そろそろランチタイムにかかろうかという時間に、彩恵が雑誌のインタビューを受けていた。
アンティーク調の本棚やソファを並べた中世ヨーロッパの書斎をイメージしたスタジオの隅で、木製の丸テーブルを間に挟み、インタビュアーの女性と一対一で話している。
インタビュアーはスーツ姿だが、彩恵の方は黒のロングワンピースを着ていて、スタジオの雰囲気と見事にマッチしていた。
他のスタッフ達はインタビューの邪魔にならないよう、距離を取って休憩したり、機材の片付けや午後の段取りの確認に勤しんでいる。
一方で俺は特にやることがなく、壁にもたれてぼんやりと人の動きを観察して時間を潰していた。
「インタビューって、グラビア撮影の合間とかにやるもんなんすね」
隣で大人しく現場を見ていた灯が呟いた。
土曜日らしく、ジーンズにTシャツとパーカーを羽織っただけのラフな格好で俺の隣に立っていて、フォーマルな格好しているスタッフが多いこの場では、かなり浮いて見える。その辺の子供が勝手に入り込んだかのようだ。
そんな感想を抱きつつ、灯の横顔を眺めていると、彼女は俺の視線に気づいてパッと俺を見た。
「……なんすか?」
「いや、なんでもない」
首を振って誤魔化すと、向こうで朗らかに話す彩恵に目を向けた。
「忙しい時はどうしてもこうなる。来月からはツアーが始まるし、タイミング見計らって入れるしかないんだ」
ふーん、と相槌を打つと灯はジッと彩恵を観察した。獲物を狙い澄ます猫にも似た目。
教室の端から端ぐらいまで離れているものの、流石に彩恵達も視線に気づいたようでチラリとこちらを一瞥した。
「見過ぎだ。二人とも気が散ってる」
「す、すいません、つい。どんな話してるのかなーって気になって」
「そのうち記事のサンプルが上がってくる。それまで待てよ」
「うい。……にしても不思議っすね。お隣さんに仕事で注意される日が来るなんて思いもしなかったっす」
まだ慣れないという様子で、灯は苦笑いを浮かべた。
「そのセリフは俺が言いたいぐらいだ」
ため息混じりに返すと、灯は面白そうにあはは、と笑った。
灯を俺のサポーターとして雇ってから一週間が経った。未だに職場に彼女がいることに違和感を覚える。
上にはマネージャーとして育てるつもり、なんて言ってしまったが、本人は彩恵のことを知りたいだけで、マネージャーになる気なんてさらさらないため、あっさりバイトを辞められたら上司に何を言われるかわからないが……考えないようにしている。
初めのうちは灯がきちんと働くのか、正直懐疑的だった。しかしそれは杞憂だったようで、根は真面目な彼女はキビキビと働いてくれる。なんなら猫被りな性格のおかげか、上司やスタッフからの評判もいい。
「それではインタビューは以上になります」
インタビュアーがそう言うと、彩恵は立ち上がり、俺たちの方へと歩んできた。
「終わったわ」
「お疲れさま」
俺が声をかけると、隣で灯も「お疲れさまです」と労う。
一週間経ってもどこかよそよそしい灯に、人見知りしている親戚の子を可愛がるような目で彩恵は「お疲れさま。灯ちゃん」と笑った。
「この後も撮影でしょ? お昼はいつ?」
「もう入っていいらしい。一時間、休憩挟んでから再開だ。スタッフが弁当を用意してくれてるから、俺が取ってくる。先に控え室で待っててくれ」
と言った矢先、灯が俺を手で制した。
「私が三人分取ってきます。ついでに自販機探すつもりだったんで。お二人は戻っててください」
こっちの返事も聞かず、灯は財布片手にパタパタと走ってスタジオから出て行った。
その背中を見ながら彩恵がポツンと。
「……出来る部下を持ったみたいね」
「らしい。後輩力高いなアイツ」
「可愛いわね」
「ああ」
「…………」
「な、なんすか」
「別に……」
ぶっきらぼうに呟き顔を背けると、彩恵はスタスタと廊下を歩き出した。なんなんだ、と疑問に思いながら、機嫌の悪い彩恵の三歩後ろを付いていった。
用意された控え室は、こじんまりとした部屋だった。右手には鏡台。奥には白いテーブルとそれを挟むように二人用のソファが配置され、姿見や一人用のロッカーも置いてある。
フローリングスタイルの部屋のため、ドアを開けた彩恵に続いて、入り口で靴を脱ごうと自分のかかとを踏んだ時だった。
バタン――。
妙に強くドアが閉まった。乱暴とまではいかないが、風を通す隙間もゆるさないといった勢いと、粒立った音。
不思議に思って振り返り、ドアを閉めた張本人の顔を見ようとしたその時。
「ていっ」
ずいぶん可愛らしい掛け声と共に、ドアのすぐ右手の壁に向かって身体をドンっと押された。
背中が壁に当たる衝撃に驚いて、素っ頓狂な声を上げかけたが、吐息のかかるほど間近に迫った彩恵の美貌に息を呑んだ。気づけば彩恵の両腕が俺の顔の両側に伸びて、壁に手をつき、逃げ場を完全に塞いでいる。
いつぞやの握手会を思い出して冷や汗をかきつつ、「な、なんでしょう?」と伺った。
「なんでしょうも何も、ようやく邪魔者が消えたんだから要件は決まってるわ」
「……すぐ来るぞ」
「すぐイくの間違いじゃなくて?」
「上手い。……いや、感心している場合じゃなくて。今はダメだって」
「じゃあいつならいいのよ。あの小娘が来てから何もできてないんだけど」
心の底から恨めしそうに彩恵が言った。
灯がバイトに来てから、彩恵とのスキンシップは極端に減った。タイミングを見計らって彩恵が近づいてくる場面もあったが、運良く(もしくは運悪く)、灯はここぞというタイミングで現れて彩恵の企みを阻止していた。
単にスキンシップが減っただけならまだいい。問題は彩恵が今までのように、俺に愚痴や不満を吐露し辛くなったことだ。
灯の前で仕事や生活の文句を言うわけにはいかず、ここ一週間の彼女はフラストレーションが溜まりっぱなしだった。
たかが一週間ぐらいなら大丈夫だろうと高をくくっていたが、今の刺し殺すような鋭い目つきの彼女を見るに、俺の想定は甘かったらしい。
「そっちはどうなの?」
「どうって?」
「一週間、私に触ってもらえなくてどうしてたのってこと」
「どうもこうも……」
「…………ずっと溜めてた?」
逸る気持ちを押し殺したかのような慎重な問いに、俺は目を逸らしながら頷いた。
すると彩恵はそれまでの凍てつく目を、キラキラしたものに変えた。
「もしかして私のためにオナ禁してたの? そのうち襲われたときにいっぱい出せるように?」
「だ、だったらなんだよ。てか、そもそも自分でそんなにしないし」
「か~わいい」
馬鹿にした言い方にムッと腹が立って言い返そうとするも、彩恵は俺の前にしゃがみ込んで一瞬でベルトを緩めた。あまりにも早く静かな動作に、手品とか上手そう、なんて感想さえ抱くレベルだった。
膝上までスラックスを下げられ、ブリーフを器用に口で咥えて下された。
しなだれた俺の分身が現れると、彩恵は啄むようなキスで出迎える。
「ちゅ……ん、ちゅ……我慢できないかも。もう食べちゃうわね」
「ま、待って……!」
「あー……んむっ。ぢゅるるるるるるるっ♡」
垂れた横髪を耳にかけながらお淑やかに咥えた。上品な動作に背筋をなぞられたような感覚が走る。
生温かい口内で飴玉を転がすように息子が弄ばれた。舌でなぞられ、喉から吐息をかけられ、密着した唇で圧力をかけられ……。
多方面から異なる刺激を繰り返されて一段、また一段と硬直し、肥大化していく。
「ちゅぶっ……ん、れちゅる…………むちゅ…………うう……」
上目遣いで俺の目を射抜きながら、彩恵は頬を膨らませたり、凹ませたりして様々な表情を見せつけた。
子供のようにむくれた顔も、娼婦のように媚びる顔も俺の中に深く刺さって、あっという間に彩恵が口に含みきれないほど竿は大きくなった。
「んんっ……ぶっ! はあ……あなたのこんなに大きかったっけ? オナ禁してたせい?」
「知らねえ……てか、早くしてくれ。まじで灯が帰ってくる」
「んふ。なんだかんだで射精したがってるじゃない」
誰のせいだと思っているのか。
焦りだす俺に反して、彩恵は時が止まっているとでも思っているのか、やけに落ち着いていた。
また、焦らすような啄みで鈴口を可愛がりながら、彩恵はワンピースのポケットを漁る。そして何かを取り出すと自分の右手の中指に嵌めた。
つい先日、俺の家からパクっていった指輪だ。
その指輪を嵌めた手で、汚れるのもお構いなしに唾液まみれの竿を握る。
俺は思わず言った。
「どういう癖なんだよ、それ」
「だってゾクゾクしない? あなたの元カノがあなたのために選んだ物、それを私が汚しまくって私とあなたの匂いで染めてくのよ。すっごい興奮する」
「きっしょ……」
精一杯そう言ったが彩恵は楽しそうに笑うだけだった。
そして口を開け、搾り出そうと本気の目になった次の瞬間。
コンコン――。
「……っ!」
俺のすぐ左手にあるドアがノックされて俺も彩恵も息を止めた。
ドアノブのレバーが下に下がる。誰かがドアを開けるまさにその瞬間を、スローモーションで視界の端に捉えた。
「お疲れさまで……」
灯の声が聞こえてドアがほんの数ミリ開いた。
俺は咄嗟にドアを押してバタンッ、と無理矢理閉める。
「え⁉︎ あ、あの……彩恵さーん? お隣さーん? 弁当持ってきたんですけど」
困惑する灯の声が聞こえる中、俺は彩恵にアイコンタクトを送った。
彩恵はすぐに頷きドアの向こうに向かって声をかけた。
「……ごめんなさい、灯ちゃん。今、服汚しちゃって着替えてるの。すぐ終わるから待っててもらえる?」
「あ、そうだったんですね。ノックしたのに返事も聞かないで、すみません……お隣さんは?」
「スタッフと話し込んでたから、先に私だけ来たの。もう少ししたら来ると思う」
「わかりました。ここで待っとくんで、着替え終わったら教えてください」
灯はそう言って、静かに黙った。
俺と彩恵は心臓を震えさせながら互いをじっと見つめて固まった。ゆっくりと息を吐きながら心臓を落ち着けると、急激に冷えた脳で冷静に考える。
控え室にはロッカーがあった。ちょうど一人分が入れそうなロッカーが。灯に気づかれないように慎重にあそこまで行って中に入れば、控え室には彩恵しかいなかったことになって、なんとか誤魔化しきれそうだ。
俺はそう考えてどうにか彩恵にそれを伝えようとして。
「……っ⁉︎」
ゆっくりと右手を動かし始めた彩恵に声を上げそうになった。
咄嗟に口を両手で覆い我慢すると、足元では彩恵がニヤリと笑いながら竿を擦っていた。
悪魔のような表情に文句の百個は言いたくて仕方がない。だが、口を開けないこの状況では黙っておもちゃにされるしか選択肢はない。
華奢な彩恵の手が、根元から先端へと行き来する。
「ちゅ……っ…………ちゅむ…………」
極力音を立てないよう、彩恵が優しく唇で触れた。
真っ赤に染まった先端。擦れて垢の溜まったくびれ。爆破直前まで膨らんだ玉。
優しく、意識しなければ触れたかどうかも感じられないような接吻。
ドアの向こうの存在に緊張感を突きつけられながら、彩恵の動きを凝視する。
やがてぱっくりと開いた鈴口から透明な液体が滲み出すと、彩恵はその薄く、潤った唇で吸い上げた。
「…………ちゅぅぅう…………」
微かに聞こえるリップ音と共に粘性の体液が飲み込まれていく。
もうすでに限界まで来ていた。
灯の存在を無視して彩恵の口内に突っ込みたくて仕方がない。それを僅かな理性が堰き止めている。
そんな俺を嘲笑う黒いワンピースの悪魔。
――イきたい?
声を出さず、口の動きだけで俺に訊ねた。
俺が何度も頷き、懇願すると彩恵はわかった、と微笑んで返す。
彩恵は口を大きく開けて構えると、先ほどより速度を上げて手で何度も擦る。
友達から飲み物を貰う時に、ペットボトルに口がつかないようする部活生みたいな格好で、決して咥えないままで俺の発射を待った。
彩恵の着けた指輪が竿に食い込み、痛みと心地よさを与えてくる。
敏感な先端まで指輪が触れると、それはより強烈な刺激になった。
喘ぎそうになるのを必死に我慢しながら、前後に行き来する手の感触を味わう。
ジッと構える彩恵の口、その奥の喉からはー、とぬるい吐息が吹きかけられて下半身が脈打った。
――出して。
最後に彩恵が口パクでそう言って。
俺は水鉄砲のように連射した。
彩恵の舌が、歯茎が、頬の内側が白濁とした塗料で塗りつぶされる。
一週間溜め込んでいたせいで、量も多い上に、打ち止めになるまでが長い。それでも彩恵は嫌な顔ひとつせず、ピクリとも動かず全て受け止める。
やがて俺の痙攣が止まったかと思ったら、ツーっと滴が先端からこぼれ落ちた。床に落ちる前に彩恵が竿の下まで顔を潜り込ませて、舌を伸ばし、器用に掬い上げる。
必死に一滴一滴を拾う姿がみっともなくて、脳が晴れるような気分を味わった。
やっと終わった。
そう思って、すぐにロッカーに隠れようと思ったが……彩恵はおもむろに指輪を外した。
「……?」
なんだ? と疑問に思った俺に、彩恵は指輪を摘んで見せると――まだ俺の精液を飲み込んでいない口に指輪を入れた。
「……は?」
思わず声が漏れ出た。灯の存在を忘れるほどの衝撃だった。
彩恵は口を閉じ、口内を
そして最後に口を開け、その中を見せた。
舌の上には銀の指輪。白濁としたものはもう残っていなかった。
指輪を口から取り出すと自分の中指にそっと嵌めて立ち上がり、灯に聞こえないよう、俺の耳元で微かに囁く。
「…………あなたの匂いで染めるって、そういうことだから」
こいつ頭おかしい。
率直にそう思った。
「待たせちゃったわね。入って」
俺がロッカーに隠れると、部屋のドアを開けて彩恵が灯を招き入れるのが聞こえた。
「いえ、お気になさらず……って、あれ? 着替えてたんじゃなかったんですか?」
服装が変わっていない彩恵に灯が困惑しているようだったが、彩恵はサラリと躱す。
「あの日なの忘れてて、下着汚したのよ」
「ああ……なるほど」
上手く誤魔化して二人は控え室で弁当を食べる準備を始めた。灯には何もバレなかったようで、ロッカーの中でそっと胸を撫で下ろした。
ちなみに俺がロッカーから出られたのは、灯がトイレに行ったタイミング――閉じこもってから三十分以上経った頃だった。