※この作品はR-18です。

欲望のネギ   作:おっさん

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第29話:600年の深淵、あるいは絶望的な技術格差

「授業(レッスン)の内容変更だと……?」

 

瓦礫の山の上に立つエヴァンジェリンが、静かに呟いた。

その小さな体から放たれるプレッシャーが、空間そのものを軋ませる。

怒り狂っていたはずの彼女の表情は、今や凍りついたように無機質で、冷徹だった。それが逆に、ネギの背筋を凍らせる。

 

「いいだろう。見せてやる。貴様のその眼でも見切れぬ、『魔法』の真髄というやつをな」

「舐めないでくださいよ、マスター!」

 

ネギは先手を打つ。

全身に黒い雷を纏い、『闇の魔法(マギア・エレベア)』による身体強化をフル稼働させる。

ネギの本来の魔力は、学園の結界で封印されたエヴァの10倍以上。単純な出力勝負なら負けるはずがない。

 

「雷の暴風!!」

 

ネギの手から極太の雷撃が放たれる。

轟音と共にエヴァを呑み込もうとする閃光。

だが。

 

「散れ」

 

エヴァが軽く指先を振るった瞬間、雷撃は霧散した。

防御魔法ですらない。ただの魔力操作による「分解」。ネギの術式の構成点を見切り、最小限の魔力で結び目を解いたのだ。

 

「なっ……!?」

「大味だ。魔力の無駄遣いにも程がある」

 

エヴァの姿がブレる。

瞬動(しゅんどう)。

ネギの『写輪眼』が、その動きを捉えようと赤く輝く。

 

(速い……! 右か!?)

ネギは右側面へ意識を向ける。だが、そこには誰もいない。

 

(残像!?)

 

「遅い」

 

声は背後。ゼロ距離。

いつの間に回り込んだ? いや、気配すら感じさせなかった。

 

「氷結・武装解除」

エヴァの手刀がネギの首筋に触れる。

信じ難いことに『闇の魔法』が武装解除される──はずだったが、ネギは全方位に魔力を爆発させて無理やり距離を取った。

 

「くっ……!」

「ほう、反応だけは良いな。だが、それだけだ」

 

エヴァは追撃の手を緩めない。

空中に無数の魔法陣が展開される。

 

「魔法の射手・連弾(サギッタ・マギカ・シリーズ)……氷の十七矢(クインデキム・エト・ドゥオ・サギッタエ・グラキアレス)」

 

放たれる氷の矢。数はたったの17本。

ネギは嘲笑う。

 

「そんな数で! こっちは千本だ! 魔法の射手・連弾・雷の千矢(サギッタ・マギカ・シリーズ・ミッレ・サギッタエ・フルグラリス)!!」

 

数による圧倒。17本の矢など、1000本の雷矢で飲み込めばいい。

そう思った瞬間、信じられない光景が広がった。

エヴァの放った17本の氷矢は、まるで意思を持った生き物のように複雑な軌道を描き、ネギの雷矢の「隙間」を縫って突き進んできたのだ。

あるいは雷矢同士を衝突させ、誘爆させ、連鎖的に無力化していく。

たった17本が、1000本の弾幕を食い破り、ネギへと殺到する。

 

「うおおおッ!?」

 

ネギは慌てて障壁を展開する。

 

ドガガガガッ!!

障壁が削られる。重い。一発一発の密度が違いすぎる。

 

(なんだこれは……!? 同じ『魔法の射手』か!? 術式の密度、誘導性能、貫通力……全てが桁違いだ!)

ネギは『写輪眼』でコピーしようとする。

だが、見えない。

エヴァの指先の微細な動き、魔力の多重並列処理、そして600年かけて研ぎ澄まされた「省略」と「暗号化」された術式。

膨大すぎる情報量が視覚を焼き尽くす。

 

(コピーしきれない……! 解析が追いつかない!)

 

「どうしたボーヤ。自慢の眼は飾りか?」

 

エヴァが冷ややかに笑う。

彼女は一歩も動いていない。ただ指先を指揮者のように振るうだけで、ネギを追い詰めている。

 

「氷結する大地」

 

地面から巨大な氷柱が突き出し、ネギの足場を奪う。

空へ逃げれば、そこに待ち構えていたのは「遅延発動」させておいた氷の機雷。

 

「ぐああッ!?」

 

爆風に煽られ、体勢を崩すネギ。

 

「終わりだ。断罪の氷剣」

 

上空から、城ほどもある巨大な氷の剣が落下してくる。

回避不能。防御不能。

 

(死ぬ……!?)

本能的な恐怖がネギを支配する。

これが「闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)」と呼ばれた最強の魔法使い。

封印され、魔力が十分の一以下になっても、その「強さ」の本質は揺るがない。

魔力量など、彼女の前ではただの数字遊びに過ぎないのだ。

 

(ふざけるな……俺は、俺はこんなところで!)

ネギは歯を食いしばり、なりふり構わず魔力を放出する。

技術もクソもない。ただ持てる魔力の全てを盾にして、物理的に押し返すしかない。

 

「うおおおおおおッ!! 防御障壁・全開!!!」

 

ズゥゥゥゥゥンッ……!!

巨大な氷剣が、ネギの泥臭い魔力の奔流と衝突し、拮抗する。

ミシミシと音が鳴る。

ネギの鼻から血が流れる。脳が焼き切れそうだ。

 

(持久戦だ……! それしかない!)

ネギは悟った。

勝てる要素はただ一つ。「燃料タンクの大きさ」だけ。

エヴァは封印の影響で、スタミナがない。大技を連発すれば、すぐにガス欠になるはずだ。

 

(耐えろ! 耐えろ俺! 相手は燃費の悪い旧車だ、こっちは最新のタンカーだ! 枯渇するまで粘り続けろ!)

防戦一方。

無様に逃げ回り、障壁を張り、囮を使い、ひたすら時間を稼ぐ。

エヴァの芸術的な魔法が、ネギの体を切り裂き、凍らせ、吹き飛ばす。

それでもネギは、ゴキブリのような執念で立ち上がり続けた。

 

「……チッ。しぶといな」

 

数分後。あるいは数十分後か。

エヴァの動きが、ふと止まった。

呼吸が乱れている。

放たれる魔法の威力が、目に見えて落ち始めた。

 

「……そこだァッ!!」

 

ネギは見逃さない。

エヴァの指先から魔力の供給が途絶えた、その一瞬の隙。

 

「千の雷!!」

 

ネギの手から放たれた黒い雷が、ガス欠のエヴァを襲う。

エヴァは障壁を張ろうとするが、魔力が続かない。

 

「しまっ──」

 

ドォォォンッ!!

爆発が起き、エヴァの小さな体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

土煙が晴れると、そこには力尽き、四肢を投げ出して倒れるエヴァの姿があった。

気絶している。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」

 

ネギは膝をつき、肩で息をする。

勝った。

勝てた。

だが、ネギの心に湧き上がったのは、勝利の喜びではなかった。

底知れぬ恐怖と、戦慄だった。

 

(……化け物め)

ネギは震える手で、自らの汗を拭う。

もし、エヴァに「登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)」の呪いが掛かっていなかったら?

もし、彼女の魔力が全盛期と同じだったら?

いや、あと数分、彼女の魔力が持続していたら?

 

(俺は、塵すら残らず消されていた)

魔力量10倍? 『写輪眼』? 『闇の魔法』?

そんなものが子供騙しに思えるほどの、圧倒的な「格」の差。

技術、経験、戦術眼、精神力。その全てにおいて、ネギは赤子のようにあしらわれたのだ。

ネギは倒れているエヴァを見下ろす。

小さく、可愛らしい少女の姿。

だが、その内側には、600年を生き抜いた魔王が眠っている。

 

(こいつを……本当に支配できるのか?)

ネギの中に、初めて「畏怖」という感情が刻まれた。

しかし同時に、その恐怖がネギの歪んだ性癖を刺激する。

 

(だからこそ……だ。この強大で、恐ろしくて、美しい怪物を……俺のモノにしたい)

屈服させたい。

あの冷徹な瞳を、快楽で濡らしてやりたい。

その時こそ、俺は真に「最強」になれる。

ネギは立ち上がり、気絶したエヴァへと歩み寄る。

恐怖を欲望で塗りつぶし、震える足で、支配者としての第一歩を踏み出した。

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