妖精と出会った冒険者の青年が、ひょんなことから彼女と入れ替わってしまう話です。戦闘描写、R-18描写有り。

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「はぁ、はぁ・・・・・・」

 

とある森の奥深く。簡素な革鎧に身を包んだ青年は、荒い息を吐きながら歩き続けていた。酷く疲労しているようでその足取りは重い。手に携えた細身の刺突剣と革鎧の一部には血が付いているが、どうやら彼自身は負傷していないようだ。

 

「ふうぅ・・・・・・。なんとか、撒いたかな」

 

周囲を警戒しながら呟き、近場の木の根元へ腰を下ろす。腰に備えてあるポーチから粗末な布を取り出し、刺突剣の血を拭き取った。そのまま鞘に納めようやく一息つく。木にもたれかかりながら空を見上げると、枝葉の隙間から夕暮れの光がちらちらと見えた。

 

「まさか、薬草の群生地がゴブリンの巣窟になってるなんて。依頼を受けた時にはそんな情報無かったのに」

 

思考を整理する為か、青年は独り言を続ける。青年の名はハーウェイ。駆け出しの冒険者だ。貧乏農家の三男坊だった彼は、一攫千金を狙って近場の都市で冒険者登録を行ったものの、回されるのは危険は高く賃金は安い依頼ばかりだった。

 

今回もそうだ。森の奥深くに群生する薬草を採取する依頼だったが、そこにいたのはゴブリンの群れ。襲われながらもなんとか逃げ出し、ゴブリン達の追っ手を振り切るのに成功したのである。しかし、慌てていたせいで方角を間違えてしまい、森の奥深くまでやってきてしまったのが現状だ。

 

「どうやって帰ろう。現在地も分かんないし、本格的にヤバいぞ」

 

地図を取り出して眺めるが、今いる場所が分からなければ意味が無い。そして、時刻は既に夕暮れだ。日が落ち切る前に森を脱出するのは無理だろう。となると野宿しか無いが、依頼内容では日帰りの予定だった為テントなどの野宿に便利な器具は持ってきていなかった。

 

ならば夜通し森の中を進もうかと考えるが、即座に思考を打ち切った。初めて来た森の中、日が落ちて方角も分からない状況で進むのは危険過ぎる。ただでさえゴブリンとの戦闘、逃走を経て疲れているのだ。

 

だが、快適な野宿は無理だ。精々毛布にくるまって眠るしかない。襲撃に警戒しながら、である。途方に暮れたくなる気持ちをどうにか堪え、ハーウェイは焚火の準備に取り掛かった。既に季節は冬が近い。ゴブリンに気付かれる可能性を考えても、火の温もりが無ければ凍え死んでしまう。

 

周囲の枯れ木を集め軽く組み立てる。燃え広がらないよう、周囲の落ち葉も同様に集めた。ハーウェイは火打石を取り出し、落ち葉部分に火花が落ちるようにぶつけ合う。しばらくすると落ち葉に火が付き、組み立てた枯れ木へと徐々に燃え広がっていった。

 

「ふぅ」

 

これで凍え死ぬことは無いだろう。後やるべきなのは周囲の警戒だ。少し考えた後、ハーウェイは更に枯れ木を集め始めた。木の根元に下ろした背嚢からロープも取り出し、周囲にとある罠を仕掛け始める。何者かが引っかかったら枯れ木同士がぶつかって音を立てる、鳴子という罠だ。

 

四方を囲むように鳴子を仕掛け、焚火の近くに戻ってくる。それなりの時間が経ったらしく、既に日は落ちて周囲は暗い。そんな中、ようやく緊張の糸がほぐれたのかどっかりと座り込み情けない声を上げた。

 

「あー、疲れた・・・・・・依頼も失敗だし、最悪だ。手ぶらで帰りたくはないけど、あの数のゴブリンが相手じゃどうしようもない。クソッ、どうしよう」

 

ブツブツと恨みがましく呟きつつ、下ろしてある背嚢を漁る。取り出したのは安価な保存食。それと水を沸かす用の鍋だ。水袋から小川の水を鍋に入れ、沸騰するまで焚火にかける。こうしなければ腹を壊してしまう可能性があった。

 

保存食・・・・・・炒った豆と塩気の強い干し肉も鍋に入れる。こうして単純なスープにして食べるのがハーウェイのお気に入りだった。腹も膨れるし何より温かい。ぐつぐつと煮える音を聞きながら、彼は無心で焚火と鍋を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ニンゲン。こんな所で何をしているの?」

 

食事を終え、ひと眠りしようとしたタイミングで声が掛けられた。瞬間ハーウェイは立ち上がり、腰の刺突剣を引き抜く。ゴブリンか?いや違う、先程の声は人間の、それも幼い少女の声に近かった。ならば一体・・・・・・。

 

「だ、誰だ!どこにいる!?」

 

「こっちよ、こっち」

 

声のした方向は上。見上げると、そこには木の枝に座り微笑んでいる人型の何かがいた。手のひらサイズのそれは、淡い薄緑色に輝く肌、人間の少女のような肢体、背中からは昆虫のものに似ている羽根が生えている。ハーウェイの記憶が正しいならば、それは妖精のように見えた。

 

「妖精・・・・・・?」

 

「そうよ。珍しいわね、ニンゲンがここまで来るなんて。なんの用かしら」

 

妖精。地域毎に様々な種類がある彼女達は自然の化身と言われている。人間や亜人、ゴブリンのような魔物とも違う、魔力で形作られた肉体を持つ種族。他の種族に対しては友好的なこともあれば敵対的なこともあり、ハーウェイは警戒しながら返答した。

 

「いや、特に用は。ゴブリンに襲われて、がむしゃらに逃げてきたんだ」

 

「あぁ、あの汚らわしい小鬼共。最近増えて迷惑だったのよね。うるさいし、森も荒れるし。私のトモダチも迷惑しているわ」

 

目の前の妖精は可愛らしい顔をしかめて肩を竦める。その振る舞いは知性的だ。なんの種類かは分からないが、少なくとも害を加えてくる様子は無さそうだとハーウェイは判断した。引き抜いた刺突剣を鞘に戻しつつ、座り込んで焚火に視線を戻す。

 

「という訳で。一晩だけここで休ませてくれないか?日が昇ったらすぐに帰るから」

 

「別にいいわよ。私の場所って訳でもないし。その代わり、話し相手になってくれない?外からのニンゲンは久々だから、貴方のことを聞かせてよ」

 

「・・・・・・まぁ、それくらいなら」

 

思わぬ申し出に怪訝な顔をするハーウェイだが、とりあえず頷いた。友好的ならそれに越したことは無い。ただし、妖精は友好的な場合でも厄介だ。彼女達の「悪戯」で手酷い目に遭う話は各地に根付いている。最低限の警戒は怠らないようにしなくては。

 

「俺はハーウェイ。冒険者だ。君の名前は?」

 

「ルリミア。好きに呼んで頂戴な」

 

「うん。それじゃあルリミア、俺の何が聞きたいんだ?」

 

そう訊ねると、妖精・・・・・・ルリミアは木の枝から降りハーウェイの目の前までやってきた。ふわふわと浮かんでいるが、何故か羽根は動いていない。覗き込んでくる瞳はまるで宝石のように輝いている。

 

「そうねぇ。じゃあ、今までの冒険について聞かせてよ。冒険者って色んな所に行ったりするんでしょ?」

 

「分かった。大した話じゃないけど、それでもいいなら」

 

前置きを入れつつ、ハーウェイは今まで受けてきた依頼について話し始めた。つまらなくはないだろうかと一抹の不安を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

ぱちり、ぱちり。焚火が音を立てて燃える中、ハーウェイはゆっくりと語り続けた。寒村に出向き狼の群れを退治した時のこと。商人の馬車を護衛中、山賊に襲われた時のこと。脱走した家畜を必死に追いかけ捕まえた時のこと。そして、先程のゴブリン達と戦った時のことを。

 

ルリミアはそれらの話を楽しそうに聞いている。時折質問を挟む以外、言葉を発することは無かった。上機嫌な彼女の様子に内心ホッとしながら、ハーウェイは話を締めくくる。

 

「それで、ここまで逃げてきたって感じかな。追っ手を撒けていたらいいんだけど」

 

「小鬼共は夜目が利くものね。でも大丈夫よ。近付いてきたら多分分かるし」

 

「そうなのか?凄いな、妖精は」

 

妖精の生態に詳しくないハーウェイが素直に褒めると、ルリミアは自慢げに胸を張った。形のいい乳房がぷるんと揺れるが、不思議と欲情は煽られない。人間と妖精ではサイズが違い過ぎるからだろうか。

 

「ふふん。当然よ、私は・・・・・・っ」

 

不自然に途切れる声。何事かとハーウェイに緊張が走る。ルリミアは口を閉じたまま、周囲の暗闇を険しい表情で見つめていた。声を潜め訊ねる。

 

「どうした?」

 

「何か来る。5、6匹はいるわ。嫌ね、もしもの話をしたら現実になるなんて」

 

その返答に立ち上がり、刺突剣を抜くハーウェイ。つまり、追っ手のゴブリンが近付いてきているということだろう。戦いは避けられない。焚火の近く以外には暗闇が広がっている。ここで迎撃せず逃げ出しても、夜目が利くゴブリン達に有利になってしまうからだ。

 

「ルリミア。君は戦えるのか?」

 

「えぇ。話を聞かせてもらったし、協力してあげる。私としても小鬼共は鬱陶しかったからね」

 

ならば勝機はある。ハーウェイはそう判断した。1人で6体を相手にするのは無謀だが、いずれにしろやるしかない。呼吸を整えつつ、ゴブリンが視認出来るのを待つ。そして、

 

ガランガラン!

 

「ギギャ!?」

 

仕掛けておいた鳴子に引っかかったのか派手な音が響く。焚火の明かりで照らされた先に、緑色の肌をしたゴブリンが見えた。瞬間、ハーウェイは飛び出し刺突剣を突き出す。ゴブリンの首に渾身の突きが刺さり、赤黒い血が噴き出した。

 

「はぁっ!」

 

突き刺さった刺突剣を引き抜き、もう一度突きを繰り出す。ゴブリンは魔物の中でも最底辺に近い存在だが、生命力は人間よりも高い。確実に止めを刺さなくては。二度目の突きは胸元に当たり、ゴブリンはもんどりうって倒れ込んだ。

 

「ギャギギギ!ギゴ!」

 

他のゴブリンの声が聞こえる。鳴子の音も。ハーウェイは感覚を研ぎ澄まし、目を凝らして音の方を確認した。ゴブリンが2体。突っ込んでくる。

 

「痺れなさい!」

 

ルリミアの声と同時に光が迸った。バチンという音と共に2体のゴブリンに光の弾が直撃する。膝をついた所にハーウェイが襲い掛かり、連続の突きで彼らの心臓を抉った。

 

「これでっ!」

 

3体は始末した。ルリミアの言葉を信じるなら残り半分。ここまでは非常に順調だ。本来、ハーウェイには複数体のゴブリンを相手取れるような実力は無い。1対1ならば安定して勝てる程度である。その為、ルリミアの支援はとてもありがたかった。

 

残りの3体はまだ闇の中に潜んでいるようだ。刺突剣を構えたまま、油断せずに待つ。と、こぶし大の大きさの石が飛んできた。投石ならば焚火の明かりの外から攻撃出来ると気付いたらしい。ゴブリンの癖に頭が回る。内心悪態を吐きつつ、ハーウェイは次々と飛んでくる石を避けていった。

 

「私が照らすわ、突っ込んで!」

 

先程の光弾が、暗闇を照らすように上空に打ち上がる。やや遠くの木々に隠れつつ、石を投げているゴブリン達の姿が明らかになった。ルリミアの指示に従い、ハーウェイは真っすぐゴブリン達へ突っ込む。彼らの目が眩んでいる内に仕留めなければ。

 

ゴブリン達が迎撃の体勢を整えるより早く刺突剣が振るわれた。首、胸と急所に刃が突き入れられる。ゴブリン達は地面に倒れ藻掻いた後、すぐに動かなくなった。ハーウェイとルリミアには傷一つ無い。完勝である。

 

「ぜぇ、ぜぇ・・・・・・なんとか、なったか」

 

「お疲れ様、ハーウェイ。駆け出しって言ってたけど、見事な腕前ね」

 

荒い息を吐いてへたりこむハーウェイに、ルリミアはふわふわと近付きながら労いの言葉をかけた。実際、ハーウェイの動きは迅速かつ的確だった。駆け出しとは思えない程に。

 

「運が良かっただけだよ。ルリミアのサポートのおかげでもある。いや、本当に上手くいってよかった・・・・・・」

 

刺突剣に付いた血を布で拭い、鞘に納めながら言葉を返す。まさか、ルリミアが支援してくれたとはいえ6体のゴブリンを倒すことが出来るとは。彼にとってはとんでもない大戦果と言えた。深呼吸して息を整えた後、ルリミアを真剣な表情で見つめる。

 

「一人だったらどうしようもなかった。ありがとうルリミア、君は命の恩人だ」

 

「オオゲサねぇ。私はお話してくれたお礼に手伝っただけよ。それに、小鬼共のことも嫌いだったし」

 

「それでも、助けてくれたことに変わりは無いから。本当にありがとう」

 

深々と頭を下げるハーウェイ。そんな態度を取られ、ルリミアはどこか照れ臭そうにそっぽを向いた。体から発せられる光がやや赤くなっている所を見るに、恥ずかしがっているようだ。

 

「とにかく、そろそろ休みましょう?流石にもう追っ手はこないでしょうし、もし来たとしても私が起こしてあげるから。私達は眠らなくても大丈夫だけど、ニンゲンって1日に数時間は眠らないといけない生き物なんでしょ?」

 

「そうだな。うん、お言葉に甘えるよ。流石にちょっと、疲れた」

 

焚火近くまで戻り、ハーウェイは毛布にくるまった。ルリミアはふわりと浮かび、頭上の木の枝に腰を下ろす。程無く聞こえてきたハーウェイの寝息を聞きながら、彼女は面白がっているような表情で微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

朝。焚火の始末を終えたハーウェイは、炒り豆を齧りながら森の中を歩いていた。傍らにはルリミアが浮かび、方角をナビゲートしてくれているようだ。

 

「このまままっすぐ行けば、小鬼共を避けながら森を出られると思うわ。多分、だけど」

「至れり尽くせりだなぁ、まったく。まさか案内までしてくれるなんて」

 

「うふふ。貴方のことがちょっと気に入ったから。森を出るまでは付き合ってあげる」

 

「それは、うん。ありがとう、ルリミア」

 

気に入った。その言葉に、ハーウェイは少しだけ眉をひそめた。ルリミアは好意的な妖精だと信じているが、妖精に気に入られてロクでもない目に遭う話は聞いたことがあったからだ。たちの悪い悪戯を受けたり、価値観の違いから暴走したり。様々な話が昔から伝わっている。

 

「~~~♪」

 

鼻歌を歌い始めたルリミアを横目で見つつ、大丈夫なはずだと自分に言い聞かせた。彼女には恩を感じているが、森を出たら別れて二度と会うことも無いだろう。窮地を救ってくれた妖精がいたことを、忘れずにずっと覚えていればいい。と、

 

「あ、ちょっと待って」

 

鼻歌を中断し、ルリミアは鋭い目つきで正面を睨みつけた。すんすんと鼻を鳴らした後、苦虫を噛み潰したかのように表情を歪ませる。

 

「どうした?」

 

「嫌な匂い。濁った魔力だわ。あぁやだ、汚い汚い」

 

身を震わせながら吐き捨てる様子に、ハーウェイも刺突剣を引き抜いた。何かは分からないがまた面倒事らしい。最大限に警戒しながら、ルリミアの次の言葉を待つ。

 

「多分ゴブリンのシャーマンね。この辺りに結界が張ってある。もう、遠回りしなきゃいけないじゃない」

 

「結界?ってのは、一体何なんだ?」

 

「貴方が昨日作っていた音の鳴る罠みたいなものよ。結界内に足を踏み入れたら相手に伝わっちゃうの。だから、避けて進まないと」

 

鼻をつまみながら言うルリミア。彼女にとって、ゴブリンのような魔物の魔力は臭いものらしい。心無しか顔色も良くないように見えた。

 

「大丈夫か?無理はしない方が」

 

「大丈夫よ、匂いが鼻につくだけ。それよりこっちに行きましょう。ちょっと時間がかかるけど、森からは出られるはずだから」

 

「・・・・・・分かった」

 

ルリミアが進む方向を変え、ハーウェイはそれについていく。彼女のことは心配だが、それ以上にまたゴブリン達に襲われたくはなかった。昨夜は上手くいったとしても次はどうなるか分からない。出来る限り戦闘は避けるべきだ。

 

しばらくの間、二人は無言で進んでいく。ハーウェイは周囲を警戒しつつ、ふと空を見上げた。木漏れ日には照らされているものの、鬱蒼とした森の中は薄暗く感じる。だからこそ、淡い光を放っている彼女の存在は心強い。

 

「駄目ね。この先にも結界が張ってある。どうしても私達を逃がしたくないみたい」

 

進んだ先、ルリミアは顔をしかめたまま呟く。どうやら森を抜けやすい箇所に結界が配置してあるらしく、そのやり方は徹底していた。ゴブリンにしては用意周到だ。

 

「どうする?いっそ結界を突っ切った方が・・・・・・」

 

「うーん。森の外には出られるだろうけど、問題はその後よ。ずっと追われるかもしれない。そうなったら面倒よ」

 

「むむむ。確かに面倒だな、それは。ずっと付きまとわれたら敵わない」

 

ハーウェイは彼女の言葉に同意しながら、腕を組み考え込む。どうするべきか。強引に脱出するか、それとも抜け道を探すか。もしくは、結界を張っているであろうゴブリンシャーマンを倒しに行くか。経験の浅いハーウェイでは判断が付かなかった。

 

「・・・・・・一つ、思いついたことがあるんだけど。聞いてくれる、ハーウェイ?」

 

「頼む。俺ではいい考えは浮かばない。教えてくれ、ルリミア」

 

その返事に頷いて、ルリミアは説明を始める。それは単純な囮作戦だ。まず、ハーウェイはこの場に待機。ルリミアはここから離れた場所まで移動し、あえて結界を踏むことでゴブリン達を誘導。ゴブリン達がルリミアの側に集結した所でハーウェイが結界に侵入、森の中を突破するといったものだった。

 

「それは・・・・・・ルリミアが危険じゃないか?」

 

「私なら大丈夫。この森のことは隅々まで把握しているから、簡単に逃げ切れるわ」

 

「いや、しかしだな。命を賭ける理由が無いだろ、君には。たかが俺の話を聞いただけで、なんでそこまでするんだ?」

 

もっともな疑問。所詮二人は昨夜知り合っただけの仲だ。そこまでしてくれる理由が分からない。

 

「ふふ。言ったでしょ、貴方のことがちょっと気に入ったって。案外情に篤いの、私」

「む、む・・・・・・」

 

にっこりと微笑みながら言うルリミアに、思わず黙り込んでしまうハーウェイ。何故ここまで気に入られたのか、その理由も分からなかった。分かるのは厚意に甘えすぎてはいけないということ。ハーウェイの良識は、これ以上彼女に迷惑を掛けたくないと訴えていた。

 

「・・・・・・やっぱり駄目だ。道案内はここまででいいよ。強引に森を抜けることにする」

 

「どうして?さっきも言ったけど、面倒なことになるわよ」

 

「人通りの多い街道まで行けば、いくらゴブリンの群れでも手を出し辛いはずだから。ルリミアには十分助けられたし、後は俺の問題だ」

 

「私がやりたくて協力してるんだから、別に気にする必要は無いのに。本当にいいの?」

 

ハーウェイは大きく頷く。その様子を見て、ルリミアは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。しかしそれはすぐに消え、やれやれと言ったように肩を竦める。

 

「分かった。それじゃあ、お別れね」

 

「あぁ。ありがとう、ルリミア。まだ俺の命があるのは君のおかげだ」

 

「そ。一番森を抜けやすい方角はあっちよ。精々頑張りなさいな」

 

素っ気無く言い、ルリミアはふわふわと飛んでいってしまった。彼女の背中に深く一礼した後、ハーウェイは深呼吸を繰り返す。ここから先は時間との勝負だ。森の中を走り続け、ゴブリン達が集まってくる前に森を抜けなければ。

 

前を見据えて走り出す。獣道も無い森の中は酷く進みにくかった。さっきまで移動がスムーズだったのは、ルリミアが案内してくれていたからだろう。だが、弱音は吐いていられない。結界に足を踏み入れた以上、急ぐしかないのだから。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

どれ程走り続けただろうか。鬱蒼とした森は徐々に開け、木漏れ日の明るさが強くなり始める。後少しで抜けられるはずだ。ハーウェイは疲労の溜まった足腰に鞭を打ち走り続けた。そして、

 

「ギギィッ!」

 

「っ!?」

 

横からの襲撃。粗末な棍棒を振りかぶったゴブリンが突っ込んできた。辛うじて一撃は避けたものの、足がもつれて転んでしまう。馬乗りになってこようとするゴブリンに対し、引き抜いた刺突剣を突き立てた。肩口から鮮血が迸る。

 

「ガァッ!」

 

「はな、れろ・・・・・・!」

 

肩を貫かれながらも棍棒を振り上げるゴブリンを、ハーウェイはなんとか押しのけた。必死に立ち上がり更なる突きを見舞おうとする。刺突剣と棍棒がぶつかり合い、刃が棍棒に食い込んだ。深々と刺さったそれは力を入れても中々抜けない。

 

「クソッ!」

 

悪態をつきながら刺突剣を手放す。そのままハーウェイはゴブリンを押し倒し殴りかかった。1発、2発、3発・・・・・・動かなくなるまで拳を打ち付け続ける。完全に意識が無くなったのを確認し、ようやく立ち上がった。

 

「ふ、うぅぅ・・・・・・」

 

熱い息を吐き、近くに転がっていた刺突剣を手に取る。突き刺さっている棍棒を踏みつけ強引に引き抜いた。急がなければ。心身の疲労を無視して走り出すハーウェイ。既にゴブリンと接敵した以上、増援がいつ追い付いてくるか分からない。その懸念は当たっていた。

 

「ギィ、ギャギャギャ!」

 

数十歩も進まない内に、周囲から聞こえてくるのはゴブリンの声。それも複数だ。不味い。このままでは取り囲まれてしまう。

 

「っ、ぐ」

 

乾いた喉に唾を飲み込み、ハーウェイは正面に向けて突っ込んだ。一秒でも早く森を抜けるにはこれしか無い。囲まれる前に正面のゴブリンを片付け、一気に突破するのだ。

 

果たして、正面のゴブリンは木板の盾と先端が折れた剣を構えていた。突撃する勢いのまま突きを繰り出すハーウェイ。狙いは盾で隠れておらず、かつ無力化出来る程のダメージを与えられる場所。足の腿の部分だ。

 

「うおおぉぉっ!」

 

「ガグゥッ!?」

 

咆哮と共に放たれた突きは、多少狙いが逸れ膝に突き刺さった。悲鳴を上げながら倒れるゴブリンをジャンプで躱し、ハーウェイは走り続ける。既に限界は近いが、それでも足は止めなかった。後方からはゴブリンの声。逃がすまいと追いかけてきているのだろう。と、

 

「っ!?」

 

足に違和感。がくりと動きが止まり、盛大に転んでしまう。どうやら植物のツタが絡んだようだ。このままでは追い付かれる。ツタを引き千切り立ち上がるハーウェイだが、ゴブリン達はすぐそこまで迫っていた。

 

「邪魔よ!」

 

瞬間、後方から閃光が迸った。同時に聞こえたのはルリミアの声。どうしてここに。振り返ろうとするハーウェイに鋭い激が飛ぶ。

 

「話は後!さっさと先に行って!」

 

間違い無い、ルリミアだ。なんでここに。疑問を抱きながらもハーウェイは再び走り始めた。やがて木々が少なくなり、森の外に辿り着く。ゴブリン達はまだ追ってきていないようだ。

 

「はっ、はっ、はっ・・・・・・!」

 

息が整わないままようやく振り返る。森の奥、閃光が輝くのが見えた。ルリミアが戦っているのか。自分を逃がす為に。ハーウェイの脳裏に助けにいくべきかという葛藤がよぎる。確かに、今逃げれば安全に離脱は出来るだろう。しかし、心に大きなしこりを残すことになる。

 

所詮二人は昨夜知り合っただけの仲。命を賭けて助けるなど馬鹿げている。先程ルリミアに対して思ったことが脳裏をよぎった。悩む時間は無い。逃げるか、助けに向かうか、すぐにでも決めなければ。

 

「っええい!」

 

ハーウェイは踵を返し、森の中へと戻っていく。命の恩人を見捨てるような選択は出来なかった。ゴブリン達の怒声が聞こえる場所まで真っすぐに進み、刺突剣を構え躍り出る。

 

「ハーウェイ!?どうして戻ってくるのよ!」

 

「君は命の恩人だ。見捨てるなんて出来ない!」

 

そこには10体近くのゴブリンがひしめいていた。ルリミアは健在だが、魔力を使い過ぎたのか憔悴しているように見える。ゴブリン達はハーウェイが来たのを認識すると、口やかましく騒ぎ始めた。各々が武器を構え、突っ込んでくるつもりのようだ。

 

その内の一体、大仰な杖を構えたゴブリンが何やら呪文を唱える。杖の先端からどす黒い瘴気が溢れ、蛇のようにうねりながらハーウェイに迫った。見たことの無い魔術の類に、それでもハーウェイは身を捩り避ける。同時に突っ込んできたゴブリン達を刺突剣で迎撃した。

 

「ガガァ!」

 

「はあぁっ!」

 

まず一体、喉に突き込み致命傷を与える。そのまま引き抜き2体目にも突き。が、狙いが逸れ頬を掠めるに留まった。そのままゴブリンが組み付き、ハーウェイの動きを止めようとする。

 

「離れなさい!」

 

組み付こうとしているゴブリンに、ルリミアが放った光弾が直撃した。吹き飛ぶゴブリン。余波がハーウェイにも届くが、咄嗟に腕で目を隠したおかげで目を焼かれずに済んだ。他のゴブリン達は目が眩んでいるようだ。

 

「ルリミア、こっちに!」

 

今しか無い。ぎゃあぎゃあ喚くゴブリンを無視し、ハーウェイはルリミアを呼び寄せる。すぐに飛んできた彼女をそっと掴むと、森の外に走り出した。が、

 

「ギャギィ、ギャ、ガガギゥア!」

 

杖を構えたゴブリンが再び呪文を唱える。先程よりも大きい瘴気の蛇が、先程よりも素早くハーウェイ達に襲い掛かった。森を抜ける直前、背中に直撃してしまう。ハーウェイは咄嗟にルリミアを包むように抱え、瘴気が届かないよう庇った。

 

「ぐっ・・・・・・!」

 

「あぁっ!」

 

激痛を感じると同時、全身に衝撃が走る。庇い切ることが出来なかったのか、ルリミアの悲鳴も聞こえてきた。彼女の安否を確かめる時間も無く、ハーウェイの意識は闇に呑まれていく。複数の足音が近付いてくるのを聞きながら、視界が暗闇に包まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

がたん、ごとん。全身が揺れるような感覚を覚えながら、ハーウェイの意識はゆっくりと浮上した。うっすらと目を開けると、木製の壁・・・・・・おそらく天井が見える。どうやら自分はどこかに寝そべっているようだ。

 

「あ、目が覚めた?」

 

聞こえてくる声は男のもの。重たい頭を動かし、声がした方向に向けるとそこには、

 

「良かった、心配したのよ。それで、その。貴方はハーウェイ、で合ってるかしら?」

 

ハーウェイ自身に酷似した男が、心配そうな表情を浮かべていた。何故だかやたらと大きく見える。目がおかしくなってしまったのだろうか。

 

「・・・・・・鏡、か・・・・・・?」

 

「あぁ、まぁ。そう思うのも当然よね。とりあえず、これを見てちょうだい」

 

ぼんやりと呟くハーウェイ。目の前の彼に似た男は仕方ないといった風に頷いて、手鏡を取り出し見せてきた。そこに映っているのはハーウェイではない。淡い薄緑色に輝く肌、人間の少女のような肢体、背中からは昆虫のものに似ている羽根が生えている。紛れもなくルリミアだ。

 

「・・・・・・?」

 

鏡の中のルリミアは、きょとんとした表情を浮かべ横たわっている。どういうことだ?何故彼女が映っている?それじゃあ、自分は?混乱するハーウェイに、目の前の男が困ったように告げた。

 

「落ち着いて聞いてね。私達、入れ替わってるみたい」

 

「は?」

 

思わず間抜けな声が漏れる。入れ替わっている?一体何を言っているんだ?ハーウェイの脳内に疑問符が飛び交った。訳が分からないまま、鏡と男を交互に見つめる。

 

「まぁ、そういう反応になるわよね。私だって最初は信じられなかったわ。でも、現実よ。今、貴方の体を動かしてるのは私。妖精のルリミアなの」

 

「あぁ、いや、えぇ・・・・・・?ちょっと待ってくれ、どういうことだ?入れ替わってるって、そんな馬鹿な」

 

あり得ない。そう思ったハーウェイだが、目の前の男の雰囲気は確かにルリミアに似ていた。そして、鏡に映るはずの自分の姿はルリミアと瓜二つになっている。意味不明な状況だが、入れ替わっていると考えたら納得がいく。

 

「本当に、ルリミアなのか」

 

目の前の男に訊ねる。果たして彼は頷き、困り顔になりながらも断言した。

 

「えぇ、そうよ。私はルリミア。貴方は、ハーウェイよね」

 

呆然としつつもこくりと頷くハーウェイ。がたごとと揺れる馬車の中、二人は暫く無言で見つめ合った。

 

 

 

 

 

 

事の顛末はこうだ。ゴブリンの魔術が直撃し、二人は意識を失ってしまった。その後、先に目覚めたルリミアは自分達が馬車で運ばれていることに気付く。どうやらゴブリンを討伐に来た冒険者が二人を発見し、安全の為に馬車まで運んでくれたようだ。

 

冒険者達はハーウェイとは別の冒険者ギルドから依頼を受けており、たまたま依頼場所の森が重なっていたらしい。結果、二人は近場の街まで搬送されているのだが・・・・・・入れ替わった理由は不明。ゴブリンの魔術の効果か、あるいは別の要因か。皆目見当がつかなかった。

 

「マジか・・・・・・いや、そんな魔術があるのかよ。ゴブリン達はどうなったんだ?」

 

「それが、私達を助けてくれたニンゲン達が倒しちゃったみたいなの。だから、魔術の影響かどうか確かめられなくて」

 

「む、むむむ」

 

腕を組んで悩ましい声を上げるハーウェイ。意識が入れ替わる魔術など、見たことも聞いたことも無い。呪いの類なのだろうか。だとしたら、一つだけ解決策が思い当たる。

 

「とりあえず、アレだ。街に着いたら教会に行ってみよう。入れ替わったのが魔術のせいなら、教会で解呪出来る可能性がある」

 

「そんな場所があるの?便利なのね、ニンゲンの街って」

 

教会とは、神に仕える神官が集う場所だ。お布施さえ渡せば治療や解呪を受けられる組織であり、ハーウェイも何度か世話になっていた。そこならば、入れ替わっているこの状況をなんとかしてくれるかもしれない。ただ、問題はがある。それは、

 

「治療ならともかく、解呪には結構な金がかかるんだよな。今の俺の手持ちで足りるかどうか・・・・・・」

 

お布施はあくまで気持ちだが、暗黙の了解として相場が決まっていた。面倒な呪いであればある程、解呪にかかるお布施の金額は高くなる。駆け出し冒険者であるハーウェイの懐事情では、足りるかどうか分からなかった。

 

「あぁ、ニンゲン達って鉱石とか鉄で取り引きをするんだっけ」

 

「まぁな。どっちにしろ、街に着いたら教会に行ってみよう。金が足りなくても、もしかしたら元に戻る切っ掛けがあるかもしれない」

 

ひとまずの方針を決定し、ハーウェイはふぅと一息つく。落ち着いた所で気になるのは周囲のことだ。自分の体になったルリミアは酷く大きく見えるし、馬車の内部も広々としている。手のひらサイズのルリミアが見る世界はこんな感じなのか。

 

そしてもう一つ。ハーウェイにとって気がかりなことがあった。気まずそうに咳払いをして口を開く。

 

「ん、んんっ。ごめん。ちょっと頼みがあるんだけどいいか?」

 

「いいけど、どうしたの?なんだかそわそわしてるみたいだけれど」

 

「えっと、その。なんでもいいから、体を隠せるもの無いか?裸っていうのが落ち着かなくて。ポーチの中に布か何かが入ってるはずだから」

 

ルリミアの体は一糸纏わぬ状態だ。そもそも、妖精は基本的に衣服を身に付けない。なので当然と言えば当然なのだが、ハーウェイにとっては恥ずかしかった。特に胸や股間の辺りがスースーするような気がしてくる。

 

その上、ルリミアは少女のような容姿をしているのだ。腕を組んだ時に胸に触れてしまったが、確かな膨らみと柔らかさを感じていた。男の体とは全然違う。一度意識してしまうともう駄目である。ハーウェイは手で局部を隠しつつ、もじもじと身をくねらせる。

 

「・・・・・・?構わないけれど。えっと、これでいいかしら」

 

何故恥ずかしがっているのか、ルリミアには理解出来ないようだ。首を傾げつつもポーチを漁り、布切れを手に取った。差し出されたそれを体に巻き付けてようやく落ち着くハーウェイ。透き通った長髪を煩わしそうにいじる。

 

「助かった。しかし、なんだ。世界が全部大きく見える。不思議というか、変な感じだよ」

 

「それは私も同じよ。世界が狭くなったみたい。それに、私ってこんなに小さいのね。ハーウェイの体で見るとそう感じるわ」

 

比較的体格のいい人間であるハーウェイと、妖精であるルリミア。二人の体の大きさはまるで違った。そのせいで両者共に違和感を感じているらしい。

 

「早い所元に戻らないとな・・・・・・。目が回ってしまいそうだ」

 

「そうね。馬車に乗せてくれたニンゲン達が、夜までには街に辿り着くだろうって言っていたわ。そうすれば教会に行って元に戻れるのよね?」

 

「まぁ、そうだな。・・・・・・一応、ギルドに最低限の貯蓄は預けてある。それで足りるかは微妙だけど」

 

不安げな表情を浮かべるハーウェイは、体を布に包んだまま馬車の揺れを全身で味わう。馬車が酷く揺れているというよりは、小さく軽いルリミアの体だからそう感じているのだろう。がたんごとんと振動する度に体が跳ねあがってしまうような感覚。おかげで尻が痛かった。

 

「っ、むう・・・・・・」

 

「大丈夫?しかめっ面になってるわよ」

 

「ちょっと、揺れがな。ほら、ルリミアの体は軽いから」

 

「ふぅん。それなら」

 

言葉を切り、ルリミアがハーウェイに手を伸ばす。迫る手は大きく、また日々の鍛錬や実戦のせいかごつごつとしていた。思わず目を閉じそうになるが、なんとか堪える。そのままひょいっと掴まれ、手のひらに乗せられてしまった。

 

「こうすれば、揺れも少しはマシになるんじゃない?」

 

「あ、あぁ。助かった」

 

自身の体、その手のひらはあまり座り心地が良くない。だが、ルリミアの言う通り揺れ自体は多少マシになったようだ。しかし、これは。目の前に巨大な自分の顔がある。とてつもない違和感を感じ、ハーウェイは苦笑を浮かべた。

 

「ふふ、こうして見ると不思議な気分。自分の姿形って、水面に映ってる時くらいしか見たことが無いから。新鮮ね」

 

何故か上機嫌そうに微笑むルリミアに、ハーウェイは思う。自分の顔が浮かべているとは思えない程、柔らかく無邪気な表情だ。中身が違うとこれ程印象が変わるのか。だとすれば、ルリミアの体になった自分はどう見られているのだろう。なんとも言えない気持ちになり、誤魔化すように口を開いた。

 

「と、とにかく。お布施の件はなんとかするよ。まずは教会でどんな呪いなのか判別してもらわないと」

 

「はぁい。それまではこのままね。折角だから楽しみましょう」

 

「呑気だなぁ。俺も、それだけ心の余裕を持てればいいんだけど」

 

溜め息を吐いたハーウェイは、格子窓越しに見える外を眺める。馬車はそれなりの速度で進んでいて、景色は少しずつ移り変わっていくようだ。太陽の日差しに照らされ目を細める。そんな彼の様子を、ルリミアは楽しそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく街に辿り着き、助けてくれた冒険者達に礼を言ったハーウェイ達はすぐさま教会へと向かった。まずはどんな呪いか診断してもらい、可能ならば解呪してもらわなくてはならない。当然、診断にもお布施は必要だ。薬草採取の依頼は失敗扱いの上、かなりの出費である。

 

「呪いの類ではありませんね。そのような魔力は検知されませんでした」

 

「えっ」

 

そして。教会で診断してもらった結果、とんでもないことが分かった。二人が入れ替わってしまったのは、呪いのせいではないらしいのだ。呆然とするハーウェイと考え込む様子のルリミアに向け、診断を下した神官が言葉を続ける。

 

「一応、前例があることにはあります。急激なショックを受けた者達の魂が入れ替わってしまう、というのは。頭を強くぶつけ合ったり、落雷に打たれたり。ただ、人間と妖精が入れ替わったりというのは、私の知る限りでは知りません」

 

「そんな・・・・・・じゃあ、どうすれば元に戻れるんですか!?」

 

声を荒げてしまうハーウェイ。ルリミアの体のせいか、子供の癇癪のようにも聞こえてしまう。しかし神官は嫌な顔一つもせず、棚から書類を取り出して見せてきた。

 

「落ち着いてください。方法はありますから。貴方達の魂を一時的に引き剥がし、元の体に入れ直すのは可能なんです。ただ、非常に特殊なやり方の上、片方が妖精となると・・・・・・諸々の準備が必要になりますね」

 

書類に書かれているのは、専門的な魔術の術式だ。ハーウェイには何が何だか分からない。唯一分かるのは、手持ちの貯蓄を全て吐き出してもお布施の額には届かないということ。一方ルリミアは多少知識があるようで、頷きながら目を走らせている。

 

「へぇ。大掛かりね。しかも、成功率はそんなに高くないみたい」

 

「えぇ、そうですね。ですが、これ以外の方法はおすすめしません。この方法なら失敗しても問題ありませんが、別の方法となると最悪魂が消滅する危険性があります」

 

「し、消滅?」

 

「はい。綺麗さっぱりと。なので、私どもとしてはこちらの方法をおすすめしています。如何ですか?」

 

「う、ぐ、うーん」

 

神官の言葉に、ハーウェイは唸り声を上げながら考え込んだ。魂の消滅は避けたい。しかし、そもそも金が足りなかった。つまり、すぐに戻るのは不可能である。ルリミアの体になってしまっている以上、冒険者を続けることも不可能。一体どうすればいいのだろう。と、

 

「お金があれば、これを試せるのよね」

 

書類をじっと眺めていたルリミアが呟く。その表情は真剣で、ハーウェイは何故かドキリとしてしまった。布に隠された胸元の奥、心臓が跳ねたような気がする。

 

「はい。まぁ、お布施を頂いてから1週間程時間はいただきますが」

 

「そ。分かったわ。行きましょう、ハーウェイ。今ここで出来ることは無いみたいだから」

 

「ちょ、ルリミア?」

 

ルリミアはハーウェイを肩に乗せ、教会を出てしまう。その足取りはしっかりとしたもので、初めて街に来たとはとても思えない。が、ある程度歩いた所で立ち止まると、肩に乗ったハーウェイに振り向き口を開いた。

 

「ねぇ、ハーウェイ。その、冒険者が依頼を受ける場所ってどこかしら」

 

「え?あぁっと、ギルドが経営してる酒場があるから大体はそこかな。ってルリミア、君は一体何を」

 

質問に答えつつ、意図が掴めず困惑するハーウェイ。ルリミアは何かを覚悟した表情を浮かべ、きっぱりと言い切る。

 

「私、やるわ。今はハーウェイの体だし、私が冒険者として稼がないと」

 

「は、はぁ?待て、冒険者登録してるのは俺で、あぁいや入れ替わってるからルリミアが俺ってことなのか。でもそれは」

 

「もしもあの時、ハーウェイが森の中に戻ってこなかったらゴブリンに殺されていたかもしれないもの、私。ちゃんと恩を返したいのよ」

 

「いや、元はと言えば助けられたのはこっちだ。だからそこまでしなくても・・・・・・」

 

とんでもない提案に、ハーウェイは驚きつつも反論した。ルリミアがいなければゴブリンの襲撃には対応出来たか分からない。恩と言うならば、先に助けられた自分が返す側だ。しかしルリミアの決意は固いようで、力強い口調で続ける。

 

「いいのよ。正直ちょっとワクワクしてるしね。今まで森の外に出たことが無かったから。それに、お金が必要なのはお互い様でしょう?」

 

「そりゃ、そうだけど。冒険者ってのは命懸けだ。危険過ぎる」

 

「分かってるわ。貴方の話を聞いているもの。冒険者とは言うけれど、要は体のいい便利屋だってことは。でも、他に方法がある?」

 

「む、むむむ・・・・・・」

 

ルリミアの言うことはもっともだ。何もしなければ永遠に入れ替わったまま。元に戻るにはお布施の金額分働かなくてはならない。しかし、人間の街で妖精が働ける場所は殆ど無さそうだ。精々が見世物小屋の動物扱いだろうか。彼女の体を粗末に扱っている気がして、それは避けたかった。

 

「・・・・・・分かったよ。でも、一つだけ条件がある。俺も一緒についていく。ルリミアの体だから、戦いでは役に立たないかもしれないけど。助言くらいなら出来るからさ」

 

街に来るまでの馬車の中、ハーウェイはルリミアの体で魔術が扱えるか試していた。が、どうしても上手くいかない。大してルリミアはハーウェイの体でも魔術が扱えるようで、つまり今の自分は役立たずである。それでも、ルリミア一人に任せるのは気が引けた。

 

「勿論。私は世間に疎いから助かるわ。さ、急ぎましょう。まずはギルドの酒場ね」

 

「わ、分かった。案内する」

 

とんでもないことになってしまった。そう思いながらも、ハーウェイは肩に乗せられたまま行き先を指示していく。この先どうなってしまうのか、膨大な不安を胸に抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

「ここが酒場だ。冒険者ギルドが運営していて、基本的に依頼はここで受ける、んだけど・・・・・・」

 

ギルドの酒場。その入り口に立ち説明するハーウェイだが、ルリミアの様子が変だと気が付いた。頬を微かに赤くさせ、もじもじとしている。

 

「どうした?体に不調でもあるのか?」

 

「あっ、えぇと・・・・・・そうね。不調かも。なんだかむずむずして、この辺りに変な感覚があるの。何か知ってる、ハーウェイ?」

 

そう言って下腹部を押さえるルリミア。腹でも下したのだろうか。ハーウェイは昨晩の食事を思い返す。変なものは食べていないはずだが・・・・・・。

 

「変な感覚・・・・・・痛みとか、ぐるぐる鳴ってる感じか?」

 

「うーん、ちょっと違うわ。なんというか、切羽詰まってるみたいな。今まで経験したことが無い感じ」

 

「んー・・・・・・?」

 

要領を得ない言葉に、ハーウェイは小首を傾げて考える。一体どういうことなのだろう。腹痛も無く、しかし切羽詰まった感じとは。そこでふと気付いた。もしかすると、ルリミアは尿意を感じているのではないか。そういえば、意識を失ってから今まで、ハーウェイもルリミアも放尿していない気がする。

 

基本的に妖精は排泄行為を行わない。摂取した食べ物は全て魔力に変換するからだ。故に、ルリミアにとって尿意とは初めての体験だった。下腹部を押さえて戸惑っている姿は、ハーウェイから見ても若干気持ち悪い。

 

「何かが出そうな気がする。なんなのこれ、もう」

 

「ま、待った、一旦我慢してくれルリミア。トイレに向かおう、あっちだ」

 

「トイレ?わ、分かったわ」

 

二人は酒場のトイレに直行する。ズボンを下ろすのに手間取るルリミアを手伝い、ハーウェイはベルトを緩めズボンと下着を下ろした。現れたのは芋虫のような男性器。既に限界が近いようだ。

 

「あっ駄目、出ちゃう、何これ」

 

「ちょっと待って、このままじゃまき散らされるから、あぁクソ!」

 

尿が放たれる直前、ハーウェイは男性器にしがみつくようにして狙いを固定した。そのおかげもあって、まき散らされること無く便器に放尿される。じょぼじょぼという音と共に特有の匂いがトイレ内に広がった。

 

「うげ・・・・・・」

 

顔をしかめるハーウェイ。男性器は勃起していないにも関わらず、今の自分と同じくらいの大きさをしていた。ぐにりとした感触も伝わってくる。そこから尿が放たれる様を見るのは、あまりいい気分ではない。

 

「うぅ、なんか変な気分。これっておしっこよね?そっか、ハーウェイの体だからおしっこも出来るんだ」

 

ルリミアにとって初めての放尿は、数十秒間たっぷりと続いた。今まで森の動物達が排泄することは知っていたが、まさか自分が経験することになるとは。ハーウェイに男性器を支えさせたまま、ぶるりと体を震わせる。

 

「妖精は排泄しないって話、本当だったんだな・・・・・・。と、とりあえず出し切ったらそれでいいから」

 

「えっと、えぇ。多分全部出たと思う。初めてだから、確信は無いけど」

 

妖精に男性器を持たせて便器に放尿する。端から見たら訳の分からない状況に、自然と二人の顔は赤らむ。そそくさとズボンを上げ、ベルトを締めた。

 

「あーっと、ルリミア。次からは一人でも出来るか?自分の手でこれを押さえて、上手い具合に便器に出すんだ。そうしないと辺りに飛び散るから」

 

「分かった、やってみるわ。あぁ、それにしても顔が熱い。なんでかしら」

 

「それは俺もだよ。恥ずかしくて仕方ない。全く、早く元に戻らないと」

 

ハーウェイは纏っている布で男性器に触れた箇所を擦っている。いくら自分のものとはいえ、全身で支えるのは不快感が酷かった。感触も、匂いも、もう味わいたくはない。と、ルリミアが何かに気付いたのか口を開く。

 

「ねぇ、もしかしてだけど。動物と同じで糞便も出るのかしら。そっちのやり方も分からないのよね、私」

 

「・・・・・・。その時が来たら説明するよ。だから、ひとまずトイレを出よう」

 

小はともかく大の問題もあるとは考えたくない。問題を先送りにしながら、ハーウェイは酒場の受付にルリミアを案内するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

人間と妖精が入れ替わっている。そんな荒唐無稽な話を、酒場の受付嬢はすんなりと信じてくれた。曰く、その程度ならよくある話らしい。拍子抜けしながらも、ハーウェイは諸々の手続きを済ませ二階へと上がった。ギルドの酒場は宿屋も併設しており、ひとまず一泊することにしたのだ。

 

「賑わっているのねぇ、酒場って。街中もそうだったけど、こんなに沢山のニンゲンは初めて見たわ」

 

狭苦しい部屋の中、簡素なベッドに腰掛けつつルリミアが言う。肩から降りたハーウェイもベッドに腰を下ろし、周囲を見渡した。広い。部屋の広さだけなら、貴族の屋敷の一室と言ってもいいくらいである。無論、それは錯覚だ。ルリミアの体で見る世界は、どこもかしこも広く見えてしまう。

 

「これくらいなら普通だよ。豊穣祭の時とかはもっと人でごった返すからな。それで、ルリミア。教えてほしいことがあるんだけど」

 

「ん?何かしら」

 

首が痛くなりそうな程に見上げ、ルリミアと視線を合わせるハーウェイ。自分の体がまるで巨人のようだ。しかし、その表情は柔らかで、中身がルリミアなのだとはっきり分かった。

 

「まず、そうだな。飛び方、というか羽根の使い方を教えてくれ。移動する時、このままずっと肩に乗ったままじゃ不便だし」

 

「羽根の使い方?うーん、特に意識したことは無いかな。こう、ふわってする感じになったら飛べるんだけど」

 

「ふ、ふわって?」

 

感覚的な言葉に困惑しつつひとまず試してみる。頭の中で念じると、羽根がピクピクと動いた。同時に体がふわりと浮かび、纏っている布がたなびく。あっという間にルリミアと目線の高さが合う高度まで浮き上がった。

 

「え、うぉ、飛んでる・・・・・・!」

 

「そうそう。上手く飛べるじゃない」

 

「いや、こうも簡単に、うわあぁっ!?」

 

しかし、上手く調整が出来ないようだ。あちこちにふらふらと飛んでしまい、やがてベッドの隅に軟着陸してりまう。ぜぇぜぇと息を切らし、ハーウェイは大の字に寝転がった。

 

「なんか、妙な感覚だ。足場が無いってこんなに不安になるんだな」

 

「慣れよ、慣れ。きっとすぐ自由自在に飛べるようになるわ。私としては、足場がある方が新鮮なのだけれど。森の中だと殆ど歩かなかったから」

 

ルリミアはそう言いつつ、自身のふとももをぺたぺたと叩く。ハーウェイの体はそれなりに屈強で、ふとももは固く筋肉質だ。その感触が面白いのか、面白そうな表情で触り続けている。

 

「慣れ、ねぇ。まぁ、そうだよな。ルリミアは自在に飛んでたんだから、俺もそうならないと。後は魔術が使えればなぁ」

 

「うーん、それは難しいんじゃない?馬車の中でも試したけれど、魔力や魔術は中身に依存しているみたいだから。私がハーウェイになっても魔術が使えるのは、そういうことなんだと思うわ」

 

「ぐむむ・・・・・・確かに、俺に魔術の才能は無いらしい。やっぱり戦いはルリミアに任せるしか無さそうだ。ごめん」

 

「謝らないで。別にハーウェイのせいじゃないんだから」

 

「・・・・・・」

 

申し訳無さそうなハーウェイは、押し黙ったまま木目の天井を見つめた。これではただの足手まといだ。なんとかしなくては。ひとまず、ふらつかずに飛べるようになろう。がばりと勢いよく起き上がり、再び飛行に挑戦し始める。部屋の中を飛び回り、少しずつ感覚を掴んでいった。

 

「む、っとと、よいしょ」

 

そんな様子をルリミアはじっと眺めている。元々自分の容姿に頓着が無かった彼女は、今目の前でふらふら飛んでいるのが自分の体だという自覚が薄かった。妖精特有の感覚なのか、中身であるハーウェイのことをより強く認識している。

 

正直な話、ルリミアは元に戻らなくてもいいと思っていた。確かに飛べないのは不都合ではあるが、ニンゲンの体というのも中々面白い。それに、元に戻ったらハーウェイと別れてしまうかもしれない。彼のことを気に入っているルリミアにとっては、元に戻るよりも一緒にいることの方が大事だった。

 

「よし、ちょっとずつだけどコツを掴んできたぞ」

 

「凄いじゃない、こんな短時間で。妖精、向いてるんじゃない?」

 

「変なこと言わないでくれよ。これも全部、元に戻る為だ」

 

だが、そんな心の内をルリミアは明かさない。ハーウェイが元に戻りたいと思っている以上、それに従うつもりだからだ。息を切らしながら飛び回るハーウェイを眺めつつ、彼女はゆったりと笑みを浮かべている。ハーウェイなら本来浮かべない、とても穏やかな表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この辺りか・・・・・・?」

 

街から数時間程歩いた場所。街道沿いの草原で、ハーウェイは空を飛びながら辺りを見渡していた。布切れで出来たワンピースを身に纏い、腰には裁縫針を加工した剣をぶら下げている。しばらくキョロキョロしていると、お目当てのものを見つけたのか目を細めた。

 

「いた」

 

視線の先には数頭の山羊。牧場を脱走したそれらを捕まえ、引き渡すというのが今回の依頼内容だ。ハーウェイはするすると高度を下げ、地上で待機しているルリミアの元まで降りていく。

 

「見つけたぞ。ここから南東の方角に3匹。数も合ってるし間違い無い」

 

「ん、分かったわ」

 

ハーウェイからの言葉に頷き、ルリミアはゆっくりと山羊へ近付いていく。皮鎧に刺突剣を装備した姿は、入れ替わる前のハーウェイと同じだった。ただし表情は違う。どこかワクワクしているような様子で、足音を潜めて距離を詰める。幸い、山羊は逃げ出さずに草を食んでいるようだ。

 

「よーし。いい子、いい子」

 

ほんの数mの距離まで近付くと、ルリミアはそっと山羊に手を伸ばした。山羊の方も何かを感じたのか、手のひらに自ら頭を擦り付ける。そうしている内に縄を取り出し、山羊の首輪に括りつけた。あっという間に3頭の山羊を捕まえ、にっこりと微笑む。

 

「はいおしまい。大人しい子達で助かったわ」

 

「いや、凄いなルリミア。まさか、こんなあっさり手懐けるなんて」

 

「ふふ、動物と妖精は相性がいいの。今の私はハーウェイの体だけど、この子達には伝わったみたい」

 

頭と角を擦り付けられくすぐったそうにしながらも、ルリミアは山羊達の頭を撫でた。ハーウェイは感心したように頷いている。わざわざ牧場から逃げ出すような山羊だ。もっと時間がかかると思っていたのだが・・・・・・。

 

「それじゃ、帰りましょうか」

 

「あ、あぁ」

 

縄を引き歩き出すルリミアを、ハーウェイはふわふわと飛んで追いかける。入れ替わってから初めての依頼だったが、なんの障害も無く終わりそうだ。というよりもルリミアの手際が良過ぎる。以前のハーウェイとは比べ物にならない。

 

「なぁ、ルリミア。今回みたいな経験があったのか?こう、山羊を捕まえるみたいな」

 

無事に山羊を依頼主に引き渡した後、街までの帰り道。ハーウェイはルリミアに訊ねてみた。ずっと森の中で暮らしていたにしては違和感があったからだ。

 

「特に経験は無かったわね。あぁでも、はぐれ狼を手懐けたことはあったかな。さっきも言ったけど、動物と妖精って相性がいいのよ」

 

「んん、そういうもんなのか」

 

「そ。まぁ、今回は上手く行き過ぎたわね」

 

なんでもないことのように言うルリミア。ハーウェイとしては消化不良だが、依頼を達成したのに変わりは無い。なんとなく敗北感を覚えながらもそれ以上訊ねず、話題を変える。

 

「それにしても、やっぱり危険が無い依頼じゃ大した額が稼げないな。これじゃあ元に戻るのはいつになることやら、だ」

 

「そうなの?少しずつでも稼げばいつか貯まるでしょ」

 

「生きるだけでも金が掛かるから。宿代に食事代、その他諸々の出費を考えるとギリギリ赤字にならないくらいだ。でも、入れ替わった状態で危険な依頼を受けるのも怖いし、うーん」

 

冒険者が受ける依頼は多岐に渡る。その内、困難であったり危険であったりすればする程報酬が高いのは道理だ。今回は安全な依頼を選んで受けたが、その分報酬も少なくなっている。

 

「きっと大丈夫よ。ハーウェイの体の動かし方も慣れてきたし、なんとかなるわ」

 

「だと、いいんだけど。どっちにしろ気長にやるしか無さそうだな」

 

そう呟き溜め息を吐くハーウェイ。道のりは遠い。かと言って元に戻るのを諦める気は無かった。非力なルリミアの体が嫌というより、まともに戦うことも出来ないのが苦痛なのだ。不安や恐怖さえも感じている。身に付けたはずの刺突剣の技が使えないという、理不尽な事実が嫌だった。

 

そうこうしている内に、二人は門を潜り街の中に入っていく。ギルドの酒場に戻り報告を終えると、硬貨が入った袋を受け取った。今回の報酬だ。先程ハーウェイが言った通り、生活費がなんとか賄える程度の額である。

 

「ふぅー。とりあえず、初めての依頼は大成功ね」

 

「うん。お疲れ様、ルリミア。また明日、美味しい依頼が無いか確認してみよう」

 

借りている部屋に戻り、ルリミアはぐっと両手を上げて体を伸ばした。対してハーウェイの表情は険しい。やはり、危険な依頼を受けるしかないのだろうかと考え込んでいる。

 

「ほら、そんな顔しないでよハーウェイ。記念すべき第一歩はばっちりだったんだから。次もなんとかなるわ」

 

「・・・・・・まぁ、そうだな。色々考えても仕方ないか。よし、荷物を置いたら下に飯を食べにいこう。依頼を達成した冒険者はほんの少しだけど割引されるんだ」

 

二人は荷物を下ろし、そのまま一階へと降りていく。酒場の喧騒の中席に着き、料理を注文した。今のハーウェイは小さい為、椅子ではなくテーブルに腰を下ろしている。運ばれてくるまでの間、他愛のない言葉を交わした。

 

「そういえば、妖精って普通の食べ物を食べるんだな。この体になるまで知らなかったよ」

 

「そうねぇ。正確には、食べ物に宿っている魔力を糧にしているの。ニンゲンは違うの?」

 

「違うというか、似たような感じかな。食べ物の種類によって栄養ってものがあって、それを体に取り込んでるって言えばいいのか。俺は詳しくないけど、色んな栄養をバランスよく摂ることで健康になるんだとか」

 

「魔力も似たようなものよ。例えば、ニンゲンから感じる魔力と魔物から感じる魔力は別物だもの。魔物の魔力は嫌いだわ。臭いし濁ってる。試したことは無いけど、糧にしたらお腹壊すんじゃないかしら」

 

「へぇ。腐った食べ物みたいなもんか。俺も気を付けないと」

 

人間と妖精の違いについて話している内に、注文した料理が運ばれてくる。固めのパンと、鶏肉と野菜の煮込みだ。安い上に美味いので、ハーウェイはいつもこれを注文していた。しかし、

 

「うぉ、これは」

 

いつもの深皿がやたら大きく見える。まるで浴槽か何かのようだ。パンの方もハーウェイより大きく、とても食べ切れる量ではない。

 

「しまった、いつもと同じ感じで注文したらこうなるよな。どうしよう」

 

「あー、そうね。流石にこの量は私の体には厳しいかも。残ったら私が食べるから大丈夫よ。もう、お腹ペコペコだから。ハーウェイの体は食べ盛りなのね」

 

途方に暮れるハーウェイと、心配そうにしながらも涎が垂れかけているルリミア。入れ替わってから初めての依頼を終えた二人は、それぞれの実感を胸に食事へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

気合いの掛け声と共にルリミアが突きを繰り出す。刺突剣が空気を切り裂き、軽快な音を立てた。構えを戻し、再び同じ突き。剣の軌道にブレは無く、狙いは精確だ。

 

「うん、いい感じ。前の俺と同じか、それ以上だよ」

 

それを見ていたハーウェイは頷きつつ言う。正直複雑な気持ちではあった。ルリミアは人間の体に馴染んだようで、剣技のキレも鋭い。対する自分は、と考えた所で思考を打ち切る。今考えても意味は無い。元に戻るまでの辛抱だ。

 

「不思議ね、体が覚えてる感じ。自然と動くみたいな。頑張ってたのね、ハーウェイ」

 

「そんな大したもんじゃない。まぁでも、これなら問題無く戦えそうだな。一安心だ」

 

感心したように呟くルリミア。中身が変わっても体は動きを覚えているようだ。そんな彼女にハーウェイは謙遜しつつ言葉を返した。これなら受けられる依頼の種類も多くなる。やはり優先すべきは魔物の討伐だろうか。危険な分、報酬も相応に高い。

 

鍛錬を切り上げた二人は、酒場の依頼掲示板へと向かう。手頃な依頼を探していると、丁度良さそうなものを発見した。農村の畑を荒らすオーク一頭の討伐。街から一日半程の農村に、オーク・・・・・・豚頭に屈強な肉体を持つ魔物が出現しているらしい。報酬は安めだが、先日の脱走した山羊を捕える依頼よりは遥かに多い。

 

「よし、これにするか。ルリミアも構わないか?」

 

「えぇ、任せて。しっかり戦うわ」

 

「頼む。俺も出来るだけサポートするからさ」

 

依頼が記された羊皮紙を受付に持っていき、手続きを済ませる。そして、装備や食糧を整えた後街を出発した。道中は何事も無く街道を進み、日が暮れた辺りで野営の準備を整える。主にハーウェイが指示を出し、ルリミアが力仕事を担当する形だ。

 

「ごめんな。焚き木用の薪を集めるのも難しくて」

 

「私の体は非力だものねぇ。大丈夫、代わりに貴方の体を使って集めるから」

 

申し訳無さそうなハーウェイに対し、ルリミアは任せろとばかりに胸を叩く。テキパキと動きあっという間に薪を集めていった。完成した焚き火を囲み、二人は向かい合って座り込む。

 

「場所的には、明日の昼に到着するはずだ。今夜はしっかり休んで英気を養おう」

 

「はぁい。今回は周囲に罠を張らないの?」

 

「街道沿いだし、魔物が出る危険は少ないからな。それに、二人いるなら交互に夜番をした方がいい」

 

「そういうものなの?夜に見張りかぁ、これも初めての経験ね」

 

ルリミアは呟き、何やら楽しげな表情を浮かべた。初体験の出来事ばかりで浮かれているのだろうか。彼女が楽観的なおかげで、ハーウェイも落ち込まずに済んでいる。もしも悲観的に振る舞われていたら、こちらも考え込み過ぎて参っていたかもしれない。

 

二人は簡素な夕食を摂った後、他愛も無い話を挟みつつ就寝の準備に入る。最初の夜番はハーウェイが務めることになっていた。毛布にくるまり目を閉じている自分の体を眺めながら、ルリミアの体でもなんとか持ち上げられる小枝を焚き火にくべる。パチリと弾ける音がして、僅かに火花が散った。

 

「ふぅー・・・・・・」

 

溜め息を一つ。ルリミアは寝付きがいいようで、既に寝息を立て始めている。夜空には星が瞬き、月明かりもあって周囲はそこまで暗くない。どこか遠くから鳥の鳴き声も聞こえてきた。のどかな夜だ。

 

「大丈夫、だよな」

 

むくりと頭をもたげる不安を抑える為、自分に言い聞かせる。オークは決して強い魔物ではない。しかし、ゴブリンよりは難敵である。純粋な膂力と生命力は人間を上回っているのだ。たった1体とはいえ、今の自分達で討伐出来るのか。

 

ルリミアは問題無い。先程の鍛錬の動きを見るに、元のハーウェイと遜色無い程度には戦えるはずだ。問題はこちら。非力なルリミアの体で、魔術も扱えない自分自身だ。

 

そっと腰に差した剣に触れる。出来るだけ頑丈な裁縫針に、間に合わせで鍔と柄を取り付けたものだ。ルリミアの手で触れるそれは冷たく、そして重い。だが、酷く頼りない小ささでもある。護身用の武器にしても、もう少しマシなものがあるだろう。

 

それでも、今の自分が扱うにはこの程度が限界だ。極力戦いは避けなければ。そして、自分の体になったルリミアを戦わせるしかない。どこまでも他人任せな現状に、ハーウェイは忌避感を覚えていた。小さな声で呟く。

 

「やれることをやるしかないか」

 

小さな体と飛行能力を活かし、偵察などは行える。そちらの方面で役に立つべきだ。そう自分を鼓舞しても、不安は消えて無くならない。剣から手を放し、ワンピースの裾をぎゅっと握る。この服は元々人形用のものだ。それ故無駄な装飾が多く、可愛らしい。

 

こんな服、本来は着たくなかった。しかし背に腹は代えられない。妖精達には衣服を纏う文化が無く、当然街に妖精用の衣服は流通していなかった。そんな中、ギルドの受付嬢が厚意で譲渡してくれたのだ。なんでも趣味の品らしい。

 

人形用にしては生地がしっかりしており、耐久性は申し分無い。防具としては役に立たないが、以前のようにぼろ布を纏っているよりはマシだろう。この体に合わせた防具をオーダーメイドするには、それなり以上の金がかかってしまうのだ。

 

「・・・・・・」

 

ハーウェイは口を閉じたまま、開いた両手を焚き火に透かす。そのまま握り締め、また開くのを繰り返した。この体にも少しずつ慣れてきた。今ではふらつかずに飛び回ることも出来る。だが、やはり非力過ぎる。元の体とは比べ物にならない程に。

 

不安は消えて無くならない。元の自分が出来たことが出来ないというのは、酷いストレスだった。せめて、入れ替わった相手が人間だったら。ルリミアでなかったら、ここまで悩まなかったのだろうか。

 

「すぅ、すぅ」

 

ルリミアの、自分の体が立てる寝息が聞こえる。その寝顔は穏やかなものだ。自分達の境遇に思い悩んでいない、無邪気な寝顔。ハーウェイは苦笑を浮かべ、小枝を焚き火に放り込んだ。ルリミアの表情を見ているとなんとかなる気がしてくる。

 

燃える焚き火をじっと見つめながら、周囲の暗闇に耳を澄ます。今の所誰かが近付いてくる気配は無さそうだ。夜番の務めを果たしつつ、ハーウェイは心の不安を抑え込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。目的地の農村に到着した二人は、まず農民達への聞き込みを開始した。彼らの話によると、討伐対象のオークは村近くの沼を根城にしているらしい。毎晩畑を荒らしては農作物を食い散らかしている、とのこと。事前の情報通り1体しかいないようだ。

 

「このまま沼に行ってみる?それとも、夜に畑を荒らしに来るまで待った方がいいのかしら?」

 

「・・・・・・一旦沼に向かってみよう。ひょっとしたら寝込みを襲えるかもしれない」

 

ルリミアの質問に、ハーウェイは少し考えた後答える。魔物は夜行性であることが多く、昼下がりの今なら休息を取っている可能性が高い。襲撃するのは絶好のタイミングと言えた。

 

早速二人は村を離れ、オークの根城にされている沼へと向かう。農民達に教えてもらった通り、しばらく歩くとすぐに辿り着いた。ハーウェイが先行し、オークがいないか偵察する。果たして、そこには呑気に大の字で眠り込んでいる討伐対象がいた。

 

太い四肢に分厚い肉体、家畜の豚によく似た顔。眠っている横には木から削りだした大型の棍棒が転がっている。間違い無い、オークだ。

 

「グゴォー、グゴォー」

 

辺りに響く寝息を立てている様は隙だらけに見えた。ハーウェイは音を立てないようルリミアの元まで戻り、小声で耳打ちをする。

 

「いたぞ。ぐっすり眠り込んでいるみたいだ。頼めるか、ルリミア」

 

「任せて。喉か胸を突けばいいのよね?」

 

「あぁ。魔物とはいえ生き物だ。急所に致命傷を与えれば必ず殺せる。だけど、気を付けてくれ。オークはゴブリン以上の生命力を持っている。死ぬまでに暴れ回るかもしれない。危ないと感じたら離れてくれ」

 

「分かった。それじゃあ、行ってくるわ」

 

ルリミアは頷いて刺突剣を引き抜き、足音を立てないよう慎重に近付いていく。オークはまだ何も気付いていないようで、うるさい寝息を立て続けていた。刺突剣の間合いに入った瞬間、鋭い突きを見舞う。

 

「グガァッ!?」

 

刃が深々と胸に突き刺さり、オークが跳ねるように飛び起きた。同時にルリミアが後退し距離を取る。突きは心臓から逸れてしまったようで、オークは胸から血を噴き出しながらも立ち上がった。その瞳には困惑と激痛、そして怒りが見て取れる。

 

「ガガァ、グゴォガァ!」

 

「ルリミア、下がれ!」

 

仕留め切れなかった。ハーウェイが叫ぶも、ルリミアがこれ以上距離を取る前にオークが突進してきた。手には巨大な棍棒。直撃を受ければひとたまりも無いだろう。が、

 

「させないわよ!」

 

閃光が煌めき、ルリミアの手から光弾が放たれた。まっすぐ突っ込んできた巨躯にぶつかり、衝撃と共に爆発する。動きが鈍った所にルリミアが逆に距離を詰める。突きが再びオークを襲い、刃が喉元に深々と刺さった。

 

「ガボッ・・・・・・!」

 

棍棒を振り回されるが、既にルリミアは距離を取っていた為当たらない。そのままオークは何度かもがくような仕草をした後、ばったりと倒れ込んだ。ゼヒュー、ゼヒューと鳴る鼻息が徐々に弱くなり、やがて止まる。

 

「ふぅー。なんとかなったかな」

 

「ルリミア、無事か!?」

 

オークが死んだことを確認し、ハーウェイがルリミアへと飛んでくる。彼女の手際は素晴らしかった。恐らく、自分が元の体でも苦戦していただろう。だというのに、ここまであっさりと仕留めてしまうとは。怪我も一切無いらしく、ルリミアはにっこりと微笑む。

 

「えぇ、ばっちり。ハーウェイの体は凄いわねぇ。まさか本当にオークを倒せちゃうなんて」

 

「いや、凄いのはルリミアだよ。俺は魔術を扱えない。俺だったらもっと苦戦していたはずだ」

 

「謙遜しないで。体が勝手に動いた感じなんだから。ただ、ちょっと怖いわね。こんなあっさり相手を殺せるのは」

 

刺突剣の血を布で拭い去り、動かなくなったオークを見つめるルリミア。彼女自身、他者の命を奪う経験は少なかった。あまりいい気分ではない。

 

「そう、か。そうだよな。ごめん、気が利かなくて」

 

「なんで貴方が謝るの?これも元に戻るお金を稼ぐ為なんだし、自然の摂理よ。ほら、村に戻りましょう」

 

死体から目を逸らし、ルリミアは歩き始める。その表情に暗さは感じない。ハーウェイは彼女の後を追いながら、何も言葉を返せなかった。生きる為に魔物を殺す。それは人間として生きてきた中で当然のことだったからだ。

 

二人は村に戻る道を進む。しばらくの間、特に会話も交わさず無言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、ハーウェイとルリミアは積極的に危険な依頼をこなしていった。魔物や野生動物の討伐、キャラバンの護衛等々・・・・・・お布施代を貯める為、最低限の休みを取りつつ奔走している。

 

そんな依頼漬けの日々で、ルリミアはどんどん強くなっていた。ハーウェイの体に馴染んだ剣技にルリミア自身の魔術。それを組み合わせることで、中々の実力を有するようになったのである。

 

「ふぅ、はぁっ・・・・・・!」

 

対するハーウェイはと言うと。彼自身も必死に鍛えているものの、妖精の体では如何ともしがたい。そもそも持てる武器が裁縫針程度なのだ。このままではルリミアとの差が開くばかりだと、ハーウェイは焦っていた。

 

「っ、うおぉっ!」

 

裁縫針の剣で放たれた突きは、しかし木の幹に弾かれてしまう。依頼を終えて街に帰る道中の夕暮れ。野営の時間に、彼はひたすら剣を振るっていた。しかし、成果は芳しくない。それでもハーウェイは木に向けて突きを繰り返す。不安や鬱憤を晴らすかのように。

 

「ちょっと、無茶し過ぎよ。それくらいにしておきましょう」

 

そんな彼を見かねたのか、焚き火の準備をしていたルリミアが声をかけた。荒い息を吐きながらハーウェイが振り向く。

 

「ご、ごめん。野営の手伝いもせずに」

 

「そうじゃなくて。私は貴方が心配なの。最近根を詰め過ぎじゃないかしら」

 

真っすぐな視線に真っすぐな言葉。彼女は本当に心配してくれているのだろう。だからこそ、苦悩を打ち明ける気にはなれなかった。まさか、ルリミアの強さに嫉妬しているなどと言えるわけも無い。依頼をこなす度、自尊心が傷付けられているなどと。

 

「大丈夫だよ。根を詰めるくらいじゃなきゃ鍛錬にならないから」

 

「それにしたって無理し過ぎ。ほら、こっちに来て」

 

ルリミアの膝に座らされるハーウェイ。柔らかな布で顔を拭ってくる彼女の顔は、慈しみに満ちていた。守るべき対象と見られているのだろうか。もしそうだとしたら・・・・・・。ハーウェイの脳裏に良くない考えが過る。ルリミアはそれに気付いていないようだ。

 

「ねぇ、ハーウェイ。無理して戦おうとしなくてもいいのよ?いつかは元に戻るんだし、私の体が戦えないのを気にする必要は無いわ」

 

「っ、それは、そうだけど・・・・・・。嫌なんだよ、どうにもさ。ルリミアだけに任せっぱなしっていうのは」

 

「そんなことは無い。ハーウェイはいつも頑張っているじゃない。さっきの鍛錬もそうだし、偵察したり助言してくれたり。自分に出来ることをやっているのに」

 

「それじゃ駄目なんだよ」

 

やや強い語気でルリミアの言葉を遮る。胸の内に秘めていた感情が、どろりと溢れ出してしまいそうになっていた。

 

「それじゃ駄目なんだ。俺は、ルリミアにばかり危険を押し付けたくない。それなのに、君は剣技に加えて魔術も使える。どうして君ばかり。頑張っても、結果が伴わなきゃ意味無いんだよ。畜生・・・・・・!」

 

零れ落ちる負の感情。気付いた時にはもう遅い。はっとしてルリミアの顔を見上げると、彼女は虚を突かれたような表情を浮かべている。

 

「ごめん。言い過ぎた。ルリミアは悪くないんだ。君だって入れ替わりの被害者なのに、俺はなんてことを」

 

「ううん、しょうがないわ。こちらこそごめんなさい」

 

「いや、謝らないでくれ。君に謝られると、どうしていいか分からなくなる」

 

謝り合った後、気まずい沈黙が流れた。これ以上何を言えばいいのか分からない。そんな空気は変わらないまま、日が落ちて夜がやってくる。簡素な食事を済ませ、休息の時間となった。

 

「それじゃ、私が先に夜番をするわ。しっかり休んでね、ハーウェイ」

 

「あ、あぁ。おやすみ」

 

どこかぎこちない会話の後、ハーウェイは布切れにくるまり目を閉じた。思考は後悔に染まっている。どうしてあんなことを言ってしまったのか。最悪だ。こんな気分では到底眠れない。そう思っていたのだが、無茶な鍛錬で疲労が溜まっていたのか、彼の意識はすぐ夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・・・」

 

風が吹き、ハーウェイの顔を撫でる。うっすらと目を開けると、未だ燃えている焚き火が見えた。しかし周囲は暗い。まだ夜なのだろう。

 

「・・・・・・あれ」

 

ぼんやりと焚き火を眺めていたハーウェイだが、おかしなことに気が付いた。夜番をしているはずのルリミアがいない。体を起こし周囲を見回すが、焚き火が照らす範囲には誰もいなかった。徐々に意識が覚醒し、ハーウェイは急いで立ち上がる。

 

「ルリミア?」

 

暗闇に問いかけるが返事は無い。と、そこでとあるものを見つける。革靴の足跡が、野営地から離れていく方向に残されていた。間違い無く自分の体の、ルリミアの足跡だ。夜番を放り出してまでどこに行ったのだろうか。

 

嫌な予感がする。今までこんなことは無かった。ハーウェイは僅かな時間逡巡した後、足跡を追い始めた。杞憂であればいい。だが、もしルリミアの身に何かがあったのなら・・・・・・。可憐な顔に険しい表情を浮かべ、飛ぶ速度を増していく。

 

「ルリミア!」

 

街道から外れ、木々が生い茂っている場所。森の入り口にルリミアはいた。ふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。声をかけるハーウェイだが、彼女は振り返らない。聞こえていないのだろうか。

 

「おい、ルリミア。一体どうしたんだ、こんな場所まで。っ」

 

追い付いたハーウェイが正面に回ると、ルリミアの顔を見てたじろぐ。表情は虚ろで、目の焦点が定まっていなかった。そして、頬は赤く染まり熱い吐息が口から漏れている。明らかに異常だ。

 

「はぁ、はぁ」

 

「大丈夫か?クソ、正気に戻ってくれ」

 

歩き続けるルリミアを押し留めようとするハーウェイだが、圧倒的体格差の前ではどうしようもない。ペシペシと頬を叩いても彼女の表情は変わらなかった。そのまま森に入り込み、尚も奥へ進んでいく。

 

仕方無い。ハーウェイは裁縫針の剣を引き抜き、慎重にルリミアの頬をつついた。鋭い先端に引っかかれ、彼女がびくりと体を震わせる。歩みが止まり、目の焦点が合い始めた。

 

「あれ、私・・・・・・」

 

正気を取り戻したのか、目の前のハーウェイに視線を送るルリミア。何があったのか分かっていないようで、虚ろだった表情は困惑に染まっている。ハーウェイは安堵の溜め息を吐きつつ、状況を説明し始めた。

 

「ふぅ、目を覚ましたみたいだな。ルリミア、さっきまでのことを覚えているか?」

 

「えっと、ごめんなさい。よく覚えていないわ。確か夜番をしてたはずなのに・・・・・・」

 

「君は自分の足でここまで歩いてきたんだ。さっきまで声をかけても反応が無かった。多分、何者かに魔術をかけられたんだと思う。体の方は大丈夫か?」

 

「魔術を?その、ちょっと待って、思い出すから。えぇと、確か・・・・・・。そうだ、歌声が聞こえたのよ。夜番をしている時に。それで私は、うーん」

 

ルリミアは首を捻りながら記憶を遡る。暗闇の遠くから聞こえた歌声は、とても麗しいものだった。まるでこちらを誘っているかのような。気付けば立ち上がり、歌声の聞こえる方へと歩き始めていたらしい。

 

「歌声・・・・・・人を惑わす感じなら、ハーピーか何かかな。とにかく野営の場所まで戻ろう。ここだと襲われる危険がある」

 

「わ、分かったわ。ハーピー・・・・・・私の住んでいた森にはいなかった魔物ね。ごめんなさい、迷惑をかけて」

 

「気にしないでくれ。いつも戦ってくれているんだから、こういう時くらい役に立たせてくれよ。さ、行こう」

 

しょんぼりとしながら頭を下げるルリミアに、ハーウェイは苦笑を浮かべながら言葉を返す。そのまま二人は来た道を引き返そうとして、

 

「あら残念。もう少しだったのに」

 

「「っ!?」」

 

後ろからの声に振り返った。そこに立っていたのは一人の女性。豊満で煽情的な肢体をさらけ出し、淫靡な笑みを浮かべている。頭には二本の捻じれた角、背中には蝙蝠のような翼、そして尻尾も生えているようだ。

 

「な、何者だ!」

 

「通りすがりのサキュバスよ。美味しそうな獲物がいたから味見しようと思ったんだけど、随分可愛らしい騎士様に守られているみたいね。ふふ、面白い」

 

サキュバスと名乗った女性は翼を広げ、口元に手を当てて笑う。サキュバス。高位の魔物の一種であり、主に人間の精力を糧とする存在だ。異性を魅了する能力を持っており、その力でルリミアを誘惑したのだろう。

 

「サキュバス・・・・・・一体俺達になんの用だ」

 

「言ったでしょう?味見しようと思っていたって。精力と魔力が両方とも豊富な獲物は珍しいの。でも、そうね。そういうことだったの。妖精と人間が、珍しいこともあるものだわ」

 

何かに納得したのか、サキュバスはうんうんと頷き笑みを深くする。何を考えているのか得体が知れない。ハーウェイは剣を抜いたまま、じっと睨みつける。相手は高位の魔物だ、もし戦いになれば苦戦は必至。勝算はどれ程あるだろうか。が、

 

「でも、いいわ。今回は見逃してあげる。面白いものも見れたしね」

 

当のサキュバスは戦う気が無いようで、翼をはためかせふわりと浮き上がった。ぱちりとウインクした後飛び去っていく。ハーウェイは暫く警戒を緩めずにいたが、戻ってくる気配が無いのを確認し剣を腰に差した。

 

「行った、のか・・・・・・。なんでサキュバスがこんな所に、ってルリミア?どうしたんだ?」

 

「はぁ、はぁ。なんか、胸が苦しいの。お腹の下辺りも。なんなのよ、これ」

 

ルリミアが胸を押さえて膝をつく。その顔は真っ赤だ。サキュバスに何かされたのかもしれない。彼女の額にハーウェイが手を当てると、汗のべた付きと共に熱が伝わってくる。ルリミアはびくりと体を震わせ、潤んだ瞳をハーウェイに向けた。

 

「だ、駄目。今敏感だから。はぁ、ふぅ・・・・・・」

 

「ご、ごめん。熱が出ているのか?いやでもこんな急に、あっ」

 

慌てて手を引っ込めたハーウェイは気付く。ルリミアの下腹部辺りが膨らみ、丈夫なズボンが盛り上がっていることに。これはつまり、そういうことなのだろう。サキュバスの気に当てられ、興奮してしまっているようだ。

 

「うううぅぅ・・・・・・変、変よ。くらくらする。一体なんなの」

 

「ルリミア、大丈夫、大丈夫だから。立てるか?野営地に戻ろう」

 

「わか、ったわ」

 

息も絶え絶えなルリミアはなんとか立ち上がり、来た道を引き返す。ふらつく足取りは見ていて危なっかしい。肩を貸すことすら出来ない状況に、ハーウェイは歯噛みした。そのまま野営地まで戻ってきたルリミアは、焚き火の近くに倒れ込んでしまう。

 

「もう、無理。苦しいし、そわそわする。うぅん、なんでこんな」

 

「・・・・・・ルリミア。よく聞いてくれ。その感覚は、多分俺の体が悪いんだ」

 

苦しそうな彼女を心配そうに見つめながら、ハーウェイはかいつまんで説明した。人間には妖精と違い、子孫を残す為の性欲というものがあるということ。サキュバスはその性欲に付け込み、精力を吸い取る存在ということ。そして、

 

「だから、楽になる方法を教える。ズボン、下ろすぞ」

 

人間にはそれを発散する方法があるということ。ハーウェイはぐったりとしているルリミアのベルトを外し、腰を上げてもらってズボンと下着を下ろす。出てきたのは大きく勃起した男性器。以前トイレで放尿を手助けした時とはまるで違う。

 

「えっと。な、何をするの?」

 

「オナニーって言ってな。自分で性欲を発散するやり方があるんだ。刺激が強いかもしれないけど、我慢してくれ」

 

そう言って男性器に近付くハーウェイ。ルリミアの体で見るそれは、まるで巨木のようだ。ビクビクと震え、亀頭の先端からは透明な汁が垂れている。汗臭さとは別の強烈な匂いもしていた。

 

意を決し、慎重に男性器へと触れる。瞬間、ルリミアがびくりと体を震わせた。くぐもった声が漏れる。

 

「うぅっ」

 

「痛くは無いはずだ、大丈夫だから」

 

まるで自分に言い聞かせるようにしながら、ハーウェイは男性器を刺激していく。亀頭に竿、裏スジの辺りに手を這わせた。その度にルリミアはびくびくと震え、顔を快感に歪める。血が巡っている脈動が感じられて、ハーウェイも顔をしかめた。

 

しかし、まずは射精させなければならない。その為には刺激を強くしなくては。仕方ない。ハーウェイは汚れないよう服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった。これからすることは異常である。分かってはいるが、ルリミアを楽にする為だ。

 

「ルリミア、暴れないでくれよ。んっ」

 

「ひぁっ!?は、ハーウェイ?」

 

全身で男性器に抱き着く。弾力のある感触と熱、匂いがハーウェイに伝わってきた。そのまま体を動かして、男性器全体を愛撫していく。体が小さい為、刺激を強めるにはこれしか無かったのだ。

 

自分の男性器に抱き着くのには酷い嫌悪感を覚えている。だが、他に方法が思いつかないので仕方が無かった。飛び回る時と同じ要領で全身を上下させ、その度にルリミアが呻き声を上げる。ちゃんと感じているようだ。

 

「なっ何これ、くすぐった、うぅぅんっ」

 

「何か出そうになったらそのまま出していいからな。そうすれば、治まるはずだから」

 

体をくねらせるルリミアに、出来るだけ優しく話しかけるハーウェイ。妖精は自然から生まれるものであり、繁殖という概念が存在しない。当然性的な快感も。初めての感覚に振り回されている彼女に、すぐ限界が訪れた。

 

「えっあっ込み上がって、出るっ!」

 

男性器の先端から白濁した液体が噴き出す。精液だ。入れ替わってから一度も抜いていなかった為か、酷く濃く粘っこい。ハーウェイは離れようとするが間に合わず、彼の裸体にべったりと降り注いだ。

 

「うげっ、くさっ・・・・・・!」

 

ハーウェイの、元はルリミアの体が精液で汚されていく。同時に独特な匂いが嗅覚を襲い、思わず鼻をつまんだ。臭い。そしてどろどろしている。辛うじて顔面に降りかかるのは避けたものの、気分は最悪だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

 

ルリミアは荒い息を吐きながら、初めての射精に呆然としている。余程気持ちよかったのか、口の端からは涎が垂れていた。たっぷりと出したはずなのに男性器は萎えていない。ぴくぴくと震えながら、尿道に残った精液がたらりと滲み出ている。

 

「クソ、洗い落とさないと。っと、それよりもルリミア、大丈夫か?」

 

「な、なんなのよ、今の。この白い液体が出た時、凄く気持ちよかった。ニンゲンってこんなことが出来るの?」

 

「あー、えー・・・・・・まぁ、そうだな。この白いのは精液って言って、赤子の素になるんだ。俺も詳しくは知らないけどさ」

 

ハーウェイは精液を拭いつつ知っていることを答えた。精液を女性の胎内に放つと赤子を孕むらしいこと。赤子は大きくなるまで女性の胎の中で育つこと。ルリミアはそれを聞きながら、自分の股間に視線をやる。まだ男性器は固さを保っており、精液が辺りに飛び散っていた。

 

「ねぇ、ハーウェイ。セイエキのことは分かったけど、一度出したら治まるんじゃないの?えっと、まだ出したい気分なのよ」

 

「俺の時はそうだったんだけど、駄目か。きっとサキュバスのせいだな。・・・・・・仕方無い。ルリミア、我慢出来るか?徹底的に吐き出させないといけないみたいだ」

 

「私は構わないけれど、ハーウェイはいいの?嫌なんでしょう、こういうことをするのが」

 

顔をしかめるハーウェイに、ルリミアは心配そうに問いかける。さっきまでは状況に振り回されていたが、一度出したことで多少気分は落ち着いた。それによって、彼が嫌々ながらやってくれていたことに気付く。無理強いはさせたくない。

 

「大丈夫。元は俺の体が悪いんだし。いや、サキュバスのせいではあるんだが。とにかく、ルリミアは全部出すことだけを考えてくれ」

 

対するハーウェイは嫌悪感と同時に使命感を覚えていた。自分の体のことだから、自分がなんとかしないといけない。ルリミアに迷惑をかけてはならない。彼もサキュバスの気に当てられたのか、奇妙な情熱さえも感じている。そして、本人はそれに気付いていなかった。

 

「よし、もう一度やるぞ。出そうになったら言ってくれると嬉しい」

 

「で、でも、ひぅっ!」

 

再び男性器に抱き着くハーウェイ。精液が潤滑剤になり、先程よりもスムーズに全体を刺激していく。ルリミアは何か言おうとするが、滑りの良くなった感覚にか細い嬌声が漏れてしまう。

 

「あぁっ、んっ、だめぇっ・・・・・・!」

 

「大丈夫、大丈夫だからな」

 

塗りたくるように動くと、ぬちゅぬちゅと淫猥な音が周囲に響いた。どろどろと泡立つ精液は気持ち悪いが、それよりもルリミアを気持ちよくするのが先決だ。ハーウェイは熱心に男性器を擦り上げ、その速度を徐々に増していく。男性器がびくりびくりと震え、亀頭が更に固くなっていった。

 

「はーうぇ、ハーウェイ駄目、まらすぐに出ちゃうからぁっ」

 

「出していいんだ。ほら、ほら」

 

二度目の噴射。粘りも濃さも一度目と変わらない精液が噴き出し、周囲とハーウェイを汚していく。しかし、それでも彼は動きを止めなかった。一気に全てを搾り取ろうとしているようだ。

 

「あっいやっ、なんで止まらっんんん!」

 

精液塗れになったまま、ハーウェイは全身で愛撫を継続する。何故か分からないが息が上がり、体温が上がり始めているような気がした。動き続けているからだろうか。男性器は刺激されるままに精液を吐き出し続けている。

 

そして。やっと射精が治まった時、ルリミアは意識を朦朧とさせていた。目からは涙が零れ、顔がぐしゃぐしゃになっている。ハーウェイは全身どろどろで、ようやく萎み始めた男性器から体を離した。

 

「良かった、治まったな。ルリミア、無事か?」

 

「・・・・・・駄目って、言ったのに。ふうぅ・・・・・・」

 

「ごめん。こういうのは一気にやらないといけないと思って。でも、治まったようで何よりだよ」

 

ジト目で睨まれハーウェイは苦笑を浮かべる。しかし、それにしても酷い有様だ。妖精の体は殆どが精液に塗れ、強烈な匂いを発している。そのせいなのか頭がくらくらした。手で精液を振り落としつつ、ルリミアに頼む。

 

「ちょっと、水袋を取ってくれ。体を洗わないと」

 

「あ・・・・・・うん」

 

心ここにあらずといった様子のルリミアが、気だるげな動きで水袋を差し出した。蓋を開けて水を浴びる。固まり切っていない精液が洗い流されていき、ハーウェイはさっぱりとした表情を浮かべた。布で全身を拭いた後、脱ぎ捨てた服を着直す。

 

「ふぅ、すっきりした。ルリミアも、精液が固まる前に拭き取った方がいいぞ。固まっちゃうと面倒だから」

 

「セイエキって、固まるのね。分かったわ」

 

ようやく意識がはっきりしてきたのか、言われた通り精液を拭き取り始めるルリミア。布に染み込むゼリー状の白濁をぼんやりと見つめている。これを自分が出したなんて信じられない。そう考えつつ、先程の快感を思い返した。

 

射精。それはルリミアにとって初めての経験だった。男性器の根本から何かが込み上がり、気持ち良さと共に放出される。子孫を残す為の方法らしいが、まさかこれ程の快感と疲労を伴うとは。

 

「ニンゲンの体って、気持ちいいのね」

 

体に付いた精液を拭き取りながら、ポツリと呟く。妖精の体では味わえない未知の快楽。精神に刻まれてしまったそれは、余りにも鮮烈だった。また気持ちよくなりたい。そんな考えが浮かんでくる。

 

「ねぇ、ハーウェイ。もしまた、その、これが大きくなった時はどうすればいいの?」

 

「う、うーん。そうはならないのを祈ってるけど・・・・・・また、俺が抜くから大丈夫だよ。今の俺でも出来ることだしな」

 

萎んだ男性器を見つつ、ハーウェイは再び苦笑を浮かべた。戦えない分、出来る限りのことはしたいという思いがある。それが例え、元の体の性欲処理だとしても。異常ではあるが、仕方ないのだ。そもそも入れ替わっている現状が異常なのだから。

 

「今夜は俺が朝まで夜番するから、ルリミアはゆっくり休んでくれ。サキュバスのせいで疲れたろ?」

 

「いいの?貴方だって疲れてるんじゃ」

 

「平気平気。あれだけ射精したんだ、疲労が溜まるのは当然だし。それはよく知ってるよ」

 

ハーウェイに促され、ルリミアはズボンを履いた後毛布にくるまる。横になると睡魔が襲ってきた。何かを考える間も無く、眠りの世界へと落ちていく。

 

「お休み、ルリミア」

 

優しい声を聞きながら、彼女はすぐ眠りについた。股間の疼きを自覚しないままに。

 

 

 

 

 

 

 

射精を経験した日から、ルリミアは少しおかしくなってしまった。妖精には存在しない快楽を知ってしまい、ことある毎に勃起するようになってしまったのだ。そして、その度にハーウェイに処理してもらっている。申し訳ないと思いつつも、どうしても自分では上手くいかない。

 

「ううぅ、ごめんねハーウェイ。毎日毎日、こんなことさせちゃって」

 

「まぁ、自分の体だから。気にしないでくれ」

 

ハーウェイはそう言っているが、実の所頼られるのは嬉しかった。危険な戦いで役に立たない分を、埋め合わせ出来ている気がしていたから。確かに自分の男性器を触るのは気持ち悪い。しかし、毎日繰り返すことで嫌悪感も大分薄れていた。

 

「っ、出るぅっ・・・・・・!」

 

思い切り射精するルリミア。ハーウェイは裏スジとカリ首を丁寧に刺激しつつ、精液のかからない横側に移動している。もう慣れたもので、最初の時のように全身精液塗れになることは殆ど無い。

 

「はぁ、はぁ」

 

「お疲れ、ルリミア」

 

小川の畔。今夜の野営地は夕焼けで赤く染まっていた。既に焚き火等の準備は出来ている。ルリミアが下着とズボンを上げ直している間、ハーウェイは小川で体を洗う。精液がかかっていなくても、漏れ出す分泌液でぬるぬるになってしまうからだ。

 

「ふぅー・・・・・・」

 

体を冷ますように小川の水を浴びるハーウェイ。嫌悪感は薄れた代わり、全身が火照るような感覚を覚えていた。羞恥心からなのか、それとも別の感情か。自分では判別出来ていない。

 

幸い、お布施用の資金集めは順調だ。あと数回程依頼をこなせば目標金額に届く。そうすれば元に戻れる、はずだ。ハーウェイは水浴びをやめ、布で体の水気を拭き取る。元の体に戻れたら、もうこんなことをしなくてもよくなる。

 

そういえば。元に戻った後、ルリミアはどうするつもりなのだろう。成り行きで協力しているが、本来彼女は森に住まう妖精だ。わざわざ冒険者の仕事をする必要も無い。妖精の体を取り戻したら、森に帰るのだろうか。

 

「・・・・・・」

 

ハーウェイの胸に一抹の寂しさがよぎる。あっさりと別れてそれで終わりとするには、相応の長い時間を共に過ごしてきてしまった。ルリミアに対して、信頼や愛着も深まっている。叶うならば一緒にいたいと願う程度には、ハーウェイはルリミアのことが気に入っていた。

 

ルリミアの方はどう思っているのか。ハーウェイのことが気に入ったと言ってはいたが、妖精は大多数が気紛れな存在だ。元に戻った後、ふらりとどこかに行ってしまう可能性もある。それが彼女の選択なら、受け入れるしかないのだが・・・・・・。

 

「お帰り、ハーウェイ。焚き火付けといたわよ」

 

小川を離れ野営地に戻ると、焚き火が燃え上がり始めている所だった。ルリミアが火打石を用いて付けたらしい。依頼をこなす内に、随分と手慣れてきているようだ。

 

「ありがとう。もう慣れたもんだな。一人旅も出来るんじゃないか?」

 

「一人旅は嫌よ、寂しいもの。それに、まだまだニンゲンの常識も分からないし。ハーウェイがいなかったらと思うと本当大変なんだから」

 

そう言いつつ、ルリミアは水の入った鍋を焚き火にかける。炒り豆や干し肉を投入し、夕食を作り始めた。一度射精したからか、その表情は酷くすっきりとしている。ハーウェイはその様子を眺めながら、椅子代わりのひらべったい小石に腰を下ろした。

 

「そうかな。俺はただ口出ししてるだけだし、いなくても大丈夫な気がするけど」

 

「そんなこと無いわよ。貴方は自己評価が低過ぎるわ。非力な私の体になっちゃってるのは申し訳無いけどさ」

 

「うーん・・・・・・それこそ自己評価が低いんじゃないか?自由に飛び回れるってだけでも凄いよ、この体は」

 

「じゃあ、ハーウェイが謙遜する必要も無いわね。持ちつ持たれつ、それでいいんじゃないかしら」

 

ルリミアは鍋をかき回しながら、してやったりといったような笑みを浮かべる。ハーウェイもこれ以上反論せず、いつもの苦笑を浮かべた。鍋からは美味しそうな香りの湯気が上がり、辺りに広がっていく。嗅ぎ慣れた香りだ。

 

「いい匂いだな。ほっとする」

 

「炒り豆と塩漬けの干し肉だけで、こんなに美味しいスープが作れるなんて。森にいた頃は想像も出来なかったわ。というより、ニンゲンが食べるものってどれも美味し過ぎるのよ。食に対して貪欲よねぇ、貴方達って」

 

「ははは、そうかもしれない。でも、折角食べるなら美味しい方がいいだろ?こういうスープなら作るのも大して手間じゃないし。やっぱり美味しいものを食べた方が体力も気力も増すからさ」

 

「そういうものなのかしら。ハーウェイの体のせいか、すぐ涎が出てきちゃうのよ。もう、はしたない」

 

二人はとりとめの無い会話を交わしつつ、煮える鍋をぼぅっと眺める。焚き火がパチリと音を立て、微かに火花が散った。日が沈み辺りが暗くなる中、妖精と人間の会話は途切れることが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・見つけた」

 

起伏の激しい岩山の中、ハーウェイは声を潜めて呟く。視線の先にいるのは討伐対象である魔物だ。トロール。低い知能の代わりに怪力を誇り、その巨躯は元のハーウェイの体の2倍近い。ゴブリンやオークとは一線を画す強敵である。

 

今回の依頼はトロールの討伐。危険な分報酬も多く、この依頼を達成すればお布施の金額が集まり切る予定だ。だからこそ慎重にいかねばならない。ハーウェイは座り込み欠伸をしているトロールに見つからないよう、岩陰に身を隠しながらその場を離れた。そのまま待機しているルリミアの元まで戻る。

 

「お帰り、どうだった?」

 

「ギルドからの情報通り、トロールは一体だけだ。だけどいる場所が少し悪い。奇襲をかけるには開けていて、近付くだけで見つかるかもしれない」

 

「そう。なら、眠るまで待つのはどうかしら。トロールだって起きっ放しって訳じゃないでしょうし」

 

ルリミアの提案に頷き、ハーウェイは作戦を考え始めた。トロールは強い。まともに戦えば死ぬかもしれなかった。何か策が必要だ。

 

「山の上から岩を落とすか?いや、当たらない可能性の方が高いよな。寝込みを襲って、その上で確実に仕留めるには・・・・・・」

 

ぶつぶつと呟くハーウェイ。その様子を眺めながら、ルリミアは腰に差した刺突剣の柄を撫でた。この体にも完全に慣れて、ゴブリン程度の魔物なら相手にならない程強くなった自覚がある。しかしトロールが相手ではどうなるか分からない。

 

しかし、なんにしろやるべきことは決まっていた。相手の急所に突きを放ち、命を奪う。入れ替わってから何回も繰り返してきたことだ。ハーウェイの体に染みついた剣技を、彼女は上手く扱えていた。

 

「よし。まずは簡単なものでいいから罠を張ろう。奇襲を仕掛けて仕留め切れなかった場合は、罠の場所まで誘い込む。今出来る最善はこれくらいだと思うんだけど」

 

「いいと思うわ。それで、どんな罠を張るの?」

 

「落とし穴・・・・・・は掘るのに時間がかかるし、岩山だからバレやすそうだ。ここはやっぱり足くくりの罠かな。あの巨体だから吊るすのは無理でも、一瞬動きを止めることは出来ると思う」

 

「はぁい。それじゃあまずは材料探しね。ロープはあるから、頑丈な木の枝を探さないと」

 

そうと決めた二人は罠作りの為に動き出す。足くくり・・・・・・俗に言うスネアトラップは単純な構造の罠だ。名前の通り相手の足にロープをくくらせ、引っ張り上げて吊るすといった類のもの。材料さえあれば、ハーウェイの知識で簡単に作れるものだった。

 

岩山とはいえぽつぽつと樹木は生えている。比較的楽に材料を集め終わり、ハーウェイはスネアトラップを仕掛ける場所を吟味し始めた。トロールに警戒されず、かつかかる可能性が高い場所はどこか。岩山を飛び回り、最適な地点を把握する。

 

無論、その間もトロールの動向は確認していた。どうやら近くの洞穴をねぐらとしているようで、そこに戻り鹿の死骸を貪っている。もう少し時間が経てば眠りに落ちるかもしれない。そうなれば奇襲を仕掛けるチャンスが生まれるはずだ。

 

「よし、出来た」

 

最適と思われる場所にスネアトラップを仕掛け、ハーウェイは満足気に頷く。洞穴から近すぎず遠すぎず、絶妙な場所だ。ここならば上手く誘い込み、罠に嵌めることが出来るだろう。

 

そして、トロールも丁度眠り始めたようだ。洞穴の奥から大きないびきが聞こえてくる。仕掛けるには絶好のタイミングである。

 

「ルリミア、いけるか?」

 

「任せて。奇襲で仕留め切れなかったら、ここの罠に誘い込む。それでいいんでしょ」

 

「あぁ。頼んだ」

 

ハーウェイの言葉にルリミアは微笑みを返し、足音を立てないよう慎重に近付いていった。洞穴の入り口を潜ると、干し草をベッド代わりにして横たわるトロールの姿が見える。周囲を警戒している様子は無く、深く眠り込んでいるようだ。

 

そろり、そろり。ゆっくりと近付きながら刺突剣を構える。狙うは胸元。あるいは首だ。眠っているトロールの体勢を見るに、首は狙い辛いか。ルリミアは胸元に狙いを定め、音を立てずに息を吸う。後数歩で間合いに入る。と、

 

「ンガッ」

 

「っ!」

 

突如としてトロールの目が見開かれた。視線がかち合った瞬間、ルリミアが踏み込み突きを繰り出す。分厚い胸元を掠め鮮血が飛び散った。が、致命傷には程遠い。トロールは目を白黒させながらも、巨躯に見合わない俊敏な動きで飛び起きた。

 

「グガァ!?」

 

仕留め切れない。そう判断したルリミアは罠に誘い込む為後退しようとする。しかしトロールの動きは素早い。退がるルリミアとの距離を一気に詰めると、岩石のような拳を振り下ろした。身を捻って躱すも、地面に当たった拳の衝撃が周囲を揺らす。

 

「速い・・・・・・!」

 

続けざまに拳を繰り出すトロール。直撃こそしないものの凄まじい圧力だ。ルリミアは何とか避け続け、洞穴から無傷で脱出する。しかし、追い縋るトロールが近くの石を何個か拾い上げ、思い切り投げつけてきた。避け切れない。

 

「ぐっ!?」

 

側頭部に石が直撃し、ルリミアの足がもつれた。視界が歪みぐわんぐわんと揺れる。片膝を付いてしまった所にトロールが襲い掛かった。拳の一撃が彼女を捉え、思い切り吹き飛ばされてしまう。

 

「ルリミア!」

 

思わず声を上げてしまったハーウェイだが、返事は無い。完全に意識を失っているようだ。トロールが倒れ込んだルリミアに近付いてくる。止めを刺そうとしているのだろう。

 

「ガガ、ゴガァガグ!」

 

トロールが声を発した。何を言っているかは分からずとも、怒り狂っているのは確かだ。このままではルリミアが殺されてしまう。そう思った瞬間、ハーウェイは飛び出していた。非力で、戦いには向かない妖精の体で。

 

「させるかっ!」

 

裁縫針の剣を、トロールの背中に思い切り突き立てる。渾身の攻撃はしかし、かすり傷程度しか与えられない。だが、意識をこちらに向けることには成功したようだ。振り返ったトロールの視線ががハーウェイに向けられる。

 

「ガガ、グゴゥ!」

 

「こっちだデカブツ!」

 

懸命に声を張り上げ、ハーウェイはふわりと飛び上がった。今は相手の意識をルリミアから逸らすのが先決だ。自分がやるしかない。例え、一撃でも喰らえば間違い無く死ぬような攻撃に晒されてでも。

 

トロールが繰り出す拳は暴風のようで、ギリギリ避けるだけで体を持っていかれそうになる。それでもハーウェイは避け続けた。妖精の、ルリミアの機敏さを存分に使い攪乱する。トロールに纏わりつくように飛び回り、時には剣で肌を突き刺して。彼は必死に戦っていた。

 

トロールの動きがだんだんと雑になってくる。疲れが溜まったのか、荒い息を吐いていた。ここだ。ハーウェイはトロールの顔面に向かって突撃した。岩のような拳を掻い潜り、剣を相手の右目に突き立てる。

 

「ギャアアアァァァッ!!!」

 

悍ましい悲鳴が上がり、振り払った腕に当たったハーウェイは吹き飛んでしまった。地面に叩きつけられ、意識が歪む。だが、ここで気を失うわけにはいかない。すぐさま飛び上がり、もう片方の目を潰そうと再度突っ込んだ。が、

 

「ぐっ!?」

 

動きを読まれていたのか、あるいは鈍っていたのか。ハーウェイはトロールの手に捕まってしまう。ギリギリと締め付けられ、息が出来ない。全身の骨が軋み、悲鳴を上げている。

 

「ガガッ、ギィグググ!」

 

トロールは右目を潰されながらも、戦意は一切衰えていないようだ。握り潰される。ハーウェイは己の末路を直感した。ここで終わりなのか。元には戻れず、ルリミアの体を死なせてしまうのか。なんとか藻掻こうにも、全身を圧迫する力は抵抗を許さない。

 

「か、はっ」

 

呼吸も出来ず、激痛と共に意識が遠のいていく。その時だった。閃光が迸り、痺れるような感覚が襲ってきたのは。同時にトロールの力が緩み、ハーウェイは地面に落下する。何が起こっているのか、把握できない。

 

「ハー・・・・・・ウェイ・・・・・・!」

 

霞んだ瞳に映るのは、立ち上がったルリミアの姿。意識を取り戻したようだ。トロールは魔術を不意打ちで喰らい、がくりと膝をつく。瞬間、ルリミアが跳躍した。渾身の力を込め、刺突剣をトロールの首筋へと突き立てる。

 

「グギィィィィッ!!!」

 

頸椎を断ち切られ、トロールは体を痙攣させながら倒れ込んだ。意識を失う寸前、ハーウェイが見たのは駆け寄ってくるルリミアの姿。良かった、生きていて。そんな安堵と共に、彼は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・・・」

 

聞き慣れた焚き火が燃える音。それと温もりを感じながら、ハーウェイは目を開けた。どうやら自分は焚き火の近くに寝かされているらしい。と、誰かが顔を覗き込んでくる。泣きそうな表情を浮かべているのは、ルリミアだ。

 

「ハーウェイ!良かった、目を覚ましたのね!」

 

「あれ、俺は・・・・・・」

 

今にも抱き着いてきそうな彼女を見やりながら記憶を掘り起こす。確か、トロールと戦って・・・・・・。意識を失う前のことを思い出し、ゆっくりと上半身を起こした。

 

「なんとか、生きてるみたいだな。ルリミアは大丈夫か?」

 

「えぇ、なんとか。体のあちこちが痛いけど無事よ。それよりもハーウェイの方が心配だわ。丸一日寝ていたのよ?」

 

「そりゃ、寝坊し過ぎたかな。ふぅ」

 

首や肩を回して確認するが、骨は折れていないようだ。対するルリミアは頭に包帯を巻いている。自分で治療したのだろう。トロールに散々やられたにしては、ここまで怪我が少ないのは奇跡に近かった。

 

「それで、トロールは?俺の記憶が正しければ、最後に仕留めてたと思うんだけど」

 

「そうね。首を突き刺したら流石に倒せたわ。依頼は達成ね。でも、まさか私の体でトロールの片目を潰すなんて。酷い無茶よ、もう」

 

「まぁ、あの時は君を助けるのに夢中だったから。もう一度やれって言われても無理だよ。互いに無事で本当に良かった」

 

そう言って微笑むハーウェイ。彼の心の中は達成感で満ちている。あのトロールを相手に、倒せぬまでも一矢報いることが出来たのだ。何よりも、ルリミアを守り切れた。自分は決して足手まといではないと、自分自身で認められる戦果である。

 

「しかし、これでお布施用の金は集まりそうか。後は無事元に戻れるかだけど・・・・・・」

 

「そればっかりは運次第ねえ。教会で見たあの術式、安全性を高める為に成功率を落としているみたいだから。でも、きっと大丈夫よ。もし戻れなくてもまた稼げばいいんだし」

 

「気軽に言ってくれるなぁ。ま、その通りでもある。今回みたいな依頼ばかりじゃ骨が折れるけどな」

 

二人はのんびりと会話を交わしつつ、街に帰還した後のことに思いを馳せた。今回の依頼を達成した分の報酬で、お布施の金額は貯まり切るだろう。元の体に戻れる儀式を受ける為、ここまで無理をしてきたのだ。

 

「ねぇ、ハーウェイ。元に戻れたら、の話なんだけど」

 

ポツリ、と。まるで独り言のように、ルリミアが呟く。視線は焚き火に向かっており、火に照らされる横顔には何らかの決意が見て取れた。

 

「なんだ?」

 

「えぇとね、その・・・・・・ハーウェイさえ良ければ、元の体に戻れた後も一緒にいない?ほら、依頼だって一人より二人の方が楽でしょうし。私もニンゲンの社会に慣れてきたし。駄目、かしら?」

 

真剣な視線がハーウェイの方に向く。真っすぐに見つめられ、彼は視線を逸らさず見つめ返した。視線を合わせる二人を他所に、焚き火がパチリと音を立てる。

 

「・・・・・・俺からも頼もうと思ってた。元に戻ったらすぐ別れるなんて、正直考えられなくてさ。ルリミアさえよければ、元に戻っても一緒にいよう」

 

「ほんと?よかったぁ・・・・・・!」

 

その返答に、ルリミアは大げさに見える程喜び、実に嬉しそうにはにかんだ。それを見てドキリと心臓が跳ねるハーウェイ。元は自分の体だというのに、その表情は酷く可愛らしく見える。軽く首を振って言葉を続けた。

 

「まぁとにかく、全部は街に帰ってからだ。俺が意識を失ってたせいで夜も遅いみたいだし、今夜はゆっくり休もう」

 

「えぇ、そうしましょう。私が先に夜番をするわね。ハーウェイはもう少し休んでいて」

 

「お言葉に甘えようかな。じゃあ、頼んだ。お休み」

 

「うん、お休みなさい」

 

ハーウェイは横になり、毛布代わりの布を被る。まだ疲れやダメージが残っているようで、すぐに眠気がやってきた。すぐ近くからは焚き火の音と、ルリミアの気配が感じられる。安心感に包まれながら、彼はすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

無事街に戻った二人は、ギルドの酒場で報告をして報酬を貰い、そのまま教会へ直行した。手続きを済ませ、一週間後に儀式を行う予定を取り付ける。後は待つだけという状況で二人がしたことは・・・・・・。

 

「っ、ハーウェイ、ハーウェイ・・・・・・!」

 

「もう少し声は抑えてくれ。部屋の外に聞こえたら面倒だから」

 

ルリミアの体の性処理だった。ことある毎に勃起するのは相変わらずのようで、それを発散させるのはハーウェイしかいない。借りている狭い部屋の中、服を脱ぎ、全身を使って男性器を愛撫する。ルリミアは涙目になりながら、声を抑えようと両手で口を塞いだ。

 

「んんっ、ふぅっ」

 

そんな情けない顔に愛しさを覚えつつ、ハーウェイは裏スジに手を這わせる。ビクビクと震える男性器に対し、嫌悪感はもう無い。不思議なことに、もっと気持ちよくなってほしかった。慣れ切ったからか、入れ替わった状態に馴染み過ぎたからか、理由は本人にも分からない。

 

「はは」

 

微かに笑みを漏らし、亀頭の先端に顔を近付ける。鈴口はパクパクと動き、とろりと透明な汁を垂らしていた。小さな手でそこを撫でると、ルリミアの腰がビクンと跳ねる。

 

「んんぅっ!」

 

「いつでも出していいからな」

 

ハーウェイは手慣れた動きで男性器を刺激し続けた。感じる箇所は自分でよく分かっている。ルリミアの中で快感が膨れ上がり、あっという間に限界に達した。

 

「んんんんんっっ!!!」

 

噴き出す白い粘液。部屋に飛び散らないよう、射精を布で受け止めるハーウェイ。いつにも増して凄い量だ。布はべったりと汚れ、独特な匂いが部屋の中に広がった。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・」

 

「お疲れ、ルリミア」

 

徐々に固さを失っていく男性器から手を離し、ハーウェイは息を切らしているルリミアを労う。彼女は顔を真っ赤にして、ぽろりと涙を零しながら呟いた。

 

「気持ちよかった・・・・・・。これも、元に戻ったら味わえなくなるのよね」

 

「そうだな。うん、だから今の内に愉しんでくれ。言ってくれれば俺が抜くからさ」

 

そう言いつつ、別の清潔な布を取り出したハーウェイは全身を拭き始める。精液はかかっていないものの、汗や体液が付着しているからだ。テキパキと拭き取り、服を着直していく。

 

「もし元に戻れたら、今度は私が貴方にしてあげましょうか?どこを触れば気持ちよくなるか分かってきたし」

 

「ん、んー・・・・・・俺は自分で出来るから、遠慮しとくよ。後処理も面倒だし」

 

「そう言わないで。私が、貴方にしてあげたいの。今まで散々気持ちよくしてもらったんだから」

 

「・・・・・・考えとく。ほら、股間も治まったし飯を食べに行こう。お布施代を払ってもそれなりの金は残ったから、多少贅沢してもいいだろう」

 

「あ、話を逸らした。ハーウェイ、私は本気なんだからね」

 

ふわりと飛び立ち部屋を出ていこうとするハーウェイに、ズボンを履いた後それを追うルリミア。二人が元に戻れるかはまだ分からない。だが、元に戻っても戻れなくても、彼らは一緒にいるのだろう。二人が去った部屋からは、微かに精液の匂いが漂っていた。


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