麻帆良学園の朝は早い。
小鳥のさえずりと共に目を覚ましたネギは、隣のベッドですやすやと眠る近衛木乃香と、その向こうで豪快な寝相を晒している神楽坂明日菜を確認し、音もなく身支度を整えた。
鏡の前でネクタイを締めながら、ネギは自嘲気味に笑う。
鏡に映っているのは、実に真面目で、どこか頼りなさげな新任教師の顔だ。
だが、その内側ではドロドロとした欲望と、冷徹な計算が渦巻いている。
(昨夜の木乃香ちゃんへのイタズラは最高だったな……)
毎晩のように微量の睡眠魔法を使い、木乃香の柔肌を愛でるのが日課となりつつある。
だが、それだけでは満足できない。
俺の目的は、この学園生活を自分好みのエロエロなハーレム空間に改造することだ。
そのためには、障害となる要素を排除し、手札を増やす必要がある。
(まずは、この学園都市の『監視システム』を把握しなくては)
麻帆良学園は、ただの学校ではない。
魔法使い、妖怪、その他諸々の人外が跋扈する魔窟だ。当然、強力な結界や監視網が敷かれているはずだ。
現状、自室には完璧な遮断結界を張っているが、一歩外に出れば誰が見ているか分からない。
校内で生徒に手を出すにしても、トイレや空き教室で事及ぶにしても、監視の目を掻いくぐるルート確保は必須だ。
(それに……あの神楽坂明日菜だ)
ネギはチラリと、布団を蹴飛ばしている明日菜を見る。
彼女の『魔法無効化能力』は厄介だ。
だが、俺にはエヴァンジェリンの10倍という規格外の魔力がある。
質で勝てないなら量で押し切る。物理的な魔力砲撃で防御の上から吹き飛ばすような真似は可能だろうが、それでは彼女を壊してしまうかもしれない。
性的な意味で服従させるには、もっと繊細なアプローチか、あるいは無効化能力の「許容量」を超える魔力による強制干渉が可能か、検証が必要だ。
「ネギ先生、おはよーございます……」
ふと、木乃香が目をこすりながら起き上がった。
「おはようございます、近衛さん。よく眠れましたか?」
ネギは完璧な営業スマイルで振り返る。
英国紳士のような柔らかな物腰。
昨夜、その胸を散々弄り回し、寝言を言わせた張本人だとは微塵も感じさせない。
「んぅ……なんか、すごいドキドキする夢見た気がするんよ。……体が熱いっていうか」
「おや、風邪ですか? 季節の変わり目ですから、気をつけてくださいね」
「うん、おおきに」
顔を赤らめる木乃香に、ネギは心の中でガッツポーズをした。
順調だ。
中等部、2-A教室。
ネギは教壇に立ち、流暢な英語で授業を行っていた。
チアリーダー部の3人娘がこそこそと話していたり、運動部のアキラやマキエが退屈そうにペン回しをしていたりする。
(……いないな)
ネギは出席簿を見ながら、心の中で舌打ちをする。
出席番号26番、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
通称「エヴァ」。
原作における重要キャラであり、最強の吸血鬼。
彼女は今日も欠席だ。
(今後のことを考えれば、彼女の魔法知識はどうしても手に入れておきたい)
俺の魔力は膨大だが、手持ちの魔法のレパートリーはまだ少ない。
父ナギ・スプリングフィールドの記憶や技術はある程度引き継いでいる設定だが、エヴァの持つ闇の魔法や、古代の術式は喉から手が出るほど欲しい。
彼女の魔法を、この『写輪眼』で根こそぎコピーできれば、俺の戦力は飛躍的に向上する。
そうすれば、結界破りも、精神支配も、もっと容易になるはずだ。
(いつ教室へ来るんだ? 不登校児童……じゃない、不登校吸血鬼め)
流石にこの段階で、新任教師が女子寮の裏にあるログハウス(彼女の住処)へ押しかけるのは怪しまれる。
向こうから接触してくるのを待つしかないが、焦れったい。
(……まったく、よくある転生ものだと、主人公が原作知識完璧で
「今日は何話のイベントだからあそこに行けば会える!」とかやってるけど、無理だろそれ)
ネギは教科書を読み上げながら、内心で毒づく。
俺の記憶にあるのは、大まかなキャラ設定と「エロい展開になりそうなシーン」の断片だけだ。
何月何日に誰がどこで何をするか、なんてスケジュール帳を持っているわけではない。
地道にやるしかないのか。
授業の合間や休み時間、ネギは校内を巡回するフリをして、魔力感知を行っていた。
廊下の隅、天井の裏、彫像の目。
学園の至る所に、微弱な魔力のラインが走っている。
これらが学園長の、あるいは警備システムの「目」だ。
(古い術式だが、幾重にも重ね掛けされていて複雑だな。これを全部解析してジャミングするのは骨が折れる)
だが、不可能ではない。
写輪眼で魔力の流れを視覚化し、構造を理解する。
毎日少しずつ、俺の「見えない死角」を広げていく。
そんなある日、ネギは学園長室に呼び出された。
「ネギくん。君のクラスの成績のことなんじゃが……」
近衛近右衛門学園長は、相変わらず妖怪のような笑みを浮かべて、一枚の資料を提示した。
そこには、2-Aの平均点が学年最下位であることが示されていた。
「このままでは示しがつかん。次の期末テストで最下位を脱出できなければ……君には辞めてもらうことになるかもしれんのぅ」
「……はい?」
ネギは目を丸くする演技をした。
内心では(出たよ、クソ課題)と呆れ返っていた。
そもそも、俺をここに呼んだのはアンタだろ。
孫娘の護衛役として、最強の魔法使いの息子を手元に置きたかったはずだ。
それを、たかが成績ごときで本気でクビにするわけがない。
これは俺の能力や、教師としての適性を試すための茶番だ。
「承知いたしました、学園長。生徒たちのため、そして私の職のため、全力を尽くします」
ネギは神妙な顔つきで頭を下げる。
腹の底では「面倒くせぇな」と思いつつも、外面の良さは崩さない。
教師という立場は、生徒に合法的に近づくための最高の隠れ蓑だ。失うわけにはいかない。
教室に戻ったネギは、教壇を叩いて生徒たちに檄を飛ばした。
「というわけなんです、皆さん! 次のテストで結果を出さないと、私はクビになってしまいます!」
「えーっ!? ウソでしょセンセー!」
「マジっすか? それはちょっと可哀想かも」
生徒たちからざわめきが起こる。
ネギは悲壮な顔を作り、涙ながらに訴えた。
「私はこのクラスが好きです! 皆さんと一緒にもっと学びたい! ですから、どうか力を貸してください!」
「……もうっ、仕方ないわねー」
明日菜が悪態をつきながらも、やる気を見せる。
他の生徒たちも、ネギの熱意(演技)にほだされたのか、あるいは単に「イケメン先生がいなくなるのは惜しい」と思ったのか、テスト勉強への意欲を見せ始めた。
(チョロい。実に扱いやすい生徒たちだ)
ネギはハンカチで嘘泣きの涙を拭いながら、ニヤリと笑った。
そして数日後。
放課後の教室で、明日菜がネギの元へ駆け寄ってきた。
彼女の後ろには、木乃香、そして成績下位グループ、通称『バカレンジャー』の面々がいる。
さらに、図書館探検部の宮崎のどか、綾瀬夕映、早乙女ハルナの姿もあった。
「ねえ、ネギ!」
「はい、何でしょう明日菜さん?」
「アタシらさ、今夜『図書館島』に行こうと思ってるのよ」
「図書館島、ですか?」
ネギは眉を上げる。
麻帆良学園図書館の地下深くに広がる、巨大な書庫迷宮。
そこは学園の知識の集積所であり、同時に危険な魔窟でもある。
「噂で聞いたのよ。図書館の奥に、頭が良くなる魔法の本があるって!」
「……なるほど。それで、僕に引率をしてほしいと?」
「そ! 一応先生だし、大人がいた方が心強いでしょ? それに、もし見つかってもネギがいれば言い訳できるし!」
明日菜はあっけらかんと言ってのける。
ネギは顎に手を当て、少し考える素振りを見せた。
(図書館島か……。願ってもないチャンスだ)
あそこは学園の中でも特に魔力が集中している場所だ。
強力な結界、自律稼働する防衛システム、そして古代の遺物。
普段、表層の校舎だけでは見えてこない、この学園の「魔法レベル」の深淵を知る絶好の機会だ。
それに、学園全体の監視システムの大元や、裏口のようなものが存在する可能性も高い。
俺の魔力でジャミングが可能か、あるいは支配下に置けるか。
実地試験にはもってこいの場所だ。
「わかりました。教師として、夜中に生徒だけで危険な場所に行かせるわけにはいきませんからね」
ネギは爽やかに微笑んだ。
「僕が同行しましょう。皆さんの勉強熱心さには感服しますよ」
「やったー! さすがネギ先生!」
「話が分かる男は嫌いじゃないです」
夕映がボソリと呟く。
こうして、ネギは『バカレンジャー』と『図書館探検部』の混成チームと共に、夜の図書館島へ潜入することになった。
深夜。
巨大な図書館の扉をくぐり、一行は地下へと続く螺旋階段を降りていく。
カビと古紙の匂い。
そして、肌にピリピリと刺さるような魔力の気配。
「うぅ……なんか薄気味悪いなぁ……」
佐々木まき絵が震えながら、ネギの背中に隠れるように歩く。
その拍子に、彼女の柔らかな胸がネギの腕に押し当てられる。
(B75……数値以上に柔らかいな)
ネギは役得を堪能しながら、周囲の闇に目を凝らした。
『写輪眼』、開眼。
もちろん、物理的な変化は幻術で隠蔽している。
ネギの視界には、空間を埋め尽くすような魔力の光が見えていた。
(すごいな。壁、床、天井……至る所に罠とセンサーが張り巡らされている)
階段の一段一段に、侵入者を検知する術式が刻まれている。
だが、それらは古い。
何百年も継ぎ足されてきたスパゲッティ・コードのように、複雑だが隙も多い。
(ここならいける。俺の魔力で干渉し、システムを書き換える実験ができる)
ネギは皆に気づかれないよう、指先から極細の魔力の糸を放った。
壁の術式に接触させ、その構造を読み取る。
警報を鳴らさずに、自分の存在だけを「正規の利用者」として登録する。
ハッキングのような作業だが、ネギにとってはパズルのようで楽しかった。
「先生、大丈夫? なんか無口だけど」
木乃香が心配そうに覗き込んでくる。
「ええ、大丈夫ですよ。ただ、少し暗いので足元に気をつけていただければと」
ネギは優しく微笑み、木乃香の手を取った。
その手は温かく、昨夜の情事を思い出させる。
(さあ、案内してもらおうか。この学園の秘密の奥底へ)
明日菜たちが目指す「魔法の本」などどうでもいい。
ネギが見据えているのは、その先にある、この学園を支配するための『力』だ。
地下深くへ進むにつれ、ネギの瞳の奥で、赤い光が妖しく明滅した。