麻帆良学園の地下、あるいは異空間にひっそりと存在するダイオラマ魔法球の内部。外界から完全に隔離されたこの密室は、今やネギが己の欲望を満たし、この世界の「原作」を破壊するための拠点となっていた。
この日、その退廃的な空気が漂う空間に、一人の少女が足を踏み入れた。出席番号14番、早乙女ハルナである。
彼女は京都への修学旅行の際、思いがけない形で魔法の存在を知ってしまった「魔法バレ」組の一人であった。その後、吸血鬼エヴァンジェリンによる恐ろしくも簡潔な講義を受け、魔法の基礎中の基礎――とりわけ「一般人に魔法の存在を知られ、さらにそれを漏らした場合、オコジョなどの動物に変えられてしまう」という絶対の掟については理解している。
しかし、ハルナが知っているのはあくまで「魔法が存在する」という事実と、火の玉を出したり空を飛んだりといった、ファンタジー作品における一般的な魔法のイメージに過ぎなかった。従者契約(パクティオー)の詳細や、それがもたらす固有の魔法具「アーティファクト」の真の姿については、まだ一つも見ていなかったのである。
「……で? のどかちゃんと夕映に誘われてホイホイついてきちゃったけど、ここがネギ先生の秘密のお部屋ってわけ?」
ハルナは周囲を見回しながら、持ち前の好奇心を隠そうともしなかった。彼女の視線の先には、優雅なティーセットが置かれたテーブルと、ふかふかのソファ。そして、どこか甘く、頭の芯を痺れさせるような特有の香りが漂っている。
「はい、ハルナさん。ようこそいらっしゃいました。僕の、本当の世界へ」
ソファから立ち上がり、ネギは完璧な紳士の笑みを浮かべてハルナを出迎えた。生徒に向ける一人称は「僕」。声のトーンはあくまで優しく、知的な英語教師としての仮面を完璧に被っている。
(よし、来たな。このエロ同人作家め。お前のその溢れんばかりの好奇心を利用して、俺の都合のいい駒にしてやる。健全なラブコメの友人キャラなんて立ち位置は今日で終わりだ)
内心では、ネギは舌舐めずりをしていた。ハルナはクラスメイトの中でも性的な事柄に対する抵抗が極めて低い。むしろ「パル」というペンネームで修羅場をくぐり抜ける同人作家として、そういったシチュエーションを好む傾向すらある。ネギにとって、彼女は極めて攻略しやすい、いや、自ら罠に飛び込んでくるタイプの獲物であった。
「あのね、ハルナ……。今日は、ハルナに私たちの『本当の姿』を見てもらおうと思って……」
宮崎のどかが、顔を真っ赤にしながらも決意を秘めた瞳でハルナを見つめる。その隣では、綾瀬夕映がいつものように無表情を装いながらも、どこか熱を帯びた視線をハルナに向けていた。
「本当の姿? 何それ、魔法少女にでも変身するの? やだ、パル様そういう展開大好物なんだけど!」
ハルナが目を輝かせた瞬間、夕映が一歩前に出た。
「アデアット(召喚)」
夕映の短い詠唱と共に、魔力の光が彼女の身体を包み込む。光が収まった後、そこに立っていたのは、いつもの制服姿の夕映ではなかった。
非常にタイトで真面目そうな、濃紺の図書館司書風のスーツ。しかし、その胸元は弾け飛びそうに(実際にはAカップの慎ましい胸だが)強調され、スカートは膝丈のペンシルスカートでありながら、動くたびに際どいラインを描く。さらに、彼女の顔には知的でクールな銀縁のアンダーリム眼鏡が掛けられていた。
「うわっ、すごい! 一瞬で着替えた! しかもなんかエロい司書さんみたいな……って、ちょっと待って夕映! あんた、下着着けてないんじゃない!?」
ハルナのクリエイターとしての鋭い観察眼が、夕映の衣装の異常性を瞬時に見抜く。スカートの隙間から覗く素肌には、あるべきはずの下着の線が一切存在しなかった。
「はい……。これが私のアーティファクト、『全知の眼鏡と精液時計(スペクラ・オムニスキア・エト・ホロロギウム・スペルマティス)』するです。この状態の時は、下着の着用が不可能なのです」
「ぜ、全知の眼鏡と……何時計!?」
ハルナの驚きをよそに、今度はのどかが震える声で詠唱を行った。
「ア、アデアット……!」
のどかの目の前の空中に、分厚い魔導書と、インク壺、そして羽ペンがふわりと浮かび上がる。ページがパラパラと自動でめくられ、のどかの前でピタリと止まった。
「こ、これが私のアーティファクト、『淫悦の絵日記・共感地獄(ディアリウム・ヴォルプタス・インフェルヌス)』……です」
「えっと、のどかちゃんのは服は変わらないみたいだけど……共感地獄って、なんか物騒な名前ね。どういう能力なの?」
ハルナが身を乗り出して尋ねると、ネギが静かに歩み寄り、ハルナの耳元で甘く囁いた。
「教えてあげましょう、ハルナさん。彼女たちの魔法の真実を」
ネギは、二人のアーティファクトの異常な仕様を、あえて隠すことなく全てハルナに説明した。
夕映の千里眼は、距離と時間を無視してあらゆる事象を見通す強力な力だが、その稼働時間は「直前に僕に中出しされた回数×一分」に厳密に制限されていること。長時間の探索任務のためには、数十回連続で精液を注ぎ込まれ続けるという「燃料補給」が必要不可欠であること。
そしてのどかの魔導書は、対象範囲内の敵の女性全員の神経を強制接続し、のどか自身の「自慰行為による快楽」を脳に直接送り込む能力であること。さらにその発動条件として、のどか自身が自らの秘部を弄り、その状況と感覚を声に出して「実況」しなければならないこと。
「…………」
説明を聞き終えたハルナは、絶句していた。
無理もない。人間としての、いや、一般的な少女としての倫理観や常識がそこには一切存在しないからだ。普通ならば悲鳴を上げて逃げ出すか、ネギを異常者として糾弾する場面である。
ハルナの心の中にも、常識という名のストッパーが確かに存在し、警鐘を鳴らしていた。「これはおかしい」「いくら魔法でも変態すぎる」「これに関わったら、もう元の学校生活には戻れない」。そんな当たり前の恐怖が、彼女の足をすくませる。
だが――。
「……それ、マジで言ってるの?」
ハルナの口から漏れた声は、恐怖に震えるものではなく、どこか歓喜に打ち震えるような、異様な熱を帯びていた。
「ええ、本当です。嘘だと思うなら、今ここで彼女たちに実演させても構いませんよ?」
「ちょっと待って……整理させて。つまり、夕映は未来を見るためにネギ先生の精液を燃料にしてて、のどかちゃんは敵を倒すために公開オナニー実況をしてるってこと……?」
「その通りです」
「…………ハッ!」
ハルナの顔が、バッと上がり、その瞳には強烈な「クリエイターとしての欲望」が燃え盛っていた。
「な、なんてこと……! 魔法使いと従者の契約って、もっとこう、ファンタジーで健全な主従関係だと思ってたのに! 蓋を開けてみれば、エロゲも真っ青の超絶ド変態設定じゃない! 代償が精液!? 発動条件がオナニー実況!? ……最高!! 何それ、薄い本のネタとして神がかってるわ! ねえ、夕映! 燃料補給される時ってどんな感覚なの!? のどかちゃん! 実況する時って羞恥心と快感どっちが勝つの!?」
忌避感など微塵もなかった。ハルナの頭の中では、すでに常識のストッパーは吹き飛び、湧き上がるインスピレーションと創作意欲が暴走を始めていた。彼女にとって、この爛れた真実は恐怖の対象ではなく、至高のエンターテインメントであり、究極の「素材」へと変換されてしまったのだ。
(……チョロい。いや、想定以上にぶっ飛んでるな、この女)
ネギは内心で呆れつつも、この好機を逃す手はないと確信した。
「ハルナさん。そんなに興味があるなら……ただ聞くだけでなく、あなた自身で体験してみてはいかがですか?」
「えっ?」
「あなたも薄々気づいているでしょう? あなたが創り出す物語には、圧倒的なリアリティが欠けている。想像だけで描く限界を、あなたは感じているはずだ」
ネギの言葉が、ハルナの図星を突く。同人作家としての彼女の悩み――どれだけ想像力を膨らませても、実体験のない描写にはどこか薄っぺらさが付き纏うという事実。
「僕と契約すれば、あなたは魔法の真実を知り、これまでにない究極のインスピレーションを得ることができる。あなただけのアーティファクトが発現し、誰も見たことがない景色を見せてあげます。……どうですか? 僕の、魔法使いの従者(ミニステル・マギ)になりませんか?」
ネギは優雅に手を差し伸べた。それは、後戻りのできない奈落への誘い。
ハルナは息を呑み、差し出された手と、ネギの顔を交互に見つめた。ほんの数秒、彼女の中に残っていた最後の「一般人としての理性」が抵抗を試みる。ここで手を取れば、自分も夕映やのどかのように、この変態教師の欲望の虜になってしまうのではないか。
だが、のどかと夕映の姿、そしてネギが放つ圧倒的な魔力とオスの匂いが、彼女の脳内麻薬をドバドバと分泌させていた。
「……パル様、修羅場には慣れてるの。究極のネタが手に入るなら……悪魔にだって魂を売ってあげるわ!」
ハルナは、ネギの手を力強く握り返した。
「素晴らしい決断です、ハルナさん。では、仮契約(パクティオー)の儀式を」
ネギの足元に、まばゆい光を放つ魔法陣が展開される。
「契約の方法は……十秒間のキスとなります」
「ええ、やりましょう!」
ハルナは頬を紅潮させながらも、目を閉じ、自ら唇を突き出した。ネギは彼女の顎を優しくすくい上げ、その唇を重ねる。
ちゅっ、という水音が響き、唇が合わさった瞬間、魔法陣から強烈な魔力の奔流がハルナの身体へと流れ込んでいく。一秒、二秒と時間が過ぎるごとに、ハルナの身体が熱を帯び、彼女の中に眠っていた従者としての資質が急速に形作られていく。
十秒後。唇を離した瞬間、空中に一枚の輝くカードが具現化し、ハルナの手元へと舞い降りた。同時に、彼女を包んでいた光が弾け、その衣装が劇的に変化する。
「うわぁっ!? なにこれ!」
ハルナが声を上げた。彼女が身に纏っていたのは、ベレー帽に、インクの染みがついた作業用エプロン。だが、問題はそれ以外の衣服が一切存在しないことだった。
完全な「裸エプロン」状態である。下着は一切着用しておらず、胸の谷間や、エプロンの隙間からは柔らかな肌と秘部の気配が常に覗く、あまりにも無防備でだらしない姿。
そして彼女の周囲には、魔法のGペンと、宙に浮く原稿用紙、そして中身が空っぽのインク壺がフワフワと浮遊していた。
「これが、私のアーティファクト……!?」
ネギは、空中に浮かび上がったルビ文字の羅列を読み取った。
「『淫夢の魔筆と白濁の原稿(ペニクルス・インソムニオ・エト・マヌスクリプトゥム・アルブム)』……」
ネギは、その能力の詳細を写輪眼の解析力と自らの魔力知識で瞬時に読み解き――絶句した。
(……おいおいおい、嘘だろ。なんだこのチート能力は)
ハルナが描き上げたエロ漫画の展開を、標的の脳内に直接、走馬灯のような超高速で「追体験」させる能力。肉体には一切の物理的・魔力的影響を与えないため、逆に魔法的強制力が極めて高く、どんな強固な魔法障壁であろうと一切の防御が不可能。標的が感じる快楽の強さは、ハルナの「画力」と「構成力」に比例する。
(物理ダメージゼロだから防ぎようがないって……脳内に直接エロ同人誌を流し込んで、強制的に快楽漬けの廃人にするってことか? いやいやいや、いくらなんでも凶悪すぎるだろ。戦闘向けじゃないサポート系のくせに、精神攻撃として完成されすぎてる……。引くわ。流石の俺もこの能力のえげつなさにはちょっと引くぞ……)
しかも、劇中の男役は必ずインクの提供者である「ネギ」となる。ハルナの想像力次第で、ペニスを触手に変えたりすることも可能だという。
(……いや、まあ、インクの素材が俺の精液だってことは全く気にならない。いくらでも出してやるし、むしろ俺の精力を見せつけるいい機会だ。だが、この女の『想像力』がダイレクトに兵器になるって事実が一番恐ろしいな……)
ネギが若干引き気味にハルナを見つめていると、当のハルナは自分の空っぽのインク壺を覗き込み、そして、獲物を見つけた肉食獣のようなギラギラとした瞳でネギを振り返った。
「ねえ、ネギ先生。このインク壺、空っぽなんだけど……このアーティファクトの名前と、夕映の話から推測するに、私が使うインクって……『そういうこと』よね?」
「……ええ。僕の精液を、あなたの中に注ぎ込み、ストックする必要があります。より長く、より詳細な大作を描くためには、それだけ大量のインクが……」
「最高!!」
ハルナは裸エプロンのまま、バッと両手を広げてネギに飛びついてきた。
「ちょうど来月のイベントに向けての修羅場が始まるところだったの! インクが足りないわ、ネギ先生! 私に、極上のインクをたっぷりと注ぎ込んで! 膣でもアナルでも口でも、どこでもいいから満タンにしてちょうだい!!」
「……やれやれ。どうやら、とんでもないクリエイターを飼い慣らすことになってしまったようですね」
紳士的な苦笑いを浮かべながらも、ネギの腕はしっかりとハルナの裸身を抱きとめていた。ダイオラマ魔法球の密室に、新たな共犯者の歓声が響き渡る。爛れた世界は、ハルナの狂気的な想像力という最強の武器を手に入れ、さらに深く、暗く、エロティックに歪んでいくのだった。