そしてこの世にただ一人の恋人として、これから何度でも坊ちゃまに母乳を飲ませてあげたい。

 

 死にゆく彼の身体に、少しでも私の思い出を残してあげたい。

 

 

 そして、この世に残される私の身体に、少しでも彼の温もりを残していってほしい。

 

 

 それこそが私が彼にしてあげられる最後の奉仕であり、彼から与えられる最後の恵みなのだろう。

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