吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの自宅、そのさらに奥にある修行場『ダイオラマ魔法球』。
極小の瓶の中に広がる広大な無人島で、ネギは京都での成果を披露していた。
シュッ、シュッ、シュパパパンッ!
ネギの手元から放たれた『お札』が空を舞い、ターゲットの岩を次々と爆砕していく。
さらに、札に込めた魔力を触媒に、簡易的な結界まで瞬時に展開してみせた。
「ハッハッハ! 札を作るところから盗んで来るとはな! やるではないか、ぼーや!」
腕を組み、その様子を見ていたエヴァが愉快そうに笑う。
ネギは少し照れたような演技をしながら、手のひらにバチバチと雷光を走らせた。
「マスターと開発した『プラズマソード』も、実戦で良い感じでしたよ。フェイトへのトドメは刺せませんでしたが、撃退には十分でした」
「ふん。まあ、あの『写輪眼』とかいう巫山戯たチートのお陰で、貴様の魔法習得速度はデタラメだからな」
エヴァは呆れたように肩をすくめる。
本来なら数年、数十年かけて習得する技術を、ネギは一瞬でコピーし、膨大な魔力で強引に行使してしまう。
「基礎はもう十分すぎる。こうなってくると、後は実戦訓練あるのみだな」
「はい、お願いします!」
ネギが元気よく答えた、その時だった。
「──おいおい、どーせなら『闇の魔法』も教えちまえよ、ご主人」
横から、声が響く。
エヴァの相棒である操り人形、チャチャゼロだ。彼女は酒瓶を片手に、ニタニタと笑いながらネギを見下ろしている。
(チャチャゼロ……? これは予想外の展開か?)
ネギは内心で眉をひそめた。
原作の知識では、エヴァが奥義である『闇の魔法(マギア・エレベア)』を教えるのはもっと先の話だ。しかも、今の弱体化したエヴァはあまり使いたがらず、本来ならラカンという男の元へ修行に行かないと習得フラグが立たないはずだった。
「黙ってろ、ポンコツ人形。あれはまだコイツには早すぎる」
「ケッ、何言ってやがる。コイツにゃ『写輪眼』なんてチートがあるんだ。面白ぇだろ? 見せてやれよ」
言い合う主人と人形。
ネギは瞬時に計算する。この流れ、乗らない手はない。
ラカンに会いに行く手間が省けるなら、ここで習得してしまうのが最短ルートだ。
「あの……『闇の魔法』とは、闇の精霊を使う西洋魔術のことですか? それなら僕も使えますよ?」
ネギはキョトンとした顔で、わざとボケてみせた。
「チゲーよ、タコ」
チャチャゼロがゲラゲラと笑う。
「もっとエゲツナイもんさ。魔力を『ぶっ放す』んじゃなくて、『食う』んだよ」
「食う……? マスター、何なんですか、その『闇の魔法』って?」
ネギが問いかけると、エヴァは渋い顔をした。
「……あれは特殊なのだ。魔法使いとしての道を外れる可能性すらある」
「教えてください!」
ネギはエヴァに詰め寄った。
その瞳には、純粋で真っ直ぐな──と見せかけた、計算高い──熱意が宿っている。
「強くなれるなら……お父さんに一刻も早く追いつけるなら、教えて欲しいです! ナカネお姉ちゃんを安心させるためにも、みんなの期待に応えるためにも、僕は早く強くなりたいのです!」
(さあどうだ。お前は「ナギの息子」と「家族想いの少年」というフレーズに弱いからな)
ネギが真摯な目でエヴァを見つめると、案の定、エヴァはたじろぎ、そして溜息をついた。
「……はぁ。まったく、親子揃って無茶を言う」
「マスター……」
「いいだろう。ただし! 勝手に練習はするなよ。私の目の届く範囲、私の前でだけだ。守れるか?」
「はい! もちろんです、マスター!」
(チョロい)
ネギは心の中でガッツポーズをした。
エヴァは表情を引き締めると、距離を取った。
「よく見ておけ。これが『闇の魔法』の真髄だ」
エヴァが詠唱を始める。
周囲の空気が一気に冷え込み、絶対零度の冷気が渦を巻く。
「来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹雪け常夜の氷雪──『闇の吹雪』!」
エヴァの手のひらに、漆黒の吹雪が凝縮される。通常なら、これを敵に放つ強力な攻撃魔法だ。
だが、彼女は放たない。
「術式固定“スタグネット”」
放たれるはずだった魔法が、その場でピタリと止まり、黒い球体となってエヴァの手元に留まる。
そして──。
「掌握“コンプレクシオー”」
バシュゥッ!!
エヴァがその黒い球体を、握りつぶした。
瞬間、魔法が彼女の体内へと侵入し、同化していく。
エヴァの肌が蒼白く輝き、全身が黒い雪と氷のオーラに覆われた。
「……ッ」
そこに佇むだけで、世界が凍りつくような威圧感。
エヴァが軽く腕を振るうだけで、何もない空間から巨大な氷の柱が出現し、海を割った。
(これだ……!)
ネギの左目、『写輪眼』が高速で回転する。
魔力の流れ、術式の構成、そして身体へのフィードバック。すべてをコピーする。
(なるほど、魔法を放出せずに自分の肉体に取り込むのか。取り込んだ魔法が、術者の身体を『その魔法に馴染むように』作り変えようとしている……)
それはつまり、人間が精霊や魔物に近づくということだ。
強大な力を得る代償に、魂と肉体が侵食される。
(マジで吸血鬼用というか……人間辞めてもいい人用の荒業だな)
だが、今のネギには『エヴァの10倍の魔力』がある。侵食をねじ伏せるだけの力はあるはずだ。
「凄いです、マスター!」
ネギは興奮した様子で叫んだ。
「取り込んだ魔法の効果が常時発動して、しかも同じ属性の魔法なら、呪文なしの身振りだけで発動も出来るなんて!」
「……とぼけるな」
変身を解いたエヴァが、ジトリとネギを睨む。
「その眼で、副作用も見えているはずだろ? 心身への侵食、暴走の危険性。一歩間違えば、自我を失った化け物になるぞ」
「……はい、見えました」
ネギは肯定する。だが、すぐに顔を上げた。
「しかし、これなら父さんに追いつけます! 京都にいた、あのフェイト・アーウェルンクスにも勝てます!」
フェイトの名を聞き、エヴァの顔色が少し変わった。
「ふん! 報告にあった『赤き翼』の敵か。詠春が遅れをとったらしいな」
「ええ。あいつは強かった。今のままでは、次は守れないかもしれない。だから……!」
「分かった、分かったよ」
エヴァは呆れつつも、どこか嬉しそうに口元を緩めた。
「まあ良い。取り敢えず、一番初歩の『魔法の射手』から練習しろ。いきなり上級魔法を食ったら死ぬぞ」
「はい!」
ネギは早速、自身の周りに光の矢を展開した。
『写輪眼』で術式はコピー済みだ。理論は完璧。
あとは、やるだけ。
「術式固定“スタグネット”……掌握“コンプレクシオー”!」
ネギが光の矢を自身の体に取り込もうとする。
だが。
ドカンッ!!
「ぐわっ!?」
取り込もうとした魔力が逆流し、ネギの体内で小爆発を起こした。
黒焦げになって吹き飛ばされるネギ。
「ぷっ、ギャハハハ! ダッセェ!」
チャチャゼロが腹を抱えて笑う。
「……甘いな、ぼーや」
エヴァがニヤニヤしながら見下ろす。
「原理をコピーできても、肉体の感覚まではコピーできん。魔法を『飲む』感覚、それを腹の中で『飼い慣らす』感覚……体術と同じで、こればかりは血反吐を吐くような訓練が必要だぞ?」
煤だらけの顔で起き上がりながら、ネギは不敵に笑った。
「望むところです……!」
(見ていろ、エヴァンジェリン)
ネギの瞳が怪しく光る。
この『闇の魔法』を完全に我が物にした時、それは単に強くなるだけではない。
師匠であるエヴァを超える力を手に入れ──彼女を真の意味で支配下に置くことができる。
(これを覚えたら、もう我慢しないからな、マスター!)
ネギの脳裏には、闇の魔法を纏った自分の前で、無力化され、組み敷かれ、喘ぐエヴァンジェリンの姿が浮かんでいた。
ネギの、邪な決意と共に、地獄の修行が幕を開けた。