京都の朝は、今日も騒がしく始まろうとしていた。
本日は班行動ではなく、自由時間となっている。
ネギは朝食を終えた後、神楽坂明日菜と桜咲刹那、そして近衛木乃香を呼び止めていた。
表向きは、学園長から預かった親書を関西呪術協会へ届けるという任務のためだが、ネギの目的はそれだけではない。
「木乃香さんが、また狙われるかもしれません。明日菜さん、刹那さん。木乃香さんの側を片時も離れないで下さい」
真剣な表情で告げるネギに、二人は背筋を正す。
「トイレも一緒に行きましょう」
「えっ?」
「まかせて! ネギ!」
明日菜は一瞬呆気にとられたが、すぐに胸を張って請け負った。彼女はすでにネギの『調教』と『契約』を経ており、彼の言葉を疑うことはない。
「分かりました」
刹那もまた、真剣な眼差しで頷く。彼女はまだネギに完全に屈服してはいないが、木乃香を守るためなら何でもする覚悟がある。そして、昨夜の「3P」という背徳的な儀式によって、ネギに対して複雑な感情──拒絶しきれない熱──を抱き始めていた。
ネギはそんな刹那を見据え、さらに念を押す。
「特に刹那さん。貴方は個室の中まで、木乃香さんと一緒に入って下さい」
「こ、個室の中まで、ですか……?」
「そうです。この先、一生後悔したくないなら、一時も離れてはいけません」
ネギの瞳が怪しく光る。それは建前としての警護命令であり、同時に彼女たちの羞恥心を削り、依存させるための布石でもあった。
木乃香もまた、頬を染めながらも「ネギ君が言うなら……」と承諾する。
(ふふ、トイレの個室で二人きり……お互いの排泄音を聞きながら密着する。良い羞恥プレイだ)
心の中で下卑た笑みを浮かべつつ、ネギは紳士的な微笑みで彼女たちを送り出した。
「では、僕は一人で関西呪術協会の本山へ向かいます。皆さんはシネマ村あたりで時間を潰していてください」
京都の山奥、関西呪術協会の総本山。
結界に守られたその場所へ、ネギは一人で足を踏み入れた。
鳥居をくぐり、参道を歩く。だが、いつまで経っても本殿に辿り着かない。
景色がループしている。
(なるほど、これも東洋呪術の利点だな)
ネギは足を止め、周囲を観察する。
常時展開されている西洋魔術の結界なら、俺の『写輪眼』で即座に視認できる。だが、札に魔力を通すまで発動しない設置型の東洋呪術は、発動して初めて気がつく仕組みだ。
(まあ、発動してしまえばこっちのものだ。魔力の流れを読み取れば、起点はすぐに分かる)
ネギが瞳に魔力を込め、写輪眼を発動させようとしたその時だった。
背後の茂みから、殺気と共に何かが飛び出してきた。
「おい! テメェがネギ・スプリングフィールドか!」
襲いかかってきたのは、逆立った髪の少年──いや、年齢的にはネギと同じ18歳の青年だ。
犬上小太郎。原作ではネギのライバルであり、後に親友となる男。
だが、今のネギにとって彼は「ヒロインではない男」でしかない。
「悪いが──」
ネギは小太郎の名乗りも聞かず、瞬時に身体強化魔法を発動させた。
小太郎の拳を紙一重でかわし、その脇腹へ強烈なボディブローを叩き込む。
「がはっ……!?」
「男に興味は無い!」
追撃。鳩尾への膝蹴り、崩れ落ちる顔面への回し蹴り。
容赦のないタコ殴りである。
小太郎は「な、なん……だ、こい……つ」と白目を剥き、地面に沈んだ。
(ふん、熱血友情展開など知ったことか)
ネギが倒れた小太郎をゴミのように跨いで進もうとすると、空からひらひらと式神が舞い降りてきた。
デフォルメされた刹那の姿をした式神──『ちびせつな』だ。
式神は必死に身振り手振りで何かを伝えようとしている。
やはり、木乃香の方にも敵の手が伸びているらしい。
「分かった。すぐに行く」
だが、ネギはすぐには動かなかった。
彼は倒れている小太郎を一瞥し、そして本山の奥へと視線を向ける。
これから起こる最大の襲撃、フェイト・アーウェルンクスへの対策を講じるために。
その頃、太秦映画村(シネマ村)。
木乃香と刹那、明日菜は、ネギの言いつけ通りに行動していた。
「あはは、似合うなぁせっちゃん!」
「そ、そうですか……? お嬢様こそ、とてもお綺麗です」
時代劇の衣装に着替えた木乃香はお姫様姿、刹那は新選組の羽織を身にまとっている。
木乃香の愛らしい笑顔を見て、刹那は胸が高鳴るのを感じた。
だが同時に、昨夜の記憶がフラッシュバックする。
ネギに組み敷かれ、木乃香の目の前で喘ぎ、最後には三人で絡み合った背徳の記憶。
(イカン! イカン! 私はお嬢様の護衛……あんなことは、もう二度と……)
自分に言い聞かせる刹那。
だが、その平穏は唐突に破られた。
「おやおや、仲がよろしおすなぁ」
屋根の上から響く、鈴を転がすような京言葉。
そこに立っていたのは、西洋の貴婦人のようなドレスに日本刀を佩いた剣士──月詠だった。
「刹那センパイ♡ 相変わらず凛々しいお姿……ゾクゾクしますわぁ」
「月詠……!」
刹那が身構える。
月詠は妖艶な笑みを浮かべ、刀を抜いた。
「センパイ♡ 私と決闘してくださりませんか? 勝った方がお嬢様をいただく……どうどす?」
「ふざけるな! お嬢様はモノではない!」
刹那が激昂し、殺気が膨れ上がる。
その様子を、物陰から見守る集団がいた。
朝倉和美、那波千鶴、村上夏美、雪広あやか、早乙女ハルナ、綾瀬夕映、宮崎のどか。3-Aのクラスメイトたちだ。
「キャー! 何あれ、愛の決闘!?」
「桜咲さんと木乃香さん、やっぱりそういう関係だったのね!」
「禁断の恋……燃えるです」
ネギの手によって「魔法使いの従者」や「協力者」になっている者もいるが、事情を知らない生徒たちは、目の前の光景を時代劇のアトラクションか、あるいはガチの恋愛沙汰だと勘違いして大興奮している。
そこへ、ネギが到着した。
「ネギ君!」
木乃香が駆け寄る。
ネギは悠然と歩み寄り、月詠を見上げた。
「せっちゃん、あの人、怖い……」
「大丈夫です、お嬢様。私が必ず守ります」
刹那が木乃香の前に立ち、刀を構える。その背中には、確固たる決意と、木乃香への深い愛情が見て取れた。
(ふむ、相思相愛じゃねーか。まあ、その愛もいずれ僕が全て美味しくいただくが)
ネギが心の中で毒づいている間に、戦いの火蓋が切られた。
月詠が呼び出したのは、おどろおどろしい妖怪たち。一般人には見えないはずだが、魔力が強すぎるのか、あるいは意図的なのか、周囲の空気が歪む。
「きゃあああ! 何あのお化け!?」
「CG? プロジェクションマッピング!?」
騒然とする一般客。
そして、その混乱を高い場所から見下ろす二つの影があった。
天ヶ崎千草と、白髪の少年──フェイト・アーウェルンクス。
ネギは『写輪眼』で彼らの存在を捉えていた。
(やはり来たか。だが、ここでは手を出さないらしいな。フェイトの本番は、本山での石化攻撃か)
刹那は奮戦しているが、木乃香を守りながらでは攻め手に欠ける。
ネギは一歩前へ出ると、声を張り上げた。
「そこまでだ、月詠さん」
「……あン? 邪魔しはりますの?」
「いえ、ただ忠告です。貴女の雇い主も、この場でこれ以上、騒ぎを大きくすることは望んでいないようですよ?」
ネギが視線を天ヶ崎たちの方へ向けると、月詠もそれを察したのか、チッと舌打ちをして刀を納めた。
「……しゃあないなぁ。センパイ♡ また後で、たっぷりと可愛がってあげますえ」
月詠は捨て台詞を残し、煙のように姿を消した。
「せっちゃん!」
「お嬢様……!」
木乃香が刹那に抱きつき、刹那もまた、安堵の表情で彼女を受け止める。
美しい百合の光景に、クラスメイトたちから歓声が上がった。
ネギはその様子を見ながら、今後の展開を計算する。
(原作通りなら、このまま全員を連れて本山へ行く。そこでフェイトに石にされるわけだが……)
生徒たちを連れて行けば、守るべき対象が増え、面倒だ。
しかし、ここで彼女たちに「魔法」という非日常を、決定的な形で見せつけるチャンスでもある。
なし崩し的にこちらの世界へ引きずり込めば、秘密の共有者として、ハーレム要員としての攻略難易度は下がる。
(それに、僕の生徒たちを石ころにするなんて無様な真似、させるつもりはない)
ネギは決断した。
「皆さん! 実は木乃香さんの実家から、招待を受けているんです。少し遠いですが、一緒に行きませんか?」
明日菜、木乃香、刹那はもちろん、朝倉、千鶴、夏美、あやか、ハルナ、夕映、のどか。そして、離れてこっそり見ていた長谷川千雨も捕獲した。
ザジ・レイニーデイは姿が見えない。彼女は魔族だ、本山の結界を嫌って先に宿へ戻ったのだろう。賢明な判断だ。
関西呪術協会、総本山。
ネギたちが到着すると、そこでは予想外の歓迎が待っていた。
「ようこそおいでやす~!」
巫女さんたちが整列し、深々と頭を下げる。
クラスメイトたちは目を白黒させている。
「木乃香ちゃん、こんなお嬢様だったの!?」と生徒達が叫ぶが、雪広あやかだけは冷静だった。
「あら、歴史ある家柄というのは、こういうものですわ」
さすが財閥のお嬢様である。
そして、本殿の奥から現れた一人の男。
近衛木乃香の父親にして、関西呪術協会の長、近衛詠春。
優しげな顔立ちの中に、達人の風格を漂わせている。
「よく来てくれたね、木乃香。それにネギ……いや、ネギ君も」
「お久しぶりです、詠春さん」
ネギは恭しく一礼し、学園長からの親書を渡した。
詠春はそれに目を通し、満足げに頷く。
「任務ご苦労。父上……学園長も、東西の融和を望んでおられるようだ」
これで表向きの任務は完了だ。
詠春はネギたちを労い、歓迎の宴を用意してくれた。さらには修学旅行のホテル側にも根回しをしてくれるという。至れり尽くせりである。
そして、宴の後はお待ちかねの入浴タイム。
広大な露天風呂。
なぜか、脱衣所の札がかけ間違えられていたのか、あるいはネギの仕込みか。
湯気の中、バッタリと遭遇する男女。
「きゃあああ!?」
「な、なんでネギと……お父さんまで!?」
明日菜と刹那、そしてクラスメイトたちが悲鳴を上げる。
そこにはネギと、そして詠春までもが浸かっていた。
まさに眼福。ネギは涼しい顔で、明日菜の豊かな肢体や、刹那の引き締まった体を鑑賞する。
詠春だけが「こ、これは失敬!」と狼狽えていたが、ネギにとっては計算通りのハプニングだった。
だが、穏やかな時間は長くは続かない。
夜闇に紛れ、本山の結界を破って侵入してくる者がいた。
フェイト・アーウェルンクス。
彼は単身、正面から堂々と現れ、石化の魔法を放とうと手を掲げた。
「石の息吹」
その瞬間。
刹那をも超える神速の抜刀が、フェイトを襲った。
「斬鉄閃!」
「ッ!?」
フェイトは咄嗟に障壁を展開するが、その斬撃は魔法障壁ごと彼を弾き飛ばした。
攻撃を放ったのは、近衛詠春。
さらに、物陰から待機していた手練れの術者たちが、一斉に攻撃呪文を浴びせる。
爆炎と雷撃がフェイトを包む。
土煙の中から現れたフェイトは、服を焦がし、わずかに血を流していた。
その表情には、明らかな驚愕が浮かんでいる。
「……まさか、待ち伏せされているとは」
「アーウェルンクスと聞いては、全力で迎え撃つのは当然でしょう」
詠春が刀を構え、静かに告げる。
「何故、僕がアーウェルンクスだと知っている?」
「敵に教える義理はありませんね」
フェイトの問いに、詠春は答えず斬りかかる。
その種明かしは簡単だ。ネギだ。
ネギは小太郎を叩きのめした後、シネマ村へ向かう前に、全速力で詠春の元へ駆け込み、フェイトの襲撃情報を伝えていたのだ。『赤き翼』の英雄である詠春は、その情報を信じ、即座に迎撃態勢を整えた。
「舐めるなよ、近衛詠春。平和ボケした貴方に、容易くやられるとでも?」
フェイトが右手を振るうと、衝撃波が発生し、詠春を吹き飛ばす。
だが、詠春は空中で体勢を立て直し、着地する。
「ハハハッ、確かに平和ボケと言われても仕方ないですね」
立ち上がった詠春の周囲には、関西呪術協会の精鋭たち、そして神鳴流の剣士たちが集結している。
さらにその後方には、木乃香を守るように立つネギ、刹那、明日菜。
フェイトは完全に包囲されていた。
「まったく予想外だ……ここまで完全に、僕の手の内が読まれているとは」
フェイトは冷徹な瞳を細める。
正面突破は困難。ならば──。
「逃がしませんよ!」
詠春が追撃の構えを見せた、その時だった。
「ネギィィィッ!! 借りを返すぜ!!」
壁を突き破り、獣の咆哮と共に乱入してきた影があった。
狼男に変身した犬上小太郎だ。
彼は場の空気など一切読まず、一直線にネギへ襲いかかった。
「はあ?」
ネギは思わず素の声を漏らす。
(ここで乱入かよ! しかも俺狙いか!)
「邪魔だ!」
ネギは迎撃するが、この一瞬の隙が致命的だった。
騒然とする場。生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
フェイトはその混乱を見逃さなかった。
「好機」
フェイトは小太郎を囮にし、神速で包囲網を突破。
狙うは一点、近衛木乃香。
「しまっ──」
刹那が反応するよりも速く、フェイトの手が木乃香を掴む。
小太郎はネギと詠春の連携攻撃であっさりと気絶させられたが(なんでフェイトを放置してこっちを殴るんだ詠春、とネギは毒づく)、その間にフェイトは木乃香を抱えて宙へと逃れていた。
「木乃香!!」
「お嬢様!!」
フェイトを追って、詠春とネギたちが飛び出す。
屋根の上、フェイトが逃げた先には、月詠が待ち構えていた。
「ご苦労様どす、フェイトはん」
「頼む」
フェイトは木乃香を月詠へ放り投げる。
月詠は木乃香を受け止めると、不敵な笑みを残し、闇夜へと消えていく。天ヶ崎千草の元へ向かったのだ。
「待てェ!」
激昂した詠春がフェイトへ斬りかかる。
渾身の一撃がフェイトの胴を捉えるが、フェイトは表情一つ変えず、至近距離から詠春を睨みつける。
「石化の邪眼」
「──ッ! 抜かりました……」
詠春の体が、足元から急速に石化していく。
相打ち。いや、木乃香を奪われた時点でこちらの敗北だ。
「まったくだ」
石化していく詠春の背後から、ネギが飛び出した。
その手には、眩いばかりの雷光を帯びた剣──『プラズマソード』が握られている。
「消えろ!」
「なにッ!?」
明らかにダメージを受けて動きの鈍ったフェイトに、ネギの一撃が炸裂する。
超超高温の魔力剣が、フェイトの体を袈裟懸けに両断した。
ジュッ、と音がして、フェイトの上半身が崩れ落ちる。
だが、そこに肉の手応えはなく、大量の水となって弾け飛んだ。
「……ここは撤退しよう。予定変更だ」
水溜まりの中から、フェイトの声が響く。そして気配は完全に消失した。
「ちっ、仕留められないか。まあ、これぐらいじゃ死なんよな」
ネギは舌打ちし、プラズマソードを霧散させる。
振り返ると、詠春は首まで石化していた。
「……ネギ君、木乃香を……頼む」
「ええ、任せてください」
完全に石像となった詠春。
周囲には、倒れた小太郎と、呆然とする生徒たち、そして負傷した協会の術者たち。
ネギは冷静に指示を出す。
「協会の皆さん、この場と生徒たちをお願いします。犯人を追えるのは、僕たちだけだ」
そして、明日菜と刹那を振り返る。
二人の目には、怒りと焦燥の炎が燃えていた。
「行きますよ、明日菜さん、刹那さん。木乃香さんを取り戻す」
「当たり前よ!」
「はい!」
三人は月詠の消えた方向へと走り出す。
風を切って走りながら、ネギの口元には、隠しきれない邪悪な笑みが浮かんでいた。
(フェイトは撤退、詠春は石化……邪魔者はいなくなった)
これで、気兼ねなく戦える。
いや、違う。
最強の盾と剣、明日菜と刹那。
この極限状況下で、彼女たちのアーティファクト──あの卑猥で強力なアイテムを、ついに実戦で使用できるのだ。
(さあ、エロティックな蹂躙戦の始まりだ)
ネギは欲望を滾らせ、夜の京都を駆け抜けた。