※この作品はR-18です。

となりのアンルシア   作:Sephi&ロト

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4日目 その①

「───ね、朝だよ。起きてる?もしもし…………。聞こえてないかな?」

静かな波音と彼女の声に心地よく鼓膜が揺れる。意識は覚めていたが、彼は目を閉じたままその響きに耳を傾けていた。

少し待っていると、今度は何かを企むような含みを持つ声が耳元で小さく響いた。

「まだ起きてないなら……ちゅー、していいんだよね……?」

 

「〜〜っ……!?」

朝の光をうっすらと彼女の影が覆い、返事を待つでもなくそっと唇を塞がれる。

「ふふ、昨日あんなにしたのに…………まだ、したかったのかな?」

見透かすような柔らかい口調に図星をつかれ、紅潮した頬から動揺の色が隠せなくなる。瞼の向こうで近づく気配に寝惚けた思考の靄を掻き消される。

「それなら、もう一回……」

そして再び呼吸を止められる寸前で、彼はぎこちなく顔を背けた。

「!───えへへ。目開いた」

 

観念して薄く瞼を上げた視界に映るのは、彼の予想していた通りにんまりと満足気なアンルシアの笑顔と、昨夜の名残を残して少し整えられた紅いネグリジェ。

そして落ち着きを取り戻した聴覚にふと、浴室の方から水を注ぐような音が鳴る。

「えっとね、……昨日あのまま寝ちゃったし、お風呂も沸かしておこうと思って。それにあなたも、昨夜のままだったから、その───」

「?」

気遣いに感謝を伝えようと声の方へ向くと、彼女はきゅっと口を噤む。そして背けた頬を頼りなく逆手で隠した。

「お、お布団かけておいたの。…………風邪ひかないように」

 

尻窄みに細くなっていく声のアンルシアを不思議そうに見つめていると、みるみるうちに顔が赤くなっていくのが分かった。

「───、えいっ」

「!」

そんな視線に痺れを切らすように彼女の両手が上体を引き寄せる。ぽすんと音を立てて柔らかな太腿に頭を置かれ、見開かれた彼の瞳をアンルシアが見下ろす。

「……ふふっ、びっくりしちゃった?お風呂が湧くまでまだ時間あるから、せっかくなら一度あなたとこうしてみたくて」

 

「目、もう一回閉じてみて?」

そう言われるまま彼はこくりと頷き、再び両目を閉じる。

視界を遮断し、より鮮明に頬や首筋をじんわりと伝わる太腿の暖かさ、彼女の呼吸の向こうに広がる静かな漣に感覚を傾けていると、高鳴っていた鼓動が緩んでいく。

「小さい頃に、お母様がよくしてくれてたの。こうやってお膝を枕にしてあげると、少し落ち着くでしょう?あなたもなんだか……小さい子になったみたい」

 

そして小さな吐息とともに不意に耳を撫でられ、アンルシアは楽しげに呟く。

「あ…………また縮こまってる。えへへっ、可愛い」

より愛おしそうな手で髪を撫でられ、微笑ましそうな彼女の僅かな息遣いさえもが耳を甘い色で染める。

するとふと彼女の手が止まる。

少しの間を置いて、彼の耳元に少し息の混じった囁きが響いた。

「ね……心臓の音、聴こえる?」

 

鋭敏な聴覚から入り込む言葉に胸の奥を掴まれ、ぴくりと身体が跳ねる。

「っ、───」

目を閉じたまま必死に耳を澄まそうとするが、鼓膜そのものがいやに煩く脈拍を繰り返すような感覚に苛まれどちらの心音が大きいかさえ分からなくなる。

「昨日はもっと凄いこと、しちゃったのにね。あなたもドキドキしてるの分かるよ、ふふ……だって、耳真っ赤だもん」

 

 

片耳を細く覆う指の隙間を通して鼓膜を撫でるような声で、彼女は続けた。

「私、あなたが初めてで本当に安心してる。男の子とのデートも、お泊まりも。それに、お風呂も…………えっちも」

 

言葉一つ一つの甘い響きが記憶を駆け巡り、焦りとなって首筋を伝う。

「えへへ、だってあんなに……何回も大好きな人とくっついて、ドキドキしながら、一緒に気持ちよくなれるなら」

鼓膜の揺れるたびに勢いを増し、脈打つ心臓から身体中に熱く血が巡る感覚が予告したのは、男である以上避けては通れない身体の反応。

「ほんとはもっと、したかったな……なんて。私、───えっ?」

 

彼はたまらず目を薄く開き、許しを乞うような目でアンルシアの視線を引き留めようとするが、彼女がそれに気づいた時にはもう遅かった。

「!…………え……っ、と」

柔らかな布団を押しのけて白旗を挙げるかのように立派に立ち上がる「彼」自身。耳どころか首元にまで血が上り両手で隠された彼の顔には、不甲斐なさそうな諦めがくっきりと浮かんでいる。

アンルシアの脳裏に迸った一つの記憶が、目の前の景色と繋がった。

先に目覚めた自分、隣でまだ寝息を立てる彼、そしてその下腹部に霰もなく晒された雄々しい膨らみ───

(朝もこうなってたの、って……もしかして)

 

アンルシアは期待と恥じらいに声を震わせながら尋ねた。

「朝から、お、大きくなってたのってもしかして、私とその、夢の中で……とか……?」

彼は蚊の鳴くような声で答える。

「え…………ぁ、生理現、象……?」

 

自らの思い過ごしであった事を知り、彼女の声から露骨に覇気が無くなる。

「そうよね、うん───はっ、ごご、ごめんね!?起きて隣を見たらたまたま、目に入っちゃったっていうか」

その様子を見て彼の腫れた頬に小さく笑みが戻り、彼女を見上げ優しく首を振った。

「そ、そうだよね!今更だよね。あははっ……」

 

 

膝と頭の距離で互いに含羞む、少しの沈黙の後。緊張に目を細めるアンルシアはその膨らみを見つめながら、唇を僅かに震わせる。

「え…………と。ここ、おっきいまま、だね」

 

彼はもはや赤面を隠す意味も見当たらず、素直に頷く。

「もう起きてる今はその……生理現象じゃないん、だよね?」

 

こちらを見上げる彼の噤まれた口と、硬く膨らんだままの僅かな反応を肯定と受け取り、アンルシアは膝から彼の背中を抱き寄せる。

そして深く呼吸を正し、耳元でか細く問いかけた。

「いま朝だけど……………………しちゃ、うの……?」

 

 

その時。

〈失礼いたしま〜す!ルームサービスです、バスタオルお持ちしました〜。こちらのお部屋でよろしかったでしょうか?

「「───?!」」

 

大きく跳ねた心臓が反射的にお互いの身体をさっと離す。

始まってすらいない情事とはいえ、この光景を見られることだけはすまいとアンルシアは渦を巻く視界で捉えた扉の向こうに早口で返事をする。

「あっ、ありがとうございます!前置いておいてください、取りに行きますのでっ」

〈は〜い!了解いたしました。ごゆっくり〜

 

 

ルームサービスの足音が無くなるまでベッドの上に静止する二人。

「えっと。お風呂……入ろっか」

アンルシアの小さな声に彼もぎこちなく頷き、足音を忍んで出口へ、そろりと開けた扉の隙間から二人分に重ねられたタオルを回収する。

 

すぐ隣の脱衣所には昨夜丁寧に畳んだ赤のワンピースと、そのまた隣に並ぶかの如く今朝寝床から移しておいた彼の衣服たち。

(……温泉、思い出すなぁ)

 

アンルシアは少しはだけたままの薄布をするりと外し始める。

彼ははっと言いつけを思い出し身体を旋回させようとするが、アンルシアはくすりと微笑みながら呼び止める。

「見てもいいよ。今はほら、あなたと二人なんだもの」

それでもなお躊躇うような彼を見て目を細め、赤らんだまま可笑しそうに首を傾げた。

「ふふ、確かに。『今は』見ない方がいいのかもね……?」

 

♢

 

浴室をさらさらと反響する湯霧に二人向き合う影を泡が包んでいる。

ちらりと覗く局部や肌色の質感を直視すまいと、繰り返し脳内で暗示を掛けながら互いに昨夜の火照った痕跡を落としていく。

(洗いっこ、してるだけ……洗いっこしてるだけ)

 

そんな中ふと、彼の上体を泡立てていたアンルシアの指先がぴたりと止まる。

部屋の暗がりに隠れていた故か、情事に耽る最中の熱に浮かされた故か昨夜は見えなかった大小の古い傷跡を素肌に確かめた。

(一緒に戦う時はすぐに治療してるつもりだけど、そっか。あなたなら自分の傷よりも、仲間を優先したりするもんね)

「……?」

「あ、ううん。傷沁みたりしない?」

静かに首を振り肯定の意を示すが、改めて体の隅々まで彼女に観察されているという事実にどうしても脈拍が高まってしまう。

「よかった、…………はいっ、おしまい。私の身体もしてもらお───う、かな?」

 

 

そう言い終わるよりも早く眼下に映ったのは、先程寝起き眼に捉えた「生理現象」よりもはっきりと逞しく隆起した彼の存在。

(男の子の……って。もしかして治めたくても、治まらないのかな)

ぐっと呑み込んだ言葉を紡ぎ直し、彼に身体を添わせて小さく問いかける。

「お風呂出たらすぐ、着いちゃうと思うけど。ここ、我慢でき……なさ、そう…………?」

 

隠しようもない至近距離の恥じらいに彼は逃れる術もなく頭を垂れた。

「うん。でもあなたから触っちゃだめ……、約束できる?」

互いにあくまで「この先」はしてしまわないという境界線を引いて、彼の頷きが昨夜ぶりに甘く触れ合う戯れの合図となった。

 

♢

 

浴室を湿やかに満たす水音、向き合う二つの影。

泡を落とすためのシャワーという名目の霧に紛れるように、跪くアンルシアの両掌が彼の研ぎ澄まされた感度を丁寧に確かめていた。

「───あ。ふふっ、先っぽなでなでされるの、好きなの……?」

先端から脈打つ幹竿を滑る指の感覚。

じっくりと撫で下ろされ、そして弱点を探るような手つきで優しく扱き上げられるごとに、穂先から忍耐の色を透かす蜜が溢れ出てしまう。

「昨日は、なかにいれてたんだよ……?それなのに」

 

「手でしてる『だけ』なのになんだか、おちんちんも緊張してるみたい。可愛いよ、……とっても」

乱れたアンルシアとの記憶を言葉に直して掘り起こされ、より熱を込められた彼女の愛撫に焦れた睾丸がきゅっと引き締まる。

「とってもたくましくて、独り占めしたくなって、お世話したくなっちゃうから……。それに私できもちよくなってくれるなら、いつでも、───!」

 

震えはやがて強い脈動へ、ぎゅっと切なく瞑られた瞼に限界の前兆を感じ取った。

「出そう?うん、いいよっ…………出して、はっ、……だして……っ」

その時。

《〜〜〜〜船内の皆様へお伝え申し上げます。これよりココラタ、ココラタの浜辺にて停泊の準備を致します。御観覧のお客様は当船舶、キャビンよりお降り下さい……

「!!」

 

寸前でアナウンスが鳴り彼は慌てて切り上げようとするが、それどころか下半身の奥から通り迫り上げる熱も、勢いを増す奉仕の手も止まってはくれず、直後───

「は、む…………っ」

「っ!?!」

 

声を上げようとした時にはもう遅く、陰孔からびくびくと漏れ出す精が彼女の口内に直接注ぎ込まれていった。

「〜〜〜〜っ!……!!」

「んれ、ちゅっ、くぷ、……ちぅ………っ」

頬の粘膜に擦れて溶け合うような未知の快感を受け止めきれず、彼の両手は反射的にアンルシアの頭を掴みさらに喉奥へと押し入れてしまった。

先端から少し強目に尿道の奥を吸い上げられると同時に、何度も腰が浮き上がる。

 

「……ん。ぷはっ、はっ……ぁ」

雁首を滑らかに伝い、名残惜しく鈴口を離れたアンルシアの唇から強張りの解けた屹立が大きく上方へ跳ね、金に艷めく髪の額が射精の僅かな残りを数度浴びる。

その裏に鼻筋を添わせて深々と息を吸い込み、とろんと白く混ざり合う舌が動いた。

「んぁ、へへ。いっぱいれは……ね、顔にも」

 

酔いでも回ったように恍惚とした碧眼で彼を見上げつつ、辛うじて言葉を紡ぐ。

「急におちんちん、ちゅーしちゃってごめんね…………?ふぁ、こぼれちゃ、……はっ、それにちょっと息、しただけでも」

理性と苛烈にせめぎ合い、征服欲めいた高揚感が彼を襲う。

「こ、きゅっ…………。んはぁ、はぁ……っ」

「!!」

「ふふ、また、のませてもらっちゃった……んっ、ゆっくりなか……、おりてってる感じ」

 

「っ?き、急に頭なでて、どうしたの」

あざとく口に出す悪戯っぽい笑みに煽られ、堪らず彼女の髪を撫でる彼。

企みめいた表情を不意に絆され、しかしされるがまま幸せそうに頬が緩み頭を寄せてしまうアンルシア。

「……私わるいことしたのに、もう甘えちゃってる、えへへ。お世話されたがりなのは、私も同じかも」

 

暫し見つめ合っていると、浴室の扉を隔てて再びアナウンスが響く。

《〜〜〜〜繰り返しお伝えします。間も無くココラタの浜辺にて停泊致しますので、御観覧のお客様はキャビンよりお降り下さい……

 

「あ、……いまは、これでほんとにおしまい。シャワーしてあげるね」

暖かな湯気で汗ばんだ身体や髪を流される音、そして少しの期待を混ぜたアンルシアの囁きが彼の耳元を再び赤く染めた。

「帰ったらつづき、しよ…………ね?」

 

♢

 

船内のアナウンスに連れられ、乗客たちの後ろの方に続き二人は砂浜を踏んだ。

「う〜ん……!お風呂上がりに潮風だなんて、ちょっぴり新鮮かも。あなたもほっぺたつやつやになってる」

ぐっと無邪気に伸びをするアンルシア、その隣で彼は未だにのぼせた余韻の抜けない頭を必死に冷ましている。

「ね、見て見てっ。たくさん屋台が出てるみたい」

 

ふと浜辺を見渡すと小人から大人サイズを揃えたレンタル水着や浮き輪、レンダーシア大陸各地の特産品などの屋台で小さな祭りのように賑わっていた。

〈シャイニーメロンいかがですかーっ!密林で採れたアラハギーロの特産、あまくて新鮮ですよ〜っ! 内海名物リンジャガニ、焼き串でも刺身でも!獲れたてだよーっ!

「うう、またお腹鳴っちゃう……」

グルメな彼女の胃袋が反応し、居ても立っても居られず彼にたっと駆け寄る。

「朝ごはんまだだったし。せっかくならここで食べてみない?あそこ海釣りとか、メロン割りも体験できるみたいだよっ、───?」

 

ふとアンルシアの視線は、一つの粗末な店の前に立ち止まる彼の先へ向けられた。

「ええと、『スライミーズ』……あったかしら?こんな屋台」

 

不思議な見覚えを感じた彼だったが、アンルシアと朝食を見繕いに行くため手を繋ぎ再び歩き出そうとした。

その時───

〈くらえッオラクルの塩! うぉおおお、目が!目がぁぁ!! 食べ物で遊ぶのはやめようね

屋台の下からぷるぷると弾む声が聞こえたかと思えば、カウンターの上にぴょんぴょん小さな三匹の丸い物体が躍り出てきた。

「ひゃあっ?!び、びっくりした、スライムの……兄弟?」

〈緑担当、ミド! 俺オレンジのオーレ!! 青のアオっちです

 

息の揃った自己紹介の後、彼らはそれぞれ頭に乗せられた品について語り出した。

〈疲労回復にお試しあーれ。温泉郷のリホイミウム配合の入浴剤、からの?

〈垢擦りマニア御用達!マブいチャンネーにはオラクルの塩!あと目が痛くなる!

〈モンセロ温泉たまごまんじゅうだよ

 

気の抜けたセールストークに頬が緩み、アンルシアは二つ指で注文した。

「ふふふっ。スライムさんたち、二人分買ってもいいかしら?」

〈まいどあり〜! ヒャハー!スライミーズの金儲け計画一歩前進だぜぇぇ!! お買い上げありがとうございます

足で描いたかのようなスライム印の包み紙を渡され、屋台を後にする。

(……スライミーズ)

 

物思いに耽りながら浜辺を歩いていると、小さな温泉饅頭をおいしそうに食べていたアンルシアが何気なく尋ねた。

「なんだったのかしら、あの可愛らしい屋台。スライムさんたちはお知り合い?」

楽しげな声が耳を抜け、我に返り慌てて首を横に振る彼。

「……?」

 

その顔を不思議に覗き込む視界の先に、ふと看板の文字が映る。

「あ!見て、水着レンタルだって。そういえば久しぶりに、泳ぎの練習してみたいかも」

「!?」

 

♢

 

寄せる波に足元の砂を掬われながら、後ろに結んだ薄金の髪を揺らしちゃぷちゃぷと裸足で駆け寄るアンルシア。

「お待たせっ。水着選びに時間かかっちゃって」

 

純白に金の留め具をあしらう、水着と呼ぶには少々攻め過ぎた面積の布地。目のやり場に困ったような彼の視線に気づき、ばっと両手足を縮こめて素肌の露出を隠す。

「ち、ちち違うのよ?丁度良いのがこういうのしかなくて。───その、サイズ的に」

アンルシアは背中まで目で確かめつつ、新鮮そうに口を開く。

「水着だととっても動きやすいけど、少しスースーするかな?あなたにお着替え見せるの、最初は恥ずかしかったけど……えへへ。慣れちゃった」

 

そして楽しそうな彼女の手に引かれ、浜辺を小走りにして辺りを探していた彼は泳ぎの練習に使えそうな岩場を見つけた。

「!ここなら、うんっ。二人でゆっくりできそうだね」

 

 

人目を避けるに最適な環境で平たい岩に腰掛け、アンルシアの両手を握り支える。

「えと、足がつっちゃったら、ちゃんとあなたが引き上げてね……?」

少し自信が無さそうに見上げる彼女の水着姿。

白の布地に透明感際立つ肌、やはり少し恥ずかしいのかほんのりと紅く染まった頬、潮風にかすかに濡れた碧眼や束ねられた黄金色がやけに艶めかしく映る。

「大丈夫、少しずつ脚をぱたぱたさせて慣れれば、……きゃっ?!」

 

小さく鳴った彼女の悲鳴、咄嗟に引き上げた彼だったが。

「「!」」

ほんの少しの距離まで顔が近づき、互いの息遣いが触れ合う。

「…………あ、あのね。ここなら誰にも見られないし……少しくらい、なら───」

 

しかし直後、後ろの方から大きな悲鳴が轟いた。

〈うわぁぁ?!サメバーンの大群が来たぞ! 聞いてねぇぞ海釣り屋のオッサン!

「なっ…………!?」

 

 

やむなく手を解いた二人が急ぎ足で砂浜へ戻ると、海面に並ぶ無数の青黒い影が陸へ接近しているのが遠目に見えた。

アンルシアは横目に捉えたシャイニーメロンの屋台目掛けてだっと走り出す。

 

〈え?ちょっ、お客さんそれメロン割りの……

売り子の隣に置かれていた檜木の棒を手に取った。

「ごめんなさい?ちょっと借りるわね」

 

そして間近に迫り来るサメバーンの群れを前に、静かに目を閉じ雷撃を集中する。

「あなたたちの気持ちも分かる。静かな朝の海にこんな大勢来たんだもの、でもね」

かっと見開いた眼と同時、振り抜かれた雷刃が群れを薙ぎ払い、檜木の棒は粉々に砕け散った。

「───プライベートってものが、あるでしょうが!!」

 

吹き飛んだ群れに残った一際大きな親玉がぎわりと激怒の大口を開ける。

自分を狙い波を割る勢いで突進してくるサメバーンから目を離さず、アンルシアは固く握り締めた正拳に稲妻を乗せて思い切り引き寄せ打突した。

「ふんぬらーー!!!」

 

 

無数の水飛沫に大きく宙を舞った親玉の影が、海面を遠くに響かせて沈む。

〈おおーっ!助かったぞ、勇者姫だ! み、水着?!?

見たところ浜の人や乗客に被害はないが、停泊していたグランドタイタス号は群れの通過に一部損傷している様子だった。

「…………ふぅっ」

ようやく鬱憤の抜けたような呼吸で拳の露を払い、駆け寄る彼の方に柔らかく向き直るアンルシア。

「ううん、大丈夫。さっきのは多分くらげに刺されただけだから、泳ぎの練習……」

〈とっ、討伐隊です!先程の轟音はいったい……?

 

「……」

笑顔を保てず目を伏せたアンルシアの前髪を分けて心配そうに撫でる彼だったが、討伐隊の駆け寄る足音に互いに寂しく頷き振り返る。

〈いやはや、ココラタの浜辺の大群を聞きつけ関所より参りましたが。まさか単独で討伐して下さるとは我々も有難い限りであります!ところで、なのですが

〈サメバーンのような海の魔物だけでなく、関所周辺の討伐依頼が急増しているのです。お二人の手腕、どうか我々に力をお貸し頂けないでしょうか……!!

 

乗客として訪れた身分とはいえ、彼も彼女も目の前の要請を断る訳にはいかない。

「わかり、ました、彼と……一緒なら」

〈!いえ、勇者姫様は関所ではなくグランゼドーラ支部より応援要請が掛かっておりまして。重ねて申し訳ないのですが、別行動という形で……

「…………っ!!」

 

騒ぎが起きればこうなると、事態を予想してはいたものの居た堪れない気持ちを必死に堪えて彼女はルーラストーンを取り出す。

言葉を詰まらせる彼の正面、努めて笑顔を絶やさずに石を掲げる。

「アンルシア……」

「平気だからっ。私も、頑張るから……おわったら迎えにきてね」

触れれば壊れてしまいそうな笑顔でそう言い残し、アンルシアが光に包まれ彼方へ飛び去るまで彼はそれ以上かける言葉の宛先を失ってしまった。

 

波音が白々しく打ち寄せる。潮風が冷たく彼の前髪を暗く阻む。

〈まっ、誠に申し訳ございませんが至急───い、いえ!ジャイラ密林の応援要請となります、お向かい頂けるでしょうかっ?

力無く頷く彼の眼には、彼女の踏みしめた砂の跡だけが虚しく焼き付いていた。

 

♢

 

飛竜を密林の空き地に降り立たせた後、依頼書を広げる。リストに記された討伐対象の生息域を確かめながら、踏み場の粗い木々の間を歩き出す。

淡々と索敵に意識を集中させる彼の脳裏には、なおも後悔だけが渦を巻いていた。

(……)

どうして今なのか、などとは考えないようにしていた。

考えた所でただ想い人の温もりが肌身を離してくれず、孤独に押し潰されるだけ。

 

〈ギャアッ!ギュアオォオオオッ!!

耳に障る羽音や雄叫びに歯を軋ませながら、対象を虱潰しに制圧し続ける。

〈ギッ?!ギャアッ、ゴ、コッ…………

過ぎ去ってしまった尊い時間、護り切れなかった彼女の笑顔の奥、薄く開いた瞼の裏に滲んだあの確かな悲しみの雫だけは斬っても払っても拭えない。

 

 

密林に敵の気配が落ち着き始め、討伐依頼の完遂に漸く終わりが見え───

「っ?!」

背後から不意を突かれ体勢を崩した隙、草木に身を潜めていたのであろう十数余の煉獄鳥の群れに囲まれる。

 

最後だと考えれば相手をし切れない数では無いが、体力にも余裕は無い。じりじりと間合を詰められ、背水に意を決して武器を構え直した。

その時。

「ちっ、まだ残りがいたか。せあ…………ッ!!」

「!」

 

風を切る馬の背から流麗に閃かれたレイピアの冴えが群れを斬り伏せ、小柄だが逞しい騎馬の脚を止めて眼前にふわりと浮いた長髪が深い金色に撓む。

「ふぅ、起き抜けに討伐はどうもアタマが冴えないな。おいそこの、怪我は───」

刀身を鞘に収め凛々しく振り向いたのは、忘れもしない『護りの盾』の横顔だった。

「クマリスっ」

「…………!相棒、なんでここに?」

 

♢

 

密林の遺跡を囲む湖のほとりに腰を下ろし、二人は久方振りの邂逅を喜び合った。

「お前も討伐で……そうか、こんな偶然もあるものだな。遺跡を一緒に見てみたいとか言ってから、どれくらい経っただろうかな」

彼が急遽駆り出された経緯を話すと、クマリスは可笑しそうに返した。

「はははっ、なかなかの災難だったな。いくら世界の歪みが消えて安定したとはいえ、討伐隊は毎日大忙しだ。一人旅を始めてから私もたまに参加しているんだが」

「…………」

 

懐かしく目を細め見てみれば、彼女との出会いはゼニアスでの冒険から大きく遡り、天星郷へ旅立つ少し前に訪れたココラタの浜辺。

『そうだな、私のことは……クマリスとでも呼んでくれ』

 

偽りの世界における「真の世界の人間を模した創生物」として生み出された魔勇者の過去、何より細部を除きアンルシアに酷似するその容姿に面食らった思い出が強い。

崩壊した創生の力に伴い不安定だった偽りの世界を共に護り抜き、真心を深めた。

『もっとこの世界を旅してみたくなったんだ。この世界への人々の愛を集めて……相棒と駆けずり回った冒険が、存外楽しくてな』

そしてまた逢う日までと、それぞれの道を歩む約束を最後にすっかり顔を見なくなってしまった二人───

「…………おおーい。私の声聞こえてなかっただろ、今」

 

再会の感慨に耽る思考をはっと呼び戻される。

「まったく。討伐くらいでへばるタマじゃないだろう?まあ、かくいう私も寝起きのヒマつぶしだがな」

話を聞くだに相変わらず食っちゃ寝を繰り返している様子の、無気力気味にぼやけた深い青の両眼。少し色の濃い金髪を揺らす落ち着いた声。

しかしやはり紛れもなくアンルシアと瓜二つな、口元の小さな黒子と華奢な輪郭。

 

「にしてもあの浜辺でデートときたか。てっきりお前は戦いっぱなしで色気もくそもないのかと思ってたが、相手はどんな───は?」

その名前を出した瞬間、クマリスの表情が固まる。

「アンル、シアだと?勇者と?…………私の創生の、オリジナルとだとぉっ!?!」

 

♢

 

彼の説明を受け、クマリスは前髪をくしゃりと掻くも思考が追いつかず長く溜息を吐く。

「はあぁぁ……なんだ、相棒から自分と同じ顔の女への惚気を聞かされるってどんな悪夢だ?脳のヒズミ具合がハンパないな、…………ともかく」

粗めに咳払いをして、申し訳なさそうな彼の方を向き直り続けた。

「いいだろう、彼女を待つお前の時間つぶしくらいにはなってやる。私でよければな」

 

彼は小さく膝を抱えながら心の内を明かす。

一番近くで見守ってきた筈なのに、自分を想い続けてくれたアンルシアの気持ちについ先日まで気づけなかったこと。そして今日、彼女に言葉を掛けてやれなかったこと。

不甲斐なさそうに語る彼にただ耳を傾け、クマリスは視線を下ろした。

「……そうか」

以前の別れ際の記憶を辿り、選び取った言葉を隣の彼へと伝えた。

「前にもファビエルが言っていただろう?偽りの創生に産まれた身体でも確かに一つ、人々の魂だけは本当のものだと」

 

湖面に並び映る二人の影を見つめながらクマリスは続ける。

「お前と、そして一人で旅をしていて確信したんだ。この世界の人々を愛する私とてそれは同じなのだとな」

透き通るその響きにようやく顔を上げた彼を確かめ、クマリスは照れ臭そうに微笑む。

「……そうだな。誰よりも勇者に憧れた私から、真の盟友にアドバイスをやろう」

 

そして隣の肩へ、そっと手を置いた。

「『守りたいもの』が出来たのなら。お前も心に偽りなく、それを護る盾となればいい」

「!───」

何か言いたげな彼の見開かれた目に気づいたクマリスは、蘇る記憶に少しバツの悪そうな表情を宙に逸らす。

『護りの盾』として覚醒した力を代償に生き永らえたとはいえ、破壊神の自爆を単身で止めようと無茶を背負ったこと。

「あの時はその、悪かったよ。私自身死ぬつもりだった……隠すつもりもないさ。だがここに生きる人々の愛を、世界を否定されることだけは許せなかったんだ。ぽっと出の破壊の神ごときにな」

 

「しかしだ。力を失って悪いことばかりじゃない」

彼の目に映るのは、いつになく少女らしい純情に和らぐ前髪とともに、気づけば夕に染まっていた遺跡を見つめ直す横顔。

「魔勇者でも、護りの盾でもない。…………何者でもない一人の私『クマリス』として、ようやく世界の人々と対等な生を受けたような気分なんだ」

 

一人命を捧げる決断を選び、使命から解放されて自由な意思を得た等身大の言葉。形は違えどその感情が、アンルシアの姿に奇しくもそのまま重なって見えた。

「さて、そろそろさよならだ。逢いに行くんだろう?私のそっくりさんに」

 

 

ゆっくりと腰を上げたクマリスに彼は頷くが、ぐっと名残惜しく目を合わせる。

「なんだその目は……別の誰かを見てるみたいでムカつくぞ。ふふっ」

 

呼吸を正し騎馬の背に手を掛けるが、少し間を置いて僅かに彼の方を見返る。

「ああそうだ、───どうせお前のことだ。ファビエルに、メドナムだっけか?天使のあいつらにも『偶然たまたま』、どこかで会ったりしちゃってるんだろ」

言い当てられ驚く彼の顔を横目に再びふっと微笑み、馬を跨いだクマリスは背を向けながらぴっと二本指で別れのサインを示した。

「宜しく伝えておいてくれ。私は私で元気にやってるってな…………ではな、相棒」

 

 

喪いかけた勇気を留められ、彼女の姿が見えなくなるまで感謝の手を振る彼。より後方へ遠のく気配を感じつつ馬を走らせるクマリス。

「心に偽りなく、……か」

ぽつりと誰に届くでもなく、安堵に似た微笑を風に攫われ藍色の涙が落ちていった。

「背中を押してやればいい、それだけだ、…………はぁ。とんだ嘘つきだな、私も」

 

♢

 

一方正午へ時は遡り、グランゼドーラ城下門前───

〈押せぇぇ!何としても街に入れるな! ぐっ、総掛かりでも重すぎる……!!

降り立った彼女は無心で前方を捉える。

跳ね橋に押し寄せる酷く肥えた蒼竜の魔物、対峙する数十の疲弊した兵士達。

 

〈!?ゆ、勇者姫様…… ここは我々が止めねば、ぐぬぬ……!!

〈ゴル?───グルルァオォオオオッ!

その気配を捉えた巨竜は足元に群がる小隊を尾で薙ぎ飛ばした。威嚇的な唸り声を響かせアンルシアを睨み付けつつ、牙の隙間に赤熱を揺らめかせる。

〈ギャルルァアアアッ……!

「五月蝿い。…………どけッ!!!」

 

そしてふわりと一歩踏み出す刹那、がばりと開かれた竜牙を燃え盛る炎が───

〈ゴォッォオオオゴボボ、ッ、ゴブ…………?

焦げた血泡となって巨竜の網膜を赤黒く染めた。

その眼下閃く雷光に風穴を貫いた一閃もろとも大腹を突き抜け、轟く雷鳴を踏み締めて減速し地を滑るアンルシア。

 

数秒遅れてずんと揺れた地響きに振り返り、痙攣とともに事切れる竜を確かめたアンルシアは城門へと満身創痍の兵士達を迎えに走る。

「重傷ね、……少しじっとしていてください」

淡緑に和らぐ光とともに兵士達の傷や疲弊が癒え、小隊長らしき一人が声をかけた。

〈ごふっ、…………!有難うございます、お待ちしておりました。そのお姿は……?

「ごめんなさい、説明してる時間なくて。それより依頼書をっ」

 

いそいそと小隊長の取り出した破れ掛けの羊皮紙に目を通し、頭を下げたアンルシアは踵を返そうとした。

〈お、お待ちくださいっ、素手とその装備では!せめて兵服だけでも……

「───剣だけ借りますっ、また後で」

重装兵の一人から武器を借り受け、急ぎ足で真っ直ぐに走り出す彼女。

〈両手剣……か、片手で……

 

♢

 

平野を駆ける水着の勇者。

鋭敏に敵の潜む気配を感じ取り、次のまた次へと標的を狩り続ける。

〈プクップクッ♪プワワワッ〜〜♪

〈ちょこまかと、くそがっ! 女一人の分際で!掛かれ!

眠りの唄も罵声も耳には届かない。

 

「彼を頼るまでもないわよ……天雷、引き裂けッ……!」

柄を握る指に鞘もなく稲光を放ち、装いの身軽さに素早く間合を詰めるアンルシア。見開く眼の蒼く放つ殺気に射竦められ、群れは怯む暇もなく雷刃の錆と化す。

 

〈プワワッ、ワ……

〈グギギ、……ギェッ……

払い下ろした大剣を地面に軽く引き摺り、彼女は一度呼吸を正す。

「…………ふぅっ」

ちらりともう片手に持った依頼書を横目に確認した。

(城周辺は最初のベヒードス一体、いまので角笛男と剣鳥人が二十体目───よし。あとは南の生息域だけ、日が落ちる前に片付けなきゃ)

 

もう一度すっと息を整え、強く大地を蹴り、平野を抜け岩山の連なる高地へと出る。

古くそびえ立つ巨大樹の根を足場に断崖を駆け上がり、上空を仰ぎつつ次の標的である翼竜型の魔物を探して連橋を駆け抜ける。

〈ひさびさの上物みーっけー!!

突如奔走するアンルシアの行く手に木枝の暗がりから飛び出し、斧を携えて下劣に血走らせた覆面の巨漢が立ち塞がった。

〈げへへへ、露出狂どーし仲良くやろ───ぶべぼッ!?!?

「邪魔だッ!」

轢き飛ばし崖下へ舞う人影にちらりと目を向け、ふと立ち止まり高台から見渡す。

(エリミネーター、いまのは討伐対象じゃない……南の残りはフライングデス五体と書いてあるはずだけど)

 

それらしく目立つ翼竜の影は見当たらない。討伐隊が既に片付けたかと思索するが、不安を残して戻る訳にも行かず念の為と更に南を探索しようと踏み出した。

その時。

「───!」

近く後方の崖下に甲高く轟く雄叫びを聴き、迷いなく断崖を飛び降り地を穿つ一縷の落雷となって着地するアンルシア。

顔を上げ、僅か遠くで既に火蓋を切られていた交戦の場へと駆け寄る。

 

 

双翼を紫黒に揺らめかせつつ上空より狙う群れ、総出で火矢を射る兵士達。

〈ええい!降りて来んか! がっぁぁ……! っ!?くそ、よくも、撃てぇぇ!

(…………即死呪文、あいつか!厄介ね)

陣形の乱れた討伐隊へ加速し、不気味に詠唱を続ける翼竜たちの再び放つ血の凍るような殺気の前へと刃を指し向け立ちはだかる勇者。

 

〈なっ何を?!お止め下さい! 避けて!アンルシア様ぁっ!!

「目醒めよッ……!」

 

落日を掻き消すような覚醒の光、身に纏った波動の衣が連弾を一身に撃ち払うまま、ほぼ呟きに等しい早詠みとともに握る剣先を天へと掲げ集中する。

〈ま、眩し、雷雲? 勇者姫様っ……?

「伏せていて。───撃ち堕とせッ!!」

呼び寄せた嵐は悪天の群れを突く紫電の槍となり、十字を斬る太刀捌きに呼応して空を覆う翼を堕とす無数の雷火と降り注いだ。

〈ギィッ!?グェッ、ゲ、ゴッ……

瞬く輝きに塵と化す景色の向こうへと蒼く双眸を据え、彼女は漸く息をつく。

「……遅くなっちゃったけど、終わったよ。すぐ迎えに行くから」

 

♢

 

〈おおっ!団長が目を開けたぞ! 死んだかと思っちゃったスよぉ……!

黒雲の去った空、夕陽に染まる天に捧げた彼女の祈りに息を吹き返し、まだ呼吸の辛そうな兵士が咳き込みながらアンルシアへと頭を下げた。

〈かはっ、姫様、面目ありません。魔物は……?

「ええ無事。私こそ御負担をおかけしてばかりで、御力になれているか、……っく」

〈姫様っ?!お気を確かに! もしや力を使い過ぎたのではっ……?!

 

覚醒に伴う魔力の激しい消耗による枯渇を皮切りに脱力感が襲う。

雷撃を駆使した遁走の身体的な負荷、討伐隊を守り癒し蘇生させた生命力の浪費、度重なる戦闘の疲弊により奥底から悲鳴を鳴らしたアンルシアの五体は───

 

〈誰だ今の?こんな時に…… ぐうって鳴った……?

「わ、私です…………」

その緊張よりも深刻な空腹に見舞われ、真っ赤な顔で手を挙げた。

 

 

無事討伐依頼を終え、アンルシアは報酬を手渡す兵士達にここまでの経緯を話した。

〈なるほど旅行中に……力及ばず、重ねて面目のうございます。不行き届きの責任はわたくしめが負いますので!

〈何卒御許し願います、勇者姫様! お願いしますっス、団長に免じてどうか、っス!

「い、いえっとんでもない、頭をお上げください!犠牲が出なかっただけで何よりです。それより……彼は」

 

尋ねようとした目線の先、土下座に近い姿勢で平伏す一人の小柄な女性隊員の背中からぴょこっと小さな影が飛び出した。

「わっ!?ドラキー……隊員さんの連れている子、ですか?」

〈?あっ、はいっス!ドラきちはあたしのパートナーっス、けど普段は郵便局の仕事であちこちパタパタ飛び回ってる働き者なんっスよ!

 

蝙蝠のような身体にポーチを下げ、ドラきちと呼ばれた魔物はアンルシアへ小さくお辞儀をする。そして女性隊員の方へと振り返り、何かを伝えたそうに羽をぱたぱたと動かす素振りをした。

〈あ、そうそう!ドラきちが姫様の『彼氏さん』から手紙を受け取ってるみたいっスよ!

「!!」

直後、他の討伐隊員のざわつく目線が一斉に中央へと向けられる。

 

 

途端に生気を帯び始めるアンルシアの頬。

手に取った絵葉書に映る浜辺、二人分の荷物と一つのルーラストーンを抱えて笑う、少し疵着いた彼の頬。

『平気だからっ。私も、頑張るから───おわったら迎えにきてね』

 

『マイタウンは残念だけど、えへへ。だいじなものがまた増えちゃった』

駆け巡る記憶に少し肌寒く肩を通り抜ける風が、腰に掛けたキーホルダーを揺らす。

『もし寂しくなったら。ぬいぐるみじゃなくて、あなたを抱き締めに来るから』

 

待ち侘びた報せにただ一点の曇りなく満ち晴れた青の双眼は、取り戻した輝きの雨粒をぽろぽろと溢れさせた。

「お手紙だなんて、ははっ……大袈裟なんだから、……ありがとう、すぐ、帰るね」

 

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