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先日の課題の評価は散々でした。普段ならミスをしないはずの箇所をいくつも間違えてしまっていて、講師の方はお冠。あの場にいるのがたまらなく苦しいったらありません。このままでは、本官は進級ができても昇格は厳しいと思うと……。
と、そんな思いで帰路についていたとき、スマホが鳴りました。いつもなら時季外れのセミがやかましく鳴っている道が、この日はとても静かでした。それだけに、一層、スマホの着信音は辺りに響きます。
「私よ。この後、用事もなくて空いてる日はある?」
この声……。あ、思い出しました。あの日、本官の背後を突いたキキョウさんです。あのときの振る舞いから、あまり他人に話しかけようとする人柄には見えませんが、どうしたのでしょうか。例のサークルの定例会はまだまだ先なので、本官を呼びかけるなんて余程のことに違いありません。とりあえず、スケジュールを確認しましょう。
「こんばんは、キキョウさん。突然で申し訳ありません。今から予定を確認するので少々お待ちください」
手帳を開くと、課題の提出期限や中学校の友人との遊びの予約、実家への帰省のメモがびっしりと書かれています。今週の空いている日は……、残念なことにないみたいです。来週はというと、土日にカンナ局長と銃器の定期メンテナンスへ行く日もあります。
「……あの、キキョウさん。どのようなご用事でしょうか……?」
「そうね……、アンタ、あのとき、シンノスケ君を抱いたでしょ?」
「……はい」
否定はできませんでした。先日、本官は「初めて」をとある少年に捧げました。思い返そうとすると、彼のアザだらけの肌、素肌から伝わる生温かさ、かさぶただらけの背中……、彼を抱いたあのときの気持ちよさと彼の心に傷をつけてしまったのではないかと不安な気持ちが渦巻きます。そういえば、彼はどうしたのでしょうか。あの傷だらけの身体では初夏の夜を過ごすにも一苦労なはずです。
「アンタがあそこに来る前にね、彼から色々とお話を聴いたの。その内容から、どのグループに傷つけられたのかを推測したのよ」
「推測、ですか?どうして本官に……?」
「アンタは市民を守る警官になりたいんでしょ?これはいい機会にもなるわ。表向きでは「治安を悪化させる不良少年らを逮捕した」という筋書きで済ませる。で、アンタはシンノスケの仇を討てるし、私はその少年にちょっとばかり用事があるの。他言しないように気をつけなさい」
確か、キキョウさんはかの名高い百花繚乱の参謀だと噂で伺った気がします。本官では思いつかないような策謀をツラツラと思いつくとは、やはりその異名は伊達ではないようです。
「エ、えと……、その、勤務外の時間に事件を起こすとなるとま、マズいのでは、ないでしょうか……?」
「ハァ……、何を言っているんだか。私が先手を打つ。それで奴らも反応する。アンタは彼らのリーダー「以外」を引き付けてなさい。それで騒ぎが起きればアンタのお仲間も助けに来る。そうすれば、アンタは「犯罪者を取り締まった警官見習い」になれるでしょ。で、私はリーダー格の少年を別の場所に連れて、お話をするわ。全く……、一つ一つ説明しないと察せないの?反吐が出る……」
「……な、なるほど。どうして本官にそれを仰るのですか?」
「復讐、というのもあるし、どうだろうね……。この前は都合もあって加われなかったからね。それじゃ、私はその策で進めるから、アンタは私の筋書きに従いなさい。ではまた」
本官は感謝の意を伝えようとしましたが、キキョウさんはすぐに通話を切ってしまいました。それにしても、「察しが悪い」という彼女の冷たい言葉がとても辛いです……。確かに、普段から本官は勘が鈍い、要領が悪いとか色々と言われています。そうだと分かっていても、辛いものは辛いです……。グスン……。
「やっほー、キリノ。今回のメンテナンス、局長と被ってるんだ?」
仮眠から起きて寝ぼけまなこの本官にフブキが話しかけてきました。日頃の講義と実務の板挟み、向上の欠片も見られない狙撃の腕、色々と悩ましいことばかりです。それにも関わらず、フブキは怠けているように見えて仕事も任務も要領よく完遂していて羨ましい限りです。
「えぇ、フブキの言う通りです。先週は治安を悪化させる青少年の集団を制圧しようとして失態を見せてしまいました……。恥ずかしいです」
「ハハハ……、同期の皆が言ってたよ、キリノのこと。確か、敵の煙幕弾を閃光弾と勘違いして乱れ撃ちしてたらリボルバーをダメにしちゃったらしいね?」
「ふぐぅ……。嘘ではないですけど、言い方が言い方です、フブキ……」
「まぁさ、この前、局長たちが保護したあの傷だらけの男の子がすぐに私たちに恭順してくれたのもキリノのおかげらしいよね。しっかし、キリノがあんな男の子と知り合うなんて何があったんだろうねぇ……」
フブキが言ったように、本官が抱いたシンノスケ君はあの後、公安局のパトロールの際に発見され、保護してもらえたそうです。今、彼とは連絡を取ることはできませんが、彼が無事であることを知れて安心します。
「ともかく、支給される拳銃は一度全壊するとかなりの額になるらしいよ。キリノはそれをしそうだから気をつけてね~~」
フブキは雑誌を片手に休憩室のある廊下へと向かいました。あの雑誌は普段から読まないもののようです。察するに、今日はドーナッツではなくて他の趣味について調べる算段ですかね……。局長にバレないことを祈る他にありません。
そんなとき、手提げの中のスマホから音が鳴りました。何かの連絡でしょうか。ケースを開いて画面を起動させると、何かの通知でした。いつも趣味やヨガ、情勢などの情報源となっている動画サイトからです。どれどれ……、「【#ついに見つけました】ビナーの正体、専門家と徹底考察!」ですか。最近では度々この手の怪しい動画をよく見かけます。「ビナー」、それは本官も詳しくは知りませんが、ネットユーザーの間ではとても有名な存在なんだそうです。何でも、アビドス自治区に現れる正体不明の怪物、はたまた、カイザーコーポレーションが自分たちの活動をさらに広めるためのでっち上げの敵、それは好きなように言われています。交通パトロールをしている際にも、この話をする子どもたちも増えた気がしていて、その影響力が大きいようです。
本官としては先日から公安局を騒がせる「アビドスの緊急事案」の行く末が気になりますが、この「ビナー」とかいう怪物はそんなに気にしてはいませんでした。どうせネットの与太話だろうなと、……このときは信じていました。
さて、今日の本官はようやく修理が完了した拳銃を引き取りに来ました。カンナ局長も利用なさっている本官たちの銃は学校指定のものなので、アフターサービスやメンテナンスがとても充実しています。ただ、フブキのようにサービスでの修理に頼りっきりでは本来の性能を活かせません。自分でできるメンテナンスは常日頃からするべきだ、と本官は考えてしまいます。まぁ、何度も壊しかけてしまう本官が言えた口ではありませんが。
その修理された自分の拳銃を見ると、先日のシンノスケ君を思い出してしまいます。彼は銃器に関する十分な知識がない環境で使っていたこともあってか、使用していた拳銃はリボルバーがひどく歪んでいました。確かに、狙撃した後のリボルバーは熱を籠っていてついついスナップでしまいたくなりますが、それでは精密な構造に傷をつけてしまいます。そのため、本官たち1年生は訓練や演習、任務では周囲の状況を確認してから「空いている片手で慎重に」リボルバーを本体に戻すように指示を受けるのです。狙撃は上手くいかない本官の受け売りでしかない知識でも、彼本人に役立てたでしょうか……。
「キリノ、……おい、キリノ!」
「ハ、ハイッ!」
突然、局長から声を掛けられました。
「い、いかがされましたか?」
「そうだな……、この前、駆り出されたアビドス自治区の件のことが私はどうも心配でな……」
アビドス自治区の件……?先日、カンナ局長が駆り出されたという例の事件のことでしょうか。噂で聞く限りは、確か、アビドス自治区のとある生徒がシャーレの先生の親族と関係を結んでしまった、そんな内容だった気がします。先日ではミレニアム自治区の存在を揺るがす程の大事件を解決なさった、あのシャーレの先生の親族と関係を結ぶなんて……。どれ程の命知らずな人なのか、好奇心の方が勝ります。
「どうかなさいましたか?」
「あぁ、その事件はお前も噂で知っているかもしれないが、加害者本人は被害者である先生の息子と肉体関係を持っているらしい。シャーレの先生がどのような人物なのか、私は詳しくは存じ上げていない。ただ、先生の息子本人は加害者であるアビドス自治区の当該生徒のことを強く慕っていた……。治安を取り締まる公安局の者として、彼に事件のことについてどう説明すればいいのか分からなくてな」
「本人が慕っていた、ですか……。確かに、被害者である先生の息子君はおいくつでしょうか。それによってはお話が変わってきます」
「年は10歳、キヴォトスに来る前は学校でいじめに遭っていたそうだ」
不覚にも、先生の息子君とシンノスケ君の姿が重なりました。彼もまた誰かから疎まれ、味方がどこにもいない状況にいたわけです。彼女は彼女なりに手を差し伸べようとして、加害者となってしまいました。本官も同じことをした身として、彼を助けてあげたいとの彼女の気持ちに共感しそうになります。あ、いえいえ、警官になる者としての心構えも忘れてはいけません!せめぎ合いで心が苦しくなりそうです。
「……だが、彼女がしたことはどうあれ犯罪だ。合意のある和姦だとしても、厳正な調査の上で裁かれることになる。いいか、キリノ。犯罪者に同情しそうになっても彼らに寄り添おうとしすぎるな。……迂闊にそうしてると、お前も奴ら側になってしまうぞ」
「は、はい……。以後、用心します」
そう、ですよね……。やはり、あの日、本官がシンノスケ君にしたことは犯罪なのです。彼を助けようとしたとしても、犯罪は犯罪なのです。心の中でしっかりと線引きをしないといけません。
そう思った矢先、局長の懐から着信音が鳴り響きました。
「少し待て。……あぁ……、分かった!すぐ行く」
反応の様子を見るに、余程のことに違いありません。
「かねてから注視していた不良集団がこの近くで暴れている。それも、攫われたリーダーの返還を求めているとのことだ!あぁ、何が何だか……。キリノ、管轄が違うがすまない。共に現場へ向かうぞ!」
「了解しました!」
……どうやら、先日話した通り、キキョウさんが動いたみたいです。
本官は局長と共に、暴動の現場へと急いで向かいました。
私の目の前には、縄で縛られた少年がいる。
しかし、プロフェッサーはやはり情報通だ。先日、彼に危害を加えたとされる集団がどのような相手なのかを銃痕、証言、遭遇した場所からあれよあれよと推測して見事に当てたのである。まぁ、表向きは役者として有名な彼女はその手の闇深い噂をよく聞くのだろうな。
前回の定例会、そのときの私は生理が収まったばかりだったこともあって、私は周辺の警護をしていた。まさか、見つかるはずがないと思ったら、何の偶然か、何も知らなそうな少女がその場に入り込んできていた。……彼女は中務キリノ。ヴァルキューレ警察学校の生徒だそうで、自分の正義が世界に通じることを何も疑わない、そんな忌々しい、尊大な振る舞いを見せていた。
……反吐が出る。あぁ、そうやって、自分が中心となって世界を見ようとすることに迷いのない人間は嫌いだ。そんな私のことを察したのか、プロフェッサーは私に密命を与えてくれた。そう、この少年を好きなように弄んでね、と。
私はプロフェッサーの指示通り、彼らが縄張りの警護をしている間にリーダー格の少年を攫い、それっぽい声明文を出した。からくりのおもちゃか何かのように、お仲間は怒りに震えて私のことを探そうと暴れ始めた。まぁ、ヴァルキューレがこのことを黙って見ているはずがないだろう。助けが来ると信じているこの少年が虚しく、哀れにしか見えなかった。
「……アンタ、シンノスケという名前に心当たりは?」
かろうじて見ることのできる目は細められている。そして、嫌悪するかのような視線を私に向けたまま頭を横に振った。
「あぁ、そうだったね。口が塞がってたから話せないわよね。……はい、これなら喋れるでしょ。さ、話してみなさいよ」
「や、やってくれたな猫女!俺を捕まえてただで済むと思うなよ!」
「ハァ、話せるとなって最初の一言はそれなの?あの子たちのリーダーのアンタなら、最初は「仲間はどうした」なんて聴くと思ったのに。……がっかり」
所詮はまともな環境にいない子どもらしい物言いだ。その声は部屋の中で響くことはなく、天井や壁に吸い込まれた、ような気がする。
「車谷シンノスケ。この名前に心当たりはないわけ?」
「ないね、あんなドベのや」
「……自分から白状してくれるなんて嬉しいわね。私のことも察してくれるなんて、何というお利口さんだこと」
目の前の少年の顔が一気に崩れ、自分の失態と後悔に塗れた顔になった。縄で縛られて動かない身体に対して、表情の動きが一層目立つ。
「彼のこと、知ってるんだ……。アンタのオツムならもっと誤魔化せると思ったのに」
「う、うるさい!お前が知って何になるんだよ。離せよ!」
身動きもできないその姿で藻掻くなんて、実に滑稽だ。私は彼の近くへ歩き、銃を喉元に突き付けた。こうすれば、大抵の子どもは言うことを聞く。
「アンタね、他人を殴るってことは自分も殴られて構いませんよと示すことにもなるのよ。その意味、分かってる?昔から人を呪わば穴二つ、とあるように、アンタは自分のしてきたことが自分に返ってくる経験がないようね。正直、この銃でアンタの喉元をスッキリさせてあげようと考えたけど、それでは物足りないのよ。彼は下手すると消えない傷を負ってしまったのかもしれない。警察や法はアンタを然るべき罪で償わせるでしょうけど、その傷を負わされることの辛さなんて分からないでしょうね。だから、私の言うことを聞いてあげればこの銃は使わない。どうする?」
少年は少し、時間を置いてから答える。
「仲間はどうなるんだ……。オイ、お前の言うことを聞けば解放してくれるのか⁈」
「どうかしらね?私を納得させられれば少しは考えてあげる」
「何をすればいいんだよ?」
さてと、ようやく楽しい時間が始まる。
「それじゃあ、縄を外すから、身ぐるみ全部脱いで裸になりなさい」
百鬼夜行連合学院に入学する前、父が新たな使用人を雇った。父は進んで家事をする性分だったので、ひどく珍しかった。やってくるという使用人はどんな人物なのだろうかと想像しない日はなかった。
ただ、その幻想はあっけなく壊れてしまった。
「キキョウ、明日からウチで働いてくれる使用人さんだ。お前も、失礼のないようにな」
父が声を掛けてくれて、私はその本人を見た。
芋。
里芋。
まだ分別のつかないところのあった当時の私でも、お世辞にも賢そうだとは思えないような容姿だった。それも、身体が芋を積み重ねたように肥えていて、眉や髪は乱れているところがあり、悍ましい。丸っこい顔についている瞳は不釣り合いに細く、舌っ足らずな口は喋らないときは力が抜けたようにだらしなく開いている。さらにはその背丈も女にしてはひどく小柄で、生臭い臭いが漂っている。思い返せば、当時の私たちはそのような人でないと雇えない位には貧しかったか、あちらがしつこく奉公すると話して父が折れたのか、それは今となっては分からない。
そして、彼女の隣にはとても容姿の似た男の子がいた。
「よろしくぅ、おねあいしますぅ~~」
音の高低がどこかズレていて、壊れたレコードのように大きさが歪んだ声。頭髪は短く剃られている。そして、挨拶を終えるや否や、その細い瞳は私のことをジットリと見た。いや、私の思い込みであるかもしれない。
彼は常に欲望に満ちた行いばかりをしていた。
奇声を上げては屋敷中を駆け回る。
思い通りにいかないと癇癪を起こして泣きまわる。
私が作った料理や菓子、甚兵衛を目の前で拒む。
その癖して、些末な拘りにはこれでもかと拘泥する。
あまりの悪辣さに、反吐すら出ない。
何より、時間を持て余しては私にちょっかいを掛けてくる。それも、手だけではなく、尻尾や耳、それと口にするのも憚られるところもやたらと触ろうとする。
朝、鏡の前で身だしなみを整えようとするとき。
玄関で靴を脱ごうとしたとき。
湯船から出て、濡れた髪を拭こうとしたとき。
夜、寝床につこうとするとき。
母親と思われる彼女の制止も聞かずに、彼は皮の厚い、生温かい指で私を触ろうとしてくる。あの手に触られるときなんてたまったものではない。父に相談しても「彼はそういう性分だから、大目に見てやりなさい」と言われるばかり。「あのときの」私にとっては、ただただ苦しいばかりだった。
そんな彼への印象が変わった日は、突然、やってきた。
私が百花繚乱調停委員会に入り、戦術考案の腕をナグサ先輩によく褒められたその日の夜だった。昨日の温かさが嘘のように肌寒かったことを覚えている。寝間着を何枚も着込み、布団を敷こうと自分の部屋に行こうとしたとき。
――彼は私の部屋で、そそり立つ自分のを乱暴に扱いていた。
「何をしてるのよ⁈」
窓枠から月光が部屋を照らす中、怒りを抑えながら私は彼を抑えつけた。あれだけ肥えた身体であるのに、非力な私に呆気なく抑えつけられている彼は随分と滑稽であった。きっと、私の衣服や持ち物に手を出そうとしていたに違いない。そう、思っていた。
「ねぇ、答えてくれる?アンタ、私の部屋で何をしようとしていたの?」
「え、えとねぇ、おれね、ききょねぇとぉ、なかよく、なりたかった、のにぃ……。いたいよぉ」
「……呆れる。私はね、アンタみたいに本能ばかりの人間が大嫌いなの。分かる?こうして、力任せに抑えられていたら、痛いでしょ?私はいつもこんな思いをしていたのよ。他人と仲良くなりたいのなら、まずは相手が嫌がらない付き合い方を学びなさい」
「は、はい……」
「分かればよろしい」
そうして立ち上がろうとしたとき、嫌な予感がした。
彼は私と仲良くなりたい。
それに、自分のをよりにもよって私の部屋で扱いた。
……いや、まさか、ね。
「ところでさ、アンタ。まさか、私のことが……」
――好きなんでしょ?
「すき?わかんないけど、ききょねぇのことおもてるとね、もやもや~になるんだ。もやもや~ね、おっきくなったちんちんいじいじするときえてくの。だから、ここですればもっと」
「ハイハイ、分かったわ。その「もやもや~」を止める技はね、他人には見せずに自分でやるのがいいのよ。……ただし、私だけは、別よ」
……こういうことを言ってしまうのは何だが、当時の私は周囲の目が苦手だった。
――桐生さんは何でもできる賢い子ですね。
――桐生さん、あんな低俗な男子とは離れた方がいいわよ。
――桐生さんなら何でも大丈夫でしょ、だって、私たちよりも立派ですもの。
あぁ、反吐が出る。誰も、私のことを私自身として見てくれようとしない。「自分の中で神格化した」私。「都合のいい道具」としての私。……皆、日頃から付き合いがあるはずなのに、そんな目でしか私を見ない。そうして都合のいい姿を私自身に押し付けては満足している。辛かった。苦しかった。そんな悍ましい思いが胸の中で渦巻いていた。
だからかもしれない。私は言ってしまった。私のことを好きだと言った、穢れを知らない少年に。
「……その、アンタの「もやもや~」をどうにかする方法、私ならもっと上手くできるかもしれないわ。だから……、ここで裸、いや、すっぽんぽんになろっか」
私は何枚も着込んだ寝間着を脱ぎ捨て、弁財天のように胸元を曝け出した。
「わぁぁ、きれぇ……」
乳房へ伸ばそうとする彼の手を抑える。
「まだダメ。それじゃ、膝枕してあげるから私の言うことを聞きなさい」
正座した太ももに彼の頭の重みがかかる。寝そべることで、彼の硬くなった一物が平静を壊すように上を向いている。
「はやく、はやくしてよぉ……」
「まぁまぁ、そう言わずに。こんなに硬くなってたら苦しいよね?だからぁ、私がすっきりさせてあげる」
右手で彼の一物を優しく触る。女の私にはない、男だけのもの。人生で初めて触ったそれは、年相応とは思えない程に大きい。優しく触る度にひくひく震える様はとてもいじらしい。
「お、おっぱい、ふぉぉ、おっきい……」
「あら、興味あるの?何とまぁ、大きな赤ん坊だこと」
乳房を彼の顔へと押し付ける。すぐに、じわじわと気持ちよい感覚が迫ってくる。恐らく、彼にとっては初めての乳房だ。何が何やら分からないまま吸い続けるのだろう。
しばらくして、軽く震えたと思うと、右手に温かい感触が伝わってきた。その手を口に含ませると、苦みが広がる。私の手で彼は達したみたいだ。
「ききょねぇ、もっと、もっとして。おれ、ききょねぇのゆうこと、しぃかり、まもるから」
「えぇ、私の言うことをしっかりと守れたら、この続きをしてあげる」
……私と彼の、歪な関係はここから始まった。そして、この日を境に、彼は少しずつながら落ち着くようになった。
その関係を続けたある日、とある少女から突然、声を掛けられた。
「この子、迷子だけれど知ってるかな?」
前髪で片目が隠れていて、どことなくお化けのような不気味な印象だ。その隣には彼がいる。少女とそんなに背丈が変わらない彼の醜い顔立ちがいつにも増して縮んでいる。
「随分とお行儀がいい子だね、見ず知らずの私のことにもちゃんと元気に挨拶してくれたよ。とても嬉しいなぁ、イヒッ」
当然だ。秘密の関係をする代わりに私の言うことを聞くと約束をしたからだ。
「……で、私に何の用?この後、夕食のお手伝いをしないと」
いきなり、お化けのような少女は私の肩に手をかけ、小さな声で囁いた。
「……彼から聴いたよ、君、あの子と楽しいことをしてるよね?」
思わず、口の中の生唾を全て吞み込んでしまった。首筋に何かが伝った気がするが、それどころではなかった。いや、お世辞にも「足りない」彼がいつか言ってしまうのではないかとは危惧していた。それが、こんなにもあっさりと起きてしまうなんて想定外だ。
「おや?図星、だった?あららぁ……。そうだからといって、私は蔑むなんてことはしないよ。私のお願いを聞いてくれれば、このことを秘密にしてあげる」
畑の土手にいる彼は草むらのバッタを追いかけている。その声がよく聴こえる位、私は他のことは考えられなかった。
「……分かった。な、何をすればいいの?」
「それはねぇ、私のお友達になって、このキヴォトスを巡りながら男の子を救済するの。あぁ、救済するといっても、色々だよ。まぁ、読み書きを教えるとか、銃の使い方を教えるとか、あ、君にとっての十八番が多いかもね。ま、加わりたいと思ったら、このメモにある通りの場所に来てね」
彼女は手にメモを差し出した。夕日に照らされたそのメモには「板垣カノエ」と書いてあった。
「おーおー、盛り上がってるねぇ。最初は乗り気じゃなかったのに、今では進んで抱いてる、イヒヒッ」
「いいなぁ、カノエちゃん。私も参加していい?」
「コラコラ、キキョウちゃんはこの前、加われなかったからね。今日は我慢だよ我慢」
「はーい……」
行為に及んでいる私の背後で声がする。1人はあのとき声を掛けてくれた板垣カノエ、いや、プロフェッサー。もう1人は、メモの場所で出会った大柄な少女。彼女は頭の角と尻尾が目立つ。
私は今、グループのリーダーを身体で以て蹂躙している。皮肉にも、彼との夜で男の身体の弄び方についてよく学んだ。その経験を用いた性技はとてもよく効く。
彼の一物から飛び出た欲液は自分の汗と混ざって、生臭さがさらに臭う。それにしても、欲液は男の子を分からせる上で使いやすい。快楽で責める際には敗北を煽る証にもなる上に、その臭さで意識をおかしくさせて言うことを聞かせることだってできる。況して、体の変化に戸惑う男の子なら、その臭さや不味さは思い上がった態度を黙らせる上でよく効く。
「可哀想なものね。自分の身体で自分が苦しむなんて……。男の中にはね、こんな臭くて不味いのを飲めと言ってくる酷いのもいるそうよ。よかったわね、アンタはここで身を以て学べて。……少しは偉くなったわね」
こんなしょうもない煽りに、彼の一物はさらに硬く、そして上へと伸びた。この静かで人気のない建物には似つかわしくない光景だ。
「ご、ごめんなさい、もぉ、舐めた態度なんて、取らないから……」
「あら?思いの外、素直なのね。じゃあ、最後のアレ、やっちゃおうか?」
私は自分のひだをできる限り開き、しっかり濡れているかを確認した。そして、そそり立つ彼のそれを優しく、そして艶めかしく包んであげた。後やることは他にない。本能のままに動くだけだ。
杵で臼をつくように、自分の身体の足りない場所を埋めるように、全身を振り続ける。目の前には、未知の感覚に惑わされる少年が倒れている。身体中には朱に染められたような、噛み痕が見える。今、彼の肉体も心も立場も、全て私が支配している。
「フンッ、フゥッ、ハッ……ハァ、ねぇ、どんな気持ち?自分よりも強い相手に乱暴される気持ちって。アッ、ン゛フゥ……、意外と気持ちいいわね、アンタ、のッ。将来、ヤリチンになっちゃう、かもねッ」
しばらくすると、よく嗅いだ臭いがして、一物が萎えた。恐らく、人生で初めての生中出しをしたようだ。
「フゥ……、悪くなかったわ。彼には及ばないけど、アンタも助平の素質はあるよ。次に会うときは、……まぁ、いつかね」
プロフェッサーから差し出された手拭いですぐに身体を拭き、洗面所でうがいを済ませ、服も身につけ、私はその場からすぐに逃げた。私自身はシンノスケとは何の縁もない。だから、それ以上に責める真似なんてしない。きっと、目の前で倒れている彼のことをキリノは逮捕するだろう。
プロフェッサー、メグと共に、私は後腐れもなく、その場を去った。
その後、本官たちはリーダーと思われる少年を発見しました。そこには、何者かに犯されて気絶している少年が全裸で倒れていたそうです。なお、その現場を見た局長の、ゲテモノでも見たような眉間に皺を寄せた顔は今でも忘れられません。
とはいえ、今回の制圧では、以前、先生からのアドバイスを参考にしたことで、民間人の避難誘導などの功績を挙げられました。キキョウさんに感謝したくなりましたが、先日、本官に向けたあの冷たい目を思い返すと、身がすくんでしまいます……。
その日の夜、風呂上がりにスマホの着信音が鳴りました。明日は貴重な休みだったので、きっと局長からのメールでしょうか。
「ニュースでえらく大きな話題を集めたそうね。アンタ、あのときは身勝手な人間だと思っていたけど、やろうと思えばできるようね。ま、私のような悪い人間にはならないことね。それと、シンノスケのことは心配しなくていいよ。彼との因縁は私がさっぱり断ってあげたから。今日はぐっすり寝なさい。ま、私の夜はまだまだ続くけど」
……キキョウさんからのメールでした。彼女からお褒めの言葉を貰えるとは思いもしませんでした。少しずつですが、本官は警官への道のりを歩けているのかもしれません。