Abbey Lover 転生ショタ淫魔のオーバーロード 作:ショタが成長するのはいやおじさん
8話 神々の言語
この世界では、世界そのものに仕掛けられた大いなる魔法により、知性ある存在が意思をもって発話した言葉は互いに疎通することになっている。
そのせいで発覚が遅くなったのだが。
「あれ。師匠、もしかして『日本語』喋ってます?」
「うむ。日常から『神々の世界の言語』を使うことにしておるのだ」
いつの間にか、帝国の主席宮廷魔術師が流暢な日本語を話すようになっていた。こなれた感じから見て、昨日今日の話ではないだろう。
何の為かと問うのも無粋。フールーダ・パラダインがすることは全て魔法の研鑽の為である。
「やはり何事も原典原書に当たらないことには始まらんからな」
彼が言う原典とはユグドラシル攻略wikiに纏められた魔法関連の記事のことである。
かつてウクルは師の求めに応じて、写真術こと見た物をそのまま絵に起こす念写の魔法で、wikiの中身を丸ごと全部複写したことがあった。
その中には、『オーバーロード』劇中にて、指南を求めるフールーダに窮余の策としてアインズが与えた『死者の書』やそれに類する魔道書、経典、碑文などの中身が、
ゲームでは、世界観に深みを与えるフレーバーに過ぎなかった架空の魔法理論や神学が、こちらの世界では確固たる力を持っている。
ウクルとしても、自身のチート能力がいつ何時消失して、wikiにアクセスできなくなるか懸念する気持ちもあったので、渡りに船の提案であった。
事業の成果物は保存の魔法を掛けられて大魔術師の書庫に収められた。魔法の触媒となる高価な薬品および平らな硝子板は全てフールーダの出資による。
読解の魔法で翻訳しながら読んでいる物と思っていたのだが、フールーダの執念はウクルの想像を超えて、日本語原文をそのまま読みこなすほどになっていた。
「魔法による翻訳は読解にしろ聴解にしろ、一時的に機能を術者に植え付けるが、効果が切れた途端に、わやとなってしまうからの。頭への定着が弱いし、幾度使ったところでその言語を覚える役には立たん」
魔法の深淵、神髄に至らんとするフールーダからすれば、これを身に着けるのはあまりにも当然のことであった。
「おお。そうだ。『神々の世界の言語』と言えばな。教科書を執筆しているのだ。お前の意見も聞いておきたい」
そう言って見せられた原稿に、それまで感心するばかりだったウクルは大いに困惑させられた。
「……師匠。採られている例文がだいぶ独特な文体に偏っているように思うんですけど、これは一体」
「頻出するフレーズから順に採用したのだが何か問題があったか」
「そうですね。だいぶ癖が強いと言いますか……ボクたちがこうやって話している言葉と語彙が違いすぎません?」
実の所、wikiの文章はウクルから見て100年後の日本語で書かれており、随所にネット特有の悪ノリや誇張が散見され、当時のスラングやジャーゴンと思しき物が多用されているので、その晦渋さは当のウクルすら完璧には読解できていない部分がある。
言うならば、古くはブロント語からS県月宮、時代が下って忍殺語やタフ語録、あと……淫夢の手合いが混入した文章である。それその物が生き残っているわけではなく、その手の位置を占めるミームと言う意味だ。
「それは口語と文語の違いではないのか?」
「ああ。なるほど。そう言う解釈」
話し言葉と書き言葉。江戸時代の候文は文章で使う形式であって、口頭で話される言葉には使われないとかそう言う話だ。
言文の乖離は帝国語にも普通に見られる。
それどころか読み書きの特権性を維持し高める意図があるのか、貴族、知識人の間には、口語から懸け離れていればいるほどより優雅だとする風潮まである。
馬鹿馬鹿しいが、階級社会とはこんな細々とした内外貴賤の峻別によって回っているのだから仕方がない。
そしてフールーダは魔法が絡まない限りは常識的な教養人であった。
「22世紀の語録まじりの汚い文が、神々の格調高い文になってしまう」
ウクルは思わず頭を抱えた。
師匠は文面に真摯に向き合った結果、大真面目に吸収してしまったようだった。
なまじ複数の言語に通じる素養があり、手紙を介しての討論に馴染み深かったばかりに、掲示板で使われている文体をある種の書簡体と見る誤解が生じていた。
21世紀の日本語環境で喩えれば、煮詰まった匿名掲示板やSNSの特定クラスタが内輪ノリで書き散らかした怪文章を、日本語を学び始めたばかりの外国人が教材にしてしまうような悲劇である。
もしくは「草生える」を「沸き起こる笑いの衝動を地に生え出づる若草に仮託した物」かと、存在しない優雅な由来を読み取ってしまって感動するような喜劇だ。
「これとか常套句に見えるけど、ボクたちが知らない故事に基づく物っぽいですし、これなんかも母語話者だからこそ感覚的に使いこなせる略語に見えます。こういうのは初学者用の教材に使うのは不適当じゃないかと思います」
「言われてみると。そうかもしれんな」
フールーダも弟子の指摘に得心する部分があったようで、ウクルはやんわりと例文の方向性の軌道修正に成功した。
ただし、根本的な解決にはなっていない。
「それにしても教科書ですか。あれば便利だとは思いますけど、師匠を囲んでの講読会じゃ駄目なんですか」
フールーダしか教えられる人間がいない状況で、無理に教科書を用意する必要があるのかは疑わしい。なにより、異国の魔術師が書いた論文や魔道書を紐解く場合は輪読形式で進めているのだから、日本語の講義だって前例を踏襲したって構わないはずだ。
「うむ。それはだな。さて、何から話そうか」
顎髭をしごきながら、フールーダは少し思案する様子を見せた。
「私は近く主席宮廷魔術師に上がることになる。既に内々に御下知を拝している」
現在の主席はフールーダの出仕以前からその座にあった為、敢えて交代させられることはなく、その地位に留まったが、フールーダよりも年若く、到っている位階も下であったので、上席が部下に師事するという逆転現象が長らく続いて来た。
それがついに是正されることとなったらしい。
「おめでとうございます。師匠的には研究に使える時間が減るから、あんまり嬉しくもない話かもですが」
「こやつめ」
弟子の身も蓋もない放言に師匠は苦笑した。
国家規模の予算と人材が使えるのは替え難い利点であったが、前任者がやっていたような天下国家に関する諮問を受けるのかと思うと、フールーダをして気鬱であった。
余人がどう考えていようと、彼の自認は一魔法詠唱者なのである。
本音を言えば、金だけもらって研究に没頭させて欲しいのだが、そんな都合のいい話はないのだから仕様がない。
「それで弟子の育成に割ける時間が減るから、教科書を用意しようと考えたんですか」
「それが一つ。だが理由としては次の二つ目の方が大きいな」
「それより上ですか。教科書が必要でもっと大きな。あっ! もしかして師匠が前々から言っていた例の話ですか」
「うむ。皇帝陛下は我が献言をお容れになった。魔法学院を建てるお許しが出たのだ」
この時代、信仰系の魔法詠唱者が神の奇跡の担い手として崇敬を集める一方で、魔力系の魔法詠唱者は胡散臭い呪い師か大道芸人の類と見られていた。
「奇術師と変わらぬ者たちが、我こそは大魔法使いなりと嘯いて、世に横行しておる。嘆かわしいことよ」
有志が私塾を開き、弟子を育て、魔法の啓蒙を行ってきた。その甲斐あって、帝都においては魔法への理解が進んできている。だが、そこからが広まらない。状況は良くて一進一退、ともすれば後退の局面に入りつつあった。
民衆の信仰と組織力を背景に詠唱者を教育する体制が整った神殿と比較して、魔術師の教育が個人間や家単位での小規模にとどまっているというのが大きい。
そこで構想されたのが魔法学院の設立である。
「帝都に点在する魔術師の私塾と神殿の学寮とを結集し、総合的に魔法を研究教育する巨大教育機関の登場が今求められておるのだ」
フールーダの持論である。一世紀以上を掛けて、散逸し錯綜していた魔術を統合した彼ほど、これを求め焦がれていた人間はあるまい。
「信仰系魔法の治癒の奇跡との混同で神殿で教授されている『
「もっとも。理念こそ大きく掲げてみたが、実を申さば神殿勢力の合流は端から無理と判断しておった。私と同じ魔法神を奉じる者たちすら、好意的に見ても消極的賛成という有様であったからな。他の大神殿の者たちなど推して知るべしと言う物」
神殿への帰属意識よりも学院への帰属意識を持たれては叶わない。
権勢の源泉である奇跡を世に示す信仰系魔法詠唱者を、教育の段階で魔法学院なる外部勢力に持って行かれるのを危惧していた。
事実、正史においては叶わなかった。
神殿は独立を保ち、魔法学院の設立自体ももっとずっと後のことになる。
「だがな。くはは。司祭どもの顔は見物だったぞ。連中め、『神々の世界の言語』の存在を知るなり、向こうから頭を垂れてきおった」
相当面白かったのか、思い出しながらフールーダが笑う。
「司祭さんたちが日本語に興味を持ったんですか」
「いかんな。認識が甘すぎるぞ」
ボケっとした顔で、そんなこともあるのだなあと呑気に構える弟子の淫魔を、フールーダは叱りつけた。
「生まれた時からそこに有るモノとして生きて来たお前には実感が湧かんやもしれんが、神々のアーカイブに接続するタレントなんてのは、坊主どもからすれば殺してでも奪いたい劇物だぞ。付け加えるならば魔術師でも事情はさして変わらん」
「うへえ」
その言葉に辟易とした顔をする。
帝国の神殿勢力は別に怖くはないが、師の言葉の通りなら、プレイヤーを信奉する法国にもし知られたら、絶対洗脳のワールド・アイテム傾城傾国を持ち出して来ても不思議はないことに思い至ったのだ。
「安心するが良い。出所は明かしておらん。突然に現れた共同研究者たる一番弟子が怪しいくらいは睨んでおるだろうが、幸か不幸かお前は常に姿を偽っておるからな。孤児院で暮らす幼児がその正体だなどと勘付く者はおさおさおるまい」
だから、尻尾を出さんように一層に気をつけよと師匠は弟子に助言した。それに「はーい」と返事をした後で、弟子は思ったことを師匠に尋ねる。
「でも。どうやって本物の日ほ……神々の言語だって納得させたんです?」
「魔法神の教団が信仰のよすがとして伝える聖遺物があるのだがな。神の言葉が録音されておるのだ。正確には映像を写し取った天来の神器から、再生された声だけを録音した物を、更に重ねて録音した物と伝え聞くが、神の玉声には違いない」
世界による翻訳が機能するのは意思が伴った言葉のみ。畢竟。魔法の道具に音として録された物は純粋に音として聞こえる。
「大層美しい声であったよ」
その声の主が本当に魔法神なのかどうかはフールーダにも定かではないが、魔法神の教団が信仰する神の言葉だと信じているのは確かである。
「語られている内容については、代々、高位の聖職者が相伝しておるのだが、私は帝都神殿の神殿長と顔馴染みでな。聞かせてくれと直談判して、その場で逐次翻訳してやったら、飛び上がって驚きおった」
「すごい力業だった」
「こんなものは無闇と策を弄しても仕方がないのだ。もっとも。しばらく経って、頭が冷えたのか、翻訳の魔法でも使っているのではと疑い出しおったがな。実際、可能ではあるので、根拠のない誹謗とも言い難いのが困り物だわい」
「そこから、どうやって言いくるめたんですが」
「読解と違って、聴解の魔法は失伝して久しいのを忘れておるぞと指摘してやった。くく。まあ、方便という奴よ」
世界の常識として、知的生命体同士が行う会話は常に意思疎通が可能なので、耳で聴き舌で話す口頭での会話を翻訳する魔法の出る幕は存在しない。必然的に誰も好き好んで無意味な覚えようとしないので、自然消滅する形で失伝してしまった。
そんな有様なので、神殿長は「確かに」と素直に納得した。
「内容については……仮にも教団が連綿と継いで来た秘密の知恵だ。すまんな」
軽率に触れ回るのは宜しくあるまいと断りを入れる。
強引に暴いておいて、この言い草なんだもんなあとウクルはちょっと呆れながら、はいはいと受け入れた。
「そうやって神の言語の存在を武器に、神殿勢力を学院建設計画に引き込むのに成功したと」
「しかり。一つが靡けば後は簡単であった。遅れてはならじと全ての主要な教団が協力を申し出てきおった」
神々の言葉を知りたいという信仰心と利権から取りこぼされる恐怖。両輪によって駆動される神殿勢力の陳情が、ついには皇帝を動かした。
かくして魔法学院建設の詔が発せられた。
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ちなみに、魔法神とその託宣だが、後年、祭礼の日に件の音声が公開されると聞いたウクルが、魔法神の神殿へと足を運んだことで、意外な正体が明らかになった。
それは、ユグドラシルのゲーム中で魔力系魔法職の開放クエストに登場した女性魔術師の公式NPCと、彼女が魔法詠唱者の心得を語るシーンを録画した物だった。過去に転移して来たプレイヤーがたまたま撮影した動画データを所持していたのだろう。
さらに想像を逞しくすると。
「意外と彼女が推しのキャラクターだったのかもね。それでこっちの世界でも推しの祭壇を作って推し活してたら、アンタほどの人が拝むならって周囲が本気にしちゃったとか。なんてね」