ダイオラマ魔法球。
時間の流れが外界とは異なるこの空間で、ネギは今日も汗を流していた。
目的は明確だ。
目の前にいる最強の師匠・エヴァンジェリンを力ずくでモノにするため。
築き上げたハーレムを守るため。
そして何より、原作の最後で待ち受けるラスボス(始まりの魔法使い)に肉体を乗っ取られ、殺されないためだ。
(……だが、足りない)
ネギは黒い雷を纏いながら、思考を巡らせる。
『闇の魔法(マギア・エレベア)』は確かに強い。チート級の性能だ。
だが、この魔法は師匠であるエヴァはもちろん、紅き翼のラカンも知っている。おそらく他のメンバーも知っているだろう。
手の内がバレている切り札など、切り札とは呼べない。
(もう一つ……何か隠し玉が欲しい)
だが、思いつかない。
ネギは所詮、神から与えられた魔力と『写輪眼』というチートツールを持っているだけの凡人だ。本物のネギ・スプリングフィールドのような、魔法を組み替えて新しい術式を編み出すような天才的頭脳はない。
(くそっ! こちとらチート持ちの転生者であって、努力の天才じゃねえんだよ!!)
心の中で悪態をつくネギ。
しかし、時は待ってくれない。事態は急変する。
ダイオラマ魔法球は精神と時の部屋のようなものだが、エヴァの方針で「成長期の子供(特に女子)には悪影響がある」として、毎日全員が揃うわけではない。
今日、この別荘に集まっていたのは、神楽坂明日菜、綾瀬夕映、宮崎のどかの三人だけだった。
休憩中、紅茶を飲みながらエヴァが何の気なしに言った。
「そういえば、明日菜は既にしていたが、そこの二人……夕映とのどかは、まだ仮契約(パクティオー)しておらんのか?」
「……え?」
ネギの心臓が跳ねた。
(ついに来てしまった……!)
エヴァは続ける。
「ネギの魔力供給があれば、一般人の二人でも身を守れるようになる。それに、ネギにとっても戦力増強になるだろう?」
正論だ。しかし、ネギにとってはこのタイミングでの提案は致命的だった。
仮契約を結べば、アーティファクトとパクティオーカードが出現する。
ネギの歪んだ欲望が反映された、あの『卑猥極まりない』アイテムたちが。
(どー考えても、この後はエヴァとバトルだよな……)
ネギは冷や汗を隠し、やんわりと拒否を試みる。
「いえ、安易に仮契約なんて良くないですよ。彼女たちはまだ一般人ですし……」
「あら、私は賛成よ!」
声を上げたのは明日菜だった。
「私もしてるわよ! 二人も仮契約しようよ! ネギを助けられるし、すっごく気持ちいい……あ、いや、力が湧いてくるわよ!」
すでにネギに脳髄まで開発されている明日菜は、仲間が増えることにノリノリだ。
さらに、夕映が眼鏡を光らせた。
「興味があります。ネギ先生の力になれるなら、ぜひ」
「わ、私も……ネギ先生のお役に立ちたいです」
のどかも頬を染めて同意する。
外堀は埋まった。
ここで拒否し続ければ、逆に怪しまれる。
ネギは覚悟を決めた。
「……分かりました。ただ、契約の儀式は少し……恥ずかしいので。夕映さん、のどかさん。向こうの部屋でやりましょう」
数十分後。
ネギたち三人が戻ってきた。
夕映とのどかの頬は上気し、足元がおぼつかない。瞳には、どこか夢見心地な色が浮かんでいる。
もちろん、契約のキスだけでなく、ネギによる簡易的な催眠と、言葉巧みな誘導(洗脳)を済ませてきたからだ。
「終わったか」
エヴァが退屈そうに尋ねる。
「で、どんなアーティファクトが出た?」
「はい、これです」
夕映とのどかが、震える手でパクティオーカードを差し出した。
エヴァがそれを覗き込む。
瞬間、彼女の思考が停止した。
夕映のカードには、胸もアソコも露わになった図書館司書が、あられもない姿でポーズを取っている絵。
のどかのカードには、自慰に耽りながら日記を書く、白目を剥いた少女の絵。
「…………は?」
エヴァの口から、乾いた音が漏れる。
その硬直こそが、ネギが待っていた唯一の勝機。
「解放(エーミッタム)!!」
ネギが叫ぶ。
「千の雷(ミッレ・フルグラ)!」
バチチチチッ!!
ネギの全身から膨大な雷撃が噴き出す。
「術式固定(スタグネット)!」
「掌握(コンプレクシオー)!」
躊躇いなど微塵もない。
ネギは黒い雷の悪魔と化し、雷速の踏み込みでエヴァとの距離をゼロにした。
「なっ──!?」
エヴァが反応するより速く。
ネギの纏った雷撃の拳が、エヴァの小さな体に深々と突き刺さった。
ドォォォォォォンッ!!
「がはっ……!?」
吹き飛ぶエヴァ。別荘の壁を突き破り、遥か彼方へ弾き飛ばされる。
「マスター!?」
「ご主人!?」
控えにいた絡繰茶々丸と、人形のチャチャゼロが反応しようとする。
だが、遅い。
「二人とも、悪いな」
ネギは冷徹に言い放ち、すでに彼女たちの背後に回っていた。
『闇の魔法』で強化された手刀が閃く。
ガシャァァァンッ!!
バキィッ!!
「機能……停止……」
「テメェ……!」
茶々丸の四肢が切断され、チャチャゼロの手足も無惨に破壊される。
戦闘用ロボットと強力な人形でさえ、不意打ちと出力差の前には無力だった。
そこへ、瓦礫の中から土煙を上げてエヴァが戻ってくる。
その表情は、これまでネギに見せたことのない、本物の「怪物の怒り」に染まっていた。
「……やってくれたな、ボーヤ」
強烈な殺気が空間を支配する。
「いや、貴様……いったい何者だ? 本物の『ネギ・スプリングフィールド』ではないな?」
ついに核心を突かれた。
だが、ネギは邪悪な笑みを崩さない。
「何言ってるんですか。僕はマスターの可愛い弟子、ネギですよ」
「巫山戯るなッ!!」
エヴァが絶叫する。
「あの二人のアーティファクトは何だ! あの卑猥なカードは! 貴様の欲望そのものではないか! ……まさか、明日菜もか!?」
エヴァの視線が明日菜に向く。
明日菜は、キョトンとした顔で立っていた。
「え? 何でエヴァちゃん怒ってるのよ?」
「明日菜、貴様……!」
「ネギは私たちのためにやってくれてるのよ? それに、あのカードの格好、ネギが喜んでくれるならいいじゃない」
「な……っ」
明日菜の言葉に、エヴァは戦慄した。
洗脳。依存。思考の改変。
すでに手遅れなほど、彼女たちはネギの手の内にある。
「殺してやるぞ、バカ弟子……!」
エヴァの周囲に、世界を凍らせるほどの冷気が渦巻く。
だが、ネギは余裕の態度で肩をすくめた。
「やめた方がいいですよ、マスター」
「何だと?」
「学園に封印された貴女は、この魔法球の中でも全力は出せない。全盛期の何分の一ですか? 対して僕は、貴女の十倍の魔力を持ち、『闇の魔法』を習得し、さらに……」
ネギは背後の明日菜、夕映、のどかを手で示す。
「彼女たちがいます。僕を殺すなら、彼女たちごと消し飛ばしますか?」
「き、さま……ッ!」
人質。そして戦力差。
学園の結界による弱体化に加え、不意打ちでのダメージ。
さらに、愛すべき弟子だと思っていたネギの正体が、得体の知れない化物だったという精神的ショック。
この状況で、ここまで先手を打たれた段階で。
かつての最強、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに、勝ち目はなかった。
「さあ、マスター。授業(レッスン)の内容を変更しましょうか」
ネギは黒い雷を纏ったまま、ゆっくりと、しかし確実に支配者としての歩みを進めた。