翌日の放課後。
ネギは神楽坂明日菜と共に、学園都市の広場を歩いていた。
前方から、日傘を差したゴスロリ少女と、その背後に控えるメイドロボットが歩いてくるのが見えた。
エヴァンジェリンと茶々丸だ。
「あ、エヴァちゃん!」
明日菜が気安く手を振る。
ネギは足を止め、スッと姿勢を正すと、深々と頭を下げた。
「……というわけで、エヴァンジェリンさん。僕の『師匠』になってくれて、ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」
「はぁ?」
エヴァが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「ボーヤ、貴様どういうことだ? 頭でも打ったか?」
「え? だって、昨日の契約書に書いてありましたよね?」
ネギはキョトンとした顔で、懐から昨日の羊皮紙を取り出し、広げて見せた。
「貸せっ!」
エヴァがひったくるように奪い取り、文面に目を走らせる。
昨日は暗がりだった上、血の提供という餌に釣られてよく確認していなかったのだ。
そこには、美しい筆記体でこう記されていた。
甲(エヴァンジェリン)は、乙(ネギ)のクラスの授業に出席し、卒業すること。
乙は、甲の卒業時に『登校地獄』の呪いを解くための血液を提供すること。
甲は、乙の『魔法の師匠』となり、その技術を教授すること。
甲と乙は、修行に使用する『ダイオラマ魔法球』内での出来事、及び知った事実について、互いの同意なしに第三者(学園長含む)へ漏洩しないこと。
「な、なんだこれはーっ!?」
エヴァが契約書を地面に叩きつけそうな勢いで怒鳴った。
「貴様、どういうつもりだ! 私が貴様の師匠だと? ふざけるな!」
「ふざけてなんていません!」
ネギは表情を一変させた。
無邪気な笑顔を消し、切羽詰まった、今にも泣き出しそうな子供の顔を作る。
「エヴァンジェリンさんの魔法は凄いです! あんな魔法、見たことありません! ぜひ教えてください!」
「だ、だがな……」
「僕は……早く、お父さんに追いつきたいんです!」
ネギは瞳を潤ませ、悲痛な声で訴える。
「みんな、僕にお父さん……『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』の代わりになることを期待してます。でも、僕には力が足りないんです! このままじゃ、みんなを守れない……お父さんの背中が遠すぎるんです!」
「…………」
「お願いです、助けてください! あなたの力が必要なんです!」
迫真の演技。
まあ、強くなりたいのも、父親(ナギ)の名声が重荷なのも設定上は事実だ。
それを最大限に利用し、エヴァの情に訴えかける。
「ねぇ、エヴァちゃん。いいじゃない、教えてあげなよ」
明日菜がネギの肩を抱きながら口添えする。
「そうですよ、マスター。ネギ先生には才能があります」
茶々丸も淡々と、しかし確かな援護射撃を行う。
エヴァは腕を組み、渋い顔で唸った。
彼女は口は悪いが、意外と面倒見が良い。それに、かつて愛した男の息子が、涙ながらに教えを乞うてきているのだ。
無碍にはできない。
「……フン。百歩譲って師匠の件はいいとしよう。だが、この『ダイオラマ魔法球』内での守秘義務というのは何だ?」
エヴァが鋭い視線を向ける。
『ダイオラマ魔法球』とは、内部の時間の流れを自在に変えられる修行用の亜空間発生装置だ。
エヴァの別荘の地下にあることは、原作知識で知っている。
「師匠には、誰にも知られたくない『とっておきの魔法』とかあると思うんです」
ネギは真顔で嘘をついた。
「それを僕に教えてくれる際、学園長たちに見られたら困るじゃないですか。だから、あの中での出来事は絶対に口外しませんという、僕なりの誠意の誓いです!」
(……というのは建前だ)
ネギは内心で舌を出す。
真の目的は、学園長・近衛近右衛門の監視が届かない「完全な密室」を手に入れること。
あの中でなら、コピーした魔法の練習も、明日菜への過激な調教も、誰にも邪魔されずに行える。
実際、契約はネギへの口止めでは無く、相互の口止めだ。
そのための法的根拠(アリバイ)を、契約書で作ったのだ。
「……ちっ。どの道、すでに契約(サイン)されてしまっているからな。破棄すれば反動が来る」
エヴァは忌々しそうに頭をかいた。
「期間は、卒業までということか?」
「はい! 卒業したら、約束通り血を差し上げて契約解除です!」
「……わかった。引き受けてやる」
「ありがとうございます、師匠!」
ネギが満面の笑みで飛びつこうとすると、エヴァはハリセンで制した。
「気安く呼ぶな! 呼ぶなら『マスター』と呼べ!」
「はい、マスター!」
「やったわね、ネギ!」
明日菜と茶々丸が拍手をする。
こうして、ネギは作中最強クラスの魔法の師匠と、誰にも覗かれない秘密の楽園(修行場)を手に入れた。
「ところで、マスター」
帰り道。
ネギは何食わぬ顔で尋ねた。
「マスターが、僕のお父さんのことが好きだったって噂で聞いたのですが……本当ですか?」
「ぶっ!!」
エヴァが盛大に吹き出した。
顔が瞬時に真っ赤に染まる。
「き、ききき、貴様ぁぁぁっ! だ、誰から聞いた!? 誰がそんなデタラメを!」
「えっと……確か、タカミチさんだったかな?」
もちろん原作知識だが、適当な名前を出して誤魔化す。
「あの眼鏡男か……殺す! 次に会ったら八つ裂きにしてやる!」
エヴァが周囲の街路樹を氷漬けにしそうな勢いで激怒する。
図星らしい。
「ちなみにマスターは、父さんがどこにいるか知ってますか?」
「……何を言っている。ナギは10年前に死んだだろう」
エヴァの怒りがスッと引いた。
彼女の中では、ナギ・スプリングフィールドは過去の英雄であり、故人なのだ。
「違うんです。僕は6年前に……父さんに会ったんです」
「なんだと?」
「父さんは生きています。僕は、それを確かめるためにも強くなりたいんです」
ネギは遠くを見つめる目をした。
これも半分は演技だが、エヴァの意識を「契約の罠」から「ナギの生存」へと逸らすための重要な話題転換だ。
エヴァはしばらく黙り込み、やがてポツリと言った。
「……京都に行ってみろ」
「京都?」
「ああ。昔、ナギが日本に滞在していた時、拠点にしていた場所がある。関東魔法協会ではなく、関西呪術協会の管轄だ」
「関西……」
そこで、横で聞いていた明日菜がポンと手を打った。
「あ! ちょうど良いじゃない!」
「何がですか、明日菜さん?」
「修学旅行よ! 来月の修学旅行の行き先、京都に決まったのよ!」
「なるほど……それは好都合ですね」
ネギは眼鏡の奥で光を宿した。
京都。
関西呪術協会。
そして、木乃香の実家。
新たな美少女たちと、強力な魔法、そしてエロいハプニングの予感がする。
最高の師匠(カモ)も手に入れた今、次の舞台へ進む準備は万端だった。