事務所の小さな会議室で彩恵とスケジュールを確認し終えた時だった。そういえば、と思い出して鞄の中から封筒を取り出す。
「グラビアのサンプルページ届いてたぞ」
「ああ、水着のやつね。忘れてたわ」
彩恵に渡すと、彼女は早速封筒を開いて中の紙束に目を通した。俺も先に確認はしているが、改めて彼女の手元を覗き込む。
数枚の紙には実際に販売される予定の雑誌の一部ページが印刷されていて、彩恵の水着姿が大きく特集されていた。
水色のビキニの上に、パーカーを羽織った彩恵が海辺でほほ笑んでいる。どのシーンもシチュエーションとしてはありきたりなものなのに、抜群のプロポーションと独特の空気感のせいで、一度見ると忘れられないカットばかり。贔屓目なしに見ても同年代のアイドル達より輝いていると思う。個人的には大満足だ。
真剣な表情で紙をめくり、最後まで目を通すと、彩恵はそっと机の上に置いた。
「うん。まあ、良いと思う。酷いとは感じない」
「そっか。俺もよく出来てると思うし、彩恵がいいならこのまま出力してもらうように伝えておく。他に気になる点は?」
「……いいえ。特には」
何か言葉を飲み込んだような間を俺は見逃さなかった。
「誰もいないんだし、素直に言えよ。どうした?」
彩恵は少し悩んだそぶりを見せた後、意を決したように口を開く。
「前々から疑問だったのだけど、こういうグラビアってどこがいいの? ファッション誌ならコーディネートとかデザインの参考になるから需要はあると思うけど、わざとらしいポーズと笑顔を並べただけの雑誌にどんな魅力があるのか、私にはイマイチ……」
「ファンからしたら好きなアイドルの写真がページ全体に載ってるだけで嬉しいもんだろ。わざとらしいなんて皆気づいた上で楽しんでる」
「だったらアイドル衣装みたいなキラキラした格好の方が華やかで良くないかしら? 露出が少ない姿なんてそんなに見たいものなの?」
彩恵的にはドレッシーな恰好の方が美しいと感じるらしい。確かに水着にデザイン性は薄いのかもしれないが、読者のほとんどはそんなこと、気にしていないだろう。
困った。なんと答えよう。
娘に子供の作り方を聞かれたような気分だ。
「露出が少ない方が嬉しい人もいるんだろう」
「ふーん」
よく分からん、という顔で彩恵は頬杖を突き、今一度自分の水着姿に目を落とした。
そしてはっと気づいたように顔を上げる。
「あ、そういうこと? これで抜くのね?」
「察するな。というか察しても口にするな」
「ご、ごめんなさい。妙に腑に落ちて」
清廉潔白そうな顔から『抜く』とかいうカジュアルな言葉が出てきて地味にショックだ。
彩恵は苦笑いでごまかしつつ、後れ毛を指で弄り始めた。
「やっぱり私もこういう感性を育てるべきね。男性のツボに疎すぎるわ」
「やめろ。余計なこと覚えて路線変えて、後戻りできなくなったアイドル多いんだぞ。今のままでいい」
「どんなに純なアイドルでも多少は性を売りにしてるでしょ。ある程度の教養は必要だと思う」
「そうかもだけど……仮に育てるとして何をやるんだ。危ないことはやるなよ?」
「こういうグラビア雑誌、事務所にも置いてあるでしょ。いくつか貸して」
何を言い出すのかヒヤヒヤしたものの、真面目に他の雑誌を見て分析するらしい。
それぐらいならと、俺はすぐに資料室へ向かって、先輩アイドル達が載った雑誌を適当に選んだ。うちは大手とまではいかないものの、徐々に規模を拡大している事務所だ。今やメディアに引っ張りだこのアイドルも所属しているおかげで、参考資料は多い。
会議室に戻り、彩恵の前に雑誌をざっと並べた。当然、すべて女性の水着写真がメインのもの。表紙から肌色成分が多くて目のやり場に困るが、彩恵は特に気にせず一冊手に取った。
難しい顔で読み始めると、とあるページを開いて俺に見せる。
「これぐらい布面積少ないと嬉しい?」
「どうだろうな。人による」
「あなたの感想を聞いてるの」
「……ちょっと狙いすぎてて好きじゃない。露骨すぎて引く」
「そんなこと言ったら水着なんて露骨におっぱい見せるための物じゃない。ほら」
谷間を強調したページを見せつけられ、俺が反射的に目を逸らすと彩恵はコクコクと頷いた。
「こういう女丸出しで知性のかけらも感じられないポーズでも、ドキッとするぐらいには好きなのね」
「不意打ちで出されると誰だって反応に困るだろ。女性でも目逸らすって。ほら」
反撃に俺も一冊取って、適当なページを開くと彩恵は目を細めた。
「何? セクハラ?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「最近は恥ずかしがってる女性を見たくて嫌がらせする人も多いみたいだし、あなたもそっち側だったってわけ」
「それ言ったらお前もだろ!」
「私は今後の参考のためという、真面目な理由で見せただけ」
「……逃げるのがお上手ですね」
「という建前の下、あなたの恥ずかしそうな顔が見たくてやった」
「やっぱセクハラかよ!」
「冗談、冗談。一応、男性のツボを知りたいっていうのは本当」
クスクスと笑って彩恵は他の雑誌を手に取った。タチの悪い冗談だ。危うく社会的に処刑されるところだった。
「まあ、確かに露骨なのはダメって気持ちは分かるわ。これはちょっとやりすぎ。こっちはどう? デニムのホットパンツ履いててクールなタイプ」
「それぐらい自然な方が好みではある」
「でもこれ、上もTシャツ着てるし、身体のラインはほとんど見えないじゃない。それでも惹かれるものなの?」
「別に肉体しか見てないわけじゃない。表情とか、仕草とか、雰囲気とか、そういう全体をひっくるめて良いなって思うもんだ」
「なるほど」
「それに上は隠れてても、太ももから下はしっかり映ってるじゃないか」
俺がそう言うと彩恵は眉間に皺を寄せて写真を睨んだ。
「そんなに細いようには見えないけど」
「太い方がいいって人もいる」
「マネージャーはどっち派?」
「答えなきゃダメですか?」
「いいじゃない、これぐらい。好みのカップ数とかよりは答えやすいでしょ」
「……細いよりは多少肉付き良い方が魅力的に感じる」
「最低でもDカップ以上ってことね」
「言ってねえぞ、そんなこと。あくまで太ももの話だ」
「『上細くて、下太い方が好き』なんていう特殊な癖をお持ちで?」
そんなわけがなく、口をつぐんだ。彩恵は言い負かして気持ち良くなったようで、わざとらしくため息を吐く。
「男の人っていつもそう。結局、大きいのにしか興味ないじゃない」
「ついさっきまで水着グラビアに何の魅力があるのー、とか言ってたくせに……」
「でも安心したわ。これで細くて小さい方が好き、なんて言われたら担当アイドルとしては複雑だから」
あざとく髪を揺らし、やや上目遣い気味に彩恵は俺を見つめてくる。その仕草やセリフに心を掻き乱されながら、決して彼女の顔から下を見ないように努めた。
正直に言って、彩恵の肉体造形は黄金比と思えるほど完璧だった。
165cm越えの身長に、豊満ながら下品な印象を受けないサイズの胸。キュッと締まったウエストと、張りのあるヒップ。
石膏像にリアルな彩色を施したのかと思うほど、芸術品めいた身体だ。それでいて顔も良い。
そんな彼女から含蓄ある言い方で見つめられて冷静でいるのは難しい。が、ここで変に動揺を見せると余計揶揄われるに違いない。
表情を変えずに俺は言った。
「別に好みで担当を選んでるわけじゃない」
「そうだろうけど、あなたにはちゃんとファンでいてほしいの」
「心配せずとも初めて会った時からファンだった」
「じゃあ私の写真で抜いたことある?」
「ねえよ。気色悪いなあ」
「それってファンなの?」
「お前の中でアイドルのファンってどういう認識なんだ」
あまりに極端な認識をしている。男のツボがどうのこうのの前にまずそっちの常識から強制すべきだ。
「にしても、マネージャーってこの手の話になると露骨に冷たくなるわよね。普段から少しドライだけど、より雑になるわ」
「答えづらい質問ばっかりで困るんだ」
「答えづらい?」
「性の話題を異性に、それも自分の担当アイドル相手にどう広げろと?」
「……でも、私もアイドルとして飛躍するために、もっと色んなことを学ばなきゃいけないの。もうセクハラとか言わないから、赤裸々に答えてほしい。このとおり!」
両手を合わせて勢いよく頭を下げる彩恵。そのつむじを見下ろしながらでもなあ、と俺は渋った。
「私も質問には気をつけるから」
「……わかった。簡単な質問で頼む」
「やった! じゃあ、こっちの人と、こっちの人。どっちがえろい?」
「簡単な質問か?」
「二択を選ぶだけだと思って……」
「強いて言うなら……マジで強いて言うならだけど、右」
「ちょっと下乳がはみ出てる方がオカズになると」
「そんなこと言いました?」
「えろいってそういう意味じゃないの?」
違うと言えないのが悔しい。
「というか彩恵さん。いくら俺の前だからって何でもかんでも口に出し過ぎでは」
「……こんな話、マネージャー以外に出来ないんだもん」
子供っぽく呟いて、彩恵は俯いた。
彩恵は昔から他人に自分の本心を打ち明けるのが苦手だったらしく、学校の友人はもちろん、家族にすら思っていることを喋りにくいという。
それは別に、彼女が周囲の人間と上手くいっていない、というわけじゃない。単に彼女が周囲に幻滅されたくなくて、完璧な優等生を演じてしまう性格だっただけだ。
だが、自分を見栄え良く見せ続ける生活は当然ストレスのかかることで、唯一本音で喋れる俺にだけは普段の反動からか、何でもかんでも口にする。
それだけ俺のことを信用しているということなのだろうが、俺も一端の成人男性であることを留意してほしい。
「アイドル云々以前に年頃の女の子としての意識を持っていただきたい」
「……確かに、素直になるっていうのは品性をなくすことではないわ。気をつける」
「ああ」
「じゃあ、こっちの女性とこっちの女性。どっちの方が男性として交配欲を刺激され、自らの遺伝子を注ぐに相応しいと感じる?」
「悪い。さっきの言い方のほうがマシだった」
「難しいわね……」
首を捻る彩恵に「こっちが頭を抱えたいよ」と返した。
しばらくこんなセンシティブなやり取りが続くのだろうか。どこかでタガが外れたりしそうで不安だ。
そんな俺の予感などお構いなしに彩恵は自分の水着写真を持ち上げる。
「もう手っ取り早く、私の写真でえろいと思うところをマークしてくれない?」
「死んでも嫌です」