「私を、彩恵さんのマネージャーにしてください」
急に何を言い出すかと思えば、予想外すぎて逆に拍子抜けする内容で、俺は頭上にいくつものハテナマークを浮かべた。
「……なんで? 彩恵のこと苦手って言ってたじゃないか」
「うん、苦手。やっぱり改めて見ても私に似て裏表ありそうな感じするから嫌っすね」
灯は遠慮なしにはっきりと口にした。
「でも、それってようは同族嫌悪じゃないですか」
「そうだな」
「だからこそもっと知りたくなった。私と似てるはずなのに、私とは全く違う人。私より見た目が良くて、私より歌やダンスが上手くて、私より人を魅了できて、私より大人やお金を動かせて、私を差し置いて私の世界で主人公やってる人。そう痛感させられて、ちょっと悔しいというか……正直羨ましいです」
似てるからこそ、余計に自分との差異が目立つ。俺自身は体験したことのない感覚だが、芸能界ではそんなことがよくある。
似たようなタイプなのに一方は大きく跳ねて、もう一方は誰にも知られず沈んでいく。きっとぱっと見の色や形が似ているというだけで、類似していない部分の方が多いから差が出ているに過ぎないと思うのだが、灯は本気で自分と彩恵が近い人間だと思い込んでいるようだった。
「なんだか自分の怠慢とか惰性とか環境の違いとか、そういうのをありありと見せつけられてるようで凄く気分が悪いっす」
「なら、なんで尚のこと彩恵のマネージャーなんかに」
「知りたいんです。どうしたらこんなにも輝けるのか。私と何が違うのか。それを知れたら、私は私の世界でちゃんと主人公らしく生きられるかもしれない。だからこの人の近くに置かせてください。お願いします」
灯は丁寧に腰を折った。
「さすがに無理だ。まだ高校生だろ。彩恵じゃない生まれたてホヤホヤの無名アイドルのマネージャーにすることもできないよ」
「マネージャーじゃなくてもいい。ちょっとした雑用係でもお茶汲みでも、なんでもいいんで彩恵さんの『裏』が見れる仕事につかせてください! お願いします!」
「あのなあ。灯が彩恵相手に変な気を起こすなんて思ってないけど、そんな下心満載のやつ、ことさら近づけられないっての」
「むう……」
ある程度灯も理解できたのか、悔しそうに唸って肩を落とす。
「灯は芸能界に興味あるのか?」
「え? ……いや、それはないですけど」
「主人公だのなんだの言ってるから目立ちたいのかと思った」
「うーん、目立ちたいってわけじゃないんですよね。ただちゃんと自分の人生にしたいっていうか……」
自分の感覚を言語化しようと、灯は眉間にしわを寄せ、ゆっくりと語った。
「一日中、ライブ映像見てて思ったんです。この人は他の人が書いた脚本に割り込んで、自分が主役だって書き換えられる人なんだって。誰だって自分が主人公でいたいって思うけど、そんな思いも無視して他人の世界に割り込める人なんですよ。その上、こっちの主人公願望すら叩き割って『間宮彩恵の世界の脇役になりたい』ってモブ願望を抱かせてしまうような、そんなアイドルに見えました」
「…………」
「でも私は自分の脚本は自分で書きたいし、書いた脚本の主人公は私がいいっす。どんなに彩恵さんが凄くても私の世界の中ではただのモブでしかないし、重要なキャラクターじゃないんです。……じゃないはずだったんすけど」
「その認識が変わってきたのか」
「はい……。悔しいけど、反吐が出るけど、本当にムカつくけど! 彩恵さんが主役だったら私はモブでいいやって思っちゃった。なんならそっちの方が人生楽なのかもって。何も考えずに彩恵さんだけ崇拝してれば、それでハッピーに逝けるのかもって、そう思わされたのが気に入らない」
膝の上でギュッと握った拳に、さらに力が込められる。爪が手の平に食い込んでいるんじゃないかと思うほど、灯は悔しがっていた。
「だから自分で自分の人生、歩んでいけるように『敵』のことを知っておきたいわけっす」
顔を上げてそう言った灯に、少しだけ背中を押してあげたくなった。
表面に浮かんだ理由としては、こんなに真面目な顔をしている灯を見たことがなくて、それに感化されたから。
そして遅れて気づいた、奥底にある理由は――
二人とも、自分で自分の世界を歩きたいと思っている。
それは俺にはない情熱で、簡単に消していいものではない気がした。
「……一応、灯にも出来る仕事があるか上司に掛け合ってみる」
「うへっ⁉︎ マジっすか!」
「掛け合うだけだからな。上がノーって言ったら素直に諦めろよ」
「やったあ! お隣さん、お母さんの次に大好き!」
「はいはい」
「お父さんよりも好き!」
「……複雑なんですが」
◆
それから四日ほどかけて事務所と交渉したのち。
「バイトぉ?」
朝からダンスレッスンのために事務所に訪れた彩恵は、俺の隣で頭を下げた灯に思わず怪訝な反応を見せた。
表では常に落ち着いた微笑みを浮かべる彩恵だが、この時ばかりは灯を前に、素の反応が見え隠れしていた。
「ああ。しばらく俺のマネージャー業務を手伝ってもらうことになった。これから頻繁に顔を合わせることになるだろうから、可愛がってやってくれ」
「それはまあ、いいけど……」
『いいけど』と言いつつ、状況が飲み込めない様子の彩恵。無理もない。先日喫茶店で出会った女の子を急に連れてこられたのだから、当然だ。
そんな彩恵に先手を打つように灯が一歩前へ出る。
「彩恵さんのアイドル活動を支えられるように、精一杯頑張ります。これからよろしくお願いします」
用意してきたような言葉に彩恵も、「……ええ、よろしく」と、ぎこちない笑みで返した。
「これから事務所の案内をするから、灯はロッカーに荷物預けてきてくれ」
「うっす」
いかにもバイトらしい返事をすると、灯は会議室を出て廊下を真っ直ぐ進んだ先にあるロッカーへ向かっていった。
そして二人きりになった途端、彩恵は俺にガンつけるようにして顔を近づけた。
「なんであのチンチクリンがいるの」
「だからバイトなんだって」
「答えじゃなくて解説を求めてるのよ」
「……喫茶店でも言ってたけど、あいつは元々働く場所を探してたんだ。それなりに面白そうで、金になって、働きやすそうな場所を。それがここだったってだけ」
「適当言って誤魔化さないで。元々、バイトなんて募集してなかったでしょ? なのに『面白そう! 働きたい!』ってだけで業界関係者になれるわけないじゃない。どうやってあの子を私の付き人にまで捩じ込んだの? 枕? あ、それともあなたが枕された?」
「んなわけねえだろ。俺は彩恵しか担当してないけど、他のマネージャーは複数人担当してる上に、上がまだまだアイドル発掘する気だから、マネージャーの人手が不足してるんだ。俺には関係ないから今まで放っておいたけど、ゆくゆくはマネージャーにするつもりで俺の下で育てる、って上に持ちかけた。……結構強引に」
「そうまでしてJKが欲しいんだ」
「言っとくけど俺だって灯をバイトにする気はなかったんだぞ。こうまでして捩じ込んだのには浅い理由があって……」
俺は彩恵に説明しようとしたが、そこで会議室のドアが開いた。
振り返ると灯が「預けてきました」と戻ってきていた。再び彩恵の顔色を窺うと、彼女はさっきまでの態度をかき消して、いつも通りの柔らかな雰囲気を纏っていた。
「どうかした?」
白々しく首を傾げて俺を見上げる彩恵に、呆れてため息を吐いた。
「……なんでもない。俺は灯を案内するから、彩恵はレッスンを受けてきてくれ。あとでレッスンルームも寄るけど、あまり気にしないように」
「コーチに今日は手加減するよう言っておくわ」
適当にジョークを飛ばして彩恵は会議室を後にした。
今度は灯と二人きりになったところで、俺は切り出す。
「……で、どうだった?」
それまでバイト初日らしく固い表情を浮かべていた灯は、肩の力を抜いて背中を丸めた。
緊張から解放された自然な笑顔を見せると、ふるふると首を横に振る。
「まだまともに喋ってもないんで、何もわかんないや。でもやっぱ、間近で見るとオーラ凄いっすね」
「うっすい感想だなあ」
「あと、おっぱい大きい」
「やめーや」
「薄いとか言うから、分厚いこと言ったのに」
色んな意味で心臓に悪くて、灯のおでこをデコピンで弾くと、「いたっ! 初パワハラだ……」と彼女は弱々しい声をあげた。