リハーサルが終わり、本番が始まるまで二時間を切った。
スタッフと話を終えた後、楽屋へ戻ると灯がひとりで机の上に何かを並べていた。
後ろから覗くと、それは全て物販で売られている彩恵のブロマイドで、灯は一枚ずつ丁寧にファイルに収納していた。怖いのはどれも同じ写真だということ。
「また買ったのか?」
灯は俺に一瞥もせず、作業を続ける。
「何枚あっても足りないっす」
「同じ写真なんかそんなに要らないだろ」
「オタク心理の理解が浅い……。マネージャーならファンのこういう常軌を逸した行動も、マーケティングに使うべきっす」
自分の行動が異常であると、なぜか自慢げに胸を張った。狂気を感じる。
灯は初日公演を浴びた時からどっぷり彩恵に心酔していて、最初はグッズをちょこちょこ買うぐらいだったのに、三公演目の今日はこの有様だ。どこまで行くのか不安が半分、面白さが半分だ。
「これ、サインとか頼んだら書いてくれますかね?」
「頼まれたら書くだろうけど」
そう答えたタイミングでガチャリとドアが開き、手洗いから彩恵が戻ってきた。
彼女は自分のブロマイドが何枚も並んだ机を見てギョッとした。
「お疲れ……。灯ちゃん、また買ったの?」
「もちろんです。もうちょっとで一冊埋まります」
得意げにコレクションファイルを見せられ、彩恵は顔を引き攣らせる。
「ほ、ほどほどにね。ブロマイドも安くはないから……」
「困ったらお隣さんに金借りるんで大丈夫です!」
「貸さねえぞ」
「それより、あの……い、一枚だけでいいんで彩恵さんのサインとか、欲しいなあ……みたいな……」
「それぐらいならお安い御用よ。普段、お仕事頑張ってもらってるし」
「やった!」
灯はその場で飛び跳ねて、お気に入りのブロマイドを渡し、彩恵にサインを書いてもらった。
埋蔵金でも見つけたかのような喜びようの灯を横目に、彩恵はサインペンをくるりと指で回す。
「あなたも要る?」
「いや、いい」
「……そ」
そっけなく答えると彩恵は椅子に座ってスマホをいじり出した。
ライブを終え、彩恵も私服に着替えた後、俺と彩恵は楽屋を片付けていた。
灯はこの場にいない。今日はこの後スタッフと打ち上げがあるが、飲みの席になりそうなため灯は居づらいだろうと先にホテルへ帰した。本人も彩恵のサインを安全な場所に移動したいと言っていたし、ちょうどよかった。
「これ灯のか」
机の下に落ちていたブロマイドを拾う。彩恵のサインに夢中でコレクションの一枚を落としたようだった。
あとで渡しておこうと、胸ポケットに入れると、ソファの上にドスッと押し倒された。
「おわっ……⁉︎ な、何だよ急に!」
馬乗りしてくる彩恵を睨むと、彼女はサインペン片手に俺のスーツを脱がせにかかった。
「お仕置き」
「なんの⁉︎」
「私のサインを雑に断った罰」
「今更いらんて、そんなもん」
「ファン失格よ。全身に書くから脱げ」
「嫌だっ……!」
ソファの上で揉み合いになる。
マウントは取られているものの、俺の方が力が強く、彩恵の両腕を取ってなんとかシャツから手を離させた。
「くっ……この!」
「うぐっ!」
ムキになった彩恵が膝を立て、俺の股間にグリグリと押しつけた。
強い痛みに悶えた隙に、彩恵は逆に俺の手を押さえ主導権を奪った。
「痛みで服従させるのは反則……」
「その分ちゃんと可愛がるから大目に見なさい」
彩恵は俺のシャツをはだけさせようとして、あまりにも痛そうな俺の表情に、手を止めた。
「……もしかしてホントに本気で痛かった?」
「あと二歳若かったら泣いてた」
「ご、ごめんなさい。そんなに痛いとは思わなくて」
「しおらしくなるなよ。なんかグッとくるだろ」
「お詫びするから許して」
「……頼みます」
申し訳なさそうに謝る彩恵に、俺は身体を委ねた。
◆
◆
◆
「お隣さん達、まだいるかな」
さっきまで熱狂を巻き起こしていたライブ会場の、関係者しか入れない廊下をひとり歩いていた。
お隣さん達と別れてホテルに向かっていた途中、私の大事な彩恵さんコレクションを楽屋に落としたことに気づいて戻ってきた。サインが貰えたことにうつつを抜かすと、こんなミスをするらしい。次から気をつけないと。
長い廊下をうろ覚えの記憶を頼りに歩き、なんとか迷子にならずに楽屋を見つけた。早速ドアを開けようとすると中から微かに声が聞こえて、ドアノブに伸ばした手を止める。
「お隣さんかな……」
他のスタッフが掃除でもしていたらなんか気まずい。いつもと違ってお隣さんもいないから、コミュ力がそこまで高くない私はぎこちない挨拶くらいしかできない。
誰がいるのか、ちょろっとドアを開けて中を覗いてみた。
「…………えっ」
僅かな隙間から見えた光景に、私は声をあげそうになって咄嗟に口を押さえた。
「じゅっぷ……ん、ぢゅる…………ぢゅっぷ!」
「あ、彩恵……音出しすぎ……」
「んふっ。そんなに腰引けて言われたら、もっとイジメたくなるんだけど。……じゅるるるっ、んぶっ、んう……ぢゅううううぅ♡」
さっきまで私もいた楽屋。ライブが始まるまで雑談したり、ブロマイドの整理をしたり、差し入れの弁当を食べたりしていた、どこのライブ会場にでもある普通の楽屋。
ちょうどドアの真向かいにある壁際のソファの上で、ズボンと下着を膝下まで下ろして寝転がるお隣さんがいた。そしてそのお隣さんの下半身に覆い被さるようにして彩恵さんが何かを咥えている。
最初はそれが何なのか、はっきり見えなくて分からなかったけれど、あまりにも近すぎる二人の距離とちょうどお隣さんの腰の辺りであること、それと品行方正とはかけ離れた音量のリップ音に、理解してしまった。
「う……あ…………」
あまりの衝撃に押さえた口から声が漏れる。必死に押し殺そうとしても、悲鳴になりかけた声がどうしても溢れてしまう。
幸い二人には聞こえていなくて、そのまま目の前の光景は続いていった。
「じゅるるるっ♡ んぷっ、んんぅ……れろれろれろれろ♡」
「……っ!」
「これ好きよね。尿道のところに舌先突っ込まれるの。我慢汁ダラダラ出てくるからたくさんしたくなるわ」
「今日はそれ控えてくれ。これから打ち上げなのに暴発しそうになるっ」
「顔汚れたら大変だものね。でも二割ぐらいは暴発されるの期待してるのよ。最近顔にかけられてないし」
二人の会話が鮮明に耳に入る。
ずっと前からそういう関係だったらしくて、心臓より深い場所がキュッと縮こまった。
それがどんな感情なのか、分らなかった。
お隣さんを取られたという嫉妬なのか、崇拝していた彩恵さんの女としての言動がショックだったのか、私には分らない。
ただ、少なくともひとつだけ確かだったのは。
「…………えっろ」
薄ピンクの彩恵さんの唇と、赤黒いお隣さんの竿の先端が触れ合う絵面が、私の目を釘付けにしたということ。
知識で知ってはいるけれど、実際に見る男性器は想像以上にグロくて怖い見た目だった。そんなものを彩恵さんは赤ちゃんの頬にキスするぐらいのノリで可愛がっている。
気づけば私は二人の行為に見入っていた。
「んぢゅむ……んぱっ! 準備できた。身体起こして」
「……口じゃないのか」
「ごっくんしてほしかった? 残念。今日は一番深くでご奉仕するわ」
彩恵さんに言われてお隣さんがソファに座ると、彩恵さんはあっという間に自分のジーンズを脱ぎ捨てて、正面から抱きしめるようにしてお隣さんにしなだれかかる。
彩恵さんはお隣さんの手を、ピンクのショーツに覆われたもっちりとしたお尻に誘導する。
お隣さんの大きな手が彩恵さんの綺麗なお尻を撫でた。
彩恵さんがくすぐったそうにすると、お隣さんの中指がショーツの中へと滑り込む。
「ん、あっ……そこ……♡」
「……っ⁉︎」
うっそでしょ! と、声を上げたくなった。お隣さんの指は、私が想像していた彩恵さんの秘所とは違う場所に入っていた。
お尻の割れ目の中心。
本来の使用用途とは違う使われ方をしている菊の門に思わず絶句する。
そういう嗜好の人がいるのは理解しているけれど、あの彩恵さんがそこを弄られて喜ぶような人だとは思いもしない。
私はこれから起こることを妄想しながら、観測する。
「あはっ……入り口クリクリばっかり。やらしい」
「もうそろそろいいか? 早く出したい」
「ええ。ほぐれてきたから大丈夫」
彩恵さんは一度お隣さんから降りると、クルッと身体を反転させて、自分のお尻を広げながらお隣さんの反り立った竿にめがけて腰を下ろした。
「ん、ぐぅ……はっ……♡」
お隣さんを背もたれにするように座り、自分の中に完全にお隣さんのを納める。
使っていない秘所が隠れているショーツのクロッチ部分はすでに濡れているみたいで、色が濃くなっていた。
ゆっくり呼吸する彩恵さんをお隣さんは後ろからぎゅっと抱きしめて、「だ、大丈夫か?」と聞いた。
「え、ええ……この体勢初めてだからちょっときついけど……動くわね」
彩恵さんは自分で腰を浮かせて、ゆっくりと下ろす。
少しずつ、慣らすように丁寧に。
ダンスの振り付けみたいで、こんな所作まで綺麗に見える。その事実が、この人はそっくりさんでも何でもなく、彩恵さん本人なんだと私に理解させた。
腰を下ろすたび、シャツに覆われた大きな胸がゆったりと揺れる。お隣さんがその膨らみを無遠慮に鷲掴んで、彩恵さんの耳や首元に口づけていた。
「いつもと違うとこ擦れる……っ。すげえいいかも、これ」
「んっ、く、うう……あっ、う……♡ お腹拡がる感じ……好き……♡」
ゆっくりと。リズミカルに。
彩恵さんが動くたびにお隣さんも感じているようで、彩恵さんにしがみつく腕の力が強くなっていった。
徐々に彩恵さんの腰の動きが大きくなっていって、彩恵さんが浮くとお隣さんの竿がチラッと半ば辺りまで見える。テラテラと濡れていて、血管が浮き出ていて、今にも爆発しそうなくらい膨らんでいる。
お隣さんをここまで興奮させてしまう彩恵さんに、グッと奥歯を噛み締めた。
「んっ、ふう、あ、あう……ああ、最悪♡ マネージャーのせいで、完全にアナニー目覚めた♡」
「……セックスじゃないのか」
「アイドルだもん……アナニーならセーフ……あんっ♡」
はちゃめちゃな理論で彩恵さんは快楽を味わっていた。
蕩けた表情。乱れた呼吸。下品な言葉。
私の知っている世界とかけ離れすぎて、逆に頭が冷めてきた。もしかしたら、これは全部夢かもしれない。
「マネージャー、出してっ。専用アナルオナホに全部っ……んあっ、あぐっ……っ♡」
彩恵さんがズンッと一層強く打ち下ろすと、お隣さんの膝がブルブルと震えた。彩恵さんも全身が強張って、電気を流されたように痙攣する。
二人の動きが固まる。小さく息を切らした二人が手を重ねて、快楽以上の何かを共有し合った。
「はあ……はあ……ああ……やば。頭空っぽになる。マネージャーの精液、全部流れてくる……。そっちはどう?」
「ふう……すっごい賢者モード。もう片付けて早く打ち上げ行こう」
「ふふっ。今度は精力剤盛ろうかしら」
「勘弁してくれ」
「もうちょい、ぎゅっして。落ち着いたら退くから」
「はいはい」
いかにも事後っぽい会話をして、密着したまま二人は余韻に酔いしれていた。
「…………」
初めて見た情事。身近な男女による、ちょっと特殊で、特別な行為。
何かが違えばトラウマになっていたかもしれないほどの強烈なシーンに、私は酷い無力感を感じた。
行為中の彩恵さんの顔は快楽に対する喜びよりも、お隣さんを独り占めできる立場にあることの優越感に満ちていた。
そして今まさに、お隣さんから抱きしめられて、幸せそうに笑っている。
間宮彩恵は全てを持っている。
有り余る美貌も、全能に近しいスペックも、ファンからの歓声も。
そして、お隣さんですらも。
「…………」
私は間宮彩恵に勝ちたかった。どこか一つでもいいから彼女より秀でて、主人公の座を奪い返したかった。
初ライブを見て諦めてしまったけれど、今気づいた。私はまだ、真向勝負を挑んでいない。
見た目も、歌も、ダンスも、何も挑戦していない。それなのに諦めていた。
戦ってみよう。真向から。そうでなきゃ主人公どころか、
「ふー……」
私はゆっくりと息を吐いて、気持ちを落ち着けると。
ガチャッ――。
音を立ててドアを開いた。
カチンと固まるお隣さんと彩恵さんに、スマホのレンズを向けて。
「なーに、面白そうなことしてんすか」
私はステージに上がった。