ちなみに、作中に出てくるある人物に関しては、「家族には上品なタメ口で話す」と思って書きました。あくまでも個人の意見です。ご容赦を。
pixivでのURL。
《 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29199030 》
「教えてほしいんだ。その、俺と仲直りしようと思ったきっかけを」
ショウマ君が私に話す。片手に握っているフラペチーノのスプーンが指に食い込んできた。……正直、これを自分で話してしまうのはとても心が辛くなる。ショウマ君に話していいことなのか、話したらきっと私は幻滅されてしまうのかもしれない。
「え、う、うん……。その、……本当に私のこと、嫌いになっちゃうかもしれないけれど、それでもいいのなら……」
「……ごめんね。アイリが苦しかったのは俺にも責任があるから。だから、聞かせてほしいんだ」
「い、いいの?じゃあ、……話すね」
ショウマ君の顔を見る。
彼の頭には小さいながらも角が、髪の間から覗く尖った耳がよく目立つ。……そう、ショウマ君はゲヘナ出身の男の子なんだ。恥ずかしいことに、私は初めて会ったときからそこがちょっとばかり怖かった。私の周囲にはゲヘナの人たちを蛇蝎の如く忌み嫌う人がそれなりにいる。ナツちゃんやカズサちゃんのように、周りの目を気にせず動くことが中々できない自分が憎くなってくる。……いや、考えると辛くなるのでやめておこう。
私たちは席を立ち、近辺を散歩しながら雑談を始めた。
ショウマ君は以前からトリニティの自警団に外部からの助っ人として参加している。初めて会ったのも、悪い大人たちに襲われそうになったのを救ってもらったときだった。
古びたショットガンからの大きな音。
陽の光に眩しく煌めいた銃剣。
今でもありありと思い出せる。とても、とても凛々しくて、心強くて、そして、美しかった。彼、ショウマ君のことについて詳しく知るようになったのはその後だった。
そこから、スイーツ部で訪れるお店を探していたときにまた出会った。あのとき私を助けてくれた際に使った銃を肩に掛けていた。ちょっと幼さのある格好がどうも目を引いてしまったのを今でも覚えている。そうして、しばらく他愛のない話をしてから、私たちは互いの連絡先を交換した。そこから頻繁に連絡し合い、そしてお付き合いするようになったのもそんなに長くなかった。
それからショウマ君についてもちょっとずつ知ることになった。
古びたショットガンは親代わりに育ててくれたレイコさんから託されたもの。
いつか仲直りしたい姉が故郷にいること。
昔は食べることの楽しさが分からなかったこと。
それでも、ありのままの自分を受け入れてくれたのは私が初めてだったということ。
ただ、あのときの私の心には密かな不信感があった。
自分のことを中々話そうとしないで、下手な誤魔化しをする姿。
時折見せる、暗い顔。
ゲヘナの生徒のニュースを見たときに強引に話を逸らそうとする態度。
そして、それらを訊ねようとしても納得のいく答えを返してくれない。私の中では彼への言いようのない不満が密かにあった。
彼には秘密で大人のお店に行ってみた。
その手のことに詳しいカノエさんたちにも頼ってみた。
元々、私は自分で言うのもおかしいけれど、「普通」の人間だった。
でも、ショウマ君がそういうことにも応えてくれそうになかったから辛かった。そんな思いをSNSで吐露していたら、たまたまカノエさんが誘ってくれた。
試しに、私は男の子とエッチしてみようとした。
……いざしてみたけれど、とても楽しいものとは言えなかった。
どう言えばいいのか、その、……あの子たちは純粋すぎる。良くも悪くも純粋すぎて、自分のしていることが卑屈なことなのかを実感してしまう。SNSでは「SGS最高!」、「ショタ喰いハシゴ17人目突破wwww」とか書いている人たちが羨ましくて仕方がなかった。ああして私も狂える人間になれたらどれだけ楽に生きられたことか……。
結果として、あの人たちを頼っても自分を納得させられなかった。どんなに関わりを持っても、ショウマ君への気持ちを捨てきることができない。苦しい。とても苦しい。
ショウマ君への気持ちに決着をつける必要があるみたいだ。
カノエさんたちと別れてから、私は彼の元へ向かった。
街はひどく賑わっていた。
駅の改札から出ると、銃声、人々の叫び声、建物の崩れる音がする。いつにもまして、火薬と砂埃の臭いが激しい。
前からは人が多く押し迫ってくる。皆、乱れた格好だ。ちらほらと、倒れては後に続く人たちに踏みつぶされる人が見えた。
――逃げろ!悪魔だ!
――ゲヘナの悪魔が暴れてるわ!
ゲヘナの人たちが他所で暴れるのは珍しくない。でも、それにしたってここまで逃げ惑うほどかな。誰かが大きく暴れているのかな。
視界が急に変わった。右腕がどうも痛い。すぐ下には硬い地面。突き飛ばされたみたい。立ち上がるとき、上着についた臭いに気づいた。それも、忘れられない臭い。皆が使う銃にしては古めかしい火薬の臭いだ。……まさか、どこかでショウマ君が⁈
痛む半身を動かして、私は人々の流れに逆らって歩いた。
このままショウマ君のいる場所に着いたら、きっと、彼の秘密を確かめられるのかもしれない。……少なくとも、ゲヘナとは何かしらの関係があるとみて間違いはないはず。ゲヘナによくない気持ちを抱いているのかな。
段々と、前からやってくる人がいなくなる。そして、煙とガス、瓦礫が辺りを覆っている。……そういえば、銃の安全装置を外し忘れていた。あまり銃を使わないので、あそこはすぐには動かないだろうな。考えもなしにここにいたら、ケガをする可能性もある。指先はすぐには動いてくれない。
……ショウマ君。無事でいて。
大きな爆発音が、した。
近くのコンクリート片に身を隠した。遮られていても、その熱風が強く当たる。学校で学んだ火災訓練の通りにタオルで顔を隠したおかげか、すぐに動けた。それでも、喉がヒリヒリ傷む。瓦礫の破片から少し、顔を覗かせてみる。
……ショウマ君が、いた。でも、どこかで見覚えのある女の人に組み伏せられている。炎に照らされた銀色の髪がよく目立つ。
――何度も言わせないで!貴方は私の家族なのよ⁈桃城さんのことを忘れて戻りなさい!
――ごめん。俺には、そんなことはできない。俺はアンタと帰るつもりはない!
ショウマ君の声。でも、いつもの穏やかな声とは違う。相手の女の人に強い怒りを向けているみたいだ。
「桃城さん」、それに「帰る」?
……ショウマ君、まさか、ゲヘナの人間だったの?
声をかけたかった。
もうやめて。
怖がってしまってごめんなさい。
謝らせて。
……ダメだ。自分で納得のいく言葉が浮かばない。
勇気を出せば、あの女の人の隙を突いてショウマ君を助けられる。
でも、ナツちゃんやカズサちゃんみたいなことなんて、私にはできない。
その場に縮こまること、できるのはそれだけ。
――どうして、どうして私から離れようとするの⁈なぜここにいようとするの⁈
――俺を俺だと認めてくれた人が、ここにいるんだ。ここから先は進ませない!
あぁ、ショウマ君は必死に戦っている。なのに私は動けない。私が加わったところで、力になれるわけがない。浮気をしていた私が、彼に顔向けできるわけがない。逃げたい。逃げたい、のに……。
ショウマ君の笑顔。
ショウマ君の優しさ。
どうしても消えてくれない。
……静かになった。ショウマ君はどうしたんだろう。物陰から覗こうとしたとき、起きてほしくなかったことが起きた。
コンクリート片が大きな音を立てて崩れた。
私と彼を遮るものは、もうない。
「……アイリ?」
ショウマ君はその場に立っていた。あの銃を女の人に向けている。会話の内容からして、女の人は「姉さん」だろうか。煤で汚れた頬、傍らには刃物の傷がついた銃が転がっている。
「……もしかして、貴方のお友達かしら?……まさか、貴方にもできるとはね」
女の人は古い人形のような瞳を私に向けている。あの物陰から見たときの険しい顔が嘘のように、やつれている。あの綺麗な髪も泥や血で汚れている。見ているだけで痛ましい気持ちになる。
女の人はすぐに顔を遠くへ向けた。よく聴くと、その方角からは人の声がしている。誰が来るのかはすぐに分かった。ショウマ君を守らなくちゃ。
「もし、そこのご友人さん。……ショウマを、私の家族を、お願いしますわ」
女の人は私に近づき、ショウマ君から離れた。彼女の背中には、小さな羽と尻尾が目立つ。
「姉さん!俺のためにアンタが捕まらなくてもいいのに……!どうして⁈」
「……行きなさいショウマ!貴方は、お友達と幸せになりなさい!」
……ショウマ君だけじゃない。これは、私にも言っているはずだ。
そう思ったとき、いつの間にか、私はショウマ君の手を取って、その場から駆け抜けていた。ショウマ君の手はずっと銃を握っていたからか、熱く、硬く、そして、弱々しい。多分、ここで手を離したらショウマ君のお姉さんの想いを無下にするし、彼をまた独りにさせてしまう。力を、ありったけの力を込めて握らないと。
後ろから鳴り響く銃声が、段々と小さくなっていく。
でも、ショウマ君とつないでいる手の力はまだ緩んでいない。
それからしばらくして、ショウマ君自身の口から説明されることになった。
かつて、自分はゲヘナの名家で生活していたこと。
その家での生活は苛烈で、非力な自分は冷遇されていたこと。
桃城さんはそれに耐えかねて、追手の来ないトリニティへ避難したこと。
そして、……自分の姉の名前も。
お姉さんの名前は、黒舘ハルナ。
そのときのショウマ君の顔はどこか辛そうで、言葉の一つもかけられなかった。
「ごめんね、あ、あのときは、冷静になれなくて悪いことばかりしていたの。……ああして悩んでいるショウマ君を見て、なんて馬鹿なことをしているんだろうな、って」
その通りだった。私は悪い子だ。ショウマ君のことをもっと知ろうともせずに知った気になって、浮気をしてしまっていた。彼に顔向けする資格なんて、ないはず。
「……ごめんなさい。俺も、アイリのことがちょっと怖かったんだ。俺自身がゲヘナの生まれだと知って、嫌われるのが怖かったんだ」
「……そんなことない!ショウマ君はショウマ君だよ!ゲヘナだろうと関係ない。だって、私のお菓子を食べているショウマ君は、とても幸せそうだった、から……」
い、いけない……。つい、口から勝手に出てしまった……。恥ずかしい……。
「ありがとう、アイリ。これからも一緒に、……スイーツを食べたいな」
耳たぶが、鼻の奥が急に暑苦しくなってきた。顔を上に上げたいけれど、わざとらしくて誤魔化しようもない。視界が歪んできた。あぁ、こんな姿、見せたくなかったのに……。
「おやおや、ショウマ。ちゃんと仲直りできたみたいね」
あの日、コンクリート片の向こうからよく聴いた声がした。顔を向けると、その本人がいた。あの長い髪は肩までのボブになり、顔には険しさがなくなっている。
「……!ね、姉さん……。ど、どうして?」
「どうしても何も、情状酌量ってものよ。副委員長さんが「ご家族のために」と執行猶予で解放してくれたの。まぁ、牢獄の食事を楽しめなかったのは少し残念でしたけれど」
「……そんな冗談を言えるのはアンタだけだよ」
ショウマ君とお姉さん、いや、ハルナさんはお互い、仲直りができたみたいだ。それにしても、ハルナさんの片手に持っている紙袋には、何が入っているのだろう。
「ところで、そちらもお友達はどなたなの?」
「アイリ。俺の友達だよ」
「アイリさん、ね。ありがとうね」
私の方へ近づいてきた。何をするんだろう。
「アイリさん。弟と仲良くしてくれて嬉しいですわ。ほんのお気持ちですが、ショウマと一緒に召し上がってくださいな。きっと、いつもより美味しく感じられますわ」
両手に紙袋が載せられた。温かさが紙越しに伝わってくる。
「それでは御機嫌よう。……ショウマとお幸せに」
ハルナさんは軽い足取りでその場を離れた。どことなく、上品そうに見える。
……え?
私、ショウマ君とそういう仲だと思われてるの⁈ま、まだ、そこに至れてはいないけれど……。あ、え、その、えと、……ダメだ、落ち着かない!
「あ、アイリ。……あそこのベンチで一緒に食べよっか」
「そ、そうだね……。い、一緒に」
横目で見ると、ショウマ君も耳たぶまでもが赤らんでいた。でも、以前と同じように、また、一緒に食べられるんだ。すごく、すごく嬉しい。
袋の中身はタイ焼きだった。
美食家を名乗る彼女とあってか、とても美味しかった。食べた感想を話し合っている内に、気づくと夕方になっていた。