王都オスティアの闘技場は、文字通り、天を衝くほどの熱狂に包まれていた。
ついに、待ち望まれた拳闘大会決勝戦の幕が上がる。対峙するのは、ネギ・スプリングフィールドと犬上小太郎のタッグ。そして、その眼前に立ちはだかるのは、不死身の剣士ジャック・ラカンと、影を操る強者カゲタロウの圧倒的なコンビネーションであった。
「――ッ!!」
試合開始の合図とともに、闘技場に衝撃波が走った。
小太郎の動きは、もはや人間の域を逸脱している。エヴァンジェリンによって徹底的に、そして過酷な『訓練』を施された彼は、爆発的な出力を手に入れていた。原作における小太郎とは比較にならないほどの、圧倒的な戦闘能力。
鋭い一撃がカゲタ郎の影を切り裂き、小太郎の猛攻がめぐめぐと吹き荒れる。しかし、歴戦の強者カゲタロウもまた、死線を幾度も越えてきた男だ。小太郎の凄まじい圧力を、その身に浴びながらも食らいつき、決して退かない。
その激闘を、傍らで眺めるラカンは、どこか退屈そうな、しかし獲物を狙う獣のような笑みを浮かべていた。彼はネギに向き直ると、まるで事の顛末を知っているかのように、傲然と言い放った。
「おい、いつまでモタモタしてやがる……。『千の雷』を装填した『闇の魔法』をさっさと使えよ」
その言葉に、ネギの思考が一瞬停止した。
(……なぜ、僕が『闇の魔法』を使えることを、こいつは知っているんだ?)
『闇の魔法』は、まだラカンの前では使用していない。それにもかかわらず、目の前の男は当然のようにその術式を要求してくる。
「……なぜ僕が『闇の魔法』を使えると、ご存知なのですか?」
ネギの問いに、ラカンはケラケラと豪快に笑い飛ばした。
「あぁ? ……あのスカしたフェイトの野郎から聞いたんだよ。あいつ、案外喋るからな!」
(フェイトの野郎……僕への嫌がらせか?)
ネギは内心で毒づいた。あの白髪の少年は、ネギの秘密を、まるで自分のことのように平然と他人に漏らしてしまうのだ。
ラカンもラカンである。20年前からの因縁の敵から情報を貰いやがって。
だが、どうせバレているのであれば、隠していても仕方ない。
ネギは、かつてデュナミスを葬った時と同じ、禍々しい魔力の奔流を練り上げた。
『千の雷』×2、そして『奈落の業火』――。
「……ッ!!」
漆黒の闇と、すべてを焼き尽くす爆炎が、ネギの手から解き放たれた。
空間そのものを粉砕せんとする破壊的な魔力が、闘技場を包み込む。
「――ッ!! ッハハハハ!! 完全にバケモンだな、てめぇは!!」
ラカンは、襲いかかる極大の魔法を真っ向から受け止めながら、狂喜に満ちた声を上げた。その瞳には、強者同士が衝突することへの純粋な悦びが宿っている。
雷の思考速度、雷の移動速度、そして爆炎の圧倒的な攻撃力。
神からチートを授かったエロ転生者ネギと、原作者からチートを授けられたバグキャラ・ラカン。
二人の、理屈を超えた戦いが、今、幕を開けた。
********
「――ッ!!」
闘技場に、雷鳴と爆炎が同時に炸裂した。
ネギは空間を切り裂く白光となってラカンへと襲いかかる。速度だけではない、奈落の業火が、すべてを塵に帰さんとする破壊的な熱波となってネギの拳の威力を増大する。
しかし、ラカンの反応は常軌を逸していた。
彼は避けることなど考えず、あろうことかその真っ赤に燃え盛る魔力の奔流に対し、むき出しの拳を突き出したのだ。
「ッ……!!」
爆音とともに、凄まじい衝撃が闘技場を揺らす。
ラカンは、ネギの放った超高密度の魔法を、その異常なまでの耐久力だけで受け止めた。避けるのではなく、あえて肉体で食らいつき、カウンターの機を伺う――まるで、神の雷すらも「ただの打撃」として処理せんとするかのような、狂気的な戦い方である。
ネギは、流麗な動きですっと後方に退いた。
(……最初っから避けようとすらしなかったな。あの男……)
「打たれ強さに任せても、僕の速度にはついてこれないでしょう?」
ネギが冷ややかに突き放すと、ラカンは血の混じった唾を吐き捨て、獰猛に笑った。
「まだ始まったばかりだろう、ぼーず。心配しなくても……きっちりぶん殴ってやるよ!!」
ネギは言葉を返さず、次なる打撃を連続して叩き込む。雷光と爆炎の乱舞。しかしラカンは、その凄まじい質量を全身で受け止めながらも、執念深く、確実にネギの懐へと踏み込んでくる。カウンターの一撃が、ネギの目前に迫るたびに、死の予感が濃密に立ち込める。
(……呆れたな。あの防御力と、あの対応力……)
ネギは内心で溜息をついた。神から授かったチート能力すらも、ラカンの「バグ」とした存在感の前では、絶対ではないのだ。
その一方で、闘技場のもう一角では、凄ま絶な死闘が繰り広げられていた。
小太郎対カゲタロウ。
「逃がさへんで……っ!!」
小太郎の鋭い斬撃が空を裂くが、カゲタロウの影は流動的に形を変え、攻撃を無効化していく。巧みな影使いであるカゲタロウの防御に、小太郎は攻めあぐねていた。しかし、小太郎の瞳には、諦めの色は微塵もない。
(ネギへの援護が必要や……。早う、こいつを仕留めんと……!!)
小太郎は、決断した。
小太郎は自らの影から、切り札を召喚する。
「出ろ……ッ!!」
小太郎の背後から、闇を切り裂いて飛び出してきたのは――巨大な、そして恐るべき威圧感を放つ『狗神』であった。
それは、かつて村上夏美が、小太郎との情事の果てに産み落とした、特別すぎる「愛の結晶」である。
「バカな……ッ!!」
カゲタローは目を見開いた。
小太郎の狗神は、通常の狗神とは次元が違った。カゲタロウが展開する影の防御を、まるで紙切れのように容易く突き破り、その鋭い牙で影の結界を噛み砕いていくのだ。
「どうや! 俺と夏美姉ちゃんの、愛の結晶の狗神は!!」
小太郎の猛攻と、圧倒的な破壊力を持つ狗神の波状攻撃。
逃げ場を失ったカゲタロウは、自らの影に呑み込まれるようにして、ついに沈んだ。
「……やった! コタローくん! 私たちの愛の勝利だねっ!!」
戦いから離れた場所で、夏美が歓喜の声を上げる。
その頬は紅潮し、瞳には熱っぽい光が宿っていた。彼女の期待は、既に「次の種付け」へと向けられている。
興奮と期待で、彼女の股間は既に、ぐっしょりと淫らな濡れを帯びていた。
*********
カゲタロウの影が霧散し、闘技場の一角に静寂と、勝利の余韻が漂う。
小太郎は、愛の結晶である狗神と共に、勝利を掴み取った。しかし、その背後では、戦いの熱量は一向に衰えるどころか、より一層、禍々しく膨れ上がっていた。
「――ッ!!」
鈍い衝撃音が、闘技場の空気を震わせる。
ネギの目の前で、ラカンの拳が、防壁ごとネギの腹部を捉えた。
「……っ、ぐ、ぁ……っ!!」
凄まかった。
回避が間に合わなかった一撃――ラカンのカウンターは、神から授かったチート能力を持つはずのネギの肉体を、容易く蹂躙した。内臓が悲鳴を上げ、肺が潰れんばかりの圧迫感。ネギの口端からは、鮮血がドロリと溢れ出した。
しかし、ネギは倒れない。
魔族化したその強靭な肉体は、魔力の循環ですぐさま回復する。瞬く間に傷口は塞がり、細胞は再生の熱を帯びて再構成され内蔵まで修復される。
「ハッハハハッ!! 俺様の耐久力が尽きるのが先か、ぼーずの魔力が尽きるのが先か……勝負だな!!」
ラカンは、自らの拳に付着したネギの血を拭いもせず、狂乱した高笑いを上げた。
その瞳には、死をも恐れぬ戦士としての純粋な愉悦が宿っている。
「……まったく、嫌な勝負……ですね」
ネギは口元の血を拭い、冷徹な眼差しでラカンを見据えた。
言葉とは裏腹に、ネギの動きは加速する。雷速の拳が、ラカンの肉体を、文字通り数千発、数万発と叩きつける。しかし、どれほどの連撃を浴らそうとも、ラカンの圧倒的な質量と執念が、決定打を拒絶する。
一撃、また一撃――。
ネギの猛攻の隙間を縫うように、ラカンのカウンターが、重厚な衝撃となってネギを打ち据える。
肉と肉がぶつかり合う凄まじい音だけが、一進一退の泥沼の乱打戦を象徴していた。
(……チッ。このままでは決定打に欠けるか)
ネギは内心で歯噛みした。
本来、自らの魔力を全開にすれば、この『バグキャラ』ごと圧殺することも可能だ。しかし、まだ真のラスボスとの邂逅が控えている。エヴァンジェリンによって鍛え上げられた、あの「10倍もの魔力」を、安易に晒しすぎてはならない。温存すべきリソースが、あまりにも大きすぎるのだ。
その時だった。
乱打戦の熱気が渦巻く中、小太郎が、ネギの傍らへと躍り出た。
「……ネギッ!助けに来たぜ!」
小太郎の瞳には、決意の炎が燃えている。彼は背後に控える夏美が産み落とした狗神たちを見やり、短く合図を送った。
「いくぜっ!!」
突如として、ラカンの周囲を、複数の狗神たちが取り囲む。
それは小太郎の指示による、極めて巧妙な包囲網であった。
狗神たちの口元には、膨大な量の『気』が集束していく。不吉なまでの光を放つ、巨大なエネルギーの塊。
「やらせるかッ!!」
ラカンは、その気の集中を断ち切ろうと、鋭い一撃を狗神たちへと繰り出す。
しかし、ネギがそれを許さない。
「邪魔はさせませんよッ!!」
ネギが雷速の打撃が、ラカンの干渉を阻む。
小太郎とネギ――二人の共闘が、ついにラカンという絶対的な壁を崩そうとしていた。
「ぶっ飛べや! おっさんッ!!」
小太郎の叫びとともに、狗神たちの口から放たれたのは、物理法則を無視した『気弾』の乱舞であった。
凄まじい爆音と、視界を遮るほどの土煙。闘技場全体が、白光の衝撃波によって飲み込まれていった。
********
闘技場は、もはや戦場というよりも、物理法則が書き換えられた異空間と化していた。
ネギの放つ雷速の連打。小太郎の狗神たちが繰り出す、気の奔流による波状攻撃。
凄まじい衝撃のたびに、爆炎と土煙が舞い上がり、観客の視界を遮る。
「――ッ!! ぐ……っ、はぁ……ッ!!」
ラカンの肉体は、見る見るうちにボロボロに削り取られていた。
神速の雷光が皮膚を焼き、狗神の牙が強靭な筋肉を裂く。しかし、ラカンは倒れない。その不死身のタフネスは、常人の理解を遥かに超えた領域に達していた。
「……ハッ、いい攻撃だ……っ!! だが……これで終わる俺様じゃないぜ!!」
血の混じった笑みを浮かべ、ラカンは立ち上がる。圧倒的な力を持つ者同士の衝突が生む、凄まじい圧力が闘技場を震わせていた。
だが、ネギの目は、すでに次の局面を見据えていた。
(……あの打たれ強さ、打撃だけで、あの男を仕留めるのは無理だ。なら――)
ネギの動きが、突如として変化した。
雷速。それは単なる攻撃のためだけのものではない。
ネギは、ラカンの猛攻を紙一重でかわしながら、まるで踊るような流麗なステップで、ラカンの全身へと手を走らせた。
「……ッ!?」
ラカンが異変に気づいたときには、すでに遅かった。
ネギの指先から、無数の『東洋呪術』のお札が、まるで包帯のようにラカンの身体へ何重にも貼り付けられる。
「なんだ……これは……っ!!」
貼り付けられたお札に書かれた文字と、ネギが込めた膨大な魔力が脈動を始める。
突如として、ラカンの全身を凄まじい重圧が襲った。脱力感。身体の芯から力が抜けていく、底なしの虚無感。
大量のお札による強力なデバフ(弱体化)術式が、ラカンのタフネスを、根底から侵食していく。
「なんだこりゃ……ッ……力が、抜ける……っ!!」
最強の剣士としての威厳が、術式の呪いによって崩れ落ちていく。
ネギはその隙を見逃さない。魔力を極限まで練り上げた一撃が、ラカンの胸元へと放たれた。
同時に小太郎よ狗神たちも、気弾を放つ。
「これで、終わりです……ッ!!」
「――っ!! ぐうぅぅっ!! 気合……防御……ッ!!」
ラカンは、死の淵で最後の抵抗を見せた。
全身の筋肉を硬化させ、気合で耐えようと試みる。しかし、デバフによって衰えた彼の防御力は、ネギと小太郎の渾身の一撃を食い止めるにはあまりにも脆すぎた。
「――ッ!!」
凄まじい衝撃音とともに、ラカンの巨体が後方へと吹き飛んだ。
砂塵が舞い上がり、沈黙が闘技場を支配する。
審判のカウントが、重苦しく響き渡る。
「……1……2……3……」
ラカンは、倒れたまま動かない。
血にまみれ、ボロボロになったその姿には、先ほどまでの不敵な笑みは消え失せていた。
「……10…………20ッ!!」
カウントが二十に達した瞬間、審判の手が静止した。
誰もが、信じられない思いでその光景を見つめていた。
「勝者――ネギ、小太郎チーム!!」
審判の宣言とともに、闘技場は地鳴りのような大歓声に包まれた。
勝利したのは、神の如き力を振るった少年。
しかし、その熱狂の裏側で、ネギの瞳には、まだ終わることのない物語への、静かな決意が宿っていた。
仕事が忙しい