修学旅行は来週に迫っていた。
行き先は京都。そこには父ナギ・スプリングフィールドの足跡があり、そして新たなイベントの予感が漂っている。
だが、その前に済ませておくべきことがあった。
師匠となったエヴァンジェリンからの、本格的な魔法指南だ。
短期間で飛躍的にレベルアップするためには、俺の持つ『チート能力』の一部を、彼女にだけは明かしておく必要がある。
放課後。ネギはエヴァを自室に招き、所有するアーティファクト『ダイオラマ魔法球』を起動させた。
「マスター。実は……今回は明日菜さんも茶々丸さんも抜きで、マスターと二人だけで入りたいのです」
「あん? 別に構わんが……茶々丸もダメなのか?」
エヴァが怪訝な顔をする。茶々丸は彼女の分身のようなものだ。
「いえ、もしマスターが必要だと判断して、茶々丸さんに情報提供するのは構いません。……ただ、これは僕の気分の問題なので、最初はマスターだけに打ち明けたいのです」
「……ふん。ボーヤがそこまで言うなら、よほどのことなのだろう。良いだろう」
エヴァは承諾した。
彼女もまた、この『秘密の共有』というシチュエーションを嫌ってはいないようだ。
「入る前に確認だが、時間設定はどうなっている?」
「中と外の時間の流れを調整できます。今回は……中の1日が、外の1時間になる設定にしてあります」
「ほう、24倍速か。精神と時の部屋としては上出来だ」
「では、行きましょう」
ネギとエヴァは、ビー玉のような球体の中へと吸い込まれていった。
内部空間。
そこには見渡す限りの緑の平原と、青い空が広がっていた。
そして、草原の真ん中に不釣り合いなほど巨大な、リゾート地にあるような高級ホテルが鎮座していた。
「……なんだこの趣味の悪い建物は。風情も情緒もないな」
「すみません、マスター。修行の合間の休憩は快適な方が良いと思いまして」
ネギは苦笑いで誤魔化す。
もちろん、これは将来的に女の子たちを連れ込み、快適な環境でハーレムを楽しむための『愛の巣』だ。
だが、今は修行場としての機能が優先だ。
「で? 私にだけ明かしたい秘密とはなんだ?」
ホテルのラウンジに腰を下ろすと、エヴァが単刀直入に切り出した。
ネギは深呼吸をし、眼鏡を外した。
その瞳が、瞬時に赤く染まり、勾玉模様が浮かび上がる。
「……これは?」
「僕の眼です。見た魔法や技術を、瞬時に解析しコピーする能力があります」
「なに?」
「論より証拠です。見ていてください」
ネギは立ち上がり、テラスに向けて掌をかざした。
魔力を練り上げる。イメージするのは、先日の戦闘で見た彼女の魔法。
『氷と闇の合成魔法――闇の吹雪(ニヴィス・オブスクラ)!』
黒い吹雪が巻き起こり、草原の一部を凍てつかせた。
威力こそ本家には及ばないが、構成は完璧だ。
それを見た瞬間、エヴァの顔色が激変した。
「貴様ッ!!」
ドォォォン! とエヴァから殺気が溢れ出す。
「私を師匠にというのは、そういうことか! 私の魔法をすべて盗み、コピーするためだけに私を利用したのか!?」
「違います!」
ネギは必死に叫んだ。ここでへそを曲げられたら計画が破綻する。
ネギは膝をつき、悲痛な表情で訴えかけた。
「……この眼のことを知っているのは、マスターと、ネカネお姉ちゃんだけなんです」
「ネカネ……? 貴様の姉か」
「はい。……お姉ちゃんから、誰にも言うなと言われました。メルディアナの先生にも、タカミチにも、学園長にも秘密にしています」
ネギはうつむき、震える声を作る。
「お姉ちゃんは言いました。『英雄ナギ・スプリングフィールドの息子がこんな眼を持っていたら、みんながもっと期待して、ネギちゃんが潰れてしまう』と。僕を心配してくれました」
「…………」
「でも……本当は違うのかもしれません。あの時のお姉ちゃんは、心配というより……本当に困っているように見えました。『こんな化け物じみた力、どう扱えばいいの』って」
ネギは顔を上げ、涙を溜めた瞳でエヴァを見つめた。
「僕は普通の人間とは違うのかもしれない。……だから! 『吸血鬼の真祖』であり、人の理(ことわり)の外にいるマスターに学びたいんです! 普通の人間と違う生き方を、力の使い道を!」
(……どうだ?)
ネギは内心で冷や汗をかいていた。
姉のネカネは、実際はただの心優しいブラコン姉さんだ。こんな悲観的なことは言わない。
だが、エヴァはネカネを知らない。
「英雄の息子」という重圧と、「異能」による孤独。
それらを刺激すれば、人外として600年を生きた彼女の琴線に触れるはずだ。
エヴァはしばらくネギを睨みつけていたが、やがてフンと鼻を鳴らした。
「……下らん」
「え?」
「持って生まれたものならば、使いこなすのが当然だろう。たかが便利な眼がついたくらいで、ウジウジ悩むな愚か者!」
エヴァは傲然と言い放った。
それは、ネギの『異能』を肯定し、受け入れる言葉だった。
「この私が師匠になったのだ。その程度のハンデ(・・・)、背負った上で最強にしてやる!」
「マスター……!」
「喜べボーヤ! この私が、貴様をナギを超える、最強の魔法使いに育て上げてやる! ハハハハハ!」
エヴァが高笑いをする。
(……チョロい。いや、本当に面倒見が良いなこのロリババアは)
ネギは感動したフリをして、何度も頭を下げた。
「さて、まずは貴様の適性確認だ」
気を取り直したエヴァが、真面目なトーンに戻る。
「得意な魔法属性は何だ?」
「風と、雷。……それと、火です」
「ほう、三属性か。風と雷はナギ譲りだな。だが、火も使えるのか?」
「はい」
(……たぶん、『写輪眼』の元ネタである『うちは一族』が火遁使いだからだろうな)
ネギはメタ的な理由を推測していたが、口には出さない。
「悪くない。」
「ありがとうございます。」
「まずは基礎スペックの底上げだ。私がこれから多種多様な魔法を見せる。貴様はそれをその眼で解析し……すべて自分の得意属性で再現してみせろ!」
「望むところです!」
そこからは地獄の特訓が始まった。
エヴァは容赦なく上級魔法を連発する。
ネギはそれを『写輪眼』でコピーし、風、雷、火の属性へと変換して撃ち返す。
失敗すればエヴァの氷塊が飛んできて、成功すれば罵倒混じりの賞賛が飛んでくる。
(……楽しいな)
ネギは汗を流しながら笑みを浮かべた。
魔力が尽きかけ、身体が悲鳴を上げても、確実に強くなっている実感がある。
この力を手に入れれば、京都での修学旅行はもっと楽しくなる。
敵と戦うため? 世界を救うため?
違う。
(強くなれば、余裕ができる。余裕ができれば、もっと大胆に生徒たちとイチャイチャできる!)
すべては己の欲望のために。
ネギは不純な動機を燃料に、魔法の深淵へと突き進んでいくのだった。