夜の麻帆良学園都市。その中央付近に位置する巨大な野外ステージ兼決闘場へと向かいながら、ネギは冷徹な思考を巡らせていた。
隣を歩く小太郎は、攫われた千鶴を案じてギリギリと拳を握りしめているが、ネギの頭にあるのは全く別の懸念事項だった。
(……さて、どこまで力を『見せる』べきか)
学園の地下や異空間に構築したダイオラマ魔法球の内部であれば、どれだけ変態的なアーティファクトを展開しようと、どんな外法を使おうと問題はない。外界から完全に隔離されているからだ。
しかし、今は野外ステージという完全に開けた場所である。麻帆良学園都市の学園長である近衛近右衛門は、間違いなくこの学園全域に高度な監視網を張り巡らせているとネギは確信していた。
(これだけの巨大な学園都市を裏から統治し、あのエヴァンジェリンの封印場所にこの麻帆良を選んだのも、恐らくナギが学園長の実力と監視網を高く評価していたからだろう)
下手に強大な魔力や、裏で習得した『闇の魔法』を派手に使えば、学園長に己の「異常性」を勘付かれる恐れがある。ここではあくまで「優秀だが常識的な魔法教師」の範疇で立ち回るのが得策だ。
そんな計算を終えた頃、二人は決闘場であるステージへと到着した。
スポットライトに照らされたステージの中央には、ヘルマンが優雅に佇んでおり、その後ろには捕らえられた生徒たちが転がされていた。
風呂場からそのまま攫われた古菲、朝倉和美、綾瀬夕映、宮崎のどかは一糸纏わぬ全裸のままであり、神楽坂明日菜や近衛木乃香、そして那波千鶴も無防備な姿で拘束されている。なぜか明日菜だけは、ヘルマンの趣味なのか、ひらひらとした奇妙なドレスを着せられていた。
(……センスが無い。全裸のまま放り出しているのは評価するが、拘束の仕方がまるで素人だ。僕が彼女たちと契約したアーティファクトの姿の方が、何百倍もエロくて実用的だな)
ネギは内心でダメ出しをしながら、冷たい視線をヘルマンへと向けた。
「よくぞおいでくださいました。歓迎いたしますよ、ネギ先生。そして元気な坊っちゃんも」
ヘルマンは胸に手を当て、芝居がかった動作で深く一礼した。
「改めて自己紹介をさせていただきましょう。私の名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。高貴なる血を引く者として――」
「『魔法の射手(サギタ・マギカ)』」
ヘルマンが仰々しい口上を述べている最中、ネギは一切の躊躇なく、無詠唱で光の矢を放った。西洋魔術の基礎でありながら、ネギの莫大な魔力によって極大の破壊力を秘めた一撃だ。
だが。
――スッ。
光の矢は、ヘルマンに直撃する寸前で、かき消えるように霧散してしまった。
ヘルマンは微動だにしていない。そして同時に、後ろで縛られている明日菜の口から、甘い吐息が漏れた。
「んぅっ……ああっ……」
頬を赤らめ、内股を擦り合わせる明日菜。ネギはその反応を見て、瞬時に事態を悟った。
(なるほど。明日菜の『魔法無効化』の能力を、強制的に利用して盾にしているのか)
魔法を無効化するたびに、明日菜はアーティファクトの仕様上、強烈な快感を感じてしまう。それを知っているネギは、舌打ちをした。
(何で魔法無効化を、第三者が勝手に利用出来るんだよ。セキュリティがザルすぎだろ! 少しは持ち主を限定しろ!)
自分自身が散々生徒たちの能力を悪用し、弄んでいることを完全に棚に上げ、ネギは内心で理不尽な文句を垂れた。
「おやおや、挨拶の途中で攻撃とは。紳士の振る舞いとは思えませんね」
「てめぇの能書きなんか聞いてる暇はねぇ! 千鶴姉さんを返しやがれ!」
小太郎が地面を蹴り、ヘルマンに向かって猛然と飛びかかった。
しかし、その行く手を阻むように、三匹の透明な粘体――『あめこ』『すらむい』『ぷりん』というスライムたちが立ちはだかり、小太郎に絡みつく。
「ちぃっ! 邪魔すんじゃねぇ、スライム風情が!」
小太郎とスライムが乱戦に突入する中、ヘルマンは余裕の笑みを浮かべ、ネギへと歩み寄った。
「さて、こちらも始めましょうか。魔法が通じない以上、あなたに勝ち目はありませんよ?」
ヘルマンの拳が空気を裂き、ネギの顔面へと迫る。しかしネギはそれを最小限の動きで躱し、流れるようにカウンターの蹴りを放った。激しい肉弾戦が幕を開ける。
「ネギ! 負けないで!」
「ネギ先生、やっちまえアル!」
後ろからは、全裸のままの古菲や朝倉、そして妙なドレスを着せられて火照った顔の明日菜が声援を送ってくる。その異様な光景を背に受けながら、ネギは冷静にヘルマンの動きを捌き続けていた。
しばらく拳を交え、互いの力量を探り合っていたその時。ヘルマンが距離を取り、ふっ、と嘲るように笑った。
「なかなかやりますね。ですが、人間の身体ではここまでだ。お見せしましょう、私の真の姿を!」
ヘルマンの身体が膨張し、仕立ての良いスーツが弾け飛ぶ。人間の姿から、禍々しい角と翼を持つ巨大な『悪魔』の姿へと変貌を遂げたのだ。圧倒的な威圧感がステージを包み込む。
「驚いたか、ネギ・スプリングフィールド! 私はただの貴族ではない。かつて貴様の故郷の村を襲撃し、焼き払った悪魔の一族だ! あの時、サウザンド・マスターに邪魔された借りを、今ここで息子である貴様に返してやろう!」
ヘルマンは、ネギが怒りで我を忘れることを期待して、残酷な真実を突きつけた。
しかし。
「……だから、どうしたと?」
ネギの瞳には、一切の動揺も、怒りもなかった。ただ、路傍の石を見るような冷めきった視線だけがあった。
(確かに、この身体の持ち主の村は襲撃されたし、そこでナギに助けられたらしい。だが……転生直後のその頃は、まだ前世の記憶の方が圧倒的に強く、村の連中にも環境にも全く思い入れがなかったからな)
彼にとって、それは「転生前の設定資料」程度の認識でしかない。親の仇だろうが故郷の仇だろうが、どうでもよかった。
「な、なんだと……?」
「随分と安い挑発ですね。そんな昔話より、僕の生徒たちを勝手に脱がせた罪の方が、よほど万死に値しますよ」
ネギの身体から、黒いオーラが微かに漏れ出す。監視網を警戒し、魔法としての放出は抑えているが、その力は確実にネギの肉体をブーストしていた。
(エヴァから奪った『闇の魔法』。負の感情をエネルギーにし、多用すれば魔物になるという副作用……。本当に精力や下半身にしか影響が無いなんてはず、ありませんからね)
ネギの脚が爆発的な踏み込みを見せる。
ドゴォッ!!
ヘルマンの巨体が、くの字に折れ曲がった。悪魔の動体視力すら置き去りにする、想定をはるかに超えた速度とパワー。
「がはっ……!? ば、馬鹿な、人間の筋力で……っ!」
「よそ見をしている暇は、ありませんよ」
ネギの拳が、蹴りが、雨あられとヘルマンに叩き込まれる。一方的な蹂躙だった。魔法に頼らずとも、ネギの基礎スペックはすでに人間をやめかけている。
主の危機に気づいた三匹のスライムたちが、小太郎を放り出してネギの背後へと襲いかかる。
「ネギ! 後ろ!」
「フッ」
明日菜の警告より早く、ネギは振り返りざまに掌底を打ち込んだ。純粋な魔力による衝撃波がスライムたちを吹き飛ばし、即座に無力化する。
その一瞬の隙を突き、ボロボロになったヘルマンが、背後から鋭い爪を振り下ろしてきた。
「隙あり!」
「させるかよ、オッサン!!」
ヘルマンの横っ腹に、猛スピードで突っ込んできた小太郎の拳がめり込んだ。
「ぐぅああっ!?」
体勢を崩したヘルマン。その首元に、ネギの手刀が深々と突き刺さった。
小太郎の全力の一撃と、ネギの理外の膂力。二人がかりの同時攻撃を受けたヘルマンは、白目を剥き、その巨体をステージに叩きつけた。
「……やってくれましたね……」
ヘルマンの姿が、光の粒子となって崩れ始める。拳による物理攻撃で倒したため、死んではいないだろう。ただ召喚元へと送還されただけだ。
「ざまぁみろ! ……ちづる姉さん、大丈夫か!?」
小太郎が真っ先に千鶴の元へと駆け寄り、その縄を解き始める。
一方、ネギは倒れ伏す生徒たちへ向き直り、誰にも見えない角度でニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
(……それにしても、ヘルマン。お前の人選は最高だったぞ)
魔法バレしたにも関わらず、まだ仮契約を結んでいなかった朝倉和美と那波千鶴。そして、まだ魔法の存在すら知らなかった武術娘、古菲。
この三人を攫い、一堂に会させてくれたことは、ネギにとって最高のお膳立てだった。
(この吊り橋効果の中で、あわよくば三人とも仮契約(パクティオー)して、僕の奴隷にしてやる)
そう目論むネギだったが、前方の騒ぎを見て舌打ちをした。
「ちづる姉さん、怪我はないか!? 俺が守るからな!」
「あらあら、小太郎くん。ありがとう、助かったわ」
小太郎が千鶴にべったりと張り付き、忠犬のように尻尾を振っている。千鶴もまた、母性をくすぐられているのか、全裸であることすら気にしていない様子で小太郎の頭を撫でていた。
(……邪魔だな、あの駄犬。このまま強引にダイオラマ魔法球へ連れ込むのは無理そうだ。いっそ、あの小太郎ごと殺してしまおうか……?)
一瞬、ネギの脳裏に物騒な考えがよぎったが、流石に千鶴たちの前でそれを実行するのはリスクが高すぎる。
(仕方ない。千鶴は、ここでは一旦諦めよう)
ネギは冷徹に状況を切り分けた。
「小太郎。君は千鶴さんを連れて、あやかさんたちの部屋へ戻りなさい。他の皆さんも、今日は寮に帰って休んでください」
ネギの指示に、すでに契約済みである明日菜や木乃香、夕映、のどかたちは、ホッと胸を撫で下ろして帰り支度を始める。
だが、ネギは帰ろうとする二人の少女の肩を、ガシリと掴んだ。
「ただし。……朝倉さんと古菲さん。あなたたち二人は、残ってもらいます」
「えっ? な、何でアタシらが?」
「ほえ? まだ何かあるアルか?」
首を傾げる全裸の二人に、ネギは極めて真剣な、教師としての顔を作って見せた。
「古菲さんは、今日初めて『魔法』という非常識に触れましたね。そして朝倉さんも、まだ魔法の基礎について理解が足りていない。このまま帰すのは、学園の安全上、そしてあなたたちの命に関わる問題です」
有無を言わさぬ迫力で、ネギは告げる。
「僕のダイオラマ魔法球へ案内します。そこで、しっかりと『魔法の真実』について説明しなければなりません」
ネギは言葉巧みに、二人を逃げ場のない密室へと誘い込んだ。
そして。
「……あ、明日菜さんも。少し手伝ってもらえませんか? 同性の方が、説明しやすい事もありますから」
「えっ、私? ……もう、仕方ないわね」
ネギは、相棒であるオコジョのカモミールはもちろんのこと、明日菜も同行させた。魔法無効化の力を持つ彼女がいれば、いざという時の「協力(強制的な手本)」として役に立つ可能性が高いと考えたからだ。
高級ホテルを模したデザインのダイオラマ魔法球へと、獲物たちを誘導しながら。
ネギの瞳の奥で、底知れない欲望の炎がチロチロと燃え上がっていた。