音楽番組の収録の合間のこと。
控え室で二人きりになったタイミングを見計らって、灯がおもむろに彩恵にこんなことを聞いた。
「前から聞きたかったんですけど、彩恵さんとお隣さんってどうやって出会ったんですか?」
「どうって、普通に事務所でこれからよろしく、って。デビューライブが決まってすぐの頃だったわ。それまでは面識ゼロよ」
「彩恵さんってスカウトでアイドルになったんですよね」
「ええ」
「スカウトってどんな感じで来たんですか? めっちゃできる営業マンって感じの人に話しかけられた?」
「何よ急に。今まで私の話なんか聞かなかったのに」
「前から気になってたんすよ。周りにアイドルなんかいないから、芸能界入る人ってどんな流れで入んのかなあって。前にお隣さんから、文化祭で踊ってた動画を勝手にネットに上げられたって聞きましたけど」
「ええ。ダンス教室は通ってたから、何か披露してくれって先生たちに頼まれたの。クラスメイトにもダンス見たいってせがまれたから、渋々やったら勝手に動画撮られて拡散されて酷い目にあったわ」
「とか言って、どうせ校内でチヤホヤされただけでしょ」
「SNSがどんな場所が知ってるでしょ。振り付けで、一瞬腰振るシーンがあったんだけどそこだけ切り抜かれて、ループ動画作られたのよ?」
「…………」
「おまけにクラスの男子が私の見える場所でその動画見て盛り上がってるし、下心剥き出しで近寄ってくる生徒も増えた。セクハラまがいのこと抜きにしても、あっという間に私の小中の卒アル写真拡散されたし、噂が広がって自治体のイベントでも踊らされるしで身も心もボロボロ! 家ごと燃やして死のうかと思ったわ!」
「……ならなんでスカウトなんか受けちゃったんですか。断ることもできたでしょ?」
「……断れないのよ、昔から。良い格好しようとして、人から頼まれたら了承してた。面倒なことも嫌なことも全部ね。生徒会の仕事も引き受けたし、体育祭の実行委員もやった。そもそもダンスだって元々はやる気なかった。でも両親が彩恵ちゃんは可愛いからダンス似合うわ、って言い出して、それでやるって言っちゃって……」
「なんか普段の彩恵さんからはまるで想像できないっすね。平気で文句言うし、悪口言うし、顔だけの女って感じなのに」
「あんたは素の私に慣れてるからでしょ」
「まあ確かに。アイドルモードの彩恵さんしか知らなかった頃は、女神! 天使! って感じでしたけど。……そんな彩恵さんが、なんでお隣さんの前ではアイドルモード解除できるようになったんすか?」
「それは……なんでだっけ?」
頭を探るように視線を上げる彩恵。
「どっかで誰かの悪口言ったのがきっかけだったと思うけど……ちょっと思い出してみましょうか」
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個人経営の静かな喫茶店。
彩恵の通う学校から、徒歩で行ける距離にあるレトロな内装のそのお店で、制服姿の彩恵は向かいに座るスーツ姿の男性に、訝しげな目を向けた。
「アイドル、ですか……?」
「はい! 彩恵さんの文化祭の映像を拝見しました。彩恵さんには才能があります。弊社でアイドルとしてデビューしてみませんか?」
ニコニコと営業スマイルを浮かべる男性を前に、彩恵は戸惑いつつ目の前の資料に目を落とした。
そこに載っていたのは歌やダンスのレッスンを受けるアイドルの卵達の姿。彼女達のスケジュールの例や、簡単に要約された契約内容などがぎっしりと書かれている資料に、彩恵は眉間に皺を寄せ、お冷やを口にした。
高校三年生の二月。まだ肌寒いこの季節。彩恵は学校から下校しようと、校門をくぐったところを、芸能事務所のスカウトとやらに捕まった。
最初は怪しい人物かとも思ったが、話ぶりや、資料の細かさ、何より彩恵がアイドルに向いていると語る男性の熱量に、おそらくは本物のスカウトだろうと彩恵は感じた。
そして感じると同時に、面倒くさい話を持ってこられたと、そう思わずにいられなかった。
(アイドル……)
目の前の男性は、明らかに彩恵に期待していた。これから始まるであろう、彩恵のアイドルとして輝く未来に対して。
「……検討させてください」
とりあえずそれだけ言って、彩恵はお店を後にした。
◆
「アイドル?」
「うん。文化祭のダンス見て、興味ないかって」
帰宅すると、彩恵は早速、母親に報告した。
母の反応を探りながら、彩恵は貰った資料を広げて見せる。
いくらダンスの実力があったとしても、芸能界は厳しいところだし、才能ひとつでどうにかなる場所ではない。何より私生活へのリスクが高すぎる。
今回ばかりはさすがの両親も、慎重になるべきと言ってくれるのではないかと、淡い期待を抱きつつ、彩恵は母の回答を待った。
「凄いじゃない! 絶対やるべきよ! お父さん帰ってきたらすぐ話さなきゃ」
「……私なんかで通用する世界じゃないと思うけど」
「そんなことないわ。彩恵ちゃんなら大丈夫。今までなんでもこなしてきたもの。それにお母さん思ってたの。彩恵ちゃんはもっと色んな人に知られるべきって」
「……そう」
彩恵は力無く相槌を打つと、スクールバッグを背負い直して階段を登り、自室に戻った。
ドアを閉め、ひとりきりの自室で彩恵はため息を吐き、バッグを床にドスンと落とす。
制服のままベッドに倒れ、深く呼吸する。
「……だる」
母が、自分に無理やり期待を押し付けたいわけではないことは理解している。
『興味ないから』とはっきり言ってしまえば、母はあっさり仕方ないわね、と折れるだろう。
ただ彩恵は自分の意思を口に出すのが苦手だった。
それが自分に向けられた期待への言動なら、尚のこと自分の本心を打ち明けにくい。
もし『嫌だ』『できない』『やりたくない』と拒絶してしまったら、これまで積み上げてきた信頼が反転して、周囲から一斉に人がいなくなってしまいそうな、そんな恐怖がある。
「はあ……」
また、ため息を吐いて、彩恵はアイドルというものがどういうものなのか、調べ始めた。
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「結局、お父さんも彩恵なら大丈夫さ、って乗り気になっちゃって週末には事務所の見学に行ったの。その時はまだ、契約まではしてなかったけど、どこから漏れたのか、私が芸能界に入るって噂がクラスのみんなに広まって、後に引けなくなった」
「順調に外堀埋められてますね……」
「ええ。すぐに本契約が結ばれて、最初は歌やダンスのレッスンをこなしてたわ。でも、これならすぐにデビューできるって言われて、スカウトされてから一ヶ月もしないうちにデビューライブの日取りが決まった。……その時よ。
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「初めまして。間宮彩恵です」
彩恵はスカウトマンの隣に立つ、セットアップのいかにもビジネスカジュアルといった装いの男性に向かって丁寧に頭を下げた。
男性は「よろしく」とひとことだけ挨拶をして、スカウトマンと今後のことについて話し合っている。
それまではスカウトした男性がレッスンや、面談のスケジュールを管理していたが、これからはこの男性がマネージャーとなるらしい。
マネージャーが付くとなると、いよいよ本格的な芸能活動が始まることを実感させられて、彩恵は人知れず気落ちしていた。
(仕事……楽だといいけど)
口や態度に出さないだけで、彩恵は面倒くさがりで、労働なんてわざわざやりたくないのだ。
「じゃあ、今からデビュー曲のレコーディングだ。収録現場までは俺が送っていくから、先に降りててくれ」
「わかりました」
億劫な気持ちをおくびにも出さずに、彩恵は言われた通り収録に向かい、苦戦することもなくレコーディングを終えた。
街がオレンジに染まる頃、彩恵の家まで向かう車内で、運転席のマネージャーがバックミラー越しに彩恵に声をかけた。
「ダンスは習ってたって聞いたが、歌まであんなに上手いんだな」
「そうですか? 自分ではあまりわからないですけど」
「タメ口でいいぞ。……上がデビューを急いでるのも納得する実力だった。普段からカラオケ行ってたりする?」
「たまにクラスメイトに誘われた時だけ。ボイトレとかも事務所入るまでは受けたことない」
「……冗談抜きで彩恵きっかけにうちの事務所が伸びるかも」
「そう。なら嬉しいわ。見つけてもらった恩があるしね」
思ってもいないことを平然と呟いて、彩恵は窓に映る自分の顔を見た。
期待されたことを、期待された通りにこなす顔。自分の顔のはずなのに、他人の顔に見えた。
迎えたデビューライブは大成功に終わった。見にきた観客の数自体は少なかったが、それでもその場にいる全員を魅了し、確実に自分のファンに染め上げた。
そこからはパンデミックのように彩恵の評判は広がり、指数関数的にファンの数が増え続け、デビューから半年経つ頃には時の顔として雑誌や、テレビ、SNSで取り上げられた。
しかし、仕事が増えるのと比例して、彩恵のストレスも増え続ける。
(明日は六時には家を出て、ファッション誌の撮影。夕方からはレコーディングで、終わったらラジオ出演……。次の日も朝から予定入ってるし、どこで寝んのよ、これ。自主練しないと、次のライブも心配だし……)
彼女の想像以上に、目まぐるしい日々が続く。
「大丈夫か? キツかったら仕事減らすぞ」
マネージャーも仕事を詰め込んでいる自覚はあるのか、度々そう訊ねてくる。
ただ、彩恵は相変わらず「大丈夫」とだけ、返事をした。
事務所も、ファンも今が一番熱い。
この熱を冷ましてしまったら、その時には大きな跳ね返りがくるような気がしてならないのだ。
おそらくデビューしたてだからここまで忙しいのだ。これを耐えれば。もう少し我慢すれば——。
「…………」
ずっと、こんな生活が続くのだろうか。
そんな不安が彩恵の胸中に、ジワリと滲んだ。
そしてそんな不安をさらに煽るように、彩恵の生活は変わっていく。
八月には、軽い変装で街を歩いていると、間宮彩恵だとバレてしまい、声をかけられた。それが実家からそこまで離れていない商店街での出来事でもあったことから、彩恵は震え上がった。
もう街もまともに歩けない。
今後はバラエティ番組や音楽番組での出演も増えるはずと、マネージャーからも告げられた。
私生活の変化による憔悴。そしてそれを隠し切ってしまう自分に対しての自己嫌悪と、そうさせている周囲への苛立ち。
彩恵の精神は確実にすり減っていく。
「なんなのよ、もう……」
来月のライブに向けた自主レッスン中。事務所のレッスンルームで、ポツンと呟いた。
汗で張り付いた前髪。必死になって完璧な自分を作ろうとしている惨めな姿が、鏡に映る。
あまりにも情けない姿で、思わず目を逸らし、その場で大の字になって倒れた。
高い天井。
白く滲む電灯を見つめて、どうしてこうなったのだろうと考えた。
人の頼みを、期待を、お願いを断れない自分。
最初にそうなったのは幼稚園の時だったと思う。カッコ悪い人間にだけはなりたくなくて、友達のお願いを引き受けたところから、彩恵ちゃんはすごいね、なんて言われるようになって、その『すごいね』が、なくなることを恐れて凄い自分を守ろうとした。
それがいつしかプレッシャーになって、苦しくなって、それでもなまじあらゆる事をこなせてしまうから、またさらに逃げ場がなくなった。
そうしていつしかこんなところまで来て、また何のためかもわからないダンスの練習をやっている。
いつか誰かが、気づいて助けてくれるかもしれない。そんな風に心の奥で期待していた。でも、それも叶わない。
お母さんも、お父さんも、友人も、事務所で知り合ったアイドルも。
誰も彼も、『間宮彩恵』がこんなに自分を偽っている人間だと気づかない。
マネージャーも、だ。
「……ばか」
無性に腹が立った。
デビューしてから、そばにずっとチョロチョロと付いてくるくせに、自分の心の悲鳴に気づいてくれないマネージャーに。
「ばーか」
苛立ちを自覚すると、余計にムカついた。
沸々と温度が上がっていく。今まで溜め込んでいたものが、一気に迫り上がってくる。
もういい。誰もいないし、思いっきり言ってやろう。
そう心に決めて、大きく息を吸い、天井に向かって——。
————ガチャ。
「彩恵。まだいるのか——」
「バカポンコツ無能マネージャー! 夏休み五百日よこしなさいよ‼︎ 使えないわね‼︎」
鍛え上げた喉と腹から放たれた、美しく力強い声は、レッスンルームをこれでもかと満たして、残響を優雅に響かせながら、彩恵と、たまたまドアを開けたマネージャーの耳に入った。
「……………………」
彩恵の視界の端。確かに人影を捉えてしまっていた。
恐る恐る顔を向けると、驚いた表情で大の字になった彩恵を見つめる男性の姿があった。
サッと、彩恵の全身から血の気が引く。
反射的に身体を起こして、すぐに誤魔化そうとした。
「あっ、ち、違うの! これは、その、台本の練習で……」
大嘘だ。直近にそんな台本を貰ってはいない。
誤魔化しようがないのに、必死になって取り繕おうとする彩恵を、マネージャーは何も言わずにただ、見開いた目を向ける。
「あ……ご、ごめん、なさい……」
もうどうにもならないと、気づいた彩恵は、マネージャーの顔を見ることもできずそっぽを向いて、小さな声で謝った。
マネージャーはその場に佇み、しばらく固まって。
「……気にしてない。天気悪いから、そろそろ切り上げた方がいい。それじゃあ」
それだけ言って、去っていった。
呆気なくいなくなった彼に、残された彩恵は感情の行き場をなくして、ポツンと、世界に一人だけにされたような孤独を味わった。
◆
次の日。まともに眠れなかった彩恵はマネージャーの顔色を何度も窺いながら、打ち合わせを行なっていた。
「……ここまでで、気になることは?」
「…………」
「彩恵?」
「……え? あ、ええ。大丈夫よ。大丈夫……」
「本当か? ずっと上の空だけど」
あんたのせいでね! と喉元まで出かかった言葉を彩恵はなんとか押し留める。
「なんでもないわ。なんでも、ない……」
そう言ってみたものの、このまま有耶無耶にしたままなのは気持ちが悪い。
散々、迷いに迷った結果、彼女は自分から切り出した。
「……昨日の。聞いてたんでしょ?」
「……まあ」
「なんでいつも通りなの」
「掘り下げられたくないだろうし」
「そうじゃなくて!」
バンっと彩恵は机を叩いた。
「なんで……そんな目でいられるのって……」
「そんな目?」
「私に幻滅してないじゃない。本当に、拍子抜けするぐらい、いつもの調子で……なんなの」
「…………」
「悪口言ったのよ? 他の誰でもないあなたの。仮にあなたへの文句じゃなかったとしても、あんなのは『間宮彩恵』が口にしていい言葉じゃない。完璧からは……期待された『間宮彩恵』からは程遠い言動だったのに……。なんで、普通にフラットな目で私を見てるのよ」
「言ってたことはまともだったろ。俺の方からも彩恵に聞いてたけど、彩恵が完璧すぎて無理させてることに気づかなかった。だから、ごめん。スケジュールについては組み直すよ」
「…………」
「本当は言いたいこと、もっとたくさんあるんじゃないのか?」
「……ある。もう誰かの期待に応え続けるのは懲り懲り。でもそんなこと言ったら……きっとみんな離れてく。みんなが想像してる間宮彩恵はこんなに綺麗じゃないから。完璧とはほど遠くて、女神でも、天使でもない。だから、言っちゃいけないんだって、そう思って……」
「どんなに顔立ち整っている人でも服装やメイクには気を使う。それは自分の見せたくない部分を隠すためでもあって、そういう意識が人から憧れられる個体を作り上げてる。見た目や内面を着飾れないなら美人とは言えないだろ」
淀みない口調。何でもないように述べる彼の姿に、無理にフォローしているわけでもなく、ただ元々彼の中にあった考えを垂れ流しているだけなのだと、彩恵は感じ取った。
故に、真っ直ぐな彼の言葉に、彩恵の心は澄んで。
「間宮彩恵は綺麗な人だと思う。今まで出会ったどの女性よりも」
「……っ!」
今まで受けたどんな褒め言葉より、そのセリフは効いた。
熱くなった耳を、横髪を直すふりをして隠した。
「でもそれでパンクしてちゃいけない。今回はたまたま聞いていたのが俺だったけど、他の人間に聞かれていたら、確かに問題になっていた可能性もある。だから、溜め込まないように、俺には何を言ってもいい」
「……何を言っても?」
「ああ。仕事のことでも、プライベートのことでも。愚痴でも褒め言葉でも、好きに言ってくれて構わない。吐き出せるだけ吐き出せ。綺麗な彩恵を、そういう形で支えさせてほしい」
「…………」
信じていいのだろうか。
真摯な眼差しに、彩恵は悩む。
隠し続けた本音。でも、誰かに聞いてほしかった本音。
思わぬ形で彩恵の叫びを聞いてしまった相手は、特に態度も変えず、今日も普通に仕事をしている。
彼になら、言えるかもしれない。……甘えられるかもしれない。
小さな泡のような期待が浮かぶと、それは瞬く間に膨らんで、勝手に口を開かせた。
「じゃあ聞いて」
「なんなりと」
「まずそもそもアイドルやりたくない。楽しくない。仕事の量多いし、ダサキモい性売りしなきゃいけないし、体型とか、肌荒れとか、日焼けとか、脱毛とか気にしなきゃいけないの面倒くさすぎ。私だってもっと適当な顔で、適当なコンディションで生きていきたいのに、なんで好きでもない連中のために必死になって完璧な造形を作り上げなきゃいけないのよ! 金も時間もかかるってのに! それにケバいトレーナーとか、ハゲたプロデューサーとか、揃いも揃って偉そうでムカつくわ。実力も実績もあるんでしょうけど、だから何? こっちはスカウトされて来たのよ。つまりは頼まれてアイドルやってやってるようなもんじゃない。もっと姫様扱いしなさいよって。あと、この前のライブの時も思ったけどうちのファン臭くない? 全員が全員とまでは言わないけど、デオドラントの存在知らないファン多すぎ。握手会とか二度とやりたくない。一瞬近づくだけで、乾いた下水道みたいな匂いする時ある。そういう人、大抵前髪薄くてなんか納得するわ。あ、それと——」
「ごめん。のっけから飛ばしすぎかも」
「……マネージャーも変えて。なんでも言っていいって言ったくせに、いざ言われたらすぐ嫌な顔する」
「遠慮も配慮もなくしていいとまでは言ってない」
マネージャーの苦労顔に、少しだけ——ほんの少しだけアイドルをやってもいいかなと思えた。
彩恵は自然と笑みを浮かべて、髪をかき上げた。
「これからよろしく。マネージャー」
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「……じゃあ、お隣さん本人に陰口を聞かれたところから、自分の本心言えるようになったんすね」
「人生何がどう転がるかわからないわね。陰口言った相手が今じゃ、一番信頼できる相手になってるなんて」
「信頼しすぎて、すぐ股開くのはどうなんすかね」
「貞操はまだ未使用だから大丈夫」
「貞操以外が使い古されてるのは、なんならビッチよりふしだらでは……。でも、そっかあ。そういう感じか……」
「何?」
「いえ、別に。大したことじゃないんで」
「あ?」
「に、睨まないでくださいよ。……本当に大したことじゃないっすよ。良い関係だなって思っただけっす。自分のこと隠し続けたアイドルと、そんなアイドルが唯一自分を曝け出せるマネージャー。安い少女漫画みたい」
「褒めてるのか、貶してるのか……」
「褒めてます。羨ましいなって思っちゃうぐらいには……。私もそういう、安い少女漫画みたいな関係性でありたかったなって」
「……どこまで行っても隣の芝生でしょ」
「そうっすけどー」
「私だってあんたが羨ましいと思うこともあるわ。ベランダで駄弁ってたって聞いた時は、モヤってしたし」
「えへへっ。羨ましいだろ〜」
「殺すぞ」
「すいません。調子乗りました」
「……だからこそ、かしら。アイドルには興味ないけど、アイドルとマネージャーっていう関係は大事にしたいのよね。時々、その関係が煩わしい時もあるけど」
「……『お隣さん』は、あげないっすよ」
「私だって『マネージャー』は、誰にも渡さない。あんたにも、ね」